説明

リグニン誘導体の製造方法、硬化物、リグニンエポキシ樹脂

【課題】酸の残留があっても硬化反応を阻害しないリグニン誘導体の製造方法を提供する。
【解決手段】リグニンもしくはリグノセルロースよるなる木質素材1を硫酸アルミニウムなどの金属化合物2の水溶液に懸濁する工程と、必要により分解を促進するエタノールなどの第2の有機溶媒6を加える工程と、この懸濁液をオートクレーブ中で高温高圧状態として分解処理する工程と、分解処理した反応液にメチルエチルケトンなどの第1の有機溶媒4を加え、有機相と水相に分離させる工程と、有機相を回収して乾燥する工程とを備え、酸が残留してもエポキシ樹脂7の硬化反応を阻害しないようなリグニン誘導体5を製造することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、熱硬化性樹脂に加えられるリグニン誘導体の製造方法、このリグニン誘導体を添加した硬化物、リグニン誘導体にエポキシ基を付与したリグニンエポキシ樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フェノールノボラックやビスフェノールなどは、電気絶縁などを目的としたエポキシ樹脂に代表される熱硬化性樹脂の原材料として広く用いられている。しかしながら、熱硬化性樹脂は石油資源への依存度が大きく、地球環境との調和から、新しい機能を付加した絶縁材料が求められている。
【0003】
このような要求に対し、木質資源のフェノール骨格を有するリグニンを工業的に利用すべく、リグノセルロースにフェノール化合物を溶媒和させ、濃硫酸などの酸を添加してリグニン誘導体を得るものが知られている(例えば、特許文献1参照。)。また、リグニン誘導体を、ビスフェノールA型エポキシ樹脂などのエポキシ樹脂とイミダゾールなどの硬化触媒とともにメチルエチルケトンなどの有機溶媒に溶解し、これを加熱することにより硬化させ、二酸化炭素の排出を抑制する絶縁材料が知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−278904号公報
【特許文献2】特開2009−292884号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の従来のリグニン誘導体、これを添加した絶縁材料においては、次のような問題がある。特許文献1では、フェノール化合物に溶媒和させたリグニンを、72%濃硫酸と接触させて分離し、リグニン誘導体の一種であるリグノフェノールを得ている。このため、得られるリグノ誘導体中に硫酸が残留、あるいは混入することがある。引用文献2では、硬化触媒であるイミダゾールが塩基性であり、リグニン誘導体に硫酸が残留していると、有機溶媒のメチルエチルケトンを介して硬化触媒であるイミダゾールが硫酸により失活し、硬化反応が充分に進行しないことが起きる。硬化不足を生じると、硬化物として充分な諸特性を得ることができなくなる。また、酸による反応阻害は、エポキシ化反応についても同様である。
【0006】
本発明は上記問題を解決するためになされたもので、酸の残留があっても硬化反応を阻害しないリグニン誘導体の製造方法、このリグニン誘導体を添加した硬化物、エポキシ基を付与したリグニンエポキシ樹脂を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、実施形態のリグニン誘導体は、木質素材を金属化合物の水溶液に懸濁する工程と、この懸濁液を高温高圧中で分解処理する工程と、前記分解処理した反応液に第1の有機溶媒を加え、有機相と水相に分離させる工程と、前記有機相を回収して乾燥する工程と、を備えたことを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明に係るリグニン誘導体の製造方法を説明するフロー図。
【図2】本発明の実施例1に係るリグニン誘導体の製造方法を説明するフロー図。
【図3】本発明の実施例2に係るリグニンエポキシ樹脂の製造方法を説明するフロー図。
【図4】本発明の実施例2に係るエポキシ化リグニンの化学反応を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施形態によるリグニン誘導体の製造方法を図1を参照して説明する。
【0010】
先ず、公知技術から得られるリグニンもしくはリグノセルロースよりなる木質素材1に、金属化合物2を溶解、もしくは懸濁させた水3を加える。金属化合物2は、硫酸アルミニウム、塩化アルミニウム、塩化鉄、塩化錫、硫酸錫、硫酸亜鉛、塩化亜鉛のうち少なくとも1種類以上からなる。この懸濁液を高温高圧状態に保ち、分解処理を行う。懸濁液中においては、一部溶解した金属化合物2がルイス酸として作用し、リグニンのエーテル結合を加水分解し、天然時の高分子量体から低分子量体へと変換する。
【0011】
次に、分解処理した反応液に第1の有機溶媒4を加えると、リグニン誘導体を含む有機相と、金属化合物およびセルロース誘導体を含む水相に相分離する。第1の有機溶媒4は、メチルエチルケトン、ブタノール、ペンタノールのうち少なくとも1種類以上からなる。そして、分離した有機相をろ過して回収し、乾燥させることにより、リグニン誘導体5を得ることができる。
【0012】
なお、前述の木質素材1を懸濁させた金属化合物2の水溶液に、第2の有機溶媒6を加えると、リグニンの分解が促進され、高収率でリグニン誘導体5を得ることができる。第2の有機溶媒6は、メタノール、エタノール、プロパノール、クレゾール、フェノール、メチルエチルケトン、アセトンのうち少なくとも1種類以上からなる。
【0013】
得られたリグニン誘導体5にエポキシ樹脂7と硬化触媒の塩基性触媒8を加え、所定温度で加熱すると、強固に硬化したエポキシ樹脂の硬化物9を得ることができる。加熱により、エポキシ樹脂7とリグニン誘導体5(フェノール樹脂)は溶解状態で進行する。このとき、金属化合物2の酸が残留していても、これらの非水溶液性の媒体には不溶であるため、硬化反応には関与しない。変換に用いたルイス酸性が硬化反応を阻害することなく硬化を進行させる。
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0015】
先ず、本発明の実施例1に係るリグニン誘導体の製造方法を図2を参照して説明する。図2は、本発明の実施例1に係るリグニン誘導体の製造方法を説明するフロー図である。
【0016】
図2に示すように、先ず、木質素材のリグノセルロースを金属化合物の硫酸アルミニウム水溶液に懸濁させる(st1)。硫酸アルミニウムの添加量は、木質素材の重量に対して1/3とする。これは、変換工程に適切な1時間でリグニン中のエーテル結合を開裂するために必要な分量である。なお、必要により、第2の有機溶媒となるエタノールを加え、リグニンの分解を促進させる(st2)。
【0017】
次に、懸濁液をオートクレーブ中で高温高圧状態にし、木質の分解処理を行う(st3)。温度は、150〜220℃の範囲とし、180℃が好ましい。150℃未満では、リグニンの分解が進行し難く、220℃超過では、リグニンの再重合やガス化が起こり、回収率が低下する。圧力は、1.5〜2MPaとし、1時間保持する。液中においては、一部溶解した硫酸アルミニウムがルイス酸として作用し、リグニンのエーテル結合を加水分解し、天然時に高分子量体であったものを低分子量体へと変換する。
【0018】
次に、この反応液に第1の有機溶媒となるメチルエチルケトンを加え、相分離させる(st4)。相分離では、リグニン誘導体を含む有機相と、金属酸化物およびセルロース誘導体を含む水相に分離される。この中からろ過により有機相を回収し(st5)、溶媒を除去し、乾燥させると(st6)、リグニン誘導体を得ることができる(st7)。このリグニン誘導体をガスクロマトグラフィー(GPC)で分析したところ、平均分子量が1100であり、数万程度の分子量を持つ天然のリグニンに対し、低分子量体へと変換されていた。
【0019】
低分子量体に変換されたリグニン誘導体と、ビスフェノールA型エポキシ樹脂と、イミダゾール系硬化触媒とを、メチルエチルケトンに溶解したのち、120〜150℃の所定温度で加熱すると、硬化反応が進行し、溶媒が除去され、良好に硬化した硬化物を得ることができる。リグニン誘導体とエポキシ樹脂は溶解状態で反応が進行するため、硫酸アルミニウムが残留していても、溶媒には不溶であり、硬化反応に関与しない。変換に用いたルイス酸が硬化反応を阻害しないためである。なお、ポリエステル樹脂などの熱硬化性樹脂においても、良好に硬化する硬化物を得ることができる。
【0020】
上記実施例1のリグニン誘導体の製造方法によれば、リグノセルロースを硫酸アルミニウム水溶液に懸濁させ、分解処理をしてリグニン誘導体を得ているので、硫酸アルミニウムがルイス酸として作用して低分子量体に変換させることができ、リグニン誘導体に硫酸アルミニウムが残留していても、硬化反応を阻害せず、強固に硬化するエポキシ樹脂の硬化物を得ることができる。
【実施例2】
【0021】
次に、本発明の実施例2に係るリグニン誘導体を用いたリグニンエポキシ樹脂を図3、図4を参照して説明する。図3は、本発明の実施例2に係るリグニンエポキシ樹脂の製造方法を説明するフロー図、図4は、本発明の実施例2に係るエポキシ化リグニンの化学反応を説明する図である。なお、この実施例2が実施例1と異なる点は、リグニン誘導体にエポキシ基を付与したことである。各図において、実施例1と同様の構成部分においては、同一符号を付し、その詳細な説明を省略する。
【0022】
図3に示すように、実施例1と同様の(st1)〜(st7)の製造方法でリグニン誘導体5を得る。これをテトラブチルアンモニウムブロマイド11の触媒存在下でエピクロルヒドリン12に溶解、反応させ、フェノール系水酸基にクロルヒドリンエーテルを導入する。この場合、硫酸アルミニウムが残留していても、反応を阻害することはなく、クロルヒドリンエーテル化リグニン(中間体)13となる。これに過剰の水酸化ナトリウム水溶液14を加え、脱水反応によりエポキシ基を閉環し、精製することでエポキシ基が付与されたエポキシ化リグニン15を得ることができる。
【0023】
このエポキシ化リグニン15は、一般的に用いられる硬化剤の酸無水物やアミン類により硬化することができるし、また実施例1で得られたリグニン誘導体により硬化させることもできる。これらの化学反応の概念を図4に示す。なお、エポキシ基を付与したエポキシ化リグニンをリグニンエポキシ樹脂と称する。
【0024】
上記実施例2のリグニンエポキシ樹脂によれば、実施例1で得られたリグニン誘導体にエポキシ基を付与することができる。
【0025】
以上述べたような実施形態によれば、リグニン誘導体に酸が残留していても、硬化反応を阻害せず、強固に硬化させることのできる熱硬化性樹脂の硬化物を得ることができる。
【0026】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、および変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0027】
1 木質素材
2 金属化合物
3 水
4 第1の有機溶媒
5 リグニン誘導体
6 第2の有機溶媒
7 エポキシ樹脂
8 塩基性硬化触媒
9 硬化物
11 テトラブチルアンモニウムブロマイド
12 エピクロルヒドリン
13 クロルヒドリンエーテル化リグニン
14 水酸化ナトリウム
15 エポキシ化リグニン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質素材を金属化合物の水溶液に懸濁する工程と、
この懸濁液を高温高圧中で分解処理する工程と、
前記分解処理した反応液に第1の有機溶媒を加え、有機相と水相に分離させる工程と、
前記有機相を回収して乾燥する工程と、
を備えたことを特徴とするリグニン誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記金属化合物は、硫酸アルミニウム、塩化アルミニウム、塩化鉄、塩化錫、硫酸錫、硫酸亜鉛、塩化亜鉛のうち少なくとも1種類以上からなることを特徴とする請求項1に記載のリグニン誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記第1の有機溶媒は、メチルエチルケトン、ブタノール、ペンタノールのうち少なくとも1種類以上からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のリグニン誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記懸濁液に第2の有機溶媒を添加し、分解処理を促進させたことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のリグニン誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記第2の有機溶媒は、メタノール、エタノール、プロパノール、クレゾール、フェノール、メチルエチルケトン、アセトンのうち少なくとも1種類以上からなることを特徴とする請求項4に記載のリグニン誘導体の製造方法。
【請求項6】
熱硬化性樹脂の硬化物であって、
木質素材を金属化合物の水溶液に懸濁し、分解処理して回収したリグニン誘導体に、
ビスフェノールA型エポキシ樹脂と塩基性硬化触媒とを加え、
所定温度で加熱して硬化させたことを特徴とする硬化物。
【請求項7】
リグニンにエポキシ基を付与したリグニンエポキシ樹脂であって
木質素材を金属化合物の水溶液に懸濁し、分解処理して回収したリグニン誘導体を、
テトラブチルアンモニウムブロマイドの触媒存在下でエピクロルヒドリンに溶解させ、
この溶解液に水酸化ナトリウム水溶液を加えてエポキシ基を閉環したことを特徴とするリグニンエポキシ樹脂。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−131719(P2012−131719A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283752(P2010−283752)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】