説明

ループシェイピング手法による磁気軸受ロバスト制御装置

【課題】演算処理の簡便化を図り、複数の磁気軸受の集中制御に適した多入力多出力ロバスト制御を実現させる磁気軸受の制御装置を提供する。
【解決手段】アクチュエータ21、回転体1、増幅器22、位置センサ23から成る詳細制御対象20の第1の数式モデルを導出する。第1の数式モデルの低次元化を行い、PI制御部13、減算器14、PD制御部15及び詳細制御対象20から成る拡大制御対象Ga(s)の第2の数式モデルを、低次元化した第1の数式モデルを用いて導出する。第2の数式モデルの次数を低次元に設定し、その第2の数式モデルにループシェイピング手法を用いて演算式を導出する。その演算式によりロバスト制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多入力多出力ロバスト制御部を備える磁気軸受の制御装置に関し、詳細には、H∞ループシェイピング手法又は線形行列不等式(LMI:Linear Matrix Inequality)のループシェイピング手法を用いて設計された多入力多出力ロバスト制御部を備える磁気軸受の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高温ガス炉ガスタービン発電システムでは、既存の流体軸受の油、水の潤滑剤がガス冷却材中に混入し、システム内での機器・設備を腐食するため、磁気軸受が必要である。
ガスタービンロータと発電機ロータの両端それぞれ2箇所(合計4箇所)を磁気軸受で支持し、両ロータを継手により接続する2スパンロータとなる。長尺のロータに対して、磁気軸受の剛性が低くなり、ロータの曲げモード固有振動数が比較的低くなる。このため、定格回転数はロータの曲げモード固有振動数を超えた高速回転数領域にする必要がある。(非特許文献1参照)
このようなロータを支持する磁気軸受を、個々の磁気軸受を1入力1出力制御装置により分散制御する場合には、ロータの高次曲げモード振動や、2つのロータ間の相互干渉振動などが原因で、安定な制御ができないことが問題となる。
【0003】
このような場合、磁気軸受の制御装置を多入力多出力制御とし、複数の磁気軸受を連成させてロータの振動を制御することにより、安定かつ精度の高い制御が可能となる。多入力多出力制御に対しては、ロバスト制御システムが適する。
【0004】
従来、ロバスト磁気軸受の制御装置として、回転体の半径方向の位置と目標位置との誤差を算出し、この誤差に基づき、制御器がLMIゲインスケジュールH∞演算を行い、この結果に基づいて、磁気軸受を形成する電磁石のコイルに流れる電流を制御して、回転体の半径方向の位置を目標位置に制御を行うものがある。
【0005】
例えば、特開平10−220475号公報(特許文献1)には、LMIゲインスケジュールH∞制御を採用した磁気軸受の制御装置が開示されている。
上記特許文献1に開示の制御装置では、異なる回転数を対象として、複数のH∞補償器をLMIベースで設計する。そして、このH∞補償器には、ゲインスケジュールを行うために、内挿補間により、それぞれ係数を付加する。係数は、その総和が1となるように、且つ、回転体で計測した回転数に依存しつつ、各係数を連続的に変化できるようにしている(特許文献1第4−8頁及び第5図参照)。
【特許文献1】特開平10−220475号公報
【非特許文献1】高田他、高温ガス炉ガスタービン発電システム(GTHTR300)の発電系設計, 日本原子力学会和文誌, Vol. 1, No. 4, pp. 341-351 (2002)
【非特許文献2】K. Zhou, J. C. Doyle and K. Glover: Robust and Optional Control, Prentice-Hall (1995)
【非特許文献3】G. Vinnicombe: The robustness of feedback systems with bounded complexity controllers; IEEE Transaction on Automatic Control, AC-41, No. 6, pp. 795-803 (1996)
【非特許文献4】宮元:規約分解表現とLMI最適化に基づいた固定構造H∞制御器の設計;システム/制御/情報,VOL.43,NO.2,PP.80-86(1999))
【非特許文献5】システム制御情報学会編、須田信英著者代表、PID制御、朝倉書店、p75、2001年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、単数の弾性ロータを支持する場合、あるいは、複数の弾性ロータを継手で接続した多スパンロータを制御対象とする場合、多入力多出力制御とすることにより上述した問題を解決することができるが、その反面、制御器の演算式の次数が高くなり、処理が煩雑となることが問題となる。
【0007】
一般に、H∞標準問題に対する解は、制御器の演算式の次数が一般化プラントの伝達行列の次数以上となることが知られている。高次の制御器は実装上問題となるばかりでなく、演算時間が長期化する、ロバスト性が悪化することからも望ましくないことが知られている。(非特許文献2及び3参照)。
【0008】
高次の制御器を単純に低次元化することにより、演算処理速度を速くすることができるが、低次元化した演算式の精度低下に伴い、制御器の安定性や応答性等の制御性能が劣化することになる。
【0009】
ロバスト制御器が、ロバスト安定条件を満足させつつ、演算式の次数を低次にすることができれば、多入力多出力制御による複数の磁気軸受の連成制御が可能となる。
本発明は、上記問題を解決するためになされたもので、ロバスト安定条件を満足させつつ、ロバスト制御器の演算式の次数を低次にすることにより、回転体の運転時における制御装置での処理の迅速化を図り、多入力多出力制御による複数の磁気軸受の連成制御を可能とすることのできる磁気軸受の制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を達成するため、本発明に従った回転体の半径方向の位置制御を行う磁気軸受の制御装置は、前記回転体の半径方向の目標位置と、位置計測手段により計測された前記回転体の半径方向の計測位置とを受け取り、目標位置と計測位置との差を出力する減算手段と、前記目標位置と計測位置との差を受け取り、当該差に基づいてロバスト制御情報を出力するロバスト制御手段と、PID制御を行うPID制御手段であって、前記ロバスト制御情報を受け取り、当該ロバスト制御情報に基づいてPID制御情報を、前記回転体を駆動する駆動手段に出力するPID制御手段と、を備え、前記ロバスト制御手段は、前記駆動手段、前記回転体及び前記位置計測手段から成る詳細制御対象の第1の数式モデルを導出し、当該導出された第1の数式モデルの低次元化を行い、前記PID制御手段、前記駆動手段、前記回転体及び前記位置計測手段から成る拡大制御対象の第2の数式モデルを前記の低次元化された第1の数式モデルを用いて導出し、当該導出された第2の数式モデルの次数を低次元に設定し、且つ当該低次元に設定された第2の数式モデルにループシェイピング手法を用いて導出した演算式によりロバスト制御を行うことを特徴とする。
【0011】
本発明の一局面によると、前記PID制御手段が、PI制御を行うPI制御手段とPD制御を行うPD制御手段とから成り、前記PI制御手段は、前記ロバスト制御情報を受け取り、当該ロバスト制御情報に基づいてPI制御情報を出力し、別の減算手段が、前記PI制御手段と前記PD制御手段との間に設けられ、前記別の減算手段は、前記PI制御手段からのPI制御情報出力と前記位置計測手段からの計測位置との差分を出力し、前記PD制御手段は、前記差分を受け取り、当該差分に基づいてPD制御情報を含む前記PID制御情報を出力し、前記演算式が、前記別の減算手段を更に含む前記拡大制御対象に基づいて導出されることが好ましい。
【0012】
本発明の別の局面によると、前記ロバスト制御手段を複数設け、複数の前記ロバスト制御手段のそれぞれは、前記回転体の異なる回転状態のそれぞれに適合した異なる演算式を有し、前記回転体の回転数に基づいて、前記複数のロバスト制御手段の中から一つのロバスト制御手段を選定するゲインスケジューリング手段を更に備えることが好ましい。
【0013】
本発明の更に別の局面によると、前記ループシェイピング手法が、H∞ループシェイピング手法又は線形行列不等式によるループシェイピング手法であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の磁気軸受の制御装置によれば、ロバスト制御手段は、ループシェイピング手法を用いて設計された演算式によりロバスト制御を行うので、ロバスト安定条件を満足させつつ、低次数の演算式を有する制御器を設計することが可能となる。これにより、複数の磁気軸受を連成させて制御するための多入力多出力制御装置に必要不可欠となる処理の迅速化を図ることができる
本発明によれば、ロバスト制御手段が複数の磁気軸受の目標位置と回転体の半径方向の計測位置との差を入力情報として取得し、ロバスト制御を行うことが可能である。
【0015】
ロバスト制御手段は、多入力多出力系であることから、制御対象(弾性ロータや多スパンロータ)とそれらを支持する複数の磁気軸受を含めると伝達行列等の演算式は高次数となり、従来の設計方法では制御器も制御対象と同等程度の高次数となる。
【0016】
しかし、ロバスト制御手段は、ループシェイピング手法(H∞ループシェイピングやLMIループシェイピング手法など)を用いて設計するので、多入力多出力系でのこのような設計条件でも、ロバスト安定条件を満足させつつ、低次の演算式を有するロバスト制御器を得ることができる(非特許文献4参照)。
【0017】
なお、本発明は、回転体は、弾性体ばかりでなく、より制御の容易な剛性体にも当然に適用可能であり、また、複数の回転体が連結した状態のものであっても適用可能である。
本発明の一局面においては、フィードバック手段として、ロバスト制御手段だけでなく、別の減算手段が前記PI制御手段と前記PD制御手段との間に設けられ、フィードバック手段は、この別の減算手段に測定位置をフィードバックするので2自由度制御となり、いわゆる、目標値フィルタ型2自由度制御と等価な構造になっている(非特許文献5参照)。別の減算手段にフィードバックしない1自由度制御系では、目標値追従性と外乱制御特性を同時に最適値にすることはできないが、2自由度制御では、目標値を適切に演算した上で、フィードバック制御を行う。このため、目標値追従性と外乱制御特性を個別に最適値に調節することができるので、制御性能を向上させることができる。また、2自由度制御は、従来から用いられているPID制御方法の一つの手法であるため、設計段階において、演算結果などを容易に推測することが可能となる。これにより、設計時間の短縮を図ることができるとともに、制御性能が優れた制御系の設計が可能となる。
【0018】
本発明の別の局面においては、前記ロバスト制御手段を複数設け、複数の前記ロバスト制御手段のそれぞれは、前記回転体の異なる回転状態のそれぞれに適合した異なる演算式を有し、前記回転体の回転数に基づいて、前記複数のロバスト制御手段の中から一つのロバスト制御手段を選定するゲインスケジューリング手段を更に備えるので、回転体の回転数に応じて、制御に採用するロバスト制御手段を変更することが可能となる。これにより、回転体の特性に応じた最適な制御を実現することができる。
【0019】
本発明の更に別の局面においては、ロバスト制御手段が用いる演算式の設計に、H∞ループシェイピング又は線形行列不等式によるループシェイピングを用いることにより、設計段階において、ロバスト安定条件を満足させつつ、制御器の次数を効率よく低くすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明に係る磁気軸受の制御装置の一実施形態について、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態の一実施形態に係る磁気軸受の制御モデルを示した図である。ここで、磁気軸受は、回転体1を非接触で支持するとともに、回転体1の位置を制御するものである。
【0021】
図1に示すように、回転体1には、回転体1のX軸方向における位置を制御するための一対の磁気軸受2及び3、回転体1のY軸方向における位置を制御するための一対の磁気軸受4及び5が設けられている。この図に示すように、磁気軸受2から5は、ダンパCとばねKにより制御モデル化される。
【0022】
磁気軸受2から5は、回転体1の半径方向の位置を所望の位置に保持するために、図2に示すような構成を備える制御装置により制御される。
図2は、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置の概略構成を示したブロック図である。
【0023】
図2に示すように、磁気軸受の制御装置10は、減算器(減算手段)11と、ロバスト制御部(ロバスト制御手段)12と、PI制御部(PI制御手段)13、減算器(別の減算手段)14及びPD制御部(PD制御手段)15を備えて構成されている。
【0024】
磁気軸受の制御装置10において、ロバスト制御部12を除く各要素、つまり、減算器11、PI制御部13、減算器14、及びPD制御部15は、磁気軸受により制御される回転体の半径方向における位置にそれぞれ対応して1つずつ設けられている。本実施形態では、図1に示すように、磁気軸受2〜5が4つ設けられているため、上記減算器11、PI制御部13、減算器14、及びPD制御部15も各磁気軸受2〜5に対応するように、それぞれ4つずつ設けられている。
【0025】
減算器11は、他の制御装置によって演算された回転体1の目標位置r1、r2、r3、r4と、後述するフィードバック部16から回転体1の半径方向の計測位置(回転体1のx、y軸方向における変位であり図1参照)y1、y2、y3、y4を受け取り、目標位置と計測位置との差を生成し、その減算器11に接続されているロバスト制御部12に出力する。
【0026】
ロバスト制御部12は、各PI制御部13に接続されている。各PI制御部13は、それぞれ対応する減算器14に接続されている。各減算器14は、それぞれ対応するPD制御部15に接続されている。PD制御部15は、それぞれ対応する駆動装置(駆動手段)、例えば、アクチュエータ21に接続されている。アクチュエータ21は、対応するPD制御部15から供給された指令値に基づいて、各磁気軸受2〜5をそれぞれ駆動する。図2には示されていないが、磁気軸受2〜5のそれぞれは、アクチュエータ21のそれぞれと回転体1との間に位置する。これにより、回転体1を目標位置rに保持することが可能となる。
【0027】
次に、上記構成からなる磁気軸受の制御装置10の動作について説明する。
まず、減算器11には、上記のように、他の制御装置によって演算された回転体1の目標位置r1、r2、r3、r4が入力されるとともに、後述するフィードバック部16から回転体1の半径方向の計測位置(回転体1のx、y軸方向における変位であり図1参照)y1、y2、y3、y4が入力され、目標位置と計測位置との差がロバスト制御部12に出力される。
【0028】
ロバスト制御部12は、目標位置と計測位置との差の複数の入力に基づいて、複数の磁気軸受を集中制御する多入力多出力ロバスト制御器である。具体的には、ロバスト制御部12は、ループシェイピング手法を用いて設計された演算式に、上記入力情報を採用することにより、ロバスト制御を行う。なお、ロバスト制御部12の設計手法、つまり、演算式の導出手法などについての詳細は、後述する。
【0029】
ロバスト制御部12の出力は、図1に示した各磁気軸受2から5に対応して個別に設けられている4つのPI制御部13にそれぞれ入力される。各PI制御部13は、ロバスト制御部12の出力を入力情報として取得し、PI制御を行う。ここで、PI制御部13は、所定の周波数帯の雑音を除去するフィルタ機能も有している。
【0030】
PI制御部13の出力は、減算器14に入力される。減算器14は、PI制御部13の出力と、後述のフィードバック部16によりフィードバックされる回転体1の半径方向の各計測位置とを入力情報として取得し、この差分を出力する。
【0031】
減算器14の出力は、PD制御部15に入力される。PD制御部15は、減算器14の出力を入力情報として取得し、PD制御を行う。この結果、PD制御から出力される情報は、各磁気軸受2〜5に対応して設けられているアクチュエータ21に対する電流指令値となる。各アクチュエータ21は、PD制御部15から入力された電流指令値に基づく電流を各磁気軸受2〜5に供給する。これにより、図1に示した磁気軸受2から5は、制御されて、この結果、回転体1が所望の位置に保持されることとなる。
【0032】
回転体1の半径方向の位置は、図示しない位置センサにより検出され、この位置センサによる検出値y1からy4が、フィードバック部16によって、磁気軸受の制御装置10のロバスト制御部12及び各減算器14にフィードバックされる。
【0033】
上述した制御が繰り返し行われることによって、常に、回転体1を所望の位置に保持することが可能となる。
以上述べてきたように、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置によれば、ロバスト制御部12が、ループシェイピング手法を用いて設計された低次の演算式によりロバスト制御を行うので迅速な処理が可能となる。
【0034】
ここで、フィードバック部16は、減算器11を経たロバスト制御部12だけでなく、減算器14に測定位置をフィードバックする2自由度制御であり、いわゆる、目標値フィルタ型2自由度制御と等価な構造としている。2自由度制御では、目標値追従性と外乱制御特性を個別に最適値に調節することができるので、基本ループの制御性能を向上させることができる。ループシェイピング法によりロバスト制御器の演算式を導出する前に、補償器を導入するなどして拡大制御系の周波数特性や応答特性を制御しやすいように成形する必要がある。基本ループは、後述する拡大制御対象の主要構成部分なので、基本ループを2自由度制御系にすることにより、制御対象の周波数特性や応答特性を成形することができる。
【0035】
なお、上述の実施形態においては、4つの磁気軸受を制御する場合について述べたが、本発明は、磁気軸受の数が特に限定されるものではない。
例えば、高温ガス炉などでは、図3に示すように、2つの回転体1をカップリングしたものが使用される。このような場合でも、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置10は適用することが可能である。この場合、各回転体1の半径方向の位置は、4つの磁気軸受によってそれぞれ制御されることとなるため、合計8つの磁気軸受を磁気軸受の制御装置10により制御することとなる。
【0036】
また、上述した磁気軸受の制御装置10は、アナログ回路などのハードウェアによって実現されても良いし、マイクロコンピュータによる処理などのソフトウェアにより実現されてもよい。マイクロコンピュータにより実現する場合には、磁気軸受の制御装置10の各構成要素が実現する機能をプログラムの形式によりメモリに格納しておき、CPUがメモリからプログラムを読み出して実行することにより、上述の動作を実現する。
【0037】
次に、本発明の第2の実施形態に係る磁気軸受の制御装置について説明する。
図4は、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置の概略構成を示したブロック図である。図4に示すように、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置は、上述した第1の実施形態に係る磁気軸受の制御装置10と構成を略同一にするが、それぞれ異なる回転数に対応して設けられた複数のロバスト制御部12a、12b、12cと、回転体1の回転数に基づいて、複数のロバスト制御部12a、12b、12cの中から一のロバスト制御部を選定するゲインスケジューリング部17とを更に備えている。
【0038】
このように、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置10では、回転体1に設けられている図示しない回転数検出センサによって検出された回転体1の回転数が、ゲインスケジューリング部17に入力される。ゲインスケジューリング部17は、例えば、3つ備えられているロバスト制御部12a、12b、12cのうち、回転数に基づいて、最適な一のロバスト制御部を選定する。これにより、選定された一のロバスト制御部によって、ロバスト制御が行われ、この出力が、各基本ループのPI制御部13にそれぞれ入力される。その後、上述した第1の実施形態と同様の処理が実現される。
【0039】
以上述べたように、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置によれば、回転体1の回転数に応じてそれぞれ設けられた複数のロバスト制御部12a、12b、12cと、回転体1の回転数に基づいて、複数のロバスト制御部12a、12b、12cの中から一のロバスト制御部を選定するゲインスケジューリング部17とを備えるので、回転体1の回転数に応じて、制御に採用するロバスト制御部を変更することが可能となる。これにより、回転体1の特性に応じた最適な制御を実現することができる。
【0040】
なお、本発明は、上記ロバスト制御部の設置数については、特に限定されない。
また、本実施形態に係る磁気軸受の制御装置においても、制御対象となる磁気軸受の数は限定されない。例えば、図3に示したような制御対象に対しても適用可能である。
【0041】
次に、上述した磁気軸受の制御装置の設計方法について図5を参照して説明する。
図5は、本発明の一実施形態に係る磁気軸受の制御装置の設計方法の手順を示したフローチャートである。
【0042】
設計段階では、まず、図5に示すように、詳細制御対象モデルの導出を行う(ステップSA1)。
本実施形態に係る制御装置の詳細制御対象は、例えば、図6に示すように、回転体1、アクチュエータ21、増幅器22、位置センサ23などの要素を備えて構成されている。
【0043】
ここで、図6は、図2に示した本発明の第1の実施形態に係る磁気軸受の制御装置及び制御対象をモデル化して表した図である。詳細制御対象20は、アクチュエータ21から回転体1を含み位置センサ23までの範囲の構成要素から成る対象である。
【0044】
なお、本発明は、回転体1が、剛性ロータ及び弾性ロータのいずれであってもよい。
詳細制御対象モデルの導出過程(図5のステップSA1)においては、図6に示した詳細制御対象20を構成する各要素の数式モデルを導出し、その後、各要素の数式モデルを結合することにより、詳細制御対象20の数式モデルを導出する。
【0045】
ここで、モデル化の際に用いる変数は以下の表1に示す通りである。
【0046】
【表1】

【0047】
例えば、図6に示した回転体1の数式モデルであれば、表1に示す質量行列M、減衰行列C、ジャイロ行列G、剛性行列K、電磁石の位置により決まる行列Fなどを用いて、以下の(1)式のように表すことができる。
【0048】
【数1】

【0049】
ただし、qとfは、以下のようなベクトルである。
【0050】
【数2】

【0051】
ここで、x、yはi番目の要素の変位、θxi、θyiは、i番目の要素の角度である。fmiは、i番目のアクチュエータにより発生する力(吸引力)である。また、(1)式におけるベクトルfは外乱である。
【0052】
同様に、他の構成要素であるアクチュエータ21、増幅器22、位置センサ23などについても数式モデルを求める。例えば、アクチュエータ21であれば、吸引力特性に基づいて数式モデルを導出する。
【0053】
このようにして、各構成要素の数式モデルを導出すると、これらの数式モデルを結合することにより、詳細制御対象20の数式モデルを導出する。
まず、アクチュエータ21の位置における変位からなるベクトルqmj(j=1〜N)は、一般化ベクトルqから次の(2)式のように表される。
【0054】
【数3】

【0055】
ただし、行列Eは、ベクトルqからqだけを選択するための行列であり、行列Eは、Fの転置行列である。同様に、qsj(j=1〜N)は、位置センサ23の位置における変位からなるベクトルであり、次の(3)式のように表される。
【0056】
【数4】

【0057】
ただし、行列Eは、ベクトルqからqだけを選択するための行列である。
そして、fとqとを置き換えることにより、詳細制御対象20の数式モデルは、以下の(4)式のように表される。
【0058】
【数5】

【0059】
ただし、アクチュエータ21の吸引力fは、(5)式のように表される。
【0060】
【数6】

【0061】
ここで、K、K、iは、それぞれ(6)式により表される。
【0062】
【数7】

【0063】
一方、詳細制御対象20の状態変数xは次式のように表される。
【0064】
【数8】

【0065】
ここで、xとxは、位置センサ23とアクチュエータ21のシステムの状態変数である。
また、PD制御部15の出力、即ちアクチュエータ21の入力iを次式のように置く。

u=i (8)

そして、上記(4)式におけるK、K、iを(6)式のように置き換え、それと上記(7)及び(8)式とから次式の詳細制御対象20の状態方程式のうちの1つを導出する。
【0066】
【数9】

【0067】
また、位置センサ23の状態空間表現は次式のように表すことができる。
【0068】
【数10】

【0069】
ここで、yは位置センサ23の出力を表す。
上記(7)式、(10)式及び(11)式を用いて、詳細制御対象20の状態方程式のうちのもう1つを導出する。
【0070】
【数11】

【0071】
これにより、詳細制御対象20の数式モデルの状態方程式は、最終的に上記(9)式及び(12)式として得ることができる。
このようにして、詳細制御対象20の数式モデルが導出されると、続いて、導出した詳細制御対象20の数式モデルの次元を低次元化する(図5のステップSA2)。
【0072】
具体的には、規約分解表現に基づいた手法、又は、モード分解に基づいた手法により低次元化を行う。低次元化は、回転体1が弾性ロータである場合には、低次元化された制御対象が、設計で考慮すべき弾性ロータの曲げモード振動に相当する固有値を含むように実施する。なお、この手法については、周知の技術であるので、詳細を省略する。
【0073】
式(9)及び(12)の低次元化式をそれぞれ次のように表す。
【0074】
【数12】

【0075】
ここで、添え字rは、低次元化した行列又はベクトルを示す。
このようにして、詳細制御対象20の低次元化が終了すると、続いて、図6に示すPD制御部15及びPI制御部13により構成される基本ループ(図7参照)の設計を行う(図5のステップSA3)。
【0076】
PD制御部15は、それぞれ以下の(13)式に示す伝達関数K1iを持つ要素であり、PI制御部13は、それぞれ以下の(14)式に示す伝達関数K2iを持つ要素である。ここで、PI制御部13は、フィルタ機能を備えている。
【0077】
【数13】

【0078】
基本ループの設計過程においては、上記PD制御部15及びPI制御部13の各パラメータ、つまり、(13)式及び(14)式における全ての制御パラメータを決定する。詳細には、これら制御パラメータa10i、a20i、b10i、b11i、b20i、b21i、ζa1i、ωai、ζbi及びωbiは、帯域などの周波数特性を考慮して決定する。
【0079】
ここで、詳細制御対象20及び基本ループを拡大制御対象Ga(s)とみなし、この拡大制御対象Ga(s)の状態方程式を求める。図6において、拡大制御対象Ga(s)は、点線で囲んだ部分に含まれる構成要素、即ち、磁気軸受の制御装置10の中の減算器11とロバスト制御部12を除くPI制御部13、減算器14及びPD制御部15と、詳細制御対象20(即ち、アクチュエータ21、増幅器22、回転体1及び位置センサ23)と、フィードバック部16とから成る。
【0080】
PI制御部13の状態方程式は、次の通りに表せる。
【0081】
【数14】

【0082】
ここで、vは、PI制御部13への入力とする。
また、PD制御部15の状態方程式は、次の通りに表せる。
【0083】
【数15】

【0084】
ここで、yは、位置センサ23の出力を表す。
次に、PI制御部13とPD制御部15とを組み合わせる。
具体的には、式(17)からyPIを消去すると、次式が得られる。
【0085】
【数16】

【0086】
一方、式(18)からyPIを消去すると、次式が得られる。
【0087】
【数17】

【0088】
式(19)を以下のように置き換える。
【0089】
【数18】

【0090】
ここで、xcp及びvは、それぞれ次式とする。
【0091】
【数19】

【0092】
式(20)を以下のように置き換える。
【0093】
【数20】

【0094】
式(9a)及び式(12a)と、式(21)及び式(22)とから、yとuを消去することにより、以下の拡大制御対象Ga(s)の状態方程式が得られる。
【0095】
【数21】

【0096】
その後、先に低次元化した制御対象とともに、基本ループを低次元化する(即ち、上記の拡大制御対象Ga(s)を低次元化する)。低次元化の手法は、詳細制御対象20の数式モデルの低次元化と同様の上記の既知の手法でよい。
【0097】
このようにして、基本ループの設計過程が終了すると、続いて、ロバスト制御部12の設計を行う(図5のステップSA4)。
このロバスト制御部12の設計は、ループシェイピングを用いて行われ、好適には、例えば、H∞ループシェイピングを用いて行われる。ここで、ループシェイピングとは、拡大制御対象Ga(s)に対して、以下の(25)式に示すロバスト安定余裕を最大化する制御器Kaを求める制御系設計方法をいう。このとき、制御器の次数を指定することができるので、ロバスト安定条件を満足させつつ低次の制御器の設計が可能となる。
【0098】
【数22】

【0099】
上記解法は、例えば、非特許文献4などに示されている。
まとめると、拡大制御対象Ga(s)の状態方程式(数式モデル)の次数を低次元に設定して、拡大制御対象Ga(s)を低次元化すると共に、その低次元化した拡大制御対象Ga(s)に対して、(25)式に示すロバスト安定余裕を最大化する制御器Kaを求めることにより行う。この問題は、H∞ 4−BLOCK問題と等価であり、既存の手法で解析することができる。
【0100】
ロバスト制御部12の状態方程式は、減算器11と組み合わせて、以下の(26)式のように、得ることができる。
【0101】
【数23】

【0102】
なお、上述した第2の実施形態に係る磁気軸受の制御装置を設計する場合には、動作点(回転数)を何点か選び、その各動作点におけるロバスト制御部を上述と同様の手法により設計する。
【0103】
このようにして、ロバスト制御部12の設計過程を終了すると、続いて、簡易モデルによる性能確認を行う(図5のステップSA5)。
この簡易モデルによる性能確認では、ステップSA4において設計したロバスト制御部12の状態方程式(26)式と、低次元化した詳細制御対象20及び拡大制御対象Ga(s)(詳細制御対象20にPI制御部13及びPD制御部15を含めたもの)の状態方程式(即ち、式(9a)、(12a)、(13)、(14)、(23)及び(24)の低次元化した状態方程式)を組み合わせて簡易モデルを作成する。低次元化した拡大制御対象Ga(s)では、回転体1が弾性ロータの場合弾性ロータの曲げモード振動の次数に制限があるが、制御系の設計に十分な数の曲げモード振動の次数が入るように低次元化する。簡易モデルでは、後述する詳細モデルに比べて計算時間が短く、迅速な評価が可能である。
【0104】
そして、簡易モデルによってシステムの安定性(周波数特性、感度特性、相補感度特性、外乱感度特性、開ループ特性など)、応答特性(目標値ステップ応答、外乱ステップ応答、外乱インパルス応答など)、不釣り合い応答による位置偏差などの性能確認を実施する。
【0105】
そして、簡易モデルによる性能確認により安定した動作が確認できると、続いて、詳細モデルにより、上述した簡易モデルと同様の性能確認(安定性、応答特性、位置偏差)を行う(図5のステップSA6)。
【0106】
詳細モデルは、ステップSA4において設計したロバスト制御部の状態方程式(26)式と、詳細制御対象20及び拡大制御対象Ga(s)の状態方程式(9)、(12)、(13)、(14)、(23)及び(24)式を組み合わせて作成する。制御対象は低次元化していないので、回転体1が弾性ロータの場合弾性ロータの曲げモード振動の次数に制限はなく、精度の高い解析が可能である。しかし、詳細モデルは、簡易モデルに比べ、計算時間が長くなる。そのため、簡易モデルによる性能確認の後に、詳細モデルによる最終的な性能確認を行う。
【0107】
詳細モデルによる性能確認において、安定した性能が得られなければ(図5のステップSA7において「NO」)、図5のステップSA3からステップSA6の処理を繰り返し行うことにより、安定した動作が得られるまで設計変更を行う。そして、上述した詳細モデルによる性能確認(安定性、応答特性、位置偏差)において、安定した性能が得られれば(図5のステップSA7において「YES」)、磁気軸受の制御装置の設計を終了する。
【0108】
以上述べてきたように、本実施形態に係る設計手法によれば、ロバスト制御部12の制御器KaをH∞ループシェイピング手法を用いて決定するので、ロバスト制御部12の設計を効率よく行うことができ、且つ、低次元化された演算式を得ることができる。そして、このロバスト制御部12を磁気軸受の制御装置に採用することにより、回転体1の運転中における制御装置内での演算処理が簡便化され、処理時間を短縮させることが可能となる。
【0109】
なお、上記設計手法においては、H∞ループシェイピング手法を用いてロバスト制御部12を設計したが、これに代わって、線形行列不等式によるループシェイピング手法を用いてロバスト制御部12を設計するようにしても良い。いずれの手法によっても、低次元化された最適なロバスト制御部12を設計することが可能となり、演算処理を効率よく行うことが可能となる。
【0110】
図2に示す実施形態においては、減算器14を用いた2自由制御系である2重フィードバック系を用いているが、用途に応じては、1自由制御系でも良く、その場合は、減算器14を省略した単一のフィードバック系も採用し得る。減算器14が無い場合、フィードバック系が図2に示す実施形態の場合より単純になるので、上記のそれぞれの状態方程式は、上記の導出過程と同様の処理で得られることは明らかであり、従って、図5を参照して説明したフローと同様のフローでロバスト制御部を設計し得る。
【0111】
また、減算器14が無い場合には、PI制御部13及びPD制御部15を統合化してPID制御部とし得る。
本発明を、例えば、高温ガス炉ガスタービン発電システムにおける磁気軸受装置に適用した場合、ロバスト制御器の演算式の次数が適用しない場合の数百のオーダから数十のオーダに低次元化することが可能である。
【0112】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】図1は、本実施形態の一実施形態に係る回転体を支持する磁気軸受の制御モデルを示した図である。
【図2】図2は、本発明の第1の実施形態に係る磁気軸受の制御装置の概略構成を示したブロック図である。
【図3】図3は、本発明の第1の実施形態に係る磁気軸受の制御装置の変形例を示した図である。
【図4】図4は、本発明の第2の実施形態に係る磁気軸受の制御装置の概略構成を示したブロック図である。
【図5】図5は、本発明の一実施形態に係る磁気軸受の制御装置の設計方法の手順を示したフローチャートである。
【図6】図6は、図1に示した磁気軸受の制御装置及びその制御対象をモデル化して表した図である。
【図7】図7は、図1に示したロバスト制御を除く磁気軸受の制御装置を設計する際に考慮する基本ループを表した図である。
【符号の説明】
【0114】
1 回転体
2、3、4、5 磁気軸受
10 磁気軸受の制御装置
11 減算器
12 ロバスト制御部
13 PI制御部
14 減算器
15 PD制御部
16 フィードバック部
17 ゲインスケジューリング部
21 アクチュエータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体の半径方向の位置制御を行う磁気軸受の制御装置であって、
前記回転体の半径方向の目標位置と、位置計測手段により計測された前記回転体の半径方向の計測位置とを受け取り、目標位置と計測位置との差を出力する減算手段と、
前記目標位置と計測位置との差を受け取り、当該差に基づいてロバスト制御情報を出力するロバスト制御手段と、
PID制御を行うPID制御手段であって、前記ロバスト制御情報を受け取り、当該ロバスト制御情報に基づいてPID制御情報を、前記回転体を駆動する駆動手段に出力するPID制御手段と、を備え、
前記ロバスト制御手段は、前記駆動手段、前記回転体及び前記位置計測手段から成る詳細制御対象の第1の数式モデルを導出し、当該導出された第1の数式モデルの低次元化を行い、前記PID制御手段、前記駆動手段、前記回転体及び前記位置計測手段から成る拡大制御対象の第2の数式モデルを前記の低次元化された第1の数式モデルを用いて導出し、当該導出された第2の数式モデルの次数を低次元に設定し、且つ当該低次元に設定された第2の数式モデルにループシェイピング手法を用いて導出した演算式によりロバスト制御を行う、制御装置。
【請求項2】
前記PID制御手段が、PI制御を行うPI制御手段とPD制御を行うPD制御手段とから成り、
前記PI制御手段は、前記ロバスト制御情報を受け取り、当該ロバスト制御情報に基づいてPI制御情報を出力し、
別の減算手段が、前記PI制御手段と前記PD制御手段との間に設けられ、
前記別の減算手段は、前記PI制御手段からのPI制御情報出力と前記位置計測手段からの計測位置との差分を出力し、
前記PD制御手段は、前記差分を受け取り、当該差分に基づいてPD制御情報を含む前記PID制御情報を出力し、
前記演算式が、前記別の減算手段を更に含む前記拡大制御対象に基づいて導出される
請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記ロバスト制御手段を複数設け、
複数の前記ロバスト制御手段のそれぞれは、前記回転体の異なる回転状態のそれぞれに適合した異なる演算式を有し、
前記回転体の回転数に基づいて、前記複数のロバスト制御手段の中から一つのロバスト制御手段を選定するゲインスケジューリング手段を更に備える
請求項1又は2記載の制御装置。
【請求項4】
前記ループシェイピング手法が、H∞ループシェイピング手法又は線形行列不等式によるループシェイピング手法である請求項1から3のいずれか一項に記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−107603(P2007−107603A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−298724(P2005−298724)
【出願日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)文部科学省の委託事業の成果に係る特許出願(平成15年度核熱利用システム技術開発、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】