説明

リン濃度予測装置及び吹錬制御方法

【課題】吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を精度高く予測すること。
【解決手段】類似度算出部10aが、実績データベース4内に格納されている複数の溶銑状態及び吹錬条件xについて、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xに対する類似度Wを算出し、予測式作成部10bが、実績データベース4に格納されている溶銑状態及び吹錬条件xのデータを用いて、溶銑状態及び吹錬条件xと吹錬処理後のスラグ中のリン濃度yとの関係を表す予測モデルを作成すると共に、類似度Wを重みとする評価関数を予測モデルの予測誤差を評価する評価関数として最適化問題を解くことによって、予測モデルのモデルパラメータを決定し、リン濃度予測部10cが、予測モデルに予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xを入力することによって、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xで吹錬処理を行った場合の吹錬処理後のスラグ中のリン濃度yを予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を予測するリン濃度予測装置、及びこのリン濃度予測装置によって予測されたスラグ中のリン濃度に基づいて吹錬処理を制御する吹錬制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼業における吹錬プロセスでは、高炉から供給される銑鉄と別途準備されるスクラップ等とが主原料であり、主原料に石灰等の副原料が加えられた後、酸素が吹き込まれ、内部に含まれるケイ素(Si)やリン(P)等の不純部が酸化によって除去される。また、内部に含まれる硫黄(S)は主原料に石灰等の副原料が加えられ還元によって除去される。そして、吹錬プロセス終了後の溶鋼は、精錬・出鋼された後、圧延工程へ供給される。
【0003】
吹錬設備に供給される銑鉄やスクラップの組成及び温度はチャージ毎に異なる。このため、全てのチャージについて所望の組成を有する溶鋼を出鋼するためには、チャージ毎に最適な吹錬制御を行う必要がある。具体的には、銑鉄には様々な成分が含まれており、本願発明が対象とするリンは単独で除去されることもあるし、他の成分と一括で除去されることもある。このため、吹錬操業にあたっては、吹錬終了後の溶鋼中のリン濃度(終点リン濃度)を適正に制御することが重要である。
【0004】
しかしながら、脱リン処理を行う副原料の投入量を決める要因は多岐に亘り、各要因を全て把握することは難しい。このため、副原料の投入量が最適にならず、終点リン濃度を適正に制御できないことがあった。具体的には、脱リン反応は、以下に示す脱リン平衡式(1)によって表現することができる。脱リン平衡式(1)から明らかなように、溶鋼中のリン濃度は、スラグ中の五酸化リン(P)の濃度と強く関係する。このため、スラグ中のP濃度を正確に予測することが、終点P濃度を適切に制御するために極めて重要である。なお、脱リン平衡式(1)中における[P]は溶鋼中のリン濃度、[O]は溶鋼中の酸素濃度、(P)はスラグ中のPの濃度を示す。
【0005】
【数1】

【0006】
このような背景から、従来までに、脱リン平衡式等の物理現象を模倣した物理モデルと学習パラメータとを組み合わせることによって、副原料投入量を決定する手法が提案されている(特許文献1,2参照)。また、過去に実施された各チャージにおける吹錬条件実績を吹錬実績データベースに蓄積し、新規に実施されるチャージに対する吹錬条件に類似し、且つ、終点リン濃度が基準範囲内に入る吹錬条件を選択する統計的手法も提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−117013号公報
【特許文献2】特開2000−309817号公報
【特許文献3】特開2008−7828号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、脱リン反応は溶銑状態や操業状態に応じて複雑に変化するために、全ての溶銑状態や操業状態に対して副原料投入量を最適にする予測式を作成することは現実的に難しい。このため、特許文献1,2記載の手法によれば、全ての溶銑状態や操業状態に対して副原料投入量を最適に算出することは困難である。一方、特許文献3記載の手法によれば、種々の溶銑状態や操業状態に対して副原料投入量を最適にする予測式を作成することはできるが、新規のチャージに類似する過去チャージに関する情報が記憶されていない場合には、適切な副原料投入量を精度良く算出することは難しい。以上のことから、吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を精度高く予測可能な方法の提供が期待されていた。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を精度高く予測可能なリン濃度予測装置、及び吹錬終了後の溶鋼中のリン濃度を適正に制御可能な吹錬制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るリン濃度予測装置は、過去に実施された吹錬処理における溶銑状態及び吹錬条件に関する情報と吹錬処理後のスラグ中のリン濃度とを関連づけして格納する実績データベースと、前記実績データベース内に格納されている複数の溶銑状態及び吹錬条件について、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件に対する類似度を算出する類似度算出部と、前記実績データベースに格納されている溶銑状態及び吹錬条件に関する情報を用いて、溶銑状態及び吹錬条件とスラグ中のリン濃度との関係を表す予測モデルを作成すると共に、前記類似度算出部によって算出された類似度を重みとする評価関数を予測モデルの予測誤差を評価する評価関数として最適化問題を解くことによって、前記予測モデルのパラメータを決定する予測式作成部と、前記予測式作成部によって作成された予測式に前記予測対象の溶銑状態及び吹錬条件を入力することによって、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件で吹錬処理を行った場合における吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を予測するリン濃度予測部と、を備える。
【0011】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る吹錬制御方法は、本発明に係るリン濃度予測装置によって予測されたスラグ中のリン濃度に基づいて溶銑への副原料の投入量を制御するステップを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るリン濃度予測装置によれば、吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を精度高く予測することができる。本発明に係る吹錬処理によれば、吹錬終了後の溶鋼中のリン濃度を適正に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明の一実施形態である吹錬制御システムの構成を示すブロック図である。
【図2】図2は、図1に示す実績データベースに格納される実績データの一例を示す図である。
【図3】図3は、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】図4は、リン濃度の実績値と従来のリン濃度予測方法及び本願発明のリン濃度予測方法を用いて予測されたリン濃度の予測値との関係を示す図である。
【図5】図5は、従来のリン濃度予測方法及び本願発明のリン濃度予測方法を用いて予測されたリン濃度の予測誤差(予測値−実績値)を示すヒストグラム図である。
【図6】図6は、本願発明のリン濃度予測方法において時間における類似度を考慮しない場合と考慮した場合におけるリン濃度の予測値とリン濃度の実測値との関係を示す図である。
【図7】図7は、本願発明のリン濃度予測方法においてそのままの溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合と主成分分析により線形変換された溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合とにおけるリン濃度の予測値とリン濃度の実測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態である吹錬制御システムの構成及びその動作について説明する。
【0015】
〔吹錬制御システムの構成〕
始めに、図1,図2を参照して、本発明の一実施形態である吹錬制御システムの構成について説明する。図1は、本発明の一実施形態である吹錬制御システムの構成を示すブロック図である。図2は、図1に示す実績データベースに格納される実績データの一例を示す図である。
【0016】
図1に示すように、本発明の一実施形態である吹錬制御システム1は、入力装置2,出力装置3,実績データベース4,リン濃度予測装置5,及び吹錬制御装置6を主な構成要素として備える。入力装置2は、キーボード,マウスポインタ,テンキー等の情報入力装置によって構成され、オペレータが各種情報をリン濃度予測装置5に入力する際に操作される。出力装置3は、表示装置や印刷装置等の情報出力装置によって構成され、リン濃度予測装置5の各種処理情報を出力する。
【0017】
図2に示すように、実績データベース4は、吹錬処理が完了する度毎に、溶銑状態及び吹錬条件(溶銑及び溶鋼の化学成分や温度等)のデータと吹錬処理後のスラグ中のP濃度のデータとを関連付けして実績データとして格納する。具体的には、実績データベース4には、出力変数の実績値y(但し、n=1,2,…,N)と入力変数の実績値x(=[x,x,…,x)(但し、n=1,2,…,N、Mは入力変数の個数)とを関連付けして記憶する。なお、この場合、出力変数はスラグ中のP濃度であり、入力変数はスラグ中のP濃度と物理的な因果関係がある溶銑の化学成分や温度等である。また、実績データベース4は、最新の実績データに基づいて予測モデルを構築できるように、先入れ先出し法等の方法によって古い実績データが除去されるように構成されている。
【0018】
図1に戻る。リン濃度予測装置5は、ワークステーションやパーソナルコンピュータ等の情報処理装置によって構成され、CPU10,RAM11,及びROM12を主な構成要素として備える。CPU10は、リン濃度予測装置5全体の動作を制御する。CPU10は、ROM12内に予め格納されているリン濃度予測プログラム12aを実行することによって、類似度算出部10a,予測式作成部10b,及びリン濃度予測部10cとして機能する。これら各部の機能については後述する。吹錬制御装置6は、リン濃度予測装置5によって予測されたスラグ中のP濃度に基づいて副原料投入量を制御することによって吹錬終了後の溶鋼中のリン濃度が適正になるように吹錬処理を制御する。
【0019】
〔リン濃度予測処理〕
このような構成を有する吹錬制御システムでは、リン濃度予測装置5が以下に示すリン濃度予測処理を実行することによって、スラグ中のP濃度を予測する。以下、図3に示すフローチャートを参照して、リン濃度予測処理を実行する際のリン濃度予測装置5の動作について説明する。
【0020】
図3は、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理の流れを示すフローチャートである。図3に示すフローチャートは、オペレータが、入力装置2を操作することによって溶銑状態及び吹錬条件のデータを入力し、リン濃度予測処理の実行を指示したタイミングで開始となり、リン濃度予測処理はステップS1の処理に進む。
【0021】
ステップS1の処理では、類似度算出部10aが、入力装置2から入力された溶銑状態及び吹錬条件のデータと実績データベース4に格納されている溶銑状態及び吹錬条件のデータとの類似度を算出する。具体的には、始めに、類似度算出部10aは、入力装置2から入力された溶銑状態及び吹錬条件に対応する入力変数空間内の点を要求点x(≡[x,x,…,x)として、実績データベース4に格納されている各入力変数の実績値xについて、以下に示す数式(2)を用いて要求点xからの距離Lを算出する。
【0022】
なお、数式(2)中、パラメータλは、化学成分と温度等のように異なる尺度で測定される入力変数をスケーリングするための重み係数である。そして、類似度算出部10aは、実績データベース4に格納されている各入力変数の実績値xについて、以下に示す数式(3)を用いて要求点xから距離Lにある点の類似度Wを算出する。なお、数式(3)中、パラメータσは、実績データに対する数式(2)で表される距離Lの標準偏差、パラメータpは調整パラメータである。
【0023】
【数2】

【数3】

【0024】
また、類似度算出部10aは、以下の数式(4)に示すように、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件に対する類似度と予測対象との時間的な類似度との積を類似度Wとして算出してもよい。なお、数式(4)中のパラメータλは、忘却要素であり、0より大きく1より小さい値を有している。この忘却要素を入れることにより、新しい実績値xの類似度は大きくなり、古い実績値xの類似度が小さくなる。予測対象との時間的な類似度を考慮することによって、リン濃度をより精度高く予測することができる。これにより、ステップS1の処理は完了し、リン濃度予測処理はステップS2の処理に進む。
【0025】
【数4】

【0026】
ステップS2の処理では、予測式作成部10bが、実績データベース4に格納されているN個の実績データ(入力変数の実績値x)とその要求点xとの類似度Wとを用いて、要求点xに類似する過去の実績データを重視した局所的な予測モデルを作成する。具体的には、予測式作成部10bは、以下に示す数式(5)によって表される予測モデルを作成する。数式(5)を構成する以下に示す数式(6)によって表されるモデルパラメータθは、以下に示す数式(7)〜(10)によって表される、類似度Wを重みとする実測値と予測値との誤差の二乗和である評価関数Jの値を最も小さくする最適化問題を解くことによって算出できる。
【0027】
ここで、数式(8)中、パラメータy(但し、n=1,2,…,N)は、n番目の実績データに対応する出力変数の値であり、数式(9)中、パラメータdiag(s)は、sの要素を主対角要素とする対角行列を示す。予測値と実測値との重み付き二乗和を最小化するモデルパラメータを計算することによって、類似度が高い、すなわち要求点xに近い実績データをより良くフィッティングする局所的な予測モデルを作成することができる。
【0028】
【数5】

【数6】

【数7】

【数8】

【数9】

【数10】

【0029】
なお、最適化問題を解く際、以下に示すような制約条件を与えて最適化問題を解いてもよい。具体的には、制約条件として、以下に示す数式(11)により表されるモデルパラメータ中の入力変数の偏回帰係数φの範囲に対して以下に示す数式(12)〜(14)により表される制限を設けるようにしてもよい。ここで、数式(13)及び数式(14)により表される下限値及び上限値には、入出力変数間の物理的先見情報を与えるものとする。
【0030】
具体的には、入力変数として与えられる溶鋼の温度が上昇すればスラグ中のP濃度は下がり、溶銑中のリン濃度が大きくなればスラグ中のP濃度が大きくなる。従って、溶鋼の温度に対応するモデルパラメータについては、下限値及び上限値をそれぞれ−∞,0とし、溶銑中のリン濃度に対応するモデルパラメータについては、下限値及び上限値をそれぞれ0,+∞とする。物理モデルから得られる先見情報に関する制約条件を加えることによって、要求点に近い実績データをより良くフィッティングし、且つ、予測対象の物理特性に合った偏回帰係数を持ち合わせた局所的な予測モデルを作成することができる。これにより、ステップS2の処理は完了し、リン濃度予測処理はステップS3の処理に進む。
【0031】
【数11】

【数12】

【数13】

【数14】

【0032】
ステップS3の処理では、リン濃度予測部10cが、ステップS2の処理によって作成された予測モデルに要求点xの値を代入することによってスラグ中のP濃度の予測値を算出する。これにより、ステップS3の処理は完了し、一連のリン濃度予測処理は終了する。以後、吹錬制御装置6は、リン濃度予測装置5によって予測されたスラグ中のP濃度に基づいて副原料投入量を制御することによって吹錬終了後の溶鋼中のリン濃度が適正になるように吹錬処理を制御する。
【0033】
なお、ステップS1〜S3の処理を行う前に、実績データベース4、類似度算出部10a、予測式作成部10b、及びリン濃度予測部10cの処理に用いられる溶銑状態及び吹錬条件を主成分分析によって線形変換及び次元圧縮してもよい。これにより、リン濃度をより精度高く予測することができる。具体的には、入力変数である溶銑状態及び吹錬条件の実績値がx(=[x,x,…,x)(但し、n=1,2,…,N、Lは入力変数の個数)である場合、始めに、以下に示す数式(15)を用いて平均が0、標準偏差が1になるように、各実績値xを標準化する。なお、数式(15)中、xL,avは、実績値xの平均値であり、分母の値は標準偏差を示している。標準化後の溶銑状態及び吹錬条件の実績値xをz(=[z,z,…,z)又は以下の数式(16)のように表記する。
【0034】
【数15】

【数16】

【0035】
次に、以下に示す数式(17)で定義される共分散行列Vを算出し、この共分散行列Vの固有値とそれに対応する固有ベクトルとを算出する。共分散行列Vには、非負の固有値が複数あり、それらに対応する固有ベクトルも複数ある。そこで、固有ベクトルを対応する固有値が大きい順に並べ替え、固有ベクトルを対応する固有値が大きいものから順にM個取り出したものを行列P(=[w,w,…,w)と表す。但し、Mは入力変数の個数Lより小さい自然数であり、行列Pはローディング行列と呼ばれる。そして、圧延条件の実績値zをローディング行列Pを用いて以下に示す数式(18)のように線形変換したものを実績データベース4に格納する。
【0036】
【数17】

【数18】

【0037】
また、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件x(=[x,x,…,x)の各要素についても同様に、始めに以下に示す数式(19)を用いて標準化し、標準化後の予測対象の溶銑状態及び吹錬条件z(=[z,z,…,z)を算出する。そして、ローディング行列Pを用いて以下に示す数式(20)のように線形変換したものを要求点として用いる。
【0038】
【数19】

【数20】

【0039】
〔実験例〕
最後に、本願発明のリン濃度予測方法と従来のリン濃度予測方法とを用いてリン濃度を予測した実験結果について説明する。ここで、従来のリン濃度予測方法とは、脱リン平衡式等の物理現象を模倣した物理モデルと学習パラメータとを組み合わせることによって、リン濃度を予測する方法である。なお、本実験では、溶銑状態のリン濃度、吹錬条件の命令上限リン濃度、吹止温度、吹止リン濃度、及び吹止時酸素濃度を入力変数とし、スラグ中のP濃度を出力変数とした。
【0040】
図4(a),(b)はそれぞれ、P濃度の実績値と従来のリン濃度予測方法及び本願発明のリン濃度予測方法を用いて予測されたP濃度の予測値との関係を示す図である。図5(a),(b)はそれぞれ、従来のリン濃度予測方法及び本願発明のリン濃度予測方法を用いて予測されたP濃度の予測誤差(予測値−実績値)を示すヒストグラム図である。なお、図4(a),(b)に示すグラフの縦軸及び横軸はそれぞれ、スラグ中のP濃度の実績値[質量%]及びスラグ中のP濃度の予測値[質量%]を示す。また、図5(a),(b)に示すグラフの横軸及び縦軸はそれぞれ、スラグ中のP濃度の予測誤差(予測値−実績値)[質量%]及び頻度を示す。
【0041】
図4(a),図5(a)に示すように、従来のリン濃度予測方法を用いて予測されたP濃度の予測誤差のRMSE(Root Mean Square:根平均二乗誤差)は0.621[質量%]であった。これに対して、図4(b),図5(b)に示すように、本願発明のリン濃度予測方法を用いて予測されたP濃度の予測誤差のRMSEは0.362[質量%]であった。このことから、本願発明のリン濃度予測方法によれば、スラグ中のリン濃度を精度高く予想できることが明らかになった。
【0042】
図6(a),(b)はそれぞれ、本願発明のリン濃度予測方法において時間における類似度を考慮しない場合と考慮した場合とにおける、P濃度の予測誤差(予測値−実績値)のヒストグラムである。また、図6(c),(d)はそれぞれ、時間における類似度を考慮しない場合と考慮した場合における、P濃度の実績値と予測値の散布図である。ここで、時間における類似度を計算するための忘却要素の値は0.990とした。なお、図6(a),(b)に示すグラフの横軸はP濃度の予測誤差[質量%]を示す。また、図6(c),(d)に示すグラフの横軸及び縦軸はそれぞれ、P濃度の実績値[質量%]及び予測値[質量%]を示す。
【0043】
図6(c)に示すように、時間における類似度を考慮しない場合におけるP濃度の予測誤差のRMSEは0.3648[質量%]であった。これに対して、図6(d)に示すように、時間における類似度を考慮した場合におけるP濃度の予測誤差は0.3455[質量%]であった。時間における類似度を考慮しない場合、図6(c)に示すように、誤差平均の絶対値が大きいことがわかる。これは、精錬の特性の経年変化に対して十分に迅速に対応した学習が行われず、P濃度の予測について定常的な偏差が残っているためであると考えることができる。時間における類似度を考慮しない場合、実績データベース4に蓄積されている古いデータも新しいデータも同様に扱うことによって生じると考えられる。そこで、忘却要素を導入して時間における類似度を考慮するようにし、古いデータの類似度は小さく、新しいデータの類似度は大きくなるようにした。これにより、図6(d)に示すように、誤差平均の絶対値が大幅に小さくなった。このことから、時間における類似度を考慮することによって、P濃度をより精度高く予測できることが確認された。
【0044】
図7(a),(b)はそれぞれ、本願発明のリン濃度予測方法においてそのままの溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合と主成分分析により線形変換された溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合とにおける、P濃度の予測誤差(予測値−実績値)のヒストグラムである。また、図7(c),(d)はそれぞれ、そのままの溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合と主成分分析により線形変換された溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合とにおける、P濃度の実績値と予測値の散布図である。なお、図7(a),(b)に示すグラフの横軸はP濃度の予測誤差[質量%]を示している。また、図7(c),(d)に示すグラフの横軸及び縦軸はそれぞれ、P濃度の実績値[質量%]及び予測値[質量%]を示す。
【0045】
図7(c)に示すように、そのまま溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合におけるP濃度の予測誤差のRMSEは0.3929[質量%]であった。これに対して、図7(d)に示すように、主成分分析により線形変換された溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合におけるP濃度の予測誤差は0.3427[質量%]であった。そのままの溶銑状態及び吹錬条件を用いた場合、図7(c)に示すように、予測誤差のRMSEが大きいことがわかる。これは、溶銑状態及び吹錬条件の実績データの中に相関が非常に高いものが含まれる多重共線性といわれる状態にあるため、そのようなデータをもとに作ったモデルに予測対象の溶銑状態及び吹錬条件を入れて計算したP濃度予測値は誤差が大きくなる傾向にある。そこで、主成分分析により次元圧縮することで、多重共線性の問題を回避するようにした。これにより、図7(d)に示すように、予測誤差のRMSEが大幅に小さくなった。このことから、主成分分析により線形変換された溶銑状態及び吹錬条件を用いることによって、P濃度をより精度高く予測できることが確認された。
【0046】
以上の説明から明らかなように、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理によれば、類似度算出部10aが、実績データベース4内に格納されている複数の溶銑状態及び吹錬条件xについて、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xに対する類似度Wを算出し、予測式作成部10bが、実績データベース4に格納されている溶銑状態及び吹錬条件xのデータを用いて、溶銑状態及び吹錬条件xと吹錬処理後のスラグ中のリン濃度yとの関係を表す予測モデルを作成すると共に、類似度算出部10aによって算出された類似度Wを重みとする評価関数を予測モデルの予測誤差を評価する評価関数として最適化問題を解くことによって、予測モデルのモデルパラメータを決定し、リン濃度予測部10cが、予測式作成部10bによって作成された予測モデルに予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xを入力することによって、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件xで吹錬処理を行った場合の吹錬処理後のスラグ中のリン濃度yを予測する。このような構成によれば、実績データベース4内に格納されている実績値に基づいて予測モデルの調整を自動的に行うことができるので、吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を精度高く予測することができる。
【0047】
また、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理によれば、予測式作成部10bは、予測対象の吹錬の物理的特性を制約条件として最適化問題を解くので、物理現象に反する予測モデルが作成されることを抑制し、リン濃度の予測精度をさらに向上させることができる。
【0048】
また、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理によれば、類似度算出部10aは、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件に対する類似度と予測対象に対する時間的な類似度との積を類似度として算出するので、リン濃度をより精度高く予測することができる。
【0049】
また、本発明の一実施形態であるリン濃度予測処理によれば、実績データベース4、類似度算出部10a、予測式作成部10b、及びリン濃度予測部10cの処理に用いられる溶銑状態及び吹錬条件は、主成分分析によって線形変換及び次元圧縮されているので、リン濃度をより精度高く予測することができる。
【0050】
以上、本発明者によってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者などによりなされる他の実施の形態、実施例及び運用技術などは全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0051】
1 吹錬制御システム
2 入力装置
3 出力装置
4 実績データベース
5 リン濃度予測装置
6 吹錬制御装置
10 CPU
10a 類似度算出部
10b 予測式作成部
10c リン濃度予測部
11 RAM
12 ROM
12a リン濃度予測プログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過去に実施された吹錬処理における溶銑状態及び吹錬条件に関する情報と吹錬処理後のスラグ中のリン濃度とを関連づけして格納する実績データベースと、
前記実績データベース内に格納されている複数の溶銑状態及び吹錬条件について、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件に対する類似度を算出する類似度算出部と、
前記実績データベースに格納されている溶銑状態及び吹錬条件に関する情報を用いて、溶銑状態及び吹錬条件とスラグ中のリン濃度との関係を表す予測モデルを作成すると共に、前記類似度算出部によって算出された類似度を重みとする評価関数を予測モデルの予測誤差を評価する評価関数として最適化問題を解くことによって、前記予測モデルのパラメータを決定する予測式作成部と、
前記予測式作成部によって作成された予測式に前記予測対象の溶銑状態及び吹錬条件を入力することによって、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件で吹錬処理を行った場合における吹錬処理後のスラグ中のリン濃度を予測するリン濃度予測部と、
を備えることを特徴とするリン濃度予測装置。
【請求項2】
前記予測式作成部は、予測対象の吹錬の物理的特性を制約条件として前記最適化問題を解くことを特徴とする請求項1に記載のリン濃度予測装置。
【請求項3】
前記類似度算出部は、予測対象の溶銑状態及び吹錬条件に対する類似度と予測対象に対する時間的な類似度との積を類似度として算出することを特徴とする請求項1又は2に記載のリン濃度予測装置。
【請求項4】
前記実績データベース、前記類似度算出部、前記予測式作成部、及び前記リン濃度予測部の処理に用いられる溶銑状態及び吹錬条件は、主成分分析によって線形変換及び次元圧縮されていることを特徴とする請求項1〜3のうち、いずれか1項に記載のリン濃度予測装置。
【請求項5】
請求項1〜4のうち、いずれか1項に記載のリン濃度予測装置によって予測されたスラグ中のリン濃度に基づいて溶銑への副原料の投入量を制御するステップを含むことを特徴とする吹錬制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−167366(P2012−167366A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−12691(P2012−12691)
【出願日】平成24年1月25日(2012.1.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】