説明

モータ制御装置

【課題】トルク応答性の遅れを抑制するモータ制御装置を提供する。
【解決手段】モータ10の回転速度を検出するモータ回転速度検出手段と、外部から入力されるトルク指令値及び前記回転速度に基づき、所定の上限電流値の範囲内である、第1の励磁電流指令値及びトルク電流指令値をそれぞれ演算する電流指令値演算手段と、前記第1の励磁電流指令値の位相を進めて第2の励磁電流指令値を演算することで、前記モータのロータ磁束の遅れを補償する補償手段と、前記上限電流値及び前記トルク電流指令値に基づいて、前記励磁電流指令値の上限値である上限励磁電流指令値を演算する上限励磁電流指令値演算手段と、前記第2の励磁電流指令値を、前記上限励磁電流指令値以下に制限することで、第3の励磁電流指令値を演算する励磁電流指令値制限手段と、前記第3の励磁電流指令値及び前記トルク電流指令値に基づいて前記モータを制御するモータ制御手段と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
誘導電動機の励磁電流とこれに直交するトルク電流を制御するベクトル制御方式において、前記励磁電流とトルク電流を誘導電動機の一次抵抗と二次抵抗及び鉄損抵抗から決定される比で分配しかつ所定のトルクを発生する大きさの励磁電流とトルク電流にする制御手段と、前記励磁電流を誘導電動機の磁気飽和から求める上限値及び制御の安定性から求める下限値に制限するリミッタ回路と、前記励磁電流を一次進み補償する一次進み補償回路とを備えた誘導電動機のベクトル制御装置が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−284772号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の誘導電動機のベクトル制御装置では、応答を速めるために一次進み補償回路により補償された励磁電流が、オーバーシュートして、モータの磁気飽和特性等を考慮した上限電流を超えた場合には、トルク電流が一時的に流れなくなるためにトルク指令に対する応答が遅くなる、という問題があった。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、トルク応答性の遅れを抑制するモータ制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上限電流値及びトルク電流指令値に基づいて、励磁電流指令値の上限値である上限励磁電流指令値を演算し、位相補償された第2の励磁電流指令値を、上限励磁電流指令値以下に制限することで、励磁電流指令値を演算することによって上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、上限電流値に対する電流余裕分を励磁電流の位相補償に利用するため、励磁電流の位相補償によりトルク電流が一時的にゼロになることを防ぎ、その結果、トルク応答性の遅れを抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施形態に係るモータ制御装置のブロック図である。
【図2】図1の電流指令値演算器のブロック図である。
【図3】励磁電流及びトルク電流と、上限電流値との関係を示す概念図である。
【図4】比較例のモータ制御装置において、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示すグラフである。
【図5】図1のモータ制御装置において、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示すグラフである。
【図6】トルク指令値、比較例の出力トルク、及び、図1の出力トルクの特性を示すグラフである。
【図7】本発明の他の実施形態に係るモータ制御装置の電流指令値演算器のブロック図である。
【図8】図7のモータ制御装置において、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示すグラフである。
【図9】トルク指令値、比較例の出力トルク、図1の出力トルク、及び、図7の出力トルクの特性を示すグラフである。
【図10】本発明の他の実施形態に係るモータ制御装置の電流指令値演算器のブロック図である。
【図11】図10のモータ制御装置において、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示すグラフであり、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示すグラフである。
【図12】トルク指令値、比較例の出力トルク、図1の出力トルク、図7の出力トルク、及び、図10の出力トルクの特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0010】
《第1実施形態》
図1は、発明の実施形態に係るモータ制御装置のブロック図である。詳細な図示は省略するが、本例のモータ制御装置を電気自動車に設ける場合に、三相交流誘導モータ10は、走行駆動源として駆動し、電気自動車の車軸に結合されている。なお本例のモータ制御装置は、例えばハイブリッド自動車(HEV)等の電気自動車以外の車両にも適用可能である。
【0011】
本例の誘導モータ制御装置は、モータ10の動作を制御する制御装置であって、電流指令値演算器1と、非干渉電圧指令値演算器2と、励磁電流FB(フィードバック)制御器3と、トルク電流FB(フィードバック)制御器4と、座標変換器5と、PWM(Pulse Width Modulation)変換器6と、インバータ7と、直流電源8と、電流センサ9と、モータ10と、AD変換器11と、座標変換器12と、角速度演算器15と、すべり角速度演算器16と、変換用角度演算器17とを備える。
【0012】
電流指令値演算器1には、モータ10の出力トルクの目標値として外部より入力されるトルク指令値(T)と、角速度演算器15の出力であって、モータ10の回転速度に相当する機械角速度(ωre)、及び、直流電源8の検出電圧である電圧(Vdc)が入力され、γδ軸電流指令値(iγs、iδs)を演算し出力する。ここで、γδ軸は、回転座標系の成分を示している。なお、電流指令値演算器1の具体的な構成は後述する。
【0013】
非干渉電圧指令値演算器2は、トルク指令値(T)、機械角速度(ωre)、電圧(Vdc)を入力として、γδ軸非干渉電圧指令値(vγs_dcpl、vδs_dcpl)を演算する演算部である。非干渉電圧指令値演算器2には、干渉電圧を打ち消すための非干渉電圧のマップが記憶されており、入力値に対して当該マップを参照することで、γδ軸非干渉電圧指令値(vγs_dcpl、vδs_dcpl)を演算する。
【0014】
励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4は、電流センサ9の検出値に基づき計測されたγ軸電流(iγ)(励磁電流)及びδ軸電流(iδ)(トルク電流)をγδ軸電流指令値(iγs)(励磁電流指令値)及びδ軸電流指令値(iδs)(トルク電流指令値)にそれぞれ一致させるようフィードバック制御する制御器である。励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4の入力側には、γδ軸電流(iγs、iδs)とγδ軸電流指令値(iγs、iδs)との偏差をとる減算器がそれぞれ設けられており、当該減算器の出力値を励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4にそれぞれ入力する。そして、励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4は、γδ軸電流指令値(iγs、iδs)に対してγδ軸電流(iγ、iδ)を、定常的な偏差なく所定の応答性で追随させるよう制御演算を行い、γδ軸の電圧指令値を出力する。
【0015】
非干渉電圧指令値演算器2による干渉電圧の補正が理想的に機能した場合には、1入力1出力の制御対象となるため、励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4は、簡単なPIフィードバック補償器で構成されればよい。励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4の出力側には減算器が設けられており、当該減算器において、励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4から出力される電圧指令値から、γδ軸非干渉電圧指令値(Vγs_dcpl、Vδs_dcpl)の差分をとることで、非干渉電圧で補正し、当該減算器の出力値がγδ軸電圧指令値(vγs、vδs)となる。
【0016】
座標変換器3は、γδ軸電圧指令値(vγs、vδs)及び変換用角度演算器17で演算される電源角(θ)を入力として、下記の式1を用いて、当該γδ軸電圧指令値(vγs、vδs)を固定座標系のu、v、w軸の電圧指令値(V、V、V)に変換する。
【0017】
【数1】

【0018】
PWM変換器6は、入力される電圧指令値(V、V、V)に基づき、インバータ6のスイッチング素子の駆動信号(Duu、Dul、Dvu、Dvl、Dwu、Dwl)を生成し、インバータ7に出力する。スイッチング素子は、PWMのパルス信号に基づいてオン及びオフを切り換える。
【0019】
直流電源8は、二次電池を含むバッテリであり、本例の車両の動力源となる。インバータ7は、MOSFETやIGBT等のスイッチング素子(図示しない)を対に接続した回路を複数接続した三相インバータ回路により構成されている。各スイッチング素子には、駆動信号(Duu、Dul、Dvu、Dvl、Dwu、Dwl)が入力される。そして、当該スイッチング素子のスイッチング動作により、直流電源8の直流電圧が交流電圧(V、V、V)に変換され、モータ10に入力される。またモータ10が発電機として動作する場合には、インバータ7はモータ10から出力される交流電圧を直流電圧に変換し直流電源8に出力する。これにより直流電源8が充電される。
【0020】
電流センサ9は、U相及びV相にそれぞれ設けられ、相電流(i、i)を検出し、A/D変換器11に出力する。A/D変換器11は、相電流(i、i)をサンプリングし、サンプリングされた相電流(ius、ivs)を座標変換器12に出力する。w相の電流は、電流センサ9により検出されず、代わりに、座標変換器12は、入力された相電流(ius、ivs)に基づき、下記の式(2)を用いて、w相の相電流(iws)を算出する。
【0021】
【数2】

なお、w相の相電流について、w相に電流センサ9を設け、当該電流センサ9により検出してもよい。
【0022】
モータ10は、多相モータであり、インバータ6に接続されている。またモータ10は発電機としても動作する。磁極位置検出器13はモータ10に設けられ、モータ10の磁極の位置を検出する検出器であり、磁極の位置に応じたA相、B相及びZ相のパルスをパルスカウンタ14に出力する。パルスカウンタ14は、磁極位置検出器13から出力されるパルスをカウントすることで、モータ10の回転子の位置情報である回転子機械角度(θrm)を得て、角速度演算器15に出力する。角速度演算器15は、回転子機械角度(θrm)を入力として、回転子機械角度(θrm)の時間変化率より、回転子機械角速度(ωrm)と、モータ極対数pを乗じた回転子電気角速度(ωre)を演算する。回転子機械角速度(ωrm)は、電流指令値演算器1及び非干渉電圧指令値演算器2に出力され、回転子電気角速度(ωre)はすべり角速度制御器16に出力される。
【0023】
すべり角速度制御器16は、γδ軸電流(iγ、iδ)を入力として、すべり角速度(ωse)を演算し、当該すべり角速度(ωse)に、入力された回転子電気角速度(ωre)を加算することで、電源角速度(ω)を演算する。変換用角度演算器17は、電源角速度(ω)を積分することで電源角(θ)を演算し、座標変換器5、12に出力する。そして、すべり角速度(ωse)を制御することで、モータ10のトルクは、γ軸電流(iγ)(励磁電流)とδ軸電流(iδ)(トルク電流)との積に比例する。
【0024】
座標変換器12は、3相2相変換を行う制御部であり、相電流(ius、ivs、iws)及び変換用角度演算器17の演算値である電源角(θ)を入力として、下記の式3により、固定座標系の相電流(ius、ivs、iws)を回転座標系のγδ軸電流(iγs、iδs)に変換する。
【0025】
【数3】

そして、当該γδ軸電流(iγs、iδs)が励磁電流FB制御器3及びトルク電流FB制御器4に入力されることにより、本例の誘導モータ制御装置は電流制御ループによるフィードバック制御を行う。
【0026】
次に、図2を用いて、電流指令値演算器1の構成について説明する。図2は電流指令値演算器1のブロック図を示す。図2に示すように、電流指令値演算器1は、励磁電流指令値演算部101と、トルク電流指令値演算部102と、位相進み補償部103と、上限値演算部104と、上限制限部105とを備えている。
【0027】
励磁電流指令値演算部101及びトルク電流指令値演算部102は、トルク指令値(T)と、モータ10の回転速度に相当する機械角速度(ωre)、及び、直流電源8の検出電圧である電圧(Vdc)を入力とし、第1のγ軸電流指令値(iγs1)及びδ軸電流指令値(iδs)を演算する。励磁電流指令値演算部101及びトルク電流指令値演算部102には、トルク指令値(T)、機械角速度(ωre)、電圧(Vdc)を指標として、第1のγ軸電流指令値(iγs1)及びトルク電流指令値(iδs)を出力するためのマップが格納されており、励磁電流指令値演算部101及びトルク電流指令値演算部102は、当該マップを参照することにより、入力値に対応する、第1のγ軸電流指令値(iγs1)及びδ軸電流指令値(iδs)を出力する。
【0028】
また当該マップには、インバータ7の電流供給能力及びモータ10の磁気飽和特性等に応じた、上限電流値(Is_max)が予め設定されており、当該上限電流値(Is_max)(γ-δ座標軸換算値)と、第1のγ軸電流指令値(iγs1)及びδ軸電流指令値(iδs)との間で、以下の式(4)を満たすように、電流値が定められている。
【数4】

【0029】
ここで、上限電流値(Is_max)について、図3を用いて説明する。図3は、励磁電流及びトルク電流と、上限電流値との関係を示す概念図である。図3において、励磁電流、トルク電流及び励磁電流はベクトルで表示され、横軸は励磁電流を縦軸はトルク電流である。モータ制御装置は、通電能力及び磁気飽和などを考慮して、インバータ7からモータ10に供給される各相電流に対して定格として上限値(上限電流値(Is_max)に相当)が設定されており、インバータ制御の際には、当該上限値の範囲内で電流を制御する必要がある。電源角速度(ω)に同期した直交座標系で、トルク電流及び励磁電流を示すと、図3のように示され、上限電流値は、図3の円の半径に相当する。すなわち、励磁電流指令値演算部101及びトルク電流指令値演算部102において、マップを設定する際には、トルク電流を示すベクトル及び励磁電流を示すベクトルが、上限電流値に相当する円の範囲内になるよう制約される。
【0030】
図2に戻り、上記マップに基づき、励磁電流指令値演算部101で演算された第1のγ軸電流指令値(iγs1)は位相進み補償部103に出力され、トルク電流指令値演算部102で演算されたδ軸電流指令値(iδs)は上限値演算部104及びトルク電流FB制御器4に出力される。
【0031】
位相進み補償部103は、モータ10のロータ磁束の遅れを補償するための補償器であり、第1のγ軸電流指令値(iγs1)の位相を進めることで、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を演算する。ロータ磁束の遅れは、固定子巻き線に励磁電流を流してからロータ磁束が発生するまでの遅れ時間であって、トルク応答遅れの主要因の一つになっている。また、ロータ磁束の遅れは、一般に永久磁石型同期モータなどに比べて、誘導モータの方が遅い。そのため、本例では、位相進み補償部103により、励磁電流に進み補償を施してロータ磁束とトルクの応答特性を速めている。
【0032】
位相進み補償部103は、第1のγ軸電流指令値(iγs1)を入力として、以下の式(5)の伝達関数で示されるモデルG(s)をタスティン近似等で離散化することで得られるデジタルフィルタを通して、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を演算する。
【数5】

ただし、分子の時定数(τb)は、励磁電流に対するロータ磁束の応答遅れ時定数であり、分母の時定数(τa)は、所望の応答遅れ時定数である。また、進み補償にするため、τb>τaの条件を満たす。sはラプラス演算子である。ロータ磁束の応答遅れ時定数は、ロータ側(二次側)のインダクタンスLrと抵抗値Rrの比率(Lr/Rr)で定まる。
【0033】
そして、位相進み補償部103により演算された第2のγ軸電流指令値(iγs2)は上限制限部105に出力される。位相進み補償部103では、上限電流値(Is_max)による制限を受けた後の励磁電流指令値を補償しているため、第2のγ軸電流指令値(iγs2)が上限電流値(Is_max)に相当する励磁電流指令値を越える可能性がある。
【0034】
ここで、本例とは異なり、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を励磁電流FB制御器3へ入力される励磁電流指令値として、モータ10を制御した場合(比較例)について説明する。上記のように、第2のγ軸電流指令値(iγs2)が上限電流値(Is_max)に相当する励磁電流指令値を越えた場合(オーバーシュートした場合)には、トルク電流及び励磁電流のベクトル和は、図3及び式(4)で示される条件を満たさなくなる。そして、オーバーシュートした励磁電流指令値に基づいて、上限電流値からトルク電流指令を演算した場合には、電流余力がゼロになる可能性がある。そのため、かかる状態で、モータ10を制御した場合には、トルク電流が一時的にゼロになり、トルク指令値に対して、トルク応答の立ち上がりが大きく遅れる「むだ時間」が発生する可能性がある。また、トルク電流指令値が上限電流値に基づく制限を長く受け易くなり、電流フィードバック補償器の積分誤差だまりによるトルク電流のオーバーシュート(ワインドアップ)が生じ易くなる。その結果として、上記比較例に係るモータ制御装置を車両に搭載した場合には、ドライバーの加速要求に対して、意図しない車両加速度の“むだ時間”や“オーバーシュート”が生じる可能性がある。
【0035】
本例では、以下に説明するように、上限値演算部104及び上限制限部105により、上限電流値(Is_max)とトルク電流との差分に相当する電流余裕分を励磁電流の位相補償に利用することで、位相補償後の電流指令値のオーバーシュートを防ぎ、トルク電流がゼロになることを防ぐ。
【0036】
図2に戻り、上限値演算部104は、δ軸電流指令値(iδs)を入力として、励磁電流指令値の上限値である上限γ軸電流指令値(iγs_l)を演算する。式(4)を変形すると、以下の式(6)が導き出される。
【数6】

【0037】
上限γ軸電流指令値(iγs_l)は、δ軸電流指令値(iδs)及び上限電流値(Is_max)を上記の式(6)に入力し、式(6)の条件を満たす、最大のγ軸電流指令値であり、上限値演算部104は上限γ軸電流指令値(iγs_l)を上限制限部105に出力する。すなわち、上限γ軸電流指令値(iγs_l)は、上限電流値(Is_max)を示すベクトルからδ軸電流指令値(iδs)を示すベクトルの差分をとることで演算される。
【0038】
上限制限部105は、第2のγ軸電流指令値(iγs2)と上限γ軸電流指令値(iγs_l)を比較し、第2のγ軸電流指令値(iγs2)が上限γ軸電流指令値(iγs_l)を超えない場合には、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を、γ軸電流指令値(iγs)として、励磁電流FB制御器3に出力する。一方、第2のγ軸電流指令値(iγs2)が上限γ軸電流指令値(iγs_l)を超えた場合には、上限制限部105は、励磁電流指令を上限γ軸電流指令値(iγs_l)に制限し、上限γ軸電流指令値(iγs_l)を励磁電流FB制御器3に出力する。これにより、電流指令値演算器1では、位相補償をしつつ、式(4)及び式(6)の条件を満たすように励磁電流値のリミッタ処理が行われる。
【0039】
次に、図4〜図6を用いて、本発明における、指令値に対する応答の特性を、上記の比較例と比較しつつ説明する。図4は比較例の特性を図5は本発明の特性を示し、図4及び図5の(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示し、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示し、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示す。またグラフaは指令値の特性を、グラフbは実測値である応答値の特性を示す。図6は、トルク指令値、比較例の出力トルク及び本発明の出力トルクの特性を示し、グラフaがトルク指令の特性を、グラフbが比較例の出力トルクの応答特性を、グラフcが本発明の出力トルクの応答特性を示す。
【0040】
比較例及び本発明、共に、図4(c)及び図5(c)に示すように、時間tの時点で所定値のトルク指令値を入力すると、比較例において、励磁電流指令値は時間tで立ち上がるが(図4(a)を参照)、トルク電流指令値は、時間tの後である時間tの時点で立ち上がる(図4(b)を参照)。そのため図4(c)に示すように、出力トルクは時間tで立ち上がり、比較例では時間tから時間tの間のむだ時間(t)が生じている。さらに図4(c)及び図6に示すように、比較例の出力トルクは、時間tの後、トルク指令値を越えており、オーバーシュートが発生している。
【0041】
一方、本発明では、時間tでのトルク指令値の入力に対して、励磁電流指令値及びトルク電流指令値は時間tで立ち上がり、励磁電流及びトルク電流はそれぞれの指令値に追随するよう時間tで立ち上がっている(図5(a)(b)を参照)。そのため、出力トルクも、時間tで立ちあがるため、比較例のような、むだ時間は抑制され、出力トルクのオーバーシュートも解消されている(図6を参照)。
【0042】
上記のように、本例は、第1のγ軸電流指令値(iγs1)の位相を進めて第2のγ軸電流指令値(iγs2)を演算することで、モータ10のロータ磁束の遅れを補償する位相進み補償部103と、上限電流値(Is_max)及びδ軸電流指令値(iδs)に基づいて、上限γ軸電流指令値(iγs_l)を演算する上限値演算部104と、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を、上限γ軸電流指令値(iγs_l)以下に制限することで、γ軸電流指令値(iγs)を演算する上限制限部105とを備える。これにより、モータ10へ出力される交流電流の指令値である、γδ軸電流指令値(iγs、iδs)は、式(4)及び式(6)で示される条件を満たす値になるため、トルク指令値による目標トルクを達成することができる。また、ロータ磁束の遅れに対して、励磁電流を補正する際に、上限電流値(Is_max)からδ軸電流指令値(iδs)の差分をとった電流余裕分が、励磁電流の進み補償に利用されるため、式(4)及び式(6)の条件を外れてまで、位相補償がなされることがなくなり、トルク電流及びモータトルクにむだ時間及びオーバーシュートが生じることを防ぎ、トルク応答性の遅れを抑制することができる。
【0043】
また本例において、上限値演算部104は、上限電流値(Is_max)を示すベクトルからδ軸電流指令値(iδs)を示すベクトルの差分をとることで、上限γ軸電流指令値(iγs_l)を演算する。これにより、上限電流値(Is_max)からδ軸電流指令値(iδs)の差分をとった電流余裕分が、励磁電流の進み補償に利用されるため、式(4)及び式(6)の条件を外れてまで、位相補償がなされることがなくなり、トルク電流及びモータトルクにむだ時間及びオーバーシュートが生じることを防ぎ、トルク応答性の遅れを抑制することができる。
【0044】
上記磁極位置検出器が本発明に係る「モータ回転速度検出手段」に相当し、励磁電流指令値演算部101及びトルク電流指令値演算部102が本発明の「電流指令値演算手段」に、位相進み補償部103が本発明の「補償手段」に、上限値演算部104が本発明の「上限励磁電流指令値演算部」に、上限制限部105が本発明の「励磁電流指令値制限手段」に、PWM変換器6が本発明の「モータ制御手段」に相当し、γ軸電流指令値(iγs)が第3の励磁電流指令値に相当する。
【0045】
《第2実施形態》
図7は、発明の他の実施形態に係る誘導モータ制御装置を示すブロック図である。本例では上述した第1実施形態に対して、トルク電流推定部106を設ける点が異なる。これ以外の構成は上述した第1実施形態と同じであるため、その記載を適宜、援用する。
【0046】
図7に示すように、電流指令値演算部1は、トルク電流推定部106を備えている。トルク電流推定部106は、δ軸電流指令値(iδs)を入力として、以下の式(7)の伝達関数で示されるモデルG(s)をタスティン近似等で離散化することで得られるデジタルフィルタを通して、δ軸電流推定値(iδs_est)を演算する。
【数7】

ただし、時定数(τC)は、電流フィードバック制御系の応答遅れ時定数である。
【0047】
本例のモータ制御装置において、電流フィードバック制御系の応答遅れが生じている場合には、δ軸電流指令値(iδs)に対して実際のトルク電流の出力は低くなる。そのため、トルク電流推定部106は、トルク電流指令値に対して当該応答遅れを加えた指令値をδ軸電流推定値(iδs_est)として演算し、上限値演算部104に出力する。
【0048】
上限値演算部104は、δ軸電流推定値(iδs_est)を入力として、以下の式(8)を用いて、励磁電流指令値の上限値である上限γ軸電流指令値(iγs_l)を演算する。
【数8】

上限値演算部104は、式(8)の条件を満たす最大のγ軸電流指令値(iγs)を、上限γ軸電流指令値(iγs_l)として演算し上限制限部105に出力する。
【0049】
次に、図8及び図9を用いて、本発明における、指令値に対する応答の特性を説明する。図8は本発明の特性を示し、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示し、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示し、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示す。またグラフaは指令値の特性を、グラフbは実測値である応答値の特性を示す。図9は、トルク指令値、比較例の出力トルク、実施形態1(本発明1)の出力トルク及び実施形態2(本発明2)の出力トルクの特性を示し、グラフaがトルク指令の特性を、グラフbが比較例の出力トルクの応答特性を、グラフcが本発明1の出力トルクの応答特性を、グラフdが本発明2の出力トルクの応答特性を示す。
【0050】
本発明2では、時間tでのトルク指令値の入力に対して、励磁電流指令値及びトルク電流指令値は時間tで立ち上がり、励磁電流及びトルク電流はそれぞれの指令値に追随するよう時間tで立ち上がっている(図8(a)(b)を参照)。そのため、出力トルクも、時間tで立ちあがるため、比較例のような、むだ時間は抑制され、出力トルクのオーバーシュートも解消されている(図8(c)及び図9を参照)。
【0051】
また図9に示すように、本発明2では、本発明1と比較して、指令値に対するモータトルクの応答性が改善されている。すなわち、本発明2において、上限値演算部104は、電流フィードバック制御系の応答遅れにより生じる電流余裕分、上限γ軸電流指令値(iγs_l)を高めに演算しているため、当該電流余裕分を励磁電流の位相補償に利用することができ、励磁電流の応答を速めることができる。そのため、図9に示すように、モータトルクの応答性が改善されている。
【0052】
上記のように、本例は、δ軸電流指令値(iδs)を入力として、モータ制御装置の電流フィードバック制御による応答遅れを示すモデルG(s)から得られる応答遅れ補償フィルタを用いて、δ軸電流推定値(iδs_est)を演算するトルク電流推定部106を備え、上限値演算部104により、上限電流値(Is_max)及びδ軸電流推定値(iδs_est)に基づいて、上限γ軸電流指令値(iγs_l)を演算する。これにより、本例は、式(4)及び式(6)に示す、上限電流値(Is_max)の条件の範囲内で、定常的な目標トルクを実現した上で、モータトルクの応答性を高めることができる。
【0053】
上記のトルク電流推定部106が本発明の「トルク電流推定値演算部」に相当する。
【0054】
《第3実施形態》
図10は、発明の他の実施形態に係る誘導モータ制御装置を示すブロック図である。本例では上述した第1実施形態に対して、モデルマッチング補償部107及び磁束遅れ補償フィルタ108を設ける点が異なる。これ以外の構成は上述した第1実施形態と同じであるため、その記載を定義、援用する。
【0055】
図10に示すように、電流指令値演算部1は、モデルマッチング補償部107及び磁束遅れ補償フィルタ108を備えている。モデルマッチング補償部107は、積分特性を持たずに閉ループ系の応答を所望の特性に数式変換する補償器であり、第1のγ軸電流指令値(iγs1)及び磁束遅れ補償フィルタ108の出力値を入力として、以下の式(9)を用いて、第2のγ軸電流指令値(iγs2)を演算し、上流制限部105に出力する。
【数9】

ただし、uは第1のγ軸電流指令値(iγs1)を、uは磁束遅れ補償フィルタ108の出力値を、yは第2のγ軸電流指令値(iγs2)を、τrefはモデルマッチングしたい理想応答の時定数を、τは励磁電流指令値に対するロータ磁束の応答遅れに対する時定数を示す。
【0056】
磁束遅れ補償フィルタ108は、モータ10のロータ遅れを補償するためのフィルタであって、以下の式(10)の伝達関数で示されるモデルG(s)をタスティン近似等で離散化することで得られるデジタルフィルタである。
【数10】

【0057】
そして、磁束遅れ補償フィルタ108は、上限制限部105の出力であるγ軸電流指令値(iγs)を入力とし、式(10)で算出された演算値を離散化した値を出力値
としてモデルマッチング補償部107にフィードバックさせる。これにより、本例は、モデルマッチング補償部107、上限制限部105及び磁束遅れ補償フィルタ108により、磁束遅れモデルと励磁電流の上限制限にフィードバック型のモデルマッチング補償を施した閉ループシミュレーション系を構成し、非線形な位相進み補償器である入力飽和考慮型位相進み補償器を構成する。
【0058】
次に、図11及び図12を用いて、本発明における、指令値に対する応答の特性を説明する。図11は本発明の特性を示し、(a)は励磁電流指令値及び励磁電流の応答電流の特性を示し、(b)はトルク電流指令値及びトルク電流の応答電流の特性を示し、(c)はトルク指令値と出力トルクの特性を示す。またグラフaは指令値の特性を、グラフbは実測値である応答値の特性を示す。図12は、トルク指令値、比較例の出力トルク、実施形態1(本発明1)の出力トルク、実施形態2(本発明2)の出力トルク、及び、実施形態3(本発明3)の出力トルクの特性を示し、グラフaがトルク指令の特性を、グラフbが比較例の出力トルクの応答特性を、グラフcが本発明1の出力トルクの応答特性を、グラフdが本発明2の出力トルクの応答特性を、グラフeが本発明3の出力トルクの応答特性を示す。
【0059】
本発明3では、時間tでのトルク指令値の入力に対して、励磁電流指令値及びトルク電流指令値は時間tで立ち上がり、励磁電流及びトルク電流はそれぞれの指令値に追随するよう時間tで立ち上がっている(図11(a)(b)を参照)。そのため、出力トルクも、時間tで立ちあがるため、比較例のような、むだ時間は抑制され、出力トルクのオーバーシュートも解消されている(図11(c)及び図12を参照)。
【0060】
また図12に示すように、本発明3では、本発明1、2と比較して、指令値に対するモータトルクの応答性が改善されている。すなわち、本発明3において、モデルマッチング補償部107は積分特性を有していないため、入力である励磁電流指令値の飽和時(上限制限時)に不必要な積分溜まりが生じない。そのため、励磁電流指令値が飽和(上限制限)から復帰した後、指令値を速やかに目標励磁電流に収束させることができ、その結果として、応答性が改善される。
【0061】
上記のように、本例は、モデルマッチング補償部107及び磁束遅れ補償フィルタ108を備える。これにより、トルク電流及びモータトルクにむだ時間及びオーバーシュートが生じることを防ぎ、トルク応答性の遅れを抑制することができる。また励磁電流指令値が上限制限された場合でも、制限の復帰後に理想に近い応答で励磁電流を励磁電流指令値に収束させることができ、モータトルクを可能な限り速やかに目標トルクに収束させることが可能である。
【符号の説明】
【0062】
1…電流指令値演算器
101…励磁電流指令値演算部
102…トルク電流指令値演算部
103…位相進み補償部
104…上限値演算部
105…上限制限部
106…トルク電流推定部
107…モデルマッチング補償部
108…磁束遅れ補償フィルタ
2…非干渉電圧指令値演算器
3…励磁電流FB制御器
4…トルク電流FB制御器
5…座標変換器
6…PWM変換器
7…インバータ
8…直流電源
9…電流センサ
10…モータ
11…AD変換器
12…座標変換器
13…磁極位置検出器
14…パルスカウンタ
15…角速度演算器
16…すべり角速度演算器
17…変換用角度演算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの回転速度を検出するモータ回転速度検出手段と、
外部から入力されるトルク指令値及び前記回転速度に基づき、所定の上限電流値の範囲内である、第1の励磁電流指令値及びトルク電流指令値をそれぞれ演算する電流指令値演算手段と、
前記第1の励磁電流指令値の位相を進めて第2の励磁電流指令値を演算することで、前記モータのロータ磁束の遅れを補償する補償手段と、
前記上限電流値及び前記トルク電流指令値に基づいて、前記励磁電流指令値の上限値である上限励磁電流指令値を演算する上限励磁電流指令値演算手段と、
前記第2の励磁電流指令値を、前記上限励磁電流指令値以下に制限することで、第3の励磁電流指令値を演算する励磁電流指令値制限手段と、
前記第3の励磁電流指令値及び前記トルク電流指令値に基づいて前記モータを制御するモータ制御手段と、
を備えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記上限励磁電流指令値演算手段は、
前記上限電流値を示すベクトルから前記トルク電流指令値を示すベクトルの差分をとることで、前記上限励磁電流指令値を演算する
ことを特徴とする請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記所定の上限電流値は、
前記モータを駆動させるインバータから前記モータに供給される電流の上限値に基づいて設定されている
ことを特徴とする請求項1又は2記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記トルク電流指令値を入力として、前記モータ制御装置の電流フィードバック制御による応答遅れを示すモデルから得られる応答遅れ補償フィルタを用いて、トルク電流推定値を演算するトルク電流推定値演算手段をさらに備え、
前記上限励磁電流指令値演算手段は、
前記上限電流値及び前記トルク電流推定値に基づいて、前記上限励磁電流指令値を演算する
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記補償手段は、
前記第3の励磁電流指令値を入力として、前記モータのロータ磁束の遅れを示すモデルから得られる磁束遅れ補償フィルタと、
前記第1の励磁電流指令値及び前記磁束遅れ補償フィルタの出力値から、前記第2の励磁電流指令値を演算するモデルマッチング補償部とを有する
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−59205(P2013−59205A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196146(P2011−196146)
【出願日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】