説明

中赤外光源およびそれを用いた赤外光吸収分析装置

【課題】多くの環境ガスにおいて最も吸収が強くなる波長4μm帯の中赤外領域にて発光する光源を実現する。
【解決手段】第1の励起光を発生する第1のレーザと、第2の励起光を発生する第2のレーザと、前記第1の励起光と前記第2の励起光とを入力し、差周波発生により変換光を出力する非線形光学結晶からなる波長変換素子とを含む中赤外光源において、前記第1のレーザは、波長0.97μmから1.04μmの間の波長範囲で前記第1の励起光の波長を可変することができ、前記第2のレーザは、波長を1.25μmから1.36μmの間の任意の波長の前記第2の励起光を出力し、前記波長変換素子は、波長3.5μmから5.8μmの間の中赤外光を変換光として出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境ガス、人体の呼気、危険性を伴うガスおよび残留農薬などの光学的な極微量検出が可能な赤外光吸収分析装置、および赤外光吸収分析装置に用いる中赤外光源に関する。
【背景技術】
【0002】
環境保護、安全衛生上の観点から、NOx、SOx、炭化水素全般、アンモニア系等の環境ガス、水の吸収ピーク、または多くの有機系ガス、残留農薬などの極微量分析技術の確立が強く望まれている。極微量分析技術としては、被測定ガスを特定の物質に吸着させ、電気化学的手法により定量分析を行う方法と、被測定物質の固有の光学吸収特性を測定する方法とが一般的に知られている。
【0003】
光学吸収特性を測定する方法は、実時間測定が可能であり、測定光の通過する広範囲な領域の観測が可能といった特徴を有している。被測定物質の吸収ピークは、原子間結合の振動回転モードに起因し、主に2μmから20μmの中赤外領域にある。現在のところ、波長2μm以上の中赤外領域において、室温で安定な連続発振が可能なレーザは、実現されていない。産業上、中赤外光を出力するレーザ光源の必要性は高いものの、量子カスケードレーザが研究開発されているに留まり、利用可能な製品としてのレーザ光源がないことが大きな支障になっている。
【0004】
中赤外領域における実用可能な光源が存在しないので、既存の通信用半導体レーザ(0.8μmから2μm)を用いて光源を構成していた。この光源を用いて、各種ガスなどの微量分析を行う場合、本来の基本吸収波長の倍音(=基本吸収波長の2分の1)、3倍音(=基本吸収波長の3分の1)、これらの結合音における吸収を利用する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】D. Richter, et al., “Development of an automated diode-laser-based multicomponent gas sensor,” Applied Optics, Vol.39, No.24, p.4444-4450, 2000
【非特許文献2】Z. Cao, et al., “Broadband difference frequency generation around 4.2μm at overlapped phase-match conditions,” Opt. Commun. No.281, p.3878-3881, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、倍音を用いると必要な感度を得られる場合があるものの、3倍音以上の高次の吸収ピークでの測定となると、吸収量そのものが小さいため、本来の基本吸収ピークにおける測定に比べ3桁程度以上の感度の低下を招くことになる。従って、環境ガス、危険性を伴うガスなどを分析する際に、高い検出感度を得るためには、中赤外レーザ光源の開発が不可欠である。
【0007】
最近では、波長3μmにおいて中赤外光を発生させ、ガスセンサー動作を確認したことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。これらの報告は、主に周期変調構造を有するニオブ酸リチウム(LiNbO:以下、LNという)波長変換素子を用いて、差周波発生により中赤外光を発生させている。
【0008】
また、波長4μm帯における波長可変光源の例としては、上記と同様に差周波発生によって実現した光源が報告されている。しかし、固体レーザであるNd:YAGレーザ、Ti:Alレーザを用いた光源(例えば、非特許文献2参照)に限られているため、システムが大型で可搬性がないことが欠点である。
【0009】
本発明の目的は、多くの環境ガスにおいて最も吸収が強くなる波長4μm帯の中赤外領域にて発光する光源を実現することにより、飛躍的に感度が向上する赤外光吸収分析装置を提供することにある。具体的には、LN波長変換素子と、エネルギー変換効率が高く、波長制御精度が高くかつ容易であり、高出力のレーザであって、入手可能な波長域の半導体レーザ2台とを用いて、3.5〜5.8μmの中赤外波長範囲の光を、差周波発生により発光する光源を用いる。これにより、多種のガス等を簡便・高感度に検出することができる赤外光吸収分析装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施態様は、第1の励起光を発生する第1のレーザと、第2の励起光を発生する第2のレーザと、前記第1の励起光と前記第2の励起光とを入力し、差周波発生により変換光を出力する非線形光学結晶からなる波長変換素子とを含む中赤外光源において、前記第1のレーザを、波長0.97μmから1.04μmの間の波長範囲で前記第1の励起光の波長を可変することができるレーザとし、前記第2のレーザを、波長を1.25μmから1.36μmの間の任意の波長の前記第2の励起光を出力するレーザとすることにより、前記波長変換素子は、波長3.5μmから5.8μmの間の中赤外光を変換光として出力することを特徴とする。
【0011】
前記波長変換素子は、LiNbO結晶からなり、光導波路構造を有することを特徴とする。
【0012】
この中赤外光源を、光源から出力された出力光を分岐し、一方の出力光を参照光として第1の光強度を測定し、他方の出力光をサンプルガスに導き、該サンプルガスからの透過光、反射光、散乱光または蛍光を受光して第2の光強度を測定し、前記第1および第2の光強度の比から前記サンプルガスの吸収を計量する赤外光吸収分析装置に適用することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、励起光光源として用いるレーザは、完成された通信波長帯の製品から得られるため、LN波長変換素子を用いた差周波発生により、3.5〜5.8μmの中赤外波長範囲の光を、精度よく安定的に得ることが可能となる。このため、多くの環境ガスにおいて最も吸収が強くなる波長4μm帯の中赤外領域において、高精度かつ高感度な光吸収分析装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】環境ガスの光吸収強度の波長依存性を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態にかかる中赤外光源の構成を示す図である。
【図3】励起光(ポンプ光とシグナル光)と変換光(アイドラ光)との関係を示す図である。
【図4】実施例1にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す図である。
【図5】実施例1にかかる中赤外光源の発生効率を示す図である。
【図6】実施例1にかかる赤外光吸収分析装置による光吸収測定結果を示す図である。
【図7】不完全燃焼注意報濃度の大気中COを検出したときの予測スペクトルを示す図である。
【図8】大気中100mの光路でCOを検出したときの予測スペクトルを示す図である。
【図9】実施例2にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す図である。
【図10】シグナル光を波長可変にする場合とポンプ光を波長可変にする場合とにおけるアイドラ光の波長変換幅を示す図である。
【図11】実施例3にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。
図1に、代表的な環境ガスの光吸収強度の波長依存性を示す。上述したように、4μm帯近傍を中心とする中赤外領域で、これら環境ガスの吸収強度が最も高くなっていることがわかる。これは、ガス分子の基準振動(固有振動モードの基本波)周波数が、この波長帯に集中していることを暗に示している。波長3.5〜5.8μmの波長範囲において、任意の波長を中心として波長を可変することができるレーザ光源が求められている。
【0016】
上記の波長範囲において入手可能なコヒーレント光源は、上述したように、量子カスケードレーザ、またはLN波長変換素子を用いた波長変換レーザを備えた光源である。従来、量子カスケードレーザは、実用レベルでの安定な室温動作が得られておらず、スペクトル幅、波長可変動作、光増幅の手法等、光源としての可制御性については、波長変換レーザを用いた光源に比較して難がある。
【0017】
図2に、本発明の一実施形態にかかる中赤外光源の構成を示す。第1の励起光(ポンプ光)を出力する第1レーザ1と、第2の励起光(シグナル光)を出力する第2レーザ2と、LN波長変換素子3とを備えている。第1レーザ1の出力は、ファイバブラッググレーティング(FBG)5が形成された光ファイバ8により、光アイソレータ6を介して、合波器10に接続されている。第2レーザ2の出力は、光ファイバ9により、光ファイバ増幅器4と光アイソレータ7とを介して、合波器10に接続されている。合波器10により合波された励起光は、レンズ11を介してLN波長変換素子3に入力され、レンズ12を介して変換光(アイドラ光)が出力される。
【0018】
第1レーザ1は、970nmから1.04μmの間のいずれかの波長により単一縦モードで発振する。第1レーザ1は、反射率90%以上の高反射膜1Aと、反射率2%以下の低反射膜1Bとを備え、高反射膜1AとFBG5とからなる共振器により、出力波長の安定性を向上させている。第2レーザ2は、1.25μm〜1.36μmの波長範囲で波長を可変することができる。LN波長変換素子3における非線形光学効果による差周波発生(DFG)により、波長3.5〜5.8μmのコヒーレントな変換光(アイドラ光)13を得ることができる。このようにして、可制御性に優れた通信波長帯の半導体レーザを2台使用することにより、コヒーレントな中赤外光源を実現することができる。
【0019】
図3に、励起光(ポンプ光とシグナル光)と変換光(アイドラ光)との関係を示す。LN波長変換素子3に光導波路が形成されている場合は、導波路分散を考慮しなければならないが、この波長範囲においては、波長シフトを考慮するだけで、ほぼ良好な素子設計が可能である。従って、図3による3波長の光を選択することにより、分極反転周期の設計も容易になる。
【0020】
第1の励起光(ポンプ光)の波長をλ、第2の励起光(シグナル光)の波長をλ、出力される変換光(アイドラ光)の波長をλとすると、これらの関係は、
【0021】
【数1】

【0022】
で与えられる。ここで、波長λの変換光を効率よく発生させるためには、位相整合条件
【0023】
【数2】

【0024】
を満足する必要がある。式(2)において、k(i=1,2,3)は、LNなどの非線形光学結晶内を伝搬するレーザ光(励起光、変換光)の伝搬定数であり、λにおける非線形光学結晶の屈折率をnとすると、
【0025】
【数3】

【0026】
となる。しかし、結晶のもつ分散特性により、一般的には、式(2)を満足することは難しい。
【0027】
これを解決する方法として、非線形光学結晶を周期的に分極反転させた擬似位相整合法が用いられている。擬似位相整合法には、LNなどの強誘電体結晶が有利である。強誘電体結晶の非線形光学定数の符号は、自発分極の極性に対応する。この自発分極を、光の伝搬方向に周期Λで変調した場合、位相整合条件は、
【0028】
【数4】

【0029】
で表される。特定の波長λ、λを励起光として用いた場合は、式(1)、(4)を同時に満足し、高効率な差周波発生により波長λの変換光の発生が可能となる。
【0030】
しかしながら、波長λ、λを変化させて異なる波長λの差周波光を得ようとするとき、波長λ、λが変動する場合は、式(4)式を満足することができず、差周波光λの強度は低下する。ここで、波長λ、λ、λ、周期Λ、差周波光の発生効率ηとの関係について考える。まず、位相不整合量Δkを、
【0031】
【数5】

【0032】
と定義する。このとき、LN波長変換素子の長をlとすると、差周波光の発生効率ηは、Δkとlの積に依存し、
【0033】
【数6】

【0034】
と表される。式(6)において、ηはΔk=0の時の差周波発生効率であり、ηはLNなどの強誘電体結晶の非線形光学定数、励起光強度、素子の長さなどで決まる。従って、ηは、2つのレーザから入力される光強度の積に比例する。
【0035】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明は、下記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々変更可能であることは言うまでもない。
【実施例1】
【0036】
図4に、実施例1にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す。第1の励起光(ポンプ光)を出力する第1レーザ21と、第2の励起光(シグナル光)を出力する第2レーザ22と、LN波長変換素子23とを備えている。第1レーザ21の出力は、ファイバブラッググレーティング(FBG)25が形成された光ファイバ28により、光アイソレータ26を介して、合波器30に接続されている。第2レーザ22の出力は、光ファイバ29により、合波器30に接続されている。合波器30により合波された励起光は、LN波長変換素子23に入力され、レンズ32を介して変換光(アイドラ光)33が出力される。
【0037】
第1レーザ21は、波長λ=0.97〜1.04μmの間の任意の波長で発振する。第1レーザ21は、反射率90%以上の高反射膜21Aと、反射率2%以下の低反射膜21Bとを備え、高反射膜21AとFBG25とからなる共振器により、出力波長の安定性を向上させている。第2レーザ22は、波長λ=1.25μm〜1.36μmの波長範囲で波長を可変することができる。
【0038】
LN波長変換素子23には、光導波路23Aが形成され、非線形光学効果による差周波発生(DFG)により、波長3.5〜5.8μmのコヒーレントな変換光(アイドラ光)33を得ることができる。なお、光ファイバ29には、必要に応じて光ファイバ増幅器、光アイソレータを挿入してもよい。また、合波器30の出力とLN波長変換素子23との結合を、バッティング結合としたが、レンズ結合としても良い。
【0039】
LN波長変換素子23の温度調整を行い、第1レーザ21の波長λを固定し、第2レーザ22の波長λを可変したところ、波長λの変化に応じて、変換光33の波長λが変化することを確認した。
【0040】
LN波長変換素子23の出力は、レンズ32でコリメート化され、チョッパー40を介して、波長フィルタ34に入力され、変換光33のみが取り出される。波長フィルタ34は、例えばGeやSiなどからなり、ダイクロイックミラーを用いてもよい。変換光33は、チョッパー40により、ロックインアンプ39A,39Bと同期してON/OFF変調され、ビームスプリッタ43により、2つのパスに分岐される。チョッパー40とロックインアンプ39A,39Bとは、ON/OFF信号である参照信号41により、同期している。
【0041】
一方のビームは、参照光37として、光検出器38Bで光強度が測定される。他方のビームは、被測定ガスであるサンプルガスが封入されたガスセル35を透過後に、透過光36として、光検出器38Aで光強度が測定される。ガスセル35は、光路長が20cmで、窓材は中赤外領域では吸収材になってしまうが、無水石英を用いている。光検出器38A,38Bは、例えば、InSb、HgCdTe、CdSeなどからなる。光検出器38A,38Bの測定結果は、ロックインアンプ39A,39Bに入力され、ON/OFF変調の変調周波数でロックイン検波される。
【0042】
図5に、実施例1にかかる中赤外光源の発生効率を示す。LN波長変換素子23の素子長は50mm、反転周期Λ=25.2μmの分極反転構造を有し、光導波路23Aが形成されている。LN波長変換素子23を33.3度に温度調整し、差周波発生を用いて、変換光を出力させる。第1レーザ21のポンプ光の波長λ=1.03μm、パワー=4mWで固定し、第2レーザ22のシグナル光の波長λ=1.33μm帯とし、変換光(アイドラ光)33の波長λ=4.7μm近傍の波長域を得たときの波長変換効率である。波長λ=4.7μm近傍で出力最大となる温度条件の下、発生効率η=4%/Wであった。
【0043】
なお、素子長50mmで光導波路23Aが形成されたLN波長変換素子23の場合は、素子性能のバラツキから、変換効率は0.2%/W〜8%/Wと幅があった。一方、LN波長変換素子が素子長18mmのバルク結晶素子の場合は、変換効率は0.01%/W前後とほぼ一定であった。
【0044】
図4の測定系に、この中赤外光源を用いて、同位体分子種(Isotopomer)として知られる13COと12COの分光実験を行った。具体的には、300Torrの13COと0.15Torrの12COを封入したガスセル35中の吸収を観測した。ガスセル35を透過してきた透過光36および参照光37のパワーを、光検出器38A,38Bで受光し、ロックインアンプ39A,39Bでそれぞれの透過光強度Pと参照光強度Pを測定する。
【0045】
図6に、実施例1にかかる赤外光吸収分析装置による光吸収測定結果を示す。図6(a)は、ロックインアンプ39Aによる透過光36の検出スペクトルPであり、図6(b)は、ロックインアンプ39Bによる参照光37の検出スペクトルPである。図6(c)は、P/Pから求めたガスセルの透過率特性である。基準振動νに基づく振動回転スペクトルが得られる。図6(c)の透過率曲線には明確に2本の吸収線が確認できるが、それぞれの吸収線の帰属に関しては、13COはR(24)、12COはR(8)であることをHITRANデータベースの解析結果より確認した。ここで用いた12COの濃度は190ppmに相当する。不完全燃焼警報濃度=550ppm、不完全燃焼注意報濃度=300ppmであることから、ガス検出精度として十分な測定結果である。
【0046】
図7に、不完全燃焼注意報濃度の大気中COを検出したときの予測スペクトルを示す。図7(a)は、300ppmの12COが大気中に存在する場合、光路20cmにおける吸収を、HITRANデータベースを用いた解析した結果である。図7(b)は、12COのR(8)付近の拡大図である。図6(c)と比較すると、ガスセル中のCO観測の結果は充分使用に耐えるものと言える。
【0047】
図8に、大気中100mの光路でCOを検出したときの予測スペクトルを示す。図8(a)は、大気中の光路100mにおける吸収を示し、図7(b)は、12COのR(8)付近の拡大図である。大気中の計測では、周囲に存在する干渉ガスや吸収線の圧力拡がりによって、所望の観測ができない場合も少なくない。大気中の12CO濃度が100ppb以下の希薄濃度の測定であっても、12COのR(8)には干渉ガスの吸収が影響しないため、20cm以下の光路長で充分に検出することができる。従って、現状の不完全燃焼注意報濃度を検出する警報器と比較して、より高感度なセンサーを実現できることが明らかとなった。
【0048】
なお、実施例1において、変換光33の波長λは、励起光の発生源である第1レーザ21の波長λを光スペアナで測定した値と、波長可変の第2レーザ22の指示波長λの値とから推定できる。さらに、ガスセル35を用いてガスの吸収線により、正確に確認することができる。
【0049】
実施例1では、第1レーザ21の波長を固定とし、第2レーザ22の波長を可変としたが、第2レーザ22の波長を固定とし、第1レーザ21の波長を可変として光源を構成しても差し支えない。また、実施例1では、透過光を測定対象にして赤外光吸収分析装置を構成しているが、反射光、散乱光、または蛍光などの発光を用いて系を構成しても良い。 実施例1は、光導波路23Aが形成されたLN波長変換素子23(導波路素子)を用いた場合の結果であるが、擬似位相整合技術を用いて作製したバルク結晶素子の場合も、導波路素子に比較すると中赤外光出力の低下は避けられない。しかし、図4の測定系の検出感度が高いこともあって、同様にCOガスの検出は容易であった。
【0050】
実施例1では、光路長20cmのガスセルを用いて吸収測定を行っているが、大気中に含まれる温室効果ガスに代表される環境ガスの検出、希薄ガスの検出にはマルチパスセルが便利である。ガスセル35をマルチパスセルに置き換えて測定器を構成しても良い。また、このマルチパスセルに関しては、特に制限は無く、用途に応じてホワイトセル、ハンストセル、エリオットセルなどを用いても良い。これらのマルチパスセルの使用は、減圧状態での測定が望ましい場合は、条件に応じて減圧下での測定も可能となるため、圧力幅の影響が未知であるガスの分析などでは、非常に便利である。
【0051】
実施例1では、変換光33をON/OFF変調しているが、励起光のいずれかに強度変調または周波数変調を施して、変調信号を参照信号41としてロックイン検波しても良い。なお、直接変調を用いるのであれば、波長、出力パワーが固定されている第1レーザ21に変調を施し、外部変調器を用いるのであれば、第1レーザ21、第2レーザ22のいずれでも良い。ただし、周波数変調を用いる場合は、変調の周波数偏移にも依存するが、解析的には微分検波となる。
【実施例2】
【0052】
図9に、実施例2にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す。図4に示した実施例1の構成と異なる部分について説明する。第1の励起光(ポンプ光)を出力する第1レーザ121は、波長λ=0.97〜1.04μm帯の波長範囲で波長を可変することができる。第1レーザ121の出力は、光ファイバ28により、光アイソレータ26を介して、合波器30に接続されている。第2の励起光(シグナル光)を出力する第2レーザ122は、波長λ=1.25μm〜1.36μm帯の任意の波長で発振する。第2レーザ122の出力は、光ファイバ29により、合波器30に接続されている。
【0053】
図3に示したように、3μm〜6μmの変換光(アイドラ光)を得る場合に、波長λの第1の励起光(ポンプ光)を固定波長とせず波長可変とすると、第2の励起光(シグナル光)を一定の波長としても、広範囲にポンプ光の波長を掃引できることがわかる。ポンプ光の波長掃引範囲は、アイドラ光の波長可変範囲に影響するので、従来にない広波長帯域の中赤外光が得られる。この中赤外光を用いて、赤外光吸収分析装置を構成すれば、自ずと広波長帯域の赤外光吸収分析装置を得ることができる。
【0054】
LN波長変換素子123は、素子長18mmのバルクのLN結晶からなり、分極反転周期Λ=25μm〜30μmの範囲とする。図3に示したように、非線形光学効果による差周波発生(DFG)により、波長3μm〜6μmのコヒーレントな変換光(アイドラ光)33を得ることができる。
【0055】
図10に、シグナル光を波長可変にする場合とポンプ光を波長可変にする場合とにおけるアイドラ光の波長変換幅を示す。素子長18mm、分極反転周期Λ=27μmのLN波長変換素子123を用いて、3.7μm帯のアイドラ光を出力する。図10(a)は、比較のため、実施例1と同様に、第1の励起光(ポンプ光)のλを一定にし、第2の励起光(シグナル光)の波長λを可変にした場合を示す。図10(b)は、実施例2において、第2の励起光(シグナル光)の波長λを一定にし、第1の励起光(ポンプ光)のλを可変にした場合を示す。
【0056】
一見してもわかるように、シグナル光を一定としてポンプ光を波長可変とする方が、変換光(アイドラ光)の変換幅は10倍以上広くなる。図10(a)では、アイドラ光の波長範囲3.7μm帯で20nm(図中符号Xa)であるのに対して、図10(b)では、アイドラ光の波長範囲で220nm(図中符号Xb)を超える。他の波長域においても程度の差こそあれ、同様に変換幅を拡大することができる。
【0057】
実施例1と同様に、素子長50mmで光導波路が形成されたLN波長変換素子を用いた場合、変換光(アイドラ光)の変換幅は、アイドラ光の波長範囲で100nmを超える。この値は、第2の励起光(シグナル光)を波長可変(波長λ=1.25μm〜1.36μm)する場合と比較して、広波長帯域が得られる。
【0058】
当然のことながらLN波長変換素子123の設定温度を変えると、位相整合波長が変化する。実施例2では、素子の温度を90度に設定した結果を示した。LNの屈折率の材料分散の性質より、温度を下げると位相整合曲線が双方性を示す。これを許容すると、ポンプ光の波長換算で、各々のピーク波長が0.5nm/℃程度(3.7μm帯のアイドラ光波長の領域では各々7nm/℃程度)、波長範囲を拡大することができる。従って、LN波長変換素子の温度調整を同時に行えば、さらに波長範囲を拡大できることがわかる。
【実施例3】
【0059】
図11に、実施例3にかかるガスセルを用いた赤外光吸収分析装置の構成を示す。第1の励起光(ポンプ光)を出力する第1レーザ51と、第2の励起光(シグナル光)を出力する第2レーザ52と、LN波長変換素子53とを備えている。第1レーザ51の出力は、ファイバブラッググレーティング(FBG)55が形成された光ファイバ58により、光アイソレータ56を介して、合波器60に接続されている。第1レーザ51は、反射率90%以上の高反射膜51Aと、反射率2%以下の低反射膜51Bとを備え、高反射膜51AとFBG55とからなる共振器により、出力波長の安定性を向上させている。第2レーザ52の出力は、光ファイバ59により、合波器60に接続されている。合波器60により合波された励起光は、LN波長変換素子53に入力され、レンズ62を介して変換光(アイドラ光)63が出力される。
【0060】
LN波長変換素子53は、光導波路53Aが形成され、非線形光学効果による差周波発生(DFG)により、コヒーレントな変換光(アイドラ光)63を得ることができる。LN波長変換素子53の温度調整を行い、第1レーザ51の波長λを固定し、第2レーザ52の波長λを可変したところ、波長λの変化に応じて、変換光63の波長λが変化することを確認した。
【0061】
LN波長変換素子53の出力は、レンズ62でコリメート化され、チョッパー70を介して、波長フィルタ64に入力され、変換光63のみが取り出される。変換光63は、チョッパー70により、ロックインアンプ69A,69Bと同期してON/OFF変調され、ビームスプリッタ73により、2つのパスに分岐される。チョッパー70とロックインアンプ69A,69Bとは、ON/OFF信号である参照信号71により、同期している。一方のビームは、参照光67として、光検出器68Bで光強度が測定される。他方のビームは、大気中を透過後に、透過光66として、光検出器68Aで光強度が測定される。光検出器68A,68Bの測定結果は、ロックインアンプ69A,69Bに入力され、ON/OFF変調の変調周波数でロックイン検波される。
【0062】
実施例1と異なるところは、実施例3の赤外光吸収分析装置は、漏洩ガスの検出などに関わる大気中のガス測定を対象としている。参照光67のパスと透過光66のパスの光路長を変えることにより、実施例1と同様に、P/Pから大気中のガスの透過率特性を求めることができる。
【0063】
2005年のわが国の大気中には、COは380ppm程度含まれていることが報告されている。人体から発せられる呼気中には、炭酸ガスも含めて通常4%のCOが含まれている。実施例3の赤外光吸収分析装置を用いて、参照光67のパスと透過光66のパスの光路長を等しくし、一方のパスに呼気を吹きかければ、呼気分析を容易に実現することができる。
【0064】
呼気分析では、4.24μm近傍または4.28μm近傍の吸収が最も大きいので、この波長領域では、短い光路長での分析が可能となる。これら波長領域は、第1レーザ51の第1の励起光(ポンプ光)のλを980nmとし、第2レーザ52の第2の励起光(シグナル光)の波長λを1.275μmまたは1.271μmとし、差周波発生により得られる。ただし、大気中のCOは、他の希薄なガスとは異なり含有率も高いため、この波長領域での吸収は、しばしば強すぎてスペクトルの波形が歪みを呈することがある。吸収強度の測定など数値化することが必要になる場合は、注意が必要である。
【0065】
COと同様に温室効果ガスとして注目されるNOの吸収観測は、4.531μm近傍または4.468μm近傍が簡便である。これら波長領域は、第1の励起光(ポンプ光)のλを980nmとし、第2の励起光(シグナル光)の波長λを1.250μmまたは1.255μmとし、差周波発生により得られる。大気中には、NOが500ppb存在しているため、観測も容易である。大気中で数10m〜100mの光路長を確保することができれば、マルチパスセルの使用の有無にかかわらず、数%〜10%のNOの吸収観測を行うことができる。
【0066】
呼気分析によって肝臓に疾患を持つ患者を発見するなど、医用応用でも注目されている。COSは4.86μm近傍での検出が容易である。この波長領域は、第1の励起光(ポンプ光)のλを1.03μmとし、第2の励起光(シグナル光)の波長λを1.307μmとし、差周波発生により得られる。なお、大気中で数10m〜100mの光路長を確保することができれば、NOと同様に、大気中のCOSの吸収観測も可能である。
【0067】
本実施形態によって実現される4μm帯を中心とする中赤外光源は、LN波長変換素子に、レーザからの励起光を入射するだけで、従来にない高効率で室温動作が可能な波長可変光源となる。励起光光源として用いるレーザは、完成された通信波長帯の製品から得られるため、光源仕様が優れており、差周波発生による中赤外光源としての仕様も確保されることになる。具体的には、中心波長、周波数掃引の精度、分光には欠かせない安定な単一縦モード発振、スペクトル幅の確保など、従来の中赤外領域の光源からは得ることができない性能が確保される。また、コンパクトな光源を構成することができ、省資源であることも特筆すべきことである。
【符号の説明】
【0068】
1,21,51,121 第1レーザ
1A,21A,51A 反射率90%以上の高反射膜
1B,21B,51B 反射率2%以下の低反射膜
2,22,52,122 第2レーザ
3,23,53,123 LN波長変換素子
4 光ファイバ増幅器
5,25,55 ファイバブラッググレーティング(FBG)
6,7,26,56 光アイソレータ
8,9,28,29,59 光ファイバ
10,30,60 合波器
11,12,32,62 レンズ
13,33,63 変換光(アイドラ光)
23A,53A 光導波路
34,64 波長フィルタ
35 ガスセル
36,66 透過光
37,67 参照光
38A,38B,69A 光検出器
39A,39B,69B ロックインアンプ
40,70 チョッパー
41,71 参照信号
43,73 ビームスプリッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の励起光を発生する第1のレーザと、第2の励起光を発生する第2のレーザと、前記第1の励起光と前記第2の励起光とを入力し、差周波発生により変換光を出力する非線形光学結晶からなる波長変換素子とを含む中赤外光源において、
前記第1のレーザは、波長0.97μmから1.04μmの間の波長範囲で前記第1の励起光の波長を可変することができ、
前記第2のレーザは、波長を1.25μmから1.36μmの間の任意の波長の前記第2の励起光を出力し、
前記波長変換素子は、波長3.5μmから5.8μmの間の中赤外光を変換光として出力することを特徴とする中赤外光源。
【請求項2】
前記波長変換素子は、LiNbO結晶からなり、光導波路構造を有することを特徴とする請求項1に記載の中赤外光源。
【請求項3】
光源から出力された出力光を分岐し、一方の出力光を参照光として第1の光強度を測定し、他方の出力光をサンプルガスに導き、該サンプルガスからの透過光、反射光、散乱光または蛍光を受光して第2の光強度を測定し、前記第1および第2の光強度の比から前記サンプルガスの吸収を計量する赤外光吸収分析装置において、
前記光源は、請求項1または2に記載された光源であることを特徴とする赤外光吸収分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−181554(P2012−181554A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−133242(P2012−133242)
【出願日】平成24年6月12日(2012.6.12)
【分割の表示】特願2009−181822(P2009−181822)の分割
【原出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】