説明

乳加熱臭の生成抑制方法とその用途

【課題】 乳又は乳製品における乳加熱臭の発生を抑制する簡便で効率的な方法とその用途を確立することを課題とする。
【解決手段】 乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることを特徴とする乳加熱臭の生成抑制方法とα−グリコシルトレハロースを有効成分として含有する乳加熱臭生成抑制剤、及び、この方法を用いた乳加熱臭の生成が抑制された乳又は乳製品の製造方法を提供することにより上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳加熱臭の生成抑制方法に関し、詳細には、牛乳など哺乳類由来の乳又はこれらを利用した乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることを特徴とする乳加熱臭の生成抑制方法とその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳、練乳、粉末乳、乳菓、アイスクリーム、発酵乳、乳飲料などの乳又はこれを利用した乳製品の製造工程において、加熱は最も重要な工程であり、加熱によって微生物を殺菌すること及び酵素を不活性化することによって、消費者に安全で良質の乳又は乳製品を提供することができる。例えば、牛乳の場合の加熱殺菌法は、通常、72乃至85℃で15秒間以上または120乃至130℃で1乃至4秒間行なわれ、さらに、常温保存可能品の場合、140℃で4秒間の滅菌が行なわれる。しかしながら、一般に、乳清タンパク質は加熱によって熱変性し、タンパク質に含まれるSH基が活性化し、揮発性の硫化物であるジメチルスルフィドやジメチルジスルフィドが生成し、これらに起因する乳特有の加熱臭(以下、本明細書では乳加熱臭と呼称する)が発生する。乳加熱臭は、酸化臭とともに不快なものであり、乳又は乳製品にとって品質上好ましくない。
【0003】
一方、乳加熱臭を低減する方法として、低温で殺菌する方法、即ち、62乃至65℃で30分間の熱処理をする低温長時間殺菌法が知られているものの、この方法は処理時間が長く、非能率的であり多量の乳又は乳製品を処理することができないだけでなく、殺菌時間が長時間にわたり乳質の劣化も起こし易く、ごく一部にしか用いられていない。また、加熱が不十分な場合、乳又は乳製品中の病原性菌が完全に殺菌できず、安心して出荷できる製品とすることができない。また、特許文献1には、牛乳中の溶存酸素を不活性の窒素ガスと置換することにより低減させ、加熱殺菌中のジメチルスルフィドやジメチルジスルフィドの生成を抑制する方法が開示されている。しかしながら、この方法には、特殊な窒素ガス置換装置を必要とするという問題点がある。このように、乳又は乳製品においては、十分な加熱処理によって発生する乳加熱臭の生成を抑制し、乳又は乳製品本来の新鮮な香りを保つための、より簡便で新しい技術は従来存在しなかった。
【0004】
【特許文献1】特許第3091742号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、乳又は乳製品における乳加熱臭の発生を抑制する簡便で効率的な方法とその用途を確立することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記の課題を解決するために、糖質の利用に着目し、鋭意研究を続けてきた。即ち、乳の代表例として生鮮牛乳を用い、これに各種糖質を共存させ、生鮮牛乳からのジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィドの生成に与える各種糖質の影響を調べた。その結果、意外にも、α−グリコシルトレハロースが他の糖質に比較してジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィド自体の生成を顕著に抑制し、乳加熱臭の発生を著しく抑制することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明は、乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることを特徴とする乳加熱臭の生成抑制方法とα−グリコシルトレハロースを有効成分として含有する乳加熱臭生成抑制剤、及び、この方法を用いた乳加熱臭の生成が抑制された乳又は乳製品の製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の乳加熱臭の生成抑制方法によれば、加熱工程を含む乳又は乳製品の製造において、乳加熱臭の生成を効果的に抑制することができる。また、本発明の方法は、牛乳のみならず、他の哺乳類の乳、更にはこれらの乳を利用した乳製品の製造においても有用である。さらに、本発明のα−グリコシルトレハロースを有効成分とする乳加熱臭の生成抑制剤及びα−グリコシルトレハロースを含有せしめることを特徴とする本発明の乳又は乳製品の製造方法によれば、乳加熱臭の生成が抑制された高品質の乳又は乳製品を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明でいう乳とは、最も一般的な均質化(ホモジナイズ)乳にのみ限定されず、生乳や、ビタミン及び又はミネラルを強化した加工乳、さらには、還元乳と呼称される、全粉乳、濃縮乳、脱脂粉乳又はバターなどを溶解して調製される加工乳をも含む。
【0010】
本発明でいう乳製品とは、乳を原材料とした加工品全般を意味する。例えば、バター、チーズ、クリーム、濃縮ホエイ、アイスクリーム類、濃縮乳、脱脂乳、加糖練乳、加糖脱脂練乳、全粉乳、脱脂全粉乳、クリームパウダー、バターミルクパウダー、加糖粉乳、調製粉乳、発酵乳、粉末発酵乳、乳酸菌飲料、粉末乳酸菌飲料、コーヒーミルク、フルーツミルクなどの乳飲料などが挙げられる。
【0011】
本発明で用いるα−グリコシルトレハロースは、乳加熱臭の生成を抑制できるものであればよく、その由来、性状は問わない。本発明でいうα−グリコシルトレハロースとは、α−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース、α−マルトトリオシルトレハロースなどの、末端にトレハロース構造を有するトレハロースの糖質誘導体の総称であり、例えば、特開平7−143876号公報等に開示される方法で製造されるα−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース、α−マルトトリオシルトレハロースや、特開平7−291986号公報に開示される結晶マルトシルグルコシド(α−グルコシルトレハロース)、特開平7−291987号公報に開示される結晶マルトテトラオシルグルコシド(α−マルトトリオシルトレハロース)などを適宜利用することができる。
【0012】
本発明で使用するα−グリコシルトレハロースは必ずしも高純度の製品に限定されず、例えば、α−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース、α−マルトトリオシルトレハロースなど複数種のα−グリコシルトレハロースの混合物、また、乳加熱臭の生成抑制に支障がない限り、α−グリコシルトレハロースとともに他の糖質、例えば、グルコース、マルトース、マルトトリオース、マルトテトラオースなどの還元性糖質、トレハロース、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、マルトテトライトールなどの非還元性糖質を含有するα−グリコシルトレハロース含有糖組成物も乳加熱臭の生成抑制剤として有利に利用できる。さらには、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン、又はそれらの糖誘導体などのシクロデキストリン類等の1種又は2種以上と併用することも随意である。市販されているα−グリコシルトレハロース含有糖組成物としては、α−マルトシルトレハロース含有水飴(登録商標「ハローデックス」、株式会社林原商事販売、固形物当たりα−マルトシルトレハロースを約53%、α−グルコシルトレハロースを約4%、α−マルトトリオシルトレハロースを約1%含有)が有利に利用できる。
【0013】
また、α−グリコシルトレハロースとともに酸味料を併用して、乳又は乳製品のpHを酸性側に、望ましくはpH2乃至pH6附近、更に望ましくは、pH3乃至5附近に保って、乳加熱臭の生成抑制効果を高めることも有利に実施できる。酸味料としては、酢酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸などの有機酸の使用が望ましく、必要ならば、無機酸を用いることもできる。更に必要に応じて、香辛料、アミノ酸系、核酸系旨味料、清酒、みりん、ワイン、ブランディー等の酒類、ペクチン、アルギン酸、プルラン等の水溶性多糖類、食塩、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、リン酸塩等の無機塩等から選ばれる1種又は2種以上を併用して矯臭効果を発揮させることも随意である。また、上記の各種成分をα−グリコシルトレハロースとともに予め配合し、乳加熱臭の生成抑制剤とすることも有利に実施できる。
【0014】
本発明の乳加熱臭の生成抑制方法において、乳又は乳製品に含有せしめるα−グリコシルトレハロースの量は、通常、乳又は乳製品に含まれる乳固形分当たり、約6質量%以上約500質量%未満、望ましくは、約10質量%以上約400質量%未満、更に望ましくは、約50質量%以上約300質量%未満が良く、均一に含有せしめるのが好適である。乳製品中の乳固形分に対するα−グリコシルトレハロースの含有量が6質量%未満では、通常、ジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィドの生成に起因する乳加熱臭の生成抑制効果が不充分で、500質量%以上では、得られる製品の甘味が強くなり過ぎる。しかし、乳又は乳製品に甘味が付いてもかまわない場合、又は甘味の付くのがむしろ好ましい場合、例えば、乳製品がアイスクリーム、スナック食品、菓子等の場合には、乳固形分当たり500質量%を越えて含有させることも有利に実施できる。
【0015】
本発明でいう含有せしめるとは、共存させることをいい、乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることによって、加熱により生成するジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィドに起因する乳加熱臭の生成が抑制された乳又は乳製品を製造できればよく、含有せしめる方法は問わない。望ましくは、乳又は乳製品に対して、α−グリコシルトレハロースを水性媒体でできるだけ均一に含有せしめるのがよい。例えば、目的とする乳製品が、液状乃至ペースト状物のような多汁状態である場合には、これにα−グリコシルトレハロースを粉末、結晶等の固状状態で、できるだけ均一に混合溶解して含有せしめるか、又は、シラップ状状態で、できるだけ均一に混合して含有せしめればよい。
【0016】
また、乳製品が固状である場合には、これを水で液状乃至ペースト状物のような多汁状態にした後、含有せしめるか、又はα−グリコシルトレハロースをシラップ状態とし、これに乳製品を、分散、溶解乃至懸濁し、できるだけ均一になるように含有せしめればよい。
【0017】
乳又は乳製品を製造するに際し、原料乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめ、次いで、常法に従って加熱処理又は噴霧乾燥など加熱を含む処理を施すことにより、目的とする乳加熱臭の生成が抑制された乳又は乳製品を製造することができる。また、乳又は乳製品を保存する際にも、乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有させることにより、乳加熱臭の生成を抑制することができ、その鮮度を長期間安定に保持できる。さらに、α−グリコシルトレハロースには蛋白質の変性や脂質の変敗を抑制する作用があり、乳製品の製造時における乳成分の加熱処理による変性や変敗、保存時における変性や変敗を著しく抑制する作用がある。一方、乳の酸化臭は、乳に含まれる脂質の変敗が原因であり、乳加熱臭とともに生乳や加工乳にとって品質上好ましくない臭気であるところ、本発明で用いるα−グリコシルトレハロースは、乳製品の脂質の変敗を抑制し、酸化臭の生成を抑制することができる。
【0018】
以上述べてきたように、本発明の方法により、乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめて調製した乳製品は、殺菌・滅菌、濃縮、粉末化などの熱加工処理を加えた場合、又は、製品を流通又は保存する場合においても、乳加熱臭が抑制されており、良好な風味を長時間維持することができる。
【0019】
以下、実験により本発明を詳細に説明する。
【0020】
<実験:牛乳におけるジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィドの生成に及ぼす各種糖質共存の影響>
生鮮牛乳に各種糖質を、生鮮牛乳中の乳固形分を10質量%として、乳固形分当たり無水物換算で終濃度10、20、50又は100質量%になるよう添加・溶解し、糖質含有牛乳を調製した。それぞれの2mlを20ml容バイアル瓶にそれぞれ採取し、ブチルゴム栓で密栓後、130℃で1分間加熱した。糖質としては、α−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース含有水飴(登録商標『ハローデックス』、株式会社林原商事販売、固形物当たりα−マルトシルトレハロースを約53%、α−グルコシルトレハロースを約4%、α−マルトトリオシルトレハロースを約1%含有)、スクロース、マルトース、マルトトリオース、又はマルトテトラオースを用いた。バイアル瓶を流水中で冷却した後、予熱したヒートブロック装置で80℃、5分間加温し、そのヘッドスペースガス(HSG)1mlをガスシリンジにて採取し、ガスクロマトグラフィー(以下、GCと略称する。)によりHSG中のジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィド濃度を測定した。なお、本実験では、HSG中のジメチルスルフィド濃度とジメチルジスルフィド濃度の合計を総揮発性硫化物濃度とした。GCは、水素炎イオン化検出器を装着したガスクロマトグラフ(島津製GC−14A)に、カラムとしてGLサイエンス社製DB−1キャピラリーカラムを用い、キャリアーガスとしてヘリウムガスを流速1ml/分で流し、50℃で定温分析した。結果を表1に示した。
【0021】
【表1】

【0022】
表1の結果から明らかなように、牛乳の加熱時に乳固形分当たり10、20、50又は100質量%のα−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース又はα−マルトシルトレハロース含有水飴を共存させた試験系における総揮発性硫化物濃度は、対照(糖質無添加系)のそれぞれ約75%以下、約60%以下、約40%以下又は約20%以下となり、用量依存的にジメチルスルフィド及びジメチルジスルフィドなど揮発性硫化物の生成を抑制した。とりわけ、α−マルトシルトレハロース含有水飴は、固形分当たりのα−グリコシルトレハロース含量が約60%と少ないため、乳固形当たりα−マルトシルトレハロース含有水飴を10質量%用いた試験系では、乳固形分当たりのα−グリコシルトレハロース量は約6質量%となるにもかかわらず、揮発性硫化物の生成抑制効果はα−グルコシルトレハロース又はα−マルトシルトレハロースを単独で使用した場合と同等であった。この理由としては、α−マルトシルトレハロース含有水飴中に含まれる他の糖質による何らかの相乗効果が考えられた。これに対して、スクロース、マルトース、マルトトリオース又はマルトテトラオースを共存させた試験系では、その抑制効果は全く認められなかった。また、実際に各試料のHSGの臭いを嗅いで、乳加熱臭を対照と比較したところ、α−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース又はα−マルトシルトレハロース含有水飴を共存させた試験系では、明らかに不快臭が低減していた。
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0024】
<乳加熱臭の生成抑制剤>
濃度20質量%のとうもろこし澱粉乳に最終濃度0.1質量%となるように炭酸カルシウムを加えた後、pH6.5に調製し、これにα−アミラーゼ(ノボ社製造、商品名「ターマミール60L」)を澱粉グラム当たり0.2%になるように加え、95℃で15分間作用させた。その反応液を、120℃で10分間オートクレーブした後、50℃に冷却し、pHを5.8に調製後、特開昭63−240784号公報に開示されたマルトテトラオース生成アミラーゼ(株式会社林原生物化学研究所製造)を澱粉グラム当たり5単位と、イソアミラーゼ(株式会社林原生物化学研究所製造)を澱粉グラム当たり500単位となるように加え、48時間反応させ、これにα−アミラーゼ(上田化学株式会社製造、商品名「α−アミラーゼ2A」)を澱粉グラム当たり30単位加え、更に65℃で4時間反応させた。その反応液を120℃で10分間オートクレーブし、次いで、45℃に冷却し、特開平7−143876号公報に開示されたアルスロバクター・スピーシーズQ36(FERM BP−4316)由来の非還元性糖質生成酵素を澱粉グラム当たり2単位の割合になるように加え、48時間反応させた。その反応液を95℃で10分間保った後、冷却し、濾過して得られる濾液を、常法に従って活性炭で脱色し、H型及びOH型イオン交換樹脂により脱塩して精製した糖化液を更に濃縮して、濃度約70質量%のシラップを、無水物換算で、収率約90%で得た。本品は無水物換算で、α−グリコシルトレハロースとして、α−マルトシルトレハロースを52.5%含有しており、他に、α−グルコシルトレハロースを4.1%、α−マルトトリオシルトレハロースを1.1%、それ以外のα−グリコシルトレハロースを0.4%含有していた。本品は、乳加熱臭の生成抑制剤として各種乳又は乳製品の製造に有利に利用できる。
【実施例2】
【0025】
<乳加熱臭の生成抑制剤>
実施例1の方法で脱塩・精製し調製した糖化液を、塩型強酸性カチオン交換樹脂(ダウケミカル社販売、商品名「ダウエックス50W−X4」、Mg2+型)を用いたカラムクロマトグラフィーに供した。樹脂を内径5.4cmのジャケット付ステンレスカラム4本に充填し、直列につなぎ樹脂層全長20mとした。カラム内温度を55℃に維持しつつ、上記糖化液を樹脂に対して5v/v%加え、これに55℃の温水をSV0.13で流して分画し、グルコース及びマルトース高含有画分を除去し、α−グリコシルトレハロース高含有画分を回収し、更に精製、濃縮後、噴霧乾燥して非晶出のα−グリコシルトレハロース高含有糖質粉末を調製した。本品は、無水物換算で、α−マルトシルトレハロース70.2%を含有しており、他に、α−グルコシルトレハロース6.1%、α−マルトトリオシルトレハロース2.1%、それ以外のα−グリコシルトレハロース4.1%を含有していた。本品は、乳加熱臭の生成抑制剤として各種乳又は乳製品の製造に有利に利用できる。
【実施例3】
【0026】
<乳加熱臭の生成抑制剤>
実施例1の方法で得た濃度約70質量α−グリコシルトレハロース含有シラップを固形分濃度約60質量%に水で希釈した。次いで、これをオートクレーブに入れ、触媒としてラネーニッケルを固形分に対し約9質量%添加し、攪拌しながら温度を130℃に上げ、水素圧を75kg/cmに上げて水素添加して、α−グリコシルトレハロース含有シラップに含まれるグルコース、マルトースなどの還元性糖質を、それらの糖アルコールに変換した。この反応液からラネーニッケルを除去し、常法により脱色、脱塩して精製し、濃縮して濃度約70質量%のシラップを得た。本品は無水物換算で、α−グリコシルトレハロースとして、α−マルトシルトレハロースを53.5%含有しており、他に、α−グルコシルトレハロースを3.8%、α−マルトトリオシルトレハロースを1.0%、それ以外のα−グリコシルトレハロースを0.4%、糖アルコールを41.3%含有していた。本品は、乳加熱臭の生成抑制剤として各種乳又は乳製品の製造に有利に利用できる。
【実施例4】
【0027】
<加糖練乳>
生鮮牛乳100質量部に実施例1の方法で得た乳加熱臭の生成抑制剤25質量部、無水結晶マルチトール(登録商標『マビット』、株式会社林原商事販売)5質量部を加え、この混合物を、湯煎で適宜かきまぜながら当初の容量の4割になるまで煮詰め、次いで、氷水で冷却して加糖練乳を調製した。本品は、従来の加糖練乳とは異なり、砂糖に替えて乳加熱臭の生成抑制剤としてのα−グリコシルトレハロース含有シラップを用いていることから、加熱による乳加熱臭の生成が抑制された高品質の加糖練乳である。本品は各種乳飲料やアイスクリームの原料として有利に利用できる。
【実施例5】
【0028】
<加糖粉乳>
生鮮牛乳100質量部に対して実施例2の方法で調製した乳加熱臭の生成抑制剤2質量部、含水結晶トレハロース(登録商標『トレハ』、株式会社林原商事販売)4質量部を溶解後、約50℃に加温して原料牛乳の容量が1/3になるまで減圧濃縮し、常法により噴霧乾燥して加糖粉乳を調製した。本品は、固形分当たり約18質量%のα−グルコシルトレハロースを含有しており、加熱処理を含む噴霧乾燥工程を経ているにもかかわらず乳加熱臭の生成が抑制された高品質の加糖粉乳である。本品は各種飲食物の原料やコーヒー用の粉乳として有利に利用できる。
【実施例6】
【0029】
<乳含有果汁飲料>
実施例2の方法で調製した乳加熱臭の生成抑制剤100質量部及び砂糖30質量部を水265質量部に溶解した後、アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売、商品名「AA2G」)1質量部、無水結晶マルチトール(登録商標『マビット』、株式会社林原商事販売)20質量部、0.5%コレカルシフェロール粉末0.005質量部を加え、これに牛乳100質量部、濃縮ミカン果汁(3倍濃縮品)170質量部、クエン酸15質量部、オレンジ香料1質量部を加え、80℃で5分間殺菌し、濃縮タイプの乳含有果汁飲料を調製した。本品は、加熱殺菌工程を経ているにもかかわらず乳加熱臭の生成が抑制された高品質の乳含有果汁飲料である。
【実施例7】
【0030】
<ラクトアイス>
ヤシ油3質量部、脱脂粉乳4質量部、実施例3の方法で得た乳加熱臭の生成抑制剤20質量部、スクラロース0.05質量部、安定剤0.3質量部、乳化剤0.3質量部、水75質量部を約70℃で混合し、均質化(12,000rpmで10分間ホモジナイズ)した後、70℃で30分間殺菌した。これを冷却し、5℃で一晩エージングした。次いで、これにバニラエッセンス0.3質量部を混合し、フリージングした。オーバーラン50%の操作を行い、カップ取りの後、−40℃の冷凍庫で24時間保持して硬化させ、ラクトアイスを調製した。本品は、加熱による乳加熱臭の生成が抑制された高品質のラクトアイスである。
【実施例8】
【0031】
<缶コーヒー>
焙煎したコーヒー豆約100質量部を粉砕し、これを沸騰水約1,000質量部で抽出し、コーヒー抽出液約860質量部を得た。本液約450質量部と牛乳50質量部、グラニュー糖20質量部、実施例3の方法で得た乳加熱臭の生成抑制剤100質量部、及び適量の重曹を含む水約380質量部を均一に混合してpH約6.5のミルクコーヒーを調製した。次いで、これを常法に従って缶に充填した後、123℃で20分間加熱滅菌し、水冷して缶コーヒーを製造した。本品は香り、味とも良好であり、また、加熱による乳加熱臭の生成が抑制された高品質のコーヒーである。
【実施例9】
【0032】
<ヨーグルト>
牛乳80質量部にグラニュー糖6質量部及び安定剤(商品名「NEWGELIN X−04086Y」、中央フーズマテリアル株式会社販売)0.3質量部を添加し、加温しつつ混合した。次いで、これに実施例1の方法で得た乳加熱臭の生成抑制剤9質量部を加え、ホモミキサーにて5,000rpm、5分間攪拌・溶解した後、90℃で10分間保持して殺菌した。冷却後、スターターとしてのヨーグルト5質量部、及びヨーグルトフレーバー0.1質量部をさらに加え、ホモミキサーにて5,000rpm、5分間攪拌・混合した。これを容器に充填し、35℃で一晩発酵させた後、冷蔵し、ヨーグルトを調製した。本品は、加熱による乳加熱臭の生成が抑制されており、また、控えめな甘さとほのかな酸味が調和した高品質のヨーグルトである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
上記したように、本発明は、乳又は乳製品製造時に、乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることにより、ジメチルスルフィドやジメチルジスルフィドに起因する乳加熱臭の生成を抑制する方法を提供するものである。この方法によれば、乳加熱臭の生成が抑制された風味の良い乳又は乳製品を製造することが可能となり、乳製品、飲食品などの分野に与える産業的意義は極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめることを特徴とする乳加熱臭の生成抑制方法。
【請求項2】
α−グリコシルトレハロースが、α−グルコシルトレハロース、α−マルトシルトレハロース及び/又はα−マルトトリオシルトレハロースである請求項1記載の乳加熱臭の生成抑制方法。
【請求項3】
乳加熱臭の成分が、ジメチルスルフィド及び/又はジメチルジスルフィドである請求項1又は2記載の乳加熱臭の生成抑制方法。
【請求項4】
乳又は乳製品を、α−グリコシルトレハロースの共存下で加熱及び/又は乾燥処理又は保存することを特徴とする乳加熱臭の生成抑制方法。
【請求項5】
乳固形分当たり、α−グリコシルトレハロースを合計で約6質量%以上含有せしめることを特徴とする請求項1乃至4記載のいずれかに乳加熱臭の生成抑制方法。
【請求項6】
α−グリコシルトレハロースを有効成分とする乳加熱臭の生成抑制剤。
【請求項7】
原料乳又は乳製品にα−グリコシルトレハロースを含有せしめ加熱処理工程を経て製造することを特徴とする乳加熱臭の生成が抑制された乳又は乳製品の製造方法。

【公開番号】特開2006−94856(P2006−94856A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−248298(P2005−248298)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】