説明

レーザー彫刻用材料およびレーザー彫刻用印刷版原版

【課題】彫刻速度の速い(彫刻感度の高い)レーザー彫刻用材料を提供すること。
【解決手段】主鎖および/または側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物、および酸発生剤を含有することを特徴とするレーザー彫刻用材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザーで彫刻することによりレリーフ像を形成することができるレーザー彫刻用材料、これを用いたレーザー彫刻用印刷版原版、およびレリーフの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
表面に凹凸を形成してレリーフ印刷版を形成する方法としては、感光性の組成物を用い、原画フィルムを介してこれら組成物を紫外光で露光して画像部分を選択的に硬化させた後に、未硬化部を現像液により除去する方法、いわゆる「アナログ製版」が良く知られている。アナログ製版は、多くの場合、銀塩材料を用いた原画フィルムを必要とするため、フィルムの製造時間およびコストを要する。さらに、原画フィルムの現像に化学的な処理が必要で、かつ現像廃液の処理をも必要とすることから、環境衛生上の不利を伴う。
【0003】
アナログ製版に伴う課題を解決する手段として、感光性組成物の層の上に、その場で(in situ)画像マスクを形成可能なレーザー感応性のマスク層要素を設けたレリーフ印刷版原版が提案されている(例えば、特許文献1〜2参照)。これらの原版を用いた製版方法は、デジタルデバイスで制御された画像データに基づいてレーザー照射を行い、マスク層要素から画像マスクをその場で形成し、その後はアナログ製版と同様に、画像マスクを介して紫外光で露光し、感光性組成物の層および画像マスクを現像除去する製版方法で、レリーフ印刷版、すなわちフレキソ版や樹脂凸版の業界では「デジタルCTP」と称されている。デジタルCTPは、上述した原画フィルムの製造工程に関わる課題を解決しているが、感光性組成物の層の現像で発生する廃液の処理に関する課題がある。さらにフレキソ版の場合、現像にはトリクロロエチレンなどの塩素系溶媒を用いることが多く、作業衛生面でも不利がある。
【0004】
デジタルCTPにおける現像工程および現像廃液に関する課題を解決する手段として、感光性組成物の層を加熱し、未硬化部分を軟化させて除去する、いわゆる「熱現像方式」が提案されている(例えば、特許文献3参照)。この方式では現像液を用いないため、作業環境的に好ましく、さらに、現像廃棄物は特別な分別処理をする必要がなく焼却処理することが可能である。しかし、熱現像方式は溶剤現像方式に比べて現像速度が著しく遅いため作業効率が悪く、複雑で高価な現像設備を必要とするという問題がある。
【0005】
現像工程および現像廃液に関する課題を解決する別の手段として、レーザーによる直接彫刻製版、いわゆる「直彫CTP方式」が多く提案されている(例えば、特許文献4〜5参照)。直彫CTPは、文字通りレーザーで彫刻して直接レリーフとなる凹凸を形成する方法である。原画フィルムを用いたアナログ製版や、やはり原画フィルムの役割をなす画像マスクを利用するデジタルCTPと異なり、自由にレリーフ形状を制御することができるという利点がある。例えば、抜き文字部分を印刷物に再現する部位を深く彫刻したり、微細網点を再現する部分では印圧に負けて網点が倒れないようにショルダーをつけた彫刻をすることができる。
【0006】
直彫CTPの課題として、レーザー彫刻の速度が遅いことが挙げられる。これは、デジタルCTPではアブレーションすべき対象のマスク層要素の厚さが1〜10μm程度であるのに対し、直彫CTPでは直接レリーフを形成する機能上、少なくとも100im以上は彫刻する必要があるからである。そのため、使用するレーザー光源は出力の高い炭酸ガスレーザーを使用する場合が多いが、それでもデジタルCTPのマスク描画速度には遠く及ばない。直彫CTPは、デジタルCTPより工程数が大幅に少ないので、直彫CTPのレーザー彫刻速度が、デジタルCTPのマスク描画速度と同等である必要はないが、レーザー彫刻速度の向上が、直彫CTPの生産効率に直結しており、彫刻効率の良い被彫刻体(印刷版原版)が求められている。
【0007】
また、直彫CTPに用いられる炭酸ガスレーザーの波長は10.6μmと大きく、これはデジタルCTPに用いられる近赤外レーザーの波長の10倍に当たる。レーザー波長は、集光できるレーザービーム径の大きさに関係しており、近赤外レーザーのビーム径が10〜15μmであるのに対し、炭酸ガスレーザーでは最小でも25μmであり、炭酸ガスレーザーで微細な画像を形成するには、かなり高度な技術を要する。そのため、近赤外レーザーで彫刻可能な印刷版原版がいくつか提案されている。出力の低い近赤外レーザーに対応させるため、いずれも彫刻速度の向上を図っている。
【0008】
例えば、エラストマー発泡体を含むレーザー彫刻用フレキソ印刷版原版が提案されている(例えば、特許文献6参照)。密度の低い発泡体を用いることで、彫刻速度の向上を図っているが、低密度の材料であるため印刷版としての強度が不足し、耐刷性が著しく損なわれるという問題がある。また、炭化水素系の気体を封入したマイクロスフィアを含有するレーザー彫刻用フレキソ印刷版原版が提案されている(例えば、特許文献7参照)。レーザーで発生する熱によりマイクロスフィア内の気体が膨張して、被彫刻材料を崩壊させるシステムにより、彫刻速度の向上を図っている。気泡を含む材料系なので、印刷版としての強度が不足しやすいという問題がある。また、気体は固体に比べて熱で膨張しやすい性質があり、熱変形開始温度の高いマイクロスフィアを選択しても、外温の変化による体積変化はさけられず、厚み精度の安定性が要求される印刷版に用いるには適していない。
【特許文献1】特許第2773847号公報(第3−9頁)
【特許文献2】特開平9−171247号公報(第3−7頁)
【特許文献3】特開2002−357907号公報(第7−18頁)
【特許文献4】特許第2846954号公報(第1−7頁)
【特許文献5】特開平11−338139号公報(第2−6頁)
【特許文献6】特開2000−318330号公報(第2−6頁)
【特許文献7】米国2003/180636号公報(第1−5頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、彫刻速度の速い(彫刻感度の高い)レーザー彫刻用材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、主として以下の構成を有する。すなわち、
「主鎖および/または側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物、および酸発生剤を含有することを特徴とするレーザー彫刻用材料」である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、レーザーに対する彫刻感度が高いレーザー彫刻材料が得られる。このため、レリーフの形成にかかる時間を短縮できるだけでなく、低出力の近赤外レーザーによる彫刻が可能となり、精細なレリーフを容易に製造することができる。また、本発明のレーザー彫刻用材料を用いることによって、彫刻感度が高く、耐刷性に優れたレーザー彫刻用印刷版原版が得られる。凸状レリーフを有する樹脂凸版(レタープレス版)、フレキソ版やスタンプだけではなく、凹版、孔版にも応用できるが、その応用範囲がこれらに限定されるものではない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0013】
本発明におけるレーザー彫刻用材料は、主鎖および/あるいは側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物および酸発生剤を含む組成物からなる。
【0014】
本発明におけるレーザー彫刻用印刷版原版は、支持体と、上記レーザー彫刻用材料からなる被彫刻層を有する。
【0015】
酸で分解する官能基を有する化合物と酸発生剤との組み合わせにより、レーザー彫刻用材料の彫刻感度を大幅に向上させることができる。ここでいう酸で分解する官能基を有する化合物は、レーザー彫刻用材料の担体樹脂としても機能することから、ポリマーまたはオリゴマーであることが好ましい。レーザー彫刻用材料に高出力のレーザーを照射すると、材料が急速に加熱されて物理的に破壊される。従来直彫りに用いられてきたゴム版は、彫刻をこの物理的破壊のみで行っており、彫刻感度は低い。レーザーの吸収がレーザー照射側の表面側に集中するため、ゴム版のバルク部では物理的破壊に必要な熱が発生しにくいためである。表面とバルク部とで熱勾配が生じ、熱拡散でバルク部も加熱されるが、彫刻感度の低いゴム版などではバルク部が彫刻されるまでには至らない。本発明のレーザー彫刻用材料では、酸発生剤から発生した酸が、担体樹脂を分解するため、熱発生が少ないバルク部でも化学的破壊が行われ、彫刻感度が上昇する。
【0016】
主鎖および/または側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物の中でも、酸で分解する官能基を主鎖に有する樹脂は、酸発生により樹脂が低分子量化するため、彫刻感度の向上の効果が高くなり、最も好ましく用いられる。
【0017】
酸で分解する官能基を側鎖に有する樹脂を用いる場合は、彫刻感度向上の効果を上げるため、分子量を低い樹脂を用い、酸分解性の官能基がある側鎖の末端同士を反応させて架橋構造を形成することが好ましい。
【0018】
酸で分解する官能基として、エステル基、ケタール基、チオケタール基、アセタール基、第3級アルコール基が挙げられ、なかでもエステル基が好ましい。
【0019】
エステル基有する化合物として、水酸基とカルボキシル基を有するヒドロシキ酸の単独あるいは共重縮合物、多官能アルコールと多官能カルボン酸の重縮合物が挙げられる。また、ヒドロシキ酸と多官能アルコールおよび/または多官能カルボン酸の共重縮合物も好ましく用いられる。
【0020】
ヒドロキシ酸として、乳酸、グリコール酸、リンゴ酸、グリセリン酸、酒石酸、クエン酸、タルトロン酸、トロパ酸、サリチル酸、バニリン酸、プロトカテク酸、没食子酸などが挙げられる。
【0021】
多官能アルコールとして、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセロール、ペンタエリスリトール、ピナコールおよびこれら多量体、ポリビニルアルコールおよびその酢酸ビニル共重合体、ピロカテコール、レゾルシノール、ハイドロキノンなどが挙げられる。
【0022】
多官能カルボン酸として、しゅう酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、フマル酸、マレイン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、およびこれら酸の無水物などが挙げられる。
【0023】
これらを用いて得られる縮合物のうち、乳酸による単独あるいは共重縮合物、グリコール酸による単独あるいは共重縮合物、ポリビニルアルコールおよびその酢酸ビニル共重合体とコハク酸あるいはアジピン酸の縮合物が好もしく用いられる。
【0024】
酸で分解する官能基を有する化合物の含有量は、レーザー彫刻用材料の固形分全重量に対して10〜90重量%が好ましく、30〜80重量%がより好ましい。酸で分解する官能基を有する化合物の含有量を10重量%以上とすることで彫刻感度が向上する効果が得られ、90重量%以下とすることで他の成分が不足することがなく、例えば印刷版として使用する場合に良好な耐刷性が得られるためである。
【0025】
酸発生剤として、ヨードニウム塩、スルホニウム塩、ジアゾニウム塩などのオニウム塩、トリハロメチル基置換したオキサドール誘導体またはS−トリアジン誘導体、およびナフトキノンジアジド類が挙げられる。なかでも、酸が発生する温度が100℃以上700℃以下の酸発生剤が好ましく、150℃以上500℃以下の酸発生剤がより好ましい。酸発生温度が100℃以上の酸発生剤を用いることで、レーザー彫刻用材料の製造工程中に酸を発生することを抑制でき、酸発生温度が700℃以下の酸発生剤を用いることで、彫刻速度が向上する効果が得られるからである。
【0026】
酸発生剤の含有量は、レーザー彫刻用材料の固形分全重量に対して0.1〜30重量%が好ましく、0.3〜15重量%がより好ましい。酸発生剤の含有量を0.1重量%以上とすることで彫刻感度が向上する効果が得られ、30重量%以下とすることで他の成分が不足することがなく、例えば印刷版として使用する場合に良好な耐刷性が得られるためである。
【0027】
耐刷性向上の目的で、レーザー彫刻用材料は架橋構造を有することが好ましい。レーザー彫刻用材料に架橋構造を導入することによって、印刷時における摩耗を防ぐとともに、レーザー彫刻後にシャープな形状を有するレリーフを得ることができる。レーザー彫刻用材料に架橋構造を導入する手段として、光または熱で架橋反応するモノマーを添加する方法、および酸で分解する官能基を有する化合物の末端および/あるいは側鎖の官能基と架橋剤とを反応させる方法がある。
【0028】
光または熱で架橋するモノマーとしては、(メタ)アクリル酸モノマー、(メタ)アクリレートモノマー、あるいはエポキシ化合物とアミン系化合物の組み合わせなど、公知一般の化合物を用いることができる。
【0029】
光または熱で架橋するモノマーの含有量は、レーザー彫刻用材料の固形分全重量に対して40重量%以下が好ましく、30重量%以下がより好ましい。光または熱で架橋するモノマーの含有量を40重量%以下とすることで、架橋密度の過密化を防止して彫刻感度の低下を抑制することができる。
【0030】
光または熱で架橋するモノマーを用いる場合、ベンジルジメチルケタールなどの光重合開始剤や、AIBNなどの熱重合開始剤を、単独あるいは複数種添加しても良い。光重合開始剤と熱重合開始剤の合計の含有量は、レーザー彫刻用材料の固形分全重量に対して10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましい。光重合開始剤と熱重合開始剤の合計の含有量を10重量%以下とすることで、架橋反応が問題なく進むとともに、他の成分が不足することによる諸性能の低下を防止することができる。
【0031】
酸で分解する官能基を有する化合物の末端および/あるいは側鎖の官能基と架橋剤とを反応させる方法として、例えば、酸で分解する官能基を有する化合物中にカルボシキル基が存在する場合、カルボシキル基とグリシジルメタクリレートとを反応させた後、メタクロイル基を光または熱で重合させることによって達成することができる。
【0032】
耐刷性向上やレリーフの硬度調整、インキ耐性付与の目的で、レーザー彫刻用材料は酸で分解する官能基を有する化合物以外のポリマーを含有してもよい。例えば、スチレンゴムやニトリルゴムなどのエラストマーポリマーを用いることで、レーザー彫刻用材料が柔軟になり、フレキソ印刷に適した印刷版原版が得られる。また油性インキを使用する樹脂凸版の原版を得るには、油性インキに耐性のあるポリアミド樹脂を用いても良い。
【0033】
酸で分解する官能基を有する化合物以外のポリマーの含有量は、レーザー彫刻用材料の固形分全重量に対して50重量%以下が好ましく、30重量%以下がより好ましい。酸で分解する官能基を有する化合物以外のポリマーの含有量を50重量%以下とすることで、他の成分が不足することによる彫刻感度の低下を防ぐことができる。
【0034】
彫刻に使用するレーザーに対する吸収効率を上げるために、レーザー彫刻用材料はレーザー吸収剤を含有しても良い。炭酸ガスレーザーの波長領域は11μm近傍にあり、樹脂は概してこの波長領域に吸収を有するので、必ずしもレーザー吸収剤を添加する必要はない。これに対して、半導体レーザー、YAGレーザーやファイバーレーザーのような近赤外レーザーの発振波長は860〜1150mmであり、この波長領域に吸収を有する樹脂は少ないので、近赤外レーザーに対応したレーザー彫刻用材料を得るにはレーザー吸収剤を添加することが好ましい。
【0035】
このようなレーザー吸収剤として、フタロシアニン化合物、シアニン化合物、スクアリリウム染料、ポリメチン染料、ニグロシン染料、カーボンブラック、酸化クロム、酸化鉄、鉄、アルミニウム、銅、亜鉛のような金属粉などが挙げられる。
【0036】
その他必要に応じて、レーザー彫刻用材料は可塑剤、熱安定剤、光吸収剤、染料などの添加剤を含有しても良い。
【0037】
本発明のレーザー彫刻用印刷版原版は、支持体と、本発明のレーザー彫刻用材料からなる被彫刻層を有する。被彫刻層は、前述のレーザー彫刻用材料をシート状あるいはスリーブ状に成形することで得ることができる。被彫刻層の厚みは、所望のレーザー彫刻用印刷版原版のサイズ、性質などにより適宜設定すれば良く、特に限定されないが、0.3mm〜10mmが好ましく、0.5mm〜5mmがより好ましい。
【0038】
本発明における支持体に使用する素材は特に限定されないが、寸法安定なものが好ましく使用され、例えばスチール、ステンレス、アルミニウムなどの金属、ポリエステル(例えば、PET、PBT、PAN)やポリ塩化ビニルなどのプラスチック樹脂、スチレン−ブタジエンゴムなどの合成ゴム、ガラスファイバーで補強されたプラスチック樹脂(エポキシ樹脂やフェノール樹脂など)が挙げられる。レーザー彫刻用印刷版原版の支持体として、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムやスチール基板が好ましく用いられる。支持体の形態は、被彫刻層がシート状であるかスリーブ状であるかによって適したものを選択すれば良い。支持体の厚みは特に限定がないが、取扱いの面から0.05mm〜0.5mmが好ましい。
【0039】
被彫刻層と支持体との間に、両層間の接着力を強化する目的で、接着層を設けても良い。被彫刻層は、レーザー彫刻によってレリーフ形成され、そのレリーフ表面はインキ着肉部として機能する。レリーフ表面への傷や凹み防止の目的で、被彫刻層表面に保護フィルムを設けても良い。保護フィルムの厚さは、傷や凹み防止の観点から25μm以上が好ましく、取扱い性の観点から500μm以下が好ましい。50〜200μmがより好ましい。
【0040】
被彫刻層と保護フィルムとの間に、保護フィルムの剥離性を制御する目的で、スリップコート層を設けても良い。
【0041】
以上のようにして得られたレーザー彫刻用材料またはレーザー彫刻用印刷版原版に、デジタルデータを元にレーザーヘッドを制御し、レーザーを像様照射することによって、レリーフを製造することができる。レーザーが照射されると、材料中の分子が急激に振動し、分子振動により発生した熱により、材料を彫刻することができる。本発明のレーザー彫刻用材料またはレーザー彫刻用印刷版原版は彫刻感度が高いので、高出力の炭酸ガスレーザーだけでなく、例えばYAGレーザーやファイバーレーザー、半導体レーザーのような比較的低出力な近赤外レーザーでも彫刻が可能である。生産性を重視するならば、炭酸ガスレーザーが好ましく用いられ、微細なレリーフを形成する観点では、ファイバーレーザーや半導体レーザーが好ましく用いられる。
【0042】
彫刻表面に彫刻カスが付着している場合は、彫刻表面を水または水を主成分とする液体で彫刻表面をリンスして、彫刻カスを洗い流す工程を設けても良い。リンスの手段として、高圧水をスプレー噴射する方法、感光性樹脂凸版の現像機として公知のバッチ式あるいは搬送式のブラシ式洗い出し機で、彫刻表面を主に水の存在下でブラシ擦りする方法などが挙げられ、彫刻カスのヌメリが取れない場合は石鹸や界面活性剤を添加したリンス水を用いても良い。
【0043】
彫刻表面をリンスする工程を行った場合、彫刻されて得られたレリーフからリンス液を揮発させるため、レリーフを乾燥することが好ましい。
【0044】
本発明で得られたレリーフは、フレキソ印刷版やレタープレス印刷版のようなレリーフ印刷版、スタンプ、凹版印刷版、孔版印刷版などに使用することができる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例で詳細に説明する。
【0046】
<接着層を塗布した支持体の作製>
“バイロン”31SS(不飽和ポリエステル樹脂のトルエン溶液、東洋紡績(株)製)260重量部および“PS−8A”(ベンゾインエチルエーテル、和光純薬工業(株)製)2重量部の混合物を70℃で2時間加熱後30℃に冷却し、エチレングリコールジグリシジルエーテルジメタクリレート 7重量部を加えて2時間混合した。さらに、“コロネート”3015E(多価イソシアネート樹脂の酢酸エチル溶液、日本ポリウレタン工業(株)製)25重量部および“EC−1368”(工業用接着剤、住友スリーエム(株)製)14重量部を添加し、第1接着層用の塗工液組成物を得た。
【0047】
“ゴーセノール”KH−17(鹸化度78.5%〜81.5%のポリビニルアルコール、日本合成化学工業(株)製)50重量部を“ソルミックス”H−11(アルコール混合物、日本アルコール(株)製)200重量部および水 200重量部の混合溶媒に70℃で2時間溶解させた後、“ブレンマー”G(グリシジルメタクリレート、日本油脂(株)製)1.5重量部を添加して1時間混合し、さらに(ジメチルアミノエチルメタクリレート)/(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)/(メタクリル酸)共重合体(共重合比:67/32/1)3重量部、“イルガキュア”651(ベンジルジメチルケタール、チバ・ガイギー(株)製)5重量部、“エポキシエステル”70PA(プロピレングリコールジグリシジルエーテルのアクリル酸付加物、共栄社化学(株)製)21重量部およびエチレングリコールジグリシジルエーテルジメタクリレート 20重量部を添加して90分間混合し、50℃に冷却後“フロラード”TM FC−430(住友スリーエム(株)製)0.1重量部添加して30分間混合して第2接着層用の塗工液組成物を得た。
【0048】
支持体として用いる厚さ250μmの“ルミラー”T60(ポリエステルフィルム、東レ(株)製)上に、第1接着層用の塗工液組成物を乾燥後膜厚が40μmとなるようバーコーターで塗布し、180℃のオーブン中に3分間入れて溶媒を除去後、第1接着層上に第2接着層用の塗工液組成物を乾燥膜厚が30μmとなるようバーコーター塗布し、160℃のオーブンで3分間乾燥し、第2接着層/第1接着層/支持体の積層体を得た。
【0049】
<スリップコート層を塗布した保護フィルムの作製>
“ゴーセノール”AL−06(鹸化度91%〜94%のポリビニルアルコール、日本合成化学工業(株)製)4重量部を水 55重量部、メタノール 14重量部、n−プロパノール 10重量部およびn−ブタノール 10重量部の混合溶媒に溶解させ、スリップコート層用の塗工液組成物を得た。
【0050】
厚さ100μmのポリエステルフィルム“ルミラー”S10(東レ(株)製)上に、上記スリップコート層用の塗工液組成物をバーコーターを用いて乾燥膜厚が1.0μmになるように塗布し、100℃で25秒間乾燥し、スリップコート層/保護フィルムの積層体を得た。
【0051】
<変性ポリビニルアルコールの合成>
冷却管をつけたフラスコ中に、部分鹸化ポリビニルアルコール“ゴーセノール”KL−05”(鹸化度 78.5%〜82.0%、日本合成化学工業(株)製)50重量部、無水コハク酸4重量部およびアセトン10重量部を入れ、60℃で6時間加熱した後、冷却管を外してアセトンを揮発させた。その後、100重量部のアセトンで未反応の無水コハク酸を溶出させる精製工程を2回行った後、60℃で減圧乾燥を5時間行い、水酸基にコハク酸がエステル結合した、変性ポリビニルアルコールを得た。
【0052】
<実施例1>
撹拌ヘラおよび冷却管をつけた3つ口フラスコ中に、上記の変性ポリビニルアルコールを50重量部、可塑剤としてジエチレングリコール20重量部、溶媒として水35重量部およびエタノール12重量部を入れ、撹拌しながら70℃で120分間加熱し変性ポリビニルアルコールを溶解した。ついで、“ブレンマー”G(グリシジルメタクリレート、日本油脂(株)製)6重量部を添加し、70℃で30分間撹拌した。この段階でグリシジルメタクリレートのエポキシ基と変性ポリビニルアルコールのカルボキシル基との反応がほぼ完了し、ポリマー側鎖にコハク酸のエステル基を介してメタクリロイル基が末端に付加したポリマーが得られた。このポリマーは後に側鎖のメタクロイル基が光重合され、側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物となる。
【0053】
さらにこのポリマー溶液に、エチレン性不飽和モノマー“ライトアクリレート”14EG−A(ポリエチレングリコール600のジアクリレート、共栄社化学(株)製)を20重量部、光重合開始剤として“イルガキュア”651(ベンジルジメチルケタール、チバ・ガイギー(株)製)を1.5重量部、熱酸発生剤としてジフェニルヨードニウムアントラキノンスルホン酸塩を0.7重量部、消泡剤として“ノプコ”DF122−NS(サンノプコ(株)製)を0.05重量部、および重合禁止剤として“Q−1300”(アンモニウム N−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン、和光純薬工業(株)製)を0.005重量部添加して30分間撹拌して、流動性のある被彫刻層1用の組成物溶液を得た。
【0054】
上記の接着層を塗布した支持体を接着層側から超高圧水銀灯で1000mJ/cm露光した後、被彫刻層1用の組成物溶液を、接着層が塗布された支持体の接着層側に流延し、60℃のオーブン中で2時間乾燥して、基板を含めておよそ厚さ1100μmの未架橋の被彫刻層1/第2接着層/第1接着層/支持体の積層体である樹脂シート1を得た。樹脂シート1の厚さは、第2接着層上に所定厚のスペーサーを設置し、スペーサーからはみ出ている部分の被彫刻層1用の組成物溶液を、水平な金尺で掻き出すことによって調整した。
【0055】
上記の樹脂シート1と上記スリップコート層を塗布した保護フィルムの間に、上記の被彫刻層1用の組成物溶液を展開し、80℃に加熱されたカレンダーロールでラミネートを行い、保護フィルム/スリップコート層/未架橋の被彫刻層1/第2接着層/第1接着層/支持体の順の積層体を得た。カレンダーロールのクリアランスは、積層体から保護フィルムを剥離した後における積層体の厚みが1140μmになるように調製した。展開された塗工液組成物は、ラミネート後1日静置させることによって、残存溶媒が拡散移動または自然乾燥し、追加の未架橋の被彫刻層1を形成する。
【0056】
このようにして得られた積層体を、保護フィルム側から超高圧水銀灯で2000mJ/cm露光することによって、未架橋の被彫刻層1を架橋し、保護フィルムを積層したレーザー彫刻用印刷版原版1を得た。
【0057】
レーザー彫刻用印刷版原版の彫刻感度の測定には、炭酸ガスレーザー彫刻機として、最大出力40Wの炭酸ガスレーザーを装備した“Commax Direct”A3-40W((株)コマックス製)を用いた。レーザー彫刻用印刷版原版1から保護フィルムを剥離後、炭酸ガスレーザー彫刻機で、レーザー出力:32.5W、ヘッド速度:600mm/分、ピッチ設定:1000DPIの条件で、5cm四方のベタ部分をラスター彫刻した。ベタ彫刻部分の彫刻された深さを測定したところ、0.7mmであった。
【0058】
レーザー彫刻用印刷版原版から得られる印刷版の耐刷性評価は、以下の手順で行った。まず、印刷版原版から保護フィルムを剥離後、炭酸ガスレーザー彫刻機“Commax Direct”A3−40W((株)コマックス製)を用いて、100μm幅、10cm長の凸線を有するレリーフを彫刻した。彫刻条件は、レーザー出力:32.5W、ヘッド速度:600mm/分、ピッチ設定:1000DPIに設定した。彫刻された部分の深さは0.7mmであった。その後、レリーフ表面に付着している彫刻カスを水洗い除去した後、10分間乾燥して、印刷版を得た。このようにして得られた印刷版を、フレキソ印刷機“MA−830”(Mark Andy 社製)を用いて、UVインキ“BestCure藍 UVフレキソSP”(藍色インキ、(株)T&K TOKA製)でフレキソ印刷を行った。版胴へのレリーフ印刷版の貼り付けには厚さ0.38mmのクッションテープを用いた。被印刷体には、シート状のシールラベル用コート紙を用いた。20万m印刷後も、レーザー彫刻で形成された凸線レリーフが欠けることなく印刷が行われ、十分な耐刷性を有することが確認できた。
【0059】
<比較例1>
実施例1において、熱酸発生剤であるジフェニルヨードニウムアントラキノンスルホン酸塩を添加しない以外は、全て実施例1と同様の製法で、被彫刻層2を備えたレーザー彫刻用印刷版原版2を得た。
【0060】
レーザー彫刻用印刷版原版2から保護フィルムを剥離後、炭酸ガスレーザー彫刻機で、実施例1記載の条件で、5cm四方のベタ部分をラスター彫刻した。ベタ彫刻部分の彫刻された深さを測定したところ、0.4mmであった。実施例1において、熱酸発生剤を0.7重量部含有する被彫刻層1では、彫刻深さが0.7mmであったことから、熱酸発生剤の存在により彫刻感度が大幅に向上することが分かる。
【0061】
<実施例2>
実施例1において、被彫刻層中に近赤外レーザー吸収剤として“KAYASORB”IRG-003(日本化薬(株)製)を1.0重量部添加した以外は、全て同様の製法で、被彫刻層3を備えたレーザー彫刻用印刷版原版3を得た。近赤外レーザー吸収剤は、エチレン性不飽和モノマー“ライトアクリレート”14EG−Aに混合した後に添加した。
【0062】
近赤外レーザーに対応したレーザー彫刻用印刷版原版の彫刻感度の測定には、近赤外レーザー彫刻機として、最大出力11.5Wのファイバーレーザーを装備した8ビームタイプ(1ビーム当たりの出力は1.44W)の“CDI SPARK”(エスコ・グラフィック(株)製)を用いた。レーザー彫刻用印刷版原版3から保護フィルムを剥離後、近赤外レーザー彫刻機で、レーザー出力:11.5W、ドラム回転数:600rpmの条件で、5cm四方のベタ部分をラスター彫刻した。ベタ彫刻部分の彫刻された深さを測定したところ、0.1mmであった。
【0063】
<比較例2>
実施例2において、熱酸発生剤であるジフェニルヨードニウムアントラキノンスルホン酸塩を添加しない以外は、全て実施例2と同様の製法で、被彫刻層4を備えたレーザー彫刻用印刷版原版4を得た。
【0064】
レーザー彫刻用印刷版原版4から保護フィルムを剥離後、近赤外レーザー彫刻機で、実施例2記載の条件で、5cm四方のベタ部分をラスター彫刻した。ベタ彫刻部分の彫刻された深さを測定したところ、全く彫刻できなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主鎖および/または側鎖に酸で分解する官能基を有する化合物、および酸発生剤を含有することを特徴とするレーザー彫刻用材料。
【請求項2】
支持体と、請求項1記載のレーザー彫刻用材料からなる被彫刻層を有することを特徴とするレーザー彫刻用印刷版原版。
【請求項3】
請求項1記載のレーザー彫刻用材料または請求項2記載のレーザー彫刻用印刷版原版を、炭酸ガスレーザーまたは近赤外レーザーで彫刻することを特徴とするレリーフの製造方法。

【公開番号】特開2007−90541(P2007−90541A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−279347(P2005−279347)
【出願日】平成17年9月27日(2005.9.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】