説明

レーザ加工方法及びレーザ加工計画方法

【課題】 加工時間を短くする。
【解決手段】 移動装置で加工対象物を移動させながら、偏向器でレーザパルスを偏向し、加工対象物の被加工位置に入射させて加工を行うレーザ加工の計画方法であって、(a)加工対象物上の第1の方向に沿って、複数の加工範囲Aを画定する工程と、(b)複数の加工範囲Aの各々について、加工時間tを見積もる工程と、(c)少なくとも一つの加工範囲Aについて、0より大きいスラックタイムsを、加工時間tに加え、加工範囲Aを単位として、移動装置によって加工対象物を第1の方向に移動させる移動速度を決定する工程とを有するレーザ加工計画方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工対象物にレーザビームを照射して行うレーザ加工方法、及びレーザ加工の加工計画方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図14を参照し、従来のレーザ加工方法及びレーザ加工計画方法について説明する。たとえばプリント基板等の加工対象物にレーザビームを照射し、照射位置に穴をあけるレーザドリル等の加工においては、XYステージ及びガルバノスキャナを用いて、加工対象物上におけるレーザビームの入射位置を移動させる。
【0003】
レーザ加工に先立って、加工対象物上に複数の加工エリアを、たとえば図14に示すように、すべての被加工位置がいずれかの加工エリアにおさまり、かつ加工エリアの数が最小となるように画定する。そして各加工エリア内の被加工位置の加工順序を、たとえば加工時間が最短となるように決定する。決定に際しては、巡回セールスマン問題(TSP)として定式化し、3−opt法やリンカーニハン法を適用する。図14の吹き出しには、ある加工エリアにおける加工経路(被加工位置を加工順序にしたがって結んだ線)の一部を示した。
【0004】
レーザ加工に当たっては、加工対象物はXYステージ上に保持され、加工対象物上に画定された加工エリアの一つがガルバノスキャナのスキャンエリア(加工可能範囲)に配置される。ガルバノスキャナの駆動は、ステージを停止させた状態で行われ、ガルバノスキャナで走査されたレーザビームが、加工に先立って定められた順序で、加工エリア内の被加工位置に入射し、被加工位置の加工が行われる。
【0005】
一つの加工エリアの加工が終了すると、ステージで加工対象物を移動させ、異なる加工エリア、たとえば加工が終了した加工エリアに隣接する加工エリアを、ガルバノスキャナのスキャンエリアに配置する。そして同様に、ステージを停止させた状態で、ガルバノスキャナのスキャンエリアに配置された加工エリア内の被加工位置にレーザビームを入射させる。これを繰り返す、いわゆるステップアンドリピートの動作で、加工対象物上に画定されたすべての加工エリアの加工を行う。
【0006】
加工対象物上におけるレーザ光照射位置指令の順序を、搬送系位置指令の順序が目的に沿ったものとなるように並べ替える加工計画部を備えるレーザ加工装置の発明が開示されている(たとえば、特許文献1参照)。
【0007】
特許文献1には、搬送系位置指令を生成する方法についての記載はあるが、速度指令を生成する方法に関する記載はない。特許文献1記載のレーザ加工装置で行われる加工の形態は、ステップアンドリピートの延長線上のもの、すなわち、単にステップ幅を小さくし、ステップ移動中に加工を行うものであり、被加工位置の加工順序、ステージ軌道などが同時に計画されるわけではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3561159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、加工時間を短くすることが可能なレーザ加工方法及びレーザ加工計画方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一観点によると、(a)複数の加工範囲が第1の方向に沿って画定された加工対象物を準備する工程と、(b)前記加工対象物を前記第1の方向に移動させながら、レーザパルスを前記加工対象物上の被加工位置に入射させ加工を行う工程とを有し、前記工程(b)においては、前記加工範囲の加工ごとに、平均速度があらかじめ定められた値となるように、前記加工対象物を前記第1の方向に移動させ、かつ、少なくとも一つの前記加工範囲の加工時に、前記加工対象物を移動させる速度を変化させるレーザ加工方法が提供される。
【0011】
また、本発明の他の観点によると、移動装置で加工対象物を移動させながら、偏向器でレーザパルスを偏向し、該加工対象物の被加工位置に入射させて加工を行うレーザ加工の計画方法であって、(a)加工対象物上の第1の方向に沿って、複数の加工範囲Aを画定する工程と、(b)前記複数の加工範囲Aの各々について、加工時間tを見積もる工程と、(c)少なくとも一つの前記加工範囲Aについて、0より大きいスラックタイムsを、前記工程(b)で見積もられた加工時間tに加え、前記加工範囲Aを単位として、移動装置によって前記加工対象物を前記第1の方向に移動させる移動速度を決定する工程とを有するレーザ加工計画方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、加工時間を短くすることが可能なレーザ加工方法及びレーザ加工計画方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例によるレーザ加工計画方法の大略を示すフローチャートである。
【図2】加工対象物上に画定された複数の横長エリア、及び、各横長エリア内における加工経路を示す概略図である。
【図3】図1に示す、実施例によるレーザ加工計画方法のステップS102の詳細を示すフローチャートである。
【図4】横長エリア内に画定される短冊状の加工範囲の一例を示す概略図である。
【図5】ステップS202で見積もられる、短冊状加工範囲ごとの加工時間の一例を表すグラフである。
【図6】(A)及び(B)は、短冊状加工範囲を単位として定められるステージ移動速度の一例を示す概略図である。
【図7】スラックタイムsを追加し、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定する方法の一例を示すフローチャートである。
【図8】(A)〜(C)は、vi+1max、vi+1min、及びvi+1TRYの大小関係を図形的に示すグラフである。
【図9】(A)及び(B)は、それぞれスラックタイム付加前、付加後のステージ速度を示すグラフである。
【図10】(A)及び(B)は、矩形Cにスラックタイムsを導入し、短冊状加工範囲Aの加工開始時(短冊状加工範囲Ai−1の加工終了時)及び加工終了時(短冊状加工範囲Ai+1の加工開始時)におけるステージ速度の連続性を確保する方法の一例を示すグラフである。
【図11】ステージ移動速度調整方法の一例を示すフローチャートである。
【図12】実施例によるレーザ加工計画方法によって決定された計画に基いて行われるレーザ加工の進捗例を示すグラフである。
【図13】実施例によるレーザ加工方法を示すフローチャートである。
【図14】従来のレーザ加工方法及びレーザ加工計画方法について説明する概略図である。
【図15】変更された加工経路の一例を示す概略的な平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1及び図2を参照して、実施例によるレーザ加工計画方法の大略を説明する。実施例によるレーザ加工計画方法は、レーザ加工に先立って実施され、レーザ加工は、たとえば実施例によるレーザ加工計画方法によって決定された計画に基いて実施される。
【0015】
図1は、実施例によるレーザ加工計画方法の大略を示すフローチャートである。実施例によるレーザ加工計画方法においては、まずステップS101において、加工対象物上に横長のエリアを画定(配置を決定)する。次にステップS102において、横長の各エリアについて、エリア内の被加工位置の加工順序と、エリア加工時のステージ移動速度とを決定する。なお、レーザ加工においては、レーザ光源から出射されたレーザパルスが、ガルバノスキャナ(ビーム偏向器)で出射方向を変化(走査、偏向)されて、被加工位置に照射される。レーザパルスの照射は、加工対象物をたとえばステージ(移動装置)で直線的に移動させながら行われる。
【0016】
図2は、加工対象物上に画定された複数の横長エリア、及び、各横長エリア内における加工経路を示す概略図である。本図においては、図面横方向に長い横長エリアが、縦方向に沿って複数画定されている。横長エリアの長さ方向(横方向)の長さは、たとえば数百mmであり、幅方向(縦方向)の長さは、数十mm、たとえば30mm〜60mmである。この値は、ガルバノスキャナのスキャンエリアが、たとえば一辺が30mm〜60mmの正方形状であることに基く。
【0017】
なお、本図には、一つの横長エリアにおける加工経路を拡大して示した。実施例によるレーザ加工計画方法によって決定された条件にしたがって、一つの横長エリアのレーザ加工を行う場合、横長エリアは、ステージによって、長さ方向の一方から他方に向かう一方向に沿って、ガルバノスキャナのスキャンエリアを移動される。たとえば横長エリア内の被加工位置が極めて密集している範囲が、スキャンエリア内にあるときには、ステージによる加工対象物の移動(搬送)速度が0となることはありうるが、移動方向は逆向きにはならない。また、被加工位置が相対的に密に存在している範囲の加工を行う際には、ステージの移動速度(ステージによる加工対象物の移動速度)を相対的に小さくし、相対的に疎に存在している範囲の加工を行う際には、ステージの移動速度を相対的に大きくする。なお、各横長エリア内における被加工位置の加工順序(加工経路)の決定は、たとえば基本的に巡回セールスマン問題(TSP)を適用することにより行う。
【0018】
図3は、図1に示す、実施例によるレーザ加工計画方法のステップS102の詳細を示すフローチャートである。ステップS102は、たとえばステップS201〜S204の各ステップを含む。
【0019】
ステップS101において、加工対象物上に横長のエリアを画定した後、ステップS201において、横長エリアの長手方向を区切り、横長エリア内の長さ方向に沿って、複数の短冊状の加工範囲を画定する。ステップS202においては、短冊状加工範囲ごとのパスを生成(被加工位置の加工順序、加工経路を決定)し、各短冊状加工範囲の加工時間を見積もる。ステップS203においては、各短冊状加工範囲を基準として、ステージの移動速度を決定する。ステージの移動速度は、各短冊状加工範囲の被加工位置の配置に応じ、一連の加工が可能なように決定される。そしてステップS204において、ステップS203で決定されたステージ移動速度、及び、ステップS202で決定された(連続的)加工経路の調整を行う。
【0020】
図4は、横長エリア内に画定される短冊状の加工範囲の一例を示す概略図である。本図を参照し、ステップS201について詳述する。ステップS201においては、横長エリア内の長さ方向に沿って、たとえばすべての被加工位置がいずれかの加工範囲に属するように、複数の短冊状加工範囲を画定する。図4には、4つの短冊状加工範囲Ai−2〜Ai+1を示した。短冊状加工範囲Ai−2〜Ai+1は、それぞれ横長エリアの幅を長さとし、幅をLi−2〜Li+1とする、矩形状の範囲である。ステップS201においては、一般に短冊状加工範囲Aの幅L(i=1、2、3・・)が定められる。短冊状加工範囲の幅は、たとえば相互に等しく一定であり、その値Lは、一例としてガルバノスキャナの正方形状スキャンエリアの一辺の1/2(20mm〜25mm)である。なお、短冊状加工範囲Aの添え字iは、一つの横長エリアにおける短冊状加工範囲の加工順序(ガルバノスキャナのスキャンエリアへの進入順序)を示す。すなわち横長エリア加工時におけるステージ移動は、横長エリアの長さ方向に行われ、横長エリアにおいては、短冊状加工範囲Aが最初に加工され、短冊状加工範囲A、A、・・の加工がそれに続けて順に実施される。このため幅Lは、ステージ移動方向に沿う短冊状加工範囲Aの長さである。
【0021】
図5は、ステップS202で見積もられる、短冊状加工範囲ごとの加工時間の一例を表すグラフである。本図を参照し、ステップS202について詳述する。ステップS202においては、各短冊状加工範囲におけるパス(加工経路)の生成及び加工時間の見積もり(暫定的な加工時間の決定)を、たとえば巡回セールスマン問題(TSP)に定式化し、解を求めることで行う。パスは、たとえば各短冊状加工範囲における加工時間が最小となるように決定される。ステップS202で、各短冊状加工範囲において生成されたパスを連続させたものが、図2に示した加工経路である。なお、ステップS202で生成されるパス、及び見積もられる各短冊状加工範囲の加工時間は、たとえば各短冊状加工範囲の加工を、ステージが停止している状態で行った場合に、加工時間が最小となるそれらである。
【0022】
図5のグラフにおいて、横軸は加工時刻を単位「μs」で表し、縦軸は、横長エリアの長手方向の位置を単位「μm」で表す。矩形B、B、Bの縦辺の長さは、それぞれ短冊状加工範囲A、A、Aの幅L、L、Lを示し、横辺の長さは、短冊状加工範囲A、A、Aの加工時間の見積もりt、t、tを示す。他の矩形についても同様である。なお、短冊状加工範囲の幅はたとえば相互に等しい(=L)ため、矩形の縦辺の長さも相互に等しい。また、被加工位置が相対的に密な短冊状加工範囲、たとえば短冊状加工範囲Aの加工に要する時間は相対的に長いため、その短冊状加工範囲に対応する矩形、たとえば矩形Bは、相対的に横長である。ステップS202においては、一般に短冊状加工範囲Aを加工するための見積もり時間t(i=1、2、3・・)が定められる。
【0023】
次に、ステップS203について詳述する。
【0024】
図6(A)及び(B)は、短冊状加工範囲を単位として定められるステージ移動速度の一例を示す概略図である。図6(A)には、短冊状加工範囲Aを加工する際のステージ移動の平均速度を示した。図6(A)のグラフの横軸は、短冊状加工範囲Aの加工開始時からの経過時間を示し、縦軸は、ステージ移動速度を示す。矩形Cの縦辺の長さは、短冊状加工範囲Aを加工する際のステージ移動の平均速度(v(avg)1)を示す。矩形Cの横辺の長さは、短冊状加工範囲Aを加工するための見積もり時間tを示す。他の矩形C、C等についても同様である。
【0025】
なお、短冊状加工範囲Aを加工する際のステージ移動の見積もり平均速度v(avg)iは、ステップS201において得られた、短冊状加工範囲Aの幅L、及び、ステップS202において得られた、短冊状加工範囲Aを加工するための見積もり時間tを用いて、以下の式(1)によって求めることができる。

(avg)i=L/t・・(1)

ステップS203においては、短冊状加工範囲A加工開始時のステージ速度(短冊状加工範囲Aへの進入速度)v(v(in)i)を決定する。ここで、短冊状加工範囲A加工終了時のステージ速度(短冊状加工範囲Aからの退出速度)をv(out)iと表記すると、速度の連続性から、

(in)i+1=v(out)i・・(2)

の関係がある。また、各短冊状加工範囲A加工時のステージ移動速度を、それぞれ加速度一定で変化させるという条件のもとでは、

=(v(in)i+v(out)i)×t/2・・(3)

の関係がある。
【0026】
したがって、短冊状加工範囲A加工時のステージを、各短冊状加工範囲の加工ごとに、それぞれ相互に等しいまたは異なる加速度で、等加速度移動させるとき、L及びtに基いて、たとえば図6(B)に示すステージ移動速度パターンを決定することが可能である。図6(B)のグラフの両軸の意味するところは、図6(A)のグラフにおけるそれらと等しい。図6(B)に示す速度パターンでステージ移動を行うことにより、短冊状加工範囲Aの加工を見積もり加工時間tで行うことができる。本図に示すパターンは、各短冊状加工範囲Aへの進入速度vが決定されれば、一義的に定まることは明らかであろう。
【0027】
ただし、ステップS203の、ステージ移動速度の決定においては、ステージ移動速度上の制約が加味される。ステージ移動速度上の制約としては、ステージ速度の可能範囲や、ステージの速度変化(加速度)の可能範囲による制限が考えられる。たとえば、短冊状加工範囲AとAi+1との間で、加工時のステージ移動の平均速度v(avg)が大きく異なるとき、加速度範囲の制限から、上式(2)の条件が満たされない場合がある。この場合、たとえば見積もり時間tに、無駄時間(スラックタイム)sを加え、短冊状加工範囲Aを加工するための加工時間を、見積もり時間tとスラックタイムsの和t+sと補正することで、上式(2)の条件を満足させる。ステップS203においては、少なくとも一つの短冊状加工範囲について、0より大きいスラックタイムが、見積もり加工時間に加えられる。
【0028】
図7は、スラックタイムsを追加し、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定する方法の一例を示すフローチャートである。図7にフローチャートを示す決定方法においては、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定し、加工順序にしたがって、vi+1、vi+2の順に短冊状加工範囲への進入速度を決定する。
【0029】
まずステップS301において、スラックタイムsを0としたときの、各短冊状加工範囲Aへの進入速度vの上限値vmax及び下限値vminを算出する。進入速度vの上限値vmax、下限値vminは、それぞれ下式(4)、(5)で求めることができる。

max=min{L/t+At/2,V}・・(4)

min=max{L/t−At/2,0}・・(5)

ここでAは、ステージの加速度及び減速度の最大値、Vは、ステージ速度の最大値を表す。また、max{p,q}、min{p,q}はそれぞれ、pとqのうち、小さくない値、大きくない値を意味する。なお、短冊状加工範囲A、Aへの進入速度v、vについては、あらかじめ適切な値に決定しておく。
【0030】
ステップS302〜S306において、短冊状加工範囲Ai+1(i≧2)への進入速度vi+1を以下のように定める。
【0031】
ステップS302において、

i+1TRY=2L/t−v・・(6)

を計算する。vi+1TRYは、L/t(=v(avg)i)、及び、少なくとも暫定的に定まっているvに基いて算出される値である。
【0032】
続いて、ステップS303において、vi+1TRYとvi+1max、vi+1minとの大小を比較する。
【0033】
図8(A)〜(C)は、vi+1max、vi+1min、及びvi+1TRYの大小関係を図形的に示すグラフである。グラフの横軸は時間、縦軸は速度を示す。本図をも参照しつつ、以後のステップを説明する。
【0034】
i+1min≦vi+1TRY≦vi+1maxである場合、ステップS304に進み、vi+1の値を、

i+1=vi+1TRY・・(7)

とする。
【0035】
図8(A)は、ステップS304に対応するグラフである。L/t(=v(avg)i)とvとで求められるvi+1TRYが、vi+1min≦vi+1TRY≦vi+1maxを満たすとき、短冊状加工範囲A加工時とAi+1加工時との間のステージ移動速度の連続性が確保されるため、式(7)によってvi+1を定める。
【0036】
i+1TRY<vi+1min(アンダーシュート)である場合、ステップS305に進む。この場合、短冊状加工範囲Ai−1からの退出速度(短冊状加工範囲Aへの進入速度v)が過大であったと考え、短冊状加工範囲Ai−1を加工するための加工時間に、スラックタイムsi−1を設定する、あるいは設定しなおす。この処理により短冊状加工範囲Ai+1への進入速度vi+1を、

i+1=vi+1min・・(8)

とし、短冊状加工範囲Aへの進入速度v及びスラックタイムsi−1を順次、次のように更新する。

=2L/(t+s)−vi+1・・(9)

i−1=2Li−1/(vi−1+v)−ti−1・・(10)

図8(B)は、ステップS305に対応するグラフである。vi+1TRYがvi+1min未満である場合、式(8)によりvi+1を定めることにより、短冊状加工範囲A加工時とAi+1加工時との間のステージ移動速度の連続性を確保するとともに、スラックタイムを最小とし、加工時間の増加を抑止することができる。
【0037】
i+1TRY>vi+1max(オーバーシュート)である場合、ステップS306に進む。この場合、短冊状加工範囲Aからの退出速度が過大であったと考え、短冊状加工範囲Aを加工するための加工時間に、スラックタイムsを設定する、あるいは設定しなおす。このとき短冊状加工範囲Ai+1への進入速度vi+1及びスラックタイムsを次式(11)、(12)によって定める。

i+1=vi+1max・・(11)

=2L/(v+vi+1)−t・・(12)

図8(C)は、ステップS306に対応するグラフである。vi+1TRYがvi+1maxより大きい場合、式(11)によりvi+1を定めることにより、短冊状加工範囲A加工時とAi+1加工時との間のステージ移動速度の連続性を確保するとともに、スラックタイムを最小とし、加工時間の増加を抑止することができる。
【0038】
ステップS304〜S306の処理が終了したら、ステップS307に進む。ステップS307においては、iの値を1だけ増加させる。その後、ステップS302に戻り、以後すべての短冊状加工範囲について、ステップS302〜ステップS306の処理を繰り返し、すべての短冊状加工範囲についてv及びsを決定する。なお、vとsとは、すべての短冊状加工範囲についてsが定まればvが定まり、vが定まればsが定まるという関係にある。
【0039】
図9(A)及び(B)は、それぞれスラックタイム付加前、付加後のステージ速度を示すグラフである。両図ともに横軸は時間を示し、縦軸はステージ速度を示す。図9(A)は、図6(A)と同図である。図9(B)は、図7にフローチャートを示した決定方法を用いて決定された、スラックタイム及び各短冊状加工範囲への進入速度に基づいて作成したステージ速度パターンである。
【0040】
図7にフローチャートを示す決定方法を用いると、スラックタイムs(i=1、2、3・・)の和を最小にするように、各短冊状加工範囲Aに適切なスラックタイムsを付加して、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定し、図9(B)に示すような、横長エリア加工時のステージ速度パターンを生成することができる。
【0041】
なお、ステップS203の、ステージ移動速度の決定は、図7のフローチャートに示す方法の他にも、所定の条件のもとでスラックタイムの総和を最小化する問題として定式化可能である。たとえば、

0≦s・・(13)

0≦v≦V・・(14)

−A(t+s)≦vi+1≦v+A(t+s)・・(15)

(v+vi+1)(t+s)/2=L・・(16)

の条件のもとで、
【0042】
【数1】

・・(17)

を最小化する問題として定式化できる。ここで決定すべき最小の変数の組は、n個の短冊状加工範囲に対し、v、v、・・、vn+1(v、s、・・、sと考えてもよい。)の、n+1個である。
【0043】
上式(13)は、設定するスラックタイムが0以上であるという条件を示す。式(14)は、短冊状加工範囲Aへの進入速度vが0以上、ステージ移動速度の最大値V以下であるという条件を示す。式(15)は、ステージの加速度の最大値Aを用い、速度の連続性を確保する条件を示す。式(16)は、スラックタイムを考慮したときの式(3)に相当する。なお、V及びAは、ステージ性能に基づく。
【0044】
たとえば適切な商用ソルバを用いたり、厳密あるいはヒューリスティックな解法を適用したプログラムを用いることにより、各短冊状加工範囲Aの見積もり加工時間tに付加する適切なスラックタイムs、及び短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定することができる。
【0045】
図10(A)及び(B)は、矩形Cにスラックタイムsを導入し、短冊状加工範囲Aの加工開始時(短冊状加工範囲Ai−1の加工終了時)及び加工終了時(短冊状加工範囲Ai+1の加工開始時)におけるステージ速度の連続性を確保する方法の一例を示すグラフである。両図における横軸は時間を表し、縦軸は速度を表す。
【0046】
図10(A)を参照する。矩形Cの横辺の長さはステップS202で見積もられた加工時間tを示し、縦辺の長さは式(1)で求められた見積もりステージ移動平均速度v(avg)iを示す。短冊状加工範囲Ai−1及びAi+1には相対的に被加工位置が密に存在する一方で、短冊状加工範囲Aには被加工位置が疎に存在し、ステージ加速度及び減速度の最大値の制約によって、短冊状加工範囲Aの加工開始時及び加工終了時において、ステージ速度が連続しない。
【0047】
図10(B)を参照する。そこで矩形Cにスラックタイムsを導入し、被加工位置が疎に存在する短冊状加工範囲Aの加工時間を、スラックタイムsだけ長くすることによって、短冊状加工範囲A加工時のステージ移動平均速度v(avg)iを小さくし、Aの加工開始時及び加工終了時において、ステージ速度を連続させる。スラックタイムsは、たとえば短冊状加工範囲A加工時のステージ移動平均速度が、短冊状加工範囲Ai−1加工終了時の速度範囲内におさまり、かつ、短冊状加工範囲Ai+1加工開始時の速度範囲内におさまるように導入する。すべての短冊状加工範囲Aについての和が最小となるようにスラックタイムsを導入し、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを適切に与えると、たとえば図9(B)に示すステージ速度パターンを一意的に得ることができる。
【0048】
次に、図11を参照し、ステップS204について詳述する。ステップS203でステージの移動速度を決定した後、ステップS204において、決定されたステージ移動速度の調整を行う。
【0049】
ステップS202においては、各短冊状加工範囲の加工を、ステージが停止している状態で行った場合に、最小となる加工時間の見積もりを行う。しかしながらこの時間は、ステージを移動させながら加工する場合の加工時間とは正確には一致しない。たとえば、ステージを移動させながら加工を行う場合には、ステージ移動方向と平行な方向に関するガルバノスキャナの位置決め時間について、移動方向とその反対方向とでは、等しい距離の位置決めを行う場合であっても、要する時間が異なるためである。ステップS204におけるステージ移動速度の調整は、たとえばステップS202において求められる加工時間が、ステージ停止状態における見積もりであることに起因して行われる。
【0050】
図11は、ステージ移動速度調整方法の一例を示すフローチャートである。ステージ移動速度の調整は、まず各被加工位置におけるガルバノスキャナの走査(位置決め)開始タイミングでのステージ速度を考慮して、ステップS203で算出された速度パターンで加工が可能か否かをシミュレートする(ステップS401)。短冊状加工範囲A加工時に加工が不可能となる場合には、たとえばスラックタイムsを大きくしてステージ移動の平均速度v(avg)iを小さくし、進入速度vi+1が小さくなるように、s及びvi+1を変更する。
【0051】
次に、各短冊状加工範囲の加工終了時において、時間的に余裕がある短冊状加工範囲については、ステージ移動の平均速度を上げ、余裕がない短冊状加工範囲については、ステージ移動の平均速度を下げる(ステップS402)。ステップS402においては、たとえば各短冊状加工範囲Aにつき、別工程でシミュレーションを行って基準値uを算出し、これとt+sとを比較する。後者が前者よりもある一定値(閾値)以上大きいとき、「時間的に余裕がある」と考え、他の一定値(閾値)以上小さいとき、「時間的に余裕がない」と考える。ステージ移動の平均速度の変更に伴い、ステップS203で求められたv及びsが更新される。
【0052】
なお、ステップS402にて、同時併行的に加工経路を改善する処理を加えてもかまわない。たとえば、時間的に余裕がある場合は、隣接する加工範囲の被加工位置を加工するよう経路を変えてもよいし、時間的に余裕のない場合は、隣接する加工範囲の主たる加工時に加工するよう経路を変えてもよい。
【0053】
図15に、変更された加工経路の一例を示す。図15には、短冊状加工範囲Aの加工終了時に時間的余裕がある場合を示した。この場合、たとえば短冊状加工範囲Ai+1に含まれる被加工位置<p>を先に加工するよう加工経路を更新する。ただし、ステージの移動に伴い、加工対象物上におけるスキャン可能範囲が時々刻々変化するので、加工タイミングに、被加工対象位置が加工可能であることを、シミュレーションにより確認しながら加工経路改善を試みる。
【0054】
図12は、実施例によるレーザ加工計画方法によって決定された計画に基いて行われるレーザ加工の進捗例を示すグラフである。グラフの横軸は、一つの横長エリアの加工開始からの経過時間を単位「μs」で示し、縦軸は、横長エリアの長手方向の位置を単位「μm」で示す。グラフ中の「照射位置」のプロットでレーザパルスの照射時刻と照射位置との関係を表している。
【0055】
実施例によるレーザ加工計画方法によって決定された計画に基いて加工を行った場合、1つの横長エリアの加工を3.5s強の時間で行うことができることがわかる。また、図2に示す、加工対象物上に画定されたすべての横長エリアの加工は、たとえば30.8sで終了させることが可能である。なお、図2に示す加工対象物のすべての被加工位置の加工をステップアンドリピート方式で加工した場合、加工時間はたとえば52.4sとなる。
【0056】
実施例によるレーザ加工計画方法によってステージ移動速度パターンを決定して行う加工は、ステージ移動を行いながら、ステージ動作とガルバノスキャナの動作を協調させて、レーザパルスを加工対象物に照射する。加工対象物をステージで移動させながら、ガルバノスキャナでレーザパルスを偏向して被加工位置に入射させることで、加工時間を短くすることができることに加え、実施例によるレーザ加工計画方法を用い、スラックタイムsの和が最小となるように、短冊状加工範囲Aへの進入速度vを決定し、少なくとも1つの短冊状加工範囲の加工においてステージ移動速度を変化させることによっても加工時間が短縮される。ステップアンドリピート方式やステージを等速移動させて加工を行う場合と比べ、加工時間を短くすることが可能である。
【0057】
図13は、実施例によるレーザ加工方法を示すフローチャートである。実施例によるレーザ加工方法は、たとえば実施例によるレーザ加工計画方法によって定められた加工計画に基いて実施される。
【0058】
まず、ステップS501において、複数の短冊状加工範囲が一方向に沿って画定された加工対象物を準備する。
【0059】
次に、ステップS502において、加工対象物を、複数の短冊状加工範囲が画定された方向にステージ移動させながら、レーザパルスを、ガルバノスキャナで出射方向を変化させて加工対象物上の被加工位置に入射させ、たとえば短冊状加工範囲ごとに、順に加工を行う。ステップS502においては、少なくとも一つの短冊状加工範囲の加工時に、ステージ移動速度を変化、たとえば等加速度変化させる。また、たとえば短冊状加工範囲の加工ごとに、平均速度があらかじめ定められた値となるように、加工対象物をステージ移動させる。
【0060】
更に、各短冊状加工範囲を加工するときのステージ移動の平均速度は、短冊状加工範囲に含まれる被加工位置の疎密に応じた値とする。たとえば、被加工位置が相対的に密に存在している短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動の平均速度を相対的に小さくし、相対的に疎に存在している短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動の平均速度を相対的に大きくする。
【0061】
また、各短冊状加工範囲を加工するときのステージ移動の平均速度は、短冊状加工範囲に含まれる被加工位置の、ステージ移動方向(複数の短冊状加工範囲が画定された方向)と直交する方向へのばらつきに応じた値とする。たとえばステージ移動方向と直交する方向への被加工位置のばらつきが、相対的に大きい短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動の平均速度を相対的に小さくし、相対的に小さい短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動の平均速度を相対的に大きくする。
【0062】
更に、ある短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動速度を大きく(加速)し、その次の短冊状加工範囲の加工においては、ステージ移動速度を小さく(減速)してもよい。短冊状加工範囲ごとに加工時のステージ移動速度の増減(ステージ移動の加速と減速)を交互に繰り返すことも可能である。たとえば被加工位置が相対的に密に存在している短冊状加工範囲と、疎に存在している短冊状加工範囲とが、ステージ移動方向に沿って交互に画定されている加工対象物の加工に有効である。
【0063】
実施例によるレーザ加工方法によれば、短い加工時間でレーザ加工を行うことができる。
【0064】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0065】
たとえば、実施例によるレーザ加工計画方法においては、各短冊状加工範囲A加工時のステージ速度が等加速度変化するようにステージ速度パターンを決定したが、短冊状加工範囲A加工時のステージ加速度は一定でなくてもよい。
【0066】
ステップS203においては、各短冊状加工範囲Aについて、短冊状加工範囲A加工開始時を時刻0としたときのステージ速度をv(t)、短冊状加工範囲Aの幅をLとしたとき、
【0067】
【数2】

【0068】
・・(18)

となり、かつ、相互に隣接する任意の短冊状加工範囲AとAi+1について、短冊状加工範囲Aからの退出速度v(t+s)と、短冊状加工範囲Ai+1への進入速度vi+1(0)とが一致するように、スラックタイムsを適切に追加しながら、各短冊状加工範囲Aへの進入速度v(0)を決定すればよい。ここでtは、ステップS202において見積もられる短冊状加工範囲Aの加工時間の最小値である。
【0069】
その他、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者には自明であろう。
【産業上の利用可能性】
【0070】
レーザ加工一般に利用可能である。ステージ移動方向に沿う被加工位置の疎密差が大きな加工対象物の加工に、特に有効である。
【符号の説明】
【0071】
S101、S102、S201〜S204、S301〜S307、S401、S402、S501、S502 ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)複数の加工範囲が第1の方向に沿って画定された加工対象物を準備する工程と、
(b)前記加工対象物を前記第1の方向に移動させながら、レーザパルスを前記加工対象物上の被加工位置に入射させ加工を行う工程と
を有し、
前記工程(b)においては、前記加工範囲の加工ごとに、平均速度があらかじめ定められた値となるように、前記加工対象物を前記第1の方向に移動させ、かつ、少なくとも一つの前記加工範囲の加工時に、前記加工対象物を移動させる速度を変化させるレーザ加工方法。
【請求項2】
前記工程(b)において、少なくとも一つの前記加工範囲の加工時に、前記加工対象物を移動させる速度を等加速度変化させる請求項1に記載のレーザ加工方法。
【請求項3】
前記工程(b)において、被加工位置が相対的に密に存在している前記加工範囲の加工時には、前記加工対象物を移動させる平均速度を相対的に小さくし、相対的に疎に存在している前記加工範囲の加工時には、前記加工対象物を移動させる平均速度を相対的に大きくする請求項1または2に記載のレーザ加工方法。
【請求項4】
前記工程(b)において、前記第1の方向と直交する方向への被加工位置のばらつきが、相対的に大きい前記加工範囲の加工時には、前記加工対象物を移動させる平均速度を相対的に小さくし、相対的に小さい前記加工範囲の加工時には、前記加工対象物を移動させる平均速度を相対的に大きくする請求項1〜3のいずれか1項に記載のレーザ加工方法。
【請求項5】
前記工程(b)において、前記加工範囲ごとに、加工時の前記加工対象物の移動速度を交互に増減させる請求項1〜4のいずれか1項に記載のレーザ加工方法。
【請求項6】
移動装置で加工対象物を移動させながら、偏向器でレーザパルスを偏向し、該加工対象物の被加工位置に入射させて加工を行うレーザ加工の計画方法であって、
(a)加工対象物上の第1の方向に沿って、複数の加工範囲Aを画定する工程と、
(b)前記複数の加工範囲Aの各々について、加工時間tを見積もる工程と、
(c)少なくとも一つの前記加工範囲Aについて、0より大きいスラックタイムsを、前記工程(b)で見積もられた加工時間tに加え、前記加工範囲Aを単位として、移動装置によって前記加工対象物を前記第1の方向に移動させる移動速度を決定する工程と
を有するレーザ加工計画方法。
【請求項7】
前記工程(c)において、各前記加工範囲Aについて、前記加工範囲Aの加工を開始する時刻を0としたときの移動速度をv(t)、前記加工範囲Aの前記第1の方向に沿う幅をLとしたとき、
【数3】



となり、かつ、前記第1の方向に沿って相互に隣接する任意の前記加工範囲AとAi+1について、前記加工範囲Aの加工が終了する時刻の移動速度v(t+s)と、前記加工範囲Ai+1の加工を開始するときの移動速度vi+1(0)とが一致するように、前記スラックタイムsを定めて、各前記加工範囲Aの加工を開始するときの移動速度v(0)を決定する請求項6に記載のレーザ加工計画方法。
【請求項8】
前記工程(c)において、各前記加工範囲Aを加工するときの移動速度を、それぞれ等加速度変化させるという条件で、前記加工範囲Aの各々につき、前記加工範囲Aの加工を開始するときの移動速度v(0)を決定する請求項6に記載のレーザ加工計画方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−187620(P2012−187620A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54660(P2011−54660)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】