説明

ロータリコンプレッサ及びロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法

【課題】本発明は、ロータリコンプレッサのチャタリングの音を低減し、かつ、シリンダボアの内壁を磨耗することのないロータリコンプレッサ及びロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係るロータリコンプレッサは、楕円状のシリンダボアを有するシリンダ52と、該シリンダボア内に回転可能に配置したロータ20と、ロータ20の外周面に設けられた複数のベーン溝22のそれぞれに進退移動自在に保持されたベーン10とを有し、各ベーン10の先端部を前記シリンダボアの内壁60に摺接させて空間を仕切ることで圧縮室を構成するロータリコンプレッサにおいて、ベーン10は、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックで形成されてなり、かつ、ベーン10の先端部が、スキン層を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーンタイプのロータリコンプレッサ及びロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法に関する。より詳しくは、強化用繊維を配合した樹脂製のベーンを使用するロータリコンプレッサと、樹脂製のベーンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベーンタイプのロータリコンプレッサの側断面図を図1に、縦断面図を図2に示す。図1に示すように、ロータリコンプレッサは、シリンダ52の内部空間(以下、シリンダボアともいう。)に、回転可能に配置されたロータ20と、ロータ20のベーン溝に保持されたベーン10とを有している。図2において、ベーンタイプのロータリコンプレッサでは、ベーン10の先端部がベーン溝22から飛び出してシリンダボアの内壁60に接することによって圧縮室が形成される。このとき、ベーン溝22の底部にロータリコンプレッサの吐出圧を適宜減衰させた中間圧を導入して、ベーンを押し出すことによって、ベーン10をベーン溝22から速やかに飛び出させてシリンダボアの内壁60に接するようにしている。
【0003】
しかし、起動初期など十分に吐出圧が高まっていない条件においては、ベーンの飛び出し動作が遅れ、遠心力や圧力を受けてベーンが急激に飛び出してシリンダボアの内壁に激突し、叩き音(以下、チャタリングともいう。)を発生することがある。
【0004】
従来のベーンタイプのロータリコンプレッサにおいては、ベーンの材料として鉄系、アルミニウム系等の金属材料が通常用いられており、チャタリングの音が非常に大きいという問題があった。
【0005】
チャタリングの音を低減するために、ベーンを樹脂の成形体にして軽量化することが提案されている(例えば、特許文献1又は2を参照。)。樹脂をベーンの素材としたときの留意点は、ベーン溝からベーンが飛び出してシリンダボアの内壁に接しているときにベーンによって仕切られた圧力室の圧力差によってベーンに作用する曲げ応力に耐える曲げ強さを確保することにある。なお、ベーンに作用する曲げ応力は、ベーンの摺動する方向(以下、ベーンの厚さ方向ともいう。)に発生するため、ベーンの曲げ強さは、ベーンの先端部から対向する面に向かう方向(以下、ベーンの短手方向ともいう。)に直交して折り曲げ荷重を加えた場合の破断強度をいう。
【0006】
特許文献1には、ベーンの素材としてポリアミドイミド又はポリイミドを使用したロータリコンプレッサが開示されている。特許文献1に開示されたロータリコンプレッサでは、ベーンの曲げ強さを確保するために強化用繊維としてカーボンファイバが配向されている。すなわちベーンに対する曲げ応力に直交する向きに配向することによって高い曲げ強さを得ている。
【0007】
特許文献2には、ベーンの素材としてフェノール樹脂を使用したロータリコンプレッサが開示されている。特許文献2においても、ベーンの曲げ強さを確保するために強化用繊維がベーンの短手方向に配向されている実施例が開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開平9‐25885号公報
【特許文献2】特開2005‐180359号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に開示されたロータリコンプレッサでは、ベーンの短手方向に強化用繊維を配向させるために、ベーン成形用の射出成形用金型のゲートをベーンの先端部に対向する面を成形する部分に設け、エアベントをベーンの先端部を成形する部分に設ける必要がある。したがって、ベーンの先端部のスキン層、すなわち、射出成形時に樹脂が金型に接触して最初に固化して形成される樹脂表面層には、エアベントに起因して形成されたバリが形成される。このスキン層は、強化用繊維が殆ど含まれない表層と、強化用繊維が含まれているがその配向が不安定となっている移行層とを有する。ベーンの先端部はシリンダボアの内壁と接触し、隣り合う圧縮室間のリークを防ぐ必要があるため、圧縮ガスのリークを生じないように、成形後に所定量研磨してバリを削除する必要がある。ベーンの先端部を研磨すると、ベーンの先端部には表層と移行層を併せたスキン層全体がなくなり、ロータリコンプレッサの運転に伴って強化用繊維がベーンの先端部の樹脂表面から針状に露出することになる。したがって、ロータリコンプレッサ運転中にベーンの先端部がシリンダボアの内壁と摺動すると、シリンダを異常に磨耗させてしまう問題がある。
【0010】
また、特許文献2に開示されたロータリコンプレッサ用ベーンにおいても、強化用繊維をベーンの短手方向に配向させて金型内で熱硬化することによって成形するため、射出成形と異なり、ベーンの先端部にはスキン層がなく、ロータリコンプレッサの運転に伴って強化用繊維が樹脂から針状に露出することになる。したがって、文献1の場合と同様に、ロータリコンプレッサ運転中にベーンの先端部がシリンダボアの内壁と摺動すると、シリンダを異常に磨耗させてしまう問題がある。
【0011】
特許文献1及び2に開示されたベーン用の樹脂素材は、強化用繊維の露出に伴うシリンダボアの内壁の磨耗を避けることができない。
【0012】
そこで、本発明の目的は、ロータリコンプレッサのチャタリングの音を低減し、かつ、シリンダボアの内壁が磨耗しないロータリコンプレッサ及び該内壁を磨耗させることのないロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、樹脂製ベーンにおいて、素材を強化用繊維を配向させたエンジニアリングプラスチックにするとともに、ベーンの先端部にスキン層を有するようにすることによって、ロータリコンプレッサのチャタリングの音を低減でき、かつ、強化用繊維がベーンの先端部から針状に露出することがなく、ベーンの摺動によるシリンダボアの内壁の磨耗がないロータリコンプレッサが得られることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明に係るロータリコンプレッサは、楕円状のシリンダボアを有するシリンダと、該シリンダボア内に回転可能に配置したロータと、該ロータの外周面に設けられた複数のベーン溝のそれぞれに進退移動自在に保持されたベーンとを有し、前記各ベーンの先端部を前記シリンダボアの内壁に摺接させて空間を仕切ることで圧縮室を構成するロータリコンプレッサにおいて、前記ベーンは、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックで形成されてなり、かつ、前記ベーンの先端部が、スキン層を有することを特徴とする。
【0014】
本発明に係るロータリコンプレッサでは、前記強化用繊維は、前記ベーンの一方の側面から他方の側面に向かう長手方向に配向されていることを含む。強化用繊維をベーンの長手方向に配向させることによって、かつ、ベーンの長手方向の線膨張係数が制御しやすくなり、シリンダの軸方向の線膨張係数とほぼ同じにすることができる。したがって、ベーンとシリンダのクリアランスを小さくすることができるため、圧縮ガスの漏れを少なくすることができる。また、図1においてサイドブロック51とケーシング53のシリンダボアに面している面(以下、ケーシングの内側面ともいう。)を磨耗させることもない。
【0015】
本発明に係るロータリコンプレッサでは、前記強化用繊維は、前記ベーンの先端部から対向する面に向かう短手方向に配向されていることを含む。強化用繊維をベーンの短手方向に配向することによって、ベーンの曲げ強さを向上させることができる。
【0016】
本発明に係るロータリコンプレッサでは、前記エンジニアリングプラスチックは、ポリアミドであることが好ましい。ポリアミドは、曲げ強さが高く、かつ、成形性及びシリンダボア内壁との滑り性がよく、比較的廉価である。
【0017】
本発明に係るロータリコンプレッサでは、前記ベーンの強化用繊維の配合率が20〜50質量%であることが好ましい。ベーンの曲げ強さを確保し、長手方向の線膨張係数をシリンダの材料(アルミ合金製)とほぼ同じにすることができる。
【0018】
本発明に係るロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法は、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの一方の側面から他方の側面に向かう長手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程と、を有することを特徴とする。射出成形用金型のベーンの先端部を成形する部分にエアベントを設ける必要がなく、ベーンの先端部にバリを生じないため、成形後に研磨をしなくてもシリンダボアの内壁との摺動には支障がない。したがって、ベーンの先端部はスキン層を有し、強化用繊維が露出することがない。
【0019】
また、本発明に係るロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法では、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの先端部からずらした位置にエアベントを設けた金型を使用して、ベーンの先端部に対向する面からベーンの先端部に向かう短手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程と、を有し、かつ、成形後のベーンの先端部を未研磨で仕上げる場合を含む。ベーンの先端部にエアベントに起因するバリが生じないため、成形後にベーンの先端部を研磨しなくてもシリンダボアの内壁との摺動には支障がない。したがって、ベーンの先端部はスキン層を有し、強化用繊維が露出することがない。
【発明の効果】
【0020】
本発明のロータリコンプレッサは、ベーンの素材を強化用繊維を配向させたエンジニアリングプラスチックにするとともに、ベーンの先端部にスキン層を有するようにすることによって、ロータリコンプレッサのチャタリングの音を低減でき、かつ、ベーンの摺動によるシリンダボアの内壁の磨耗をなくすことができる。また、本発明のロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法は、ベーンの先端部にスキン層を有し、強化用繊維を配向させた樹脂製のベーンを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。また、本発明は、以下に示す実施形態に限定して解釈されるものでない。
【0022】
本実施形態に係るロータリコンプレッサでは、図1及び図2において従来の金属製ベーンに替えて本実施形態に係る樹脂製ベーンを取り付けたロータリコンプレッサである。図2に示すように、本実施形態に係るベーン10は、ロータの溝22のそれぞれに進退移動自在に保持され、シリンダボアの内壁60に摺接して圧縮室55、57を形成する。各ベーン10は、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックで形成されてなり、シリンダボアの内壁60と摺接する各ベーン10の先端部は、スキン層を有している。
【0023】
スキン層は、射出成形において最初に固化する層であって、強化用繊維が殆ど含まれない表層と、強化用繊維が含まれているがその配向が不安定となっている移行層とを有しており、一方、コア層は、強化用繊維が所定量配合されその配向が安定している部分である。また、スキン層を有しているとは、表層と移行層の両方を有する状態をいう。すなわち、ベーン10を成形後、表面を研磨していない状態をいうが、強化用繊維が殆ど含まれない表層が残るように表層を僅かに研磨する場合も含まれる。スキン層の厚さは、ベーンの寸法、射出成形の条件、樹脂の特性等によって決定され、通常は1〜100μmの範囲であるが、薄い場合には1〜10μmの範囲である。
【0024】
本実施形態に係るベーンでは、強化用繊維として、高弾性率若しくは高強度を有するガラス繊維、カーボン繊維等を用いることができる。
【0025】
本実施形態に係るベーンでは、強化用繊維の配合率が20〜50質量%が好ましい。強化用繊維が20質量%より少ないと、ベーンに対する曲げ強さの補強効果が不足するとともに、ベーンの長手方向の線膨張係数を抑制する効果が不足する。ベーンのエンジニアリングプラスチックはアルミ合金製のシリンダに比べて線膨張係数が大きいため、ロータリコンプレッサ運転時に高温になると、ベーンの長手方向が膨張してケーシングの内側面に圧着して、ケーシングの内側面を磨耗させたり、ロータの回転をロックしたりしてしまうおそれがある。そこで、図1に示すように、ベーン長さLをシリンダ幅Mより僅かに短くして、ベーン10とケーシングの内側面50,53との間にクリアランスを設けて、ベーン10とシリンダ52の線膨張係数の差異を吸収できるようにしている。しかし、クリアランスが大きいと、圧縮ガスの漏れが大きく、樹脂製のベーンでは、強化用繊維の配合によって長手方向の線膨張係数を抑制してシリンダの線膨張係数とほぼ同じにすることによって、クリアランスを小さくする必要がある。一方、強化用繊維の配合率が50質量%より多くなると、ベーンの成形が困難になるとともに、高価な強化用繊維の使用量が多くなり経済性に劣る。
【0026】
本実施形態に係るベーンでは、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックは、ベーンの長手方向を曲げ軸として曲げた場合のJIS K 7017で規定した曲げ強さが120MPa以上であることが好ましい。ベーンの長手方向を曲げ軸として曲げた場合の曲げ強さが120MPa未満であるとロータリコンプレッサの運転時にベーンが受ける曲げ応力によって、ベーンの破断を生じるおそれがある。
【0027】
本実施形態に係るベーンでは、母材のエンジニアリングプラスチックとして、例えばポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリアセタール、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキサイド、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニレンエーテル又はポリテトラフルオロエチレンを用いることができるが、好ましくは、射出成形によって成形できるポリアミド又はポリフェニレンサルファイドが用いられる。これらのエンジニアリングプラスチックは、曲げ強さが高く、かつ、ロータリコンプレッサ運転時の高温に耐えることができるとともに、シリンダボアの内壁との滑り性がよい。
【0028】
本実施形態に係るロータリコンプレッサのベーンの斜視概要図を図3に示す。図3において、X、Y、Zは、ベーン10のそれぞれ長手方向、短手方向、厚さ方向を示す。
【0029】
本実施形態に係るベーンでは、強化用繊維が配向する方向に特に制限はないが、ベーンの成形時における樹脂の流れ方向によって、強化用繊維がベーンの長手方向に配向する場合と、短手方向に配向する場合に大別される。本実施形態では、第1形態として、強化用繊維が長手方向に配向されているベーンと、第2形態として強化用繊維が短手方向に配向されているベーンを説明する。
【0030】
第1形態に係るロータリコンプレッサのベーンの断面図を図4及び図5に示す。図4は、図3のB断面図を、図5は、図3のC断面図である。
【0031】
第1形態に係るベーン10は、長手方向に強化用繊維が配向されているため、図4に示すように、長手方向に直交する断面(B断面)では、強化用繊維の断面が点状に分布している。また、スキン層12は、移行層12aと表層12bを有しており、ベーンの射出成形において、溶融した樹脂が金型に接触して最初に固化した層であるため、表層12bは強化用繊維が殆ど含まれていない層になっている。これに対して、樹脂が金型に充填されてから射出成形の圧力がかかった状態で固化したコア層14は、強化用繊維が配向して充填されている。
【0032】
第1形態に係るベーン10は、ベーンの長手方向に対して樹脂が流れるように射出成形をするため、成形時の樹脂の入り口(ゲート)とエアベントは、ベーン10の両側面(図5において、11a及び11b)に設けられる。したがって、ベーン10の先端部16にはエアベントに起因するバリは生ぜず、バリを除去する加工を必要としないため、先端部16のスキン層12は失われることがない。なお、ベーンの両側面11a、11bにおいては、バリの除去を行う。
【0033】
この結果、第1形態では、ベーン10の先端部16にスキン層を有するため、ロータリコンプレッサ運転中にベーン10の先端部16がシリンダボアの内壁60を摺動しても、先端部16には強化用繊維が露出することがなく、シリンダボアの内壁を磨耗することがない。また強化用繊維は、図5に示すように、ベーン10の長手方向に配向しているから、ベーン10の先端部16とシリンダボアとの摺動面に対して平行に配向している。したがって、強化用繊維が針状に露出することがない利点を有する。
【0034】
第1形態では、図5に示すように、強化用繊維が長手方向に配向されているため、強化用繊維の配合によって、ベーンの長手方向の線膨張係数を制御することが容易である。第1形態に係るベーンでは、強化用繊維を20〜50質量%、好ましくは30質量%配合させることによって、ベーンの長手方向の線膨張係数をシリンダのアルミ合金の線膨張係数とほぼ同じにすることができる。したがって、ベーンとケーシングの内側面の間のクリアランスを小さくでき、圧縮ガスの漏れが少なく、かつ、ケーシングの内側面を磨耗させるおそれもない。
【0035】
第2形態に係るベーン10は、短手方向に強化用繊維が配向されているため、図6及び図7に示すように、長手方向に直交する断面(B断面)では、強化用繊維がB断面に平行して配向している。第1形態と同様に、第2形態では、ベーン10の先端部16に移行層12aと表層12bを含むスキン層12を有している。第2形態に係るベーン10では、強化用繊維が配向している短手方向に対して樹脂が流れるように射出成形をするため、成形時の樹脂の入り口(ゲート)を先端部16に対向する面17に、エアベント(図6にエアベント跡19を示す。)を先端部16から僅かにずらした位置に設けることによって、先端部16にはエアベント跡19に起因するバリを生じないようにしている。この結果、バリを除去する加工によって、先端部16のスキン層12が失われることがない。また両側面11a、11bも研磨が不要である。なお、ベーンのエアベント跡19がある面と、ゲート跡のある先端部に対向する面17においては、バリの除去を行う。
【0036】
この結果、第2形態においても、ベーン10の先端部16にスキン層を有するため、ロータリコンプレッサ運転中にベーン10の先端部16がシリンダボアの内壁60を摺動しても、先端部16には強化用繊維が露出することがなく、シリンダボアの内壁を磨耗することがない。第2形態に係るベーンでは、強化用繊維を20〜50質量%、好ましくは50質量%配合することによって、ベーンの長手方向の線膨張係数をシリンダのアルミ合金の線膨張係数に近づけることができる。図6に示すように、ベーン10に対する曲げ応力によって発生する引っ張り応力の方向と同じ短手方向に強化用繊維が配向しているため、強化用繊維の配合によってベーンの強度を向上させる効果が高い。これにより第2形態においては、ベーンの厚さや短手方向長さの設計自由度が大きくなる。
【0037】
第1形態及び第2形態では、強化用繊維を厚さ方向に配向させていないため、ベーンの厚さ方向の線膨張係数がロータに比べて大きくなる場合がある。しかし図8に示すようにベーン10の厚さの膨張を吸収できるように、ロータ20のベーン溝22の幅bに対して、ベーンの厚さ(図4におけるa)を小さくして、ベーン溝22とベーン10の厚さ方向のクリアランスを大きくすることによって、ベーンが高温時に膨張してベーン溝22に嵌着されることを防止できる。厚さ方向のクリアランスが大きい場合であっても。ロータリコンプレッサの運転時には、ベーン10は、ベーン溝22に対して接点24、26の2点で接することによって、圧縮ガスをシールすることが可能である。
【0038】
第1形態に係るロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法では、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの一方の側面から他方の側面に向かう長手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程とを有する。ベーンの長手方向に樹脂が流れるように射出成形するため、射出成形用金型のベーンの先端部を成形する部分にエアベントを設ける必要がなく、ベーンの先端部にバリを生じない。また、アニーリングを行うことによって吸水性を抑え、寸法安定性を高めることができる。
【0039】
第2形態に係るロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法では、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの先端部からずらした位置にエアベントを設けた金型を使用して、ベーンの先端部に対向する面からベーンの先端部に向かう短手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程とを有し、かつ、ベーンの成形後にベーンの先端部を未研磨で仕上げる。ベーンの先端部にエアベントに起因するバリを生じないため、成形後にベーンの先端部を研磨しなくてもシリンダボアの内壁との摺動には支障がない。したがって、ベーンの先端部はスキン層を有し、強化用繊維が露出することがない。
【実施例】
【0040】
次に実施例を示して、本発明を更に詳細に説明する。
【0041】
(実施例1)
強化用繊維配合ポリアミド(商品名スタニール、ポリマーPA46‐GF30、DSM社製、グレード TW271F6、曲げ強さ180MPa、融点295℃、グラスファイバ 30%質量配合)のペレットを用いて、強化用繊維がベーンの長手方向に配向するようにベーンを射出成形によって作製した。強化用繊維の配向方向を曲げ軸として曲げた場合のJIS K7017:1999 に規定する曲げ強さは180MPa、ISO 11357‐3:1999に規定する融点は295℃、ISO 11359‐2:1999に規定する方法によって求めた長手方向の線膨張係数は2×10−5/Kであった。ベーンは成形後150℃、12時間のアニーリングを行った。その後、ベーンをロータリコンプレッサに取り付けて、運転時の騒音の状態、及び回転数7000回転/分で200時間連続運転した後のベーンの先端部とシリンダボアの磨耗の状態を評価した。
【0042】
(比較例1)
フェノール樹脂(商品名ベルパールS890、鐘紡社製、粒径7〜13μm)、グラスファイバ(商品名SS05C‐404S,富士ファイバーグラス社製、繊維径9〜12μm、長さ140μm)、二硫化モリブデン粉末(商品名M‐5パウダー、ニチモリ社製、粒径2〜15μm)をそれぞれ55部、40部、5部の配合割合(質量比)で混合し、強化用繊維であるグラスファイバがベーンの短手方向に配向しているベーンを熱硬化成形(成形条件:金型温度180℃、成形荷重100MPa、成形時間5分)によって作製し、その後室温から5時間かけて230℃まで昇温し、その温度を約5時間保持し、その後室温で徐冷却させてから、実施例1と同様の評価を行った。得られたベーンはスキン層を有していなかった。尚、強化用繊維配合フェノール樹脂の強化用繊維の配向方向を曲げ軸として曲げた場合のJIS K7017:1999 に規定する曲げ強さは120MPaであった。
【0043】
(結果)
実施例1のベーンを使用したロータリコンプレッサの連続運転試験では、回転数7000回転/分で200時間運転後の騒音の発生は激減し、また、ベーンの先端部及びシリンダボアの内壁の磨耗はみられなかった。
【0044】
比較例1のベーンは、熱硬化性樹脂であるため融点はなく耐熱性が高く、曲げ強さも120MPaであり、ロータリコンプレッサ運転時の使用環境に十分耐えるレベルであった。しかし、ベーンをロータリコンプレッサに取り付けて、回転数7000回転/分で200時間連続運転した後のシリンダボアの内壁が激しく磨耗していた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係るロータリコンプレッサは、各種ロータリコンプレッサに使用することができる。特にチャタリングの音が小さいため、車両用の空調機のロータリコンプレッサとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ベーンタイプのロータリコンプレッサの側断面図である。
【図2】ベーンタイプのロータリコンプレッサのA−A´線縦断面図である。
【図3】本実施形態に係るロータリコンプレッサのベーンの斜視概要図である。
【図4】第1形態に係るロータリコンプレッサのベーンのB断面図である。
【図5】第1形態に係るロータリコンプレッサのベーンのC断面図である。
【図6】第2形態に係るロータリコンプレッサのベーンのB断面図である。
【図7】第2形態に係るロータリコンプレッサのベーンのC断面図である。
【図8】ロータリコンプレッサのロータのベーン溝の幅とベーンの厚さの関係を示す模式図である。
【符号の説明】
【0047】
10 ベーン
11a,11b ベーンの側面
12 スキン層
12a 移行層
12b 表層
14 コア層
16 先端部
17 先端部に対向する面
19 エアベント跡
20 ロータ
22 ベーン溝
24,26 接点
50,53 ケーシング
51 サイドブロック
52 シリンダ
55、57 圧縮室
60 シリンダボアの内壁
M シリンダ幅
L ベーン長さ
X ベーンの長手方向
Y ベーンの短手方向
Z ベーンの厚さ方向


【特許請求の範囲】
【請求項1】
楕円状のシリンダボアを有するシリンダと、該シリンダボア内に回転可能に配置したロータと、該ロータの外周面に設けられた複数のベーン溝のそれぞれに進退移動自在に保持されたベーンとを有し、前記各ベーンの先端部を前記シリンダボアの内壁に摺接させて空間を仕切ることで圧縮室を構成するロータリコンプレッサにおいて、
前記ベーンは、強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックで形成されてなり、かつ、前記ベーンの先端部が、スキン層を有することを特徴とするロータリコンプレッサ。
【請求項2】
前記強化用繊維は、前記ベーンの一方の側面から他方の側面に向かう長手方向に配向されていることを特徴とする請求項1に記載のロータリコンプレッサ。
【請求項3】
前記強化用繊維は、前記ベーンの先端部から対向する面に向かう短手方向に配向されていることを特徴とする請求項1に記載のロータリコンプレッサ。
【請求項4】
前記エンジニアリングプラスチックは、ポリアミドであることを特徴とする請求項1、2又は3に記載のロータリコンプレッサ。
【請求項5】
前記ベーンの強化用繊維の配合率が20〜50質量%であることを特徴とする請求項1、2、3又は4に記載のロータリコンプレッサ。
【請求項6】
強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの一方の側面から他方の側面に向かう長手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程と、を有することを特徴とするロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法。
【請求項7】
強化用繊維を配合したエンジニアリングプラスチックのペレットを用いて、ベーンの先端部からずらした位置にエアベントを設けた金型を使用して、ベーンの先端部に対向する面からベーンの先端部に向かう短手方向に樹脂を流してベーン成形品を射出成形する工程と、前記ベーン成形品をアニーリングする工程と、を有し、かつ、成形後のベーンの先端部を未研磨で仕上げることを特徴とするロータリコンプレッサ用ベーンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−264144(P2009−264144A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111897(P2008−111897)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(500309126)株式会社ヴァレオサーマルシステムズ (282)
【Fターム(参考)】