説明

ホスフィン遷移金属錯体、その製造方法およびそれを含有する抗癌剤

【課題】優れた抗癌性を有する新規なホスフィン遷移金属錯体を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)


(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表し、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なホスフィン遷移金属錯体、その製造方法およびそれを含有する抗癌剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シスプラチン(cis−ジクロロジアンミン白金(II))、カルボプラチン(cis−1,1−シクロブタンジカルボキシラートジアンミン白金(II))、ネダプラチン(シス−O,O'−グリコラートジアンミン白金(II))等の白金錯体は強い抗癌活性を有し、現在主要な抗癌剤として利用されている。
【0003】
また、下記一般式
【化1】

において、R1'〜R8'が同一または異なってフェニル基、置換フェニルまたはピリジル基であり、A?が直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基であり、M'が金、銀または銅原子であり、B'がアニオン種であるホスフィン遷移金属錯体(特許文献1参照)や、R1'〜R8'が同一でフェニル基、置換フェニル基もしくはエチル基であるか、またはR1'、R2'、R7'およびR8'がフェニル基でR3'〜R6'がエチル基であり、Aが直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基であり、M'が金、銀または銅原子であり、B'がアニオン種であるホスフィン遷移金属錯体(特許文献2参照)が、シスプラチンに匹敵する抗癌作用を有することが知られている。
【特許文献1】特表平10−509957号公報
【特許文献2】特開昭61−10594号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、一般に化合物の抗癌活性と抗癌スペクトルは化学構造に大きく依存し、僅かな構造の違いがこれらの特性に大きな差異をもたらすことが知られている。さらに、抗癌剤の効果は人によって様々であり、例えば、最高の抗癌剤とされるタキソールに至っても、有効率は30%程度である。従って、化学構造の異なる種々の新規な抗癌剤の開発が望まれている。
【0005】
本発明は、かかる実情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、優れた抗癌性を有する新規なホスフィン遷移金属錯体、その製造方法およびそれを含有する抗癌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、抗癌作用を有する新規なホスフィン遷移金属錯体について鋭意研究を重ねた結果、特定の構造を有するホスフィン遷移金属錯体が優れた抗癌性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、下記一般式(1)
【化2】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表し、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体である。
【0008】
本発明はまた、R1 およびR3 はピリジル基またはピリミジル基である前記ホスフィン遷移金属錯体である。
【0009】
本発明はまた、Mは金原子である前記ホスフィン遷移金属錯体である。
【0010】
本発明はまた、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイドまたはビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイドである前記ホスフィン遷移金属錯体である。
【0011】
本発明はさらに、前記ホスフィン遷移金属錯体の光学活性体である。
【0012】
また、本発明は、下記一般式(2)
【化3】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表す)で示されるビスホスフィン誘導体と、金、銀、銅または白金の金属塩とを反応させることを特徴とする下記一般式(1)
【化4】

(式中、R1 〜R4 およびAは前記定義どおりであり、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体の製造方法である。
【0013】
また、本発明は、下記一般式(1)
【化5】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表し、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体を含有することを特徴とする抗癌剤である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のホスフィン遷移金属錯体は優れた抗癌活性を有し、低毒性であるので、抗癌剤として有用である。また、本発明のホスフィン遷移金属錯体は水溶性が高いので、抗癌剤とした場合、投与形態や製剤形態を選ぶことがなく、少量で患部に効果的に作用し、用量を低くできるので副作用も少ない。さらに、本発明の製造方法によれば、かかるホスフィン遷移金属錯体を工業的に有利な方法で提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0016】
本発明に係るホスフィン遷移金属錯体は、前記一般式(1)で表わされるものである。
【0017】
一般式(1)のR1 およびR3 は、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基である。アルキル基としては、炭素数1〜20、好ましくは1〜10の直鎖状または分岐状のアルキル基がよく、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。シクロアルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。アリール基としては、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基等が挙げられ、アラルキル基としては、ベンジル基、フェネチル基等が挙げられる。また、ピリジル基は、2−ピリジル基、3−ピリジル基または4-ピリジル基であり、ピリミジル基は、2−ピリミジル基、4−ピリミジル基または5−ピリミジル基である。これらの中では、ピリジル基が好ましく、特に2−ピリジル基が好ましい。
【0018】
一般式(1)のR2 およびR4 は、アルキル基またはシクロアルキル基である。アルキル基としては、炭素数1〜20、好ましくは1〜10の直鎖状または分岐状のアルキル基がよく、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。シクロアルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。これらの中では、直鎖状または分岐状のアルキル基が好ましく、特に好ましくはtert−ブチル基である。なお、一般式(1)において、RとR、およびRとRは同一の基となることはない。
【0019】
一般式(1)のAは、直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基である。直鎖状のアルキレン基としては、炭素数1〜5のアルキレン基がよく、具体的にはメチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基またはペンタメチレン基であり、好適にはエチレン基である。
【0020】
また、一般式(1)のMは、金、銀、銅または白金原子である。これらの中では、金原子が特に好ましい。
【0021】
さらに、一般式(1)のBはアニオン種であり、具体的には塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子、四フッ化ホウ素、六フッ化リン酸、過塩素酸等が挙がられる。これらの中では、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子が特に好ましい。
【0022】
本発明に係るホスフィン遷移金属錯体の好ましい化合物の例としては、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド等が挙げられる。
【0023】
また、本発明においては、一般式(1)のホスフィン遷移金属錯体は光学活性体であってもよい。光学活性体の具体例は、下記一般式(4)
【化6】

(式中、R1 〜R4 、A、BおよびMは前記定義どおりであり、リン原子上の*は不斉中心を表す)で示されるリン原子上に不斉中心を有するホスフィン遷移金属錯体である。一般式(4)の光学活性なホスフィン遷移金属錯体は、(S,S)−体もしくは(R,R)−体のいずれであってもよく、またはメソ体であってもよい。好ましい光学活性体の例としては、上記の本発明に係るホスフィン遷移金属錯体の好ましい化合物として例示したものの(S,S)−体、(R,R)−体、メソ体が挙げられる。
【0024】
次に、本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法について説明する。本発明のホスフィン遷移金属錯体は、下記一般式(2)
【化7】

(式中、R1 〜R4 およびAは前記定義どおりである)で表わされるビスホスフィン誘導体と、金、銅、白金または銀の遷移金属塩とを反応させることにより製造することができる。
【0025】
原料の一般式(2)で表わされるビスホスフィン誘導体は、公知の方法により製造することができる。その一例を示せば、下記反応式(I)
【化8】

(式中、R1 〜R4 は前記どおりであり、A1 およびA2 はアルキレン基を示す。)に従って、コルベ電解カップリング反応後、トリクロロシラン、フェニルシラン等の還元剤を用いて還元反応を行う方法(特開平11−228586号公報および国際公開公報WO01/046098号公報参照)、下記反応式(II)
【化9】

(式中、R1 〜R4 およびAは前記定義どおりである)に従って、第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))とジクロロ化合物(化合物(10))とを塩基の存在下に反応させ、次いでエチルアミン、ジエチルアミン、ピロリジン等の塩基を用いて脱ボラン化する方法(特開2003−300988号公報およびJ.Org.Chem.,Vol.65,No.6,2000,1877〜1880頁参照)、または下記反応式(III)
【化10】

(式中、R1 〜R4 は前記どおりである)に従って、メチルホスフィンボラン(化合物(12)および(13))をn−ブチルリチウム等の塩基で処理し、次いで塩化銅で処理した後、エチルアミン、ジエチルアミン、ピロリジン等の塩基を用いて脱ボラン化する方法(特開平11−80179号公報参照)等である。
【0026】
なお、反応式(I)の反応により光学活性体を得るには、ホスフィンオキシカルボン酸(化合物(5)または(6))のラセミ体を、光学活性な1−フェニルエチルアミンなどのアミンを用いて、ジアルテレオマー塩を形成させ、溶媒への溶解度差を利用して、光学活性体に分割する方法を用いることができる(WO01/046098号公報および特開平11−228587号参照)。また、反応式(II)または反応式(III)の反応により光学活性体を得るには、光学活性な第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))または光学活性なメチルホスフィンボラン(化合物(12)および(13))を原料として用いて、同様にして反応式(II)または反応式(III)の反応を行えばよい。光学活性な第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))または光学活性なメチルホスフィンボラン(化合物(12)および(13))を得る方法としては、第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))またはメチルホスフィンボラン(化合物(12)および(13))のラセミ体を常法の高速クロマトグラフィー等により光学分割して第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))またはメチルホスフィンボラン(化合物(12)および(13))に相当する光学活性体を得る方法を用いることができる。更に、光学活性な第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))を得る方法としては、第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))のラセミ体に(−)−スパルテイン−(S)−ブチルリチウム錯体を作用させ、酸化して光学活性なホスフィンボランのアルコール類を得た後、酸化を得て脱炭酸して第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))に相当する光学活性体を得る方法(J.Org.Chem.,Vol.65,No.6,2000,4185〜4188頁参照。)、第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))のラセミ体に光学活性炭酸エステルハライドを塩基の存在下で反応させて、アルコキシカルボニルホスフィンボランのジアステレオマー混合物を得た後、該アルコキシカルボニルホスフィンボランを再結晶法により光学分割し、次いでアルカリ剤を作用させて第2級ホスフィンボラン(化合物(8)および(9))に相当する光学活性体を得る方法(特開2003−300988号公報参照。)等も用いることができるが、光学活性体を得る方法はこれらに限定されるものではない。
【0027】
もう一方の原料の遷移金属塩としては、例えば、金、銀、銅または白金のハロゲン化物や硝酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ素酸塩、六フッ化リン酸塩等を使用することができる。好ましい金の金属塩としては、塩化金(I)酸、塩化金(I)、テトラブチルアンモニウムクロリド・塩化金(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p366〜380、Aust. J. Chemm., 1997, 50, 775−778頁参照)が挙げられる。好ましい銅の金属塩としては、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p349〜361参照)が挙げられる。好ましい白金の遷移金属塩としては、塩化白金(II)、テトラクロロ白金(II)酸ナトリウム、テトラクロロ白金(II)酸カリウム等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p327〜348参照)が挙げられる。また、好ましい銀の遷移金属塩としては、塩化銀(I)、臭化銀(I)、ヨウ化銀(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p361〜366参照)が挙げられる。なお、前記遷移金属塩は無水物であっても含水物であってもよい。
【0028】
通常、一般式(2)で表わされるビスホスフィン誘導体と遷移金属塩との反応は、遷移金属塩と遷移金属塩に対するモル比で1〜5倍モル、好ましくは1.8〜2.2倍モル量のビスホスフィン誘導体とを、反応温度−20〜60℃、好ましくは0〜25℃で、反応時間0.5〜48時間、好ましくは1〜3時間で、例えばアセトン、アセトニトリル、メタノール、エタノール等の溶媒中で反応させることにより製造することができる。反応終了後、必要により常法の精製を行って製品とする。
【0029】
なお、本発明のホスフィン遷移金属錯体は、一般式(1)のBがハロゲン原子のものを合成し、次いで所望の無機酸、有機酸またはそれらのアルカリ金属塩を溶媒中で反応させることにより、Bを他のアニオンに誘導することができる(特開平10−147590号公報、特開平10−114782号公報、特開昭61−10594号公報等参照)。
【0030】
本発明のホスフィン遷移金属錯体は、後述するように優れた抗癌作用を有し、抗癌剤として利用することができる。
【0031】
すなわち、本発明の抗癌剤は、前記一般式(1)で示されるホスフィン遷移金属錯体またはその光学活性体の1種または2種以上を含有してなるものである。
【0032】
本発明の抗癌剤が適用される癌の種類は特に限定されるものではなく、例えば、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、消化器癌、肺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、結腸癌、尿管腫瘍、胆嚢癌、胆管癌、胆道癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、睾丸腫瘍、上顎癌、舌癌、口唇癌、口腔癌、咽頭癌、喉頭癌、卵巣癌、子宮癌、前立腺癌、甲状腺癌、脳腫瘍、カポジ肉腫、血管腫、白血病、真性多血症、神経芽腫、網膜芽腫、骨髄腫、膀胱腫、肉腫、骨肉腫、筋肉腫、皮膚癌、基底細胞癌、皮膚付属器癌、皮膚転移癌、皮膚黒色腫などが挙げられ、さらに悪性腫瘍ばかりでなく良性腫瘍にも適用することができる。また、本発明の抗癌剤は、癌転移を抑制するために使用することもでき、特に、術後の癌転移抑制剤としても有用である。
【0033】
本発明の抗癌剤は、種々の形態でヒトまたは動物に投与することができ、経口投与でもよいし、静脈内、筋肉内、皮下または皮内等への注射、直腸内投与、経粘膜投与等の非経口投与でもよい。経口投与に適する製剤形態としては、例えば、錠剤、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤などを挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、点鼻剤、噴霧剤、吸入剤、坐剤、または軟膏、クリーム、粉状塗布剤、液状塗布剤、貼付剤等の経皮吸収剤等を挙げることができる。さらに、埋め込み用ペレットや公知の技術により持続性製剤としてもよい。上述したうち、好ましい投与形態や製剤形態等は、患者の年齢、性別、体質、症状、処置時期等に応じて、医師によって適宜選択される。
【0034】
本剤を錠剤、丸剤、散剤、粉剤、顆粒剤等の固形製剤とする場合には、前記ホスフィン遷移金属錯体を、常法に従って適当な添加剤、例えば、乳糖、ショ糖、D−マンニトール、トウモロコシデンプン、合成もしくは天然ガム、結晶セルロース等の賦形剤、デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アラビアゴム、ゼラチン、ポリビニルピロリドン等の結合剤、カルボシキメチルセルーロースカルシウム、カルボシキメチルセルーロースナトリウム、デンプン、コーンスターチ、アルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム等の滑沢剤、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、リン酸カルシウム、リン酸ナトリウム等の充填剤または希釈剤等と適宜混合して製造することができる。錠剤等は、必要に応じて、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、酸化チタン等のコーティング剤を用いて、糖衣、ゼラチン、腸溶被覆、フイルムコーティング等を施しても良い。
【0035】
本剤を注射剤、点眼剤、点鼻剤、吸入剤、噴霧剤、ローション剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の液状製剤とする場合には、前記ホスフィン遷移金属錯体を、精製水、リン酸緩衝液等の適当な緩衝液、生理的食塩水、リンゲル溶液、ロック溶液等の生理的塩類溶液、カカオバター、ゴマ油、オリーブ油等の植物油、鉱油、高級アルコール、高級脂肪酸、エタノール等の有機溶媒等に溶解して、必要に応じてコレステロール等の乳化剤、アラビアゴム等の懸濁剤、分散助剤、浸潤剤、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油系、ポリエチレングリコール系等の界面活性剤、リン酸ナトリウム等の溶解補助剤、糖、糖アルコール、アルブミン等の安定化剤、パラベン等の保存剤、塩化ナトリウム、ブドウ糖、グリセリン等の等張化剤、緩衝剤、無痛化剤、吸着防止剤、保湿剤、酸化防止剤、着色剤、甘味料、フレーバー、芳香物質等を適宜添加することにより、滅菌された水溶液、非水溶液、懸濁液、リポソームまたはエマルジョン等として調整できる。この際、注射剤は、生理学的なpH、好ましくは6〜8の範囲内のpHを有することが好ましい。
【0036】
本剤を、ローション剤、クリーム剤、軟膏等の半固形製剤とするには、前記ホスフィン遷移金属錯体を脂肪、脂肪油、ラノリン、ワセリン、パラフィン、蝋、硬膏剤、樹脂、プラスチック、グリコール類、高級アルコール、グリセリン、水、乳化剤、懸濁化剤等と適宜混和することにより製造することができる。
【0037】
本発明の抗癌剤に含まれる前記ホスフィン遷移金属錯体の含有量は、投与形態、重篤度や目的とする投与量などによって様々であるが、一般的には、製剤の全重量に対して0.001〜80重量%、好ましくは0.1〜50重量%である。
【0038】
本発明の抗癌剤の投与量は、例えば患者の年齢、性別、体重、症状、および投与経路などの条件に応じて適宜医者が決定するものであるが、一般的には、成人一日あたりの有効成分の量として1μg/kgから1,000mg/kg程度の範囲であり、好ましくは10μg/kgから10mg/kg程度の範囲である。上記投与量の薬剤は一日一回に投与してもよいし、数回(例えば、2〜4回程度)に分けて投与してもよい。
【0039】
本発明の抗癌剤は、既知の化学療法、外科的治療法、放射線療法、温熱療法や免疫療法などと組み合わせて用いてもよい。
【実施例1】
【0040】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
[参考例1]
(R,R)−1,2−ビス(ボラナートtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンおよびラセミ(またはメソ)−1,2−ビス(ボラナートtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0042】
(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0043】
水分を充分に除去し窒素ガスで置換した50ml二口フラスコに公知の方法(Tet.Lett.,2002,43,7735)に従って得た(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチルホスフィノ)エタン0.94g(4mmol)、脱水THF24mlを加えた。これを氷浴で0℃に冷却し60%パラフィン溶液水素化ナトリウムを0.48g(12mmol)一度に加えた。10分撹拌後2−クロロピリジン1.82g(16mmol)を加え30分撹拌した後氷浴を取り去り室温で21時間反応を行った。水12mlを加え反応を終了し有機層を集めた後、さらに水層から酢酸エチル10mlで抽出を行なった。これら有機層を脱水後シリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=9:1)によって白色固体の(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン0.70gを得た(収率44%、89%e.e.)。
【0044】
(同定データ)
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=1.09(s,18H),2.07−2.16(m,2H),2.36−2.43(m,2H),7.32−7.37(m,2H),7.73−7.79(m,2H),7.98−8.00(m,2H),8.54−8.55(m,2H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ=37.9
IR(KBr、cm-1);3045,2965,2931,2901,2869,2368,1573,1456,1425,1065,766
Mass(FAB,POS);m/z 389.(M++H)
【0045】
(キラルHPLCでのE.e.分析条件)
カラム;Daicel AD−H,UV波長:254nm,Flow:1.0ml/min.,35℃
移動相;Hex:2−propanol=99:1
(R,R)体:14.8min.,(S,S)体:26.0min.
【0046】
ラセミ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンおよびメソ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0047】
水分を充分に除去し窒素ガスで置換した50ml二口フラスコにテトラメチルエチレンジアミン0.71g(6.1mmol)、脱水ジエチルエーテル13mlを加え−78℃に冷却した。ここにs−BuLi6.3ml(6.1mmol)を10分かけて滴下し1時間撹拌した。tert−ブチルメチル(2−ピリジル)ホスフィンボラン1.0g(5.1mmol)の脱水ジエチルエーテル溶液5mlを加え3時間撹拌した。これに減圧乾燥した塩化第二銅1.03g(7.7mmol)を加え30分撹拌した。さらに0℃に昇温し2時間撹拌した。29%アンモニア水7mlを加え反応を終了し有機層を集めた後、さらに水層から酢酸エチル10mlで2回抽出を行なった。これら有機層を5%アンモニア水7ml、2N塩酸7mlで洗浄後脱水した。これをシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=9:1)によって分離し、白色固体のラセミ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン0.15g(収率15%)およびメソ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン0.19gを得た(収率19%)。
【0048】
(同定データ);メソ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=1.06(s,18H),1.71−1.74(m,2H),2.77−2.80(m,2H),7.32−7.36(m,2H),7.71−7.77(m,2H),7.93−7.95(m,2H),8.73−8.74(m,2H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ=38.4
IR(KBr、cm-1);3054,2971,2930,2903,2869,2382,2351,1571,1425,1067,756
Mass(FAB,POS);m/z 389.(M++H)
【0049】
[実施例1]
ビス(ラセミ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリドの合成
【0050】
窒素ガスで置換した25ml二口フラスコに参考例1で調製したラセミ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン1.11g(2.9mmol)と脱気したピロリジン8.2g(115mmol)を加え、40℃で8時間撹拌した。ピロリジンを留去し、窒素気流下でアルミナゲルを用いてカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:アセトン=15:1)によって白色固体のラセミ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン0.94gを得た(収率92%)。
【0051】
窒素ガスで置換した25ml二口フラスコに20ml滴下ロートを接続し塩化金酸ナトリウム2水和物0.20g(0.5mmol)、脱気したアセトン0.8ml、脱気した水2.0mlを入れ、さらにβ−チオジグリコール0.12g(1mmol)を加えた。15分撹拌後−5℃へ冷却し、ラセミ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン0.36g(1.0mmol)のアセトン12ml溶液を滴下ロートより30分かけて滴下した。得られた溶液を乾固しメタノール5ml、ジエチルエーテル15mlを加え一晩0℃で静置した。得られた白色固体をろ過し、減圧下乾燥後ビス(ラセミ―1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)クロロ金(以下「化合物(1)」という)0.37gを得た(収率81%)。
【0052】
(同定データ)[ラセミ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン]
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=0.92(s,18H),1.61−1.80(m,2H),2.32−2.44(m,2H),7.25−8.78(m,8H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ=12.9
Mass(GC−EI,POS);m/z 303.(M+−tBu)
【0053】
(同定データ)[ビス(ラセミ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド]
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=1.20(s,36H),2.6−3.2(m,8H),7.6(m,4H)、8.3(m,4H)、8.5(m,4H)、8.8(m,4H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ=67.3
Mass(FAB,POS);m/z 917.(M+−Cl-
【0054】
[実施例2]
ビス(メソ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリドの合成
【0055】
参考例1で調製したメソ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンを用いた以外は実施例1と同様に反応を行いビス(メソ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)クロロ金(以下「化合物(2)」という)0.53gを得た(収率90%)。
【0056】
(同定データ)
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=1.20(s,36H),3.10−3.20(m,4H),3.40−3.50(m,4H),7.30−7.34(m,4H),7.76−7.81(m,4H),8.14−8.17(m,4H),8.31−8.34(m,4H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ= 55.3
Mass(FAB,POS);m/z 917.(M+ −Cl-
【0057】
[実施例3]
ビス((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリドの合成
【0058】
参考例1で調製したラセミ−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンを用いた以外は実施例1と同様に反応を行いビス(メソ−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)クロロ金(以下「化合物(3)」という)0.53gを得た(収率90%)。
【0059】
(同定データ)
1H NMR(300.4MHz,CDCl3 );δ=1.20(s,36H),3.10−3.20(m,4H),3.40−3.50(m,4H),7.30−7.34(m,4H),7.76−7.81(m,4H),8.14−8.17(m,4H),8.31−8.34(m,4H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl3 );δ=55.3
Mass(FAB,POS);m/z 917.(M+ −Cl-
【0060】
[参考例2]
【0061】
(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0062】
水分を充分に除去し窒素ガスで置換した50ml二口フラスコに(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチルホスフィノ)エタン0.94g(4mmol)、脱水THF12mlを加えた。これを氷浴で0℃に冷却し60%パラフィン溶液水素化ナトリウムを0.48g(12mmol)一度に加えた。10分撹拌後2−クロロピリミジン1.83g(16mmol)を加え10分撹拌した後氷浴を取り去り40℃に加熱し6時間反応を行った。水5mlを加え反応を終了し有機層を集めた後、さらに水層から酢酸エチル10mlで2回抽出を行なった。これら有機層を脱水後シリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)によって白色固体の(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン0.62gを得た(収率40%)。
(同定データ)
H NMR(300.4MHz,CDCl)δ=1.20(s,18H),2.25−2.35(m,2H),2.66−2.73(m,2H),7.35−7.39(m,2H),8.82−8.85(m,4H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl);δ=45.5
IR(KBr);2963,2901,2868,2370,2339,1553,1460,1386,1060,767
Mass(FAB,POS);m/z 391.(M+H)
【0063】
[実施例4]
【0064】
ビス((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリドの合成
【0065】
窒素ガスで置換した25ml二口フラスコに参考例2で調製した(R,R)−1,2−ビス(ボラナトtert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン0.20g(0.5mmol)と脱気した1−メチルピロリジン1.7g(20mmol)、脱気したクロロホルム5mlを加え、70℃で4時間撹拌した。1−メチルピロリジンとクロロホルムを留去し、窒素気流下でアルミナゲルを用いてカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン)によって白色固体の(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン0.15gを得た(収率84%)。
【0066】
窒素ガスで置換した25ml二口フラスコに脱気したクロロホルム4mlとR,R)−1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン0.15gを入れて無色透明溶液とした。ここにテトラブチルアンモニウム金(I)ジクロリド0.10g(0.2mmol)を入れ17時間室温で撹拌した。溶媒を留去したのちエタノール−ジエチルエーテルで再結晶しビス(ラセミ―1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)クロロ金(以下、化合物(4)という)0.04gを得た(収率21%)。
【0067】
(同定データ)
H NMR(300.4MHz,CDCl);δ=1.17(s,36H),2.07−2.20(m,4H),2.92−2.95(m,4H),7.40−7.42(m,4H),8.82−8.92(m,8H)
31P NMR(121.5MHz,CDCl);δ=49.9
Mass(FAB,POS);m/z 922.(M−Cl
【0068】
[参考例3]
【0069】
1,2−ビス(フェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0070】
メチルフェニル(2−ピリジル)ホスフィンボランの合成
【0071】
窒素気流下1L4口フラスコ中にフェニルホスフィン10g(90mmol)と脱水THF400mLを仕込み−20℃に冷却し攪拌した。ここにn−BuLi58mL(1.60M、93mmol)を滴下ロートを用いて加え、1時間攪拌した。次にヨウ化メチル13.28g(93mmol)をシリンジにて加えた。添加時間は3分であった。この反応液を室温まで昇温し、1時間反応させた。その後反応フラスコを再び−20℃に冷却し、n−BuLi60mL(1.60M、95mmol)を滴下ロートにて加え、1時間攪拌した。次に2−クロロピリジン10.83g(95mmol)をシリンジにて加えた。添加時間は3分であった。10分間この温度で攪拌した後、反応フラスコを50℃に昇温しさらに1時間攪拌し反応させた。再び反応フラスコを0℃まで冷却し、ここにボラン・THF錯体のTHF溶液132mL(1.02M、135mmol)をシリンジを用いて加え、1時間反応させた。その後、反応液を砕いた氷(200g)中に慎重に注ぎ反応を停止した。この溶液を発泡がおさまるまで攪拌した後、分液ロートを用いて有機層を分離した。水層を50mLの酢酸エチルで3回抽出し、集めた有機層を200mLの純水で2回、ついで400mLの飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで脱水し、溶媒を留去して粗製品20.3gを得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=9:1〜4:1)によって目的物を分離し、溶媒を留去してオイル状の16.7gの表題化合物が得られた。収率は86%であった。
【0072】
1,2−ビス(ボラナートフェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0073】
窒素気流下、前記で合成したメチルフェニル(2−ピリジル)ホスフィンボラン16.3g(76mmol)と脱水THFを750mL4口フラスコに仕込み、これを−78℃に冷却した。このフラスコにs−BuLi84mL(1.0M、84mmol)を滴下ロートを用いて添加した。添加時間は20分であった。反応液の温度を−78℃に保ったまま2時間攪拌した。次に良く乾燥した塩化銅(II)15.33g(114mmol)を一度に加え、さらに30分この温度で攪拌した後に、反応フラスコを0℃まで2時間かけて昇温した。この反応フラスコに濃アンモニア水150 mLを加えて反応を停止し、分液ロートを用いて有機層を分離した。水層を100mLの酢酸エチルで3回抽出し、抽出した有機層5%アンモニア水溶液150mLで2回、純水100mL、飽和食塩水100mLで洗浄し無水硫酸ナトリウムで脱水した。溶媒を留去して得た粗製品を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム)で粗精製し、クロロホルム/ヘキサンの混合溶媒から再結晶して、ラセミ体とメソ体の比率がおおよそ1:1である白色結晶の表題化合物を11.3g得た。収率は69%であった。
(同定データ)
融点;130℃(分解)
H NMR(CDCl);δ=1.23(d,JHB=12.2Hz,18H),1.83(m,2H),1.07(m,2H),2.21(m,4H),2.43(m,2H),2.77(m,2H),4.26(s,2H),5.74(d,J=25.1Hz,2H),5.75(d,J=4.6Hz,2H)
31P NMR(H decoupled,CDCL);δ=114.8(d,JP−Rh=148Hz),143.7(h,JP−F=711Hz)
IR(KBr);2940,1465,1310,1180,840,560cm−1
【0074】
1,2−ビス(フェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタンの合成
【0075】
窒素気流下、前記で合成した1,2−ビス(ボラナートフェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン4.28g(10mmol)とピロリジン13mLを50mL2口フラスコに仕込み、これをオイルバスを用いて70℃に加熱して3時間攪拌した。反応終了後、過剰のピロリジンをエバポレーターを用いて留去し、残渣を塩基性アルミナカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=5:1)で粗精製し得られた粗製品を十分に脱気したエタノールから再結晶してラセミ体とメソ体の比率がおおよそ1:1である白色結晶の表題化合物を3.0g得た。収率は74%であった。
(同定データ)
31P NMR(H decoupled,CDCL);δ=−9.2(s),−9.0(s).
【0076】
[比較例1]
【0077】
ビス[1,2−ビス(フェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン]金(I)クロリドの合成
【0078】
窒素気流下、100mL2口フラスコに参考例3で合成した1,2−ビス(フェニル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン2.40g(6mmol)を十分に脱気したクロロホルム25mLに溶解した。反応液を攪拌しながら室温にて塩化金(I)のテトラブチルアンモニウムクロリド付加物1.53g(6mmol)のクロロホルム(25mL)溶液を滴下ロートを用いて加えた。添加時間は1時間であった。反応液をさらに2時間攪拌した後、分液ロートに移して、20mLの脱気した純水で3回、20mLの飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで脱水した。クロロホルムをエバポレーターにて留去し、3.13gの薄黄緑色固体の表題化合物が3水塩として得られた(以下、「化合物(5)という」。収率は96%であった。
(同定データ)
H NMR(CDCl);δ=2.2−3.4(m,8H),6.4−7.6(m,32H),8.4−8.6(m,4H)
31PNMR(H decoupled,CDCL);δ=21.8−23.4(m);MS(FAB)(M−Cl)997.
【表1】

【0079】
[実施例5]
【0080】
水溶性評価
【0081】
実施例1〜4で得られた化合物(1)〜(4)、比較例1で得られた化合物(5)およびシスプラチンについて、水溶性を評価した。
【0082】
化合物(1)〜(5)およびシスプラチンを1×10-2M/Lの濃度となるように純水を加え、更にこれを10倍に希釈してその水溶性を、非常によく溶ける(○)、あまりよく溶けない(△)、全く溶けない(×)の3段階で目視で評価した。この結果を表2に示した。
【表2】

【0083】
表2の結果から明らかなように、本発明のホスフィン遷移金属錯体は、シスプラチンに比べて非常に高い水溶性を有していることがわかった。
【0084】
[実施例6]
【0085】
抗癌性評価1
【0086】
実施例1〜3で得られた化合物(1)〜(3)、比較例1で得られた化合物(5)およびシスプラチンについて、抗癌性を以下の方法により評価した。
【0087】
癌細胞としてHL−60(ヒト急性骨髄性白血病細胞)を使用し、10%ウシ胎児血清および1%抗生物質、抗真菌剤を補足したRosewell Park Memorial Institute培地(RPMI1640)中で、5%二酸化炭素雰囲気下、湿潤インキュベータ中、37℃で培養した。
【0088】
細胞はPBSで洗浄し、細胞数を算定後、同じ培地を用いて1×106 細胞/ml懸濁液を調製した。滅菌96ウエルのマイクロプレートに前記の懸濁液を50000細胞/ウエルの密度となるように加えた。
【0089】
次に水もしくはジメチルスルホキシドに完全に溶解させた実施例1〜3および比較例1で調製したホスフィン金錯体溶液またはシスプラチン溶液(比較例2)を加え、引き続き24時間インキュベータ中で培養した。
【0090】
その後、生存細胞数をMosmann(T.Mosmann, J.Immunnol.Method(1983))65,55−63)変法により評価した。
即ちテトラゾリウム塩(3,[4,5−dimethylthiazole−2−yl]−2,5−diphenyltetrazolium bromide,MTT)溶液を加え、さらに3時間、同条件で培養した。細胞内のミトコンドリアの酵素活性により生成したホルマザン結晶を0.04mol/HCl/イオソプロピルアルコールで溶解し、マイクロプレートリーダー(Bio−Rad 550)を用い、595nmの吸光度を測定した。バックグランドを排除するために630nmの吸光度を測定し、実測値から差し引いた。これを生存細胞数として評価し、50%細胞発育抑制濃度(IC50)を算出した。この結果を表2に示す。なお、表2中の値については、化合物1〜3に関しては3回試験を行い、その平均値を示した。また、シスプラチンに関しては2回試験を行い、その平均値を示した。
【表3】

【0091】
表3の結果より明らかなとおり、本発明のホスフィン遷移金属錯体は、シスプラチンよりも優れた抗癌作用を有することが分かった。
【0092】
[実施例7]
【0093】
抗癌性評価2
【0094】
実施例2および3で得られた化合物(2)および(3)について、更にHCS−4(ヒト舌癌由来細胞、培地;RPMI1640 + 10% FBS)、COLO205(ヒト結腸由来細胞、培地;RPMI−1640 + 10% FBS)およびSH−10−TC(ヒト胃癌由来細胞、培地;RPMI−1640 + 10% FBS.)を用いて評価1と同様に試験し、50%細胞発育抑制濃度(IC50)を算出した。その結果を表3に示す。
【表4】

【0095】
表4の結果より明らかなとおり、本発明のホスフィン遷移金属錯体は、ヒト舌癌由来細胞、ヒト結腸由来細胞およびヒト胃癌由来細胞に対しても、抗癌作用を有することが分かった。
【0096】
[実施例8]
【0097】
毒性試験
【0098】
化合物(1)、(2)、(3)および(5)ついてラットによる単回経口投与によるシスプラチンとの毒性比較試験を行った。
【0099】
Sprauge−Dawley系SPFラット(CrJ:CD(SD))の雌を約1週間検疫・馴化飼育した後、健康な8週齢のラットを選び、選ばれたラット5匹を一群とした。投与前一晩絶食させたラットに、溶媒としてコーンオイルを用い、化合物(1)〜(4)は20、50、100および300mg/kg、シスプラチンは10、20、50および100mg/kgを単回経口投与し、投与後、10、30分、1、2、4時間および以後毎日、14日目まで観察しラットの生存率から50%致死量(LD50)を求めた。結果を表5に示す。
【表5】

【0100】
表5の結果より、本発明のホスフィン金錯体(化合物(1)〜(3))を投与したラットは14日経過後も死亡は認められなく、また、この間、一般状態、体重推移および内臓所見において特記すべき変化もないことから、本発明のホスフィン金錯体は低毒性であることが示唆された。
【0101】
一方、化合物(5)は、20および50mg/kg群で死亡を認めなかったが、100mg/kg群で、投与後5日目に1例が死亡した。残り4例は、試験期間終了まで生存した。300mg/kg群では、投与後2日目まで3例が死亡した。残り2例は、試験期間終了まで生存した。このことから、化合物(5)は本発明のホスフィン金錯体(化合物(1)〜(3))と比べ、毒性が強いことを示唆する結果となった。
【0102】
[実施例9]
散剤の製造
【0103】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料50g、乳糖400gおよびトウモロコシデンプン50gをブレンダーで混合して散剤を得た。
【0104】
[実施例10]
顆粒剤の製造
【0105】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料50g、乳糖250gおよび低置換度ヒドロキシプロピルセルロース50gを混合した後、10%ヒドロキシプロピルセルロース水溶液150gを加えて混練した。これを押出し造粒機を用いて造粒、乾燥して顆粒剤を得た。
【0106】
[実施例11]
錠剤の製造
【0107】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料50g、乳糖250g、トウモロコシデンプン120g、結晶セルロース75gおよびステアリン酸マグネシウム5gをブレンダーで混合した後、錠剤機で打錠して錠剤を得た。
【0108】
[実施例12]
カプセル剤の製造
【0109】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料25g、乳糖300g、トウモロコシデンプン170gおよびステアリン酸マグネシウム5gをV型混合機を用いて混合した後、3号カプセルに180mgずつ充填してカプセル剤を得た。
【0110】
[実施例13]
注射剤の製造
【0111】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料100mgおよびグルコース100mgを精製水2mlに溶解した後濾過し、濾液を2mlアンプルに分注、封入した後滅菌して注射剤を得た。
【0112】
[実施例14]
ローション剤の製造
【0113】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料1g、エタノール3g、ヒドロキシエチルセルロース0.2gおよびパラオキシ安息香酸メチル0.1gを精製水100mlに混合溶解してローション剤を得た。
【0114】
[実施例15]
軟膏剤の製造
【0115】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料2g、流動パラフィン6g、ミツロウ2g、自己乳化型モノステアリン酸グリセリド3gおよび白色ワセリン5gを加温して溶解、分散させ、軟膏剤を得た。
【0116】
[実施例16]
クリーム剤の製造
【0117】
実施例1〜4と同様にして得られた化合物(1)〜(4)のそれぞれについて、試料2gを、モノステアリン酸グリセリド2g、ステアリルアルコール4g、オクチルドデカノール2gおよびモノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン5gに加温しながら分散させ、これにパラオキシ安息香酸メチル0.1g、グリセリン5gおよび精製水60gを加温して溶解させたものを加え、高速攪拌により乳化、冷却し、クリーム剤を得た。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明のホスフィン遷移金属錯体は優れた抗癌活性を有し、かつ水溶性が高いので、各種癌の予防および治療剤として極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表し、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体。
【請求項2】
1 およびR3 はピリジル基またはピリミジル基である請求項1に記載のホスフィン遷移金属錯体。
【請求項3】
Mは金原子である請求項1または2に記載のホスフィン遷移金属錯体。
【請求項4】
ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)クロリド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ブロミド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(2−ピリミジル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイド、ビス(1,2−ビス(tert−ブチル(メチル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイドまたはビス(1,2−ビス(メチル(フェニル)ホスフィノ)エタン)金(I)ヨーダイドである請求項1〜3のいずれか1項に記載のホスフィン遷移金属錯体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のホスフィン遷移金属錯体の光学活性体。
【請求項6】
下記一般式(2)
【化2】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表す)で示されるビスホスフィン誘導体と、金、銀、銅または白金の金属塩とを反応させることを特徴とする下記一般式(1)
【化3】

(式中、R1 〜R4 およびAは前記定義どおりであり、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体の製造方法。
【請求項7】
下記一般式(1)
【化4】

(式中、R1 およびR3 はそれぞれアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、ピリジル基またはピリミジル基を表し、R2 およびR4 はそれぞれアルキル基またはシクロアルキル基を表し、但し、R1 とR、およびRとRは同一の基ではなく、Aは直鎖状のアルキレン基またはシスビニレン基を表し、Mは金、銀、銅または白金原子を表し、Bはアニオン種を表す)で示されるホスフィン遷移金属錯体を含有することを特徴とする抗癌剤。

【公開番号】特開2006−321785(P2006−321785A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−352476(P2005−352476)
【出願日】平成17年12月6日(2005.12.6)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】