説明

ポリ乳酸複合体の製造方法および該方法で製造されたポリ乳酸複合体

【課題】ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃前後での強度変化が少ない、60℃以下でも柔軟性を備え、60℃以上でも形状保持力を有するポリ乳酸複合体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリ乳酸成形物を架橋してポリ乳酸架橋物を作製した後、該ポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で液体状の含浸材に浸漬し、ポリ乳酸架橋物内に該含浸材が含浸されポリ乳酸架橋物が膨潤した状態でポリ乳酸のガラス転移温度以下に冷却することによりポリ乳酸と含浸材を複合化させてポリ乳酸複合体の製造する。当該方法で製造されたポリ乳酸複合体は、ポリ乳酸の架橋ネットワーク中に含浸材が含浸されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性を有するポリ乳酸複合体の製造方法および該方法で製造されたポリ乳酸複合体に関し、該ポリ乳酸複合体は、フィルム、容器または筐体などの構造体や部品などのプラスチック製品が利用される分野において、特に使用後の廃棄処理問題の解決を図るために有用な生分解性製品または部品として利用されるものである。
【背景技術】
【0002】
現在、多くのフィルムや容器に利用されている石油合成高分子材料は、加熱廃棄処理に伴う熱および排気ガスによる地球温暖化、さらに燃焼ガスおよび燃焼後の残留物中の毒性物質による食物や健康への悪影響、廃棄埋設処理地の確保など、その廃棄処理過程についてだけでも様々な社会問題が懸念されている。
このような石油合成高分子材料の廃棄処理の問題点を解決する材料として、デンプンやポリ乳酸に代表される生分解性高分子材料が注目されてきている。生分解性高分子材料は、石油合成高分子材料に比べて、燃焼に伴う熱量が少なく、かつ自然環境での分解・再合成のサイクルが保たれる等、生態系を含む地球環境に悪影響を与えない。生分解性高分子材料のなかでも、脂肪族ポリエステル系樹脂は強度や加工性の点で石油合成高分子材料に匹敵する特性を有し、近年特に注目を浴びている素材である。脂肪族ポリエステル系樹脂のなかでも、特にポリ乳酸は植物から供給されるデンプンから作られ、近年の大量生産によるコストダウンで他の生分解性高分子材料に比べて非常に安価になりつつある点から、現在その応用について多くの検討がなされている。
【0003】
しかし、ポリ乳酸は、ガラス転移温度の60℃以下では非常に硬く、実質的に伸びが殆どないのに対し、ガラス転移温度の60℃以上では逆に形状が維持できないくらい軟らかくなるため、実用化の妨げとなっている。60℃という温度は自然界における気温や水温としては容易に達しない温度であるが、例えば真夏の締め切った自動車の車内や窓材などでは達し得る温度である。ゆえに、60℃以下では硬くて脆いのに対し、60℃以上になると軟弱になって形成された形状を維持できないという特性の著しい変化は、致命的な欠陥である。
このような著しい特性の変化は、ポリ乳酸の結晶構造に由来している。すなわち、溶融成形後の通常の冷却スピードでは、ポリ乳酸はほとんど結晶化せず、大部分は非結晶となる。ポリ乳酸は融点が160℃と高く、結晶部分は容易に融けないが、大部分を占める非結晶部分はガラス転移温度の60℃付近で拘束が解けて動き始める。そのため、ガラス転移温度の60℃付近で極端な特性変化を生じる。
【0004】
ガラス転移温度の60℃以下における硬さや脆さを改善し耐衝撃性を汎用のプラスチック並みに向上させるため、ポリ乳酸に特定の可塑剤を混練することが非特許文献1に記載されている。
一方、ガラス転移温度の60℃以上では柔軟になりすぎて強度が低下してしまうという問題を解決するために、電離性放射線や化学開始剤を利用してポリ乳酸を架橋させることが特開2003−313214号公報(特許文献1)に記載されている。
【0005】
しかし、これら技術はそれぞれ単独ではガラス転移温度の60℃以下における問題と60℃以上における問題の両方を同時に解決することはできない。また、これらの技術を単に組み合わせ、ポリ乳酸に可塑剤を混練した組成物を電離性放射線の照射などにより架橋させても、架橋は完全には進まない。これは、ポリ乳酸が架橋するためにはポリ乳酸の分子同士が相互に接触し結合する必要があるのだが、可塑剤を先に混練すると可塑剤がポリ乳酸の分子間に浸入してポリ乳酸分子同士の結合を阻止するからである。
【0006】
【特許文献1】特開2003−313214号公報
【非特許文献1】荒川化学工業(株)発行、「荒川NEWS」、2004年7月発行、No.326号 第2頁〜第7頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃前後での強度変化が少ない生分解性ポリ乳酸複合体の製造方法および該方法で製造されたポリ乳酸複合体を提供することを課題としている。
より具体的には、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃以下では汎用のプラスチックの中でも特に柔軟性に優れている軟質塩化ビニル並みの柔軟性を有し、かつ60℃以上の高温になっても強度が低下しにくく形状を維持することができる生分解性ポリ乳酸複合体およびその製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、第一の発明として、ポリ乳酸成形物を架橋してポリ乳酸架橋物を作製した後、該ポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で含浸材に浸漬し、ポリ乳酸架橋物内に該含浸材が含浸されてポリ乳酸架橋物が膨潤した状態で、ポリ乳酸のガラス転移温度以下に冷却して、ポリ乳酸と前記含浸材を複合化させることを特徴とするポリ乳酸複合体の製造方法を提供している。
第二の発明として、前記製造方法で製造されたポリ乳酸複合体であって、ポリ乳酸の架橋ネットワーク中に含浸材が含浸されていることを特徴とするポリ乳酸複合体を提供している。
【0009】
前記したように、本発明では、まずポリ乳酸成形物を架橋して耐熱性を付与し、この耐熱性が付与されたポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下で液体状の含浸材に浸漬すると、含浸材がポリ乳酸の分子間に浸入する。この状態で室温に戻すと、含浸材がポリ乳酸の分子間の相互作用を阻止するため、ポリ乳酸複合体はガラス転移温度の60℃以下の温度でも非常に優れた柔軟性を示すようになる。
可塑剤を混合したのち架橋する場合とは異なり、本発明では可塑剤を配合する前にポリ乳酸の架橋を行うため、得られたポリ乳酸複合体はポリ乳酸分子間の架橋がほぼ完全な形で維持されている。その結果、従来よりもガラス転移温度以上の温度における強度低下がより有効に抑制され、形状がより一層保たれるようになる。即ち、ポリ乳酸ではガラス転移温度の60℃以上になると分子間力よりも分子の運動性が上回り、分子間の拘束が解けて動き始め変形してしまうが、本発明のポリ乳酸複合体においてはポリ乳酸成分がほぼ完全な形の架橋により一体化しているので、ガラス転移温度以上の温度になっても変形せず、形状を保つことができる。
【0010】
前記工程を図1(a)〜(d)を用いてより詳細に説明する。
まず、図1(a)はポリ乳酸成形物を架橋して得られるポリ乳酸架橋物1を示す。ポリ乳酸架橋物1を微視的に見ると、図1(d)に示したようにポリ乳酸分子は架橋11により相互に拘束されている。この状態では、ガラス転移温度以上の温度になっても変形しにくいという長所を有するが、ガラス転移温度以下の温度ではポリ乳酸分子同士の相互作用(図1(d)中の矢印)が働くため、硬くて脆く耐久性に欠けるという欠点を有する。
【0011】
本発明では、図1(b)に示したように、ポリ乳酸架橋物1をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で、可塑剤等からなる液体状の含浸材2に浸漬する。ポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上の状態に置くことで非結晶部分が運動し始め、液体状の含浸材2がポリ乳酸架橋物1内に含浸される。
ついで、ポリ乳酸架橋物1を含浸材2で膨潤された状態のまま室温に戻すと、図1(c)に示したように本発明のポリ乳酸複合体3が得られる。
【0012】
ポリ乳酸複合体3は、図1(e)に示したようにポリ乳酸の架橋11のネットワーク中に含浸材2が含浸されている。含浸材2がポリ乳酸の分子間の相互作用を阻止するため、ガラス転移温度以下の温度でもガラス転移温度以上のときの柔軟な状態が維持される。そのうえ、本発明のポリ乳酸複合体3においてはポリ乳酸分子間の架橋11がほぼ完全な形で形成されている。その結果、ガラス転移温度以上の温度になってもポリ乳酸分子同士の拘束が解かれることはなく、形状を保つことができる。
【0013】
前記したように、本発明のポリ乳酸複合体の製造方法においては、まずポリ乳酸成形物を架橋してポリ乳酸架橋物を作製することが必須である。
架橋されていないポリ乳酸成形物4を用いて、本発明に記載の方法で複合化させた場合に起こる現象を図2および図3に示す。
図2(b)に示したように、架橋されていないポリ乳酸成形物4を含浸材2に浸漬すると、ポリ乳酸分子同士を拘束する架橋が存在しないため、含浸材2の浸入により図2(c)に示したようにポリ乳酸が溶融して、形状の変形または崩壊が起こる。
また、図3(b)に示したように、架橋されていないポリ乳酸成形物4をガラス転移温度以上の状態に置くと非結晶部分が徐々に結晶化し(図3(b)中の符号5)、含浸材が浸入する前に図3(c)に示したように硬く固まる。
本発明においては、含浸させるのはポリ乳酸架橋物1であり、架橋11によりポリ乳酸分子が拘束されて一体化しているので、非結晶部分が徐々に結晶化し始めて再結晶するということが見られない。
【0014】
ポリ乳酸成形物を架橋してポリ乳酸架橋物を作製する方法は、特に限定されず公知の方法を用いて良く、例えば電離性放射線を照射する方法、化学開始剤を使用する方法などが挙げられる。
本発明では、ポリ乳酸に架橋性モノマーを混合したのち所望の形状に成形し、得られたポリ乳酸成形物に電離性放射線を照射することによりポリ乳酸架橋物を作製している。
なかでも、本発明のポリ乳酸複合体の製造方法では、架橋前のポリ乳酸成形物を構成するポリ乳酸組成物には可塑剤を配合しない一方、架橋性モノマーを混合し、成形後に、該ポリ乳酸成形物に電離性放射線を照射して前記ポリ乳酸架橋物とすることが特に好ましい。
【0015】
本発明で用いるポリ乳酸としては、L−乳酸からなるポリ乳酸、D−乳酸からなるポリ乳酸、L−乳酸とD−乳酸の混合物を重合することにより得られるポリ乳酸、またはこれら2種以上の混合物が挙げられる。なお、ポリ乳酸を構成するモノマーであるL−乳酸またはD−乳酸は化学修飾されていても良い。
本発明で用いるポリ乳酸としては前記のようなホモポリマーが好ましいが、乳酸モノマーまたはラクチドとそれらと共重合可能な他の成分とが共重合されたポリ乳酸コポリマーを用いても良い。コポリマーを形成する前記「他の成分」としては、例えばグリコール酸、3−ヒドロキシ酪酸、5−ヒドロキシ吉草酸もしくは6−ヒドロキシカプロン酸などに代表されるヒドロキシカルボン酸;コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、グルタル酸、デカンジカルボン酸、テレフタル酸もしくはイソフタル酸などに代表されるジカルボン酸;エチレングリコール、プロパンジオール、オクタンジオール、ドデカンジオール、グリセリン、ソルビタンもしくはポリエチレングリコールなどに代表される多価アルコール;グリコリド、ε−カプロラクトンもしくはδ−ブチロラクトンに代表されるラクトン類等が挙げられる。
【0016】
前記架橋性モノマーとしては、電離性放射線の照射により架橋できるモノマーであれば特に制限を受けないが、例えばアクリル系もしくはメタクリル系の架橋性モノマーまたはアリル系架橋性モノマーが挙げられる。
アクリル系もしくはメタクリル系の架橋性モノマーとしては、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、エチレンオキシド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、プロピレンオキシド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、エチレンオキシド変性ビスフェノールAジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ジペンタエリスリトールモノヒドロキシペンタアクリレート、カプロラクトン変性ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリス(アクリロキシエチル)イソシアヌレート、トリス(メタクリロキシエチル)イソシアヌレート等が挙げられる。
【0017】
アリル系架橋性モノマーとしては、トリアリルイソシアヌレート、トリメタアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート、トリメタアリルシアヌレート、ジアリルアミン、トリアリルアミン、ジアクリルクロレンテート、アリルアセテート、アリルベンゾエート、アリルジプロピルイソシアヌレート、アリルオクチルオキサレート、アリルプロピルフタレート、ビチルアリルマレート、ジアリルアジペート、ジアリルカーボネート、ジアリルジメチルアンモニウムクロリド、ジアリルフマレート、ジアリルイソフタレート、ジアリルマロネート、ジアリルオキサレート、ジアリルフタレート、ジアリルプロピルイソシアヌレート、ジアリルセバセート、ジアリルサクシネート、ジアリルテレフタレート、ジアリルタトレート、ジメチルアリルフタレート、エチルアリルマレート、メチルアリルフマレート、メチルメタアリルマレート、ジアリルモノグリシジルイソシアヌレート等が挙げられる。
【0018】
本発明で用いる架橋性モノマーとしては、比較的低濃度で高い架橋度を得ることができることからアリル系架橋性モノマーが好ましい。なかでもトリアリルイソシアヌレート(以下、TAICという)はポリ乳酸に対する架橋効果が高いために特に好ましい。また、TAICと加熱によって相互に構造変換しうるトリアリルシアヌレートを用いても、実質的に効果は同じである。
【0019】
前記架橋性モノマーはポリ乳酸100質量部に対して4質量部以上15質量部以下の割合で配合されていることが好ましい。架橋性モノマーの配合量を4質量部以上としているのは、架橋性モノマーの配合量が4質量部未満であると、架橋性モノマーによるポリ乳酸の架橋効果が十分に発揮されず、60℃以上の高温時において複合体の強度が低下し、最悪の場合形状を維持できなくなる可能性があるからである。一方、架橋性モノマーの配合量を15質量部以下としているのは、架橋性モノマーの配合量が15質量部を超えると、ポリ乳酸に架橋性ポリマー全量を均一に混合するのが困難になり、実質的に架橋効果に顕著な差が出なくなるという理由からである。
架橋性モノマーの配合量は、60℃以上の高温時における形状維持効果を確実にするために5質量部以上であることがより好ましく、ポリ乳酸の含有量を多くして生分解性を高めるために10質量部以下であることがより好ましい。
【0020】
本発明で用いるポリ乳酸成形物を構成する組成物には、前記ポリ乳酸および架橋性モノマー以外に、本発明の目的に反しない限り、他の成分を配合しても良い。
例えば、ポリ乳酸以外の生分解性樹脂を配合しても良い。ポリ乳酸以外の生分解性樹脂としては、ラクトン樹脂、脂肪族ポリエステルもしくはポリビニルアルコール等の合成生分解性樹脂、またはポリヒドロキシブチレート・バリレート等の天然直鎖状ポリエステル系樹脂等の天然生分解性樹脂を挙げることができる。
また、生分解性を有する合成高分子および/または天然高分子を、溶融特性を損なわない範囲で混合してもよい。生分解性を有する合成高分子としては、酢酸セルロース、セルロースブチレート、セルロースプロピオネート、硝酸セルロース、硫酸セルロース、セルロースアセテートブチレートもしくは硝酸酢酸セルロース等のセルロースエステル、またはポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸もしくはポリロイシン等のポリペプチドが挙げられる。天然高分子としては、例えば澱粉として、トウモロコシ澱粉、コムギ澱粉もしくはコメ澱粉などの生澱粉、または酢酸エステル化澱粉、メチルエーテル化澱粉もしくはアミロース等の加工澱粉が挙げられる。
【0021】
さらに、前記組成物には、生分解性樹脂以外の樹脂成分、硬化性オリゴマー、各種安定剤、難燃剤、帯電防止剤、防カビ剤もしくは粘性付与剤等の添加剤、ガラス繊維、ガラスビーズ、金属粉末、タルク、マイカもしくはシリカ等の無機・有機充填材、染料もしくは顔料等の着色剤等を加えることもできる。
【0022】
上述したポリ乳酸、架橋性モノマーおよび所望により他の成分を含む組成物を所望の形状に成形する。成形方法は特に限定されず、公知の方法を用いて良い。例えば、押出成形機、圧縮成形機、真空成形機、ブロー成形機、Tダイ型成形機、射出成形機、インフレーション成形機等の公知の成形機が用いられる。
【0023】
得られたポリ乳酸成形物に電離性放射線を照射しポリ乳酸を架橋させることにより、ポリ乳酸架橋物を得ることができる。
電離性放射線としてはγ線、エックス線、β線またはα線などが使用できるが、工業的生産にはコバルト−60によるγ線照射や、電子線加速器による電子線照射が好ましい。
電離性放射線の照射は空気を除いた不活性雰囲気下や真空下で行うのが好ましい。電離性放射線の照射によって生成した活性種が空気中の酸素と結合して失活すると架橋効率が低下するためである。
【0024】
電離性放射線の照射量は50kGy以上200kGy以下であることが好ましい。
架橋性モノマーの量によっては電離性放射線の照射量が1kGy以上10kGy以下であってもポリ乳酸の架橋は認められるが、ほぼ100%のポリ乳酸分子を架橋するには電離性放射線の照射量が50kGy以上であることが好ましい。さらに、後の工程で液体状の含浸材に浸漬したときに形状の変化を抑えて均一に膨潤させるためには、電離性放射線の照射量が80kGy以上であることがより好ましい。
一方、電離性放射線の照射量が200kGy以下であるのは、ポリ乳酸が樹脂単独では放射線で崩壊する性質を有するため、電離性放射線の照射量が200kGyを超えると架橋とは逆に分解を進行させることになるからである。電離性放射線の照射量の上限値は150kGyであることが好ましく、100kGyであることがより好ましい。
【0025】
本発明においては、ポリ乳酸に架橋性モノマーと化学開始剤を混合したのち所望の形状に成形し、化学開始剤が熱分解する温度まで上げることによっても、ポリ乳酸架橋物を作製することができる。
架橋性モノマーとしては、前記態様と同じ物質を用いることができる。
化学開始剤としては、熱分解により過酸化ラジカルを生成する過酸化ジクミル、過酸化プロピオニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化ジ−t−ブチル、過酸化ジアシル、過酸化ペラルゴニル、過酸化ミリストイル、過安息香酸−t−ブチルもしくは2,2’−アゾビスイソブチロニトリルなどの過酸化物触媒をはじめとするモノマーの重合を開始する触媒であればいずれでもよい。
架橋させるための温度条件は化学開始剤の種類により適宜選択することができる。架橋は、放射線照射の場合と同様、空気を除いた不活性雰囲気下や真空下で行うのが好ましい。
【0026】
上記のようにして得られたポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で液体状の含浸材に浸漬する。
含浸材としては、常温で液体状のもの、または常温では固体であってもガラス転移温度以上融点以下の温度で融解し液体となるものであれば、特に限定なく使用することができる。
具体的に、含浸材としては当該技術分野で可塑剤として用いられており、前記条件を満たすものが挙げられる。
また、薬剤、農薬、薬品や食品などの有用物質を含浸材として用いてもよい。このような有用物質を含浸材として用い、本発明のポリ乳酸複合体におけるポリ乳酸の架橋ネットワークに有用物質を担持させることにより、ポリ乳酸が生分解されるにつれて有用物質が徐放されるという徐放システムを構築することができる。
【0027】
本発明においては含浸材をポリ乳酸に含浸させる前にポリ乳酸を放射線などで架橋するため、含浸材の選択の際には放射線などの架橋手段に対する耐性や架橋阻害について考慮する必要がない。含浸材はポリ乳酸との相性のみで任意に選択可能であり、また含浸材と無関係にポリ乳酸の架橋状態を制御することができる。
【0028】
含浸材としては、ポリ乳酸内に含浸させる必要からポリ乳酸との親和性が高いものが好ましい。ゆえに、含浸材としては、弱くとも極性を有しかつ分子量が大きくないものが好ましく、ポリ乳酸またはその誘導体が最も適している。
具体的に、含浸材としては以下の(a)〜(g)の少なくとも1種類を含有するものが好適に用いられる。
(a)極性を持つ1価のアルコール類、1価のカルボン酸類、ケトン類、ラクトン類
(b)N,N−ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン系極性溶媒
(c)スチレンなどの極性を持つベンゼン環類
(d)トリアジン環を含むアリル類
(e)ポリ乳酸誘導体またはロジン誘導体を含む可塑剤
(f)ジカルボン酸誘導体を含む可塑剤
(g)グリセリン誘導体を含む可塑剤
なかでも、本発明のポリ乳酸複合体の生分解性をより高く保つために含浸材は生分解性を有することが好ましく、具体的にはポリ乳酸をはじめとする脂肪酸ポリエステルの低分子量物もしくはその誘導体、ジカルボン酸およびグリセリンの誘導体、ラクトン類もしくはアルコール類などの生分解性の認められている可塑剤が好適である。
【0029】
アルコール類の中では、弱くとも極性を持つ1価のアルコール類が含浸材として好ましく、2価のジオール(例えばエチレングリコール)や3価のグリセリンは極性がないため膨潤させにくい。
極性を持つ1価のアルコール類は低級アルコールであっても、高級アルコールであってもよい。
前記低級アルコールとしては炭素数5以下のものであれば特に限定されないが、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコールまたはn−ペンチルアルコールなどが挙げられる。
前記高級アルコールとしては炭素数6以上のものであれば特に限定されないが、工業的に入手しやすい代表的なものとして、ノニルアルコール、デシルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、オレイルアルコール等を挙げることができる。マッコウアルコールやホホバアルコール等の混合物や、牛脂アルコール、ヤシアルコール等の還元アルコールを用いることもできる。
なかでも、本発明においては、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールまたはn−ペンチルアルコールを用いることが特に好ましい。
【0030】
また、前記1価のカルボン酸類としてC1の酢酸等が用いることができる。これ以外にも1価のカルボン酸類としては、公知の脂肪族モノカルボン酸、脂環族モノカルボン酸、芳香族モノカルボン酸等を用いることができる。
脂肪族モノカルボン酸
としては、炭素数1〜32、好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10の直鎖または側鎖を有する脂肪酸が挙げられる。具体的に脂肪族モノカルボン酸としては、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、2−エチル−ヘキサンカルボン酸、ウンデシル酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、ヘプタデシル酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、ヘプタコサン酸、モンタン酸、メリシン酸、ラクセル酸等の飽和脂肪酸、ウンデシレン酸、オレイン酸、ソルビン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸等の不飽和脂肪酸等を挙げることができる。これらは更に置換基を有しても良い。
脂環族モノカルボン酸としては、シクロペンタンカルボン酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロオクタンカルボン酸、ビシクロノナンカルボン酸、ビシクロデカンカルボン酸、ノルボルネンカルボン酸、アダマンタンカルボン酸等のカルボン酸またはそれらの誘導体を挙げることができる。
芳香族モノカルボン酸としては、安息香酸、トルイル酸等の安息香酸のベンゼン環にアルキル基を導入したもの、ビフェニルカルボン酸、ナフタリンカルボン酸、テトラリンカルボン酸等のベンゼン環を2個以上有する芳香族モノカルボン酸
、またはそれらの誘導体を挙げることができる。
【0031】
さらに、前記ケトン類としてはジエチルケトン等が好適に用いられる。これ以外にもケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン、2−ペンタノン、3−ペンタノン、2−ヘキサノン、メチルイソブチルケトン
、2−ヘプタノン、4−ヘプタノン、ホロン等が挙げられる。なかでもメチルエチルケトンを用いることが好ましい。
【0032】
ラクトン類の具体例としては、例えばβ−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、γ−ブチロラクトン、β−バレロラクトン、δ−バレロラクトン、δ−カプロラクトンもしくはε−カプロラクトン;4−メチルカプロラクトン、3,5,5−トリメチルカプロラクトンもしくは3,3,5−トリメチルカプロラクトンなどの各種メチル化カプロラクトン;β−メチル−δ−バレロラクトン、エナントラクトンもしくはラウロラクトン等のヒドロキシカルボン酸の環状1量体エステル;グリコリド、L−ラクチドもしくはD−ラクチド等のヒドロキシカルボン酸の環状2量体エステル;その他、1,3−ジオキソラン−4−オン、1,4−ジオキサン−3−オンもしくは1,5−ジオキセパン−2−オン等の環状エステル−エーテル等を挙げることができる。
なかでも、本発明においてはγ−ブチロラクトンまたはε−カプロラクトンを用いることが特に好ましい。
【0033】
トリアジン類は構造中に三つの窒素原子を含む六員複素環であり、この構造を有している化合物であれば特に制限なく用いることができる。トリアジン類としては、例えばトリス(2,3−エポキシプロピル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート、トリメタアリルイソシアヌレート、トリ(2,3−ジブロモプロピル)イソシアヌレート、トリアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート、イソシアヌル酸、イソシアヌル酸メチルエステル、イソシアヌル酸エチルエステル、イソアンメリン、イソメラミン、イソアンメリド等が挙げられ、中でもトリアリルイソシアヌレートが特に好ましい。
【0034】
ロジン類としては、ガムロジン、ウッドロジンもしくはトール油ロジン等の原料ロジン類、該原料ロジンを不均化または水素化処理した安定化ロジンや重合ロジン、その他にロジンエステル類、強化ロジンエステル類、ロジンフェノール類、ロジン変性フェノール樹脂等が挙げられる。
なかでも、本発明においては、ロジン誘導体を含む可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−2001」を用いることが特に好ましい。
【0035】
前記脂肪族ポリエステルとしては、主成分として脂肪族ジオールと脂肪族ジカルボン酸もしくはその誘導体との重縮合体および共重縮合体、脂肪族ジオールと脂肪族ジカルボン酸もしくはその誘導体およびヒドロキシカルボン酸との共重縮合体等が挙げられ、より具体的には、例えばα−ヒドロキシカルボン酸類(例えば、グリコール酸、乳酸、ヒドロキシ酪酸など)、ヒドロキシジカルボン酸類(例えば、リンゴ酸など)、ヒドロキシトリカルボン酸類(例えば、クエン酸など)などの一種以上から合成された重合体、共重合体あるいはこれらの混合物などが挙げられる。なかでも、脂肪族ポリエステルとしてはポリ乳酸を用いることが好ましい。
脂肪族ポリエステルの分子量は、ポリ乳酸複合体を構成するポリ乳酸の分子量よりも小さいことが好ましい。具体的には1×10以下、より好ましくは1×10以下、更に好ましくは1×10〜1×10である。
脂肪族ポリエステルの誘導体としては、脂肪族ポリエステルを化学修飾した公知の化合物を用いることができる。なかでも、ポリ乳酸誘導体を含む可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−4001」を用いることが好ましい。
【0036】
ジカルボン酸誘導体としては、ジカルボン酸のエステル体、ジカルボン酸の金属塩またはジカルボン酸の無水物等が挙げられる。
前記ジカルボン酸としては、炭素数2〜50、特に炭素数2〜20の直鎖または分岐状の飽和又は不飽和脂肪族ジカルボン酸、炭素数8〜20の芳香族ジカルボン酸、及び数平均分子量2000以下、特に1000以下のポリエーテルジカルボン酸等が挙げられる。なかでも、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバシン酸もしくはデカンジカルボン酸などの炭素数2〜20の脂肪族ジカルボン酸、及びフタル酸、テレフタル酸、イソフタル酸などの芳香族ジカルボン酸が好ましい。
【0037】
ジカルボン酸誘導体としてはジカルボン酸のエステル体が好ましい。ジカルボン酸のエステル体としては、例えばビス(メチルジグリコール)アジペート、ビス(エチルジグリコール)アジペート、ビス(ブチルジグリコール)アジペート、メチルジグリコールブチルジグリコールアジペート、メチルジグリコールエチルジグリコールアジペート、エチルジグリコールブチルジグリコールアジペート、ジベンジルアジペート、ベンジルメチルジグリコールアジペート、ベンジルエチルジグリコールアジペート、
ベンジルブチルジグリコールアジペート、ビス(メチルジグリコール)サクシネート、ビス(エチルジグリコール)サクシネート、ビス(ブチルジグリコール)サクシネート、メチルジグリコールエチルジグリコールサクシネート、メチルジグリコールブチルジグリコールサクシネート、エチルジグリコールブチルジグリコールサクシネート、ジベンジルサクシネート、ベンジルメチルジグリコールサクシネート、ベンジルエチルジグリコールサクシネート、ベンジルブチルジグリコールサクシネート、エチルメチルジグリコールアジペート、エチルブチルジグリコールアジペート、ブチルメチルジグリコールアジペート、ブチルブチルジグリコールアジペート、エチルメチルジグリコールサクシネート、エチルエチルジグリコールサクシネート、エチルブチルジグリコールサクシネート、ブチルメチルジグリコールサクシネート、ブチルエチルジグリコールサクシネート、ブチルブチルジグリコールサクシネート、ジメチルフタレート、ジエチルフタレート、ジブチルフタレート、ビス(2−エチルヘキシル)フタレート、ジ−n−オクチルフタレート、ジイソデシルフタレート、ブチルベンジルフタレート、ジイソノニルフタレート、エチルフタリルエチレングリコレート等が挙げられる。
【0038】
ジカルボン酸誘導体としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸またはフタル酸などのジカルボン酸の、アセチル化体に代表されるエステル化体が好ましい。なかでも本発明においてはアジピン酸エステルである大八化学工業(株)製「DAIFFATY−101」を用いることが特に好ましい。
【0039】
グリセリン誘導体としては、グリセリンをエステル化した誘導体が挙げられる。より具体的には、グリセリン脂肪酸モノエステル、グリセリン脂肪酸ジエステルまたはグリセリン脂肪酸トリエステルが挙げられる。
上記エステルを構成する脂肪酸としては、炭素数2〜22の飽和または不飽和脂肪酸が挙げられ、具体的には酢酸、プロピオン酸、酪酸(ブタン酸)、イソ酪酸、吉草酸(ペンタン酸)、イソ吉草酸、カプロン酸(ヘキサン酸)、ヘプタン酸、カプリル酸、ノナン酸、カプリン酸、イソカプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、エルシン酸、12−ヒドロキシオレイン酸などが挙げられる。グリセリン脂肪酸ジエステルまたはグリセリン脂肪酸トリエステルを構成する2種または3種の脂肪酸は同一であっても異なっていても良い。
【0040】
なかでも本発明においてはトリアセチルグリセリド(通称トリアセチン)、アセチル化モノグリセライドである理研ビタミン(株)製「リケマールPL(シリーズ)」などのアセチル化されたグリセンリンがグリセリン誘導体として好適である。
【0041】
ポリ乳酸架橋物を浸漬する際の含浸材の温度は、ポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下で、かつ含浸材が液体状態を保つことができる温度であれば、含浸材の種類等に応じて適宜選択することができる。含浸材がポリ乳酸架橋構造の中に拡散していくのは高温の方が早いが、一般的には80〜120℃の範囲が好適である。
また、浸漬時間も特に限定されないが、一般に拡散現象は厚みの二乗に比例するため、1mm以内の厚みの物は5〜120分、より好ましくは30〜90分であり、厚みが数mm以上の場合は10〜20時間である。
【0042】
ポリ乳酸架橋物内に含浸材が含浸されポリ乳酸架橋物が膨潤した状態でポリ乳酸のガラス転移温度以下に冷却することにより、ポリ乳酸と含浸材が複合化された本発明のポリ乳酸複合体が得られる。
【0043】
このように製造された本発明のポリ乳酸複合体は、図1(e)に示すようにポリ乳酸の架橋ネットワーク11中に含浸材2が含浸されている。
そして、本発明のポリ乳酸複合体においてはポリ乳酸成分が実質的に100%架橋されていることが好ましい。そのために、含浸材に浸漬する前のポリ乳酸架橋物は、ゲル分率が95%以上であり、好ましくは98%以上であり、より好ましくは実質的に100%である。
さらにゲル分率が実質的に100%を越えた範囲でも、架橋点の量、すなわち架橋密度が重要で、架橋密度を上げていくことで含浸材の含有量を制御することが可能である。これは、架橋ネットワーク構造が緻密になることで構造変化・体積変化しにくくなることを利用しており、架橋性モノマーの量、架橋させる電離性放射線の量などを増減させることで架橋密度を増減させて、含浸材の含浸量を制御することが可能である。
【0044】
本発明のポリ乳酸複合体においては、含浸材の含有率が5%以上60%以下であることが好ましい。ポリ乳酸複合体のガラス転移温度以下での柔軟性を確保するために、含浸材の含有率を5%以上としている。より柔軟性向上効果を発揮させるためには含浸材の含有率が10%以上が好ましく、特に20%以上が好ましい。
含浸材の含有率を60%以下としているのは、含浸材の含有率が60%を超えると含浸材が析出するといういわゆるブリードが起こりえるためである。含浸材の含有率は50%以下が好ましい。
【0045】
本発明のポリ乳酸複合体においては、示差走査熱量計による40℃から200℃までの熱量解析においてポリ乳酸のガラス転移温度における熱量吸収および融点付近の結晶溶融に伴う熱吸収の両方がないことが好ましい。
このようなポリ乳酸複合体であれば、従来のポリ乳酸成形物で見られるような、ガラス転移温度において非結晶部分の拘束が解けて一気に動き始め、ガラス転移温度前後で極端な強度変化を生じるという現象が起こりにくい。
【発明の効果】
【0046】
本発明のポリ乳酸複合体は、ポリ乳酸のガラス転移温度である60℃を超える高温時においてもポリ乳酸の架橋ネットワークにより確実に形状を維持することができる。ポリ乳酸のガラス転移温度以下の温度においては、ポリ乳酸の架橋ネットワーク中に含浸材が含浸されポリ乳酸分子間の相互作用を阻止していることにより、優れた柔軟性と伸びを有する。ゆえに、現在プラスチックが利用されている一般的な用途、特にゴム吸盤など軟質塩化ビニルが利用されている用途への応用が期待できる。また、柔軟性と形状記憶性の両方が必要となる形状記憶製品として利用することも好適である。
【0047】
本発明のポリ乳酸複合体は生分解性を有していることから、自然界において生態系に及ぼす影響が極めて少なく、従来のプラスチックが有していた廃棄処理に関わる諸問題を解決できる。しかも、本発明のポリ乳酸複合体は今までにない柔軟性を有する点から、これまでポリ乳酸を利用できなかった分野への応用が期待できる。また、生体への影響がない点から、生体内外に利用される注射器やカテーテルなどの医療用器具への適用が可能な材料である。
【0048】
ポリ乳酸の生分解性および生体適合性あるいは生体内分解性を考えれば、本発明のポリ乳酸複合体をその担持性を利用した有用物質の徐放システム等に応用することができる。すなわち、薬剤や薬品などの有用物質をポリ乳酸に複合化させれば、ポリ乳酸が分解するにつれて含浸されていた有用物質が徐々に放出されることとなる。このように本発明のポリ乳酸複合体は広範囲の分野や技術に利用することができる。
【0049】
さらに、本発明品は架橋ネットワーク構造の中にメタノールやジメチルスルホキシド(DMSO)等の極性溶媒を含有したゲル状構造を呈するため、ゲル濾過や液体クロマトグラフィ等の分子篩としての利用が可能であり、前記のように架橋構造を制御することで分離分析技術にも応用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
本発明のポリ乳酸複合体の製造方法において、最初にポリ乳酸架橋物を下記の手順で製造する。
まず、ポリ乳酸を加熱により軟化させるか、あるいはクロロホルムやクレゾール等のポリ乳酸が溶解しうる溶媒中にポリ乳酸を溶解または分散させる。
ついで、架橋性モノマーを添加する。架橋性モノマーとしてはTAICが特に好ましい。架橋性モノマーの添加量は、ポリ乳酸100質量部に対して5質量部以上10質量部以下が好ましい。
添加後、架橋性モノマーが均一になるように撹拌混合する。
ついで、さらに溶媒を乾燥除去しても良い。
このようにして、ポリ乳酸成形物を構成する組成物を調製する。
【0051】
前記組成物を再び加熱などにより軟化させて、シート、フィルム、繊維、トレイ、容器または袋等の所望の形状に成形する。この成形は、組成物を調製したあと、例えば溶媒に溶解した状態のまま続けて行っても良いし、一旦冷却または溶媒を乾燥除去した後に行っても良い。
【0052】
ついで、得られたポリ乳酸成形物に電離性放射線を照射し、ポリ乳酸を架橋させ、ポリ乳酸架橋物を得る。
電離性放射線は、電子線加速器による電子線照射が好ましい。
放射線照射量は80kGy以上100kGy以下の範囲から架橋性モノマーの配合量等に応じて適宜選択する。特に電離性放射線照射後に得られるポリ乳酸架橋物のゲル分率が実質的に100%となることを目安に選択する。
【0053】
得られたポリ乳酸架橋物を含浸材に浸漬する。
含浸材としては、極性アルコール類であるエチルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールもしくはn−ペンチルアルコール;1価のカルボン酸類である酢酸;ケトン類であるメチルエチルケトン;ラクトン類であるγ−ブチロラクトンもしくはε−カプロラクトン;トリアジン類であるトリアリルイソシアヌレート;非プロトン系極性溶媒であるジメチルスルホキシド;乳酸系可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−4001」;ロジン系可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−2001」;グリセリン誘導体であるトリアセチルグリセリドもしくはアセチル化モノグリセリド(特にグリセリンジアセトモノラウレート);ジカルボン酸誘導体であるアジピン酸エステルを用いる。
含浸材に浸漬させる際の温度は65〜100℃で、含浸材が液体状態を保てる温度が好ましい。
また、含浸材に浸漬させる時間は、ポリ乳酸架橋物が1mm程度以内の厚みの場合は30〜90分が好ましく、60分がより好ましい。
【0054】
ポリ乳酸架橋物内に含浸材が含浸されポリ乳酸架橋物が膨潤した状態でポリ乳酸のガラス転移温度以下に冷却することで本発明のポリ乳酸複合体が得られる。冷却は放冷により徐々に冷却しても良いし、水冷などにより急冷してもよい。
【実施例】
【0055】
以下、本発明について実施例および比較例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0056】
(実施例1〜8)
ポリ乳酸として、ペレット状の三井化学(株)製ポリ乳酸レイシア(LACEA)H−400を使用した。アリル系架橋性モノマーの1種であるTAICを用意し、押出機(池貝鉄工(株)製PCM30型)を用いてシリンダ温度180℃でポリ乳酸を溶融押出する際に押出機のペレット供給部にTAICをペリスタポンプにて定速滴下することでポリ乳酸にTAICを添加した。その際、TAICの配合量がポリ乳酸100質量部に対して7質量部になるように、TAICの滴下速度と押出機の押出速度の比率を調整した。押出品は水冷ののちにペレタイザーにてペレット化し、ポリ乳酸と架橋性モノマーのペレット状混練物を得た。
【0057】
この混練物を160℃でシート状に熱プレスしたのち水冷で急冷し、500μm厚のシートを作製した。
このシートに対し、空気を除いた不活性雰囲気下で電子加速器(加速電圧10MeV、電流量12mA)により電子線を100kGy照射し、ポリ乳酸架橋物を得た。
【0058】
得られたポリ乳酸架橋物を含浸材にポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で浸漬した。含浸材として、極性アルコール類であるエチルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールもしくはn−ペンチルアルコール;ラクトン類であるγ−ブチロラクトン;トリアジン類であるトリアリルイソシアヌレート;乳酸誘導体を主成分とする可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−4001」;ロジン誘導体を主成分とする可塑剤である荒川化学工業(株)製「ラクトサイザーGP−2001」を用い、前記ポリ乳酸架橋物を恒温漕内でエタノールには70℃の温度で、その他の含浸材には80℃の温度で1時間浸漬、膨潤させた。その後、室温で放冷することにより本発明のポリ乳酸複合体を得た。
【0059】
(実施例9〜11)
電子線照射量を50kGyとしたこと以外は実施例1,2,7と同様にして、実施例9〜11とした。
(実施例12〜19)
電子線照射量を100kGyとし、含浸材は下記のとおりとした。製造方法を実施例1〜11と同様とした。
実施例12:ジメチルスルホキシド(DMSO)
実施例13:酢酸
実施例14:ε−カプロラクトン(6−ヒドロキシヘキサン酸1,6−ラクトン ダイセル化学工業(株)製「プラクセルM」)
実施例15:メチルエチルケトン
実施例16:トリアセチルグリセリド(グリセリン誘導体、有機合成薬品工業(株)製「トリアセチン」)
実施例17:アジピン酸エステル(ジカルボン酸誘導体、大八化学工業(株)製「DAIFFATY−101」)
実施例18:ジアセチルモノグリセリド(グリセリン誘導体、理研ビタミン(株)製「リケマールPL−019」)
実施例19:アセチル化ポリグリセリド(グリセリン誘導体、理研ビタミン(株)製「リケマールPL−710」)
【0060】
(比較例1〜16)
TAICを配合しなかったこと以外は実施例1〜8と同様にして、各々比較例1〜8とした。
また、電子線照射を行わなかったこと以外は実施例1〜8と同様にして、各々比較例9〜16とした。
【0061】
実施例および比較例において、含浸材含浸前のポリ乳酸架橋物のゲル分率を下記方法で評価し、含浸材含浸後のポリ乳酸複合体の含浸材含有率を下記方法で評価した。
(1)ゲル分率の評価
各ポリ乳酸架橋物の乾燥質量を正確に計ったのち、200メッシュのステンレス金網に包み、クロロホルム液の中で48時間煮沸したのちに、クロロホルムに溶解したゾル分を除いて残ったゲル分を得た。50℃で24時間乾燥して、ゲル中のクロロホルムを除去し、ゲル分の乾燥質量を測定した。得られた値をもとに下記式に基づきゲル分率を算出した。
ゲル分率(%)=(ゲル分乾燥質量/ポリ乳酸架橋物の乾燥質量)×100
【0062】
(2)含浸材含有率の評価
含浸材に浸漬する前の常温におけるポリ乳酸架橋物の質量を予め測定しておき、含浸材に浸漬したのち常温に戻した後のポリ乳酸複合体の質量を測定した。得られた値をもとに下記式に基づき含浸材含有率を算出した。
含浸材含有率(%)={(A−B)/A}×100
A;ポリ乳酸複合体の質量
B;含浸材への含浸前のポリ乳酸架橋物の質量
【0063】
前記評価の結果を、製造条件の相違点とともに、下記表にまとめた。
【表1】

【0064】
実施例ではいずれも含浸材が含有されたポリ乳酸複合体が得られた。これら複合体の特徴は、ポリ乳酸およびその架橋物がもつ透明性を保っていたことである。
また、実施例8を除いては常温でも軟質塩化ビニル樹脂並みの柔軟性を示した。特にγ−ブチロラクトン、「ラクトサイザーGP−4001」、ジメチルスルホキシド、酢酸、ε−カプロラクトン、メチルエチルケトン、トリアセチン、「DAIFFATY−101」、「PL−019」、「PL−710」および極性アルコールを含浸したものは柔軟性に富んでいた。
【0065】
極性アルコールの中では特にt−ブチルアルコールの膨潤性がよかった。また、通常室温で置くと乾燥してしまいやすいエタノールを含浸したポリ乳酸複合体であっても、24時間経過後の含浸材の含有量が浸漬直後の含浸材の含有量の80%以上を保持しており、本発明のポリ乳酸複合体が良好な担持性を有することが分かった。
ポリ乳酸用可塑剤では、乳酸系可塑剤である「ラクトサイザーGP−4001」の方がロジン系可塑剤である「ラクトサイザーGP−2001」に比べて含浸材含有率が非常に高く、それゆえに柔軟性改善効果も「ラクトサイザーGP−4001」のほうが大きかった。
【0066】
含浸した状態で無臭である点では、トリアセチンおよび「DAIFFATY−101」、「PL−019」「PL−710」が優れていた。また、「DAIFFATY−101」は100℃〜120℃に加熱しても重量の減少がみられない点や含有量に比して柔軟性が高いなど本発明の目的に非常にかなっている。
【0067】
電子線照射量が100kGyの実施例1,2,7,12〜15と、電子線照射量が50kGyの実施例9,10,11では、前者の方が異形変形が少なく均一に膨潤し、含浸材含有率も高く良好であった。この差はクロロホルムによるゲル分率の評価が100%と同じであっても架橋密度に違いがあるためと考えられ、電子線照射量が100kGyである場合の方が架橋密度が高く、良い結果が得られた。
【0068】
実施例に対して、ポリ乳酸が架橋していない比較例1〜16は、含浸材の含浸が認められず、一部は溶解した。また、ガラス転移温度以上にさらされたために結晶化が起こり硬くなると同時に、結晶による乱反射で光を通さなくなり、顕著に白色化した。
【0069】
実施例18、19について、ブリード性を評価した。
このブリード性評価は、80℃の恒温槽内に保持して重量変化を測定し、加熱によるブリード性を評価した。その結果は、図4に示すように360時間15日間で、実施例18、では含浸薬剤PL−019の含有率は約5%の低下し、実施例19ではPL−710の含有率は約1%しか低下しなかった。この結果より、複合材はブリードが発生しにくいことが確認できた。かつ、柔軟性だけでなく、透明性も維持していた。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明のポリ乳酸複合体の製造工程を示す模式であり、(a)はポリ乳酸成形物を架橋して得られるポリ乳酸架橋物1の模式図、(b)はポリ乳酸架橋物1を液体状の含浸材2に浸漬したときの模式図、(c)はポリ乳酸複合体3の模式図、(d)はポリ乳酸架橋物1を微視的に見たときの模式図、(e)はポリ乳酸複合体3を微視的に見たときの模式図である。
【図2】架橋されていないポリ乳酸成形物4を用いて、本発明に記載の方法で複合化させた場合に起こる現象を示した模式図であり、(a)は架橋されていないポリ乳酸成形物4の模式図、(b)はポリ乳酸成形物4を液体状の含浸材2に浸漬したときの模式図、(c)は含浸材2の浸入によりポリ乳酸成形物4が溶融して、形状の崩壊が起こってしまうことを示す模式図である。
【図3】架橋されていないポリ乳酸成形物4を用いて、本発明に記載の方法で複合化させた場合に起こる現象を示した模式図で、(a)は架橋されていないポリ乳酸成形物4の模式図、(b)はポリ乳酸成形物4を液体状の含浸材2に浸漬したとき、含浸材2が浸入するより先に非結晶部分が徐々に結晶化し始めている(符号5)ことを示す模式図、(c)再結晶化したことを示す模式図である。
【図4】ブリード性評価試験の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0071】
1 ポリ乳酸架橋物
11 ポリ乳酸の架橋
2 含浸材
3 ポリ乳酸複合体
4 ポリ乳酸成形物
5 結晶化

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸成形物を架橋してポリ乳酸架橋物を作製した後、該ポリ乳酸架橋物をポリ乳酸のガラス転移温度以上融点以下の温度で含浸材に浸漬し、ポリ乳酸架橋物内に該含浸材が含浸されてポリ乳酸架橋物が膨潤した状態で、ポリ乳酸のガラス転移温度以下に冷却して、ポリ乳酸と前記含浸材を複合化させることを特徴とするポリ乳酸複合体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリ乳酸成形物とする組成物には可塑剤を配合していない請求項1に記載のポリ乳酸複合体の製造方法。
【請求項3】
前記ポリ乳酸成形物とする組成物には架橋性モノマーを混合し、成形後に該ポリ乳酸成形物に電離性放射線を照射して前記ポリ乳酸架橋物としている請求項1または請求項2に記載のポリ乳酸複合体の製造方法。
【請求項4】
前記電離性放射線の照射量が50kGy以上200kGy以下である請求項3に記載のポリ乳酸複合体の製造方法。
【請求項5】
前記架橋性モノマーがアリル系架橋性モノマーで、該アリル系架橋性モノマーがポリ乳酸100質量部に対して4質量部以上15質量部以下の割合で混合されている請求項3または請求項4に記載のポリ乳酸複合体の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の製造方法で製造され、ポリ乳酸の架橋ネットワーク中に含浸材が含浸されていることを特徴とするポリ乳酸複合体。
【請求項7】
ポリ乳酸成分が実質的に100%架橋されている請求項6に記載のポリ乳酸複合体。
【請求項8】
示差走査熱量計による40℃から200℃までの熱量解析においてポリ乳酸のガラス転移温度における熱量吸収および融点付近の結晶溶融に伴う熱吸収の両方がない請求項6または請求項7に記載のポリ乳酸複合体。
【請求項9】
含浸材の含有率が5%以上60%以下である請求項6乃至請求項8のいずれか1項に記載のポリ乳酸複合体。
【請求項10】
含浸材が以下の(a)〜(g)の少なくとも1種類を含有する請求項6乃至請求項9のいずれか1項に記載のポリ乳酸複合体。
(a)極性を持つ1価のアルコール類、1価のカルボン酸類、ケトン類、ラクトン類
(b)N,N−ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン系極性溶媒
(c)スチレンなどの極性を持つベンゼン環類
(d)トリアジン環を含むアリル類
(e)ポリ乳酸誘導体またはロジン誘導体を含む可塑剤
(f)ジカルボン酸誘導体を含む可塑剤
(g)グリセリン誘導体を含む可塑剤

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−92022(P2007−92022A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−85839(P2006−85839)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】