説明

ピストンリングおよびシリンダスリーブを製造するための鋼材組成物

ピストンリングおよびシリンダスリーブを特に製造するための鋼材組成物は、該鋼材100質量%に対し下記の分画の元素:0.5〜1.2質量%のC、2.0〜20.0質量%のCr、49.0〜97.1質量%のFe、0.1〜3.0質量%のMn、0.1〜3.0質量%のMo、0〜7.0質量%のNb、2.0〜10.0質量%のSi、0〜7.0重量%のTi、0〜7.0質量%のVおよび0〜0.5質量%のWを含む。ここで、Nb、Ti、V、Wの分画の合計は2.0〜7.0質量%とする。この鋼材組成物は、出発材料を溶融し、溶融物を作成済みの型で鋳造することにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリングおよびシリンダスリーブを製造するのに特に適した鋼材組成物に関するものである。更に、本発明は、本発明に係る鋼材組成物の製造方法に関するものである。最後に、本発明は、鋼材組成物を基本成分として含むピストンリングおよびシリンダスリーブに関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃焼機関のピストンリングは、ピストンヘッドとシリンダ壁との間に存在する間隙を燃焼室から密閉する。ピストンが上下運動すると、ピストンリングの外周面が恒久的にばね付勢接触下でシリンダ壁に沿って摺動する一方、ピストンの傾斜運動によりピストンリング溝内を移動すると、ピストンリング自体が振動し、この振動によりピストンリングの逃げ面がピストンリング溝の上下の逃げ面に交互に接触する。二つの要素が互いに摺動すると、各要素は材料の性質に応じて特定量の磨耗を受け、これは乾式運転(dry running)の場合に焼付きや引っかき傷をもたらし、最終的にエンジンに修復不能な損傷を生起する。シリンダ壁に対するピストンリングの摺動磨耗挙動を改善するために、ピストンリングの外周面が様々な材料で被覆される。
【0003】
往復ピストン内燃機関に用いるようなシリンダスリーブの場合、高度の耐摩耗性を保証しなければならない。換言すれば、シリンダスリーブが薄くなると、ガス漏洩および油消費が増加し、エンジン性能が低下する可能性がある。シリンダスリーブが磨耗するにつれて、シリンダ壁とシリンダスリーブとの間の間隙が次第に大きくなり、その結果燃焼ガスが一層容易にシリンダスリーブを通り越す(「ブローバイ」と称する)こととなり、エンジン効率を低減する。拡大した間隙のため、燃焼室で剥離されずに残留する油膜が厚くなり、その結果単位時間当たりの油損が大きくなり、油の消費量が事実上増加する。
【0004】
ピストンリングやシリンダスリーブのような高い応力に曝される内燃機関の部品は、通常鋳鉄材料または鋳鉄合金から作製される。高性能エンジンにおけるピストンリング、特に圧縮リングは、とりわけピーク圧縮圧力、燃焼温度、EGRおよび潤滑膜減少を含み、また耐摩耗擦過傷性、微細溶接および耐食性のようなエンジン機能特性に重大な影響を及ぼす増大した様々な応力に曝される。
【0005】
残念ながら、従来技術による鋳鉄材料は非常に破損しやすく、既存の材料を使用するとリングがしばしば破損する。機械力学的負荷が高くなるほど、ピストンリングおよびシリンダスリーブの動作寿命は短くなる。同じ理由から走行面および逃げ面は大きな磨耗を受ける。
【0006】
より高い点火圧力、放出量の低下および直接燃料噴射は、ピストンリングに対する負荷の増大に寄与する。その結果、ピストン材料が損傷し、沈降物が特に下側のピストンリング逃げ面に堆積する。
【0007】
ピストンリングおよびシリンダスリーブに対するより高い機械力学的負荷に対処する必要から、エンジン製造業者が高級鋼(焼鈍および高合金鋼、例えば材料番号1.4112)製のピストンリングおよびシリンダスリーブをますます求めている。これに関連して、2.08質量%未満の炭素を含有する鉄材料が鋼として分類される。これよりも炭素含有量が高い材料を鋳鉄とする。鋼材は、その微細構造が遊離グラファイトによって崩壊されないため、強度特性および延性値が鋳鉄よりも優れている。
【0008】
鋼製ピストンリングまたはシリンダスリーブを製造するのに最もよく使用される鋼は、高クロム合金のマルテンサイト鋼である。鋼製ピストンリングはプロファイルワイヤから製造される。プロファイルワイヤを丸曲げし、ある長さに切断し、「真円でない」マンドレルで引き抜き加工する。このマンドレル上において、焼鈍処理でピストンリングに所望の真円でない形状が与えられ、これはまた必要な接線力も提供する。ピストンリングを鋼から製造する別の欠点は、ある直径を超えると鋼製ワイヤからリングを製造(巻回)することができなくなることである。一方、鋳鉄製ピストンリングは元々丸みなく鋳造されるので、当初から理想的に成形される。
【0009】
鋳鉄は鋼よりも溶融温度が著しく低い。その差は化学組成によっては350℃にも及ぶことがある。したがって、鋳鉄は溶融、鋳造がより容易である。というのも、溶融温度が低いということは鋳造温度が低く、したがって冷却による収縮が少ないことを意味するので、鋳造材料はブローホールおよび/または高温亀裂若しくは低温亀裂が少ないからである。低い鋳造温度はまた、成形材料にかかる応力(侵食、ガス欠陥、砂の混入)および炉にかかる応力の発生が少なく、溶融コストも減少する。
【0010】
鉄材料の溶融温度は、その炭素含有量だけでなく「飽和度」にも依存する。簡略化した次式が成り立つ。
【0011】
[数1]
Sc=C/(4.26−1/3(Si+P))
【0012】
飽和度が1に近いほど、溶融温度が低くなる。鋳鉄では通常飽和度1.0が目標とされ、この場合鋳鉄は1150℃の溶融温度を有する。鋼の飽和度は、その化学組成に応じて約0.18である。共晶鋼は、1500℃の溶融温度を有する。
【0013】
飽和度はSiまたはP含有量に大きく左右される可能性がある。例えば、Si含有量の3質量%の増加はC含有量の1質量%の増加と同様の効果を有する。したがって、飽和度1.0の鋳鉄(C:3.26質量%、Si:3.0質量%)と溶融温度が等しい1質量%のC含有量および9.78質量%のSi含有量を有する鋼材を製造することができる。
【0014】
Si含有量を大幅に増加させれば、鋼材の飽和度も上昇し、溶融温度が鋳鉄と同じレベルまで低下する場合がある。このようにすれば、例えばGOE44等の鋳鉄の製造に使用するのと同じ装置を用いて鋼を製造することが可能となる。
【0015】
ケイ素含有量が高い鋳鋼材製のピストンリングおよびシリンダスリーブが当業界で既知である。しかしながら、多量のケイ素の存在は、「Ac3」オーステナイト転換温度を上昇するため、材料の硬化性に悪影響を有する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記に鑑みて、本発明の目的は、ケイ素含有量が高く、優れた耐摩耗性を有し、特にピストンリングおよびシリンダスリーブを製造するための鋼材組成物を提供することにある。本鋼材組成物は、重力鋳造プロセスでの製造のため、下記のパラメータのうちの少なくとも一つに関して、球状黒鉛を含む焼鈍鋳鉄の特性を改善する必要がある。
‐弾性率や曲げ強度のような機械的特性
‐耐破損性
‐機械的安定性
‐逃げ面磨耗
‐走行面磨耗
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る目的が、下記の元素を下記の比率で含む鋼材組成物で解決される。
C:0.5〜1.2質量% Nb:0.0〜7.0質量%
Cr:0.2〜20.0質量% Si:2.0〜10.0質量%
Fe:49.0〜97.1質量% Ti:0.0〜7.0質量%
Mn:0.1〜3.0質量% V:0.0〜7.0質量%
Mo:0.1〜3.0質量% W:0.0〜0.5質量%
ここで、Nb、Ti、V、Wの分画の合計は2.0〜7.0質量%とする。
【0018】
内容物質は、具体的に指定するにせよ明示的に名前を列挙しないにせよ、出発材料、構成成分、内容物質、元素および添加物すべての合計がいかなる場合も100%と等しくなるように含まれる。出発材料、構成成分、内容物質、元素および添加物の比率は当業者に既知の様々な方法によって調整することができる。化学組成は、製造すべきワークピースに特に関連して調整される。
【0019】
本発明に係る優れた耐摩耗性は、炭化物形成元素としてニオブ、チタン、バナジウムおよびタングステンを使用することにより達成される。本発明では、これらの炭化物形成元素の割合を2.0〜7.0質量%にすると、生産コストが不相応に高くなるような点まで機械加工性に悪影響を及ぼすことなく良好な耐摩耗性が得られることが分かった。
【0020】
表1は、ニオブ、チタン、バナジウムおよびタングステンの各元素の炭化物硬度の一覧である。
【0021】
【表1】

【0022】
本発明に係る鋼材組成物は、下記の元素を鋼材組成物100質量%に対し下記の値を超えない比率で含むことが好ましい。
B:最大0.5質量%
Cu:最大2.0質量%
Ni:最大4.0質量%
P:最大0.1質量%
Pb:最大0.05質量%
S:最大0.05質量%
Sn:最大0.05質量%
【0023】
本発明によれば、本発明に係る鋼材組成物がB、C、Cr、Cu、Fe、Mn、Mo、Nb、Ni、P、Pb、S、Si、Sn、Ti、VおよびWからなる群から選択した元素のみを含み、これら元素の合計が100質量%と等しいことが更に好ましい。
【0024】
本発明に係る鋼材組成物は、該鋼材組成物から作製したワークピースが過度の熱の存在下で変形される感受性を低減し、それによって高い性能能力を長期間保証し、また油の消費量も減少させる。したがって、本発明に係る鋼材組成物は、その優れた特性のために、自動車およびLB分野におけるピストンリングおよびシリンダスリーブの生産、または弁座インサートおよびガイド用に理想的に適している。加えて、ドライブシール、ディスクブレーキ(ブラックプレート)上のブレーキライニング用キャリアプレート、冷却ユニット用リング、ポンプノズルおよびシリンダスリーブ(ライナ)ならびにシャフトスリーブおよび化学産業用部品を製造することができる。
【0025】
本発明に係る鋼材組成物はまた、例えば鋳鉄ワークピースの製造に通常用いる機械および技術を使用して鋼製ピストンリングおよびシリンダスリーブを製造することを可能にする利点を有する。更に、製造コストが鋳鉄ピストンリングと同等になるため、製造業者がコストの利点を享受し付加価値を生み出す余地も与える。また、材料パラメータは供給元と無関係に調整可能である。
【0026】
本発明は、本発明に係る鋼材組成物の製造方法も提供するもので、該方法は、
a.出発材料の溶融物を生成するステップと、
b.該溶融物を作成済みの型に注入するステップとを含む。
【0027】
例えば、鋼スクラップ、再生材料および合金を出発材料として使用することができる。製錬処理を炉内、好ましくはキュポラ炉内で行う。その後、溶融物を凝固してブランクを生成する。このブランクを、遠心鋳造、連続鋳造、パンチプレス法、クローニング、好ましくは生型のような当業界で既知の方法を用いて鋳造することができる。
【0028】
鋼材組成物を冷却した後に鋳型を空にし、得られたブランクを洗浄する。
【0029】
次いで、必要に応じて、ブランクを焼鈍することができる。焼鈍は下記のステップで実施する。
c.鋼材組成物をそのAc3温度より高くしてオーステナイト化するステップ、
d.鋼材組成物を適当な焼入れ媒体中で焼入れするステップおよび
e.鋼材組成物を制御雰囲気炉において400〜700℃の温度で焼戻しするステップ。
【0030】
油を焼入れ媒体として用いるのが好ましい。
【0031】
本発明に係る鋼材組成物を更に硬化するために、先述の処理ステップによって得た鋼材組成物をその後窒化させることができる。窒化は、例えばガス窒化、プラズマ窒化または加圧窒化によって行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
下記の実施例は、本発明を説明するもので、本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0033】
下記の組成を有する本発明に係る鋼材組成物からピストンリングを製造した。
B:0.001質量% Pb:0.05質量%
C:0.8質量% S:0.009質量%
Cr:3.0質量% Si:3.0質量%
Cu:0.05質量% Sn:0.001質量%
Mn:0.45質量% Ti:0.63質量%
Mo:1.05質量% V:0.82質量%
Nb:0.50質量% W:0.003質量%
P:0.03質量% Fe:残部
【0034】
この処理は、出発材料(鋼スクラップ、再生材料および合金)の溶融物を生成し、該溶融物を作成済みの生型に注入することによって実施した。次いで、型を空にし、こうして得たピストンリングを洗浄した。その後、ピストンリングを焼鈍した。焼鈍は、鋼材組成物のAc3温度より高くしてオーステナイト化し、油中焼入れし、制御雰囲気炉において400〜700℃の温度で焼戻しすることによって実施した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリングおよびシリンダスリーブを特に製造するための鋼材組成物であり、下記の元素を鋼材組成物100質量%に対し下記の比率で含むことを特徴とする鋼材組成物。
C:0.5〜1.2質量%
Cr:0.2〜20.0質量%
Fe:49.0〜97.1質量%
Mn:0.1〜3.0質量%
Mo:0.1〜3.0質量%
Nb:0.0〜7.0質量%
Si:2.0〜10.0質量%
Ti:0.0〜7.0質量%
V:0.0〜7.0質量%
W:0.0〜0.5質量%
(但し、Nb、Ti、V、Wの分画の合計は2.0〜7.0質量%とする。)
【請求項2】
下記の元素を下記の比率を超えない量で更に含むことを特徴とする請求項1に記載の鋼材組成物。
B:最大0.5質量%
Cu:最大2.0質量%
Ni:最大4.0質量%
P:最大0.1質量%
Pb:最大0.05質量%
S:最大0.05質量%
Sn:最大0.05質量%
【請求項3】
B、C、Cr、Cu、Fe、Mn、Mo、Nb、Ni、P、Pb、S、Si、Sn、Ti、VおよびWからなる群から選択した元素のみを含み、これら元素の合計が100質量%と等しいことを特徴とする請求項1または2に記載の鋼材組成物。
【請求項4】
a.出発材料の溶融物を生成するステップと、
b.溶融物を作成済みの型に注入するステップとを備え、
必要に応じて
c.鋼材組成物をそのAc3温度より高くしてオーステナイト化するステップと、
d.前記鋼材組成物を適当な焼入れ媒体中で焼入れするステップと、
e.前記鋼材組成物を制御雰囲気炉において400〜700℃の温度で焼戻しするステップとを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の鋼材組成物の製造方法。
【請求項5】
f.得られた鋼材組成物を窒化するステップを更に含むことを特徴とする請求項4に記載の鋼材組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の鋼材組成物を基本成分として含むことを特徴とするピストンリング。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の鋼材組成物を基本成分として含むことを特徴とするシリンダスリーブ。

【公表番号】特表2012−518764(P2012−518764A)
【公表日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−551412(P2011−551412)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【国際出願番号】PCT/EP2009/007355
【国際公開番号】WO2010/097105
【国際公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(509340078)フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー (16)
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
【Fターム(参考)】