説明

三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル、それを利用した薬剤の細胞外マトリックス構造形成促進能を評価する方法及び皮膚構造形成の評価方法

【課題】細胞外マトリックス構造形成の評価モデル、当該評価モデルを使用した薬剤のコラーゲン線維構造形成促進能を指標として細胞外マトリックス構造形成促進能を評価する方法及び皮膚構造形成、特に真皮構造形成の評価方法を提供するの提供。
【解決手段】本発明は、入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体上に、細胞外マトリックスを産生する細胞を培養することを特徴とする、三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリックス構造形成の評価モデル、当該評価モデルを使用した薬剤のコラーゲン線維構造形成促進能を指標として細胞外マトリックス構造形成促進能を評価する方法及び皮膚構造形成、特に真皮構造形成の評価方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療を目的とした組織工学に関する研究が進められており、中でも皮膚や軟骨等の培養組織は、移植用の代替組織として着目されており、様々なグループが、生体の細胞外マトリックス構造を模したモデル(培養組織)の開発に取り組んでおり、実際に臨床に用いられているものもある。
【0003】
通常、培養組織の材料には、組織を構成する細胞と、その細胞を三次元の空間に保持するための足場となる培養支持体・担体が必要となる。この培養支持体・担体には、動植物組織から抽出したり培養技術や合成によって作製される。コラーゲンや多糖類(キチン、キトサン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸)、また、人工合成ポリマー(ポリ乳酸、ペプチド、ポリエステル類等)などの構造体が用いられている。中でも、コラーゲンは細胞外マトリックスの主成分で、特に真皮や骨、軟骨、靭帯、腱、歯などの結合組織に高い割合で存在するため、モデル(培養組織)を作製する材料としても着目されており、実際、ウシやブタなどの動物から抽出したコラーゲンは最も頻度高く利用されている。
本発明者は、汎用されるコラーゲンではなく、フィブリンを材料としてモデル(培養組織)を作製する方法を検討した。フィブリンは、血液凝固成分のひとつで、フィブリノーゲンがゲル化することによって生じる非常に細い線維である。フィブリンゲル内で線維芽細胞などの間葉系細胞を培養すると、細胞外マトリックス成分の産生が上昇することが分かっている(非特許文献1〜6)。実際、フィブリンゲル内で真皮線維芽細胞を培養すると、最も汎用されているウシ由来のコラーゲンゲル内で培養した時と比較して、真皮線維芽細胞自身が産生するコラーゲンやエラスチンの産生量が上昇した。さらに培養を続けると、フィブリンは分解され、真皮線維芽細胞が産生する細胞外マトリックスと置き換わり、細胞が産生したコラーゲンによる線維構造が観察された。コラーゲンの次に主要な成分であるエラスチンについても線維構造が観察された。特に、エラスチンは最も汎用されている培養方法(動物由来コラーゲンを培養支持体・担体とした三次元培養)では、in vitroで線維形成させること自体が難しい成分であったが、フィブリンを培養担体としたことで線維構造を形成させることができた。また、これらの自己マトリックスによる線維構造は、動物由来コラーゲンを培養支持体・担体とした三次元培養と比較すると明らかに生体に近い構造を形成していた。
【0004】
培養組織を移植用の代替組織として用いる際、培養支持体・担体として用いた外因性の材料は免疫拒絶の原因になる可能性があることから、より生体に近いという点で、ドナー由来の細胞から形成させた細胞外マトリックス構造を持つ培養組織は、移植代替組織としてメリットがある(特許文献1)。この点でフィブリンを培養担体とした培養組織は生体に近い細胞外マトリックス構造を持つ組織となることから移植代替組織としてメリットがある。また、フィブリンは、血液凝固成分のひとつであり、古くから創傷治剤としても利用されてきた。このため、フィブリンは、創傷効果がある治癒能力の高い培養組織を形成させることが期待できる材料である。実際フィブリンを材料とする培養方法は、古くから様々なグループによって研究されており(非特許文献1〜6)、人工皮膚や人工靭帯、人工血管などの人工臓器としての活用は臨床段階に入りつつあり、また、様々な移植代替物の培養方法を提案する特許が多数存在する(特許文献1、特許文献2)。
【0005】
in vitroで生体に近い細胞外マトリックス構造を形成させるには、培養支持体・担体中として用いた外来の材料を、細胞が産生した自己マトリックスに置き換わらせる必要がある。培養支持体・担体が生分解性の構造体であれば、細胞は自己マトリックスを産生すると同時に培養支持体・担体を消化するので、ある程度の期間培養することによって、自己マトリックスのみで形成された、生体に近い細胞外マトリックス構造を持つ構造体を形成させることができる。しかし、完全に自己マトリックスに置き換わるまでには、長期間の培養が必要となるためコストも手間も必要となる。そのため培地の組成や、添加剤の工夫によって自己細胞外マトリックスの形成を早めようとする研究がなされてきた(特許文献1)。その一方で、培養支持体・担体が、細胞が産生する自己マトリックスに置き換わる途中段階で、細胞の細胞外マトリックス構造形成について明確に評価しようとする方法についてはほとんど開発されてこなかった。
【0006】
本発明者は、生体に近い皮膚真皮構造をin vitroで形成させるため、フィブリンを培養担体として真皮線維芽細胞を培養した。真皮線維芽細胞は、自己マトリックスを産生すると同時にフィブリンを消化するので、最終的には細胞が産生した細胞外マトリックス構造に置き換わる。皮膚真皮を構成する最も主要な細胞外マトリックスはコラーゲンである。そのため、細胞が形成するコラーゲン線維の構造形成を評価すると、細胞の細胞外マトリックスの構造形成能力を評価することができる。従来から、コラーゲン構造を観察するためには、組織染色や電子顕微鏡による観察といった方法で行われてきたが、本発明者は非侵襲的に観察が可能であるSHG光に着目した。SHGは超短パルス光を非中心対称構造体に照射すると、光電場との相互作用で半分の波長の光を生じる現象で、分子や原子が一定の方向を向いて配列しているときに強く観察される。線維芽細胞などが形成する生体コラーゲンは、分子が3本螺旋構造を取ってマイクロフィブリルを形成し、それらが一定の方向で並んだ束が形成された状態であり、強いSHG光が観察される(非特許文献7)。このため、フィブリンを培養担体として真皮線維芽細胞を三次元培養すると、フィブリンからはSHG光が発生せず、真皮線維芽細胞が形成するコラーゲンのみのSHG光が観察される。
【0007】
フィブリンはその中に細胞を培養すると、著しく収縮する性質を持つ(非特許文献1,2,4)ため、長期間培養して、生体に近い組織にまで構築させるためには、ゲルが収縮しないようにゲルの骨格(支持体)となる構造体を含有させておく必要があった。培養支持体・担体として最もよく用いられる材料は動物等から抽出したコラーゲンである。コラーゲンを原料とする構造体は十分な強度があるだけでなく、生体に親和性があり、生分解性であるため、細胞が産生する細胞外マトリックスと最終的に置き換わることができる。コラーゲンを原料とする構造体の形態は様々で、動物等の組織から抽出した可溶性コラーゲン溶液を中和再線維化(ゲル化)させて作製するコラーゲンゲルや、一度ゲル化させて作製したコラーゲンゲルを凍結乾燥して作製したコラーゲンスポンジなどが最も良く利用されている。しかしこれらの汎用されている培養支持体・担体は、生体コラーゲンと同じく、分子が3本螺旋構造を取ってマイクロフィブリルを形成し、それらが一定の方向で並んだ束が形成された状態であるためSHG光を発し、細胞が形成した自己コラーゲンと明確に区別できないという欠点があった。コラーゲン以外にも、ポリ乳酸やポリグリコール酸などの生分解性合成高分子が、培養支持体・担体の材料としてよく用いられているが、これらの高分子も非線形の誘電的な応答機能を持つためSHG光を発する性質を有する(非特許文献8)ため、これら生分解性合成高分子自体がSHG光を発してしまい、細胞が形成した自己コラーゲンと明確には区別できない。
【0008】
【特許文献1】WO2006/097701
【特許文献2】US2003/0166274A1
【非特許文献1】Tuan TL et. Al., J Cell Physiol. 1989 Sep;140(3):577-83
【非特許文献2】Tuan TL et. Al., Exp Cell Res. 1996 Feb 25;223(1):127-34
【非特許文献3】Chun J et. Al., Connect Tissue Res. 2003;44(2):81-7
【非特許文献4】Gillery P et. Al., Cell Physiol. 1989 Sep;140(3):483-90
【非特許文献5】Clark RA., et. Al., J Cell Sci. 1995 Mar;108 ( Pt 3):1251-61
【非特許文献6】Grassl ED et. Al., J Biomed Mater Res. 2002 15;60(4):607-12
【非特許文献7】Roth S. et al., Biopolymers. 1981;20(6):1271-90
【非特許文献8】Sun Y., Microsc Res Tech. 2008 Feb;71(2):140-5
【非特許文献9】Lin SJ. et al., Eur J Dermatol. 2007 Sep-Oct;17(5):361-6. Review
【非特許文献10】Zoumi A. et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Aug 20;99(17):11014-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明は、SHG光を指標とする評価系において、フィブリンを培養担体として線維芽細胞を培養する三次元培養皮膚モデルにおける、ゲル収縮を防止する骨格となる構造体(支持体)と、当該細胞が形成した自己コラーゲンとの区別ができる細胞外マトリックス構造形成の評価系の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者はフィブリンを培養担体とする真皮線維芽細胞の三次元培養皮膚モデルの支持体(ゲル収縮を防止する構造体)として、SHG光を発生させない特性を持つコラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維を用いた。このコラーゲンの紡績繊維は、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製された繊維であり、細線維の方向が揃っていない、アモルファスなコラーゲン凝固沈殿であるため、SHG光が発生しないと考えられる。原料は、培養支持体・担体として汎用されているコラーゲンと同じ動物由来のコラーゲン(ウシ真皮由来)であるため、生体内の親和性、分解性は従来の培養技術と同様に優れている。このコラーゲン紡績繊維を含有して、フィブリンを培養担体として真皮線維芽細胞を三次元培養することで、フィブリンによる収縮を防止しつつ、自己マトリックス構造を形成させることができ、かつ、コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維、フィブリンからはSHG光が観察されず、この培養体のSHG光を観察すると、細胞自身が形成するコラーゲンの構造のみを明確に観察することができた。そして、この方法を用いることで、抗老化薬剤として知られているシカクマメエキスのコラーゲン線維構造形成促進を評価することができた。
【0011】
従って、本願は以下の発明を提供する:
[1]入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体上に、細胞外マトリックスを産生する細胞を培養することを特徴とする、三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[2]前記細胞外マトリックスを産生する細胞が線維芽細胞である、[1]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[3]前記培養支持体・担体が、フィブリノーゲンをゲル化して作製したフィブリンである、[1]又は[2]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[4]前記培養支持体・担体が、コラーゲン凝固沈殿より作られる構造体である、[1]又は[2]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[5]前記構造体が、生体コラーゲンの規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、[4]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[6]前記紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、[5]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[7]前記三次元培養細胞外マトリックス構造形成用モデルが、フィブリンを用いることによって生じるモデルの収縮を抑えるため、フィブリン以外の、入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体を含有して、細胞外マトリックスを形成させるのに十分な空間を保持することを特徴とする、[3]〜[6]のいずれかの三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[8][7]に規定するフィブリン以外の、入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体が、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない生分解性高分子である、[7]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
[9][8]に規定する第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない生分解性高分子が、コラーゲン凝固沈殿より作られる構造体である、[8]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
[10][9]に規定する構造体が、生体コラーゲンの規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、[9]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
[11][10]に規定する紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、[10]の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
[12]薬剤の細胞外マトリックス構造形成促進能を評価する方法であって、
[1]〜[11]のいずれかの三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルに候補薬剤を適用して培養し、
当該三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルに入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、当該三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルのコラーゲン形成の度合いを評価し、
コラーゲン形成が促進されれば候補薬剤が細胞外マトリックス構造形成促進能を有すると評価する、ステップを含んでなる方法。
[13]皮膚構造形成の評価方法であって、
入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体上に支持された、真皮線維芽細胞を含有するフィブリンゲルからなる皮膚培養物を、その培養の際、入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、当該皮膚構造形成を、コラーゲン形成の度合いを指標に評価する方法。
[14]前記培養支持体・担体が、コラーゲン凝固沈殿より作られる構造体である、[13]の方法。
[15]前記構造体が、生体コラーゲンのような規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、[14]の方法。
[16]前記紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、[15]の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、フィブリンを培養担体とする線維芽細胞を含有するフィブリンゲルからなる三次元培養皮膚モデルの培養支持体・担体と、当該細胞が形成した自己コラーゲンとの区別ができる、SHG光を指標とする細胞外マトリックス構造形成の評価系が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
フィブリンを培養担体とする線維芽細胞の三次元培養モデルや皮膚培養物自体は当業者に知られている。その製造方法も知られており、特に制限されるものではないが、例えば以下のとおりにして作製される。
【0014】
線維芽細胞、例えばヒト真皮由来の線維芽細胞を単離し、適当な培地、例えば10%胎児牛血清(FBS)含有Dulbecco's Modified Eagle's Medium (DMEM)で培養する。培地は任意的に、L−グルタミン、アスコルビン酸、増殖因子、ヒドロコルチゾン、エタノールアミン、O−ホスホリル−エタノールアミン、トランスフェリン、トリヨードチロニン、セレン、L−プロリン及びグリシンのうちの1または複数種の成分を含んでよい。トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)処理によって接着細胞を浮遊させ、遠心分離によって細胞を集め、ろ過して均一な細胞懸濁液を得る。それとは別にフィブリノーゲンをDMEMに溶解し、フィブリノーゲン溶液を作製する。細胞懸濁液とフィブリノーゲン溶液を混合して懸濁液を調整する。その際、細胞密度は、特に限定されるものではないが、例えば1.0×105cells/mL〜1.0×107cells/mL、好ましくは2.5×105cells/mL、フィブリノーゲン 1.0 mg/mL〜10 mg/mL、好ましくは2.5mg/mLとしてよい。この懸濁液にトロンビンを添加することで、ゲル化させることができる。
【0015】
上述したとおり、フィブリンはその中に細胞を培養すると、著しく収縮する性質を持つため、長期間培養して、生体に近い細胞外マトリックス構造を構築させるためには、ゲルが収縮しないようにゲルの骨格となる培養支持体・担体に支持させておく必要がある。
本発明において、上記培養支持体・担体としては、繊維芽細胞により消化され、かつ入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない高分子からなるものであれば特に制限されるものではないが、好ましいのはコラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維である。ポリ乳酸やポリグリコール酸などの生分解性合成高分子なども三次元培養モデルの培養支持体・担体としてよく用いられているが、これらの高分子も非線形の誘電的な応答機能を持つためSHG光を発する性質を有する(非特許文献8)。従って、このようなSHG光を発する分子は、細胞が形成したコラーゲンのSHG光と重なるため、明確に区別することはできない。
【0016】
コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維は、例えばコラーゲン水溶液をノズルから連続紡糸して、高塩濃度の溶液等のコラーゲン不溶溶剤を収容した容器中またはコンベア−ベルト上に受け、連続した繊維がランダムに配列した繊維状成形物を得、次に、この繊維状成形物を減圧乾燥、自然乾燥、低温乾燥、送風乾燥などの方法で乾燥することで繊維状に作製することができる。紡績の際に重要なのは、形成されるコラーゲン繊維の微細構造が、アモルファス状となることで、微細線維の方向が揃わず、SHG光が発生しないものとなる点にある。
【0017】
本発明において特に好ましいコラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維は日本臓器製薬株式会社より販売されているインテグラン(登録商標)である。
【0018】
上記細胞懸濁液をゲル化する前に、支持体・担体、例えばコラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維を含有しておき、その後にゲル化を行えば、培養支持体・担体に支持されたフィブリンゲルを作製することができる。ゲル化した後、糖結合アスコルビン酸を含む10%FBS DMEMで2〜3日毎培地交換を行うのが好ましい。培養は2から数週間、例えば2から12週間、例えば5〜12週間、あるいはそれより長くてもよい。
【0019】
超短パルスレーザー光(例えばフェムト(10-15)秒オーダーパルスレーザー)を生体組織に照射すると、光電場とコラーゲン分子の非線形相互作用によって、入射レーザー光の半波長の光が第二高調波発生光(SHG光)として発生する(非特許文献7)。SHG光を用いて、生体におけるコラーゲンの構造観察が提案されており、皮膚科学的な診断に有用である(非特許文献9)。また、コラーゲンゲルなどのin vitroでの三次元培養においてもSHG光でコラーゲンの構造観察の検討がなされている(非特許文献10)。
【0020】
線維芽細胞が生成したコラーゲン(以下、「自己コラーゲン」と称する場合がある)も、超短パルス光との非線形相互作用によりSHG光が発生することができるため、発生するSHG光を検出することにより、自己コラーゲン形成を介して細胞外マトリックス構造形成の度合いを評価することができる。自己コラーゲンから発生するSHG光の強度は、後述するように、例えば、自己コラーゲンの密度(含有量)や配向に依存する。このため、SHG光の検出によって、自己コラーゲン生産、自己コラーゲンのバンドル形成等を評価し、これに基づいて細胞外マトリックス構造形成の成熟度を評価することが可能となる。このように細胞外マトリックス構造形成の成熟度を評価すれば、例えば、確立されていない三次元培養皮膚モデルの培養条件や、実際に培養している皮膚培養組織の成熟度を確認できる。
SHG光とは、ピークパワーの高い超短パルス光が非中心対象性物質に照射されることによって発生する二次の非線形光学応答であり、通常の反射や散乱等の線形光学応答では、周波数(ω)が変化しないのに対して、SHG光は、周波数が入射光の2倍(2ω)となることが知られている。
【0021】
天然のコラーゲン分子は、3重らせん構造の非中心対称性を有するため、SHG光の発生種となる。発生するSHG光の強度は、例えば、コラーゲン含有量に依存するため、培養組織試料において、例えば、SHG強度が相対的に高い部分はコラーゲン濃度が相対的に高い部分と評価できる。その一方、コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維などは、アモルファスな構造体であり、微細線維の方向が揃っていないため、SHG光が発生しないと考えられる。
【0022】
また、本発明の評価方法においてSHG光を検出することによって、例えば、三次元培養皮膚モデルや皮膚培養物におけるコラーゲンの分布を評価できる。このようなコラーゲンの分布評価により、例えば、三次元培養皮膚モデルや皮膚培養物のいずれの部位に自己コラーゲンが集束しているか、また、いずれの部位が相対的に高い自己コラーゲン密度であるかということを確認できる。
【0023】
本発明の評価系を利用すれば、さらに薬剤の細胞外マトリックス構造形成促進能の評価も可能となる。この方法は、上記評価系を、薬剤を含む培地と、薬剤を含まない培地(コントロール)で培養を行い、コラーゲン形成促進を観察することで行うことができる。そして、その薬剤がコラーゲン形成をコントロールに比べ有意に促進させた場合、例えばコラーゲン形成速度を有意に早めたり、コラーゲン形成量を有意に増大させた場合、細胞外マトリックス構造形成促進能を有するものと評価することができる。
【実施例】
【0024】
(1)コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維を含有して収縮を抑えた、フィブリンを培養担体とする線維芽細胞の三次元培養方法
ヒト線維芽細胞は新生児包皮より単離し、10%胎児牛血清 (FBS)含有Dulbecco's Modified Eagle's Medium (DMEM)で培養した。トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)処理によって接着細胞を浮遊させ、遠心分離によって細胞を集め、ろ過して均一な細胞懸濁液を得た。カルビオケム社より購入したヒト血清由来フィブリノーゲン(Fibrinogen,Plasminogen-Depleted)をDMEMに溶解し、フィブリノーゲン溶液を作製した。細胞懸濁液とフィブリノーゲン溶液を混合して、細胞密度2.5×105cells/mL、フィブリノーゲン 2.5mg/mLの懸濁液を調整した。この懸濁液にヒト血清由来トロンビン(Thrombin, Human Plasma)溶液0.1U/mLを添加して、ゲル化する前にコラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維に添加して、コラーゲン紡績繊維を含有するフィブリンゲルを作製した。ゲル化した後、糖結合アスコルビン酸(2-O-a-D-glucopyranosyl-L-ascorbic acid)250μMを含む10%FBS DMEMで2〜3日毎培地交換を行った。
【0025】
図1は、上記フィブリンゲルを12週目まで培養した際のSHG光検出結果を、従来の観察方法である走査型電子顕微鏡写真と対比において示す。走査型電子顕微鏡写真写真図では、培養2週目と、培養6及び12週目とで形態が顕著に異なるのは観察されるが、紡績コラーゲン繊維と線維芽細胞より形成された自己コラーゲン線維との区別は全くできない。特に6週目と12週目との差は全くわからない。一方、SHG光で検出を行った場合、培養2週目では自己コラーゲン線維はほとんど観察されないのに対し、6週目、12週目と培養期間が経るに従い、観察される自己コラーゲン線維の量が増加するのがわかる。即ち、SHG光で検出されるコラーゲンは自己コラーゲン線維のみであることが理解される。
【0026】
(2)薬剤の細胞外マトリックス形成促進能の評価方法
薬剤を含む培地と、薬剤を含まない培地で培養を行い、適時、無菌状態のままSHG光の観察を行い、経時的な変化を観察した。
図2は抗老化薬剤として知られるシカクマメエキスを上記フィブリンゲルに添加した場合の、真皮繊維芽細胞の自己コラーゲン線維構造形成に与える影響を観察した結果である。シカクマメエキスは、シカクマメ(学名:Psophocarpus tetragonolobus)、マメ科(Leguminosae)、シカクマメ 属(Psophocarpus)の種子を、慣用の方法により90%エタノールで抽出して調製したものである。エキス無添加の場合に比べ、抗老化薬剤シカクマメエキスを添加した場合では、真皮繊維芽細胞におけるコラーゲン線維構造形成促進効果が観察された。従って、本技術は、in vitroにおいて、生体で見られるような細胞外マトリックス構造形成能を評価することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン紡績繊維を含有して収縮を抑えた、フィブリンを培養担体とする線維芽細胞含有培養皮膚モデルの、走査型電子顕微鏡観察とSHG光検観察結果。
【図2】抗老化薬剤シカクマメエキスの細胞外マトリックス形成促進能の評価結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体上に、細胞外マトリックスを産生する細胞を培養することを特徴とする、三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項2】
前記細胞外マトリックスを産生する細胞が線維芽細胞である、請求項1記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項3】
前記培養支持体・担体が、フィブリノーゲンをゲル化して作製したフィブリンである、請求項1又は2記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項4】
前記培養支持体・担体が、コラーゲン凝固沈殿より作られる構造体である、請求項1又は2記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項5】
前記構造体が、生体コラーゲンの規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、請求項4記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項6】
前記紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、請求項5記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項7】
前記三次元培養細胞外マトリックス構造形成用モデルが、フィブリンを用いることによって生じるモデルの収縮を抑えるため、フィブリン以外の、入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体を含有して、細胞外マトリックスを形成させるのに十分な空間を保持することを特徴とする、請求項3〜6のいずれか1項に記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項8】
請求項7に規定するフィブリン以外の、入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体が、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない生分解性高分子である、請求項7記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデル。
【請求項9】
請求項8に規定する第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない生分解性高分子が、コラーゲン凝固沈殿より作られる構造体である、請求項8記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
【請求項10】
請求項9に規定する構造体が、生体コラーゲンの規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、請求項9記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
【請求項11】
請求項10に規定する紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、請求項10記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成。
【請求項12】
薬剤の細胞外マトリックス構造形成促進能を評価する方法であって、
請求項1〜11のいずれか1項に記載の三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルに候補薬剤を適用して培養し、
当該三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルに入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、当該三次元培養細胞外マトリックス構造形成モデルのコラーゲン形成の度合いを評価し、
コラーゲン形成が促進されれば候補薬剤が細胞外マトリックス構造形成促進能を有すると評価する、ステップを含んでなる方法。
【請求項13】
皮膚構造形成の評価方法であって、
入射光として超短パルス光を照射しても、第2高調波発生光(SHG光)の発生が検出されない培養支持体・担体上に支持された、真皮線維芽細胞を含有するフィブリンゲルからなる皮膚培養物を、その培養の際、入射光として超短パルス光を照射し、発生した第2高調波発生光(SHG光)を検出することにより、当該皮膚構造形成を、コラーゲン形成の度合いを指標に評価する方法。
【請求項14】
前記培養支持体・担体が、コラーゲン凝固沈殿より作られるコラーゲン構造体である、請求項13記載の方法。
【請求項15】
前記構造体が、生体コラーゲンのような規則正しく配向した線維束構造を持たない、アモルファスな集合体であることを特徴とするコラーゲン凝固沈殿より作られる紡績繊維である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記紡績線維が、コラーゲン溶液を高塩濃度の溶液に押し出し、成形することで作製される、請求項15記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−26(P2010−26A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−160863(P2008−160863)
【出願日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】