説明

ルテニウム−ジアミン錯体および光学活性化合物の製造方法

【課題】
本発明は、新規なルテニウム−ジアミン錯体、並びにそれを触媒として用いた医薬品、機能性材料の合成の前駆体として重要な光学活性アルコール及び光学活性アミンの選択的な製造方法を提供する。
【解決手段】
本発明は、配位子として光学活性ジアミンを有するルテニウム錯体に配位する芳香族化合物(arene)部位に三置換シリル基を導入した新規なルテニウム−ジアミン錯体、それからなる不斉還元用触媒、及びそれを用いた光学活性アルコール又は光学活性アミンの製造方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なルテニウム−ジアミン錯体、並びにそれを触媒として用いた医薬品、機能性材料の合成の前駆体として重要な光学活性アルコール及び光学活性アミンの選択的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不斉還元をはじめとする多くの不斉反応が開発され、これらの反応に用いられる触媒として光学活性なホスフィン配位子をもつ不斉金属錯体を用いる不斉反応が数多く報告されている。一方、例えばルテニウム、ロジウム、イリジウムなどの遷移金属に光学活性な窒素化合物を配位させた錯体が、不斉合成反応の触媒として優れた性能を有するという報告も数多くされている。そこで、この触媒の性能を高めるためにこれまでに種々の光学活性な窒素化合物が数多く開発されてきた(非特許文献1、2、3、4など)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Chem Rev. (1992) p. 1051
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 117 (1995) p. 7562
【非特許文献3】J. Am. Chem. Soc. 118 (1996) p. 2521
【非特許文献4】J. Am. Chem. Soc. 118 (1996) p. 4916
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、これらの錯体を用いる従来の方法においては、対象とする反応またはその反応基質によって触媒活性、不斉収率が不十分等の場合があり、さらなる錯体の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため本発明者らは、光学活性ジアミンを有するルテニウム錯体に配位する芳香族化合物(arene)部位に三置換シリル基を導入した新規なルテニウム−ジアミン錯体を見出した。
【0006】
本発明は以下の内容を含むものである。
[1] 次の一般式(1)、
【0007】
【化1】

【0008】
(式中、*は不斉炭素原子を示し、Rは炭素数1〜10のアルキル基;ハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1〜10のアルカンスルホニル基;炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のハロゲン化アルキル基、若しくはハロゲン原子で置換されていてもよいアレーンスルホニル基;炭素数2〜11のアルコキシカルボニル基;又は炭素数1〜10のアルキル基で置換されていてもよいベンゾイル基を示す。Rは水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基を示し、Xはトリフルオロメタンスルホニルオキシ基、p−トルエンスルホニルオキシ基、メタンスルホニルオキシ基、ベンゼンスルホニルオキシ基、水素原子、又はハロゲン原子を示す。m及びnはそれぞれ0又は1を示すが、m+nが1になることはない。R及びRは、それぞれ独立して、炭素数1〜10のアルキル基;炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基、若しくはハロゲン原子で置換されていてもよいフェニル基;又は炭素数3〜8のシクロアルキル基を示すか、又はR及びRが一緒になって環を形成してもよい。Lは下記一般式(2)
【0009】
【化2】

【0010】
(一般式(2)中、R〜R10は、それぞれ独立して、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、又は、炭素数1〜10のアルキル基若しくは炭素数1〜10のアルコキシ基で置換されていてもよいフェニル基を示し、R11及びR12は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜10のアルキル基、又は炭素数1〜10のアルコキシ基を示し、n1、n2及びn3は0又は1を示す。)
で示される芳香族化合物を示す。)
で表わされるルテニウム錯体。
[2]前記[1]に記載のルテニウム錯体及び水素供与体の存在下、カルボニル化合物のカルボニル基を還元することを特徴とする光学活性アルコールの製造方法。
[3]前記[1]に記載のルテニウム錯体及び水素供与体の存在下、イミン化合物のイミノ基を還元することを特徴とする光学活性アミンの製造方法。
[4]水素供与体が、ギ酸、ギ酸アルカリ金属塩及び水酸基置換炭素のα位炭素原子に水素原子を有するアルコールの中から選ばれるものである前記[2]又は[3]に記載の製造方法。
[5]前記[1]に記載のルテニウム錯体からなる不斉還元用触媒。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ルテニウムに配位する芳香族化合物(arene)部位に三置換シリル基を導入した新規なルテニウム−ジアミン錯体を提供するものである。本発明のルテニウム−ジアミン錯体は、触媒活性が強く、各種の水素化触媒と有用であるだけでなく、立体選択性に優れ高い不斉収率を与える。
本発明のルテニウム−ジアミン錯体を用いることにより、医薬品、機能性材料の製造原料などとして有用な光学活性アルコールや光学活性アミンを選択的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一般式(1)において、R及びRで示される炭素数1〜10のアルキル基としては直鎖又は分岐のアルキル基が挙げられる。具体的なアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−ノニル基及びn−デシル基等が挙げられる。
本発明の一般式(1)において、Rで示されるハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1〜10のアルカンスルホニル基としては、例えばメタンスルホニル基、エタンスルホニル基、1−プロパンスルホニル基、2−プロパンスルホニル基、1−ブタンスルホニル基、1−ヘキサンスルホニル基等のアルカンスルホニル基、トリフルオロメタンスルホニル基、ペンタフルオロエタンスルホニル基、ヘプタフルオロプロパンスルホニル基等のパーフルオロアルキル基が挙げられる。
【0013】
本発明の一般式(1)において、Rで示されるアレーンスルホニル基のアレーンとしては、フェニル基又はナフチル基等が挙げられ、これらに置換する基としては前記したような炭素数1〜10のアルキル基、パーフルオロアルキル基又はフッ素原子、塩素原子等のハロゲン原子が挙げられる。具体的なアレーンスルホニル基としては、例えば、ベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−トルエンスルホニル基、o−,m−及びp−エチルベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−イソプロピルベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−t−ブチルベンゼンスルホニル基、2,4,6−トリメチルベンゼンスルホニル基、2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−トリフルオロメチルベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−フルオロベンゼンスルホニル基、o−,m−及びp−クロロベンゼンスルホニル基、ペンタフルオロベンゼンスルホニル基などが挙げられる。
本発明の一般式(1)において、Rで示される炭素数2〜11のアルコキシカルボニル基としては、例えばメトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、イソプロピルオキシカルボニル基、t−ブトキシカルボニル基などが挙げられる。また、炭素数1〜10のアルキル基が置換していてもよいベンゾイル基としては、例えばベンゾイル基、o−,m−及びp−トルオイル基、o−,m−及びp−エチルベンゾイル基、o−,m−及びp−t−ブチルベンゾイル基などが挙げられる。
【0014】
本発明の一般式(1)において、R及びRで示される炭素数1〜10のアルキル基としては、直鎖または分岐のアルキル基が挙げられる。具体的なアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−ノニル基及びn−デシル基等が挙げられる。
本発明の一般式(1)において、R及びRで示される、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基、ハロゲン原子で置換されていてもよいフェニル基のアルキル基としては、例えば前記したような基が挙げられる。ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子及び臭素原子が挙げられる。
炭素数1〜10のアルコキシ基としては、直鎖又は分岐のアルコキシ基が挙げられ、具体的なアルコキシ基としては、例えばメトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、イソブトキシ基、s−ブトキシ基、t−ブトキシ基、n−ペンチルオキシ基、n−ヘキシルオキシ基、n−ヘプチルオキシ基、n−オクチルオキシ基、n−ノニルオキシ基及びn−デシルオキシ基等が挙げられる。
本発明の一般式(1)において、R及びRで示される炭素数3〜8のシクロアルキル基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基であり、これらのシクロアルキル基はメチル基、イソプロピル基、t−ブチル基等のアルキル基で置換されていてもよい。
また、R及びRが一緒になって環を形成する場合、R及びRが一緒になって炭素数2から10、好ましくは3から10の直鎖状又は分岐状のアルキレン基となり、隣接する炭素原子と共に4から8員、好ましくは5から8員のシクロアルカン環を形成する。好ましいシクロアルカン環としては、シクロペンタン環、シクロヘキサン環及びシクロヘプタン環が挙げられ、これらの環は置換基としてメチル基、イソプロピル基、t−ブチル基等のアルキル基を有していてもよい。
【0015】
本発明において一般式(1)で表されるLにおいて、一般式(2)におけるR〜R12で示される炭素数1〜10のアルキル基及び炭素数1〜10のアルコキシ基としては、前記したような基が挙げられ、R〜R10で示される炭素数3〜6のシクロアルキル基としてはシクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基及びシクロヘキシル基が挙げられる。
一般式(2)で示される好ましい例としては、トリメチルシリルベンゼン、トリメチルシリルトルエン、トリメチルシリルキシレン、トリエチルシリルベンゼン、トリエチルシリルトルエン、トリエチルシリルキシレン、トリイソプロピルシリルベンゼン、トリイソプロピルシリルトルエン、トリイソプロピルシリルキシレン、t-ブチルジメチルシリルベンゼン、t-ブチルジメチルシリルトルエン、t-ブチルジメチルシリルキシレンなどの三置換飽和炭化水素シリル基をもつアルキル置換されていてもよいベンゼン;トリフェニルシリルベンゼン、トリフェニルシリルトルエン、トリフェニルシリルキシレン、ジメチルフェニルシリルベンゼン、ジメチルフェニルシリルトルエン、ジメチルフェニルシリルキシレンなどの三置換不飽和又は飽和炭化水素シリル基をもつアルキル置換されていてもよいベンゼン;トリメトキシシリルベンゼン、トリメトキシシリルトルエン、トリメトキシシリルキシレン、トリエトキシシリルベンゼン、トリエトキシシリルトルエン、トリエトキシシリルキシレンなどの三置換アルコキシシリル基をもつアルキル置換されていてもよいベンゼンなどが挙げられる。
【0016】
本発明のルテニウム錯体の製造法は、例えばJ.Am.Chem.Soc.,1995,117,p7562、又はAngew.Chem.Int.Ed.Engl.,1997,36,p285に記載のように以下のスキームで表される。
【0017】
【化3】

【0018】
(スキーム中の記号の意味は前記と同じである。)
光学活性ジアミン化合物とルテニウム化合物との反応は、理論的には等モル量反応であるが、触媒調製速度の点から光学活性ジアミン化合物をルテニウム化合物に対して等モル量以上用いるのが好ましい。
【0019】
また、一般式(1)において、m=n=1でXがハロゲン原子であるルテニウム錯体の場合には、錯体調製時に塩基を共存させるのが好ましい。この場合の塩基としてはトリメチルアミン、トリエチルアミン、トリイソプロピルアミンなどの第3級有機アミン類、特にトリエチルアミンが好ましい。塩基の添加量はルテニウム原子に対して等モル以上である。この場合に用いられる溶媒としては特に限定されないが、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;塩化メチレン、1,2-ジクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素類;アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド等の非プロトン性極性溶媒等が好ましく、特にイソプロパノールが好ましい。
また、上記の方法により得られるXがハロゲン原子のルテニウム錯体は、水素供与体と接触させることにより容易にXが水素原子のものに変換することができる。ここで、水素供与体としては、水素化ホウ素化合物等の金属水素化物や水素ガス、ギ酸やイソプロパノール等の水素移動型還元反応において、水素供与体として一般的に用いられるようなものが同様に用いられ、その使用量としては、ヒドリド換算で触媒に対して等モル量以上であればよい。
【0020】
また、塩基性条件とするために用いる塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリイソプロピルアミンなどの第3級有機アミン類;LiOH、NaOH、KOH、KCOなどの無機塩基;又は、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド等の金属アルコキシドが挙げられる。また、本発明のルテニウム錯体におけるXのハロゲン原子から水素原子への変換は、不斉還元反応に供する前に予め行っておいても良いし、不斉還元反応系中で行っても良い。
また、一般式(1)において、m=n=0のルテニウム錯体の調製時は、溶媒として、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;塩化メチレン等のハロゲン溶媒が好ましく、特にトルエン、塩化メチレンが好ましい。塩基としてはLiOH、NaOH、KOH、KCOなどの無機塩基;又は、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド等の金属アルコキシドが挙げられ、特に好ましいのはKOH、NaOHである。
【0021】
本発明のルテニウム錯体の調製は、通常、100℃以下、好ましくは80℃以下で行われる。
反応終了後は反応液の濃縮又は貧溶媒の添加等の一般的な晶析手法により、目的とするルテニウム錯体を分離することができる。また、上記の調製において、ハロゲン化水素塩が副生する場合には、必要に応じて水洗の操作を行っても良い。
また、不斉還元反応系中で触媒調製を同時に行う場合(in situ法)は、水素供与体共存下で、上述のルテニウム化合物および光学活性ジアミン化合物を接触させてから還元基質を加える方法、又は、ルテニウム化合物、光学活性ジアミン化合物及び還元基質を同時に加える方法を挙げることができ、これらのいずれの場合においても、ルテニウム化合物と光学活性ジアミン化合物の使用量比等は、前述と同様である。また、反応溶媒や温度等の反応条件は後述する不斉還元反応条件に準ずればよい。
【0022】
また、本発明のルテニウム錯体の原料であるルテニウム芳香環錯体[RuX(L)]は以下のようにして製造できる。例えば、Tetrahedron Letters 41 (2000) p. 6757及びSynthesis (2002) p. 609に記載の方法に準じて、イソプレンのような1,3−ジエンと、トリメチルシリルアセチレンのようなケイ素原子を有するアセチレン誘導体を、コバルトなどの金属触媒を用いてDiels-Alder反応を行い、1,4−シクロヘキサジエン誘導体を合成する。続いて、例えば、J. Chem.Soc., Dalton Trans (1974) p. 233及びOrganic & Biomolecular Chemistry (2007) p. 1093に記載のように、上記で得られた1,4−シクロヘキサジエン誘導体に対して塩化ルテニウム三水和物を、NaHCOなどの塩基存在下、2−メトキシエタノールなどのアルコール溶媒中にて反応させることにより目的のルテニウム芳香環錯体を合成することができる。本製造法は窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0023】
本発明の不斉還元反応は、カルボニル化合物又はイミン類に水素供与体の共存下、一般式(1)で表されるルテニウム錯体を反応させることにより行われる。該水素供与体としては、ギ酸又はその塩、水酸基が置換している炭素原子のα位に水素原子を有するアルコールであるイソプロパノール等の水素移動型還元反応に一般的に用いられるようなものであれば特に限定されない。また、水素供与体としては水素ガスも用いることができる。また、不斉還元反応は塩基存在下で実施されることが好ましい。塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリイソプロピルアミンなどの第3級有機アミン類やLiOH、NaOH、KOH、KCOなどの無機塩基が挙げられる。好適な塩基はトリエチルアミンである。塩基は、ルテニウム錯体に対して過剰量、例えばモル比で1〜10000倍用される。トリエチルアミンを使用する場合は触媒に対して、1〜1000倍用いるのが好ましい。
上記水素供与体と塩基との組み合わせの中で、水素供与体がギ酸の場合にはアミンを塩基として用いるのが好ましく、この場合、ギ酸とアミンは別々に反応系に添加しても良いが、あらかじめギ酸とアミンの共沸混合物を調製して用いてもよい。
反応は通常、水素供与体が液体であればそれを反応溶媒として利用できるが、原料を溶解させるために、トルエン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトン、塩化メチレン等の非水素供与性溶媒を単独又は混合して助溶媒として使用することも可能である。また、水素ガスを用いる場合はメタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール溶媒が好ましい。
【0024】
触媒であるルテニウム錯体の使用量は、ルテニウム金属原子(C)に対する基質(カルボニル化合物又はイミン類)(S)のモル比(S/C)が10〜1000000、好ましくは100〜5000の範囲から選ばれる。
カルボニル化合物又はイミン類に対する水素供与体の量としては、通常等モル量以上用いられ、このうち水素供与体がギ酸又はその塩である場合には、1.5倍モル量以上が好ましく、また、20倍モル量以下、好ましくは10倍モル量以下の範囲で用いられる。一方、水素供与体がイソプロパノール等の場合には、反応平衡の観点から基質に対して大過剰量用いられ、通常1000モル倍以下の範囲で用いられる。
反応温度は−70〜100℃、好ましくは0〜70℃の範囲から選ばれる。
反応圧力は特に限定されず、通常0.5〜2気圧、好ましくは常圧のもとで行われる。また、水素ガスを用いる場合は通常5MPa以下好ましくは3MPa以下である。
反応時間は1〜100時間、通常は2〜50時間である。
反応後は、蒸留、抽出、クロマトグラフィー、再結晶などの一般的操作により、生成した光学活性体を分離、精製することができる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、以下の実施例及び参考例における錯体の同定及び純度決定に用いたNMRスペクトルは、バリアンテクノロジージャパンリミテッド製Mercury Plus 300 4N型装置で測定した。また、反応時のGC分析は、Chirasil-DEX CB(0.25mm X 25m, 0.25μm)(バリアン社製)を用いて測定した。
なお、実施例中の記号は以下の意味を表す。
TMS−toluene:4−(トリメチルシリル)トルエン
TIPS−toluene:4−(トリイソプロピルシリル)トルエン
Msdpen:N−メタンスルホニル−1,2−ジフェニルエチレンジアミン
Tsdpen:N−(p−トルエンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン
但し、錯体中でのジアミンは、ジアミンの1個又は2個の水素原子が脱離したものを表す。
【0026】
(実施例1) RuCl{(R,R)−Msdpen}(TMS−toluene)の合成
【0027】
【化4】

【0028】
50mlシュレンク管に[RuCl(TMS−toluene)] 0.385g(0.574mmol)と(R,R)−Msdpen 0.333g(1.15mmol),トリエチルアミン0.32ml(2.3mmol)をイソプロパノール10mlに溶解させ80℃にて1.5時間攪拌を行った。その後、減圧下でイソプロパノールを約半分の容量になるまで回収を行い、蒸留水20ml加え析出した結晶をろ過し、ろ過物を水洗した。得られた結晶を減圧下60℃にて5時間乾燥することにより、目的の錯体であるRuCl[(R,R)−Msdpen](TMS−toluene)を0.60g、89%収率で得た。
【0029】
H−NMR (CDCl,300MHz) δ:
0.45(s, 9H, −Si(C),
2.37 (s, 3H,C−C−Si(CH),
2.47(s, 3H, −SO−C), 3.72 (m, 1H, NHH), 3.72(m, 1H, HCNMs),
3.90 (m, 1H, CNH),5.10 (m, 1H, NHH),
5.36, 5.44, 5.71, 5.80 (それぞれ d, 1H, CHarene in TMS-toluene),
6.84-7.13(10H, ジフェニルエチレンジアミンのフェニルプロトン)
【0030】
(実施例2) RuCl[(R,R)−Tsdpen](TMS−toluene)の合成
【0031】
【化5】

【0032】
50mlシュレンク管に[RuCl(TMS−toluene)] 0.46g(0.682mmol)と(R,R)−Tsdpen 0.5g(1.36mmol),トリエチルアミン0.38ml(2.7mmol)をイソプロパノール13mlに溶解させ80℃にて1時間攪拌を行った。その後、減圧下でイソプロパノールを約半分の容量になるまで回収を行い、蒸留水25ml加え析出した結晶をろ過し、ろ過物を水洗した。得られた結晶を減圧下60℃にて5時間乾燥することにより、目的の錯体であるRuCl[(R,R)−Tsdpen](TMS−toluene)を0.82g、90%収率で得た。
【0033】
H−NMR (CDCl,300MHz) δ:
0.47 (s, 9H, Si(C), 2.26 (s, 3H, −SiC−C),
2.42 (s, 3H, −SO−C), 3.67 (m, 1H, NHH),
3.67 (m, 1H, CNH), 3.85 (m, 1H, HCN-pTs), 5.05 (m, 1H, NHH),
5.48, 5.58, 5.67, 5.79 (それぞれ d, 1H; CHarene in TMS-toluene),
6.63-7.16 (14H, Tsdpen部位のトシル基及びフェニル基のプロトン)
【0034】
(実施例3)1−アセチルナフタレンの水素移動型反応
20mlシュレンク管にRuCl[(R,R)−Msdpen](TMS−toluene)28mg(0.05mmol)(S/C=100)、1−アセチルナフタレン 0.85g(5.0mmol)、ギ酸−トリエチルアミン(5:2)共沸物2.5mlを混合し窒素置換した後、30℃にて48時間反応を行った。GC分析にて収率、光学純度の測定を行った結果、目的の還元物である光学活性1−ナフチルエタノールを転化率83.6%、光学純度96.2%eeで得た。
【0035】
(実施例4)(E)−1−フェニル−N−(1−フェニルエチリデン)メタナミンの水素移動型反応
20mlシュレンク管にRuCl((R,R)−Msdpen)(p−TMS−toluene)を28mg(0.05mmol)(S/C=100)と標記のイミン1.04g(5mmol)、ジクロロメタン10ml、ギ酸−トリエチルアミン(5:2)共沸物 2.5mlを混合し30℃で24時間反応させた。GC分析にて収率、光学純度の測定を行った結果、目的のアミンである光学活性N−ベンジル−1−フェネチルアミンを収率86%、光学純度76%eeで得た。
【0036】
(参考例1)[RuCl(TMS−toluene)]の合成
50mlシュレンク管に塩化ルテニウム三水和物 2.13g(9.0mmol)とトリメチル(4−メチルシクロヘキサ−1,4−ジエニル)シラン 6.8g(40.8mmol)、NaHCO 0.76g(9.0mmol)、水 2.3mlを2−メトキシエタノール22mlに溶解させ130℃にて1時間反応を行った。その後、室温まで放冷し析出した結晶を濾過することにより目的の[RuCl(TMS−toluene)]2を2.06g、76%の収率で得た。
【0037】
H−NMR(CDCl,300MHz)δ:
0.39(s, 9H), 2.11 (s, 3H),5.33 (d, 2H), 5.59 (d, 2H)
【0038】
(参考例2)[RuCl(TIPS−toluene)]の合成
150mlシュレンク管にて塩化ルテニウム三水和物 1.18g(4.5mmol)とトリイソプロピル(4−メチルシクロヘキサ−1,4−ジエニル)シラン5.6g(22.5mmol)、NaHCO 0.38g(4.5mmol)、を2−メトキシエタノール11mlに溶解させ130℃にて9時間反応を行った。その後、室温まで放冷し析出した結晶を濾過することにより目的の[RuCl(4−(トリイソプロピルシリル)トルエン)]を1.4g、73.0%の収率で得た。
前記した実施例において使用されたトリメチルシリル体と同様に、参考例2で示したトリイソプロピルシリル体を使用することができる。
【0039】
H−NMR(CDCl,300MHz)δ:
1.15(d, 18H), 1.42(m, 3H), 2.09 (s, 3H),5.34 (d, 2H), 5.64 (d, 2H)
【0040】
(実施例5)RuCl[(R,R)−Tsdpen](TIPS−toluene)の合成
【0041】
【化6】

【0042】
50mlシュレンク管に[RuCl(TIPS−toluene)] 200mg(0.238mmol)と(R,R)−Tsdpen 175mg(0.477mmol)、トリエチルアミン0.20ml(1.4mmol)をイソプロパノール4mlに溶解させ80℃にて1時間攪拌を行った。その後、減圧下でイソプロパノールを約半分の容量になるまで回収を行い、蒸留水10ml加え析出した結晶をろ過し、ろ過物を水洗した。得られた結晶を減圧下60℃にて5時間乾燥することにより、目的の錯体であるRuCl[(R,R)−Tsdpen](TIPS−toluene)を0.32g、90%収率で得た。
【0043】
H−NMR (CDCl,300MHz) δ:
1.14 (d, 18H, Si(CH(C),
1.41-1.46 (m, 3H, Si(C(CH),
2.19 (s, 3H, −SiC−C),
2.36 (s, 3H, −SO−C),
2.84-2.86 (m, 1H, NHH), 3.67 (m, 1H, CNH),
3.75 (m, 1H, HCN-pTs), 4.91 (m, 1H, NHH),
5.45-5.71 (4H, CHarene in TIPS-toluene),
6.61-7.15 (14H, Tsdpen部位のトシル基及びフェニル基のプロトン)
【0044】
(実施例6)Ru[(R,R)−Tsdpen](TMS−toluene)の合成
【0045】
【化7】

【0046】
25mlシュレンク管に[RuCl(TMS−toluene)] 50mg(0.075mmol)と(R,R)−Tsdpen 54.9mg(0.15mmol)、KOH 25mg(0.446mmol)をジクロロメタン2ml、水2mlに溶解させ30℃にて5分間攪拌を行った。ジクロロメタン層を水洗後、溶媒を留去し得られた結晶を減圧下60℃にて5時間乾燥することにより、目的の錯体であるRu[(R,R)−Tsdpen](TMS−toluene)を得た。
【0047】
H−NMR (CDCl,300MHz) δ:
0.20 (s, 9H, Si(C),
2.07 (s, 3H, −SiC−C),
2.12 (s, 3H, −SO−C), 3.64 (1H, H-CN-H),
3.86 (1H, HCN-pTs), 5.26- 5.47 (4H, CHarene in TMS-toluene),
6.60(br, d, 1H, H-N-C)
6.45-7.17 (14H, Tsdpen部位のトシル基及びフェニル基のプロトン)
【0048】
(実施例7)アセトフェノンの不斉水素化
100mlオートクレーブにRuCl[(R,R)−Msdpen](TMS−toluene)10mg(16.9mmol)を加え、窒素置換した。続いて、アセトフェノン0.2g(1.66mmol)、メタノール2mlを加え、水素を3MPaまで加圧後、60℃で19時間攪拌した。反応液をGC分析した結果、転化率98%、光学純度80.7%eeの(R)−1−フェニルエタノールが生成していた。
【0049】
(実施例8)
4−クロマノンの不斉水素化
100mlオートクレーブにRuCl[(R,R)−Msdpen](TMS−toluene)7.0mg(11.9mmol)を加え、窒素置換した。続いて、4−クロマノン0.89g(6.0mmol)、メタノール20mlを加え、水素を1.5MPaまで加圧後、60℃で23時間攪拌した。反応液をGC分析した結果、転化率84%、光学純度97.0%eeの(R)−4−クロマノールが生成していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の一般式(1)、
【化8】

(式中、*は不斉炭素原子を示し、Rは炭素数1〜10のアルキル基;ハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1〜10のアルカンスルホニル基;炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のハロゲン化アルキル基、若しくはハロゲン原子で置換されていてもよいアレーンスルホニル基;炭素数2〜11のアルコキシカルボニル基;又は炭素数1〜10のアルキル基で置換されていてもよいベンゾイル基を示す。Rは水素原子又は炭素数1〜10のアルキル基を示し、Xはトリフルオロメタンスルホニルオキシ基、p−トルエンスルホニルオキシ基、メタンスルホニルオキシ基、ベンゼンスルホニルオキシ基、水素原子、又はハロゲン原子を示す。m及びnはそれぞれ0又は1を示すが、m+nが1になることはない。R及びRは、それぞれ独立して、炭素数1〜10のアルキル基;炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基、若しくはハロゲン原子で置換されていてもよいフェニル基;又は炭素数3〜8のシクロアルキル基を示すか、又はR及びRが一緒になって環を形成してもよい。Lは下記一般式(2)
【化9】

(一般式(2)中、R〜R10は、それぞれ独立して、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、又は、炭素数1〜10のアルキル基若しくは炭素数1〜10のアルコキシ基で置換されていてもよいフェニル基を示し、R11及びR12は、それぞれ独立して水素原子、炭素数1〜10のアルキル基、又は炭素数1〜10のアルコキシ基を示し、n1、n2及びn3は0又は1を示す。)
で示される芳香族化合物を示す。)
で表わされるルテニウム錯体。
【請求項2】
請求項1に記載のルテニウム錯体及び水素供与体の存在下、カルボニル化合物のカルボニル基を還元することを特徴とする光学活性アルコールの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のルテニウム錯体及び水素供与体の存在下、イミン化合物のイミノ基を還元することを特徴とする光学活性アミンの製造方法。
【請求項4】
水素供与体が、ギ酸、ギ酸アルカリ金属塩及び水酸基置換炭素のα位炭素原子に水素原子を有するアルコールの中から選ばれるものである請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載のルテニウム錯体からなる不斉還元用触媒。

【公開番号】特開2011−37828(P2011−37828A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−121374(P2010−121374)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(000169466)高砂香料工業株式会社 (194)
【Fターム(参考)】