説明

レンズの成膜方法及び蒸着装置

【課題】蒸着原料の特性に合わせて電子銃の制御を的確に行うレンズの成膜方法を提供する。
【解決手段】蒸着装置の蒸着室内に保持されたレンズの表面に蒸着原料を気化させて蒸着させることにより膜を形成するレンズの成膜方法で、制御部が、蒸着原料の種類に応じて予め設定された初期出力を加熱部に指令して加熱部を起動し、オープンループ制御によって加熱部の出力を徐々に増大するように指令し、予め設定した条件を満たしたときには光学式膜厚測定部の光量値に基づくフィードバック制御によって加熱部の出力を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックまたはガラス素材等の表面上に薄膜を形成する方法及び装置の改良に関し、特に、光学的性質の一定した薄膜を再現性良く形成し、眼鏡レンズに反射防止膜を形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡用レンズの製造においては、レンズに複数の薄膜を形成し、反射防止などの光学特性の改善や撥水性などの機能を付与する多層コート技術が適用されるものがある。特に、プラスチックまたはガラス製の眼鏡レンズ等の光学部材に反射防止膜等の薄膜を形成した製品で広く利用されている。光学部材への薄膜の形成は、真空蒸着装置のチャンバー内に設置した電子銃で蒸着原料を加熱して気化(または昇華)させて光学部材に薄膜を形成する。
【0003】
電子銃の制御により光学的性質の一定した薄膜を再現性良く形成する技術としては、光学式膜厚計を用いた手法が知られている(例えば、特許文献1、2、3)。この蒸着装置では、薄膜が形成された被成膜体に所定の光を照射したときの透過又は反射光量が薄膜の膜厚に依存することを利用して薄膜の膜厚を測定する光学式膜厚計を用い、薄膜の形成過程において、光学式膜厚計によって時々刻々測定される透過又は反射の光量値が規準光量値に近似又は等しくなるように、飛翔させる蒸着原料の量を制御する。
【特許文献1】特開2001−115260号公報
【特許文献2】特開2003−202404号公報
【特許文献3】特開2006−9117号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
透明な無機物質を蒸着する場合、成膜レート(薄膜の形成速度)が速い場合には、気化または昇華した蒸着原料の酸化不足などが原因で光学部材の表面に形成した透明薄膜に吸収が生じる傾向がある。成膜レートを遅くすると、薄膜に吸収が出にくくなって光学部材の品質を確保することができるが、蒸着処理の生産性が低下したり他の要因で蒸着原料に不具合が生じる。このため、上記従来例では、光学式膜厚計で観測した薄膜の形成速度で電子銃の制御を行い蒸着時の成膜レートを制御している。上記従来例は、蒸着がある程度進行して薄膜としての光学特性が得られ始めると、非常に有効である。
【0005】
しかしながら、上記従来例においては、蒸着初期の段階で成膜(薄膜の形成)中の薄膜に光学特性が出現する以前の、蒸着された成分が非常に少ない場合、蒸着初期段階の蒸着レート制御(蒸着の速度制御)を正確に行うことができない恐れが生じる。これは、膜厚に伴う反射率の変化は、例えば、サインカーブに類似の挙動を示すと実質的に等しい挙動を示すからである。光学膜厚計で反射率を計測して膜厚を算出する方法では、サインカーブの極値変曲点部分における膜厚に対する反射率の変化の割合が非常に微少なため、適切な膜厚変化の予測がしにくくなるからである。一般的に多層反射防止膜の蒸着初期は、サインカーブの極値変曲点から開始される。初期段階が反射率の極値変曲点に相当すると、膜厚の積層状態が予測しづらくなり、初期状態の蒸着速度が速まってしまう。このような状態の場合、成膜された薄膜の酸化状態が悪くなる事態が生じ、成膜された膜厚に吸収が生じる恐れがある。という問題があった。
【0006】
特に、成膜の制御を光学式膜厚計でモニターする場合、成膜初期の薄膜の光学特性が観測しづらく、光学式膜厚計をモニターして成膜状態を確かめる上記従来例の制御の場合には電子銃の制御が特に難しいという問題があった。
【0007】
また、蒸発源となる原料物質(蒸着原料)の状態により、必要な電子銃のエネルギーが異なることから、成膜の初期段階で所定の初期値を決定する画一的な制御を行うことが困難である。例えば、蒸着原料が粉体を錠剤状に固めた物質の場合、同じ種類の蒸着原料であっても蒸着原料の個体差によって微妙に状態が異なるため蒸着に必要な電子銃のエネルギーが変動する。また、プレート状の蒸着原料を用いたとしても、そのプレートの結晶状態、アモルファス状態により蒸着に必要な電子銃のエネルギーが異なる。さらには、蒸着装置の整備にも依存する要素があり、電子銃の実パワー値(エネルギー)と指示値との間にもずれが生じる場合がある。
【0008】
従って、蒸発源となる蒸着原料の状態により、必要な電子銃のエネルギー(指示値)が異なることから、成膜初期の所定の初期値を決定する画一的な制御を行うことが困難であった。
【0009】
そこで本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、蒸着原料の特性に合わせて成膜の初期段階における電子銃の制御を的確に行うことを目的とし、特に、光学部材に形成する薄膜の品質を安定させると共に蒸着工程の生産性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、蒸着装置の蒸着室内に保持されたレンズの表面に蒸着原料を気化させて蒸着させることにより膜を形成するレンズの成膜方法であって、前記蒸着装置は、前記蒸着室に配置されて前記蒸着原料を加熱する加熱部と、前記レンズに形成される膜の表面反射光の光量から膜の厚さが算出される光学式膜厚測定部と、前記加熱部の出力を制御する制御部と、備えており、前記制御部が、前記蒸着原料の種類に応じて予め設定された初期出力を前記加熱部に指令し、前記加熱部を起動するステップと、前記制御部が、予め設定した周期で光学式膜厚測定部の光量値を取得するステップと、前記制御部が、オープンループ制御によって前記加熱部の出力を徐々に増大するように指令するステップと、前記制御部が、予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記光量値に基づくフィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御するステップと、を含み、前記所定の条件は、前記加熱部を起動してから経過した時間が所定の時間を経過したことを含み、前記初期出力は、前記蒸着原料が確実に気化する出力よりも小さい所定値である。
【0011】
本明細書において、「蒸着原料が確実に気化する出力」とは、蒸着室内の圧力において蒸着材料の気化点(沸点及び昇華点)を超える温度に至らしめる出力をいう。また、「蒸着材料が確実に気化するよりも小さい所定値」とは、蒸着材料の気化点(沸点及び昇華点)と等しいか僅かに低い温度に至らしめる出力をいう。このような出力で蒸着を進行させると、蒸着原料が蒸気圧で僅かずつ飛翔して基板に付着し、被膜形成がゆっくりとした速度で進行する。
【0012】
また、本発明は、前記制御部が、予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記光量値に基づくフィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御するときに、加熱部を起動してから所定の時間が経過したときに、光量値がその閾値以下の場合には、オープンループ制御による出力とフィードバック制御による出力の和算した値が加熱部に指令されることを特徴とする。
【0013】
なお、フィードバック制御の出力は、出力を上げる正の出力に限定されず、出力を下げる負の出力もあり得る。フィードバック制御の出力が正の出力の場合、オープンループ制御による出力との和算出力はオープンループ制御の出力よりも大きくなる。逆にフィードバック制御の出力が負の出力の場合、オープンループ制御による出力との和算出力はオープンループ制御の出力よりも低くなる。つまり、光量値の情報から割り出されたオープンループ制御による出力が小さすぎる場合にはフィードバック制御の正の出力により補填され、オープンループ制御による出力が大きすぎる場合には、フィードバック制御の負の出力により減らすことができる。その結果、適正な蒸着速度で被膜形成を実行することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、蒸着処理の初期段階では、蒸着原料が確実に気化する出力よりも小さく僅かに気化する程度の初期出力から蒸着原料の加熱が開始され、加熱部を起動してから所定の時間が経過するまでは加熱部の出力を徐々に増大させてからフィードバック制御へ移行する。これにより蒸着原料の特性に合わせて徐々に気化または昇華を開始してからフィードバック制御へ移行するので、成膜の初期段階における電子銃の制御を的確に行うことが可能となり、薄膜の品質を安定させると共に蒸着処理の時間が長期になるのを防いで生産性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0016】
図1は、眼鏡用プラスチックレンズに反射防止膜や撥水コート等の薄膜を形成する真空蒸着装置に、本発明を適用した一例を示す。この真空蒸着装置は、成型された眼鏡用レンズ(以下、単にレンズとする)を、真空蒸着室内で蒸着原料(成膜材料)を蒸着させて反射防止膜等を形成するものである。
【0017】
図1において、成膜室となる真空チャンバー1内には、上部に複数のレンズ2aを保持するとともに、所定の位置に薄膜の形成状況を検出するためのモニターガラス2bを保持するコートドーム2が設置される。真空チャンバー1の下部には、蒸発原料(成膜材料)4a、4bを収装するルツボ4と、ルツボ4の蒸着原料4a、4bに電子ビームを当てて気化(または昇華)させる電子銃3と、蒸着原料4a、4bに対して蒸発物を選択的に遮断するシャッター5と、蒸着した薄膜の強度や膜質(緻密性など)を改善するため、供給されたイオン化ガス(不活性ガス、酸素など)からイオンビームを発生させてイオンビーム照射を行うイオン銃14と、蒸着した薄膜の強度や膜質を改善するため、イオン銃14から真空チャンバー1内にイオン化ガスを充填するガス発生装置15等が設けられている。なお、シャッター5には図示しないアクチュエータが設けられ、後述の制御装置12によって制御される。また、蒸着原料4a、4bは異なる種類の物質で、例えば、蒸着原料4aが低屈折率物質で、蒸着原料4bが高屈折率物質である。また、イオン銃14にも内部を保護するためのシャッター141が図示しないアクチュエータによって開閉可能となっている。
【0018】
上部のコートドーム2の近傍には、コートドーム2に保持された被成膜体としてのレンズ2aの温度を計測するための基板温度計6が設けられている。この基板温度計6は、レンズ近傍の温度を測定し、レンズ温度を間接的に計測するものである。さらに、真空チャンバー1内の真空度(気圧)を計測するための真空計7及び真空チャンバー1内を減圧して排気するための排気ユニット8が設けられている。また、コートドーム2に保持されたレンズ2aを加熱するためのヒータ9が設けられている。なお、ヒータ9はハロゲンヒータなどで構成される。
【0019】
さらに、真空チャンバー1の外部上方には、コートドーム2の所定の位置に設定されたモニターガラス2bの反射率を測定する光学式膜厚計10が設けられている。光学式膜厚計10は膜厚モニター11を介して制御装置12に接続され、光学式膜厚計10からは光量データ(光量値)として、後述するように、照射光の光量に対する反射光の光量の比が出力される。そして膜厚は、反射光の光量から算出される。なお、光学式膜厚計10及び膜厚モニター11の構成は、上記従来例の特開2001−115260号公報や特開2003−202404号公報、特開2006−9117号公報の構成と同様である。
【0020】
制御装置12は、CPUやメモリ及びディスク装置を含む演算部120と、蒸着処理の際に電子銃3への供給電力をフィードバック制御するための基準光量値データ格納部13と、蒸着処理の初期段階で電子銃3への供給電力をオープンループで制御するための電子銃3への指令値を格納したオープンループ制御マップ130とを備える。さらに、制御装置12にはキーボードやマウスなどで構成された入力部12aが接続されて、オペレータからの指令や入力を受け付ける。また、制御装置12は、上述の電子銃3、シャッター5、排気ユニット8、ヒータ9、イオン銃14、ガス発生装置15等の制御対象と、基板温度計6、真空計7、光学式膜厚計10(膜厚モニター11)等のセンサが接続されており、各センサからの入力等に基づいて上記制御対象を制御する。なお、演算部120には、蒸着処理を行うプログラムがロードされて、CPUにより実行される。また、基準光量値データ格納部13やオープンループ制御マップ130は、演算部120のメモリやディスク装置に読み込んでおいてもよい。
【0021】
すなわち、制御装置12は、真空計7の情報に基づいて排気ユニット8を制御し、真空チャンバー1内を所定の真空度(気圧)に維持する。また、制御装置12は、基板温度計6の情報に基づいてヒータ9を制御して被成膜体であるレンズ2aを所定の温度にする。そして、制御装置12は、上記光学式膜厚計10で測定される上記モニターガラス2bに形成された薄膜の時々刻々の光学膜厚に依存する時々刻々の光量値が、基準光量値データ格納部13に格納されている値と等しくなるように、電子銃3に印加する電力(電流及び/又は電圧)を制御する。また、形成する薄膜の種類や気化(または昇華)させる蒸着原料4a、4bの種類に応じて、イオン銃14へのイオン化ガスの供給とイオンビームの照射を行う。なお、ガス発生装置15は蒸着原料の種類に応じたガスを供給するもので、例えば、酸素や窒素などを供給する。
【0022】
ここで、コートドーム2は、レンズ2aに反射防止膜等が蒸着されるように、レンズ2aを保持する保持手段である。そして、複数のレンズ2aが同時に蒸着できるよう、円形をしており、全てのレンズが同一品質の反射防止膜になるようにコートドーム2は所定の曲率を有している。
【0023】
電子銃3は、ルツボ4に収納された蒸着原料4a、4bを蒸着原料4a、4bの溶融温度まで加熱することにより、蒸発させて、レンズ2a及びモニターガラス2bに蒸着原料を蒸着・堆積させて薄膜を形成する。
【0024】
ルツボ4は、蒸着原料4a、4bを保持するために用いられる公知の容器である。電子銃3による蒸着原料の加熱により、蒸着原料が突沸しないように、ルツボ4は冷却されるか、材質として、熱伝導率が高い物質が好ましい。
【0025】
シャッター5は、図示しないアクチュエータによって駆動され、蒸着を開始するとき開き、または終了するときに閉じるように制御されるもので、薄膜の制御を行いやすくするものである。ヒータ9は、レンズ2aに蒸着される薄膜の密着性などの物性を出すため、レンズ2aを適切な温度に加熱する加熱手段である。
【0026】
光学式膜厚計10は、表面に透明薄膜を形成した透明基体(モニターガラス2b)に光を照射すると、薄膜表面からの反射光と透明基体表面からの反射光とが両者の位相差によって干渉をおこす現象を利用したものである。すなわち、上記位相差が薄膜の屈折率及び光学膜厚によって変化し、干渉の状態が変化して反射光の光量が薄膜の屈折率及び光学膜厚に依存して変化する。なお、反射光が変化すれば必然的に透過光も変化するので、透過光の光量を計測することによっても同様のことができるが、以下では反射光を用いた場合を説明する。
【0027】
光学式膜厚計10は、上記コートドーム2の中心部に保持されたモニターガラス2bに所定の波長の光を照射し、その反射光を測定する。モニターガラス2bに形成される薄膜は、各レンズ2aに形成される薄膜に依存しているとみることができるので、各レンズ2aに形成される薄膜を推測できる情報を得ることができる。
【0028】
<制御の概要>
本発明の真空蒸着装置では、図4で示すように、蒸着処理の開始から所定の条件が成立するまでの期間(蒸着処理の初期段階)では、オープンループ制御(初期レート制御)により電子銃3の出力を制御し、所定の条件が成立するとフィードバック制御(PID制御)により電子銃3の出力を制御して、蒸着原料の特性に合わせた蒸着速度を実現するものである。さらに、蒸着処理の初期段階で所定の条件のうちの一部である時間に関する条件が成立すると、オープンループ制御とフィードバック制御を合わせた複合制御を行って、蒸着原料の気化(または昇華)を促進する。なお、フィードバック制御(レート制御)については、上記従来例の特開2001−115260号公報または特開2003−202404号公報や特開2006−9117号公報と同一であるので、フィードバック制御に関する詳細についての説明は省略する。
【0029】
さらに、本願発明では、蒸着処理の初期でオープンループ制御を開始する電子銃3の出力(以下、初期パワーP0とする)を、蒸着原料4a(または4b)が気化(または昇華)を開始する出力(以下、気化パワーとする)よりも小さい値で、かつ0より大に設定しておき、オープンループ制御期間中では電子銃3に指令する出力を初期パワーP0から徐々に増大させて、成膜レート(レンズ2aに形成する薄膜の形成速度)が過大になって吸収が発生するのを防ぎ、かつ、蒸着処理の全体の時間が無駄に増大するのを防止する。特に、成膜レートが速くなるとレンズ2aの薄膜に吸収の出やすいITO(インジウム−錫複合酸化物)などの昇華性の蒸着原料に適用することで、品質の確保と生産性の向上を図ることができる。以下、蒸着処理の詳細について説明する。
【0030】
<初期パワーP0の設定>
蒸着処理を開始する際に電子銃3へ指令する初期パワーP0は、蒸着原料4a(または4b)の種類毎に予め設定された値をオープンループ制御マップ130に格納しておき、蒸着処理を行う際にオペレータが入力装置12aにより選択する。
【0031】
図2は、オープンループ制御マップ130の一例を示す説明図である。オープンループ制御マップ130は蒸着原料毎に1つのエントリを備え、各エントリは次のように構成される。
【0032】
蒸着原料の種類を特定する名称または識別子を格納する蒸着原料1301と、蒸着原料が気化(または昇華)を開始する電子銃3の出力(この例では電流値)を格納する気化パワー1302と、オープンループ制御の開始時(蒸着処理の開始時)に電子銃3に指令する出力(この例では電流値)を格納する初期パワーP0(1303)と、所定時間毎に電子銃3への出力を増大させるための増分値(この例では電流値)を格納する調整値ΔP(1304)と、オープンループ制御を終了してフィードバック制御へ移行する光学式膜厚計10の光量値(%)を格納するフィードバック制御開始値L1(1305)と、蒸着処理の開始時刻からフィードバック制御を開始するまでの時間(初期アイドルタイムTi)を格納する初期アイドルタイムTi(1306)と、から一つのエントリが構成される。そして、オープンループ制御マップ130には、複数の蒸着原料4a、4bのエントリを格納することができる。
【0033】
気化パワー、初期パワーP0、調整値ΔP、フィードバック制御開始値L1、初期アイドルタイムTiは、それぞれ実験や試験などにより予め設定されたものである。例えば、蒸着原料1301が「A」の物質では、初期パワーP0は気化パワーXの80%に設定されており、オープンループ制御の開始直後では蒸着原料が明確に気化(または昇華、以下同様)しない値に設定されている。この値は、前記課題でも述べたように、蒸着原料が粉体を錠剤状に固めた物質の場合、同じ種類の蒸着原料であっても蒸着原料の個体差によって微妙に状態が異なるため蒸着に必要な電子銃3の出力が変動する。また、プレート状の蒸着原料を用いたとしても、そのプレートの結晶状態、アモルファス状態により同一種類の蒸着原料であっても蒸着に必要な電子銃3の出力が異なる。
【0034】
このため、同一の蒸着原料4aであっても、オープンループ制御の開始時に気化パワー1302で電子銃3を駆動すると気化を開始しない蒸着原料4aと、急速に気化を開始する蒸着原料4aが存在する。オープンループ制御の開始直後に急速に気化する場合では、前記課題で述べたとおり、レンズ2aに蒸着した蒸着原料4aによって形成される薄膜に酸化不足による吸収が生じる恐れがある。
【0035】
そこで、初期パワーP0は、蒸着原料4aが確実に気化するよりも明らかに低い出力を設定し、オープンループ制御期間中は徐々に出力を増大して、モニターガラス2bに蒸着した薄膜の膜厚を確実に光学式膜厚計10で測定可能な状態(フィードバック制御開始値L1)まで移行させる。これにより、気化開始の出力に個体差のある蒸着原料であっても、成膜した薄膜に吸収などの不具合を生じることなく、かつ、蒸着処理全体の加工時間が無駄に増大するのを防ぐのである。
【0036】
初期パワーP0は、気化パワーよりも小さく、かつ0より大であり、例えば、気化パワーの50%以上の値に設定することが好ましい。
【0037】
なお、調整値ΔPやフィードバック制御開始値L1等も、上述したように蒸着原料4aの気化の特性に応じて、急激な気化が発生しない値に設定すればよい。また、初期アイドルタイムTiも、蒸着原料4aの気化の特性に応じて、後述する所定の周期毎にオープンループ制御で調整値ΔPずつ電子銃3への指令値を増大させる期間が過大にならないように設定すればよい。すなわち、オープンループ制御期間中では、徐々に電子銃3の出力の指令値を増大させるので、初期アイドルタイムTiを長く設定しすぎたり、フィードバック制御開始値L1を高く設定しすぎると、蒸着原料4aの急激な気化を抑制できるが蒸着処理に要する時間も増大してしまう。このため、実験などに光学式膜厚計10で成膜の進行を測定可能なフィードバック制御開始値L1または初期アイドルタイムTiの最小値をオープンループ制御マップ130に設定するのが望ましい。
【0038】
<蒸着処理の詳細>
次に、制御装置12が行う蒸着処理の制御の一例について説明する。図3は、制御装置12が蒸着処理で行う電子銃3の制御の一例を示すフローチャートで、入力装置12aから開始の指令を受け付けたときに実行される処理である。
【0039】
ステップS1では、制御装置12が制御に用いる各種パラメータを初期化し、入力装置12aから蒸着原料4a(または4b、以下同様)の名称または識別子を受け付ける。また、制御装置12は、制御周期を決定する変数Ktに、オープンループ制御を実行する周期として予め定めた時間T1を設定する。なお、時間T1は、例えば、10msecなどに設定されている。
【0040】
また、初期化するパラメータとしては、蒸着処理の開始からフィードバック制御へ移行するオープンループ制御の終了までの時間を測定するイニシャルタイマTm1を0にリセットし、光学式膜厚計10の測定周期を測定するチェックタイマTcを0にリセットし、オープンループ制御期間中の電子銃3の出力の更新周期を判定するためのチェックカウンタCcを0にリセットし、フィードバック制御の開始を示すFBフラグを0にリセットする。
【0041】
次に、ステップS2では、上記ステップS1で受け付けた蒸着原料4aの名称または識別子からオープンループ制御マップ130を検索し、該当するエントリから初期パワーP0、調整値ΔP、フィードバック制御開始値L1、初期アイドルタイムTiを取得する。
【0042】
ステップS3では、上記取得した初期パワーP0を、オープンループ制御期間中に電子銃3に指令する電子銃パワーOPに設定して、電子銃3による蒸着原料4aの加熱を開始する。
【0043】
次に、ステップS4では、イニシャルタイマTm1の値が初期アイドルタイムTiを経過したか否かを判定し、経過していればステップS5でフィードバック制御を開始するためのFBフラグを1にセットする。一方、イニシャルタイマTm1の値が初期アイドルタイムTiを経過していなければ、ステップS6でイニシャルタイマTm1の値を更新(時間のカウント)する。
【0044】
次に、ステップS7では、チェックタイマTcの値が光学式膜厚計10の出力を取得する周期であるKt=T1に達したか否かを判定する。チェックタイマTcの値が変数Ktに達していればステップS9に進んで光学式膜厚計10の出力(光量値)をレンズ2aに形成される薄膜の膜厚相当値として読み込む。一方、チェックタイマTcの値が変数Ktに達していなければ、ステップS8に進んでチェックタイマTcの値を更新した後にステップS4に戻って上記のループを繰り返す。
【0045】
ステップS10では、上記読み込んだ光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値L1を超えたか否かを判定する。光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値L1を超えていればオープンループ制御を終了してフィードバック制御へ移行するためステップS20に進む。一方、光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値L1以下であればオープンループ制御を継続するため、ステップS11に進む。なお、この作業は、マルチスレッド処理を適用した方式で実行することもできる。
【0046】
ステップS11では、光学式膜厚計10の出力を読み込むチェックタイマTcをリセットし、オープンループ制御期間中の電子銃3の出力の更新周期を判定するためのチェックカウンタCcの値に1を加算する。
【0047】
ステップS12では、チェックカウンタCcの値が所定値に達したか否かを判定し、チェックカウンタCcの値が所定値に達していれば、オープンループ制御期間中の電子銃パワーOPの出力を更新する周期に達したと判定してステップS13に進む。一方、チェックカウンタCcの値が所定値に達していなければ、ステップS4に戻って上記処理を繰り返す。
【0048】
ここで、所定値は例えば500等に設定され、この例では、チェックタイマTcの値がKt=T1=10msecであるので、500×10msec=5秒ごとに、電子銃パワーOPの値が更新される。
【0049】
ステップS13では、オープンループ制御期間中に電子銃3に指令する電子銃パワーOPの値に、蒸着原料4aに応じたオープンループ制御マップ130の調整値ΔPを加算知って更新し、電子銃3の出力を増大させる新たな電子銃パワーOPとしておく。
【0050】
ステップS14では、電子銃パワーOPを更新する周期を判定するチェックカウンタCcをリセットする。
【0051】
ステップS15では、FBフラグが1であるか否かを判定し、FBフラグが1であればオープンループ制御とフィードバック制御を併用する複合制御期間であるのでステップS18に進む。一方、FBフラグが0であればオープンループ制御期間中であるので、ステップS16に進んで、電子銃3に指令する電子銃パワーPにオープンループ制御期間中の電子銃パワーOPを設定し、ステップS17にて調整値ΔPだけ増大した電子銃パワーPを電子銃3に指令する。
【0052】
一方、複合制御期間のステップS18では、光学式膜厚計10の光量値に基づくフィードバック制御によって電子銃パワーFBPを求める。このフィードバック制御による電子銃パワーFBPは、上記従来例に開示された手法により求めればよい。
【0053】
次に、ステップS19では、上記で求めたオープンループ制御期間中の電子銃パワーOPと、フィードバック制御による電子銃パワーFBPの和算した値を複合制御期間の電子銃パワーPとする。ステップ19において、電子銃パワーOPが高すぎる場合には、電子銃パワーFBPにより負の出力が加わり、電子銃パワーPは電子銃パワーOPよりも低くなる。また、電子銃パワーOPが低すぎる場合には、電子銃パワーFBPにより性の出力が加わり、電子銃パワーPは電子銃パワーOPよりも高くなる。そして、その和算した電子銃パワーPをステップS17で出力し、電子銃3を駆動する。
【0054】
フィードバック制御期間のステップS20以降では、まず、ステップS20で制御周期をフィードバック制御に適した所定値T2に変更するため、変数Ktに所定値T2をセットする。所定値T2は、例えば、4秒などに設定される。次回の制御周期以降は、チェックタイマTcの値が所定値T2となる度にフィードバック制御が繰り返される。
【0055】
ステップS21では、上記従来例の特開2001−115260号公報または特開2006−9117号公報に開示された手法によって光学式膜厚計10の出力(実光量)に基づくフィードバック制御を実施し、ステップS21ではフィードバック制御による電子銃3の指令値FBPを電子銃パワーPに設定する。上記手法によるフィードバック制御では、シャッター5を開放してからの時刻ti-1(実時刻)における光量をLi−1(実測値=実光量)とし、このLi−1に等しい規準光量値Ls(=Li−1)を、基準光量値データ格納部13の基準光量値データから検索する。同一の値がない場合には、近似値を算出する。そして、この光量値Lsに対応する時刻ts(基準時刻)を基準光量値データから算出する。次に、実時刻ti−1から制御間隔Δt(秒)後の時刻tiに対応する光量値(実測値=実光量)をLiとする。また、基準データから、規準時刻ts’(=ts+Δt)に対応する規準光量Ls’を得る。さらに、実光量の変化量と基準光量の変化量の比から光量値Qiを求め、この光量値Qiに対して、PID制御(比例、積分、微分制御)を行い、フィードバック制御の電子銃パワー値FBPを決定する。
【0056】
そして、ステップS23でチェックタイマTcの値をリセットしてからステップS17にて電子銃パワーPを電子銃3に指令し、フィードバック制御による電子銃3の制御を行う。
【0057】
ステップS24では、蒸着処理の終了条件を満足したか否かを判定する。この判定は、例えば、蒸着処理の開始からの経過時間が所定の時間(例えば12分)を経過したときや光量値が所定の値になったときを終了条件を満足したものとする。
【0058】
上記制御により、蒸着処理の光量値(膜厚相当値)と電子銃パワーP(指令値)の関係は、図4に示すようになる。図4は、光量値がフィードバック制御開始値L1を超えたことによりオープンループ制御からフィードバック制御へ移行する場合の光量値(膜厚相当値)と電子銃パワーPと時刻の関係を示すグラフである。
【0059】
時刻Taでは、オープンループ制御の電子銃パワーOPに初期パワーP0を指令して電子銃3を起動し、シャッター5を開放することで蒸着処理を開始する。オープンループ制御では、周期Kt=T1により10msec毎に光学式膜厚計10の光量値を読み込み、チェックカウンタCcの値が所定値=500に達すると、オープンループ制御の電子銃パワーOPに調整値ΔPが加算され、5秒ごとに電子銃3の指令値は所定の増分値である調整値ΔPずつ増大される。そして、5秒周期の電子銃パワーの増大は、光量値がフィードバック制御開始値L1を超えるか、イニシャルタイマTm1の値が初期アイドルタイムに達するまで行われる。図示の例では、時刻Tbで光量値がフィードバック制御開始値L1を超えてオープンループ制御を終了し、フィードバック制御へ移行する場合を示している。
【0060】
フィードバック制御の期間では、周期Kt=T2により4秒の周期で光学式膜厚計10の光量値に基づくフィードバック制御の電子銃パワーFBPが演算されて電子銃3に指令する。
【0061】
蒸着処理の開始時には、電子銃3に指令する初期パワーP0が、蒸着原料4aが確実に気化を開始する電力よりも明らかに低く設定されているため、蒸着処理の開始直後では蒸着原料4aが急激に多量の気化を開始することはない。つまり、同一種の蒸着原料4aであっても、個体差により気化を開始する電子銃パワーPに誤差があり、気化しやすい固体であっても、予め設定した低い初期パワーP0で加熱を開始することで、急激な気化を防いでレンズ2aに形成される透明の薄膜に吸収が生じるのを防ぐことができる。例えば、図2で示した蒸着原料「A」の場合、標準的な気化パワーXの80%を初期パワーP0とすることで、個体差による急激な気化を防いでいる。気化しやすい固体の場合は、気化しにくい固体に比して成膜レートが大きいため、初期アイドルタイムTiに到達する以前に光量値がフィードバック制御開始値L1を超えてフィードバック制御(レート制御)へ移行することができる。例えば、予め設定した初期パワーP0において加熱しても、前記個体差による誤差で気化の速度が速くなる事が考えられるが、フィードバック制御による電子銃パワーFBPを負の出力にすることでその事態を回避することができる。これにより、薄膜の形成速度に応じた電子銃3の出力を制御することができる。
【0062】
逆に、気化しにくい固体の場合では、初期パワーP0が蒸着原料4aが通常気化を開始する電力よりも明らかに低く設定されているため、蒸着処理の開始から時間が経過して調整値ΔPによる電子銃3の出力増大を繰り返さなければ気化を開始しない。このため、光量値がフィードバック制御開始値L1に達するのを待っていると、蒸着処理の終了までの時間が過大となってしまい、蒸着処理の生産性が低下する。
【0063】
そこで、オープンループ制御のみの期間を初期アイドルタイムTiが経過する時間までに制限し、調整値ΔPによる電子銃3の出力増大を繰り返しても成膜の進行が遅い場合には、フィードバック制御を開始して、調整値ΔPを超える電子銃3の出力の補正によって蒸着原料4aの気化を促進することができる。
【0064】
ここで、初期アイドルタイムTiを経過したことによりフィードバック制御を開始する際に、光量値がFB開始値Liを超えるまではオープンループ制御を継続し、オープンループ制御とフィードバック制御を併用する複合制御期間とする。
【0065】
この複合制御期間は、図5の時刻Tb〜Tcで示すように、蒸着原料4aの気化が進まずに初期アイドルタイムTiが経過する時刻Tbにおいて、光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値L1に達していなければオープンループ制御に加えてフィードバック制御も開始する。複合制御期間では、ステップS19で示したように、オープンループ制御による電子銃パワーOPと、フィードバック制御による電子銃パワーFBPのうち和算した出力を電子銃3に指令する値として制御する。気化しにくい固体の場合には電子銃パワーOPの出力が不足しがちになり、電子銃パワーOP増分値(調整値△P)では不足することが考えられる。このような場合、所定の制御周期(例えば、5秒)毎に少なくともオープンループ制御による電子銃パワーOPの増分値(調整値ΔP)に加えてフィードバック制御の電子銃パワーFBPが正の出力で加えられ、オープンループ制御による電子銃パワーOPの増分値以上の出力が電子銃パワーPに加えられることになる。この結果、電子銃3に指令される出力は、図5の時刻Tb〜Tcの期間で示すように、オープンループ制御期間の増分値よりも大きい値になるので、気化しにくい固体の気化を促進することが可能となる。
【0066】
上記オープンループ制御と複合制御及びフィードバック制御による蒸着処理全体の状況を図6に示す。図6は、蒸着処理期間の電子銃パワーP(図中EB出力)とレンズ2aに形成された薄膜の膜厚相当値(光量値)と時間の関係を示す。
【0067】
時刻taにおいて初期パワーP0で電子銃3を起動して、オープンループ制御(初期レート制御)により蒸着処理を開始する。オープンループ制御では光学式膜厚計10の光量値を監視しながら所定の周期(例えば、5秒)毎に調整値ΔPずつ電子銃パワーPを増大していく。オープンループ制御の期間では、電子銃パワーPはほぼ単調増加となって蒸着原料4aを徐々に加熱する。オープンループ制御期間全体としては、単位時間当たりαずつ電子銃パワーPが増大される。図示の例の蒸着原料4aでは、オープンループ制御期間では蒸着原料4aの気化は微量であり、光学式膜厚計10の光量値はわずかに増大する程度となっている。このため、光量値がフィードバック制御開始値L1に達する以前に初期アイドルタイムTiが経過した時刻Tbからはオープンループ制御に加えてフィードバック制御が開始される。そして、時刻Tcでは、光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値L1を超えたことからオープンループ制御を終了して、フィードバック制御へ移行する。時刻Tcでは、蒸着原料4aの厚みが増加しており、膜厚に対する反射光の光量変化の割合が大きくなり、光学式膜厚計10でモニターガラス2bの光量値の変化を確実に捉えることが可能になる。フィードバック制御期間では、上述した従来例と同様に光学式膜厚計10の光量値に基づいて電子銃パワーPのフィードバック制御が行われる。
【0068】
以上のように、蒸着処理の初期段階では、明らかに蒸着原料4aが気化しない初期パワーP0で電子銃3を起動してから、オープンループ制御によって電子銃パワーPを徐々に増大させることで、蒸着原料4aの気化が過大になるのを防ぎながら、蒸着処理時間が長期化するのを防ぐことができる。
【0069】
本発明は、蒸着原料4aの個体差を吸収するだけではなく、真空チャンバー1の保守による蒸着処理の特性の変化も吸収できる。
【0070】
例えば、電子銃3のメンテナンスを行うと、電子銃パワーPに対する実際の電子銃3の出力が変動し、予測していた気化パワーよりも低い値で蒸着原料4aの気化が開始する場合もある。逆に、メンテナンス後の電子銃3に予測していた気化パワーを与えても蒸着原料4aの気化が開始されない場合もある。
【0071】
このように、メンテナンスによって電子銃3における電子ビームの飛翔状態や効率と出力の関係が変動した場合でも、本発明を適用することで、初期パワーP0で蒸着原料4aの気化が開始されても、光学式膜厚計10の光量値がフィードバック制御開始値Liに達した時点でフィードバック制御へ移行し、成膜レートを抑制してレンズ2aに形成された薄膜に吸収が発生するのを防止できる。あるいは、電子銃3への指令値に対して実際の出力が低下した場合では、初期アイドルタイムTiが経過すると、複合制御期間で電子銃3への指令値を増大させて光学式膜厚計10の光量値をフィードバック制御開始値Liまで上昇させることができ、蒸着処理時間が過大になるのを防止できる。
【0072】
なお、電子銃3のメンテナンスを行った後には、オープンループ制御マップ130の気化パワー及び初期パワーP0を事前動作確認などにより補正することが望ましい。
【0073】
<蒸着原料>
レンズ2aに蒸着材料を蒸着して反射防止膜等を形成する場合、成膜レート(薄膜の形成速度)が速い場合には、気化または昇華した蒸着原料の酸化不足などが原因でレンズ2aの表面に形成した薄膜に吸収が生じる傾向がある。このような傾向を備える蒸着原料4aに対して、上述した本発明を適用することで、吸収の発生を防止しながら、蒸着処理時間が長期になるのを防いで生産性を向上させることができる。
【0074】
上述したように、成膜レートが速いためにレンズ2aに形成した薄膜に吸収が生じ易い蒸着原料としては、次のような昇華性の蒸着原料があげられる。
・ケイ素酸化物、珪素酸化物と金属及び/または金属化合物との混合物や化学結合物が挙げられる。これらの中でSiO2等の珪素酸化物は結晶性でも非晶性でも構わない。
・金属化合物としては金属酸化物や金属フッ化物、及び、金属窒化物が挙げられる。
・金属酸化物として、マグネシウム酸化物、カルシウム酸化物、バリウム酸化物、アルミニウム酸化物、チタン酸化物、ジルコニア酸化物、ナトリウム酸化物、カリウム酸化物、錫酸化物及び錫と他元素との共酸化物、インジウム酸化物及びインジウムと他の元素との共酸化物、酸化マグネシウム−二酸化珪素共酸化物、酸化アルミニウム−二酸化珪素共酸化物(ムライト)等が挙げられる。
・金属フッ化物としては、アルカリ土類金属のフッ化物、例えばフッ化マグネシウムやフッ化カルシウム、フッ化バリウムや、アルカリ金属のフッ化物、例えばフッ化ナトリウムやフッ化カリウム等が挙げられる。
・金属窒化物としては、アルミニウム窒化物、チタン窒化物、ケイ素窒化物、クロム窒化物などが挙げられる。
【0075】
上述した化合物の中で、光学特性を付与する蒸着膜に適用される昇華性の蒸着原料には、ケイ素酸化物、アルミニウム酸化物、ジルコニウム酸化物、チタン酸化物、チタン窒化物、インジウム酸化物、錫酸化物等が挙げられる。
【0076】
上記昇華性原料の中でも、蒸着チャンバー1内の真空度(気圧)や温度、蒸発源(蒸着原料4a、4b)の温度条件等により、一度溶融させてから蒸発(気化)させることができる蒸着原料もある。例えば、ケイ素酸化物、アルミニウム酸化物、ジルコニア酸化物は、条件設定により蒸発源において一度溶融させた後、蒸着させることもできる。
【0077】
その一方で、複数の蒸着原料4a、4bを交互に蒸着する多層構造の薄膜を生産する場合には、全ての材料を溶融、蒸発の条件で蒸着するのが困難である。例えば、酸化ケイ素が溶融して条件を設定した場合、チタン窒化物や本実施形態のインジウム−錫複合酸化物(ITO)を酸化ケイ素と似た条件で溶融、蒸発の条件に設定することは困難である。
【0078】
昇華性の蒸着原料は、昇華(蒸着)のスピードが原料の状態にも大きく影響する。昇華性の蒸着原料は、飛翔するポイントを広くするため表面積が確保できる粉体(粉体を固めた錠剤も含む)で取り扱われることが多い。その一方で、粉末を構成する粒子の径、形状、等により、その表面積が均質に保たれにくい。その結果、上述したように、蒸着時の成膜速度が毎度変るという事象が起きる。
【0079】
本発明では、粉体からの昇華現象を利用した(同一条件で蒸着しても成膜速度を一定にしにくい)ものであっても、成膜の速度を所望の条件に制御することができる。
【0080】
さらに、光学式膜厚計10の光量値の変化と、蒸着原料4aの関係については、光学式膜厚計10が測定するモニターガラス2bのインデックス(屈折率)よりも形成された薄膜のインデックスの方が高い蒸着原料に対して本発明を適用するのが好適である。
【0081】
つまり、モニターガラス2bのインデックスよりも高いインデックスを持つ薄膜を形成する蒸着原料では、蒸着開始から成膜の進行(膜厚の増大)に伴って、光量値も上昇する。このとき、モニターガラス2bに形成された薄膜に吸収が発生すると、光学式膜厚計10が観測する光量値は低下する。光学式膜厚計10の光量値は、膜厚の増大による光量値の増大に、吸収の発生による光量値の減少を加えたものを出力する。
【0082】
このため、モニターガラス2bよりもインデックスの高い薄膜を形成する際には、光学式膜厚計10の光量値の増分が少ない、または光量値が増大しない場合、蒸着原料4aの気化が開始していないのか、吸収が発生しているため光量値の増加が少ないのかを容易に判定することはできない。
【0083】
したがって、モニターガラス2bよりもインデックスの高い薄膜を形成する蒸着原料4aで蒸着処理を行う際には、本発明を適用することで、明らかに気化しない初期パワーP0からオープンループ制御によって電子銃パワーPを徐々に増大させて、光量値がフィードバック制御開始値L1を超えるか、初期アイドルタイムTiを経過するかの何れかによりフィードバック制御を開始することで、形成した薄膜に吸収が発生するのを防いで、的確に蒸着処理を行うことができるのである。
【0084】
一方、モニターガラス2bよりもインデックスの低い薄膜を形成する蒸着原料を用いた蒸着処理では、蒸着開始から成膜の進行(膜厚の増大)に伴って、光量値は減少し、モニターガラス2bに形成された薄膜に吸収が発生すると、光学式膜厚計10が観測する光量値は減少するので、減少量が過大であれば吸収が発生していることを検知できるので、上記従来例に示したフィードバック制御で処理を行うことができる。
【0085】
なお、上記ではステップS24の蒸着処理の終了条件の判定を、例えば、蒸着処理の開始からの経過時間が所定の時間(例えば12分)とした例を示したが、図2に示したオープンループ制御マップ130に蒸着原料毎に蒸着処理を終了するまでの時間を設定してもよい。
【0086】
また、上記実施形態では、ひとつの真空チャンバー1で蒸着処理を行う例を示したが、連続型真空蒸着装置に本発明を適用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上のように、本発明によれば、蒸着原料の特性に合わせて成膜の初期段階における電子銃の制御を的確に行うこと可能になるので、品質と生産性に優れた眼鏡用等のレンズの製造システムに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の一実施形態を示し、型真空蒸着装置の概略図。
【図2】オープンループ制御マップの一例を示す説明図。
【図3】蒸着処理における制御の流れを示すフローチャート。
【図4】光量値がフィードバック制御開始値L1を超えたことによりオープンループ制御からフィードバック制御へ移行する場合の光量値(膜厚相当値)と電子銃パワーPと時刻の関係を示すグラフである。
【図5】初期アイドルタイムTiを超えたことによりオープンループ制御から複合制御を経てフィードバック制御へ移行する場合の光量値(膜厚相当値)と電子銃パワーPと時刻の関係を示すグラフである。
【図6】同じく、初期アイドルタイムTiを超えたことによりオープンループ制御からフィードバック制御へ移行する場合の光量値(膜厚相当値)と電子銃パワーPと時刻の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0089】
1 真空チャンバー
2a レンズ
2b モニターガラス
3 電子銃
4a、4b 蒸着原料
12 制御装置
14 イオン銃

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着装置の蒸着室内に保持されたレンズの表面に蒸着原料を気化させて蒸着させることにより膜を形成するレンズの成膜方法であって、
前記蒸着装置は、
前記蒸着室に配置されて前記蒸着原料を加熱する加熱部と、
前記レンズに形成される膜の反射光の光量値から膜厚を予測することができる光学式膜厚測定部と、
前記加熱部の出力を制御する制御部と、を備えており、
前記制御部が、前記蒸着原料の種類に応じて予め設定された初期出力を前記加熱部に指令し、前記加熱部を起動するステップと、
前記制御部が、予め設定した周期で前記光学式膜厚測定部の光量値を取得するステップと、
前記制御部が、オープンループ制御によって前記加熱部の出力を徐々に増大するように指令するステップと、
前記制御部が、予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記光量値に基づくフィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御するステップと、を含み、
前記所定の条件は、前記加熱部を起動してから経過した時間が所定の時間を経過したことを含み、
前記初期出力は、前記蒸着原料が確実に気化する出力よりも小さい所定値であることを特徴とするレンズの成膜方法。
【請求項2】
前記制御部が、オープンループ制御によって前記加熱部の出力を徐々に増大するように指令するステップは、
前記周期となる度に、前記蒸着原料毎に予め設定された増分値を前記初期出力に加算した値を加熱部への指令値とすることを特徴とする請求項1に記載のレンズの成膜方法。
【請求項3】
前記制御部が、予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記光量値に基づくフィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御するステップは、
前記加熱部を起動してから経過した時間が所定の時間を経過したときには前記フィードバック制御を開始し、
前記取得した光量値が、予め設定した閾値を超えたときには、オープンループ制御を終了して前記フィードバック制御へ移行することを特徴とする請求項1に記載のレンズの成膜方法。
【請求項4】
前記制御部が、予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記光量値に基づくフィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御するステップは、
前記加熱部を起動してから所定の時間を経過したときに、前記光量値が前記閾値以下のときには、前記オープンループ制御による出力と前記フィードバック制御による出力の和算した値を前記加熱部に指令することを特徴とする請求項3に記載のレンズの成膜方法。
【請求項5】
前記光学式膜厚測定部は、
前記加熱部による加熱によって気化または昇華した蒸着原料が付着するモニターガラスを有して、当該モニターガラスに形成される膜の膜厚を測定し、
前記蒸着原料は、
前記加熱部による加熱によって気化または昇華して前記モニターガラスに形成する膜の屈折率が、前記モニターガラスの屈折率よりも大であることを特徴とする請求項1に記載のレンズの成膜方法。
【請求項6】
前記蒸着原料は、インジウム−錫複合酸化物を含むことを特徴とする請求項5に記載のレンズの成膜方法。
【請求項7】
蒸着室内に保持されたレンズの表面に蒸着原料を気化または昇華させて蒸着させることにより膜を生成する蒸着装置であって、
前記蒸着原料を加熱する加熱部と、
前記レンズに形成される膜の反射光の光量値から膜厚を予測することができる光学式膜厚測定部と、
前記加熱部の出力を制御する制御部と、備え、
前記制御部は、
予め設定した周期で光学式膜厚測定部の光量値を取得する膜厚相当値測定部と、
オープンループ制御によって前記加熱部の出力を徐々に増大するように指令するオープンループ制御部と、
前記光量値に基づいてフィードバック制御により前記加熱部の出力を設定するフィードバック制御部と、
予め設定した条件を満たしたか否かを判定し、前記条件を満たしたときには前記フィードバック制御によって前記加熱部の出力を制御し、前記条件を満たしていないときには前記オープンループ制御を継続する切り替え制御部と、を備え、
前記所定の条件は、前記加熱部を起動してから経過した時間が所定の時間を経過したことを含み、
前記初期出力は、前記蒸着原料が確実に気化する出力よりも小さい所定値であることを特徴とする蒸着装置。
【請求項8】
前記オープンループ制御部は、
前記周期となる度に、前記蒸着原料毎に予め設定された増分値を前記初期出力に加算した値を加熱部への指令値とすることを特徴とする請求項7に記載の蒸着装置。
【請求項9】
前記切り替え制御部は、
前記加熱部を起動してから経過した時間が所定の時間を経過したときには前記フィードバック制御を開始し、
前記取得した光量値が、予め設定した閾値を超えたときには、オープンループ制御を終了して前記フィードバック制御へ移行することを特徴とする請求項7に記載の蒸着装置。
【請求項10】
前記切り替え制御部は、
前記加熱部を起動してから所定の時間を経過したときに、前記光量値が前記閾値以下のときには、前記オープンループ制御による出力と前記フィードバック制御による出力の和算値を前記加熱部に指令することを特徴とする請求項9に記載の蒸着装置。
【請求項11】
前記光学式膜厚測定部は、
前記加熱部による加熱によって気化または昇華した蒸着原料が付着するモニターガラスを有して、当該モニターガラスに形成される膜の膜厚を測定し、
前記蒸着原料は、
前記加熱部による加熱によって気化または昇華して前記モニターガラスに形成する膜の屈折率が、前記モニターガラスの屈折率よりも大であることを特徴とする請求項7に記載の蒸着装置。
【請求項12】
前記蒸着原料は、インジウム−錫複合酸化物を含むことを特徴とする請求項11に記載の蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−77519(P2010−77519A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250261(P2008−250261)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】