説明

信号処理機構

【課題】 各種計測装置において検出された検出信号をA/D変換して得られるデジタル検出信号のノイズ成分を除去する。
【解決手段】 検出信号値の増減を検出し、検出信号値が予め設定された回数連続増加又は減少しているか否かに基づき、前後の検出信号値の差分値を予め設定された数で除した圧縮値を直前に出力された処理後出力値に加算するか、上記検出信号値をそのまま出力するかを判断して実行する構成とすることにより、ノイズ成分のみを低減することが可能となる。より処理精度を向上させるために、差分値と所定の閾値とを比較する構成とすることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光X線分析装置、質量分析装置、ガスクロマトグラフ、液体クロマトグラフをはじめとする各種計測装置(本明細書ではこれらをまとめて「計測装置」と称する)の検出器より検出される検出信号のノイズ成分を除去する技術に関する。とりわけ、蛍光X線分析に代表されるような、検出器より検出される信号の波形が階段状を呈するような検出信号のノイズ成分を除去する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
計測装置において検出されたアナログ信号は、A/D変換器によって所定のサンプリング周波数で以て、順次標本化(デジタル数値化)される。なお、本明細書では、計測装置において検出されたアナログ信号を「検出信号」と称し、A/D変換によって標本化された検出信号を「デジタル検出信号」と称する。そして、デジタル検出信号を構成する個々のデジタル数値のことを「検出信号値」と称するものとする。
【0003】
デジタル検出信号は各種のノイズを含有しているため、その検出信号から所望のデータを最大限抽出するために、各種の信号処理装置によってノイズ処理が施される。これまでに各種の信号処理機構が考案・開示されてきたが、例えば特許文献1には、蛍光X線分析において階段状の電圧パルス信号の信号レベルを安定させ、分析精度を向上させる信号処理装置が記載されている。
【0004】
従来の計測装置における信号処理系の構成の一例を図5に示す。この信号処理系では、検出器から出力された検出信号が、プリアンプやA/D変換器を経由して階段状の波形を有するデジタル検出信号に変換される。このデジタル検出信号がデジタルフィルタ部を経由することによりフィルタリングデータが生成され、次いでマルチチャネルアナライザによってパルス検出閾値による閾値判定等が行われ、スペクトルヒストグラムが生成される。
【特許文献1】特開2005-55399号公報([0013])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような構成の下で行われる信号処理では、A/D変換を経た後のデジタル検出信号におけるノイズが大きい場合に、特にフィルタの時定数が小さい場合には、そのノイズの影響によって本来検出すべきでない信号をパルスとして誤検出してしまうという問題があったが、この問題を解決する有効な技術はこれまでに存在していなかった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、階段状を呈するデジタル検出信号において、A/D変換後のデジタル検出信号のノイズ部分のみを低減させることであり、また、フィルタ時定数を小さくしたり、パルス検出閾値を小さくしたとしても、誤検出が発生しないようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る信号処理機構は、
計測装置の検出器によって検出され、A/D変換されたデジタル検出信号のノイズを低減させる信号処理機構であって、
検出信号値が予め設定された回数連続して増加又は減少しているか否かの正否を出力する増減検出部と、
連続した前後の検出信号値の差分値を算出する差分値算出部と、
前記差分値を予め設定された数で除すことにより圧縮値を算出する差分値圧縮部と、
前記増減検出部の出力が正である場合には上記検出信号値をそのまま処理後出力値として出力し、前記出力が否である場合には直前に出力された処理後出力値に前記圧縮値を加算した値を処理後出力値として出力する処理部と、を備えることを特徴とする。
【0008】
さらに、本発明に係る信号処理機構は、他の好適な形態として、
検出信号値が予め設定された回数連続して増加又は減少しているか否かの正否を出力する増減検出部と、
連続した前後の検出信号値の差分値を算出する差分値算出部と、
前記差分値を予め設定された数で除すことにより圧縮値を算出する差分値圧縮部と、
前記差分値と予め設定された閾値とを比較し、差分値の方が大きいか否かの正否を出力する閾値比較部と、
前記増減検出部の出力及び前記閾値比較部の出力を比較し、前記閾値比較部の出力が正である場合には前記増減検出部の出力にかかわらず常に正の値を出力し、前記閾値比較部の出力が否である場合には前記増減検出部の出力に基づき正又は否の値を出力する処理判断部と、
前記処理判断部の出力が正である場合には上記検出信号値をそのまま処理後出力値として出力し、前記出力が否である場合には直前に出力された処理後出力値に前記圧縮値を加算した値を処理後出力値として出力する処理部と、を備えることを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の信号処理機構を用いることにより、フィルタ時定数が小さくても、信号に含まれるノイズによる影響を受けにくくすることができ、フィルタリングデータが誤ってパルス検出閾値を超えてしまうことにより発生する誤検出が起こりにくくなる。この結果、スループットが向上し、また、パルス検出閾値を小さい値に設定することが可能となるので、低元素まで検出することが可能となり、分析精度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の信号処理機構は、測定装置において、A/D変換器とデジタルフィルタとの間に設けられる。なお、本信号処理機構はソフトウェア的に構成されていても構わないし、回路などによってハードウエア的に構成されていてもよい。また、両者が組み合わされた構成であってもよい。
【0011】
本発明の信号処理機構の構成に関し、図1を参照しつつ説明する。まず、A/D変換されたデジタル検出信号の、個々の検出信号値が、検出信号値シフトレジスタ1に順次格納される。この検出信号値シフトレジスタ1にM個の検出信号値が保持される場合、第M番目の検出信号値と第M-1番目の検出信号値の差分値が差分値算出部2によって順次算出される。差分値算出部2の後段に設けられている差分値圧縮部3は、その差分値を予め定められた値Lで除すことによって、圧縮差分値を算出する。この値Lは、無限大を含め、自由に設定すればよいが、発明者の行った実測によれば、通常は2〜4程度が適当である。
【0012】
一方、増減検出部4は、検出信号値シフトレジスタ1に格納されている第1番目の検出信号値と第2番目の検出信号値とを比較して、値が増加しているか減少しているかを示す増減検出値(通常は二値)を検出し、その増減検出値を検出結果シフトレジスタ41に格納する。なお、検出結果シフトレジスタ41に格納される増減検出値の個数は検出信号値シフトレジスタ1に格納される検出信号値の個数Mと同一とする。次いで増減検出部4は検出結果シフトレジスタ41に格納されていた前記増減検出値を順次受け取り、その増減検出値が、予め設定された回数連続しているかどうか、すなわち、検出信号値が所定回数連続増加又は連続減少しているか否かを判定し、所定回数連続増加・減少している場合には1を、それ以外の場合には0を出力する。予め設定しておく前記回数の値は特に限定されるものではないが、この値がスルーレート(ノイズとみなさない)時間に相当するため、適切な値を設定する必要がある。発明者の実測によれば、4〜8程度が適当である。
【0013】
処理部5においてセレクタ52は、増減検出部4から出力された値が1の場合には、検出信号値シフトレジスタ1に格納された第M番目の検出信号値をそのまま処理後出力値として出力する。増減検出部4から出力された値が0の場合には、セレクタ52は、差分値圧縮部3によって算出された圧縮差分値を、セレクタ52から直前に出力された処理後出力値に加算した値を処理後出力値として出力する。このことは、本来のノイズ成分を1/Lに圧縮していることを意味する。
【0014】
図3に、本発明に係る信号処理機構へ入力されるデジタル検出信号(上段)及び処理後の出力信号(下段)の一例を示す。検出信号の平坦部においてはノイズが低減されているが、階段部(本来の信号成分)はノイズではないと判断され、ノイズのみが低減された波形が得られていることがわかる。
【0015】
A/D変換されたデジタル検出信号によっては、本来は階段部であっても、検出信号値が所定回数単調に増加又は減少しないことがある。このような場合でも階段部を正しく認識させるために、すなわち、本発明に係る信号処理の精度をさらに向上させるために、以下に説明するように、上述の信号処理機構にさらに閾値比較部及び処理判断部を設け、所定の閾値に基づく処理を行うようにすることもできる。
【0016】
閾値による判定機能をさらに備えた本発明に係る信号処理機構の構成を図2に示す。閾値比較部6は、差分値算出部2において算出された差分値と、予め設定された閾値とを比較し、前記閾値の方が差分値よりも大きい場合には1を、それ以外の場合には0を出力する。
【0017】
処理判断部7は、閾値比較部6から出力される0又は1の値と、増減検出部4から出力される0又は1の値とを受け取る。閾値比較部6の出力値が1である場合には、増減検出部4の出力値にかかわらず、処理部5のセレクタ52に対して1の値を出力する。このときセレクタ52は、検出信号値シフトレジスタ1に格納された第M番目の検出信号値を処理後出力値として出力する。一方、閾値比較部6の出力値が0である場合には、処理判断部7は増減検出部4の出力値である0又は1の値を出力し、セレクタ52はその値に基づき、ノイズ成分を圧縮する(0の場合)か、検出信号値をそのまま通過させる(1の場合)かの処理を行う。
【0018】
図4に、閾値による判定機能を備えた信号処理機構による検出信号処理例のグラフを示す。デジタル検出信号(A)の波形及び処理後出力信号(B)の波形から、信号の平坦部においてノイズ成分が低減されており、階段部が正しく認識されていることがわかる。また、フィルタ出力波(C)及び閾値以上パルス(D)から、本発明に係る処理により、処理後出力信号の持つ信号成分が正しくパルスとして認識されることも確認された。

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る信号処理機構の構成図。
【図2】本発明に係る他の信号処理機構の構成図。
【図3】信号処理前のデジタル検出信号(上段)及び処理後の出力信号(下段)。
【図4】(A)デジタル検出信号、(B)処理後出力信号、(C)フィルタ出力波、(d)閾値以上出力パルスのグラフ。
【図5】従来の計測装置における信号処理系の構成例。
【符号の説明】
【0020】
1…検出信号値シフトレジスタ
2…差分値算出部
3…差分値圧縮部
4…増減検出部
41…検出結果シフトレジスタ
5…処理部
51…加算器
52…セレクタ
6…閾値比較部
7…処理判断部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測装置の検出器によって検出され、A/D変換されたデジタル検出信号のノイズを低減させる信号処理機構であって、
検出信号値が予め設定された回数連続して増加又は減少しているか否かの正否を出力する増減検出部と、
連続した前後の検出信号値の差分値を算出する差分値算出部と、
前記差分値を予め設定された数で除すことにより圧縮値を算出する差分値圧縮部と、
前記増減検出部の出力が正である場合には上記検出信号値をそのまま処理後出力値として出力し、前記出力が否である場合には直前に出力された処理後出力値に前記圧縮値を加算した値を処理後出力値として出力する処理部と、
を備えることを特徴とする信号処理機構。
【請求項2】
計測装置の検出器によって検出され、A/D変換された後の検出信号のノイズを低減させる信号処理機構であって、
検出信号値が予め設定された回数連続して増加又は減少しているか否かの正否を出力する増減検出部と、
連続した前後の検出信号値の差分値を算出する差分値算出部と、
前記差分値を予め設定された数で除すことにより圧縮値を算出する差分値圧縮部と、
前記差分値と予め設定された閾値とを比較し、差分値の方が大きいか否かの正否を出力する閾値比較部と、
前記増減検出部の出力及び前記閾値比較部の出力を比較し、前記閾値比較部の出力が正である場合には前記増減検出部の出力にかかわらず常に正の値を出力し、前記閾値比較部の出力が否である場合には前記増減検出部の出力に基づき正又は否の値を出力する処理判断部と、
前記処理判断部の出力が正である場合には上記検出信号値をそのまま処理後出力値として出力し、前記出力が否である場合には直前に出力された処理後出力値に前記圧縮値を加算した値を処理後出力値として出力する処理部と、
を備えることを特徴とする信号処理機構。
【請求項3】
前記計測装置が蛍光X線分析装置である請求項1又は2に記載の信号処理機構。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−284528(P2006−284528A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−108326(P2005−108326)
【出願日】平成17年4月5日(2005.4.5)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】