説明

低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス

【課題】ポリエステルイミドを主体とする絶縁層で低誘電率化を図った絶縁電線、及び低誘電率の絶縁膜を形成できるポリエステルイミド樹脂系ワニスを提供する。
【解決手段】多価カルボン酸の無水物、ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル、及び芳香族モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを含むカルボン酸類;アルコール類;並びにジアミン化合物を反応させてなるポリエステルイミド樹脂を主成分とする低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルイミド樹脂系ワニス及びこれを用いた絶縁電線に関し、より詳しくは、部分放電(コロナ放電)開始電圧の高いポリエステルイミド系絶縁被膜形成のためのワニス及び当該絶縁被膜を有する絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁被膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電の発生により、局部的な温度上昇や、オゾン、イオンの発生が引き起こされる。その結果、絶縁被膜が侵され、早期に絶縁破壊を生じ、絶縁電線ひいては電気機器の寿命が短くなるという問題があった。
【0003】
絶縁電線の絶縁被膜には、優れた絶縁性、導体に対する優れた密着性、高い耐熱性、機械的強度等が求められているが、適用電圧が高い電気機器に使用される絶縁電線には、前記の理由により、さらにコロナ放電開始電圧の向上も求められる。
【0004】
コロナ放電開始電圧を上げる工夫として、絶縁層の低誘電率化が挙げられる。例えば、ポリイミド樹脂やフッ素樹脂は低誘電率であり、これらの材料で絶縁層を形成することにより、コロナ放電開始電圧を高くできることが知られている。また、特許文献1(特開2009−277369号公報)には、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を絶縁層として使用した絶縁電線が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2009−277369号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
絶縁層に低誘電率材料を用いる方法は、コロナ放電開始電圧の向上に有効であるが、絶縁層については、絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度に対する要求も充足する必要がある。また材料コストも材料選定において重要な要素である。
【0007】
ポリイミド樹脂は、低誘電率であり、耐熱性、機械的強度等に優れているが、高コスト材料であるため、絶縁電線の高価格化の原因となる。また、フッ素樹脂は低誘電率ではあるが、柔らかく耐熱性や機械的強度に劣り絶縁層として使用する場合には用途が限られてしまう。特許文献1に記載の絶縁材料は、誘電率、機械的特性のバランスがとれているが、ポリエーテルスルホン等の熱可塑性エンジニアリングプラスチックは熱硬化しないため、耐熱性に劣る欠点があり、用途によっては特性が不十分な場合もある。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ポリエステルイミドを主体とする低誘電率絶縁層を形成できるワニス及び当該ワニスを用いた絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニスは、多価カルボン酸の無水物、ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル、並びに芳香族モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを含むカルボン酸類;アルコール類;並びにジアミン化合物を反応させてなるポリエステルイミド樹脂を主成分とする。
【0010】
前記芳香族モノカルボン酸は、安息香酸であることが好ましい。また、前記カルボン酸類における前記芳香族モノカルボン酸の含有率は、5〜20モル%であることが好ましい。
【0011】
前記カルボン酸類のカルボキシル基に対する前記アルコール類の水酸基のモル比率(OH/COOH)は1.2〜2.7であることが好ましく、前記エステル部分に対するイミド酸部分の含有率比(イミド/エステル)は0.2〜1.0であることが好ましい。
【0012】
本発明の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニスは、さらに、フェノール樹脂類を含有してもよい。
【0013】
本発明の絶縁電線は、以上のような本発明の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニスを、導体に塗布、焼きつけてなる絶縁被膜を有するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニスは、ポリエステルイミド樹脂の原料として用いるカルボン酸類の一部に、芳香族香モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを用いることで、合成されるポリエステルイミド樹脂中の水酸基の含有割合を低減することができる。分極の大きい水酸基の含有率を低減したポリエステルイミド樹脂を用いているので、形成されるポリエステルイミド被膜の誘電率の低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】誘電率の測定方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0017】
〔ポリエステルイミド樹脂系ワニス及びその製造方法〕
はじめに本発明のポリエステルイミドワニスに用いるポリエステルイミド樹脂の合成について説明する。
【0018】
<ポリエステルイミド樹脂>
ポリエステルイミド樹脂とは、分子内にエステル結合とイミド結合を有する樹脂で、カルボン酸無水物とアミンから形成されるイミド、アルコールとカルボン酸又はそのアルキルエステルから形成されるポリエステル、そして、イミドの遊離酸基または無水基がエステル形成反応に加わることで形成される。このようなポリエステルイミド樹脂は、イミド化、エステル化、エステル交換反応が生じるような条件で合成される。従って、ポリエステルイミド原料モノマーとしては、カルボン酸類(カルボン酸無水物、カルボン酸又はそのアルキルエステル)、ジアミン化合物、アルコール類が用いられる。
【0019】
本発明で用いられるポリエステルイミド樹脂は、ポリエステルイミド原料モノマーのうち、カルボン酸類として、多価カルボン酸の無水物、ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル、並びに芳香族モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを含むカルボン酸類を用いるところに特徴がある。以下、原料モノマーについて説明する。
【0020】
(1)カルボン酸類
(1−1)多価カルボン酸の無水物
多価カルボン酸の無水物としては、カルボキシル基2個から1分子の水が失われて、2つのアシル基が1個の酸素原子を共有する化合物の他、フリーのカルボキシル基を1つ以上残している化合物が好ましく用いられる。従って、ジカルボン酸の無水物の他、カルボキシル基を3つ以上有する多価カルボン酸の2つのカルボキシル基が脱水反応により酸無水物となった化合物が含まれる。
【0021】
上記ジカルボン酸の酸無水物としては、マレイン酸無水物、フタル酸無水物などを用いることができる。
3価以上の多価カルボン酸の無水物としては、トリメリット酸無水物、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−(2,2−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物(6FDA)等の芳香族テトラカルボン酸二無水物などが挙げられる。これらのうち、トリメリット酸無水物(TMA)が好ましく用いられる。
【0022】
以上のような多価カルボン酸の無水物は、1種又は2種以上混合して用いることができる。これらの酸無水物は、主として、ジアミン化合物と反応して、イミド、イミド酸を形成する。
(1−2)ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル
ジカルボン酸としては、従来よりポリエステルイミド原料モノマーとして用いられているジカルボン酸、具体的には、テレフタル酸、イソフタル酸等の単環芳香族ジカルボン酸が好ましく、より好ましくはテレフタル酸(TPA)用いられる。
【0023】
この他、一般には用いられていないが、ナフタレンジカルボン酸等の多核芳香族ジカルボン酸、シクロヘキシルジカルボン酸等の脂環族ジカルボン酸のような、テレフタル酸(分子量166)よりも高分子量のジカルボン酸を用いてもよい。
【0024】
以上のようなジカルボン酸は、アルキルエステルとして用いてもよい。
ジカルボン酸のアルキルエステルとは、上記のようなジカルボン酸のフリーのカルボキシル基のアルキルエステルが用いられる。アルキルエステルとしては、通常、炭素数1〜6程度のアルキルエステルが好ましく用いられ、好ましくはジメチルテレフタレート、ジメチルイソフタレート等のジメチルエステルである。これらのジカルボン酸のアルキルエステルは、単独で又はジカルボン酸とともに用いることができる。
【0025】
これらのアルキルエステルは、ジカルボン酸と同様に、ポリエステルイミド樹脂の合成反応、特にエステル化反応、エステル交換反応に関与することにより、ジカルボン酸と同様に、ポリエステルイミド分子鎖に組み入れられる。
【0026】
(1−3)芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステル
本発明で用いられる芳香族モノカルボン酸とは、安息香酸;トルイル酸、クロロ安息香酸、ブロモ安息香酸、ニトロ安息香酸、ジニトロ安息香酸、メトキシ安息香酸などの安息香酸誘導体;γ−フェニル酪酸、フェニルプロパン酸、3−(p−クロロフェニル)ブタン酸などの炭素数2〜6の低級脂肪酸のフェニル基置換体などが挙げられ、これらは1種又は2種以上混合して用いてもよい。
【0027】
芳香族モノカルボン酸のアルキルエステルとしては、炭素数1〜6の低級脂肪族アルキルエステルが用いられ、好ましくはメチルエステルである。このような芳香族モノカルボン酸は、単独であるいは芳香族モノカルボン酸と併用して用いることができる。
以上のような芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステルのうち、安息香酸、安息香酸メチルが好ましく用いられ、より好ましくは安息香酸である。
【0028】
このような芳香族モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルは、ジカルボン酸又はそのアルキルエステルと同様にエステル化反応に関与するものの、分子中にカルボキシル基が1個しかないため、ポリエステルイミド合成反応において、アルコール類とエステル化反応した後、分子鎖の反応末端を封止することになり、分子鎖の伸長が一旦そこで停止することになる。一方、エステル化反応は、可逆反応で、エステル交換反応が同時に起こっていることから、反応末端となったモノカルボン酸の反応残基は、ジカルボン酸若しくはそのアルキルエステルとエステル交換反応する。これにより、一旦反応末端封止により伸長反応が停止していたポリエステルイミド合成反応の再開が可能になるので、低分子量のポリエステルイミド分子鎖が多量に合成されることを防止できる。
【0029】
カルボン酸類におけるモノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルの総量としての含有率は、5〜20モル%、好ましくは10〜15モル%とすることが好ましい。モノカルボン酸の含有率が高くなりすぎると、反応末端がモノカルボン酸又はそのアルキルエステルで封止された分子鎖の割合が増大しすぎ、結果として、低分子量のポリエステルイミドの合成割合が高くなりやすく、ひいてはポリエステルイミド樹脂膜の強度低下の原因となるからである。一方、5モル%未満では、モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル配合による効果を期待しにくいからである。
【0030】
(2)ジアミン
ジアミンとしては、従来よりポリエステルイミド樹脂系ワニスの分野で用いられているジアミン、具体的には、4,4’−メチレンジフェニルジアミン(MDA)、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、1,4−ジアミノナフタレン、へキサメチレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン等を用いることができ、これらのうち、芳香族アミンが好ましく、特に4,4’−ジアミノジフェニルメタンが好ましく用いられる。
【0031】
ジアミンの少なくとも一部、好ましくは50モル%以上、より好ましくは80モル%以上、さらに好ましくは100モル%、分子量250以上のジアミン化合物を用いてもよい。分子量が大きいジアミンを、ポリエステルイミド原料モノマーの少なくとも一部に用いることで、合成されるポリエステルイミド分子鎖の単位分子量当たりに含まれるイミド基の含有率を下げることができる。イミド基形成成分であるジアミンについて高分子量のジアミンを用いることにより、ポリエステルイミド分子鎖あたりのイミド基含有率を低減でき、これにより誘電率を小さくできる。
【0032】
分子量250以上のジアミン化合物としては、特に限定しないが、芳香族ジアミンが好ましく用いられる。具体的には、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(Mw=292.33)、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(Mw=368.43)、1,1−ビス{4−(4−アミノフェノキシ)フェニル}シクロヘキサン(Mw=450.59)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ナフタレン(Mw=342.40)、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)アダマンタン(Mw=350.45)、2,2−ビス{4−(4−アミノフェノキシ)フェニル}プロパン(Mw=410.51)、2,2−ビス{4−(4−アミノフェノキシ)フェニル}ヘキサフルオロプロパン(Mw=518.45)、ビス{4−(4−アミノフェノキシ)フェニル}スルホン(Mw=432.49)、4,4’−ジアミノ−2,2’−ビス(トリフルオロメチル)ジフェニルエーテル(Mw=336.23)、ビス{4−(4−アミノフェノキシ)フェニル}ケトン(Mw=396.44)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)2,3,5−トリメチルベンゼン(Mw=334.41)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)2,5−ジ−t−ブチルベンゼン(Mw=404.54)、1,4−ビス{4−アミノ−2−(トリフルオロメチル)フェノキシ}ベンゼン(Mw=428.33)、2,2−ビス[4−{4−アミノ−2−(トリフルオロメチル)フェノキシ}フェニル]ヘキサフルオロプロパン(Mw=654.45)、4,4’−ジアミノ−2−(トリフルオロメチル)ジフェニルエーテル(Mw=268.23)、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ネオペンタン(Mw=286.37)、2,5−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(Mw=368.43)、9,9’−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン(Mw=348.44)などを用いることができ、これらは単独又は2種以上組合せて用いることができる。
【0033】
(3)アルコール類
アルコール類としては、例えば、エチレングリコール、ネオペンチルルグリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,6−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール;グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の3価以上のアルコール;イソシアヌレート環を有するアルコールなどが挙げられる。イソシアヌレート環を有するアルコールとしては、トリス(ヒドロキシメチル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、トリス(3−ヒドロキシプロピル)イソシアヌレート等が挙げられる。これらの多価アルコールは単独又は2種以上組み合わせて用いてもよいが、耐熱性付与の観点から、イソシアヌレート環を有するアルコールと低級アルコールとの組み合わせを用いることが好ましい。より好ましくはTHEICとエチレングリコールの組み合わせである。さらに好ましくは、エチレングリコール(EG)に対するTHEICのOH基モル比率(THEIC/EG)が0.5〜4.0となる割合での組み合わせである。
【0034】
以上のようなポリエステルイミド原料モノマーを用いる、ポリエステルイミドの製造方法は特に限定しない。例えば、(1)ポリエステルイミド原料モノマー(例えば、カルボン酸類、ジアミン、アルコール類)を一括投入してイミド化及びエステル化を同時に行う方法;(2)イミド酸成分(カルボン酸無水物、ジアミン、及びこれらの反応物)以外のポリエステル形成成分(多価カルボン酸、モノカルボン酸又はこれらのアルキルエステル、及びアルコール類)を予め反応させたのち、イミド酸成分を添加してイミド化する方法などが挙げられる。
【0035】
上記製造方法のうち、合成の簡便さという点から、(1)の方法が好ましく用いられる。
ポリエステルイミド合成反応は、クレゾール等の有機溶剤存在下で行ってもよいし、無溶剤下で行ってもよい。イミドジカルボン酸が生成されると合成系の粘度が高くなることから、系内の制御が容易という点では溶剤存在下で合成することが好ましい。一方、無溶剤でのポリエステルイミド樹脂の合成によれば、系内におけるポリエステルイミド原料モノマーが高濃度に存在することになるため、反応の高速度化、高分子量化を期待できる。
【0036】
上記ポリエステルイミド形成成分の配合組成において、カルボキシル基に対する水酸基のモル比率(OH/COOH)(以下、この比率を「水酸基過剰率」と称することがある)は、特に限定せず、1.2〜2.7の範囲で配合することができる。好ましくは1.2〜2であり、より好ましくは1.5〜1.9である。本発明者らの見地によると、OH/COOHが増大するほど、ポリエステルイミド樹脂被膜の誘電率が高くなる傾向にあることが確認されている。このことは、分極の大きい水酸基がポリエステルイミド分子鎖末端となっている割合が高いためではないかと推測される。従って、ポリエステルイミド樹脂被膜の誘電率の低減のためには、水酸基過剰率を小さくすることが考えられるが、水酸基過剰率が低すぎる場合、特に1以下では、反応液の固化が激しく、攪拌することが実質的に不可能であることから、焦げ付きが発生しやすいという問題がある。溶剤を用いることでこれらの問題を解決することは可能であるが、分子量が上がりにくくなるという別の問題がある。さらに酸が過剰になると未反応の酸が残り、外観が悪化するという問題を惹起することになる。このような理由から、水酸基過剰率を1超、好ましくは上記範囲内としている。
【0037】
しかしながら、本発明のように、モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを含むことにより、一部の反応末端は、モノカルボン酸又はそのアルキルエステルが反応末端となるので、合成されるポリエステルイミド分子鎖末端のOH基の割合を少なくできる。その結果、水酸基過剰率が上記範囲内であっても、合成されるポリエステルイミド樹脂におけるOH基のような分極率の高い官能基の割合が少なくなり、結果として、ポリエステルイミド樹脂膜の誘電率を下げることができる。
【0038】
ここでいう水酸基量は、アルコール類に含まれる水酸基量で、配合量(モル)に官能基数を乗じた量として求められる。例えば、エチレングリコールは、1分子に2個のOH基を有することから2モル、THEICは1分子中に3個のOH基を有することから3モルで計算される。
カルボキシル基量は、エステルを形成するカルボキシル基の量をいい、具体的には、カルボン酸類であるジカルボン酸又はそのアルキルエステルの配合量(モル)、及び多価カルボン酸無水物に含まれるフリーのカルボキシル基量をいう。配合量(モル)に官能基数を乗じた量として求められ、ジカルボン酸は2モルで計算され、カルボキシル基がエステルとなっていても、ジカルボン酸と同等に扱って計算される。また、酸無水物の場合には、フリーのカルボキシル基の量のみが酸として、上記カルボキシル基のモル比率に計算される。例えば、トリメリット酸無水物の場合、1モルとして計算される。尚、ポリマー鎖末端の封止の役割を果たす芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステルは、ここでいうカルボキシル基量には算入されない。
【0039】
また、上記ポリエステルイミド原料モノマーの配合組成において、得ようとするポリエステルイミドのエステル結合に対するイミド結合のモル比(イミド/エステル)は特に限定せず、従来のポリエステルイミドにおけるイミド/エステル比の範囲である0.2〜1.0程度の範囲で配合すればよいが、好ましくは0.32〜1.0である。本発明者らの見地によると、イミド/エステル比を大きくすると、誘電率も低下する傾向にあること(特願特願2010−186880号参照)から、イミド/エステル比を0.32以上〜1.0とすることで、より誘電率を低くすることが可能となる。
【0040】
ここで、イミド量は、酸無水物とジアミンから合成されるイミド酸のモル比で、ジアミンの配合量(モル数)に官能基数(2)を乗じた量として求められる。
また、エステル量は、カルボン酸量として計算される。従って、前述の水酸基過剰率で算出したカルボキシル基量と等しい。
【0041】
(4)イソシアネート
ポリエステルイミド原料モノマーとしては、上記カルボン酸類、ジアミン、アルコール類の他、ジイソシアネートを含んでもよい。
ジイソシアネートとしては、例えば、ジフェニルメタン−4,4'−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3,3'−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4'−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4'−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4,4'−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4'−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネート、トリレン−2,6−ジイソシアネート、ナフチレン−1,5−ジイソシアネート、m−キシリレンジイソシアネート、p−キシリレンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネートを用いることができる。このようなジイソシアネートは、アルコール類と反応して、アミド、イミドの形成反応に関与することができる。
【0042】
本発明で用いられるポリエステルイミド樹脂の合成には、さらに触媒として、テトラブチルチタネート(TBT)、テトラプロピルチタネート(TPT)等のチタン系が用いられる。テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等のチタンアルコキシドが好ましく用いられる。触媒は、ポリエステルイミド原料モノマー100質量部あたり0.01〜0.5質量部(合成される樹脂分の0.01〜0.5重量%)配合することが好ましい。
【0043】
以上のようにポリエステルイミド原料モノマーを系内に投入し、加熱して、80〜250℃で反応させる。ポリエステルイミド原料モノマーの配合順序は特に限定せず、系内に一括投入してもよい。原料モノマーの反応は、溶剤存在下、不在下のいずれで行ってもよく、溶剤存在下で行う場合、溶剤希釈後、加熱し、80〜250℃で反応させればよい。
【0044】
反応の完了は、モノマー配合量から算出される留出水、樹脂量の計算値との一致を確認することにより知ることができる。
【0045】
以上のようにして合成されたポリエステルイミド樹脂を有機溶剤で希釈し、硬化剤、その他添加剤を添加して、ポリエステルイミドワニスを製造する。
【0046】
<有機溶剤>
希釈用溶剤としては、ポリエステルイミド樹脂系ワニスに従来より用いられている公知の有機溶剤を用いることができる。具体的には、N−メチルピロリドン、クレゾール酸、m−クレゾール、p−クレゾール、フェノール、キシレノール、キシレン、セロソルブ類などのポリエステルイミド樹脂を溶解できる有機溶剤が用いられる。有機溶剤による希釈は、不揮発分(固形分)が、40〜50質量%となるようにする。
【0047】
<硬化剤>
硬化剤としては、チタン系硬化剤、ブロックイソシアネートなどを用いることができる。
チタン系硬化剤としては、テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等が挙げられる。これらのチタン系硬化剤は、単独で用いてもよいし、塗料に用いられる有機溶剤と予め混合した混合液として配合してもよい。
【0048】
ブロックイソシアネートとしては、ジフェニルメタン−4,4'−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3,3'−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4'−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4'−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4,4'−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4'−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネート、トリレン−2,6−ジイソシアネート、ナフチレン−1,5−ジイソシアネート、m−キシリレンジイソシアネート、p−キシリレンジイソシアネート等が例示される。これらのうち、耐熱性を付与できるイソシアヌル環を有する化合物が好ましく用いられる。具体的には、住友バイウレタン社のCT stable、BL−3175、TPLS−2759、BL−4165などを用いることができる。
【0049】
<その他の成分>
本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスの製造においては、さらに、ワニスに求められる特性、例えば、耐熱性、可撓性などの向上のために、ポリエステルイミド樹脂以外の樹脂として、フェノール樹脂、キシレン樹脂、フェノール変性キシレン樹脂等のフェノール樹脂類、フェノキシ樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂などを添加してもよい。
さらに必要に応じて、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤等の各種添加剤を添加してもよい。
これらの添加剤添加後、さらに加熱してもよい。
【0050】
〔絶縁電線〕
本発明の絶縁電線は、上記本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスを絶縁被覆として用いたものである。
導体としては、銅や銅合金線、アルミニウム線などの金属導体が用いられる。導体の径やその断面形状は特に限定しないが、導体径が0.4mm〜3.0mmのものが一般に使用できる。
【0051】
本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスを、導体の表面に塗布し、焼付けにより絶縁皮膜を形成する。塗布、焼付けは、従来の絶縁電線の絶縁皮膜の形成と同様な方法、条件により行うことができる。塗布、焼付け処理を2回以上繰り返してもよい。また、本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスは、本発明の趣旨を損なわない範囲で、他の樹脂塗料とブレンドして用いることも可能である。
【0052】
ポリエステルイミド樹脂系ワニスの焼付は、300〜500℃程度の炉内を2〜4分間、通過させることにより行うことが好ましい。
【0053】
絶縁皮膜の厚みは、導体を保護する観点から、1〜100μmが好ましく、より好ましくは10〜50μmである。絶縁被膜が分厚くなりすぎると、絶縁電線の外径が大きくなり、ひいては絶縁電線を捲線したコイルの占積率が低下する傾向にあるからである。
【0054】
ポリエステルイミド樹脂系ワニスの絶縁被膜は、導体上に直接形成してもよいし、導体表面にまず下地層を形成し、その上に、ポリエステルイミド樹脂の絶縁被膜を形成してもよい。
下地層としては、たとえばポリウレタン系、ポリエステル系、ポリエステルイミド系、ポリエステルアミドイミド系、ポリアミドイミド系、ポリイミド系等、従来公知の種々の絶縁塗料の塗布、焼付けにより形成される絶縁膜が挙げられる。
【0055】
さらに、本発明のワニスを用いて形成されるポリエステルイミド皮膜の上層に上塗層を設けてもよい。特に、絶縁電線の外表面に、潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けることにより、コイル巻や占積率を上げるための圧縮加工時に電線間の摩擦により生じる応力、ひいてはこの応力により生じる絶縁皮膜の損傷を低減できるので好ましい。上塗層を構成する樹脂としては、潤滑性を有するものであればよく、例えば、流動パラフィン、固形プラフィン等のパラフィン類、各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂で結着したものなどを挙げることができる。好ましくは、パラフィン又はワックスを添加することで潤滑性を付与したアミドイミド樹脂が用いられる。
【0056】
本発明の絶縁電線は、上記本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスの硬化体を絶縁被膜として用いたものであって、ポリエステルイミド形成成分のジアミン化合物として、従来よりも高分子量の化合物を用いることで、ポリエステルイミド被膜単独の誘電率を3.5以下とすることが可能である。
【実施例】
【0057】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0058】
〔測定、計算方法〕
はじめに、本実施例で行なった測定、計算出方法について説明する。
(1)誘電率の測定
得られた各絶縁電線について、絶縁層の誘電率を測定した。測定は図1に示すように、絶縁電線の表面3か所に銀ペーストを塗布して測定用のサンプルを作製した(塗布幅は両端2か所が10mm、中央部分が100mmである)。導体と銀ペースト間の静電容量をLCRメータで測定し、測定した静電容量の値と被膜の厚みから誘電率を算出した。
【0059】
(2)水酸基過剰率(OH/COOH)
モノマーの配合量に基づき、下記式によりOH量及びCOOH量を算出し、OH量/COOH量を算出した。
OH量=エチレングリコールのモル数×2+THEICのモル数×3
COOH量=TPAのモル数×2+TMAのモル数×1
【0060】
(3)イミド/エステル比
モノマーの配合量に基づき、下記式によりイミド量及びエステル量を算出し、イミド/エステル比を算出した。
イミド量=ジアミン化合物のモル数×2
エステル量=TPAのモル数×2+TMAのモル数×1
【0061】
〔ポリエステルイミド樹脂系ワニスの調製〕
(1)ポリエステルイミド樹脂の合成
ポリエステルイミド樹脂の原料モノマーとして、カルボン酸類(無水トリメリット酸(TMA)、テレフタル酸(TPA)、安息香酸、安息香酸メチル)、アルコール類(エチレングリコール(EG)及びトリス(2−ヒドロキシエチル)シアヌレート(THEIC))、及び4,4’−メチレンジフェニルジアミンを、表1に示す量(g)だけ配合し、さらに、触媒としてテトラプロピルチタネート(TPT)を1.2g配合して、80℃まで昇温した後、80℃から1時間かけて180℃まで昇温し、さらに180℃から4時間かけて235℃まで昇温し、さらに235℃で3時間保持した。
【0062】
配合モノマーにおけるTHEIC/EG(OH基モル比率)、水酸基過剰率(OH/COOH)、合成されるポリエステルイミド樹脂のイミド結合とエステル結合の含有モル比率(イミド/エステル)、合成されたポリエステルイミド樹脂量を、表1に併せて示す。
【0063】
カルボン酸と水酸基とのエステル化反応、ジアミンとカルボン酸無水物とのイミド化反応の過程で水が生成することに基づき、配合モノマー量から計算される理論水量と上記ポリエステルイミド樹脂の合成で生成した水量とが一致したことにより、反応の完了を確認した。
【0064】
以上のようにして合成したポリエステルイミド樹脂を、SCX−1(ネオケミカル株式会社の商品名で、フェノールとクレゾールの混合溶剤である)及びスワゾール#1000(丸善石油株式会社の商品名で、ソルベントナフサである)を、SCX−1/スワゾール=80/20の割合で混合した溶液を添加して、ポリエステルイミド樹脂濃度50重量%となるように希釈した。
【0065】
(2)ポリエステルイミド樹脂系ワニスの調製
上記で合成したポリエステルイミド樹脂溶液に、硬化剤として、TPT(テトラプロピルチタネート)をクレゾールで溶解したTPT/クレゾール溶液(TPT濃度63%)60g添加した後、120℃で2時間混合した。次いで、その他の樹脂として、フェノール変性キシレンホルムアルデヒド樹脂P100を、固形分で、有機溶剤SCX−1(ネオケミカル株式会社の商品名で、フェノールとクレゾールの混合溶剤である)に溶解した溶液60gを添加した後、70℃で約1時間攪拌することにより、ポリエステルイミド樹脂系ワニスNo.1−3を調製した。
【0066】
〔絶縁電線の作製及び誘電率の測定評価〕
上記で調製したポリエステルイミド樹脂系ワニスNo.1−3を、銅線(直径1.0mm)に塗布し、炉温450℃で焼きつけて、皮膜厚み35μmのエステルイミド樹脂層で絶縁被覆された絶縁電線を作成した。
作製した絶縁電線No.1−3について、上記測定方法に基づいて、誘電率を測定した。測定結果をポリエステルイミド樹脂の原料モノマー組成と併せて表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
No.1は、芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステルを含まない場合である。No.2は芳香族モノカルボン酸(安息香酸)のメチルエステル、No.3は芳香族モノカルボン酸を、それぞれジカルボン酸(テレフタル酸)と併用した場合である。
No.1〜3は、いずれも水酸基過剰率が1.6と等しく、合成される樹脂量も750〜753gとほぼ等しいが、芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステルを併用したNo.2,3の方が誘電率が低くなっていた。芳香族モノカルボン酸又はそのアルキルエステルが、合成されるポリエステルイミド樹脂の水酸基末端の封止剤としての役割を果たし、最終的に得られるポリエステルイミド樹脂に含まれる水酸基の量を減少させたためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のポリエステルイミド樹脂系ワニスは、低誘電率のポリエステルイミド膜を形成できるので、適用電圧の高い絶縁電線の絶縁被膜の形成に好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価カルボン酸の無水物、ジカルボン酸及び/又はそのアルキルエステル、及び芳香族モノカルボン酸及び/又はそのアルキルエステルを含むカルボン酸類;アルコール類;並びにジアミン化合物を反応させてなるポリエステルイミド樹脂を主成分とする低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項2】
前記芳香族モノカルボン酸は、安息香酸である請求項1に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項3】
前記カルボン酸類における前記芳香族モノカルボン酸の含有率は、5〜20モル%である請求項1又は2に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項4】
前記カルボン酸類のカルボキシル基に対する前記アルコール類の水酸基のモル比率(OH/COOH)が1.2〜2.7である請求項1〜3のいずれか1項に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項5】
前記エステル部分に対するイミド酸部分の含有率比(イミド/エステル)は、0.2〜1.0である請求項1〜4のいずれか1項に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項6】
さらに、フェノール樹脂類を含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニス。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の低誘電率被膜用ポリエステルイミド樹脂系ワニスを、導体に塗布、焼きつけてなる絶縁被膜を有する絶縁電線。

【図1】
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【公開番号】特開2012−111922(P2012−111922A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264604(P2010−264604)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】