説明

ライナーレスシリンダーを備えたエンジンブロック鋳造のための耐磨耗性アルミニウム合金

アルミニウム−ケイ素合金組成であって、ケイ砂鋳型のような、低コストの鋳造工程を用いたライナーレスシリンダーエンジンブロック鋳造のための、製造条件及び性能条件を満たす合金組成を開示している。本発明の合金は、重量パーセントで、13%−14%のSi、2.3%−2.7%のCu、0.1%−0.4%のFe、0.1%−0.45%のMn、0.1%−0.30%のMg、0.1%−0.6%のZn、0.05%−0.11%のTi、0.4%−0.8%のNi、0.01%−0.09%のSrを含み、残りは、アルミニウムと任意の余剰物である。本合金は、非常に優れた機械加工性を有しており、それによりシリンダー内径における表面仕上げが顕著に向上する。エンジンブロックの製造コストは、鉄ライナーを必要とする先行技術による現在の商業用合金を使用する場合と比較して、約40%削減される。存在する初晶Siはすべて、実質的に均一に分散し、かつ、銅は凝固中及び冷却中に分離しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低コスト低圧サンドキャスティング工程を利用して、優れた機械的特性、耐磨耗性、及び耐スカッフィング性を備えた自動車エンジン用の高品質アルミニウムシリンダーブロックを鋳造できるアルミニウム合金に関する。本発明によれば、鉄(又は高価なアルミニウム)ライナーの挿入を必要とせずに、有効なシリンダー壁を備えるエンジンブロックを製造することができる。
【背景技術】
【0002】
自動車及び航空機のアルミニウム合金製シリンダーエンジンブロックの大部分は現在、サンドコアを用い、ケイ砂鋳型(silica sand mold)でブロックボディを鋳造し、シリンダーピストン接触面を形成するための一組の鋳鉄ライナーを挿入することにより製造されている。ブロックを鋳造する他の工程は、重力半永久成形(gravity semi-permanent molds)、高圧鋳造、低圧鋳造、消失模型鋳造(lost foam process)、及びジルコン砂パッケージ成形(zircon sand package)があり、ライナーは、“鋳込み(cast-in)”又は“圧入”のいずれかで挿入されうる。つい最近、少数の高性能アルミニウムエンジンブロックでアルミニウム製ライナーが、鋳鉄ライナーの代用とされている。しかしながら、このようなアルミニウムシリンダーライナーの要求を満たす現在入手可能なAl合金が高コストであるため、該合金がアルミニウムエンジンブロックの残部を鋳造するためにも使用されることを妨げている(ブロックの残部に使用された場合、物理的特性がいくらか悪くなるということもあるため)。前記Al合金のコストは、ライナーとして限定的に使用した場合でさえ、より軽量かつ冷却効果の増大にもかかわらず、鉄ライナーに代わり広く採用されることをも妨げている。
【0003】
しかしながら、ライナーを実際に利用することは多数の工程と原料を必要とするので、上記に示した欠点なしで省略することが可能であれば、ブロック製造に多くの利点を提供するであろう。例えば、ライナーの在庫は解消されるであろうし、アルミニウムボディとライナーとの間の結合不足によるブロックのスクラップ発生率は減少し、ライナーを予熱するエネルギー消費もまた解消され、鋳造工程は単純化されるであろう。現在のところ、ライナーの予熱は電気誘導により行われるが、時間がかかるだけでなく鋳造工程全体を複雑化している。前述の全てが、特に鉄ライナーに関して当てはまる。それゆえ、アルミニウムエンジン鋳造においてライナーの必要性をなくし、それにより先行技術の技術的及び経済的な不都合を克服する、アルミニウム合金組成物及び鋳造工程が必要とされている。
【0004】
共晶組成の域を超えてアルミニウムにケイ素を付加すると、合金の硬度を増し、結果的に表面の耐磨耗性を増大させるということが、特許文献及び技術文献から知られている。しかしながら、合金中のSi濃度を高めるだけで、鋳造ブロックに(耐磨耗性、機械加工性、可鍛性、及び他の機械的性質に関して)好ましい特性のすべてが備わるわけではない。このような好ましい特性は、凝固鋳造法で形成される微細構造のタイプにより決定される。Siによってもたらされるもう一つの工程上の問題として、アルミニウムと合金化する場合、凝固中にかかる合金から必ず放散されなければならない熱に対する容量(capacity for heat)を付加的に大きく増加させることがある。これは結果的にむらのある冷却をもたらし、特に自動車エンジンブロックのように大型の複雑な鋳物では、シリンダー表面と比較して、鋳物全体では、競合する(compete)ことが多い上記の好ましい特質の適切な発現において問題を引き起こす。
【0005】
本出願人により見出された、合金組成物と鋳造工程に関するいくつかの関連先行技術特許について、以下に述べる。
1978年1月17日付でDavid Charles Jenkinson に付与された米国特許第4,068,645号は、過共晶Al−Si合金の微細構造は、最大で約4重量%のマグネシウムを含有させることにより、70〜150の範囲内のブリネル硬度にストロンチウム及び/又はナトリウムを用いて調整できるようになることを教示している。この特許は、好ましい微細構造においては、初晶アルミニウム相又は初晶ケイ素相の形成を回避しなくてはならず、したがって微細に分散した共晶ケイ素が高容量で存在し、これが鋳造品に耐摩耗性をもたらすことを教示している。
【0006】
この特許によれば、好ましい微細構造は、(a)ケイ素含有量、(b)調整剤含有量、(c)凝固中の成長速度、及び(d)凝固中の固体/液体相間での温度勾配の4要素を、注意深く選択し組み合わせることによりもたらされる。
【0007】
好ましい微細構造をもたらす上記4要素のいくつかの組合せが開示されている。しかし、この特許の教示は、鋳型のさまざまな領域の冷却速度をプログラミングすることにより達成され得る、温度勾配が制御された永久鋳型鋳造法及び半永久鋳型鋳造法には当てはまるが、ケイ砂鋳型鋳造工程には当てはまらない(かかる工程において通常、凝固速度は、鋳型中の液体アルミニウムから熱を吸収するサーマルコアを追加することによってのみ調整され得る)。この特許は、初晶Si相及び初晶Al相の好ましい欠如を得るために、明らかにチル鋳造法とは逆の教示をしている。
【0008】
1984年2月28日付でDavid M. Smith, et al. に付与された米国特許第4,434,014号は、耐磨耗性と機械加工性に関し、かかる特許の鋳造品の特性は、12〜15%のSi、0.001〜0.1%のSr、0.1〜1.0%のFe、1.0〜3.0%のNi、0.1〜0.8%のMn、及び他の成分を含む組成物によって得られることを教示している。
【0009】
この特許は、Ni、Fe、及びMnは、Fe+Mnが0.2〜1.5%、Fe+Niが1.1〜3.0%、及びFe+Ni+Mnが1.2〜4.0%の範囲で、互いに代替可能(interchangeable)であることも教示している。
【0010】
この合金の可鍛性と機械的性質を改善するためにチタンが付加される。しかしながら、この合金は、本出願の合金が約0.4〜0.8%未満のNiを含んでいるのと対照的に、Niが高含量であるため高コストである。特にNiが低濃度であることで、本発明の合金はより競争力のあるものになる。
【0011】
1987年3月10日付でKasuhiko Asano, et al. に付与された米国特許第4,648,918号は、7.5〜15%のSi、3.0〜6.0%のCu、0.3〜1.0%のMg、0.25〜1.0%のFe、0.25〜1.0%のMn、及び残りはAlと他の成分を含む組成を有する耐磨耗性アルミニウム合金を教示している。この特許の合金は、鋳塊の押出し性、鍛造性、及び機械的性質の改善に関する。Cuの含有量は、本発明の合金より高く、この合金の熱処理及び最終工程は、本発明のサンドキャスティング工程とは、全く異なる。
【0012】
1991年5月28日付でJohn Barlow et al.に付与された米国特許第5,019,178号は、実質的に14〜16%のSi、1.9〜2.2%のCu、1.0〜1.4%のNi、0.4〜0.55%のMg、0.6〜1.0%のFe、0.02〜0.1%のSr、及び0.3〜0.6%のMnからなる溶融物から製造されるアルミニウム−ケイ素ライナーの製造方法を開示している。この特許の合金は、鋳造工程の凝固段階に加圧下でシリンダーライナーを形成する。この特許は、エンジンブロック全体が、クレーム記載の合金で低圧サンドキャスティング工程により製造されたとは、教示も示唆もしていない。
【0013】
1993年6月8日付でJohn A. Eady, et al.に付与された米国特許第5,217,546号は、12〜15%のSi、0.10%を超えるSr、0.005%を超えるTi、1.5〜5.5%のCu、1.00〜3.00のNi、0.1〜1.0%のMg、0.1〜1.0%のFe、及び他の成分を含む過共晶Al−Si合金鋳物を開示している。この特許によれば、得られた微細構造において、形成された初晶Siはすべて実質的には均一に分散され、かつ、実質的に分離せず、前記微細構造の大部分は共晶マトリクスである。しかし、この特許の合金は、Tiと大量のNiとに依存しており、このため合金が、競争力ある、エンジンブロック大量生産用としては高価になり過ぎる。
【0014】
1994年5月31日付でKevin P. Rogers, et al. に付与された米国特許第5,316,070号は、永久鋳型を用いた過共晶Al−Si合金の制御された鋳造工程を教示している。永久鋳型は予め決められた凝固計画が実施されるように、十分な冷却システムと精密温度制御とを備えることができ、それゆえ鋳造品において好ましい微細構造を達成できる。この特許の教示は、サンドキャスティング工程には適用され得ない。
【0015】
1996年1月16日付でKevin P. Rogers et al. に付与された米国特許第5,484,492号は、0.005%〜0.25%のCr、Mo、Nb、Ta、Ti、Zr、V及びAlからなる第1グループの元素から選ばれた少なくとも1つの元素と、0.1〜3.0%のCa、Co、Cr、Cs、Fe、K、Li、Mn、Na、Rb、Sr、Y、Ce、ランタニド系の元素及びアクチニド系の元素からなる第2グループの元素から選ばれた少なくとも1つの元素と、12〜15%のSi、1.5〜5.5%のCu、1.0〜3.0%のNi、0.1〜1.0%のMg、0.1〜1.0%のFe、0.1〜0.8%のMn、0.01〜0.1%のZr、0〜3.0%のZn、0〜0.2%のSn、0〜0.2%のPb、0〜0.1%のCr、0.001〜0.1%のSr又はNa、最大0.05%のB、最大0.03%のCa、最大0.05%のP、及び最大0.05%のその他からなる第3グループの元素とを実質的に有する過共晶Al−Si合金を開示している。この鋳物の微細構造においては、存在する初晶Siはすべて実質的に分散し、前記微細構造の大部分は共晶マトリクスである。一方、本発明ではNiの使用範囲が異なり、低い(最大0.8%)。
【0016】
出願人が知る限りでは、最後の3つの特許(Comalcoに譲渡された)のいずれも、商品化されていない。
【0017】
2002年6月4日付でJonathan A. Lee et al. に付与された米国特許第6,399,020号は、11.0〜14.0%のSi、5.6〜8.0%のCu、0〜0.08%のFe、0.5〜1.5%のMg、0.05〜0.9%のNi、0〜1.0%のMn、0.05〜1.2%のTi、0.12〜1.2%のZr、0.05〜1.2%のV、0.05〜0.9%のZn、0.01〜0.1%のSr、及び残りはAlの組成を有し、ピストン及び他の内燃エンジン等を用途とする、高温用途に適したアルミニウム合金を開示している。この合金中、Si/Mg比率は10〜15であり、Cu/Mg比率は4〜15である。本件出願人の発明による合金は、この特許に開示された合金組成とは異なっており、主にSi/Mg比率とSrの量において異なる。Srは高価な元素であるから、本発明の合金はよりコスト競争力がある。さらに、本発明はZrもVも含まず、最大で0.3%のMgを含む。
【0018】
ともにJonathan A. Lee et al. に、2003年7月15日付で付与された米国特許第6,592,687号と、2005年7月19日付で付与された米国特許第6,918,970号とは、重量パーセントで、14〜25.0%のSi、5.5〜8.0%のCu、0.05〜1.2%のFe、0.5〜1.5%のNi、0.05〜0.9%のMn、0.05〜1.2%のTi、0.05〜1.2%のZr、0.05〜1.2%のV、0.05〜0.9%のZn、0.001〜0.1%のP、及び残りはアルミニウムの組成を有するアルミニウム−ケイ素合金を開示している。’970号特許の合金は、Siの範囲が広く(6.0〜25.0%)かつSr(0.001〜0.1の範囲)を有する。Si/Mg比率は、10〜25であり、Cu/Mg比率は、4−15である。この合金は、Ll結晶構造を有するAlX型の組成物を形成することによって、アルミニウムマトリクスの格子定数(lattice parameter)を変更する重要な元素であるTi、V、及びZrを有している。ここで、XはTi、V、又はZrを表す。
【0019】
ともにHerbert William Dotyの名のもとに出願されている2005年7月26日付の米国特許第6,921,512号と、2005年9月15日付の米国特許出願公開第2005/0199318とは、自動車エンジンのためのシリンダーブロック鋳造及び機械加工に適したアルミニウム合金を開示している。前記合金は、重量で9.5〜12.5%のSi、0.1〜1.5%のFe、1.5〜4.5%のCu、0.2〜3%のMn、0.1〜0.6%のMg、最大2.0%のZn、0〜1.5%のNi、最大0.25%のTi、0.05%以下のSr、及び残りはアルミニウムを含む。この特許権者の発明の重要な特徴は、Feに対するMnの比率である。前記合金のFe含有量が0.4%以上の場合、Mn/Fe重量比は1.2〜1.75又はそれ以上であり、前記合金のFe含有量が0.4%未満の場合、Mn/Fe重量比は少なくとも0.6〜1.2である。その一方で、本発明のSi範囲は、13〜14%である。
【0020】
Al−Si合金の好ましい微細構造は、凝固中の成長速度と温度勾配の適切な組合せにより製造される。
【0021】
本明細書中の引用文献(前述の特許を含む)、及び明細書中の引用文献で引用又は参照された全ての文献は、参照により本書に援用される。本明細書中に援用された文献又はかかる文献中の教示はすべて本発明の実施に用いられる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】米国特許第4,068,645号
【特許文献2】米国特許第4,434,014号
【特許文献3】米国特許第4,648,918号
【特許文献4】米国特許第5,019,178号
【特許文献5】米国特許第5,217,546号
【特許文献6】米国特許第5,316,070号
【特許文献7】米国特許第5,484,492号
【特許文献8】米国特許第6,399,020号
【特許文献9】米国特許第6,592,687号
【特許文献10】米国特許第6,918,970号
【特許文献11】米国特許第6,921,512号
【特許文献12】米国特許出願公開第2005/0199318
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
本発明の目的は、磨耗ライナーを必要としないように、機械加工性、鋳造性、及び耐磨耗性という必要な組合せを備えたエンジンブロックを鋳造するために、ケイ砂鋳型とコアを利用し低圧鋳造工程に適した新規な過共晶Al−Si合金を提供することである。
【0024】
本発明の他の目的は、鉄ライナーを備え、現在大量生産されているアルミニウムエンジンブロックに対する競争力を有する、ライナーのないシリンダーを備えた、アルミニウムエンジンブロックを製造するための、新規なAl−Si合金を提供することである。
【0025】
本発明の更なる目的は、異なる合金又は金属製のシリンダーライナーを必要としない機械的性質を備え、先行技術による既存の過共晶Al合金製エンジンブロック鋳物より、より容易に機械加工できる改良されたエンジンブロック鋳物を製造する、新規なAl−Si合金を提供することである。
【0026】
本発明の他の目的は、好ましい態様及び添付の図による以下の詳細な説明により指摘され、明らかとなる。
【0027】
本明細書及び特許請求の範囲に記載された発明は、鋳造時に、シリンダーエンジンブロックに必要とされる製造及び性能条件を兼ね備え、さらにケイ砂鋳型のような低コスト鋳造工程を用いて鋳造できるアルミニウム−ケイ素合金組成物である。
【0028】
本発明による合金は、(重量パーセントで)
13%−14%のSi、
2.3%−2.7%のCu、
0.1%−0.4%のFe、
0.1%−0.45%のMn、
0.1%−0.30%のMg、
0.1%−0.6%のZn、
0.05%−0.11%のTi、
0.4%−0.8%のNi、
0.01%−0.09%のSr及び、
(耐磨耗性等の本合金の意図された目的に対する有効性に実質的に影響を及ぼすには不十分な量で存在し、集合的に“余剰物”として称される、任意の微量の元素、不純物、残余、及び他の少量の含有物は別として)残りはアルミニウムである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、本発明の合金で鋳造されたエンジンブロックの、ライナーのないアルミニウムシリンダー表面から得た微細構造(100μm)の顕微鏡写真を示している。
【図2】図2は、A390として知られている合金で鋳造されたエンジンブロックの、ライナーのないアルミニウムシリンダー表面から得た微細構造(100μm)の対照としての顕微鏡写真を示している。
【図3】図3は、A380、A390、A413、及びDurabore(商標)(米国特許第6,921,512号に例示されていると理解されるGM合金)として知られる先行技術の合金とは対照的な、本発明の合金の好ましいSi含有量範囲を示すAl−Si合金相の概略図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本明細書中において本発明は、低圧サンドキャスティング工程により、アルミニウム合金シリンダーエンジンブロック鋳造に適用されると記載されているが、より広範な態様では、同様の特性を必要とする他種の鋳物及び他の鋳造工程にも適用可能であると理解される。
【0031】
自動車エンジン鋳造に利用される種類の合金中のケイ素濃度が増すと、通常結果として生じる鋳物の硬度及び耐磨耗性が増加し、その最終的な特性は鋳物の冷却速度に依存するということが知られている。
【0032】
例えばコスワース工程(Cosworth process)(及び商品化されていないコマルコ工程(Comalco process))のような、低圧鋳型充填を特徴とする従来のサンドキャスティング工程は、主に凝固速度を制御するための砂鋳型及びコアに起因する問題が原因で、高濃度のケイ素を有する合金を利用した良質なブロックを製造できず、そのため鋳物の微細構造も生み出せない。高含量でSiを含む先行技術のアルミニウム合金を利用する場合、シリンダーエンジンブロックの厚い部分とより薄い部分とが組み合わさった複雑な形状により、鋳物中の気孔率が高くなる他、粒径分布(grain and size distribution)が好ましくない初晶ケイ素相を形成させる。
【0033】
高Si濃度合金の利用に関するもうひとつの問題として、亜共晶合金と比較してその融解熱は高いので、砂鋳型は凝固工程中の高熱放出に耐え、熱を放散しなくてはならない。
【0034】
製造されるアルミニウム合金ブロックは、現代の自動車で期待どおりの性能を実現するために、厳密に制御された特性と機械的性質とが必要である。ライナーが挿入されていないブロックは、作動面(running surface)に高い耐磨耗性を有し、高尖頭燃焼圧力(high peak firing pressures)を有するエンジン中で、100〜200バールの高圧に耐える必要がある。気孔率レベルは1%未満で、かつ、前記作動面の最大細孔径は500ミクロン未満でなくてはならない。
【0035】
アルミニウム合金が、冷却媒体に対する優れた耐食性を有するとともに、エンジンの高温部からエンジン冷却システムの冷却液まで高い伝熱率を維持するために、高い熱伝導性を有していることもまた必要である。高性能な近代的エンジンもまた、かかるエンジンブロックを鋳造する合金が、180℃〜200℃の範囲の高温での疲労やクリープに対して高強度及び高抵抗を示すことを要求している。
【0036】
亜共晶合金を利用する工程の現在の課題としては、高ケイ素合金の機械加工が、A390合金の場合のように、工具がよりひどく磨耗することと機械加工コストが高いことを意味することである。本発明の工程では、初晶ケイ素形成は抑制され、それにより、Siを高含量で含んでいるにもかかわらず完全に共晶の微細構造になる。本発明の鋳物の微細構造のこの特性は、良質な機械加工性を保証する。工具の寿命は、A356合金の機械加工性に相当するが、表面仕上げは勝っている。
【0037】
本発明による合金は、最大耐磨耗性を高めるためにAl−Si−Cu−Mg−Ni−Mn−Fe系に基づいている。これにより、競争力のある低製造コストを維持しつつ、ライナーのないシリンダーを備える、近代的エンジンブロックが要求する必要な特性を提供する。
【0038】
本発明による鋳造工程は、ケイ砂コア及び鋳型と組み合わせてサーマルコア(又は非常に大きなチル)を利用する。チルは、正しい方向の凝固プロセス及び必要な凝固速度をもたらし、この結果、鋳物は高疲労特性を得る。
【0039】
本発明による合金は、現在使用されている合金よりも低コストで、ライナーレスアルミニウム合金ブロックを製造するのに特に適している。以下の表1は、先行技術の合金の典型的な元素濃度を本発明の組成と比較している。
【0040】
【表1】

【0041】
合金390(A)は、耐磨耗鋳物モーター要素の歴史的選択肢であるが、上述のように、サンドキャスティング工程には適用されない。
【0042】
合金3HA(B)もまた、それらに適用するための選択肢の合金であるが、ニッケルを高含量(2%)で含むので高コストである。高濃度のNiは、合金コストを35%(ニッケル1トン当たり15,000米ドル)増加させ、さらに2000ppmのSrをさらに混合すると、なお一層高価なものとなる。
【0043】
近共晶合金(C)は、必要な耐磨耗性を提供するには、十分なケイ素を含有していない。
【0044】
Niの含有量が高いことは、鋳物表面の耐磨耗性を向上させるということが知られているにもかかわらず、Ni含有量が約1%増加するごとに約15%鋳物ブロックの経費が増加するため、Niの高コストがその利用を妨げている。にもかかわらず、ニッケルもまた凝固中にCuが分離するのを回避する助けとなるので、先行技術による合金のいくつかは、ニッケル含有量を増やす傾向にある。よって、本出願人はより良い新規な代替物を求めた。本出願人は、0.8%以下のNi及び900ppmのSrを含み、サンドキャスティング工程によって製造されうる望ましい微細構造及び機械的性質を有し、大型の複雑な鋳物を製造する新規な合金組成を見い出した。
【0045】
本出願による合金により鋳造されたエンジンブロックの、ライナーのないアルミニウムシリンダー表面から得た微細構造(100X)の顕微鏡写真と、A390として知られている合金から鋳造されたエンジンブロックの、ライナーのないアルミニウムシリンダー表面から得た微細構造(100X)の顕微鏡写真とをそれぞれ示す図1及び2を参照すると、図1に示された本発明による合金は、初晶Si位相粒子が非常に小さく、図2に示された先行技術による合金の微細構造と比較すると、均一に分散している微細構造を提供していることは明らかである。
【0046】
さらに、本出願人が、ケイ砂鋳造工程と組み合わせて使用された場合に先行技術による合金の不都合を克服する、新規な合金を開発する際に直面した課題は、ケイ砂工程の高熱放出及び低冷却速度に関わらず、鋳物中の金属間の分離及び気孔率をできるだけ少なくするような組成を見い出すことであった。
【0047】
図1に関して、本出願人は、先行技術によるいくつかの合金の位置づけ及び本発明による合金の注目すべき位置づけを、Al−Si合金系の位相図に示した。この位相図で、亜共晶合金及び共晶合金は、これらの合金が過共晶合金より低温で液体となるので、ケイ砂鋳造工程においてより取り扱いやすいということが分かる。Al−Si合金のこの特質を考慮して、Si含有量を増やすことは、溶融合金がより高温で砂鋳型に注入されることを要求し、それゆえ砂鋳型とコアを介して凝固中の金属からより多くの熱が放散されることとなる。本発明による合金は、鋳物表面に好ましい耐磨耗性を達成するための十分なSi含有量を提供し、本合金の他の成分により、前記合金が、他の鋳造工程の鋳型より比較的低い熱放散特性を有するケイ砂鋳型を用いた鋳造に適したものになる。同時に、本発明による合金は、特にNiの含有量がより低いという理由から、同様の耐磨耗性を備えた他の先行技術による合金より安価である。本発明による合金は、特にケイ砂鋳型とコアを用いて鋳造する場合、シリンダーライナーを必要としない大型エンジンブロック鋳造のためのコスト競争力のある工程を提供する。
【0048】
本発明の合金と鋳造方法には、以下のような利点がある:
本合金により得られる耐磨耗性は、シリンダー内径に鉄ライナーを挿入する必要性を回避する。結果的に、製造されたブロックは、より小型かつ軽量となり(鉄ライナーの重量及びコストを削減する)、また、エンジンの寸法を大きくすることなく、エンジン排気量を増加させることができる(例えば2.3リットルから3.0リットルへ)。
【0049】
本発明の合金は、熱放散(特に鉄シリンダーライナーがない状態で)に関してより優れた熱特性を有している。本出願のブロックは、実際、鉄ライナーとブロックとの境界(interface)が排除されるという事実により、鉄ライナーブロックを備えた現在使用されているアルミニウムブロックよりも約10℃低温で稼動する。
【0050】
本合金は、ピストンとブロック双方の熱膨張係数が類似しているので(ピストンアルミニウム合金と鉄ライナーとの間の熱膨張係数の差がより大きいのとは対照的に)、より隙間を小さくすること(tight clearance)を可能にする。この利点により、より静かなエンジン運転と、環境に対してより清浄なエンジンとがもたらされる。
【0051】
ライナーの品揃え及び取扱いの必要性がない。それゆえ、鉄ライナーのコストを回避するだけでなく、電気誘導によりライナーを予熱する必要もないので、製造工程上の重大な省力となる。同じことが、より使用頻度の稀なアルミニウムライナーにも当てはまる。さらにアルミニウムライナーは、エンジン鋳造ブロックの残部(reminder)の合金より高価な合金製である。
【0052】
また、本発明の合金製のライナーのないエンジンは、アルミニウムから鉄シリンダーライナーを分離する必要がないので、より容易にリサイクルされる。
【0053】
本発明の合金は、非常に優れた機械加工性をさらに提供し、工具の寿命は現在知られているA356合金を機械加工する場合と同程度で類似してはいるが、シリンダー内径の表面仕上げは、大いに向上する。
【0054】
ライナーのないエンジンブロックの製造コストは、本発明の合金及び方法を使用することで、先行技術の既知の合金を使用した場合の製造コストと比較して、約40%削減される。
[実施例]
【実施例1】
【0055】
Al−Si合金は本発明に従って準備され、ブロックはケイ砂鋳型とコアを用いて鋳造された。本合金は、以下の組成を有していた(重量パーセントで):
13.5%のSi、900ppmのSr、0.4%のFe、2.5%のCu、0.5%のNi、0.4%のMn、0.35%のMg、及び残りが実質的にアルミニウムのみ(それに加えて、前述のように“余剰物”と称される実質的に影響を及ぼさない微量の任意の他の元素)。
本合金は750℃の温度で前記鋳型に注入された。
結果は以下のとおりであった:
微細構造の分離は軽減された。
変更された共晶セルは、より均一に分配され、初晶アルミニウムは削減された。初晶ケイ素粒子は依然として観察されたが、前記初晶ケイ素粒子は、総ケイ素の1%未満を占めるに過ぎなかった。
【実施例2】
【0056】
本発明の合金の耐磨耗性を検査するため、Plint TE77 試験機を用い、一連の単一段階(single stage)20時間耐久テストが行われた。試験機は、ダボ(dowel)と板との間に往復線接触を提供する。平らな台板(ground plate)がシリンダーライナーをシミュレーションするために使用される一方で、硬化されたダボは、ピストンリングをシミュレーションするために使用される。使用されたオイルは、100℃に熱せられた市販の自動車用ガソリンエンジン鉱油であった。
【0057】
3つの異なる物質が評価された:(1)ディーゼル用の鋳鉄ライナー、(2)過共晶アルミニウム−ケイ素合金(高性能エンジンにおいて高価なライナーとして現在使用されているタイプであり、主要な耐磨耗位相(primary wearing resistance phase)は初晶ケイ素の位相)、及び(3)本発明の合金。結果は、上記の全ての物質上に得られた磨耗痕が、質的に類似していることを示しており、上記試験した物質間でその程度が著しく異なるようには思われない。
【0058】
本発明が、その特定の好ましい実施態様に関してのみ詳細に述べられたこと、及びクレームによって定義される本発明の精神と範囲から逸脱することなく、多くの改良及び変更がなされうるということは、当然理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐摩耗性アルミニウム合金であって、(重量パーセントで)
13%−14%のSi、
2.3%−2.7%のCu、
0.1%−0.4%のFe、
0.1%−0.45%のMn、
0.1%−0.30%のMg、
0.1%−0.6%のZn、
0.05%−0.11%のTi、
0.4%−0.8%のNi、
0.01%−0.09%のSrを含み、かつ、
残りは、大部分のアルミニウム及び任意の余剰物である合金。
【請求項2】
複雑なアルミニウムエンジンライナーレスシリンダーブロック鋳物の製造方法における、請求項1に記載の組成を有する鋳物を形成するためのAl−Si合金の使用を含む改良。
【請求項3】
ケイ砂コアを用いてケイ砂鋳型の中で鋳物を形成することを含み、かつ、前記鋳物の凝固後の微細構造は、存在する初晶Siが実質的に均一に分散していることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
溶融合金が約760℃〜約780℃の温度で、ケイ砂鋳型に注入されることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
耐摩耗性アルミニウム合金であって、(重量パーセントで)
13%−14%のSi、
2.3%−2.7%のCu、
0.1%−0.4%のFe、
0.1%−0.45%のMn、
0.1%−0.30%のMg、
0.1%−0.6%のZn、
0.05%−0.11%のTi、
0.4%−0.8%のNi、
0.01%−0.09%のSrを含み、かつ、
残りは、実質的にアルミニウムである合金。
【請求項6】
シリンダーライナーなしでエンジンブロックの運転ができるように耐磨耗性が向上した同一アルミニウム合金製の表面としたシリンダー・ボアを有するアルミニウム合金エンジンブロックを製造するために、請求項5に記載の組成を有するAl−Si合金の鋳物を製造する方法であって、
前記鋳物の凝固後の微細構造において、存在する初晶Siが実質的に均一に分散するように、制御された方向及び凝固速度で前記合金を凝固させるためのケイ砂コア及び冷却手段をケイ砂鋳型に提供するステップと、前記鋳型に前記合金を溶融合金として導入し、前記エンジンブロック鋳物を形成するステップとを含む方法。
【請求項7】
前記冷却手段が、鋳物重量に対するチル重量の比率が1〜5の範囲内であるような重量の金属塊であることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記冷却速度が約0.3〜3.0℃/sの範囲内であることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記冷却速度が約0.3〜3.0℃/sの範囲内であることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記溶融合金が前記ケイ砂鋳型に約760℃〜約780℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項11】
前記溶融合金が前記ケイ砂鋳型に約760℃〜約780℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項12】
前記溶融合金が前記ケイ砂鋳型に約760℃〜約780℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記溶融合金が前記ケイ砂鋳型に約760℃〜約780℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項14】
前記溶融合金が前記ケイ砂鋳型に約755℃〜約765℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項15】
前記溶融合金は前記ケイ砂型に約755℃〜約765℃の温度で注入されることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項16】
エンジンブロックの製造に適するよう耐磨耗性能が向上したアルミニウム−ケイ素合金製の鋳造品であって、シリンダーライナーなしで前記エンジンブロックの運転に耐えるよう、同一アルミニウム合金製の、耐磨耗性が向上した表面を有するシリンダー・ボアを備え、重量にして以下の組成を有する鋳造品。
13%−14%のSi、
2.3%−2.7%のCu、
0.1%−0.4%のFe、
0.1%−0.45%のMn、
0.1%−0.30%のMg、
0.1%−0.6%のZn、
0.05%−0.11%のTi、
0.4%−0.8%のNi、
0.01%−0.09%のSr、及び
残りは実質的にアルミニウム

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2010−512454(P2010−512454A)
【公表日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−522369(P2009−522369)
【出願日】平成19年8月3日(2007.8.3)
【国際出願番号】PCT/IB2007/004235
【国際公開番号】WO2008/053363
【国際公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【出願人】(507306159)テネドラ ネマク エス.エイ.デ シー.ブイ. (3)
【氏名又は名称原語表記】TENEDORA NEMAK,S.A.DE C.V.
【Fターム(参考)】