説明

プログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザの分周数列の計算機およびプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザ

【課題】分数PLL周波数シンセサイザにおいて、出力信号の位相雑音を小さくする。
【解決手段】分数PLLにおける分周器の一連の整数分周数を記憶装置に予め格納しておき、逐次読み出して設定するようにする。一連の整数分周数は、遺伝アルゴリズムを用いて、最適に近いものを計算しておく。一連の整数分周数の各値を遺伝アルゴリズムにおける遺伝子とすることにより、一連の整数分周数に対する拘束条件を満たしながら世代交代を行なうことができ、効率よく最適化計算を実行できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基準周波数信号の周波数に対して有理数(以下、分数と記す)を乗じた周波数を持つ信号を発生させる分数PLLシンセサイザに関するものである。
【背景技術】
【0002】
分数PLLシンセサイザは、設定周波数の間隔に関係なくPLLのループ帯域幅を設定できるので、チューナなどの受信機などに用いられ始めている。分数PLLシンセサイザの内部の分周器は整数分周動作しかできないため、整数分周数を逐次変化させて分数分周を実現している。このとき、整数分周を行なう整数分周比の数列を最適化しないと、その分、出力信号の位相ノイズが大きくなってしまうといった問題点があった。
【0003】
この一連の整数分周数について、予め望ましい値を計算して記憶装置に記憶しておき、分数PLLシンセサイザを動作させるときに順次読み出して分周器に整数分周数として設定することはハードウェア的には可能であるが、適切な一連の整数分周数を計算することが困難であった。
【0004】
また、一連の整数分周数を記憶した記憶装置を用いるアプローチでは、設定する可能性のある分数分周数の少数部分の値すべてに対して、それぞれ一連の整数分周数を記憶した記憶装置が必要になってしまっていた。
【特許文献1】特開2002−16494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
解決しようとする課題は、一連の整数分周数が格納されている分数PLLシンセサイザにおいて、適切な一連の整数分周数を計算する手段を与えることである。
【0006】
また、設定する可能性のある分数分周数の小数部分の値が複数であるとき、必要とされる一連の整数分周数を記憶する記憶装置の容量を減らすことである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
設定分数分周数に対する一連の整数分周数の適切な値を求めるのに、遺伝アルゴリズムによる最適化アルゴリズムを用いる。遺伝アルゴリズムにおける遺伝子は一連の整数分周数の各値に対応させる。一連の整数分周数の計算には規模の大きい整数計画問題を解く必要があるが、遺伝アルゴリズムの適用により最適に近い解を探索することができる。
【0008】
また、1つの設定分数分周数に対する一連の整数分周数を用いて、他の少数部分を持つ設定分数分周数に対する一連の整数分周数を算出するようにすることにより、必要とする一連の整数分周数の組の数を減らすことができ、必要となる記憶装置の容量を減らすことができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明のパルス幅変調器を用いることにより、位相雑音の小さい分数PLLシンセサイザを設計することができる。
【0010】
また、その分数PLLシンセサイザに必要となる一連の整数分周数を記憶する記憶装置の総容量を減らすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明を実施するための最良の形態について実施例を通して示す。
【実施例1】
【0012】
図1は、本発明第1の実施例である分周数計算機が対象とするプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザのブロック図である。r(t)は基準周波数信号であり、基準周波数信号r(t)の周波数に予め設定された有理数である係数を乗じた周波数を持つ信号を出力信号y(t)として取り出すものである。
【0013】
電圧制御発振器1により生成された出力信号y(t)は分周器5により分周され、信号x(t)となる。その際の分周数はN[k](kはステップ数)であり、分周動作を1回行うごとにkの値は1ずつ増える。ただし、k=Lの次のステップではk=1となる。N[k]の平均値をpとする。 N[k]の生成については後述する。位相比較器4では信号x(t)と基準周波数信号r(t)の位相差を検出し、その位相差に比例した信号がチャージポンプ3から出力される。チャージポンプ3の出力信号はループフィルタ2により積分などの処理がなされた後、電圧制御発振器1に供給される。ループフィルタ2はこの閉ループ系が安定となるように設計されているので、出力信号y(t)の周波数は基準周波数r(t)の周波数に定数pを乗じた値となる。
【0014】
一方、分周数N[k]は次式のように生成される。
(数1)
N[k] = M[k] * A + B
ただし、AおよびBは外部から設定される値であり、ともに整数である。M[k]の平均値をqとすると、分周数N[k]の平均値pはq*A+Bとなる。
【0015】
AおよびBの値を適切に設定することにより、1つのM[k]の組から複数のpの値に対する一連の整数分周数N[k]を生成することができる。例えば、A=1、B=10に対してp=10+3/7となるようにM[k]が設定されていたとする。このとき、A=-1、B=11と設定することにより、分周数N[k]の平均値はp=10+4/7となる。この場合のようにAの絶対値が1である場合には、分周数N[k]の分散は大きくならないので、M[k]にAを乗じることによる出力信号y[k]の位相ノイズの増大はともなわない。
【0016】
また、A=-2、B=11とすることにより、分周数N[k]の平均値をp=10+1/7とすることができる。この場合は、A=1の場合と比べて分周数N[k]の分散は大きくなってしまう。しかし、次のような場合においては、この方法が有益となる。位相比較器4のゼロクロス歪が無視できないほどに大きい場合、分周数N[k]として二つのみの値をとるようにすれば、位相比較器4のゼロクロス歪が出力信号y[k]の位相ノイズとなって現れなくなる。分周数N[k]の平均値はp=10+1/7なので、分周数N[k]のとる値を10および11とすると、値11をとる割合が少ないために、分周数N[k]のスペクトルのシェーピングが難しくなる。したがって、分周数N[k]のとる値を9および11とすることによって二つの値をとる割合を近いものとし、分周数N[k]のスペクトルのシェーピングを容易にすることが望ましい。M[k]のとる値を0および1としておけば、分周数N[k]のとる値は9および11となり、この方法を用いて分周数N[k]を生成しても不利とはならない。同様にA=2、B=10とすれば、分周数N[k]の平均値をp=10+6/7とすることができる。
【0017】
次に、一連のM[k]の値の計算方法について述べる。まず、pの値を設定し、分周数N[k]の値について遺伝アルゴリズムを用いて求める。そして求まった一連の分周数N[k]の値から一連のM[k]の値を算出する。その際、Bの値はpの値を四捨五入したものとする。
【0018】
遺伝アルゴリズムのフローチャートを図2に示す。まず、初期個体群を生成し(S11)、各個体についての評価値を計算する(S12)。初期個体群はΔ−Σ変調器を用いた方法により算出する。その際、すべての個体において
(数2)

【0019】
となるようにする。実際には多目の個体群を算出しておき、数2の条件を満たすもののみを選択して初期個体群とする。初期個体数の数は200である。そして、初期個体群の各個体に対する評価値を算出しておく(S22)。評価値は周波数シンセサイザの使用目的に合わせて設定すればよく、ここでは周波数オフセットが1kHz以上の領域における最大位相ノイズを評価値とした。
【0020】
次に交配個体群の生成を行なう(S21)。個体群の中からランダムに個体のペアーを抽出し、2点交差による交配を行なう。その様子を図3に示す。この図において、PおよびQは数3に示す条件を満たすもののうちからランダムに選ばれた自然数である。
(数3)

【0021】
したがって、交配によって生成された新たな個体は、もとの個体群の個体とおなじ遺伝子の総和を持つことになる。この拘束条件が、遺伝アルゴリズムによる一連の分周数の探索効率を格段に良くしている。この交配により、新たに100個の個体を生成し、個体群に加える。そして、交配により生成した個体に対する評価値を計算しておく(S22)。
【0022】
次に、個体群のいくつかの個体に対して突然変異を発生させる(S31)。その様子を図4に示す。個の図において、PおよびQはランダムに選ばれた自然数である。PとQの大小関係に対する制約はない。このような突然変異を発生させても、個体の遺伝子の総和は不変となるので、個体の最適探索の効率を高めることができる。突然変異は、個体群の中で特に評価値が優れているものを除いたものに対してランダムに発生させる。突然変異の発生確率は5%である。突然変異が発生した個体に対しては、その評価値を計算しておく(S32)。
【0023】
そしてこのように得られた個体群の中から、評価値が優れている個体を200個選び、選ばれなかった個体は淘汰される(S41)。
【0024】
以上の交配、突然変異、選択の操作を10000回繰り返す(世代数10000)(S42)。
【0025】
最終的に残った個体群の中で最も評価値が優れているものを選択して(S51)最適な個体とし、一連の整数分周数N[k]とする。このように得られた一連の分周数N[k]は、pの値に近いものが多く、これをそのまま記憶装置に記憶させるのは不経済であるので、pの値に近い数を引き、その引いた値をM[k]として記憶装置に記憶させる。
【0026】
このように生成された一連の分周数を用いることの効果をシミュレーション例により示す。基準周波数信号r(t)の周波数は100kHz、分数分周数はp=25+1/7、一連の分周数の長さはL=3584とした。
【0027】
初期個体郡は、従来技術である3次MASHのΔ−Σ変調器を用いて発生させた一連の分周数をサンプルすることにより生成した。その1つの個体を用いて図1に示す分数PLL周波数シンセサイザにより発生させた出力信号y(t)のスペクトルの例を図6に示す。出力周波数近傍における位相ノイズが小さい分、少し周波数が離れた領域で位相ノイズが大きくなってしまっている。また、リファレンススプリアスも見受けられるが、これは長周期時系列を有限長で切り取って繰り返しながら分周数として扱っていることに起因するものである。
【0028】
本発明第1の実施例により一連の整数分周数を計算して設定した分数PLL周波数シンセサイザにより発生させた出力信号y(t)のスペクトルの例を図5に示す。最適計算における評価値として、位相ノイズの最大値を用いたので、位相ノイズの大きさがある周波数領域でほぼ一定となる結果が得られている。また、リファレンススプリアスも改善されている。位相ノイズの最大値といった観点では、本発明を用いることで位相ノイズが3.1dB改善できている。本発明第1の実施例においては、評価値として最大位相ノイズの値を用いていたが、実際には様々な仕様要求があり、その場合には評価値の算出の方法を変えることにより柔軟に対応することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明のプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザの分周数列の計算機およびプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザを用いることにより、位相ノイズの少ない分数PLL周波数シンセサイザを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の第1の実施例における分数PLL周波数シンセサイザの構成を示すブロック図。
【図2】本発明の第1の実施例における遺伝アルゴリズムの流れ図。
【図3】本発明の第1の実施例における2点交差による個体の交配を説明する図。
【図4】本発明の第1の実施例における個体の突然変異を説明する図。
【図5】本発明の第1の実施例における分数PLL周波数シンセサイザの出力信号のスペクトル例。
【図6】従来の方法における分数PLL周波数シンセサイザの出力信号のスペクトル例。
【符号の説明】
【0031】
1・・・電圧制御発振器
2・・・ループフィルタ
3・・・チャージポンプ
4・・・位相比較器
5・・・分周器
6・・・記憶装置
7・・・乗算器
8・・・加算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め計算され記憶されている一連の整数分周数により逐次分周を行なう分周器を持つ分数PLLシンセサイザに対して前記一連の整数分周数を計算する計算機において、設定する分数分周数に対する前記一連の整数分周数の最適な値を算出するのに遺伝的アルゴリズムを用い、前記一連の整数分周数の各ステップにおける値を遺伝子とし、交配、突然変異、選択を繰り返して行なうことにより前記一連の整数分周数の好ましい値を計算し、前記遺伝アルゴリズムにおける初期個体群の各個体はその遺伝子の値の総和が一定であり、前記交配および前記突然変異においては遺伝子の値の総和が不変であることを特徴とするプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザの分周数列の計算機。
【請求項2】
請求項1に記載のプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザの分周数列の計算機により計算された該一連の整数分周数の値を記憶している記憶装置を持ち、前記記憶装置から順次読み出される整数分周数に基づいて該分周器の分周数を逐次設定することを特徴とするプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザ。
【請求項3】
請求項2に記載のプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザにおいて、小数点以下の部分がfである該分数分周数に対して計算された該一連の整数分周数の各値に対して正または負の整数Aを乗じ、さらに必要に応じて定数を加えた値を該分周器の分周数とすることにより、小数点以下の部分がA*fからA*fを超えない最大の整数を減じた数となる分数分周数を設定することを特徴とするプログラム分周型分数PLL周波数シンセサイザ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−203664(P2006−203664A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−14300(P2005−14300)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】