説明

ホスホニウムイオン液体、ビアリール化合物の製造方法およびイオン液体の使用方法

【課題】Grignard試薬が安定に存在することができ、かつGrignard試薬のホモカップリング反応を低温下、短時間で収率よく進行させることができるホスホニウムイオン液体を提供するとともに、該ホスホニウムイオン液体を反応溶媒として用い、Grignard試薬のホモカップリングにより、低温下、短時間で収率よくビアリール化合物を製造する方法を提供する。
【解決手段】下記一般式(1):


で表される化合物からなるイオン液体、および該イオン液体を溶媒とするGrignard試薬のホモカップリングによるビアリール化合物の製造方法である。上記式中、R1、R2、R3、R4は、それぞれ独立にアルキル基、nは1〜10の整数を表し、Z-はスルフォニルイミドアニオンなどより選択される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体およびその使用方法に関し、より詳しくは、有機合成反応の溶媒として有用なホスホニウムイオン液体およびその使用方法に関する。また本発明は、当該イオン液体を反応溶媒として用いたビアリール化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、グリーンサステイナブルケミストリーの観点から、イオン液体が有機合成反応の溶媒として注目されている。イオン液体は蒸気圧がほとんどなく、したがって大気中に拡散して汚染を引き起こす心配がない。また、イオン液体は熱的に安定であり、様々な温度で反応を行なうことができる。しかも反応後に、分離精製が可能であり、繰り返し使用することが可能である。
【0003】
このようなイオン液体としては、イミダゾリウムカチオンと適当なアニオンとの組み合わせによるものが最も広く研究されており、種々の有機合成反応の溶媒として使用可能であることが報告されている(たとえば非特許文献1)。しかしながら、イミダゾリウムイオン液体は、Grignard試薬や有機リチウム試薬などの強塩基を用いる反応には使用することが困難である。イミダゾリウムカチオンが、リチウムジイソプロピルアミド(LDA)やt−BuOKなどの塩基と速やかに反応し、2位の水素が引き抜かれ、イミダゾリウムカルベンが生成してしまうためである(非特許文献2参照)。
【0004】
最近、このような強塩基を使用する反応に、ホスホニウムカチオンを有するイオン液体が使用可能であることが報告されている(非特許文献3、特許文献1)。驚くべきことに、ホスホニウムカチオンは、強塩基あるいは求核試薬が存在してもホスホランを生成することなく目的とする反応が進行する。この報告以来、種々のホスホニウムカチオンを有するイオン液体が合成、検討されているが、ホスホニウムカチオンとしては、原料入手および合成の容易さからテトラアルキルホスホニウムカチオンがほとんどであり、これ以外のホスホニウムカチオンと適当なアニオンとの組み合わせによるイオン液体はほとんど報告がない。特に、リン原子の置換基のひとつがエーテル結合を有するホスホニウムカチオンを用いたイオン液体は全く知られていない。
【0005】
我々は、既知のテトラアルキルホスホニウムイオン液体を用いたGrignard反応を詳細に検討した結果、反応溶媒としてのイオン液体にGrignard試薬を添加し、一定時間経過後に反応基質を加えた場合には、生成物の収率が著しく低下することがあることを認めた。これは、Grignard試薬によっては、テトラアルキルホスホニウムイオン液体中で不安定なものがあり分解しているためであると推察された。したがって、たとえばGrignard試薬に反応基質をゆっくり滴下していくような反応条件においては、イオン液体中でGrignard試薬が徐々に分解し、収率の低下を招いてしまう可能性がある。スケールアップを考慮した場合、イオン液体中でのGrignard試薬の安定性は特に重要である。
【0006】
一方、イオン液体を使用しない場合には、Grignard試薬を用いた反応は、ほとんどの場合、THFやジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒中で実施される。これは、酸素原子がGrignard試薬のマグネシウムに配位することにより安定化され、収率良く反応が進行するためである。しかしながら、これらのエーテル系溶媒は、比較的低沸点のものが多く、したがって、反応性の低いGrignard試薬を使用する場合には、反応温度を上げることにより収率の向上を図ることができない。特に、Grignard試薬のホモカップリング反応によるビアリール化合物の合成においては、低温、短時間かつ高収率で目的物を与える方法はほとんど知られていない(非特許文献4)。
【特許文献1】国際公開第06/007703号パンフレット
【非特許文献1】T.Welton,Chem.Rev.,1999,99,2071
【非特許文献2】A.J.Arduengo III,Acc.Chem.Res.,1999,32,913
【非特許文献3】T.Ramnial,D.D.Ino and J.A.C.Clyburne,Chem.Commun.,2005,325
【非特許文献4】T.Nagao and T.Hayashi,Organic Letters,2005,491
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記を鑑み、本発明の目的は、Grignard試薬が安定に存在することができ、かつGrignard試薬のホモカップリング反応を低温下、短時間で収率よく進行させることができるホスホニウムイオン液体を提供することである。また、本発明の他の目的は、かかるホスホニウムイオン液体を反応溶媒として用い、Grignard試薬のホモカップリングにより、低温下、短時間で収率よくビアリール化合物を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記に鑑み鋭意検討を行なった結果、エーテル結合を有するホスホニウムカチオンと特定のアニオンとからなる新規ホスホニウムイオン液体が、Grignard試薬の安定化に寄与するだけでなく、このイオン液体中ではGrignard試薬のホモカップリング反応が低温下、極めて短時間で収率良く目的物を与えることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0009】
本発明は、下記一般式(1):
【0010】
【化1】

【0011】
で表される化合物からなるイオン液体に関する。ここで、一般式(1)中、R1、R2、R3、R4は、それぞれ独立に、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基を表し、互いに異なっていても同じでもよい。nは1〜10の整数を表す。Z-は、カルボン酸アニオン、スルフォニルイミドアニオン、フルオロホウ素アニオン、硝酸アニオン、シアノイミドアニオン、およびスルホン酸アニオンからなる群より選択される1種または2種以上のアニオンである。
【0012】
本発明において、上記一般式(1)におけるR1、R2およびR3は、すべてがn−ブチル基であるか、または、すべてがn−オクチル基であることが好ましい。また、nは1または2であり、かつR4はメチル基またはエチル基であることが好ましい。さらに、Z-はスルフォニルイミドアニオンであることが好ましい。上記一般式(1)におけるZ-の好ましい具体例としては、下記式(2):
【0013】
【化2】

【0014】
で表されるアニオンを挙げることができる。
本発明のイオン液体の好ましい具体例としては、下記式(3):
【0015】
【化3】

【0016】
(式中、Buはn−ブチル基を表す。)
で表される化合物を挙げることができる。
【0017】
また本発明は、下記一般式(4):
【0018】
【化4】

【0019】
(式中、R5、R6、R7、R8、およびR9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルコキシ基、置換基を有していてもよいC1〜C20のフェニル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のナフチル基のいずれかを表し、互いに異なっていても同じでもよい。Xはハロゲン原子を表す。)で表されるGrignard試薬のホモカップリング反応によりビアリール化合物を製造する方法であって、該ホモカップリング反応は、上記いずれかのイオン液体中で行なわれるビアリール化合物の製造方法に関する。
【0020】
上記一般式(4)におけるXは、塩素原子または臭素原子であることが好ましく、少なくともR5およびR9は水素原子であることが好ましい。
【0021】
さらに本発明は、Grinard試薬が反応基質として用いられる反応において、上記いずれかのイオン液体を反応溶媒として用いる、イオン液体の使用方法に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、グリーン溶媒として有用な新規なホスホニウムイオン液体が提供される。本発明のイオン液体中においては、Grignard試薬は安定に存在し得る。したがって、本発明のイオン液体を反応溶媒とする、Grinard試薬を用いる反応において、反応が長時間にわたる場合であってもGrignard試薬の分解による目的物の収率の低下を抑制または防止することが可能である。また、本発明のイオン液体を反応溶媒として用いることにより、Grignard試薬のホモカップリング反応を低温下、極めて短時間で収率よく進行させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明のホスホニウムイオン液体は、下記一般式(1):
【0024】
【化5】

【0025】
で表される化合物からなる。R1、R2、R3、R4は、それぞれ独立に、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基を表す。本発明のホスホニウムイオン液体は、Grignard試薬に対して高い安定化効果を有する。すなわち、本発明のイオン液体中においてGrignard試薬は比較的安定に存在するため分解が生じにくく、Grinard試薬が反応基質として用いられる反応における、目的物の収率を向上させ得る。特に、当該イオン液体中における反応が長時間を要する場合、このような収率の改善効果は顕著である。ここで、本発明において「置換基を有していてもよい」とは、ある水素原子が他の原子あるいは置換基によって置換されていてもよいことを示す。また、「置換基」としては、反応に悪影響を与えない限り特に限定されるものではなく、具体的には、水酸基、アルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ニトロ基、アミノ基、シアノ基、カルボキシル基、ハロゲン原子などが挙げられる。
【0026】
1〜C20のアルキル基としては、たとえばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、ラウリル基などを挙げることができる。R1、R2、R3、R4は、同一であっても異なっていてもよいが、合成上の観点からは、少なくともR1、R2およびR3が同一であることが好ましい。R1、R2およびR3が同一である場合において、得られるイオン液体のGrignard試薬への安定化の寄与の程度を大きくするには、R1、R2およびR3は、n−ブチル基またはn−オクチル基であることが好ましく、n−ブチル基であることが特に好ましい。R4としては、メチル基あるいはエチル基が好ましく、メチル基であることが特に好ましい。nは1〜10の整数を表し、高いGrignard試薬安定化効果を得るためには、1〜5であることが好ましく、特に好ましくは1または2である。
【0027】
アニオン成分Z-としては、カルボン酸アニオン、スルフォニルイミドアニオン、フルオロホウ素アニオン、硝酸アニオン、シアノイミドアニオン、スルホン酸アニオン、アルコキシスルホン酸アニオンなどが挙げられ、これらから選択される1種類または2種類以上を含んでいてもよい。合成上の観点からは、1種のアニオンからなるイオン液体のほうが好ましい。イオン液体を、これらから選択されるアニオン成分と、上記したホスホニウムカチオン成分とから構成することにより、良好なGrignard試薬安定化効果を得ることができる。上記に例示されたアニオン成分のなかでは、原料入手の容易さや、精製工程の簡便さからスルフォニルイミドアニオンが好ましく、下記式(2):
【0028】
【化6】

【0029】
で表されるスルフォニルイミドアニオンがより好ましい。
上記した本発明のイオン液体のなかでは、Grignard試薬の安定化効果(分解抑制効果)が最も高いという観点からは、下記式(3):
【0030】
【化7】

【0031】
(式中、Buはn−ブチル基を表す。)
で表されるイオン液体が最も好ましい。
【0032】
本発明におけるイオン液体のGrignard試薬に対する安定化効果は、ベンズアルデヒドとフェニルマグネシウムブロミドからジフェニルメタノールを得る反応をモデル反応として評価される。すなわち、イオン液体にフェニルマグネシウムブロミドを加え、0℃で1時間攪拌した後、ベンズアルデヒドを滴下し反応を実施する。得られたジフェニルメタノールの収率を求め、該収率が高いほどGrignard試薬に対する安定化効果が高いと評価される。
【0033】
従来、Grignard試薬を用いる反応には、一般的に、溶媒としてTHFやt−ブチルメチルエーテルなどのエーテル系溶媒が好ましく用いられてきた。これは、エーテル系溶媒の酸素原子がGrignard試薬のマグネシウムに配位し、安定化させているものと考えられているためである。本発明におけるイオン液体は、Grignard試薬に対し高い安定性効果を示すが、これはカチオン成分であるホスホニウムカチオンがエーテル結合を有しており、このエーテル結合部位の酸素がTHF等のエーテル系溶媒の場合と同様にマグネシウムに配位するためと推察される。
【0034】
次に、本発明のイオン液体の製造方法について説明する。本発明のイオン液体の製造方法は、特に制限されるものではないが、次式に示す方法を好適に採用することができる。以下、各工程について説明する。
【0035】
【化8】

【0036】
まず工程(A)において、トリアルキルホスフィン(a)と、末端に置換基Yを有するエーテル化合物(b)とを反応させることにより、アニオン成分がY-であるイオン性化合物(c)を得る。置換基Yとしては、たとえばハロゲン原子、スルホニルオキシ等を挙げることができ、好ましくは、塩素原子、臭素原子、p−トルエンスルホキシル基、トリフルオロスルホキシル基であり、反応性の観点からより好ましくは塩素原子、臭素原子である。トリアルキルホスフィン(a)とエーテル化合物(b)との使用モル比は、理論的には1:1であるが、必要に応じて、エーテル化合物(b)の量を増やしてもよいし、あるいは少なくしてもよい。反応溶媒としては、たとえばメタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;THF、ジエチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル等のエーテル類;酢酸エチル、酢酸イソプロピルのようなエステル類;ジメチルカーボネート、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネートのような炭酸エステル類;ヘキサン、ペンタン、シクロヘキサン等の炭化水素類、トルエン、キシレン、アニソール等の芳香族類;クロロホルム、塩化メチレンなどのハロゲン化アルキル類などを用いることができ、収率良く反応を進行させるためには、アルコール類が好ましく、より好ましくは、メタノール、エタノールである。反応温度は、特に限定されないが、通常0℃から使用する溶媒の沸点の範囲であり、好ましくは、40〜150℃程度である。
【0037】
次に、工程(B)において、イオン性化合物(c)のアニオン成分を、本発明におけるアニオン成分で置換する。当該置換反応は、溶媒中でイオン性化合物(c)と、所望するアニオン成分を含有する塩とを接触させることにより行なうことができる。所望するアニオン成分を含有する塩のカチオン成分としては、特に限定されないが、たとえばLi、Na、Kイオン等を挙げることができる。イオン性化合物(c)と所望するアニオン成分を含有する塩との使用モル比は、理論的には1:1であるが、必要に応じて、該塩の量を増やしてもよいし、あるいは少なくしてもよい。用い得る溶媒の例は、上記工程(A)について示したものと同様であり、好ましくはメタノール、エタノールである。反応温度は、特に限定されないが、通常、室温から使用する溶媒の沸点の範囲であり、好ましくは、40〜150℃程度である。得られたホスホニウムイオン液体は、必要に応じて従来公知の精製処理が施されてもよい。
【0038】
本発明のホスホニウムイオン液体は、種々の有機合成反応の溶媒として使用することができ、特に、Grignard試薬に対する安定化効果を有することから、Grinard試薬が反応基質として用いられる反応における反応溶媒として好適に用いることができる。本発明のホスホニウムイオン液体を反応溶媒として用いることにより、Grignard試薬の分解が効果的に抑制され、これにより、目的物を高収率で得ることが可能となる。
【0039】
Grinard試薬が反応基質として用いられる反応のなかでも、Grinard試薬のホモカップリング反応に本発明のホスホニウムイオン液体を用いると、従来と比較して低温かつ短時間の反応条件下においても、高収率でジアリール化合物を得ることができる。本発明のイオン液体を反応溶媒として用いたGrinard試薬のホモカップリング反応によるジアリール化合物の製造方法もまた本発明の範囲に属する。これまでに報告されている、実用的なGrignard試薬のホモカップリング反応としては、たとえば、林らによる鉄触媒による方法がある(非特許文献4)。彼らは、安価な塩化鉄を触媒に用い、高収率でホモカップリングが進行することを見出している。しかしながら、反応溶媒としてジエチルエーテルを用いており、反応は還流下で1〜12時間と比較的長時間を要する。また、ジエチルエーテルはスケールアップを考慮した場合、使用が困難な溶媒である。本発明のイオン液体を反応溶媒とすることにより、少なくとも下記式(4)で表される基質のいくつかにおいて、林らの報告による塩化鉄触媒によるホモカップリング反応が、0℃、5分で完結し高収率で目的物を与えることが見出された。より具体的には、たとえば、p−メチルフェニルマグネシウムブロミドおよびp−メトキシフェニルマグネシウムブロミドのホモカップリング反応は、林らの方法ではジエチルエーテル溶媒中、還流下1時間を要し、収率はそれぞれ100%と92%である。一方、上記式(3)で表されるイオン液体中で、同様の反応を行なうと、0℃、5分で反応は完結し、収率はそれぞれ99%と97%であった。
【0040】
ここで、本発明のジアリール化合物の製造方法において、反応基質となるGrignard試薬は、下記一般式(4):
【0041】
【化9】

【0042】
で表される化合物であることが好ましい。式中、R5、R6、R7、R8、R9はそれぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルコキシ基、置換基を有していてもよいC1〜C20のフェニル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のナフチル基のいずれかを表し、互いに異なっていても同じでもよい。置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基としては、たとえばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ペンチル基、メトキシメチル基、ベンジル基などが挙げられ、好ましくはメチル基である。置換基を有していてもよいC1〜C20のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペントキシ基などが挙げられ、好ましくはメトキシ基である。置換基を有していてもよいC1〜C20のフェニル基としては、フェニル基、クロロフェニル基、トリル基、メトキシフェニル基などが挙げられる。置換基を有していてもよいC1〜C20のナフチル基としては、ナフチル基、メチルナフチル基などが挙げられる。また、ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子などが挙げられ、好ましくはフッ素原子である。
【0043】
ホモカップリング反応を円滑に進行させるためには立体的に混み合っていないことが望ましい。かかる観点から、R5、R6、R7、R8、R9の少なくとも2つ以上が水素原子であることが好ましく、より好ましくは3つ以上が水素原子である。特に、立体的要因から反応をより円滑に進行させるためには、R5およびR9が水素原子であることが好ましく、R5、R6、R8、R9が水素原子であることが特に好ましい。
【0044】
また、上記一般式(4)においてXはハロゲン原子であり、ホモカップリング反応の反応性を考慮すると、Xは、好ましくは塩素原子または臭素原子である。
【0045】
本発明のジアリール化合物の製造方法において用いられる触媒としては、たとえば塩化鉄、塩化銅などを挙げることができる。触媒の量は、特に制限されないが、Grignard試薬1molに対して、通常0.1〜10mol程度であり、好ましくは1〜5mol程度である。ホモカップリング反応における、イオン液体中の反応基質であるGrinard試薬の濃度は、特に制限されないが、1〜50質量%程度とすることができ、好ましくは5〜30質量%程度である。
【0046】
反応温度は、たとえば−20〜150℃程度とすることができ、好ましくは−20〜100℃程度である。本発明のイオン液体を用いることにより、従来と比較してより低い温度条件であっても、短時間で目的とするジアリール化合物を得ることが可能である。なお、Grignard試薬は、本発明のイオン液体とは異なる溶媒中で調製されたものであってもよく、あるいは本発明のイオン液体中で調製し、そのままホモカップリング反応に供してもよい。
【0047】
また、反応溶媒としては、上記した本発明のホスホニウムイオン液体が用いられるが、該ホスホニウムイオン液体は、単一の化合物であってもよく、2種以上の混合物であってもよい。また、本発明の効果を得ることができる限りにおいて、本発明のホスホニウムイオン液体以外の他の溶媒を併用してもよい。他の溶媒としては、THF、ジエチルエーテル等のエーテル溶媒を挙げることができる。
【0048】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0049】
以下の実施例で使用した試薬および溶媒は、いずれも一般に市販されているものを用い、また、無水条件の反応については、使用前に蒸留精製したものを用いアルゴン雰囲気下で実験を行なった。核磁気共鳴スペクトル(1H−NMR、13C−NMR、31P−NMR、119F−NMR)は、日本電子製JEOL MH−500(500MHz for 1H、125MHz for 13C、203MHz for 31P、470MHz for 19F)を用い、重クロロホルム(CDCl3)中テトラメチルシラン(TMS)を内部標準として用い測定した。また、赤外線吸収スペクトルは、島津製FTIR−8000を用い、KBr液膜法または臭化カリウムディスクゲル法により測定した。
【0050】
<実施例1:イオン液体 トリブチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルフォニウムイミド([Bu3PCH2CH2OCH3+[TFSI]-)の合成>
アルゴン雰囲気中、2−ブロモエチルメチルエーテル(4.68g、40mmol)のエタノール(20mL)溶液に、トリブチルホスフィン(7.5g、37mmol)を加え、80℃で22時間攪拌した。放冷後、ヘキサンを加えてヘキサン溶出物を除去し、減圧濃縮することにより、アニオン成分がBr-であるホスホニウム塩(12.31g、36mmol)を収率97%で得た。ついで、このホスホニウム塩に、アルゴン雰囲気下、エタノール(18mL)を加えた後、リチウム=ビストリフリド(Li+[TFSI]-)(11.37g、40mmol)を加えて、室温で17時間攪拌した。ヘキサンで洗浄(3回)、凍結乾燥した後、アセトンに溶解し活性炭を加えて攪拌、ついで濾過して活性炭を除去し、濾液を50℃で減圧濃縮(6時間)した。得られた液体を、再度、乾燥アセトンに溶解した後、中性アルミナ(TypeII、活性)を通し、50℃で減圧(6時間)してアセトンを留去し、無色透明液体として表題のイオン液体(19.15g,35mmol)を収率95%で得た。
【0051】
得られたイオン液体のNMRおよびIRデータは次のとおりである。
1H NMR(500MHz、CDCl3)δ0.979(9H,t,J=6.85Hz)、1.45−1.55(12H,m)、2.10−2.20(6H,m)、2.53(2H,q,J=5.95Hz)、3.36(3H,s)、3.75(2H,dt,J=14.2Hz,J=5.95Hz).
13C NMR(125MHz、CDCl3)δ13.00,19.16(d,JC-F=46.7Hz)、19.98(d,JC-F=46.7Hz)、23.24(d,JC-F=4.78Hz)、23.60(d,JC-F=16.2Hz)、58.82,65.08(d,JC-F=7.64Hz)、119.80(q,JC-F=315.5Hz).
31P NMR(203MHz、CDCl3)δ39.08(d,JP-F=26.1Hz).
19F NMR(470MHz、CDCl3、C66)δ92.91.
IR(neat)2937、2878、1400、1194、1057、738cm-1
(イオン液体を反応溶媒とするジフェニルメタノールの合成)
<実施例2>
アルゴン雰囲気中、[Bu3PCH2CH2OCH3+[TFSI]-(1.0mL)に、フェニルマグネシウムブロミドの1.0M THF溶液(0.55mL、0.55mmol)を加え、0℃にて1時間保持した後、ベンズアルデヒド(53mg、0.50mmol)をシリンジにて加えた。0℃にて5分攪拌し、飽和塩化アンモニウム水溶液で反応を停止させ、ジエチルエーテル/ヘキサンの3/1混合溶媒にて抽出し、有機層を無水硫酸マグネシウムにて乾燥した。溶媒を留去し、PTLC(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)にて精製し、目的物であるジフェニルメタノール(86mg、0.47mmol)を収率94%で得た。
【0052】
<実施例3>
[Bu3PCH2CH2OCH3+[TFSI]-にフェニルマグネシウムブロミドの1.0M THF溶液を加え、0℃に冷却後、直ちにベンズアルデヒドを加えた以外は実施例1と全く同様の操作を行ない、ジフェニルメタノールを収率95%で得た。
【0053】
<実施例4>
フェニルマグネシウムブロミドの1.0M THF溶液中のTHFを減圧下、0℃にて留去し、そこにベンズアルデヒドの[Bu3PCH2CH2OCH3+[TFSI]-溶液を加えた以外は、実施例2と全く同様の操作を行ない、ジフェニルメタノールを収率87%で得た。
【0054】
<比較例1>
イオン液体として、[Bu3PCH3+[TFSI]-を用いた以外は、実施例2と全く同様の操作を行ない、ジフェニルメタノールを収率39%で得た。
【0055】
<比較例2>
イオン液体として、[Bu3PCH3+[TFSI]-を用いた以外は、実施例3と全く同様の操作を行ない、ジフェニルメタノールを収率83%で得た。
【0056】
<比較例3>
イオン液体として、[Bu3PCH3+[TFSI]-を用いた以外は、実施例4と全く同様の操作を行ない、ジフェニルメタノールを収率16%で得た。
【0057】
上記実施例2〜3、比較例1〜2の結果より、本発明のイオン液体を用いると、Grignard試薬添加後、1時間保持した場合であっても極めて高い収率でジフェニルメタノールが得られることから、本発明のイオン液体は、従来のイオン液体と比較して、Grignard試薬に対する安定性効果が高いことがわかる。また、反応系中に存在するTHFの要因を除去した実施例4および比較例3の結果より、Grignard試薬の安定化が、本発明のイオン液体が有する酸素原子に起因していることがわかる。
【0058】
(イオン液体を反応溶媒とするGrignard試薬のホモカップリング反応)
<実施例5:4,4’−ジフルオロビフェニルの合成>
アルゴン雰囲気中、FeCl3(3.1mg、0.019mmol)、ジクロロエタン(39.2mg、0.40mmol)の[Bu3PCH2CH2OCH3+[TFSI]-(1.0mL)溶液に、4−フルオロフェニルマグネシウムブロミドのTHF溶液(1.5M)(1.26mL、1.9mmol)を0℃にて加え、同温度にて5分攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液にて反応を停止させた後、ジエチルエーテル/ヘキサンの3/1混合溶媒にて抽出し、有機層を無水硫酸マグネシウムにて乾燥した。溶媒を留去し、PTLC(ヘキサン)にて精製し、目的物である4,4’−ジフルオロビフェニル(86mg、0.47mmol)を収率100%で得た。
【0059】
得られた4,4’−ジフルオロビフェニルのNMRデータは次のとおりである。
1H NMR(500MHz、CDCl3)δ7.12(4H,t,J=11Hz)、7.49(4H,dd,J=11Hz,5.0Hz).
13C NMR(125MHz、CDCl3)δ122.17(JC-F=161Hz)、136.4、161.43、163.39.
19F NMR(470MHz、CDCl3、C66)δ45.96.
<実施例6:4,4’−ジメチルビフェニルの合成>
4−メチルフェニルマグネシウムブロミドのTHF溶液を用いたこと以外は実施例4と同様にして4,4’−ジメチルビフェニルを得た(収率99%)。
【0060】
得られた4,4’−ジメチルビフェニルのNMRデータは次のとおりである。
1H NMR(500MHz、CDCl3)δ2.38(6H,s)、7.22(4H,d,J=8.0Hz)、7.47(4H,d,J=8.0Hz).
13C NMR(125MHz、CDCl3)δ21.1、126.8、129.4、136.7、138.2.
<実施例7:4,4’−ジメトキシビフェニルの合成>
4−メトキシフェニルマグネシウムブロミドのTHF溶液を用いたこと以外は実施例4と同様にして4,4’−ジメトキシビフェニルを得た(収率97%)。
【0061】
得られた4,4’−ジメトキシビフェニルのNMRデータは次のとおりである。
1H NMR(500MHz、CDCl3)δ3.84(6H,s)、6.96(4H,d,J=9Hz)、7.47(4H,d,J=9Hz).
13C NMR(125MHz、CDCl3)δ55.3、114.1、127.7、133.5、158.7.
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
【化1】

で表される化合物からなるイオン液体。
(式中、R1、R2、R3、R4は、それぞれ独立に、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基を表し、互いに異なっていても同じでもよい。nは1〜10の整数を表す。Z-は、カルボン酸アニオン、スルフォニルイミドアニオン、フルオロホウ素アニオン、硝酸アニオン、シアノイミドアニオン、およびスルホン酸アニオンからなる群より選択される1種または2種以上のアニオンである。)
【請求項2】
1、R2およびR3のすべてがn−ブチル基であるか、または、R1、R2およびR3のすべてがn−オクチル基である請求項1に記載のイオン液体。
【請求項3】
nが1または2であり、かつR4がメチル基またはエチル基である請求項2に記載のイオン液体。
【請求項4】
-がスルフォニルイミドアニオンである請求項3に記載のイオン液体。
【請求項5】
-が下記式(2):
【化2】

で表されるアニオンである請求項4に記載のイオン液体。
【請求項6】
下記式(3):
【化3】

(式中、Buはn−ブチル基を表す。)
で表される請求項5に記載のイオン液体。
【請求項7】
下記一般式(4):
【化4】

(式中、R5、R6、R7、R8、R9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルキル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のアルコキシ基、置換基を有していてもよいC1〜C20のフェニル基、置換基を有していてもよいC1〜C20のナフチル基のいずれかを表し、互いに異なっていても同じでもよい。Xはハロゲン原子を表す。)
で表されるGrignard試薬のホモカップリング反応によりビアリール化合物を製造する方法であって、
前記ホモカップリング反応は、請求項1〜6のいずれかに記載のイオン液体中で行なわれるビアリール化合物の製造方法。
【請求項8】
Xは塩素原子または臭素原子である請求項7に記載のビアリール化合物の製造方法。
【請求項9】
少なくともR5およびR9は水素原子である請求項7または8に記載のビアリール化合物の製造方法。
【請求項10】
Grinard試薬が反応基質として用いられる反応において、請求項1〜6のいずれかに記載のイオン液体を反応溶媒として用いる、イオン液体の使用方法。

【公開番号】特開2009−57297(P2009−57297A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−223988(P2007−223988)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年3月12日発行 社団法人日本化学会発行の、「日本化学会第87春季年会講演予稿集(CD−ROM)」に発表
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】