説明

マイクロ化学チップ

【課題】生産性が高く安価で、耐薬品性、耐熱性、強度に優れ、ヒータ、電極、電気回路等の形成、内蔵が可能であり、また流路の3次元構造に必要な多層化が容易であり、種々の条件で使用することのできるセラミックスから成るマイクロ化学チップにおいて、より精度の高い反応や分析が可能なマイクロ化学チップを提供すること。
【解決手段】被処理流体を流通させる流路12が形成された基体11を有し、流路12を流通する被処理流体に予め定める処理を施すマイクロ化学チップであって、流路12の内面は、被処理流体に対する接触角が、基体11の被処理流体に対する接触角よりも小さい材料12aで被覆されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小な流路を流通する基質(生体物質等)や試薬等の被処理流体に対して、化学反応等の予め定める処理を施し、化学反応等の結果を検出することのできるマイクロ化学チップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化学技術やバイオ技術の分野では、試薬に対する反応や試料の分析等を微小な領域で行うための研究が行われており、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を用いて化学反応や生化学反応、試料の分析等、具体的には、血液中の血糖値の測定、検査用のDNAと既知のDNAの二本鎖の形成反応(ハイブリダイゼーション)、ダイオキシン類,PCB類の環境有害物質の検出等のシステムを小型化したマイクロ化学システムが研究開発されている。
【0003】
マイクロ化学システムにおける反応や分析は、マイクロ流路、マイクロポンプおよびマイクロリアクタ等が形成されたマイクロ化学チップと呼ばれる1つのチップを用いて行われる。例えば、シリコン、ガラスまたは樹脂から成る1つの基体に、試料や試薬等の流体を供給するための供給口と、処理後の流体を導出するための採取口とを形成し、この供給口と採取口とを断面積が微小なマイクロ流路で接続し、マイクロ流路の適当な位置に送液のためのマイクロポンプを配置したマイクロ化学チップが提案されている(特許文献1,2参照)。この場合、流路の内面には基体を形成する材料が露出することになる。また、一般的に基体の流路が形成された面には、流路を塞ぐようにして蓋体が取着される。
【0004】
このようなマイクロ化学チップの基体は、シリコン、ガラスまたは樹脂から成るので、流路を形成する際には、MEMS技術などを用いたエッチング加工が必要である。例えば、特許文献2に記載の技術では、シリコン基板に対するエッチングを何度も行うことによって流路内に突起部を有するマイクロチップを製造している。従って、生産性が悪く、また製造原価も高いので、シリコン、ガラスまたは樹脂から成る基体を用いたマイクロ化学チップは高価である。
【0005】
また、シリコン、ガラスまたは樹脂から成る基体を用いたマイクロ化学チップは、ヒータ、電極、電気回路等の形成に際し、蒸着等の方法が用いられるが、金属材料との接着強度が低いために信頼性に劣る。さらに、流路を立体的に形成して、複数の反応を同時に行わせるための3次元構造は、基体や基板の多層化が技術的に困難であり、加熱、加圧や接着剤等を用いて多層化する方法があるが、流路の変形や潰れが生じてしまうという課題があった。
【0006】
一方、樹脂から成る基体を用いたマイクロ化学チップは、耐薬品性、耐熱性、強度の問題から、使用条件が制限されるという課題があった。
【0007】
これらの課題を解決するために、本出願人はセラミックスから成る基体を用いたマイクロ化学チップを先に提案した(特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2002−214241号公報
【特許文献2】特開2002−233792号公報
【特許文献3】特開2004−314015号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このセラミックスから成る基体を用いたマイクロ化学チップは、セラミックグリーンシート(以下、グリーンシートともいう)の表面に予め定める形状の型を押圧して焼成前の流路である溝部を形成し、所定温度で焼結させることによって基体を形成することが可能であるため、安価にマイクロ化学チップを製造することができる。
【0009】
また、セラミックスは耐薬品性、耐熱性、強度に優れ、金属材料粉末からなる導電ペーストを用いたセラミックグリーンシートとの同時焼結によってヒータ、電極、電気回路等の形成、内蔵が、接着強度が高いために可能であり、さらに流路の3次元構造に必要な多層化に優れるため、種々の条件で使用することのできるマイクロ化学チップを製造することができる。
【0010】
しかしながら、技術の進歩や適用される技術範囲の拡大等にともない、マイクロ化学チップには、極微量な被処理流体で精度の高い測定を行なう必要性がいままで以上に生じてきた。例えば、医療分野への応用において、患者(被処理流体の提供者)への負担を軽減するためには採取する被処理流体はより微量なものとすることが望ましく、その極微量な被処理流体により、例えば誤診を避けるため、高い精度で測定等を行なう必要がある。
【0011】
これに対し、セラミックスから成る基体に形成される流路は、基体を構成する原料粉末の焼結体の一部が表面に露出しているため、流路面の凹凸が、シリコン、ガラスからなる基体に比べて大きい。そのため、基質(生体物質等)や試薬等の被処理流体または被処理流体中の成分が、流路内に付着や吸着をしたりして被処理流体の成分や濃度が変化しやすい場合がある。その結果、医療用などで精度の高い反応や分析を、特に極微量な被処理流体で行う上で障害となる恐れが生じるようになってきた。
【0012】
本発明は、上記従来の問題点を解決するために案出されたものであり、その目的は、例えば、生産性が高く安価で、耐薬品性、耐熱性、強度に優れ、ヒータ、電極、電気回路等の形成、内蔵が可能であり、また流路の3次元構造に必要な多層化が容易であり、種々の条件で使用することのできる、セラミックスで基体が形成されたマイクロ化学チップにおいても、より精度の高い反応や分析が可能なマイクロ化学チップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のマイクロ化学チップは、被処理流体を流通させる流路が形成された基体を有し、前記流路を流通する被処理流体に予め定める処理を施すマイクロ化学チップであって、前記流路の内面は、前記被処理流体に対する接触角が、前記基体の前記被処理流体に対する接触角よりも小さい材料で被覆されていることを特徴とするものである。
【0014】
本発明のマイクロ化学チップは、被処理流体を流通させる流路が形成された基体を有し、前記流路を流通する被処理流体に予め定める処理を施すマイクロ化学チップであって、前記流路の内面は、水に対する接触角が、前記基体の前記水に対する接触角よりも小さい材料で被覆されていることを特徴とするものである。
【0015】
本発明のマイクロ化学チップは好ましくは、前記基体は、前記流路に被処理流体を流入させる供給部と、前記流路の途中に設けられ、前記処理を施す処理部と、前記流路の前記処理部よりも下流側に設けられた検出部と、処理後の前記被処理流体を外部に導出する排出部とを有することを特徴とするものである。
【0016】
本発明のマイクロ化学チップは好ましくは、前記流路を被覆する材料が、ガラスであることを特徴とするものである。
【0017】
本発明のマイクロ化学チップは好ましくは、前記流路を被覆する材料の露出表面の算術平均粗さRaが1μm以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明のマイクロ化学チップは、基体の表面に、被処理流体を流通させる流路が形成され、流路の内面は、その被処理流体に対する接触角が、基体の被処理流体に対する接触角よりも小さい材料で被覆されていることから、例えば基体をセラミック材料で形成したとしても、被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすいため、被処理流体中の成分が流路に付着や吸着したりすることが抑制され、高い精度で反応や分析ができる。つまり、被処理流体に含まれる比較的疎水性の高い生体物質等が流路面に付着したり吸着したりしようとしても、これらの媒体としての被処理流体が流路面を濡れ広がって生体物質等を洗い流すことができる。
【0019】
また、セラミックスから成る基体は、耐薬品性や耐熱性や強度に優れていることに加えて、多層化が容易に可能であることから、ヒータ、電極、電気回路等の内蔵や、流路の3次元構造化を容易に行うことができる。
【0020】
また、被処理流体としてタンパク質やDNA等の生体物質を含む水溶液とした場合に、水に対する接触角が小さいほど被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすくなる。そのため、被処理流体中の成分が流路に付着や吸着したりすることが抑制され、高い精度で反応や分析を行うことができる。
【0021】
また、本発明のマイクロ化学チップは、好ましくは、基体の表面に、流路に被処理流体を流入させる供給部と、流路の途中に設けられ、処理を施す処理部と、流路の処理部よりも下流側に設けられた検出部と、処理後の前記被処理流体を外部に導出する排出部が形成されていることから、被処理流体を供給部から流路に流入させると、処理部において流入された被処理流体に予め定める処理が施され、その処理が行われた被処理流体を検出部において所望の分析に応じて検体を検出した後に、排出部から流体を外部に導出することができる。したがって、例えば、血液中の血糖値の測定、検査用のDNAと既知のDNAの二本鎖の形成反応(ハイブリダイゼーション)、ダイオキシン類,PCB類の環境有害物質の検出等を行うことができる。つまり、さらに医療用や分析等の用途において、実用性が向上する。
【0022】
また、本発明のマイクロ化学チップは好ましくは、流路を被覆する材料が、ガラスであることから、ガラスは過冷却の液体として存在する非晶質であり、表面が滑らかであるために流路に被覆することによって、より接触角が小さくなる。そのため、被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすくなる。したがって、被処理流体中の成分の付着や吸着をより有効に抑えることができる。
【0023】
また、ガラスは、化学的に極めて安定な性質であることから耐薬品性が高い上に流路を緻密に被覆することができる。そのため、被処理流体が強酸性や強アルカリ性であるような場合や、その送液が長時間にわたるような場合等、過酷な送液条件であっても、ガラスから被処理流体の反応や分析に悪影響を与えるような微量な金属元素の溶出が生じることは無く、基体がセラミックスの場合に生じるセラミックスからのMg、Mn、Feなどの微量な金属元素のppmオーダーの溶出を防止できる。これにより、このような金属元素が被処理流体に含有されていたように誤検出されることも効果的に防止することができる。その結果、より一層精度の高い分析を行うことができる。
【0024】
また、本発明のマイクロ化学チップは好ましくは、流路を被覆する材料の露出表面の算術平均粗さRaが1μm以下であることから、被検出物の大きさに対して流路の表面の粗さ、すなわち被検出物が捕捉されてしまう可能性のある凹凸が、被処理流体(例えば基質等)に対して十分に小さくなる。そのため、特に血液(血球)やDNAなどの医療分野で要求の高い分析に関して、被処理流体または被処理流体中の成分が流路表面の凹凸に付着や吸着したりすることが抑制され、さらに被処理流体の通過後の流路内に液残りが生じることなどを防止することができるので、極めて高い精度で反応や分析を行うことができる。
【0025】
以上のことから、生産性が高く安価で、耐薬品性、耐熱性、検出性に優れ、ヒータ、電極、電気回路等の形成、内蔵が可能であり、また流路の3次元構造に必要な多層化が容易であり、種々の条件で使用することのできるマイクロ化学チップにおいて、より正確な反応や分析が可能なマイクロ化学チップを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
図1(a)は、本発明によるマイクロ化学チップ1の基本的な構成を示す平面図である。図1(b)は、図1(a)に示すマイクロ化学チップ1の切断面線I−I線における断面図である。
【0027】
マイクロ化学チップ1は、基本的に、セラミック材料等から成る基体11に、被処理流体を流通させる流路12が設けられて形成されている。流路12の内面は、被処理流体に対する接触角が、基体11を形成するセラミック材料の被処理流体に対する接触角よりも小さい材料(被覆材料)12aで被覆されている。
【0028】
図1の実施の形態において、基体11には、さらに流路12に被処理流体を流入させる供給部13と、化学反応等を生じさせる反応部としての処理部14と、検出部17と、検査後の被処理流体を外部に排出する排出部15とが設けられている。
【0029】
また、基体11の流路12が形成されている面には、蓋体16が取着されている。蓋体16により流路が塞がれ、被処理流体が流路12外に漏れることなく流通される。
【0030】
基体11および蓋体16は、例えばセラミック材料により形成されている。
【0031】
基体11と蓋体16を構成する材料は、セラミック材料としては、例えば酸化アルミニウム質焼結体(アルミナセラミックス)、ムライト質焼結体またはガラスセラミックス焼結体等を用いることができるが、耐熱性や耐薬品性を考慮すると酸化アルミニウム質焼結体が好ましい。
【0032】
基体11および蓋体16は、例えば酸化アルミニウム質焼結体からなる場合であれば、酸化アルミニウムや酸化ケイ素、酸化カルシウム等の原料粉末を有機溶剤、バインダとともにシート状に加工して複数のセラミックグリーンシートを作製し、これを所定の形状、寸法に加工するとともに必要に応じて積層し、焼成することにより形成される。
【0033】
また、流路12は、例えば、基体11となるセラミックグリーンシートに対して、型押し加工やレーザ光を用いた研削加工等の手段で、流路12となるような深さ、パターンで溝状部を形成しておくことにより形成される。
【0034】
供給部13は、外部から流路12に被処理流体を注入することができるように、例えば流路12の一端部に対応した位置で蓋体16に形成された開口から構成されている。
【0035】
また検出部17に対応する部位において、蓋体16には、目視や顕微鏡や分光分析等の光学的な手法で検査を行うことができるように開口部18が設けられており、透光性材料から成る蓋部20を開口部18に嵌着させている。
【0036】
また排出部15は、流路12から被処理流体を外部に排出することができるように開口から構成されている。
【0037】
マイクロ化学チップ1では、供給部13から流路12に被処理流体を流入させ、流入された被処理流体に処理部14において予め定める処理を施し、検出部17で検査を行った後、排出部15から処理後の被処理流体を外部に排出する。例えば、処理部14に試薬を仮固定しておき、供給部13から基質(遺伝子、細胞等の生体物質等)を含む被処理流体を流入させると、処理部14において基質と試薬を反応させることができるので、反応が終わった後の反応生成物を検出部17で開口部18に嵌着されている透光性材料から成る蓋部20を通して、反応生成物に人体が直接触れて薬傷する危険がなく顕微鏡で検査し、その後、排出部15から反応生成物を排出することができる。
【0038】
なお、蓋体16の開口部18は、蓋体16または蓋体16となる未焼成のセラミック成形体に対して、機械的な打ち抜き加工等の打ち抜き加工を施すことにより形成される。また、同様に、供給部13となる蓋体16の開口や、排出部15となる蓋体16の開口は、蓋体16や基体11となるセラミックグリーンシートのうち流路12の所定部位に、機械的な打ち抜き加工等の打ち抜き加工を施すことにより形成される。
【0039】
マイクロ化学チップ1は、前述のように基体11をセラミック材料から成るものとしておくと、シリコン、ガラスまたは樹脂から成る基体に流路12を形成する際に必要なエッチング加工のような煩雑な加工を行うことなく、簡単な加工(例えば、上述した型押し加工)を行うだけで流路12を有する基体11を形成することができる。従って、本発明のマイクロ化学チップは、基体11をセラミック材料からなるものとしておくことが好ましく、この場合、生産性が高く製造原価が低いので安価である。また、セラミック材料は、樹脂等に比べて耐薬品性、耐熱性、強度に優れる。そのため、強酸性や強アルカリ性等の腐食性の被処理流体を安定して処理することができる。
【0040】
透光性材料としては、例えば加工性のよい透光性樹脂であるシリコーン樹脂を用いることができる。
【0041】
流路12の内面は、被処理流体に対する接触角が、基体11を形成するセラミック材料の被処理流体に対する接触角よりも小さい被覆材料12aで被覆されている。
【0042】
そのため、被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすいため、被処理流体中の成分が流路12に付着や吸着したりすることが抑制され、高い精度で反応や分析を行うことができる。
【0043】
または流路12の内面は、水に対する接触角が、基体11を形成するセラミック材料の被処理流体に対する接触角よりも小さい被覆材料12aで被覆されている。タンパク質やDNA等の生体物質を含む被処理流体は一般に水溶液であるため、水に対する接触角が小さいほど被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすくなる。そのため、被処理流体中の成分が流路12に付着や吸着したりすることが抑制され、高い精度で反応や分析を行うことができる。
【0044】
被覆材料12aは、温度24℃、湿度53%RHの測定条件で、水による液適法にて測定した接触角が40°以下であるのが好ましい。なお、基体11が酸化アルミニウム質焼結体等のセラミック材料で形成されている場合、水に対する接触角は55°程度である。
【0045】
被処理流体または水に対する接触角は、基体11や被覆材料12aを形成する固体材料の表面に被処理流体となる液体の液滴を接しさせたとき、固体材料と液滴とが接する点における液滴表面に対する接線が固体材料の表面となす角で、液滴を含む側の角度である。
【0046】
接触角は、例えば、協和界面科学社製の接触角計CA−X型を用いて、液適法にて測定され、接触角の大小の比較は、測定温度、湿度、被処理流体の滴下量、流路12の断面積、流路表面の算術平均粗さ等の測定結果に影響を与える因子が同じ条件で行なわれる。
【0047】
上述のように、マイクロ化学チップ1は、基体11の表面に形成した流路12の内面を、被処理流体または水に対する接触角が、基体11の被処理流体または水に対する接触角よりも小さい材料(被覆材料)12aで被覆したことから、例えば基体11をセラミック材料で形成したとしても、被処理流体が流路12の内面に濡れやすく流れやすいため、被処理流体中の成分が流路12に付着や吸着したりすることが抑制され、高い精度で反応や分析ができる。
【0048】
なお、流路12の内面は、少なくとも基体11に形成されている流路12の底面および側面であるが、望ましくは、蓋体16の流路12に面する部位も含む。蓋体16の流路12に面する部位も被覆材料12aで被覆しておくと、流路12の全周において、被処理流体の接する面が被処理流体の濡れ角の小さい材料で形成されることになり、付着や吸着をより効果的に抑制して反応や分析の精度をさらに向上させることができる。
【0049】
このような、例えばセラミック材料から成る基体11よりも被処理流体または水に対する接触角が小さい材料としては、石英ガラス・シリカ系、ソーダガラス系、ライムガラス系、ホウ酸ガラス系、酸化鉛系ガラス等のガラスや、親水性官能基を有するフッ素樹脂系材料、親水性官能基を有するポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーンゴム系材料、親水性官能基を有するポリエチレンテレフタレート等の樹脂材料を用いることができる。
【0050】
被覆材料12aは、例えば、石英ガラスの粉末を適当な有機溶剤、バインダと混練して作製したガラスペーストを、基体11となるセラミックグリーンシートの流路12となる溝状部の表面を被覆するように印刷法で塗布することにより形成することができる。
【0051】
なお、この被覆材料12aは、例えば、流路の内面に、被処理流体の、電気泳動による分離、電位測定用等の電極を対にして配置するような場合を考慮して、電気絶縁性であることが望ましい。
【0052】
また、被覆材料12aは、例えばセラミック材料から成る基体の場合、厚みが1〜10μmであることが好ましい。1μm未満ではセラミック材料から成る基体の流路面の凹凸を十分に低減できないおそれがある。10μm以上では厚みの制御が困難になる。
【0053】
このようなマイクロ化学チップ1は、基本的には流路12が形成された基体11と、流路12を被覆する被覆材料12aとにより構成されるが、この実施形態のように、基体11の表面に、流路12に被処理流体を流入させる供給部13と、流路12の途中に設けられ、処理を施す処理部14と、流路12の処理部14よりも下流側に設けられた検出部17と、処理後の被処理流体を外部に導出する排出部15とが形成されていることが好ましい。
【0054】
この場合、被処理流体を供給部13から流路12に流入させると、処理部14において流入された被処理流体に予め定める処理が施され、その処理が行われた被処理流体を検出部17において所望の分析に応じて検体を検出した後に、排出部15から流体を外部に導出することができる。したがって、例えば、血液中の血糖値の測定、検査用のDNAと既知のDNAの二本鎖の形成反応(ハイブリダイゼーション)、ダイオキシン類,PCB類の環境有害物質の検出等を行うことができる。つまり、医療用や分析等の用途において、実用性の高いマイクロ化学チップを提供することができる。
【0055】
また、セラミックスから成る基体11は、耐薬品性や耐熱性や強度に優れていることに加えて、多層化が容易に可能であることから、ヒータ、電極、電気回路等の内蔵や、流路の3次元構造化を容易に行うことができる。
【0056】
したがって、分析等の精度が高く、かつ強度や信頼性や実用性等に優れたマイクロ化学チップ1を提供することができる。
【0057】
例えば、流路12について、処理部14において周回状や折り返し(九十九折状)等に形成しておいて、その下方の基体11内部にヒータを配設するようにしておくと、処理部14において被処理流体を効率よく加熱し、化学反応等の処理を促進させることができる。
【0058】
また、流路の内面に一対の電極(図示せず)を配設しておくとともに、この電極を、基体11内に形成する配線導体(図示せず)を介して基体11の外表面に導出しておくこともできる。この場合、配線導体を介して電極間に電位を付与し、被処理流体に対して電気泳動等の処理を施すことができる。
【0059】
電極や配線導体は、例えば、タングステンやモリブデン、マンガン、銅、銀、金、白金、パラジウム等の金属材料から成り、この金属のペーストを基体11となるセラミックグリーンシートに印刷しておくことにより形成される。電極を流路に露出させる場合、被処理流体が腐食性である場合も考慮して、金、白金等の標準電極電位の高い金属からなるめっき層で被覆しておくことが好ましい。
【0060】
また、流路12を、基体11の内部で、上下に位置する複数の分岐流路(図示せず)で構成されるものとするとともに、基体11内に厚み方向に形成された垂直流路(図示せず)で上下に連通するものとすることもできる。
【0061】
このような分岐流路や垂直流路は、基体11となるセラミックグリーンシートのうち、積層したときに内層となる部位に、流路12を形成するのと同様の加工や、機械的な穴あけ加工等の加工を施しておくことにより形成される。
【0062】
また、流路12を被覆する材料12aは、ガラスであることが好ましい。ガラスは過冷却の液体として存在する非晶質であり、表面が滑らかであるために流路に被覆することによって、より接触角が小さくなる。そのため、被処理流体が流路面に濡れやすく流れやすくなる。したがって、被処理流体中の成分の付着や吸着をより確実に抑えることができる。
【0063】
また、ガラスは、化学的に極めて安定な性質であることから耐薬品性が高い上に流路を緻密に被覆することができる。そのため、被処理流体が強酸性や強アルカリ性であるような場合や、その送液が長時間にわたるような場合等、過酷な送液条件であっても、ガラスから被処理流体の反応や分析に悪影響を与えるような微量な金属元素の溶出が生じることは無く、基体がセラミックスの場合に生じるセラミックスからのMg、Mn、Feなどの微量な金属元素のppmオーダーの溶出を防止できる。これにより、このような金属元素が被処理流体に含有されていたように誤検出されることも効果的に防止することができる。その結果、より一層精度の高い分析を行うことができる。
【0064】
中でも、ガラスは、シリカ純度100質量%の石英ガラスであることがより好ましい。石英ガラスはシリカ純度100質量%であり、被覆した際の流路の露出表面にシリカ以外の他の成分や不純物が存在しないので、これらの他の成分や不純物の存在による親水性のばらつきに起因する接触角のばらつきを防止して、安定した接触角の小さい流路を得られるため、被処理流体中のタンパク質やDNA等の成分の吸着をより確実に抑えることが可能である。さらに、耐薬品性が高いので、例えば強アルカリ性や強酸性等の被処理流体が流通した場合でも、流路の内面を確実に被覆することができる。そのため、セラミックスからのMg、Mn、Feなどの微量な金属元素の溶出を防止できる。したがって、極めて精度の高い分析を行うことができる。
【0065】
また、基体11がアルミナ質焼結体からなる場合には、流路12を被覆する材料12aの融点を基体11のアルミナ質焼結体の融点より低くすることにより、アルミナ質焼結体の焼結後に被覆材料12aを塗布して、アルミナ質焼結体の融点より低い温度で被覆材料12aを焼結し、流路12を被覆することができるので、基体12と熱膨張差の大きい被覆材料12aを被覆する際に、熱膨張差による被覆材料12aの破損のない安定した被覆を行うことができる。また、流路12を被覆する被覆材料12aの融点を基体11のアルミナ質焼結体の融点近くに合わせることにより、同時焼結による流路12への被覆材料12aの被覆が可能となるので、同時焼結によって流路12と被覆する材料12aの相互拡散による接着強度が高い被覆を行うことができる。これにより、生産性が高く安価で、耐薬品性、耐熱性、検出性に優れ、種々の条件で使用することのできるマイクロ化学チップ1を得ることができる。
【0066】
また、流路12の表面の算術平均粗さ(JIS B 0601−1994)は1μm以下であることが好ましい。
【0067】
流路12の表面粗さが1μm以下であることから、被検出物の大きさに対して流路12の表面の粗さ、すなわち被検出物が捕捉されてしまう可能性のある凹凸が、被処理流体(例えば基質)に対して十分に小さくなる。そのため、特に血液(血球)やDNAなどの医療分野で要求の高い分析に関して、被処理流体または被処理流体中の成分が流路表面の凹凸に付着や吸着したりすることが抑制され、さらに被処理流体の通過後の流路12内に液残りが生じることなどを防止することができるので、極めて高い精度で反応や分析を行うことができる。
【0068】
なお、マイクロ化学チップ1では、供給部13から被処理流体を注入する際に、マイクロシリンジ等で被処理流体を注入することによって、被処理流体を供給部13から排出部15まで送液することができる。また注入する際に、外部に設けられるポンプ等で被処理流体に圧力を加えながら注入することによって送液することもできる。また、供給部13から被処理流体を注入した際に、排出部15からマイクロシリンジ等で吸引することによって送液することもできる。
【0069】
また、蓋体16を全て透光性材料で形成することもできる。蓋体16を例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーンゴム系材料にした場合、硬化剤の塗布量によって架橋度を変える方法と熱処理条件とによってシリコーンゴム表面にタック性を持たせることが可能になり、セラミックスから成る基体11との着脱が容易にできるため、使用後の洗浄が容易になり、再度使用することができる。この場合、実用性が向上し、コストの点でも有利である。
【実施例】
【0070】
本発明のマイクロ化学チップの実施例を以下に説明する。本実施例で用いたマイクロ化学チップの評価用サンプルは、まずドクターブレード法によって酸化アルミニウム原料から成る泥漿の粘土が2Pa・sのグリーンシートを作製し、このグリーンシート表面に金型を5MPaの圧力で押圧し、幅が100μm、深さが100μm、長さが5cmの直線状の流路を形成した。その後、流路面に被覆材料を被覆しない評価用サンプルは、温度約1600℃で焼成して基体、流路面ともにセラミックスから成るマイクロ化学チップを作製した。
【0071】
また、流路面にガラスを被覆する評価用サンプルは、石英ガラスの粉末ペーストをスクリーン印刷法によって流路を形成したグリーンシートの直線状の流路に塗布し、石英ガラスの粉末ペーストによって被覆された流路を形成した。その後、温度約1600℃で焼成してグリーンシートと石英ガラスの粉末ペーストを焼結一体化させて、流路面がガラスで被覆されたマイクロ化学チップを作製した。
【0072】
また、流路面に親水性の樹脂を被覆する評価用サンプルは、焼成後のセラミックス流路面にリン原子を含む親水性官能基を有するフッ素ポリマーを流し込み、常温硬化させて流路面が樹脂で被覆されたマイクロ化学チップを作製した。
さらに、焼成後のセラミックスから成るマイクロ化学チップの流路(セラミック流路)表面の算術平均粗さは1.0μmを超える凹凸があるため、基体の表面を物理的に処理して凹凸を低減し、被覆された流路面の算術平均粗さが1.0μmとなるようにした。また、流路面がガラスで被覆されたマイクロ化学チップと流路面が樹脂で被覆されたマイクロ化学チップは被覆によって流路面の凹凸が低減されるが、流路面の粗さをそろえるために、基体の表面を物理的に粗面化して被覆された流路面の算術平均粗さがそれぞれ1.0μmとなるようにした。
【0073】
なお、算術平均粗さはJIS B 0601−1994の規格によるものであり、カットオフ値を2.5mm、評価長さを12.5mmとした。
【0074】
また、蓋体と成る透光性材料として、直径2mmの供給部と排出部、およびそれらの間に長さ5mm,幅5mmの検出部となる予め定められる位置に、流路に連通する貫通孔を加工した厚さ0.25mmのシリコーン樹脂に積層材として厚さ0.25mmのガラスを積層した蓋体をセラミックス流路とガラス、樹脂が被覆された流路のそれぞれの基体に貼り付けた。
【0075】
シリコーン樹脂はポリジメチルシロキサンから成り、硬化剤の塗布量によって架橋度を変える方法と熱処理条件とによって硬度を6とし、タック性を5の値としたシリコーン樹脂を用いた。
【0076】
なお、シリコーン樹脂の硬度は硬度試験装置(エラストロン社製、製品名「ゴム硬度計型式ESC」)による硬度試験(日本ゴム協会標準規格SRIS 0101 スプリング式アスカーC型)で加圧面が密着した直後を測定し、タック性はタック性試験装置(バンセイ社製、製品名「粘着タック試験器LST−57」)によるボールタック試験(JIS Z 0237)の30度傾斜面における球転法で測定した。
【0077】
以上のようにして作製した各評価用サンプルについて、SIGMA−ALDRICH社製のタンパク質(A9771)溶液10mg/mLをpH8.0のTE緩衝液(分子生物学研究用特製試薬)を用いて作製し、接触角を測定した結果、セラミックス流路は接触角が53.0°、ガラスが被覆された流路は接触角が32.3°、樹脂が被覆された流路は接触角が12.1°となった。なお、接触角は協和界面科学社製の接触角計CA−X型を用いて、液適法にて測定を行った。
【0078】
さらに、タンパク質の溶液をマイクロシリンジで0.1cm/分の流量で供給口から注入し、流路内を3分間循環させた。その後、TE緩衝液を循環させて1分間洗浄を行い、検出部の開口部を100倍の蛍光顕微鏡を用いて、流路底面の長さが100μm、幅が100μm当たりの面積を観察した結果を表1に示す。
【0079】
表1において、残渣の欄の「○」は、流路面のタンパク質の付着、吸着による残渣が観察面積の10%未満であるものを示す。また、「×」は、流路面のタンパク質の付着、吸着による残渣が観察面積の10%以上であるものを示す。
【表1】

【0080】
表1より、セラミックス流路はタンパク質の付着、吸着による残渣が多量に発生するが、接触角の小さいガラス、樹脂が被覆された流路はほとんどタンパク質の付着、吸着による残渣が発生しないことが確認された。
【0081】
次に、セラミックス流路とガラス、樹脂が被覆されたそれぞれ二つの流路に1mol/Lの塩酸と1mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を24時間送液し、溶解成分の分析を行った結果を表2に示す。
【0082】
なお、溶解成分の分析は島津製作所製のICPS−8100を用いてICP発光分光分析装置によるMg、Mn、Feの定量分析を行った。
【0083】
表2において、溶出の欄の「○」は、Mg、Mn、Feの溶出が発生しなかったものを示す。また、「×」は、Mg、Mn、Feの溶出が10ppm以上発生したものを示す。また、「△」は、Mg、Mn、Feの溶出が10ppm未満であったものを示す。
【表2】

【0084】
表2より、ガラスが被覆された流路は、Mg、Mn、Feの溶出が発生しないことが確認された。
【0085】
次に、セラミックス流路とガラス、樹脂が被覆されたそれぞれの流路の流路表面を物理的に粗面化して算術平均粗さが0.5、0.8、1.0、1.1、1.3、2.0μmとなる6種類の基体をそれぞれ作製した。
【0086】
蓋体と成る透光性材料として、直径2mmの供給部と排出部、およびそれらの間に長さ5mm,幅5mmの検出部となる予め定められる位置に、流路に連通する貫通孔を加工した厚さ0.25mmのシリコーン樹脂に積層材として厚さ0.25mmのガラスを積層した蓋体をセラミックス流路とガラス、樹脂が被覆された流路のそれぞれの基体に貼り付けた。
【0087】
以上のようにして作製した表3に示す各評価用サンプルについて、TAKARA BIO社のλ−DNA(Code No.3010)0.3μg/μLとMolecular Probes社のSYBER Gold溶液1μL/5000μLを、それぞれTE緩衝液を用いて作製し、等量ずつ混合した溶液をマイクロシリンジで0.1cm/分の流量で供給口から注入し、流路内を3分間循環させた。その後、TE緩衝液を循環させて1分間洗浄を行い、検出部の開口部を100倍の蛍光顕微鏡を用いて、流路底面の長さが100μm、幅が100μm当たりの面積を観察した結果を表3に示す。
【0088】
表3において、残渣の欄の「○」は、流路面のDNAの付着、吸着による残渣が観察面積の10%未満であるものを示す。また、「×」は、流路面のDNAの付着、吸着による残渣が観察面積の50%以上であるものを示す。また、「△」は、流路面のDNAの付着、吸着による残渣が観察面積の10%以上から50%未満であるものを示す。さらに、「−」は、セラミックス流路において、流路面の凹凸を低減できなかったため、測定ができなかったことを示す。
【表3】

【0089】
表3より、ガラス、樹脂が被覆された流路面の算術平均粗さが1μm以下の評価用サンプルは、DNAの付着、吸着による残渣が発生しないことが確認された。
【0090】
なお、本発明は、上記実施の形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更を施してもよい。
【0091】
例えば、流路が基体の表面に複数形成されていてもよく、複数の流路が途中で合流していてもよい。この場合、複数の被処理流体に対する処理を同時に進めることや、合成反応等の処理を行なわせることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】(a)は本発明のマイクロ化学チップの実施の形態の1例を示す平面図、(b)は(a)のマイクロ化学チップのI−I線における断面図である。
【符号の説明】
【0093】
1:マイクロ化学チップ
11:基体
12:流路
12a:被覆材料
13:供給部
14:処理部
15:排出部
16:蓋体
17:検出部
18:開口部
20:蓋部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理流体を流通させる流路が形成された基体を有し、前記流路を流通する被処理流体に予め定める処理を施すマイクロ化学チップであって、前記流路の内面は、前記被処理流体に対する接触角が、前記基体の前記被処理流体に対する接触角よりも小さい材料で被覆されていることを特徴とするマイクロ化学チップ。
【請求項2】
被処理流体を流通させる流路が形成された基体を有し、前記流路を流通する被処理流体に予め定める処理を施すマイクロ化学チップであって、前記流路の内面は、水に対する接触角が、前記基体の前記水に対する接触角よりも小さい材料で被覆されていることを特徴とするマイクロ化学チップ。
【請求項3】
前記基体は、前記流路に被処理流体を流入させる供給部と、前記流路の途中に設けられ、前記処理を施す処理部と、前記流路の前記処理部よりも下流側に設けられた検出部と、処理後の前記被処理流体を外部に導出する排出部とを有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のマイクロ化学チップ。
【請求項4】
前記流路を被覆する材料が、ガラスであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のマイクロ化学チップ。
【請求項5】
前記流路を被覆する材料の露出表面の算術平均粗さRaが1μm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のマイクロ化学チップ。

【図1】
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【公開番号】特開2007−111672(P2007−111672A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−308318(P2005−308318)
【出願日】平成17年10月24日(2005.10.24)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】