説明

信号伝送装置

【課題】スペクトラム拡散通信方式によりデータ信号及びクロック信号を伝送する信号伝送装置において、信号の高速伝送におけるジッタの発生を抑制又は低減させる。
【解決手段】スペクトラム拡散したデータ信号及びクロック信号を伝送する信号伝送装置は、送信部1と受信部と2の間を接続するデータ信号伝送路3及びクロック信号伝送路4と、該クロック信号伝送路に設けられた共振子型のSAWフィルタ5とを備える。SAWフィルタは、体積抵抗率10〜1013Ω・cmのリチウムタンタレート又はリチウムナイオベートからなる圧電基板と、該圧電基板の表面に形成されたIDTとを有する。これにより、伝送路の前段及び後段に配置されるIC等の動作を安定させ、更に伝送路の前段又は後段のIC等から発生した静電気を中和する機能をも備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペクトラム拡散通信方式を用いてデータ信号及びクロック信号を伝送する信号伝送装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にデジタル信号処理では、データ信号を送信側から受信側に伝送する際に同期を取るために、水晶発振器等を用いた発振回路によりクロック信号を発生させる。水晶発振器は、主とする単一の基本波周波数だけでなく高調波成分を含んでいるために、発振周波数にジッタと呼ばれる信号の位相ゆらぎを生じる場合がある。そこで、水晶発振器の出力を理想の正弦波に近付けるために、その発振周波数と同一の中心周波数を有する水晶フィルタ又は弾性表面波(SAW)フィルタを発振器とパルス変換器との間に挿入した同期信号発生器が知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
最近、携帯電話等の通信機器の分野では、高周波化及び高速化に対応するためにSAWフィルタが使用されるようになっている。SAWフィルタにおいてより高い周波数に対応するためには、圧電基板表面に形成されるIDT(すだれ状トランスデューサ)の電極パターンをより微細にかつ薄くする必要がある。ところが、SAWフィルタの圧電基板に多く使用されているリチウムタンタレートやリチウムナイオベートは焦電性を有するので、温度変化等により基板表面に発生した電荷によって電極が破壊されたり、基板を損傷する虞がある。圧電材料の特性を保持しつつ、焦電性の影響を解消するために、体積抵抗率を10〜10Ω・cm、10〜1010Ω・cm、又は1010〜1013Ω・cmの範囲に制御したリチウムタンタレートからなる圧電基板を用いたSAWフィルタが知られている(例えば、特許文献2〜4を参照)。
【0004】
同様に、SAWフィルタにおいて、フィルタ特性を劣化させることなく、基板の焦電性の影響を防止するために、リチウムタンタレートだけでなく、リチウムナイオベートからなる圧電基板の体積抵抗率又は導電率を所定の範囲に制限することが提案されている(例えば、特許文献5,6を参照)。特許文献5では、使用する圧電基板の導電率を10-12〜10-6Ω・cmとし、特許文献6では、使用する圧電基板の体積抵抗率を10〜1013Ω・cmとしている。
【0005】
また、無線通信の分野では、信号の帯域幅を本来のベースバンド信号よりも広い帯域幅に拡散して通信するスペクトラム拡散通信技術が、ノイズに強く、通信の秘匿性に優れていることから、多く使用されている。そして、クロック信号の周波数帯域を拡散させて、EMI(電磁妨害)ノイズを低減させるスペクトラム拡散機能を備えた発振器が知られている(例えば、特許文献7を参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2002−217686号公報
【特許文献2】特開2005−119906号公報
【特許文献3】特開2005−119907号公報
【特許文献4】特開2005−119908号公報
【特許文献5】特開2004−364041号公報
【特許文献6】特開2005−20423号公報
【特許文献7】特開2002−305446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スペクトラム拡散通信の場合には、拡散した広い帯域幅に対応する広帯域幅のフィルタが必要であり、そのためには広帯域のフィルタ特性を実現し得る大きい電気機械結合係数の圧電基板が必要である。このような圧電基板としては、特に高周波のSAWフィルタに使用されているリチウムタンタレートやリチウムナイオベートが適している。これらの圧電材料には、上述したように焦電性による電極破壊等の問題があることから、その体積抵抗率を制限して低焦電化を図る必要がある。しかしながら、圧電基板の低焦電化は製造コストを増加させることになる。一般に低周波のSAWフィルタは、IDTを構成する電極指の幅や膜厚が比較的大きく、電極破壊の虞がほとんど無いことから、低焦電化した圧電基板を採用していない。
【0008】
また、スペクトラム拡散通信における信号の高速伝送は、クロック信号の切換時間が非常に短くなる。そのため、僅かなジッタであっても大きく影響し、誤動作等の問題を生じる虞がある。
【0009】
そこで本発明は、上述した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、スペクトラム拡散通信方式によりデータ信号及びクロック信号を伝送する信号伝送装置において、信号の高速伝送におけるジッタの発生を抑制又は低減させ、誤動作等の虞を解消することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、上記目的を達成するために、スペクトラム拡散したクロック信号を伝送するために、送信部と受信部との間を接続するクロック信号伝送路と、クロック信号伝送路に設けられた共振子型のSAWフィルタとを備え、SAWフィルタが、体積抵抗率10〜1013Ω・cmの、例えばリチウムタンタレート又はリチウムナイオベートからなる圧電基板と、圧電基板の表面に形成されたIDT(すだれ状トランスデューサ)とを有する信号伝送装置が提供される。
【0011】
このように体積抵抗率を制限して低焦電化処理した圧電基板を用いることにより、SAWフィルタにおけるジッタの発生を効果的に抑制又は解消し得ることが、後述するように本願発明者により確認された。これにより、伝送路の前段及び後段に配置されるIC等の動作を安定させることができる。更に、このSAWフィルタ自体が、伝送路の前段又は後段のIC等から静電気が発生した場合にも、これを中和する機能を備える。従って、従来の無線通信機器に多く使用されている別個の静電気除去回路、整合回路等の外部回路を設ける必要がないので、部品点数を少なくかつ回路構成を簡単にしてコストを低減でき、回路間での多重反射によるジッタの発生をも抑制することができる。
【0012】
別の実施例では、SAWフィルタの圧電基板が該圧電基板表面にIDTを被覆する保護絶縁膜を有し、かつ該圧電基板の体積抵抗率が10〜1011Ω・cmである。SAWフィルタのIDTに保護絶縁膜を設けた場合、圧電基板表面の焦電荷は空気中のイオンと中和できないが、圧電基板の体積抵抗率をより狭い範囲に制限して低焦電化の効果を高めることによって、同様にジッタの発生を抑制又は解消する効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の好適実施例について添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明による信号伝送装置の好適な実施例の構成を概略的に示している。本実施例の信号伝送装置は、スペクトラム拡散したデータ信号及びクロック信号を送信するICチップ等からなる送信部1と、これらの信号を受信するICチップ等からなる受信部2とを備える。送信部1と受信部2との間には、データ信号を伝送するためのデータ信号伝送路3と、クロック信号を伝送するためのクロック信号伝送路4とが接続されている。
【0014】
クロック信号伝送路4には、共振子型のSAWフィルタ5が設けられている。SAWフィルタ5は、体積抵抗率10〜1013Ω・cmの圧電基板と、該圧電基板の表面に形成された交差指電極対からなるIDTとを有する。この圧電基板には、スペクトラム拡散通信に適した広帯域のSAWフィルタが得られるように、リチウムタンタレート又はリチウムナイオベートを使用することが好ましい。
【0015】
本願発明者は、このSAWフィルタがジッタの発生を効果的に抑制し得ることを次のように確認した。最初に、本願発明者は、30〜300MHzの低いクロック周波数で拡散領域が数100kHz〜1MHzのクロック信号を通過させる広帯域SAWフィルタを、中心周波数で規格化した通過帯域幅(比帯域幅)を0.5〜2.5%とし、電極の波長換算膜厚を1.7%とする回転Yカット・リチウムタンタレート基板を用いて製造した。低周波フィルタであるため、焦電性による電極破壊の問題を生じないことから、リチウムタンタレート基板に低焦電化処理は行わなかった。低焦電化処理していないリチウムタンタレート基板の体積抵抗率は4.65×1014Ω・cmである。この広帯域SAWフィルタに、スペクトラム拡散した広帯域のクロック信号を入力した。更に比較のため、通過帯域幅を0.1%とする回転Yカット・リチウムタンタレート基板を用いた狭帯域SAWフィルタを製造した。この狭帯域SAWフィルタは、スペクトラム拡散した広帯域クロック信号のほとんどの周波数成分が通過できないため、スペクトラム拡散していない狭帯域のクロック信号を入力した。
【0016】
これらSAWフィルタのジッタをクロック信号伝送路に挿入し、公知の測定方法を用いて評価したところ、次のような結果を得た。
広帯域SAWフィルタ(低焦電化処理なし): 19.2ps
狭帯域SAWフィルタ(低焦電化処理なし): 3.3ps
この結果から、次のことが分かる。即ち、スペクトラム拡散しない狭帯域クロック信号の伝送路に狭帯域SAWフィルタを挿入したとき、ジッタは非常に小さく良好である。これに対し、スペクトラム拡散した広帯域クロック信号の伝送路に低焦電化処理していないリチウムタンタレート基板を用いた広帯域SAWフィルタを挿入したとき、ジッタは大きく、実質的に抑制効果が認められない。
【0017】
次に、本願発明者は、同じく30〜300MHzの低いクロック周波数で拡散領域が数100kHz〜1MHzのクロック信号を通過させる広帯域SAWフィルタを、中心周波数で規格化した通過帯域幅(比帯域幅)を0.5〜2.5%、電極の波長換算膜厚を1.7%とし、上述した体積抵抗率の範囲で低焦電化処理した回転Yカット・リチウムタンタレート基板を用いて製造した。この本発明の広帯域SAWフィルタについて、同じ測定方法を用いてジッタを評価したところ、17.2psであった。これにより、本発明のSAWフィルタを用いることにより、スペクトラム拡散した広帯域クロック信号のジッタ抑制効果を得られることが分かる。従って、送信部1及び受信部2に配置されるIC等の動作を安定させることができる。
【0018】
更に、SAWフィルタ5を共振子型に、例えばSAWの伝搬方向に沿って複数のIDTを近接配置した縦結合型ダブルモードSAWフィルタにすれば、SAWフィルタの通過帯域内におけるインピーダンスの虚数成分(リアクタンス成分)の絶対値を小さくすることができる。また、IDTの電極交差幅等を適当に設定することにより、SAWフィルタの通過帯域内におけるインピーダンスの実数成分を、前段又は後段のIC等のインピーダンス実数成分と略等しくできるので、クロック信号伝送路4には送信部1又は受信部2との間に別個の整合回路を全く必要としない。また、SAWフィルタ5の圧電基板が低焦電化されているので、圧電基板内部に発生する焦電荷による低周波電圧がICの動作に与える影響を防止するために、低周波電圧除去回路を設ける必要がない。更に、SAWフィルタ5に用いる圧電基板の体積抵抗率を低くすることで、それ自体が伝送路の前段又は後段のIC等から発生した静電気(即ち、圧電基板の焦電効果によらずに発生した静電気)に対しても、これを中和する機能を備える。従って、従来の無線通信機器に使用されているような静電気除去回路、整合回路等の外部回路を何ら必要としない。その結果、部品点数を少なくかつ回路構成を簡単にしてコストを低減でき、また回路間での多重反射によるジッタの発生をも抑制することができる。
【0019】
別の実施例では、SAWフィルタ5の圧電基板表面にIDTを被覆するためのSiO2等からなる保護絶縁膜を設けることができる。この保護絶縁膜を設けると、圧電基板表面の焦電荷は空気中のイオンと中和できなくなるので、圧電基板の体積抵抗率をより狭い範囲、好ましくは10〜1011Ω・cmに制限することにより低焦電化の効果を高める。これにより、同様にジッタの発生を抑制又は解消することができる。
【0020】
図2は、図1に示す信号伝送装置の変形例を示している。この変形例の信号伝送装置は、クロック信号伝送路4のSAWフィルタ5と受信部2との間に直列に接続されたコンデンサ6を更に備える。このコンデンサ6を追加することによって、過大な直流電流の印加によるSAWフィルタ5の破壊を防止できる。要すれば、低焦電化した圧電基板の使用だけではその破壊を防止できない程に過大な直流電圧がSAWフィルタ5に印加されることを、コンデンサ6の挿入で防止することができ、それだけ信頼性を高めることができる。更に、SAWフィルタ5に低焦電化した圧電基板を用いることによって、圧電基板内部に発生し得る焦電荷のスパークによる高周波電圧が回路間で多重反射することにより発生するジッタを防止することができる。従って、かかる高周波電圧を除去するための外部回路を設ける必要がない。その結果、追加される部品はコンデンサ6のみであり、同様に部品点数を少なくかつ回路構成を簡単にしてコストを低減でき、かつ回路間での多重反射によるジッタの発生を抑制し、しかもSAWフィルタの信頼性を高めることができる。
【0021】
図3は、図1に示す信号伝送装置の別の変形例を示している。この変形例の信号伝送装置は、図2のコンデンサ6に加えて、クロック信号伝送路4のSAWフィルタ5と送信部1との間に直列に接続されたコンデンサ7を更に備える。更にコンデンサ7を追加することによって、過大な直流電流がSAWフィルタ5に印加されることを防止し、該フィルタの信頼性をより高めることができる。更に、SAWフィルタ5に低焦電化した圧電基板を用いることによって、圧電基板内部に発生し得る焦電荷のスパークによる高周波電圧が回路間で多重反射することにより発生するジッタを防止することができる。従って、かかる高周波電圧を除去するための外部回路を設ける必要がない。その結果、追加される部品はコンデンサ6,7のみであり、同様に部品点数を少なくかつ回路構成を簡単にしてコストを低減でき、かつ回路間での多重反射によるジッタの発生を抑制し、しかもSAWフィルタの信頼性をより高めることができる。
【0022】
以上、本発明の好適な実施例について詳細に説明したが、本発明は、上記実施例に様々な変形・変更を加えて実施することができる。上記実施例では、低焦電化した圧電基板としてリチウムタンタレートを用いたが、本発明ではリチウムナイオベートを同様に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明による信号伝送装置の実施例を示すブロック図。
【図2】図1の実施例の変形例を示すブロック図。
【図3】図1の実施例の別の変形例を示すブロック図。
【符号の説明】
【0024】
1…送信部、2…受信部、3…データ信号伝送路、4…クロック信号伝送路、5…SAWフィルタ、6,7…コンデンサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スペクトラム拡散したクロック信号を伝送するために、送信部と受信部との間を接続するクロック信号伝送路と、前記クロック信号伝送路に設けられた共振子型の弾性表面波フィルタとを備え、前記弾性表面波フィルタが、体積抵抗率10〜1013Ω・cmの圧電基板と、前記圧電基板の表面に形成されたIDTとを有することを特徴とする信号伝送装置。
【請求項2】
前記圧電基板がリチウムタンタレート又はリチウムナイオベートからなることを特徴とする請求項1に記載の信号伝送装置。
【請求項3】
前記圧電基板が前記圧電基板表面に前記IDTを被覆する保護絶縁膜を有し、かつ前記圧電基板の体積抵抗率が10〜1011Ω・cmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の信号伝送装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−66900(P2008−66900A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240884(P2006−240884)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【出願人】(000003104)エプソントヨコム株式会社 (1,528)
【Fターム(参考)】