説明

モータの駆動装置

【課題】モータ回転数の高速域において所望のトルクを得るとともに、過電流によるインバータの劣化を抑制することを目的とする。
【解決手段】MPU8は、圧縮機モータ5の出力トルク及び圧縮機モータ5に供給される直流電圧の少なくとも1つを用いて切替回転数を設定し、この切替回転数を既定の最小切替回転数と比較し、切替回転数が最小切替回転数以上であった場合に、切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切替を行い、切替回転数が最小切替回転数未満であった場合に、最小切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切替を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、空気調和機に使用される圧縮機モータ等を駆動制御するモータの駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、空気調和機に使用される圧縮機は、1回転の間に吸入、圧縮、吐出の各行程を行う。このとき、冷媒ガス圧の変化のため、定常的な負荷トルク変動が発生する。一方、圧縮機に接続された駆動モータは、1回転中に一定のモータ出力トルクを発生するように運転されている。このため、モータ出力トルクと負荷トルクとの不平衡に起因した回転数変動が生じ、それによって振動が発生する。そこで、このようなモータ出力トルクと負荷トルクとの不平衡に起因した回転数変動を抑制するために、種々の制御方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、モータの回転位置に応じてモータ出力トルクを変動させるための基準となる正規化トルクパターンを予め記憶しておき、モータの平均出力トルクと該正規化トルクパターンとの積により、モータの回転位置に応じてモータ出力トルクを変動させるための補償トルクパターンを生成し、モータに供給する電流値を補正するモータの制御方法が開示されている。
また、例えば、特許文献2には、センサレスベクトル制御とV/f制御とを組み合わせたモータ駆動制御方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−245506号公報
【特許文献2】特開2005−210813号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されている発明では、インバータの出力電圧の制限によって運転速度に上限があり、高速域において所望するトルクを得ることが困難な場合があった。
また、特許文献2に開示されている発明では、センサレスベクトル制御とV/f制御とを切り替える切替回転数によっては、圧縮機モータのピーク電流がインバータを構成する素子の電流上限値を超えてしまい、インバータを損傷させてしまう可能性があった。
【0006】
本発明は、上記問題を解決するためになされたもので、モータ回転数の高速域において所望のトルクを得ることができるとともに、過電流によるインバータの劣化を抑制することのできるモータの駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明は、直流電力を交流電力に変換し、該交流電力をモータに供給するインバータと、モータ回転数に基づいてセンサレスベクトル制御とV/f制御とを切り替えて前記インバータを制御するインバータ制御手段とを具備し、前記センサレスベクトル制御は、前記V/f制御よりもモータ回転数が低い領域で使用され、前記インバータ制御手段は、V/f制御におけるモータのピーク電流−モータ回転数特性において、電流値が前記インバータを構成する素子の電流特性から決定される電流閾値以下となる回転数範囲に設定された最小切替回転数を有し、前記モータの出力トルク及び前記インバータに供給される直流電圧の少なくとも一つを用いて切替回転数を設定し、該切替回転数が前記最小切替回転数以上であるか否かを判定し、該切替回転数が前記最小切替回転数以上である場合には該切替回転数を用いて、センサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行い、該切替回転数が前記最小切替回転数未満である場合には、前記最小切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行うモータの駆動装置を提供する。
【0008】
V/f制御においては、モータ回転数が低いほどモータのピーク電流が大きくなるため、モータの低速域でV/f制御を採用することは好ましくない。また、センサレスベクトル制御においては、モータの高速域で出力トルクが落ち込むという傾向を有しているため、モータの高速域でセンサレスベクトル制御を採用することは好ましくない。
本発明は、モータのピーク電流の観点から最小切替回転数を設定し、この切替回転数以下の領域ではV/f制御の採用を避けることにより、インバータを構成する素子が損傷を受けない範囲に、モータ電流を抑制する。
また、最小切替回転数以上の回転数領域においては、切替回転数をモータ出力トルク及びインバータに供給される直流電圧の少なくとも一方に基づいて決定するので、モータの運転状況に応じて制御の切替タイミングを変化させることができる。
【0009】
上記モータの駆動装置において、前記切替回転数として、例えば、既定の定数をモータの出力トルクで除算した値を用いてもよい。また、前記切替回転数として、例えば、既定の定数にインバータに供給される直流電圧を乗算した値を用いてもよい。若しくは、前記切替回転数として、既定の第1定数をモータの出力トルクで除算した値及びインバータに供給される直流電圧を既定の第2定数に乗算した値を用いてもよい。
更に、上記モータの駆動装置において、前記切替回転数には、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替えられるときと、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替えられるときとで、ヒステリシスが設けられていてもよい。
【0010】
本発明は、直流電力を交流電力に変換し、該交流電力をモータに供給するインバータと、モータ回転数に基づいてセンサレスベクトル制御とV/f制御とを切り替えて前記インバータを制御するインバータ制御手段とを具備し、前記センサレスベクトル制御は、前記V/f制御よりもモータ回転数が低い領域で使用され、前記インバータ制御手段は、V/f制御における前記モータの電流−回転数特性において、電流値が前記インバータを構成する素子の電流特性から決定される電流閾値以下となる回転数範囲に設定され、かつ、センサレスベクトル制御におけるモータ出力トルク−回転数特性において、モータ出力トルクが前記最大負荷トルク以上となる回転数範囲に設定された切替回転数を有し、該切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行うモータの駆動装置を提供する。
【0011】
本発明によれば、インバータを構成する素子を損傷させる電流値以下の回転数であって、かつ、最大負荷トルクを満足できる回転数範囲に、切替回転数が設定されるので、インバータを構成する素子を過電流により損傷させることなく、できるだけ多くのトルクをセンサレスベクトル制御によって供給することが可能となる。
【0012】
本発明は、上記いずれかのモータの駆動装置を備える空気調和機を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、モータ回転数の高速域において所望のトルクを得ることができるとともに、過電流によるインバータの劣化を抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るモータの駆動装置の概略構成を示した図である。
【図2】MPUによって実現されるセンサレスベクトル制御の機能を展開して示した機能ブロック図である。
【図3】MPUによって実現されるV/f制御の機能を展開して示した機能ブロック図である。
【図4】センサレスベクトル制御及びV/f制御の回転速度-モータ出力トルク特性を示した図である。
【図5】切替回転数ω1、ω2をモータ出力トルクに基づいて設定した場合のモータ出力トルク、モータ回転数、及び制御切替についての一例を示した図である。
【図6】切替回転数ω1、ω2をインバータに供給される直流電圧に基づいて設定した場合のモータ出力トルク、モータ回転数、及び制御切替についての一例を示した図である。
【図7】切替回転数ω1、ω2をモータ出力トルク及びインバータに供給される直流電圧に基づいて設定した場合の直流電圧/モータ出力トルク、モータ回転数、及び制御切替についての一例を示した図である。
【図8】V/f制御及びセンサレスベクトル制御におけるモータのピーク電流−モータ回転数特性の一例を示した図である。
【図9】V/f制御及びセンサレスベクトル制御におけるモータ出力トルク−回転数特性の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明に係るモータの駆動装置を空気調和機に使用される圧縮機モータに適用した場合の実施形態について、図面を参照して説明する。なお、本発明に係るモータの駆動装置は、下記に示す圧縮機モータのみに適用されるものではなく、モータ全般に広く適用することができる。
【0016】
〔第1の実施形態〕
図1は、本発明の第1の実施形態に係るモータの駆動装置の概略構成を示した図である。図1に示されるように、モータの駆動装置は、AC電源1と、AC−DCコンバータ2と、インバータ3と、インバータ3を制御するMPU(Micro Processing Unit)8とを備えている。また、図1において、符号5は、モータの駆動装置により駆動される圧縮機モータである。
【0017】
AC電源1は、交流電圧VACをAC−DCコンバータ2に供給する。AC−DCコンバータ2は、交流電圧VACを直流電圧VDCに変換し、直流電圧VDCをインバータ3に供給する。インバータ3は、u相電源線4u、v相電源線4v、及びw相電源線4wを介して圧縮機モータ5に接続されている。インバータ3は、直流電圧VDCから3相の駆動電圧を生成し、生成した3相の駆動電圧を、u相電源線4u、v相電源線4v、及びw相電源線4wを介して圧縮機モータ5のu相電機子巻線、v相電機子巻線、及びw相電機子巻線に供給する。圧縮機モータ5の電機子巻線は、供給された3相の駆動電圧から回転磁界を生成する。
【0018】
u相電源線4u、v相電源線4v、及びw相電源線4wを流れるu相電流i、v相電流i、w相電流iは、電流検出器6u,6v,6wによってそれぞれ計測され、その計測値がMPU8(インバータ制御手段)に与えられる。なお、上述のように、それぞれの相の電流を各電流検出器6u,6v,6wによって計測するのではなく、2相の電流を測定し、残りの1相については以下の(1)式を用いて演算により求めることとしてもよい。
+i+i=0 (1)
【0019】
圧縮機モータ5のロータからの磁気的相互作用によって電機子のu相電機子巻線、v相電機子巻線、及びw相電機子巻線にそれぞれ誘起されるu相誘起電圧vui,v相誘起電圧vvi、及びw相誘起電圧vwiは、後述する電圧検出回路7によって計測され、その計測値がMPU8に与えられる。
【0020】
MPU8は、電流検出器6u,6v,6wによってそれぞれ計測された電機子電流i、i、及びiと、電圧検出回路7によって計測されたu相誘起電圧vui、v相誘起電圧vvi、及びw相誘起電圧vwiとに応答して、インバータ3を制御するPWM信号SPWMを生成する。
【0021】
PWM信号SPWMは、ロータの速度がMPU8に与えられる速度指令に制御されるように生成される。インバータ3を構成するスイッチングトランジスタ(図示されない)は、PWM信号SPWMに応答してオンオフされ、これにより、3相の駆動電圧が圧縮機モータ5の電機子巻線に供給される。このようなMPU8の全ての動作は、制御用コンピュータプログラムに従って実行される。
【0022】
AC−DCコンバータ2からインバータ3に直流電圧VDCを供給する電源線には、直流電圧VDCを測定する電圧検出回路9が接続されている。電圧検出回路9は、測定された直流電圧VDCを通知する電圧通知信号をMPU8に供給する。
【0023】
MPU8は、圧縮機モータ5の速度指令に応じて、オープンループ制御、等幅PWM制御、センサレスベクトル制御、V/f制御のうちから一の制御方法を選択し、その制御方法に従ってインバータ3を制御する。具体的には、圧縮機モータ5の起動の初期にはオープンループ制御が使用され、低速領域では等幅PWM制御が使用され、中速領域ではセンサレスベクトル制御が使用され、高速領域ではV/f制御が使用される。本実施形態では、制御方法を切り替えることによって広い速度領域の実現と、高いトルク出力との両立が図られている。
【0024】
本実施形態では、本発明の特徴であるセンサレスベクトル制御及びV/f制御について主に説明し、公知の制御方法であるオープンループ制御及び等幅PWM制御については説明を省略する。なお、これらの制御については、例えば、特開2005−210813号公報(特許文献2)に開示されている方法を採用することが可能である。
【0025】
また、本発明は、上記センサレスベクトル制御からV/f制御へ切り替えるタイミング及びセンサレスベクトル制御からV/f制御へ切り替えるタイミングを主な特徴の一つとしている。制御の切替タイミングについての詳細は後述するものとし、ここでは、センサレスベクトル制御、V/F制御がそれぞれどのように行われるのかを詳しく説明する。
【0026】
〔センサレスベクトル制御〕
センサレスベクトル制御とは、圧縮機モータ5の電機子電流からロータの位置と回転数とを推定し、推定されたロータの位置と回転数とに応答して、圧縮機モータ5に供給される電機子電流のq軸電流とd軸電流とを制御するものである。
【0027】
図2は、MPU8によって実現されるセンサレスベクトル制御の機能を展開して示した機能ブロック図である。MPU8によるセンサレスベクトル制御は、A/D変換部11、3相/2相変換部12、速度・位置推定部13、速度制御部14、電流制御部15、2相/3相変換部16、PWM計算部17、及びA/D変換部18を備えている。MPU8の内部では、図2に示されている各部による演算が、システムクロックのクロックサイクル毎に行われる。
【0028】
A/D変換部11では、電流検出器6u,6v,6wが出力する出力信号がA/D変換され、u相電流iu、v相電流iv、及びw相電流iw(又はこれらのうちの2つ)がMPU8に取り込まれる。
【0029】
3相/2相変換部12では、MPU8は、A/D変換部11によって取得されたu相電流iu、v相電流iv、及びw相電流iw(又はこれらのうちの2つ)に対して、一つ前のクロックサイクルで算出されたロータの推定位置θを用いて3相/2相変換が行われ、q軸電流及びd軸電流が算出される。
【0030】
速度・位置推定部13では、3相/2相変換部12で算出されたq軸電流iq及びd軸電流idと、一つ前のクロックサイクルにおいて電流制御部15で算出されたq軸電圧vq及びd軸電圧vdとから、現在のロータの推定位置θ及びロータの推定速度ω、並びに、次のクロックサイクルにおけるロータの推定位置θ23が算出される。推定位置θ、θ23、及び推定速度ωは、圧縮機モータ5のモータモデルを用いて算出される。推定位置θ、θ23、及び推定速度ωの算出の手順については、例えば、特開2005−210813号公報(特許文献2)に開示されている方法を採用することができる。
【0031】
速度制御部14では、速度指令ωとロータの推定速度ωとの偏差が算出され、該偏差が0に近づくように、q軸電流指令値iqとd軸電流指令値idとが生成される。一般的には、d軸電流指令値idは0である。しかし、速度指令ωが高いために弱め界磁制御を行う必要がある場合には、d軸電流指令値idは負に設定される。
【0032】
電流制御部15では、q軸電流指令値iqとq軸電流との偏差、及びd軸電流指令値idとd軸電流idとの偏差が算出され、これらの偏差が0に近づくようにq軸電圧vq及びd軸電圧vdが決定される。q軸電圧vq及びd軸電圧vdの決定には、ロータの推定速度ωが使用される。
【0033】
2相/3相変換部16では、決定されたq軸電圧vq及びd軸電圧vdに対して2相/3相変換が行われ、圧縮機モータ5に供給されるべき3相駆動電圧のu相電圧vu、v相電圧vv、及びw相電圧vwが算出される。この2相/3相変換部16では、次のクロックサイクルにおけるロータの推定位置θ23が使用される。
【0034】
PWM計算部17では、算出されたu相電圧vu、v相電圧vv、及びw相電圧vwを有する3相駆動電圧が圧縮機モータ5に供給されるようにインバータ3を制御するPWM信号SPWMが生成される。PWM信号SPWMの生成には、AC−DCコンバータ2からインバータ3に供給される直流電圧VDCの大きさが参照される。電圧検出回路9が出力する電圧通知信号に対してA/D変換部18においてAD変換が行われて直流電圧VDCが取得され、その直流電圧VDCを参照してPWM信号SPWMが生成される。インバータ3のスイッチングトランジスタは、生成されたPWM信号SPWMに応答してターンオン又はターンオフされる。
【0035】
〔V/f制御〕
V/f制御とは、圧縮機モータ5の電機子電流から、圧縮機モータ5に供給される3相交流電圧の角周波数指令ωを生成し、更に、圧縮機モータ5に供給される3相交流電圧のγ軸電圧vγを、下記(2)式が成立するように生成する制御である。
【0036】
γ=Λδ×ω−Vofsγ (2)
【0037】
(2)式において、Λδは、圧縮機モータ5の逆起電圧係数であり、Vofsγは、オフセット電圧である。オフセット電圧Vofsγを無視すれば角周波数指令f(=ω/2π)とγ軸電圧vγとについて、vγ/fが一定値Λδとなる。当業者に知られているように、γ−δ座標系とは、電機子によって生成される回転磁束の方向にγ軸が、回転方向にγ軸に90°で直交する方向にδ軸が定められた座標系である。
【0038】
図3は、MPU8によって実現されるV/f制御の機能を展開して示した機能ブロック図である。MPU8によるV/f制御は、A/D変換部31、3相/2相変換部32、速度・位置指令生成部33、電圧指令生成部34、2相/3相変換部35、PWM計算部36及びA/D変換部37を備えている。MPU8の内部では、図3に示されている各部による演算が、システムクロックのクロックサイクル毎に行われる。
【0039】
A/D変換31では、電流計測器6u、6v、6wが出力する出力信号がA/D変換され、u相電流i、v相電流i、及びw相電流i(又はこれらのうちの2つ)がMPU8に取り込まれる。
【0040】
3相2相変換32では、MPU8は、A/D変換31によって取得されたu相電流i、v相電流i、及びw相電流i(又はこれらのうちの2つ)に対して、一つ前のクロックサイクルで算出されたロータの位置指令θを用いて3相2相変換が行われ、γ軸電流及びδ軸電流が算出される。位置指令θは、γ−δ座標系で記述される。
【0041】
速度・位置指令生成部33では、速度指令ωとγ軸電流とから、圧縮機モータ5に供給される3相交流電圧の角周波数指令ωとロータの位置指令θが算出される。
【0042】
角周波数指令ωは、たとえば、以下の(3)式を用いて算出される。
【0043】
ω=ω−kω×iγ (3)
【0044】
(3)式において、kωは、正の定数である。(3)式によれば、γ軸電流iγが増加すると、即ち、モータ出力トルクが増加すると角周波数指令ωは減少し、γ軸電流iγが減少すると、即ち、モータ出力トルクが減少すると角周波数指令ωは増加する。(3)式を使用することにより、モータ出力トルクが増加した場合には、角周波数指令ωを減少させることによって失速が防止され、モータ出力トルクが減少した時には、角周波数指令ωを増加させることによってロータが加速しないように制御される。
また、位置指令θは、速度指令ωを積分することによって算出される。例えば、以下の(4)式を用いて算出される。
【0045】
θ=∫ωdt (4)
【0046】
電圧指令生成部34では、以下の(5)式及び(6)式を用いてγ軸電圧vγ、及びδ軸電圧vδが算出される。
【0047】
γ=Λδ×ω−Vofsγ (5)
δ=−Kδ×iδ (6)
【0048】
(5)、(6)式において、Λδは圧縮機モータ5の逆起電圧係数であり、Vofsγはオフセット電圧であり、Kは正の定数である。(5)、(6)式は、V/f制御の基本式である。
【0049】
2相/3相変換35では、決定されたγ軸電圧vγ及びδ軸電圧vδに対して2相3相変換が行われ、圧縮機モータ5に供給されるべき3相駆動電圧のu相電圧v、v相電圧v、及びw相電圧vが算出される。この2相3相変換では、ロータの位置指令θが使用される。
【0050】
PWM計算36では、算出されたu相電圧v、v相電圧v、及びw相電圧vを有する3相駆動電圧が圧縮機モータ5に供給されるようにインバータ3を制御するPWM信号SPWMが生成される。PWM信号SPWMの生成には、AC−DCコンバータ2からインバータ3に供給される直流電圧VDCの大きさが参照される。電圧検出回路9が出力する電圧通知信号に対してA/D変換37が行われて直流電圧VDCが取得され、その直流電圧VDCを参照してPWM信号SPWMが生成される。インバータ3のスイッチングトランジスタは、生成されたPWM信号SPWMに応答してターンオン又はターンオフされる。
【0051】
次に、図4に、センサレスベクトル制御及びV/f制御の回転速度-モータ出力トルク特性を示す。
図4に示すように、センサレスベクトル制御の利点は、同一モータ出力電流に対しては(即ち、スイッチング素子の容量がある値に定められた、あるインバータに対しては)、その出力トルクが大きいことである。q軸電流iとd軸電流iとを独立して制御可能なセンサレスベクトル制御は、他の制御方法と比べて、より大きなモータ出力トルクを得ることが可能である。加えて、センサレスベクトル制御は、d軸電流iの制御によって弱め界磁制御を行うことができる。弱め界磁制御は、圧縮機モータ5の高速運転を可能にする。
しかしながら,圧縮機モータ5に供給される電圧の制限のために、弱め界磁制御をもってしても圧縮機モータ5の回転速度に、ある上限が課せられることは避けがたい。
【0052】
これに対し、V/f制御の利点は、圧縮機モータ5を高速に運転できることである。γ軸電流に応答して、即ちモータ出力トルクに応答して角周波数指令ωが決定され、その角周波数指令ωから(5)式によってγ軸電圧が決定されることにより、高速領域でのロータの回転速度が安定化される。加えて、モータモデルを用いたロータの推定位置θ及び推定速度ωを行わないV/f制御は、演算量が少なく、高速運転時の制御に適している。
【0053】
次に、本発明の主となる特徴の一つである制御の切替について説明する。
上述したMPU8は、圧縮機モータ5の出力トルク(モータ出力トルク)に基づいて切替回転数を設定し、この切替回転数が予め設定されている最小切替回転数以上であるか否かを判定し、該切替回転数が最小切替回転数以上である場合には、モータ回転数が該切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が該切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。また、上記切替回転数が最小切替回転数未満であった場合には、MPU8は、モータ回転数が最小切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が最小切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。
ここで、最小切替回転数は、V/f制御におけるモータのピーク電流−モータ回転数特性において、電流値が前記インバータを構成する素子の電流特性から決定される電流閾値以下となる回転数範囲に設定されている(図8参照)。
【0054】
本実施形態において、上記切替回転数は、定数Kτをモータ出力トルクτによって除算した値に設定される。このとき、切替回転数にヒステリシスを持たせることが好ましい。これにより、制御の切替のチャタリングを防止する。
【0055】
具体的には、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替える切替回転数ω1、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替える切替回転数ω2を以下のように設定する。
【0056】
ω1=Kτ/τ (7)
【0057】
ω2=ω1−α (8)
【0058】
上記(7)式において、Kτは所定の定数、τはモータ出力トルクである。また、(8)式において、αは所定の定数であり、任意の数に設定可能である。
【0059】
上述のように、切替回転数ω1、ω2を設定した場合のモータ出力トルク、モータ回転数、及び制御切替についての一例を図5に示す。なお、図5では、切替回転数ω1,ω2が最小切替回転数以上である場合を示している。
まず、切替回転数ω1、ω2は、その時々のモータ出力トルクに応じて、その都度設定される。これにより、図5に示すように、切替回転数ω1、ω2は、モータ出力トルクが一定のときは一定であり、モータ出力トルクが減少すればその減少率に合わせて増加し、モータ出力トルクが増加すればその増加率に合わせて減少する。これにより、センサレスベクトル制御で制御されている場合に、モータ回転数が切替回転数ω1以上となれば、センサレスベクトル制御からV/f制御に切替えられ、V/f制御で制御されている場合にモータ回転数が切替回転数ω2未満となればV/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替えられる。
【0060】
以上説明したように、本実施形態に係るモータの駆動装置によれば、切替回転数をモータ出力トルクに応じて設定するので、モータの運転状況に応じて適切な切り替え回転数を設定することが可能となる。これにより、所望のトルクを得ることが可能となる。更に、切替回転数を最小切替回転数以上に設定するので、モータのピーク電流をインバータを構成する素子の耐電流(上限電流値)以下に抑えることができ、過電流によるインバータの損傷を回避することができる。
【0061】
〔変形例1〕
上記実施形態では、切替回転数をモータ出力トルクに応じて設定していたが、本変形例では、切替回転数をインバータに供給される直流電圧に基づいて決定する。そして、この切替回転数が予め設定されている最小切替回転数以上であるか否かを判定し、該切替回転数が最小切替回転数以上である場合には、モータ回転数が該切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が該切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。また、上記切替回転数が最小切替回転数未満であった場合には、MPU8は、モータ回転数が最小切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が最小切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。
本変形例において、切替回転数は、例えば、定数Kvを直流電圧Vに乗算した値に設定される。このとき、切替回転数にヒステリシスを持たせることが好ましい。これにより、制御の切替のチャタリングを防止する。
【0062】
具体的には、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替える切替回転数ω1、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替える切替回転数ω2を以下のように設定する。
【0063】
ω1=Kv×V (9)
【0064】
ω2=ω1−α (10)
【0065】
上記(9)式において、Kvは所定の定数、Vは直流電圧である。また、(10)式において、αは所定の定数であり、任意の数に設定可能である。
【0066】
上述のように、切替回転数ω1、ω2を設定した場合の直流電圧、モータ回転数、及び制御切替についての一例を図6に示す。なお、図6では、切替回転数ω1,ω2が最小切替回転数以上である場合について示している。
まず、切替回転数ω1、ω2は、その時々の直流電圧に応じて、その都度設定される。これにより、図6に示すように、切替回転数ω1、ω2は、直流電圧が一定のときは一定であり、直流電圧が減少すればそれに伴い減少し、直流電圧が増加すればそれに伴い増加する。これにより、センサレスベクトル制御で制御されている場合に、モータ回転数が切替回転数ω1以上となれば、センサレスベクトル制御からV/f制御に切替えられ、V/f制御で制御されている場合にモータ回転数が切替回転数ω2未満となればV/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替えられる。
【0067】
以上説明したように、本実施形態に係るモータの駆動装置によれば、切替回転数をインバータに供給される直流電圧に応じて設定するので、モータの運転状況に応じて適切な切り替え回転数を設定することが可能となる。これにより、所望のトルクを得ることが可能となる。更に、切替回転数を最小切替回転数以上に設定するので、モータのピーク電流をインバータを構成する素子の耐電流以下に抑えることができ、過電流によるインバータの損傷を回避することができる。
【0068】
〔変形例2〕
上記実施形態では、切替回転数をモータ出力トルクに応じて設定していたが、本変形例では、切替回転数をモータ出力トルク及びインバータに供給される直流電圧に基づいて決定する。そして、この切替回転数が予め設定されている最小切替回転数以上であるか否かを判定し、該切替回転数が最小切替回転数以上である場合には、モータ回転数が該切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が該切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。また、上記切替回転数が最小切替回転数未満であった場合には、MPU8は、モータ回転数が最小切替回転数以上の領域においてV/f制御を採用し、モータ回転数が最小切替回転数未満の領域でセンサレスベクトル制御を採用する。
本変形例において、切替回転数は、例えば、定数Kvを直流電圧Vに乗算した値と、定数Kτをモータ出力トルクτによって除算した値とを乗算した値に設定される。このとき、切替回転数にヒステリシスを持たせることが好ましい。これにより、制御の切替えのチャタリングを防止する。
【0069】
具体的には、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替える切替回転数ω1、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替える切替回転数ω2を以下のように設定する。
【0070】
ω1=Kv×V×Kτ/τ (11)
【0071】
ω2=ω1−α (12)
【0072】
上記(11)式において、Kvは所定の定数、Vはインバータに供給される直流電圧、Kτは所定の定数、τはモータ出力トルクである。また、(12)式において、αは所定の定数であり、任意の数に設定可能である。
【0073】
上述のように、切替回転数ω1、ω2を設定した場合の直流電圧/モータ出力トルク、モータ回転数、及び制御切替についての一例を図7に示す。なお、図7では、切替回転数ω1,ω2が最小切替回転数以上である場合について示している。
まず、切替回転数ω1、ω2は、その時々の直流電圧に応じて、その都度設定される。これにより、図7に示すように、切替回転数ω1、ω2は、直流電圧をモータ出力トルクで除算した値(V/τ)が一定のときは一定であり、直流電圧をモータ出力トルクで除算した値(V/τ)が減少すればそれに伴い減少し、直流電圧をモータ出力トルクで除算した値(V/τ)が増加すればそれに伴い増加する。これにより、センサレスベクトル制御で制御されている場合に、モータ回転数が切替回転数ω1以上となれば、センサレスベクトル制御からV/f制御に切替えられ、V/f制御で制御されている場合にモータ回転数が切替回転数ω2未満となればV/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替えられる。
【0074】
以上、説明したように、本実施形態に係るモータの駆動装置によれば、切替回転数をモータ出力トルク及びインバータに供給される直流電圧に応じて設定するので、モータの運転状況に応じて適切な切り替え回転数を設定することが可能となる。これにより、所望のトルクを得ることが可能となる。更に、切替回転数を最小切替回転数以上に設定するので、モータのピーク電流をインバータを構成する素子の耐電流以下に抑えることができ、過電流によるインバータの損傷を回避することができる。
【0075】
〔第2の実施形態〕
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
本実施形態に係るモータの駆動装置では、切替回転数の設定手法が上記第1の実施形態に係る切替回転数の設定手法と異なる。
本実施形態においては、図8に示すようなV/f制御におけるモータのピーク電流−モータ回転数特性において、電流値が所定の電流閾値以下となる回転数範囲に切替回転数が設定され、かつ、図9に示すようなセンサレスベクトル制御におけるモータ出力トルク−回転数特性において、モータ出力トルクが最大負荷トルク以上となる回転数範囲に切替回転数が設定されている。好ましくは、上記両方の条件を満足する最も大きい回転数に、切替回転数を設定するとよい。ここで、上記所定の電流閾値は、インバータを構成する素子の電流特性から決定される。また、最大負荷トルクとは、圧縮機を使用する環境下において、圧縮機モータに必要とされる最大のモータ出力トルクのことである。
【0076】
また、切替回転数にヒステリシスを持たせることが好ましい。例えば、上述した第1の実施形態のように、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替える切替回転数をω1とした場合には、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替える切替回転数ω2を、上記(12)式を用いて決定するとよい。
【0077】
本実施形態においては、上述した切替回転数ω1、ω2に基づいて制御の切替が行われる。このように、本実施形態に係るモータ駆動装置によれば、インバータを構成する素子を損傷させる電流値以下の回転数であって、かつ、最大負荷トルクを満足できる回転数範囲に、切替回転数が設定されるので、インバータ3を構成する素子を過電流により損傷させることなく、できるだけ多くのトルクをセンサレスベクトル制御によって供給することが可能となる。
【符号の説明】
【0078】
1 AC電源
2 AC−DCコンバータ
3 インバータ
4u u相電源線
4v v相電源線
4w w相電源線
5 圧縮機モータ
6u,6v,6w 電流検出器
7 電圧検出回路
8 MPU
9 電圧検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を交流電力に変換し、該交流電力をモータに供給するインバータと、
モータ回転数に基づいてセンサレスベクトル制御とV/f制御とを切り替えて前記インバータを制御するインバータ制御手段と
を具備し、
前記センサレスベクトル制御は、前記V/f制御よりもモータ回転数が低い領域で使用され、
前記インバータ制御手段は、
V/f制御におけるモータのピーク電流−モータ回転数特性において、電流値が前記インバータを構成する素子の電流特性から決定される電流閾値以下となる回転数範囲に設定された最小切替回転数を有し、
前記モータの出力トルク及び前記インバータに供給される直流電圧の少なくとも一つを用いて切替回転数を設定し、
該切替回転数が前記最小切替回転数以上であるか否かを判定し、
該切替回転数が前記最小切替回転数以上である場合には該切替回転数を用いて、センサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行い、該切替回転数が前記最小切替回転数未満である場合には、前記最小切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行うモータの駆動装置。
【請求項2】
前記切替回転数は、既定の定数をモータの出力トルクで除算した値を用いて決定されている請求項1に記載のモータの駆動装置。
【請求項3】
前記切替回転数は、既定の定数にインバータに供給される直流電圧を乗算した値を用いて決定されている請求項1に記載のモータの駆動装置。
【請求項4】
前記切替回転数は、既定の第1定数をモータの出力トルクで除算した値及びインバータに供給される直流電圧を既定の第2定数に乗算した値を用いて決定されている請求項1に記載のモータの駆動装置。
【請求項5】
前記切替回転数には、センサレスベクトル制御からV/f制御に切り替えられるときと、V/f制御からセンサレスベクトル制御に切り替えられるときとで、ヒステリシスが設けられている請求項1から請求項4のいずれかに記載のモータの駆動装置。
【請求項6】
直流電力を交流電力に変換し、該交流電力をモータに供給するインバータと、
モータ回転数に基づいてセンサレスベクトル制御とV/f制御とを切り替えて前記インバータを制御するインバータ制御手段と
を具備し、
前記センサレスベクトル制御は、前記V/f制御よりもモータ回転数が低い領域で使用され、
前記インバータ制御手段は、V/f制御における前記モータの電流−回転数特性において、電流値が前記インバータを構成する素子の電流特性から決定される電流閾値以下となる回転数範囲に設定され、かつ、センサレスベクトル制御におけるモータ出力トルク−回転数特性において、モータ出力トルクが前記最大負荷トルク以上となる回転数範囲に設定された切替回転数を有し、該切替回転数を用いてセンサレスベクトル制御とV/f制御との切り替えを行うモータの駆動装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれかに記載のモータの駆動装置を備える空気調和機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−206945(P2010−206945A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49643(P2009−49643)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】