説明

フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法

【課題】 溶接金属内の成分むら起因の溶接金属の引張強さ、靭性の低下問題を有利に解決できる、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法を提供する。
【解決手段】 鋼製外皮の断面厚さが0.30〜1.0mmであり、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.04〜0.4%、Si:0.2〜2.0%、Mn:0.3〜2.0%、Al:0.002〜0.05%を含み、Ni:0.1〜12%、Cr:0.01〜4.0%、Mo:0.1〜4.0%、W:0.1〜4.0%、Cu:0.01〜1.5%のうちの1種または2種以上を含有し、残部鉄及び不可避的不純物からなり、炭素当量が0.40〜1.5%を満たすとともに、ワイヤ全体の炭素当量と鋼製外皮の炭素当量との差が0.10%以上を満たすフラックス入りワイヤを用いて、溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱量が1.70〜4.0kJ/cm・gの範囲で、TIG溶接することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接に関し、特に、TIG溶接のアークによって溶融した鋼製外皮と内部のフラックスの混ざり合い不十分によって発生する溶接金属内の成分むらがなく、成分が均一な溶接金属を得ることで、溶接金属の強度、靭性を安定して確保することができる、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建設機械および産業機械などの構造物の大型化や軽量化の要求が多くなるにともない、使用される鋼板の高強度化が進み、最近では引張強さTSが780MPa級の高強度鋼も一般的に使用されるようになり、更なる高強度化の要求も高まっている。
【0003】
また、このような高強度鋼が使用される鋼構造物は、強度と同時に低温靭性が要求されることも多い。引張強さが780MPa級の鋼、または、それ以上の引張強さの高強度鋼を用いて溶接継手を作製する場合には、溶接継手の靭性は低下し、高強度・高靭性の溶接金属を得ることは困難となる。高強度・高靭性の溶接継手を得るために、溶接ワイヤの成分設計で合金元素を添加し、焼入れ性を高めることによって溶接金属の組織をベイナイト、または、マルテンサイト化することによって強度を確保しており、また、靭性については強度と共に靭性を維持させるのに効果的なNiを添加することにより、低温靭性を確保している。また、高強度鋼の溶接では、溶接金属中の含有水素による低温割れの発生が懸念される。溶接金属の低温割れを抑制し、高強度・高靭性の溶接継手を得るためのガスシールドアーク溶接としては、Arガスをシールドガスに使用し、溶接金属中の含有水素と酸素を低減できるTIG溶接が好ましい。
【0004】
最近、高強度ワイヤの技術開発により、引張強さが950MPa以上、かつ、−40℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験における吸収エネルギーvE−40が良好な溶接金属が得られる、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤが実現されている(特許文献1参照。)。
【0005】
しかし、このような高強度鋼用のソリッドワイヤは、素材の強度も高く、ソリッドワイヤ製造の伸線工程で、加工硬化も加わることによって断線しやすいため、ワイヤの伸線の一回の減面率を小さく制限し、伸線回数を増やし、さらに、伸線の速度を遅くしている。また、強度の確保のために焼入れ性を高める合金元素が含有されているため、焼鈍による軟化が小さいことから、伸線工程間の焼鈍の回数を増やしている。このようなことから高強度鋼用のソリッドワイヤは、生産性が悪く、また、製造コストが大きい問題がある。
【0006】
フラックス入りワイヤは、鋼製外皮に軟鋼、または、軟鋼と同等の強度レベルのものを使用し、鋼製外皮の中に入れるフラックスから焼入れ性を高める合金元素を含有させるため、高強度鋼用の溶接ワイヤであっても製造性は一般の軟鋼用の溶接ワイヤと変わらない。ただし、高強度鋼用のフラックス入りワイヤは、MIG溶接用、MAG溶接用(Ar+CO溶接あるいはCO溶接)で実現されているのみである。
【0007】
従来、MAG溶接では、低スパッタ性、低スラグ性の観点からフラックス入りワイヤが使用されている。一方、TIG溶接では、一般に、スパッタ、スラグが発生することがないことから、フラックス入りワイヤを溶接作業性の向上を目的に使用する例は報告されているが、ソリッドワイヤの代替として、フラックス入りワイヤが使用されることはなかった(例えば、特許文献2、3参照。)。それは、フラックス入りワイヤの内部フラックス中の金属または合金の粉末粒子表面の酸化物、または、フラックス造粒過程で粒子表面に吸着した水分によって、溶接時に溶接金属中の酸素量が増加するため、溶接金属の靭性及び延性が低下するためである。
【0008】
一方、高強度鋼用のソリッドワイヤの生産性、製造コストの問題を解決するために、フラックス入りワイヤを使用したTIG溶接が要望されている。
【0009】
本発明者らは、フラックス入りワイヤを使用して高強度鋼のTIG溶接を行うための検討に際し、アークによって溶融した鋼製外皮の成分と、内部の溶融したフラックスの金属または合金の成分の混合には、溶融池の攪拌の寄与が大であるところ、TIG溶接では溶融池の攪拌が小さく、また、凝固するまでの時間が短いため、十分に溶融池が攪拌されず、溶接金属内の一部に鋼製外皮の成分のまま残ることによる溶接金属内の成分むらの現象を見出した。高強度鋼用のフラックス入りワイヤでは、フラックスから焼入れ性を高める合金成分を添加することになるが、成分むら部では合金成分が混ざり合っていないため、周りと比較して焼入れ性が低く、ベイナイト、または、マルテンサイトとならずに強度が低い。このような成分むら部が存在した場合、引張試験の際に、強度が低い部分の面積率に応じて強度が低下し、溶接金属の成分から予測される強度を確保できない。また、靭性についても合金元素が混ざっている部分と成分むら部との境界に、強度差が生じているために、応力が集中しやすく、シャルピー衝撃試験での破壊の起点となって靭性劣化の原因となる。
【0010】
【特許文献1】特開2006−110581号公報
【特許文献2】特開昭61−154793号公報
【特許文献3】特開平11−171592号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、上記背景技術の問題点に鑑み、フラックス入りワイヤを用いて高強度鋼をTIG溶接する場合に生じ易い溶接金属内の成分むら、延いては溶接金属の引張強さ、靭性等の特性低下の問題を有利に解決することのできる、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記技術的課題を解決するものであり、その発明の要件は下記のとおりである。
【0013】
(1) 鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法において、前記鋼製外皮の断面厚さが0.30〜1.0mmであり、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.04〜0.4%、Si:0.2〜2.0%、Mn:0.3〜2.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.002〜0.05%を含み、さらに、Ni:0.1〜12%、Cr:0.01〜4.0%、Mo:0.1〜4.0%、W:0.1〜4.0%、Cu:0.01〜1.5%のうちの1種または2種以上を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、さらに、下記(式1)で示される炭素当量(Ceq)が0.40〜1.5%を満足するとともに、ワイヤ全体の成分の炭素当量と鋼製外皮の成分の炭素当量との差が0.10%以上を満足する、フラックス入りワイヤを用いて、下記(式2)で示される溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱量が1.70〜4.0kJ/cm・gの範囲で、TIG溶接することを特徴とする、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【0014】
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4+[Cr]/5+[W]/8+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3+[V]/5+[Ta]/8+[Co]/40+5×[B] ・・・ (式1)
但し、[]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0015】
[ワイヤ1g当りの溶接入熱量(kJ/cm・g)]=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]×60/[溶接速度(cm/min)]/[溶着量(g/min)]・・・(式2)
【0016】
(2) 前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ti:0.005〜0.3%、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.5%、Ta:0.005〜0.5%、Co:0.01〜6%、B:0.001〜0.015%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【0017】
(3) 前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ca:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【0018】
(4) 前記フラックス入りワイヤが、ホットワイヤであることを特徴とする、上記(1)ないし(3)のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、フラックス入りワイヤをTIG溶接に適用した際に発生し易い溶接金属内の成分むらをワイヤと溶接条件を規定することで有利に解消して、均一成分の溶接金属が得られ、安定した引張強度と靭性を確保できる。このことで、生産性、製造コストに問題がある高強度鋼用のソリッドワイヤの代替として、フラックス入りワイヤを高強度鋼のTIG溶接に適用できるようになることから、産業上の効果は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施の形態について説明をする。
【0021】
一般に、溶接金属は基本的に凝固まま組織であり、鋼板のように熱間圧延等による細粒化工程や組織全体の焼き戻し処理工程により組織制御することができないため、溶接金属の高強度化への要求が高くなるにつれて、合金元素を溶接ワイヤに添加することで焼入れ性を高め、溶接金属の組織をベイナイト、または、マルテンサイト化することによって強度を確保している。また、強度と同時に低温靭性も要求されるため、強度と共に靭性を維持するのに有効なNiを溶接ワイヤに添加することによって低温靭性を確保している。
【0022】
このような合金組成のソリッドワイヤを製造する場合は、素材中に含有する合金元素に起因して素材強度が高くなり、伸線工程での加工硬化も加わることで、断線しやすい。このため、ワイヤの伸線の一回の減面率を小さく制限し、伸線回数を増やし、さらに、伸線の速度を遅くする工夫が採られている。また、強度の確保のために焼入れ性を高める合金元素が含有されているため、焼鈍による軟化が小さいことから、伸線工程間の焼鈍の回数を増やしている。このようなことから、高強度鋼用のソリッドワイヤは、生産性が悪く、製造コストが増大している。
【0023】
そこで、本発明者らは、高強度鋼用のソリッドワイヤの製造上の問題点を鑑みて、フラックス入りワイヤを採用し、その鋼製外皮中の焼入れ性元素を高めずに、焼入れ性元素は外皮内に充填されるフラックス中に金属または合金として多く含有させることで、軟鋼用のフラックス入りワイヤと同等の生産性と製造コストを前提とし、フラックス入りワイヤを使用した高強度鋼のTIG溶接方法の検討を行った。
【0024】
ソリッドワイヤ製造で生産性、製造コストに影響を与え始める引張強さは700MPa程度であることから、引張強さTSが700MPa以上、かつ、−40℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーvE−40が27J以上を確保できることを本発明のTIG溶接方法に使用するフラックス入りワイヤの目標機械特性とする。
【0025】
TIG溶接はタングステン電極と母材の間に発生したアークの中に溶接ワイヤを挿入しアークの熱によってワイヤを溶かして溶接する。フラックス入りワイヤをTIG溶接に適用した場合、アークの熱で溶融した鋼製外皮の成分と内部のフラックスの合金元素成分が混ざるのは、拡散によって行われるが、TIG溶接では溶融池の攪拌が少なく、また、凝固するまでの時間が短いことから、鋼製外皮の成分と内部のフラックス合金元素成分が十分に混ざらず、鋼製外皮成分のまま残ることによる溶接金属内に成分むらの現象が生じる。図1は、溶接継手の断面であるが、1つのパス内の下部に成分が混ざらずに外皮成分のままに残ってしまった部分1が見られる。成分むら部は、合金成分が混ざっていないため、周りと比較して、焼入れ性が低く、ベイナイト、または、マルテンサイトとならずに強度が低い。このような成分むら部が存在した場合、引張試験の際に、強度が低い部分の面積率に応じて強度が低下し、溶接金属の成分から予測される強度を確保できない。また、靭性についても、成分むら部と焼きが入っている部分との境界に強度差が生じているために、応力が集中しやすく、シャルピー衝撃試験での破壊の起点となって靭性劣化の原因となることを知見した。
【0026】
本発明は、鋼製外皮またはフラックスに所定範囲内の成分を含むフラックス入りワイヤをTIG溶接した際に、引張強さ及び靭性に影響を与える溶接金属内の成分むらを解消し、均一な成分の溶接金属を得ることで、安定した引張強さと靭性を確保することを課題にし、実験研究を重ねた結果、フラックス入りワイヤ断面の鋼製外皮厚と溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱量を所定範囲内にすることによって、成分むらの無い溶接金属を得ることができることを見出した。
【0027】
本発明の溶接金属中の成分むらを解消できるワイヤと溶接条件の詳細について説明する。
【0028】
下記溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱条件を満足する溶接条件にて溶接することを前提として、フラックス入りワイヤ断面の鋼製外皮厚は、0.30〜1.0mmとすると良く、より好ましくは0.40〜0.80mmとするのが良い。ワイヤ外皮厚が0.30mmに満たないとワイヤ伸線工程で断線が生じることがあり、ワイヤの生産性が悪化する。また、1.0mmを超えると鋼製外皮が厚くなるため、内部のフラックスの金属または合金の成分と鋼製外皮の成分が拡散で均一に混ざるのに要する時間が長くなるため、均一に混ざる前に凝固し、溶接金属内に成分むらを発生する場合がある。なお、ここでの外皮厚は最終線径における値であり、伸線前、あるいは、途中においての外皮厚は関係ない。
【0029】
上記条件を満足するワイヤにて溶接することを前提として、下記(式2)で示される溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱量は、1.70〜4.0kJ/cm・gの範囲で溶接を行うと良く、より好ましくは1.8〜2.8kJ/cm・gとするのが良い。溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱が1.70kJ/cm・gに満たないとTIG溶接の溶融池の攪拌がほとんど無く、溶接金属内に成分むらを発生する。また、4.0kJ/cm・gを超えると、溶接継手全体に与える入熱が高くなるため、溶接金属、または、溶接熱影響部の靭性が劣化する。なお、(2)式は、溶接分野で一般的に使用される単位溶接長さ当りに投入されるアーク熱エネルギーの指標である入熱量を溶着量で割ったものである。TIG溶接は、入熱量と溶着量を別個に制御できる。溶融池の温度、または凝固するまでの時間は、入熱量と溶着量が影響しているため、(2)式は、鋼製外皮の成分とワイヤ内部のフラックスの成分が均一に混ざるのに必要な条件を与える。
[ワイヤ1g当りの溶接入熱量(kJ/cm・g)]=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]×60/[溶接速度(cm/min)]/[溶着量(g/min)]・・・(式2)
【0030】
また、本発明においてホットワイヤを用いると、通常のTIG溶接よりも、溶融した溶接ワイヤの凝固するまでの時間が長くなり、成分むらの解消に効果がある。なお、本発明においては、ホットワイヤそのものについては、特に限定するものではなく、例えば、特開2003−320454号公報に開示されているような公知の技術を用いればよい。
【0031】
次に、本発明に使用されるフラックス入りワイヤの詳細について説明する。
【0032】
フラックス入りワイヤの鋼製外皮の素材には、通常、強度が軟鋼と同等のものを使用し、強度を高めるのに必要な焼入れ性元素は、フラックス中に金属または合金として含有することで、フラックス入りワイヤの生産性と製造コストを一般の軟鋼用ワイヤと同等にしている。
【0033】
フラックス入りワイヤの内部のフラックスには、本発明で規定しているだけの他にスラグ形成剤、脱酸剤、Fe粉等の嵩増し剤が含まれていても効果に変わりはない。
【0034】
また、フラックス入りワイヤの鋼製外皮がシームレスパイプ、または、かしめのどちらで製造されても本発明の効果に変わりはない。
【0035】
次にフラックス入りワイヤの成分組成の限定理由について説明する。
【0036】
先ず、フラックス入りワイヤを構成する鋼製外皮およびフラックス中に含有する成分およびその含有量の限定理由について説明する。
【0037】
なお、以下に示す各成分の含有量は、鋼製外皮およびフラックスをそれぞれ成分分析して測定された鋼製外皮中の成分含有量およびフラックス中の成分含有量と、フラックスの充填率(ワイヤ全質量に対するフラックス全質量の質量%)を基に、下記(式3)により求めることができる。
ワイヤ中に成分iの含有量(質量%)=鋼製外皮中の成分iの含有量(質量%)×(1−充填率)+フラックス中の成分iの含有量(質量%)×充填率 ・・・ (式3)
なお、上記フラックス全質量は、金属または合金として添加する元素の他に、スラグ形成剤およびアーク安定剤を含んだフラックス中の成分含有量の合計量を意味する。また、フラックス中の成分含有量とは、フラックス全質量に対する、溶接金属組成に寄与する金属、合金中の元素量の割合を意味する。
【0038】
なお、以下の説明において「%」は特に説明がない限り、「質量%」を意味するものとする。また、以下のフラックス入りワイヤ中の各成分元素の含有量は、ワイヤ全体に対する割合(質量%)で示し、鋼製外皮およびフラックスの何れかまたは両方に含有する成分の合計量を意味する。
【0039】
[C:0.04〜0.4%]
Cは、溶接金属の引張強さを高めるのに必須の元素であり、ソリッドワイヤではその製造性、生産性に悪影響を与えるために殆ど採用されないが、コアドワイヤなら問題ない範囲で、引張強さを確保するために、Cを0.04%以上含有させる。ただし、Cの過度な含有は溶接金属の靭性を著しく劣化させるため、溶接金属の靭性を確保するためには溶接ワイヤ中の上限を0.4%とする。従って、本発明において溶接ワイヤ中のC含有量は0.04〜0.4%とする。なお、ソリッドワイヤでの難製造性が顕著となる0.09%以上で、コアドワイヤ化する効果が顕著となり好ましい。
【0040】
[Si:0.2〜2.0%]
Siは、脱酸元素であり、溶接金属中のO量を低減して清浄度を高めるためには溶接ワイヤ中のSi含有量を0.2%以上とする必要がある。一方、溶接ワイヤ中のSi含有量が2.0%を超えて過剰になると、粗大な酸化物を生成し溶接金属の靭性を著しく劣化させる。このため、本発明において溶接ワイヤ中のSi含有量は0.2〜2.0%とする。
【0041】
[Mn:0.3〜2.0%]
Mnは、溶接金属の焼入性を確保して強度を高める、また、組織を微細化して靭性向上にも有効な元素であり、これらの効果を得るためには0.3%以上溶接ワイヤに含有する必要がある。一方、溶接ワイヤ中のMn含有量が2.0%を超えると、溶接金属中に残留オーステナイトが過剰に生成するため粒界脆化感受性が増加して溶接金属の靭性劣化、耐溶接割れ性劣化の可能性が高くなる。
このため、本発明においては、溶接ワイヤ中のMn含有量は0.3〜2.0%とする。
【0042】
[P:0.02%以下]
Pは不純物元素であり、靭性を阻害するため極力低減する必要があるが、溶接ワイヤ中の含有量が0.02%以下では靭性への悪影響が許容できるため、本発明では溶接ワイヤ中のP含有量は0.02%以下とする。
【0043】
[S:0.01%以下]
Sも不純物元素であり、溶接金属中に過大に存在すると靭性と延性をともに劣化させるため、極力低減することが好ましい。
【0044】
溶接ヤイヤ中の含有量0.01%以下では靭性、延性への悪影響が許容できるため、本発明では溶接ワイヤ中のS含有量は0.01%以下とする。
【0045】
[Al:0.002〜0.05%]
Alは脱酸元素であり、Siと同様、溶接金属中の酸素量を低減し、清浄度向上に効果がある。効果を発揮するためには溶接ワイヤ中に0.002%以上含有させる必要がある。一方、溶接ワイヤ中に0.05%を超えて過剰に含有させると、溶接金属中に粗大な酸化物を形成して、この粗大酸化物が靭性を著しく劣化させるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接ワイヤ中のAl含有量を0.002〜0.05%以下とする。
【0046】
本発明において、目標とする溶接金属の引張強さと靭性を確保するためには、上記成分に加えて、さらに溶接ワイヤ中に、Ni、Cr、Mo、W、および、Cuのうちの1種、または2種以上を以下の所定範囲で含有される場合である。
【0047】
[Ni:0.1〜12%]
Niは、固溶靭化により溶接金属の他の成分、組織によらず安定して靭性を向上できる唯一の元素であり、特に、高強度の溶接金属で靭性を確保するには必要な元素であり、0.1%以上含有させる必要がある。
【0048】
Ni含有量が多いほど靭性を向上する上で有利ではあるが、溶接ワイヤ中の含有量が12%を超えると、靭性向上効果が飽和する。従って、本発明においては、溶接ワイヤ中のNi含有量を0.1〜12%に限定する。
なお、Niの効果が確実に靭性向上に寄与するためには1.0〜10.0%がより好ましい。さらに、低温での靭性を確実に確保するには、6.0〜10.0%がより好ましい。
【0049】
[Cr:0.01〜4.0%]
Crは、焼入れ性を高めることにより高強度化に有効な元素である。そのために溶接ワイヤ中に含有させる場合は、0.01%以上必要である。一方、4.0%を越えて過剰に含有させると、ベイナイトやマルテンサイトを不均一に硬化させ、靭性を著しく劣化させるため、本発明においては、溶接ワイヤ中の含有量の上限を4.0%とする。なお、焼入性を介して確実に高強度化を達成するためには、0.5%以上とするのが好ましい。また、Crの焼入れ性を介した高強度化への寄与は、2.5%を超えると漸減するため、2.5%以下とするのが好ましい。
【0050】
[Mo:0.1〜4.0%]
Moは、溶接金属の引張強さTSを高めるための焼入性向上元素である。また、焼もどし抵抗性を増すことにより強度と靭性を確保することができる。これらの効果を発揮するためには、ワイヤ中にMoを0.1%以上含有させる必要がある。
一方、Moを溶接ワイヤ中に4.0%を超えて含有させると、溶接金属中に粗大な析出物が生じて溶接金属の靭性を劣化させる。このため、本発明において、溶接ワイヤ中のMo含有量は0.1〜4.0%とする。なお、確実に焼もどし抵抗の効果を発揮させるためには、0.3以上とするのが好ましい。また、焼もどし抵抗の効果は、2.0%を超えると漸減するため、2.0%以下とするのが好ましい。
【0051】
[W:0.1〜4.0%]
Wは、Moと同様に、焼入れ性向上元素である。また、微細化炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。これらの効果を発揮するためには、他の同様の効果を有する元素との複合効果を考慮しても最低限0.1%必要である。一方、4.0%を越えて溶接ワイヤ中に含有させると、靭性劣化が著しくなる。
【0052】
このため、本発明においては、溶接ワイヤ中にWを含有させる場合の含有量は0.1〜4.0%とする。なお、確実に析出強化により高強度化を達成するためには、0.5%以上とするのが好ましい。また、Wの析出強化による高強度化への寄与は、1.5%を超えると漸減するため、1.5%以下とするのが好ましい。
【0053】
[Cu:0.01〜1.5%]
Cuは強度向上には有効な元素であり、溶接金属の強度向上効果を十分に得るためには、ワイヤ中に含有するCuの含有量、さらに表面にCuがメッキされる場合にはワイヤ中に含有するCuとメッキされるCuの合計含有量を0.01%以上とする必要がある。
【0054】
一方、ワイヤ中のCu含有量が1.5%を超えると、ワイヤ表面にメッキされる場合、あるいは、ワイヤ中に含有する場合のいずれも、溶接金属の靭性が劣化するため好ましくない。
【0055】
したがって、本発明では、ワイヤ中のCu含有量を0.01〜1.5%とするのが好ましい。
【0056】
本発明で、目標とする引張強さTSと靭性を確保するには、以上の成分をそれぞれの含有量の規定範囲内で添加する際に、さらに、下記(式1)で示される溶接金属の焼入れ硬さを示す炭素当量(Ceq)が所定範囲内にワイヤ中の各成分の含有量となる場合である。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4+[Cr]/5+[W]/8+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3+[V]/5+[Ta]/8+[Co]/40+5×[B] ・・・ (式1)
但し、[]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0057】
目標の引張強さを確保するためには、溶接ワイヤ中に含有するC、Mn、Si、Ni、Mo、Cr、W、Cu、Ti、Nb、V、Ta、Co、及び、Bの含有量を基に上記(式1)で求められる焼入れ硬さの指標である炭素当量Ceqを0.40%以上に限定する必要がある。炭素当量Ceqが0.40%未満では、焼入れ硬さが不足するため目標の引張強さTSが700MPaを満足できない。炭素当量が大きい程焼入れ硬さが高くなるが、1.5%超えて過剰となると、溶接金属の靭性が劣化するため好ましくない。以上の理由により、本発明においては、溶接ワイヤの炭素当量(Ceq)を0.40〜1.5%に限定する。
【0058】
さらに、溶接金属内の成分むら部とその周辺部の強度差が引張強さ及び靭性に影響が出るためには、溶接ワイヤ全体の成分の炭素当量と鋼製外皮の成分の炭素当量の差の絶対値が0.10%以上となる場合である。0.10%未満の場合は、成分むら部とその周辺部の硬さの差が小さく、引張強さ、または、靭性への影響は小さい。
【0059】
以上が本発明のTIG溶接に使用されるフラックス入りワイヤの基本成分元素及び制限すべき不純物の含有量の限定理由である。本発明は、さらに、溶接金属の特定の機械的性質の調整のために、必要に応じて、ワイヤ中に、さらに、Ti、Nb、V、Ta、Co、および、Bのうちの1種または2種以上を以下の含有量の範囲で溶接ワイヤ中に含有させた場合、引張強さ、または、靭性に影響を与える。
【0060】
[Ti:0.005〜0.3%]
Tiは溶接金属において脱酸元素として有効であり、かつ溶接金属中の固溶Nを窒化物として固定して固溶Nの靭性への悪影響を緩和でき、さらにはTiNを形成して多層盛溶接の場合に溶接金属の再加熱領域における過熱オーステナイト粒を微細化する作用もある。これらのTiの作用により溶接金属の靭性向上効果を発揮するためには溶接ワイヤ中にTiを0.005%以上含有させる必要がある。一方、溶接ワイヤ中のTi含有量が0.3%を超えて過剰になると、溶接金属中の粗大な酸化物の形成、および、TiNの過度な析出による靭性劣化が顕著に生じる可能性が大となる。このため、本発明においては、溶接ワイヤ中のTi含有量を0.005〜0.3%とする。
【0061】
[Nb:0.005〜0.1%]
Nbもフェライト安定化元素であり、残留オーステナイト低減に有効であり、また、微細炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。これらの効果を発揮するために、他の同様の効果を有する元素との複合効果を考慮し、ワイヤ中のNb含有量を0.005%以上とする必要がある。一方、ワイヤ中のNb含有量が0.1%を越えると、溶接金属中に過剰に含有され、粗大な析出物を形成して靭性を劣化させるため好ましくない。
そのため、本発明においては、溶接ワイヤ中にNbを含有させる場合の含有量は0.005〜0.1%とする。
【0062】
[V:0.005〜0.5%]
Vは微細炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。この効果を発揮するためには、他の同様の効果を有する元素との複合効果を考慮しても最低限0.005%必要である。一方、0.5%を越えて溶接ワイヤ中に含有させると、溶接金属中に過剰に含有され、粗大な析出物を形成して靭性を劣化させるため好ましくない。
そのため、本発明においては、溶接ワイヤ中にVを含有させる場合の含有量は0.005〜0.5%とする。
【0063】
[Ta:0.005〜0.5%]
Taも微細炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。これらの効果を発揮するためには、他の同様の効果を有する元素との複合効果を考慮しても最低限0.005%必要である。一方、0.5%を越えて溶接ワイヤ中に含有させると、溶接金属中に過剰に含有され、粗大な析出物を形成して靭性を劣化させるため好ましくない。そのため、本発明においては、溶接ワイヤ中にTaを含有させる場合の含有量は0.005〜0.5%とする。
【0064】
[Co:0.01〜6%]
Coは、溶接金属のベイナイトおよびマルテンサイトの変態点が極端に低下することを抑制する作用により、溶接金属の強度調整、および、溶接金属中の残留オーステナイトの生成を抑制するのに有効な元素である。これらの効果を確実に発揮するためには、溶接ワイヤ中に0.01%以上含有させる必要がある。一方、6%を越えてワイヤ中に含有させてもこれらの効果が飽和し、ワイヤの製造コストが過大となる。このため、本発明においては、溶接ワイヤ中にCoを含有させる場合はその含有量の範囲を0.01〜6%とするのが好ましい。
【0065】
[B:0.001〜0.015%]
Bは、焼入れ性を高めて溶接金属の強度向上に寄与する元素であり、また、溶接金属中の固溶Nと結びついてBNを形成して、溶接金属の靭性を向上する作用も有する。これらの効果を確実に発揮するためには、溶接ワイヤ中のB含有量は0.001%以上必要である。一方、溶接ワイヤ中のB含有量が0.015%超となると、溶接金属中のBが過剰となり、粗大なBNやFe23(C、B)等のB化合物を形成して靭性を逆に劣化させるため、好ましくない。そこで、本発明においては、溶接ワイヤ中にBを含有させる場合は、B含有量を0.001〜0.015%に限定するのがこのましい。
【0066】
[CaおよびREMのうちの1種または2種以上:0.0002〜0.01%]
本発明では、上記成分に加えて、さらに、溶接金属の延性、靭性を調整する目的で、必要に応じて、Ca、および、REMのうちの1種または2種以上を以下の範囲内でワイヤ中に含有させることができる。
【0067】
Ca、および、REMはいずれも硫化物の構造を変化させ、また溶接金属中での硫化物、酸化物のサイズを微細化して延性及び靭性向上に有効である。これらの効果を十分に発揮するためには、Ca、および、REMの含有量はいずれも0.0002%以上とするのが好ましい。一方、ワイヤ中にCa、および、REMを0.01%を超えて過剰に含有すると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性、靭性の劣化を招き、また、溶接ビード形状の劣化、溶接性の劣化の可能性も生じる。このため、ワイヤ中のCa、および、REMの含有量の上限はいずれも0.01%とするのが好ましい。
【実施例】
【0068】
本発明の効果を実施例によりさらに詳細に説明する。表1に示す化学組成を示すフラックス入り溶接ワイヤを用いてTIG溶接を行い、溶接金属特性と溶接金属内の成分むら発生有無について調査した。
【0069】
【表1】

【0070】
フラックス入りワイヤは、表2に示す鋼製外皮を使用し、表1の化学組成となるようにフラックス中に金属または合金と、充填率の調整の目的でFe粉等の嵩増し剤を所要量添加した後、断面を円形に加工しつつ、繋ぎ目にシーム溶接を行いスリット状の隙間のないワイヤ(以下、シームレスワイヤという。)と、かしめによる機械締結したワイヤを作製した。その後、ワイヤは冷間引き抜き加工により1.2mm〜2.8mmの最終ワイヤ径とした。冷間加工途中に加工硬化したワイヤの軟化を目的に焼鈍を施している。
【0071】
【表2】

【0072】
ソリッドワイヤ製造で生産性、製造コストに影響を与え始める引張強さTSが700MPa程度であることから、引張強さTSが700MPa以上、かつ、−40℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーvE−40が27J以上を確保できることを本発明のTIG溶接方法に使用するフラックス入りワイヤの目標機械特性とした。
【0073】
図1は本発明が課題とする、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法で生じ易い、溶接金属成分の混合不足のために残留した鋼製外皮成分主体の成分むら部を、溶接部の断面図で模式的に示す図で、図2は実施例に用いた溶接継手の開先形状と2mmVノッチシャルピー衝撃試験片の採取要領とを模式的に示す図である。鋼板はSM490B材を使用し、溶接ワイヤ成分の希釈の影響を極力低減するために試験に使用するのと同じ溶接ワイヤで鋼板2の開先部と裏当材3表面にバタリングを実施した。バタリングを実施した鋼板を図1、図2に示すように開先角度45°、ルートギャップ12mmのV開先で組み立て、シールドガスが100%ArのTIG溶接で多層盛溶接を行い、溶接継手を作製し、丸棒引張試験、2mmVノッチシャルピー衝撃試験により溶接金属の強度、靭性を評価した。図1に成分むら部1を示した。
【0074】
図2に示すように、裏当材3を用いて溶接した溶接後の継手の溶接金属4から2mmVノッチシャルピー衝撃試験片5および丸棒引張試験片6を採取し、機械的性質を調査した。引張強度の測定は、鋼板2の板厚中心および溶接金属幅中央のそれぞれから、平行部径が6mm、平行部長さが32mmの丸棒引張試験片6を試験片長手方向が溶接ビード長手方向に平行になるように採取し、室温において引張試験を行うことにより測定した。溶接金属によっては、明確な降伏点、降伏伸びを生じなかったものがあり、その場合は、降伏応力YPとして0.2%耐力(0.2%P.S)を採用した。
【0075】
靭性は、図2に示すように、試験片の中心が鋼板2の板厚1/4位置7で、ノッチが溶接金属4の幅方向中央にくるような位置から10mm×10mm角で、長辺長さ:55mmの試験片5を採取し、2mmVノッチシャルピー衝撃試験の−40℃における平均吸収エネルギーvE−40(3本の測定値の平均)により評価した。
【0076】
成分むらの有無の判定について次のように実施した。溶接ビード断面のマクロ試験片を数箇所切り出し、鏡面研磨、ナイタール腐食を行い、光学顕微鏡観察により成分むらの有無を判定した。成分むら部は鋼製外皮の成分ままであるため合金元素が殆ど入っておらず、周囲と比較して、明らかに組織や腐食のされ方が異なるため、判定は容易である。
【0077】
表3に表1の溶接ワイヤ番号Y1A〜Y7Aの各TIG溶接条件と、表4に各溶接条件で作製した溶接継手の機械試験結果を示す。Y6Aは鋼製外皮の厚さが薄いためワイヤの伸線工程で断線が発生した。
【0078】
【表3】

【0079】
【表4】

【0080】
ワイヤ番号Y1Aを使用した継手記号Y1A−1は、本発明を満足しており、成分むらは無く、機械特性も安定している。継手記号Y1A−2はワイヤ1g当りの溶接入熱量が不足しているため、鋼製外皮と内部フラックスの成分が混ざらずに鋼製外皮の成分のまま残ってしまうことにより、溶接金属内に成分むらが確認された。Y1A−2の溶接継手から引張試験片を採取し、試験を実施したところ、同じワイヤ番号Y1Aを使用した継手Y1A−1より引張強さにバラツキが見られた。引張強さが低値だった引張試験後の試験片Y1A−2.1の断面を調査したところ、明らかに合金成分の入っていない成分むらがあり、成分むら部の面積率に応じて引張強さが低くなった。
【0081】
継手記号Y1A−2をシャルピー試験したところ、シャルピー試験片Y1A−2.3でvE−40が他のものと比較して低値となった。破壊の起点を調査したところ、破壊の起点は成分むらとの境界部であり、成分むら部との周辺部の強度差によって応力が集中し破壊が起こったため、vE−40が低値となった。
【0082】
継手記号Y1A−3は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が過大となり、継手全体に与える入熱が過大であるため、靭性が大幅に劣化し、vE−40の目標値を下回っている。
【0083】
継手記号Y1A−4は、ホットワイヤを使用し、成分むらは無く、安定した機械特性が得られた。
【0084】
ワイヤ番号Y2Aを使用した継手記号Y2A−1は、本発明を満足しており、成分むらは無く、機械特性も安定している。継手記号Y2A−2は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が低いため成分むらが発生し、機械特性のバラツキも大きい。Y2A−3は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が過大となり、継手全体に与える入熱が過大であるため、靭性が大幅に劣化し、vE−40の目標値を下回った。Y2A−4は、ホットワイヤを使用し、安定した機械特性が得られた。
【0085】
ワイヤ番号Y3Aを使用した継手記号Y3A−1は、本発明を満足しており、成分むらは無く、機械特性も安定している。継手記号Y3A−2は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が低いため成分むらが発生し、機械特性のバラツキも大きい。Y3A−3は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が過大となり、継手全体に与える入熱が過大であるため、靭性が大幅に劣化し、vE−40の目標値を下回った。
【0086】
ワイヤ番号Y4Aを使用した継手記号Y4A−1は、本発明を満足しており、成分むらは無く、機械特性も安定している。継手記号Y4A−2は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が低いため成分むらが発生し、機械特性のバラツキも大きい。Y4A−3は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が過大となり、継手全体に与える入熱が過大であるため、靭性が大幅に劣化し、vE−40の目標値を下回った。
【0087】
ワイヤ番号Y5Aを使用した継手記号Y5A−1、Y5A−2はワイヤ1g当りの溶接入熱量の条件は満たしているが、ワイヤの鋼製外皮の厚さが1.03mmと厚いため、ワイヤの外皮成分と内部のフラックスの合金成分が拡散で十分に混ざらず、成分むらが発生した。このため、機械特性のバラツキが大きくなった。Y5A−3は、ワイヤ1g当りの溶接入熱量が過大となり、継手全体に与える入熱が過大であるため、靭性が大幅に劣化し、vE−40の目標値を下回った。
【0088】
ワイヤ番号Y7Aを使用した継手記号Y7A−1は本発明を満足しており、成分むらは無く、機械特性も安定している。継手記号Y7A−2は、溶接金属内に成分むらが確認されたが、ワイヤ記号Y7Aのワイヤ全体の成分の炭素当量と構成外皮の成分の炭素当量の差が、0.10%以下であるため、成分むら部とその周辺の強度差が小さく、引張強さ、靭性に影響を及ぼさない。
【0089】
表5に表1の溶接ワイヤを用いて溶接継手を作製した溶接条件及び機械試験結果を示す。溶接ワイヤY1B〜Y26Bを使用した継手記号Y1B−1〜Y26B−1は本発明のフラックス入りワイヤのTIG溶接方法において、ソリッドワイヤ製造で生産性、製造コストに影響を与え始める引張強さTSが700MPa以上、かつ、−40℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーvE−40が27J以上を確保できている。
【0090】
【表5】

【0091】
一方、溶接ワイヤY1C〜Y12Cを使用した継手記号Y1C−1〜Y12C−1は本発明のTIG溶接方法に使用されるフラックス入りワイヤの組成が本発明を満足していないために、引張強さ、あるいは、靭性が十分でない。
【0092】
ワイヤ番号Y1Cを使用した継手記号Y1C−1は、溶接ワイヤのC含有量が不足のため引張強さが本発明の目標値(TS≧700MPa)を下回っている。
【0093】
ワイヤ番号Y2Cを使用した継手記号Y2C−1は、溶接ワイヤのC含有量が過大であるため、溶接金属の靭性vE−40が大幅に劣化している。
【0094】
ワイヤ番号Y3Cを使用した継手記号Y3C−1は、溶接ワイヤのSi含有量が不足のため、脱酸の程度が悪くなり、靭性が劣化した。
【0095】
ワイヤ番号Y4Cを使用した継手記号Y4C−1は、溶接ワイヤのSi含有量が過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0096】
ワイヤ番号Y5Cを使用した継手記号Y5C−1は、溶接ワイヤのMn含有量が不足のため焼き入らず、引張強さの目標値を下回った。
【0097】
ワイヤ番号Y6Cを使用した継手記号Y6C−1は、溶接ワイヤのMn含有量が過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0098】
ワイヤ番号Y7Cを使用した継手記号Y7C−1は、溶接ワイヤのP含有量が過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0099】
ワイヤ番号Y8Cを使用した継手記号Y8C−1は、溶接ワイヤのS含有量が過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0100】
ワイヤ番号Y9Cを使用した継手記号Y9C−1は、溶接ワイヤのAl含有量が過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0101】
ワイヤ番号Y10Cを使用した継手記号Y10C−1は、溶接ワイヤに、Ni、Cr、Mo、W、Cuの何れも所要量含まなかったため、焼入れ性が不足し、引張強さが目標値を下回った。
【0102】
ワイヤ番号Y11Cを使用した継手記号Y11C−1は、溶接ワイヤのCeqが過小であるため、焼入れによる強度向上効果が十分に得られず、引張強さが目標値を下回った。
【0103】
ワイヤ番号Y12Cを使用した継手記号Y12C−1は溶接ワイヤのCeqが過大であるため、靭性が著しく劣化した。
【0104】
以上の実施例から、本発明によれば、フラックス入りワイヤをTIG溶接に適用した場合に生じる溶接金属内の成分むらを解消し、均一な溶接金属を得ることができることから安定した引張強さと靭性を確保できる。このことで、生産性、製造コストに問題がある高強度鋼用のソリッドワイヤの代替としてフラックス入りワイヤをTIG溶接に適用できるようになることは、明白である。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】本発明が課題とする、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法で生じ易い、溶接金属成分の混合不足のために残留した鋼製外皮成分主体の成分むら部を、溶接部の断面図で模式的に示す図である。
【図2】実施例に用いた溶接継手の開先形状と2mmVノッチシャルピー衝撃試験片の採取要領とを模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0106】
1 鋼製外皮成分主体の成分むら部
2 鋼板
3 裏当金
4 溶接金属
5 2mmVノッチシャルピー衝撃試験片
6 丸棒引張試験片
7 鋼板の1/4厚位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法において、
前記鋼製外皮の断面厚さが0.30〜1.0mmであり、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.04〜0.4%、
Si:0.2〜2.0%、
Mn:0.3〜2.0%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Al:0.002〜0.05%
を含み、さらに、
Ni:0.1〜12%、
Cr:0.01〜4.0%、
Mo:0.1〜4.0%、
W :0.1〜4.0%、
Cu:0.01〜1.5%
のうちの1種または2種以上を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、さらに、下記(式1)で示される炭素当量(Ceq)が0.40〜1.5%を満足するとともに、ワイヤ全体の成分の炭素当量と鋼製外皮の成分の炭素当量との差が0.10%以上を満足する、フラックス入りワイヤを用いて、
下記(式2)で示される溶接ワイヤ1g当りの溶接入熱量が1.70〜4.0kJ/cm・gの範囲で、TIG溶接することを特徴とする、フラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4+[Cr]/5+[W]/8+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3+[V]/5+[Ta]/8+[Co]/40+5×[B] ・・・ (式1)
但し、[]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
[ワイヤ1g当りの溶接入熱量(kJ/cm・g)]=[溶接電流(A)]×[溶接電圧(V)]×60/[溶接速度(cm/min)]/[溶着量(g/min)]・・・(式2)
【請求項2】
前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti:0.005〜0.3%、
Nb:0.005〜0.1%、
V :0.005〜0.5%、
Ta:0.005〜0.5%、
Co:0.01〜6%、
B :0.001〜0.015%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。
【請求項4】
前記フラックス入りワイヤが、ホットワイヤであることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いた高強度鋼のTIG溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−248175(P2009−248175A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102482(P2008−102482)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】