説明

光学素子の成形方法

【課題】プレス成形において、曇りのない光学素子を得ることができ、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法を提供する。
【解決手段】光学素子の成形面とされた一対の上型2及び下型3の成形面に、耐熱性及び易酸化性を有する保護膜6が形成された光学素子用成形型に、ビスマス系のガラス素材を収容し、光学素子用成形型を加熱してガラス素材を軟化させる加熱工程と、軟化したガラス素材を、プレス手段を用いて光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与したガラス素材を固化させる冷却工程と、を有する光学素子の成形方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス製の光学素子をプレス成形する光学素子の成形方法に係り、特に、ビスマス系ガラス素材を用いたプレス成形において、光学素子の曇りの発生を抑制する光学素子の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光学素子を得るために、ガラス材料からなるガラス素材を加熱により軟化させた後、得ようとする光学素子の形状をもとに精密加工された上型と下型の間でプレス成形して光学素子形状を付与し、これを冷却固化させてなる光学素子のプレス成形方法が一般に使用されてきた。
【0003】
このようにして得られる光学素子は、その用途等に応じて光学定数をはじめとする特性を所望の値にするために、さまざまな元素が含まれた硝材から適したものを選択して成形される。このとき、高屈折率の光学素子を成形する場合には、ビスマス系ガラスの使用が多いが、ビスマス系ガラスを用いた場合には、光学素子に曇りが生じ易く、歩留まりが低下することがあった。
【0004】
この曇りは、プレス成形における高温環境下での使用により、酸化ビスマス(Bi2 3 )が還元され、水蒸気又は酸素ガスが生じ、このガスが硝材の外部に放出されることに起因するものと考えられている。すなわち、ここで生じたガスは、プレス成形時に、成形型とガラス素材の間に閉じ込められ、これが光学素子の表面に微小な孔を多数形成することで光学素子に曇りが生じ、歩留まりが低下するものと推定されている。
【0005】
このような曇りの発生を抑制するために、成形に際して、ガラス素材を加熱する部分と、押圧成形する部分とを分離し、加熱時に、表面部の酸化ビスマスを十分に揮発させておき、その後成形することで曇りを抑制する方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−7221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、揮発を十分に行わせるために、加熱したまま保持する時間を設けなければならず、また、揮発させた後、成形に適した温度に改めて温度設定を行わなければならないため、その装置及び工程が煩雑になり、生産性の向上に必ずしも寄与しない構成となっていた。
【0008】
そこで、本発明は、上記の事情に対処してなされたもので、従来と同じ簡便なプレス成形操作により、曇りの発生のない光学素子を得ることができ、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の光学素子の成形方法は、対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化したガラス素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型であって、前記上型及び下型の成形面に、耐熱性及び易酸化性を有する保護膜が形成された光学素子用成形型を用い、該光学素子用成形型にビスマス系ガラス素材を収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内のガラス素材を軟化させる加熱工程と、軟化したガラス素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与したガラス素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の光学素子の成形方法によれば、ビスマス系ガラス素材を用いてプレス成形する場合において、特別な工程を行うことなく従来と同一の成形操作だけで、得られる光学素子の曇りを効果的に抑制でき、製品の歩留まりを向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態である光学素子用成形型の概略構成を示す側断面図である。
【図2】図1の光学素子用成形型によるプレス工程の動作を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について図面を参照しながら説明する。ここで、図1は本発明の一実施形態である光学素子用成形型の側断面図であり、図2は、図1の光学素子用成形型を用いたプレス工程を説明する図である。
【0013】
図1に示した光学素子用成形型1は、光学素子の上面を成形する上型2、光学素子の下面を成形する下型3、上型2及び下型3を内挿し摺動させて、光学素子の中心軸の位置合わせを行う円筒状の内胴4と、内胴の外周に被嵌され、上型及び下型の上下方向の距離を規制するための円筒状の外胴5と、から構成され、上型2及び下型3の成形面には耐熱性及び易酸化性を有する保護膜6が設けられている。
【0014】
本実施形態において、上型2及び下型3は、それぞれ円柱状の胴部を基本形状とする部材であり、これらの上型2及び下型3は光学素子を形成するため、上型2には光学素子の上面を形成する上成形面が、下型3には光学素子の下面を形成する下成形面が形成されており、上型2及び下型3は、これら上成形面と下成形面とを対向させてなる一対の成形型として使用される。
【0015】
ここで、上成形面及び下成形面は、その最表面に耐熱性及び易酸化性を有する保護膜6が設けられている。ここで用いられる保護膜6は、プレス成形時において、その加熱温度で形状や特性が変化することのない耐熱性を有し、かつ、易酸化性を有するものであれば、特に限定されずに用いることができる。ここで「易酸化性を有する」とは、ビスマス系ガラスの光学素子表面から放出されたガスにより、プレス成形工程において保護膜表面に酸化物を形成し、酸素をガスとして放出させない性質を有することをいう。この易酸化性を有することにより、プレス成形時に光学素子表面にガスによる微小な孔の形成を抑制できる。
【0016】
易酸化性の尺度としては、たとえば酸化開始温度が挙げられる。ここで、酸化開始温度とは、熱質量分析で、酸素雰囲気下で温度を走査して測定した場合に、質量が顕著に変化し始める温度をいう。なお、酸化開始温度は酸化反応が激しく進行する起点となる温度ということもでき、上記酸化開始温度未満でも酸化反応は緩やかに進行していることが一般的である。易酸化性による白曇り抑制効果を発揮するためには、保護膜の酸化開始温度は、プレス成形温度と少なくとも同程度である必要がある。
【0017】
酸化開始温度が成形温度と比較して高すぎる場合は、実質的に被酸化能力を有していないため、白曇り抑制に効果がない。このような例として、たとえば貴金属(Ir、Os、Ru、Rh、Pd、Ag、Au、Pt)を主成分とする保護膜があげられる。一方、酸化開始温度が低すぎる場合は、ガラスと膜との融着の問題が生じてしまったり、保護膜材料が酸化されて初期とは異なる特性を有したりすることになり、本来の保護膜として必要な硬さ、形状、化学的安定性などの機能が損なわれてしまう。
【0018】
一般に、リヒートプレス用ビスマス系光学ガラスにおいては、そのプレス成形温度は、400℃程度〜600℃程度であり、保護膜の酸化開始温度がこのような範囲のプレス成形温度と同程度あるいは少し低い場合に、易酸化性による白曇り抑制に効果がある。
【0019】
この易酸化性を有する保護膜を形成する材料としては、第4族元素をベースとした、窒化物・炭窒化物・炭化物(TiN、TiCN、TiC、ZrN、ZrCN、ZrC、HfN、HfCN、HfC)が挙げられる。第4族元素においては、安定な酸化数は4価であるが、上記化合物のTi、Zr、Hfの酸化数は4価未満であるため、酸化される余地がある。そのため、自身が酸化されることで、ビスマスガラスから発生した酸素を膜内部に取り込むことができる。また、第4族元素の4価の酸化物は、安定であるので、酸化された後で、成形に悪影響を及ぼしにくい。
【0020】
この保護膜を、光学素子用成形型の成形面に設けるには、CVD法、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の公知の薄膜形成方法が挙げられ、このとき、保護膜の厚さは100〜500nmとすることが好ましい。なお、ここで設ける保護膜は緻密な膜よりは、粗い膜を形成して、易酸化性を向上させることが好ましく、例えば、保護膜としてTiNの薄膜を形成する場合には、反応性スパッタリング法により、基板温度や基板バイアスを出来る限り最小限にとどめ、膜の密度を下げるような成膜条件で易酸化性が良好な保護膜を形成できる。
【0021】
この保護膜6は、成形型の最表面に形成されていればよく、成形型に直接設けて一層の保護膜として設けてもよいし、成形型と保護膜との間に中間層として他の膜を入れて設けてもよい。成形型に易酸化性を有する保護膜を直接設けると、保護膜の安定性等に影響がある場合には、中間層を設けることが保護膜の安定性向上のため好ましい。例えば、超硬合金にTiNを設ける場合には、その間にTi膜を中間層として設けることで、TiN膜の密着性を向上できる。このような中間層も、上記した薄膜形成技術により形成できる。
【0022】
また、内胴4は、中空円筒形状に形成されており、その中空部分は上記した上型2及び下型3の円柱状の胴部が嵌合可能なようになっている。この内胴4は、上型2及び下型3を嵌合してプレスする際に、これら上型2及び下型3をそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、それらの光学中心軸を同軸上に規制するように位置合わせして、形成される光学素子の光学機能面を同軸のものとする。
【0023】
次に、外胴5は、内胴4と同様に中空円筒形状であるが、その中空部分は内胴4が嵌合され、上型2及び下型3間の距離を規制する。具体的には、この外胴5は、プレス成形時において、上型2及び下型3を互いに接近させて下型上に置かれたガラス素材を加圧するときに、その加圧のためのプレス手段の加圧面間の距離を規制することで、上型2及び下型3の距離を規制する。ここで、外胴5は、内胴4と同一の中心軸を有する。
【0024】
この成形型は、超硬合金、セラミックス等の素材からなり、上型2及び下型3には、成形する光学素子の面形状を転写するための成形面がそれぞれ対向する面に形成されている。この図1では、成形型として両凸形状の光学素子を製造するものを図示したが、光学素子形状はこれに限定されるものではなく、両凹、平凸、平凹、凸メニスカス、凹メニスカス形状のいずれの形状を成形する成形型であっても使用できる。
【0025】
なお、外胴5は、上記セラミックス以外にも、ステンレス、インコネル(大同スペシャルメタル株式会社製、商品名)等の耐熱性のある金属を使用でき、ステンレス製とすると、加工が容易で、熱膨張量が大きく安価である点で好ましい。また、このとき、室温からプレス成形の成形温度における、外胴の上下方向における熱膨張量が、ガラス素材の上下方向の熱膨張量よりも大きくすることが、成形操作において光学素子に圧力が抜ける時間を生じさせることなく、成形の安定性の点から好ましい。
【0026】
次に、この光学素子用成形型1を用いた光学素子の成形方法について、図2を参照しながら説明する。
【0027】
まず、本発明の光学素子の成形方法に用いる成形装置について説明するが、この成形装置は光学素子を成形するための成形室となるチャンバーと、該チャンバーの内部に設けた成形型を加熱してガラス素材を軟化させる加熱手段と、加熱軟化したガラス素材をプレス成形させるプレス手段と、プレス成形による光学素子形状が付与されたガラス素材を冷却する冷却手段と、が、この順番に並べられてなる。
【0028】
ここで、成形室であるチャンバーは、その内部において、光学素子の成形操作を行うものであり、ガラス素材30を軟化し、変形を容易にするものであって高温に加熱されるため、成形型1が酸化されないように、チャンバー内雰囲気を窒素等の不活性ガス雰囲気とすることができる。この不活性ガス雰囲気とするには、チャンバーを密閉構造として内部雰囲気を置換することで達成できるが、半密閉構造として、不活性ガスを常時チャンバー内に供給して、チャンバー内を陽圧にしながら外部の空気が流入しないようにして不活性ガス雰囲気を維持してもよい。
【0029】
ここで、加熱手段は、成形型に収容されたガラス素材を軟化させるものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対の加熱プレートから構成される。この加熱プレートは、上下一対の加熱プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を加熱でき、さらに成形型内部に収容されているガラス素材も加熱できる。
【0030】
また、プレス手段は、上下のプレスプレート間の距離を狭めることにより、そのプレートの加圧面を成形型と接触させ上型と下型との距離を狭めて、成形型内に収容されたガラス素材を軟化状態のまま押圧して変形させ、上型及び下型の光学成形面形状をガラス素材に付与することにより光学素子の成形を行うものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対のプレスプレートから構成される。このプレスプレートを用いたプレスは前段階の加熱温度を維持しながら行われる。
【0031】
最後に、冷却手段は、成形型を冷却することにより光学素子形状が付与されたガラス素材を冷却、固化するものであり、その内部に、ヒータが埋め込まれた上下一対の冷却プレートから構成される。この冷却プレートは、上下一対の冷却プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を冷却でき、さらに成形型内部に収容されているガラス素材も冷却できる。
【0032】
そして、光学素子用成形型1は、これら加熱手段、プレス手段、冷却手段の各手段間を順次移動しながら所定の処理が施されるものであり、この手段間の移動は図示していないがロボットアーム等により行われる。
【0033】
まず、上記した光学素子の製造装置を用い、光学素子用成形型1の内部にガラス素材を収容し、加熱プレートにそれぞれ上型2及び下型3を接触させて光学素子用成形型を加熱して、予め所定の温度まで熱してガラス素材を軟化させる。
【0034】
ただし、本発明において用いるガラス素材は、ビスマス系のガラス素材であって、ガラス素材を高屈折率化でき、それに加えてガラスを軟化させる効果があるBi2 O3 が必須の成分である。このBi2 3 は、ガラス素材中に10質量%以上、好ましくは20質量%以上含有する場合に、本発明が好適に作用する。また、ガラス素材中のその他の成分としては、ガラス素材に用いられる公知の成分が挙げられ、例えば、P2 5 、B2 3 ,Na2 O,K2 O,Nb2 5 ,WO3 ,Al2 3 ,GeO2 ,Ga2 3 ,ZrO2 ,Gd2 3 ,La2 3 ,Y2 3 ,Ta2 5 ,MgO,CaO,SrO等が挙げられる。
【0035】
次いで、光学素子用成形型1に収容したガラス素材30のプレス成形するために、まず、加熱された光学素子用成形型1をプレス手段であるプレスプレート10b上に移動させ、載置する(図2(a))。
【0036】
その後、プレスプレート10aを押し下げてプレスプレート10a及び10bによりプレス成形するが、プレスプレート10aを下降させると、プレスプレート10aは上型2と接触して上型2を押し下げていく。上型2が押し下げられると、ガラス素材30はその圧力により変形し、プレス成形が行われる。このプレス成形では、プレスプレート10aが外胴5により規制されるまで下降させて押し切ることで行われ、プレスプレート10a,10b間の距離は、外胴5の高さにより決定され、このとき、ガラス素材30が所定の厚みになる(図2(b))。
【0037】
この加熱及びプレス工程において、ガラス素材は、変形が容易な屈伏点以上に加熱されるが、一般的には、軟化点まで温度を上げるとレンズ表面が白濁するので屈伏点(At)から軟化点の間の温度に設定する。
【0038】
この加熱温度は、ガラス素材が加圧変形できる温度であればよく、屈伏点と軟化点との中間付近の温度が好ましい。加熱手段及びプレス手段を所定の温度に設定して、加熱することで、これら加熱手段及びプレス手段に接触した上型2及び下型3は、温度が昇温していき設定温度と同じ温度にまで加熱される。
【0039】
プレス工程では、上記したように成形型の上下から圧力をかけることでガラス素材30をプレス成形し、これによりガラス素材には上型2及び下型3の光学成形面が転写され、光学素子形状が付与される。
【0040】
このプレス工程におけるプレス時の圧力は、2.5〜37.5N/mmが好ましく、例えば、10〜20N/mmが特に好ましい。ここで言うプレス時の圧力とは、ガラス素材に加わる圧力を指す。
【0041】
なお、このプレス工程において、ガラス素材中に含有する酸化ビスマス(Bi2 3 )が加熱状態になるためガラス素材表面からO2 ガスを放出し、これが曇りの原因になっているものと考えられている。すなわち、ガラス素材表面から放出されたガスは、ガラス素材とプレス成形中の成形型との間で他に逃げ場が無くなり、そのままプレス成形されることで、そのガスの体積分だけガラス素材表面に微小な孔を形成し、この微小な孔が多数集まることによって曇りが生じていると考えられる。
【0042】
本発明においては、この曇りを解消するために、成形型の成形面表面に易酸化性を有する保護膜を形成することで、上記したようにガラス素材表面から放出されたO2 ガスにより成形型の保護膜を酸化させ、O2 ガスによる光学素子表面への微小な孔の形成を抑制して、曇りを生じさせないようにした。このとき、プレス温度は、保護膜の酸化開始温度と同程度又はそれよりも50〜150℃高い温度とすることで、発生したO2 ガスにより保護膜の酸化を効率的に行わせ、上記不具合を抑制できる。ここで同程度とは、±50℃の範囲をいう。
【0043】
そして、このようにプレス工程でガラス素材に光学素子形状を付与した後、光学素子用成形型1を、今度は冷却プレート上に移動させて、冷却プレートと光学素子用成形型1を接触させて、光学素子用成形型1を冷却することによって、ガラス素材を冷却、固化する。
【0044】
この冷却工程においては、成形されたガラス素材30が、歪点以下になるまで冷却することが好ましい。この冷却工程においても、ガラス素材30への加圧を継続することが好ましく、上記歪点以下の温度になるまで加圧を続けることが好ましい。
【0045】
さらに、この冷却中に、ガラス素材の温度がガラス転移点以下になったところで、ガラス素材に加圧する圧力を変化させることもでき、例えば、ガラス素材30の温度が、ガラス転移点以上のときにはプレス時の圧力と同じ圧力としておき、ガラス転移点よりも低い温度になってからは圧力を高くして、段階的に加圧してもよい。
【0046】
ガラス転移点以上の温度において低圧にするのは、肉厚バラツキを抑えるためであり、それ以下の温度域では押込み量がほとんど無いので増圧しても問題ない。すなわち、ガラス素材が硬化状態に近づくガラス転移点(Tg)付近までは低い圧力で保圧し、ガラス転移点(Tg)付近からそれ以下の温度となりガラス素材が固化するまで、より高い圧力をかける。このように冷却工程において圧力を継続してかけることにより光学素子の面形状が安定する。
【0047】
なお、ここで、低い圧力とは2.5N/mm以下、高い圧力とは2.5N/mm超である。また、ガラス素材が歪点以下となり、固化した後は、さらに20N/mm超となるような高い圧力をかけてもよい。このように段階的に圧力を高めることで光学素子の面ワレが生じる等の不具合が生じることを抑制し、形状精度を高めることができる。また、固化した後の圧力としては、ガラス素材にワレが生じる等の不具合が生じない限りはどのような圧力でもよいが、通常、30N/mm程度が上限である。上記では2段階に圧力を増加させていく例を説明したが、それ以上の多段階として増圧してもよい。本明細書において、面ワレとは、光学素子が成形型から離型する際に、一部だけが先に離型し、その後に残りが離型した場合に、曲率が不連続な光学面が形成されて非球面形状精度が悪化する不良が生じる離型異常のことをいう。
【0048】
そして、この冷却工程においては、成形型をさらに冷却させるために、例えば、水冷手段上へ移動させて冷却を行うことが好ましい。この水冷手段による冷却は、冷却工程で冷却されたガラス素材をさらに急冷させ、ガラス素材を歪点付近の温度から成形型が酸化しない温度の200℃以下まで冷却させる。ここで用いる水冷手段は、上記冷却手段の冷却プレート内部に埋め込まれたヒータに換えて冷却水を循環させる構成としたものが挙げられる。
【0049】
このようにして冷却、固化して得られた光学素子は、必要に応じてアニール工程等に付されて歪み等を除去する等の後処理を施し、さらにその外周部を切削等により所望の径を有する光学素子形状に加工し、反射防止コート等を施して最終的な製品とされる。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0051】
(実施例1)
図1の光学素子用成形型を用いて、光学素子を以下の通り成形した。
【0052】
ここで用いた光学素子用成形型は、タングステンカーバイドからなる超硬合金製のものであり、プレス成形により、直径15mm、中心厚さ4mm、周辺厚さ2mmの両凸形状の光学素子が得られる。ここで、上型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、下型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、内胴はその円筒状の内径がφ17mmで上型及び下型とはクリアランスを5μm設け、外径がφ23mm、長さが18mmである。なお、外胴はSUS316L製で、その円筒状の内径がφ23.2mm、外径がφ29mm、長さが24.9mmのものを用いた。
【0053】
なお、上記光学素子用成形型において、その上型及び下型の光学素子成形面には、それぞれ中間層となる10nmのTi膜を介して400nmのTiN膜(保護膜)が形成されている。この中間層であるTi膜は、スパッタリング法により、Tiターゲットに直流電源から1400W(パワー密度11.4W/cm)の電力を供給し、基板にはRFバイアス300W(基板温度 250℃)の電力を供給し、ガス圧力0.2Pa、アルゴン流量70sccmの条件で成膜した。ガス導入前の成膜室の真空度は 1.00×10−3Paであった。続けて成膜室内に窒素ガスを導入し、反応性スパッタリング法にてTiN膜の成膜を行った。Tiターゲットに直流電源から1400W(パワー密度11.4W/cm)の電力を供給し、基板にはRFバイアス300W(基板温度 250℃)の電力を供給し、ガス圧力0.2Pa、アルゴン流量70sccm、窒素流量10sccmの条件で成膜した。ここで成膜されたTiN膜の酸化開始温度は約500℃である。
【0054】
次に上記した光学素子用成形型を用いて次のようにプレス成形した。
【0055】
まず、光学素子用成形型の内部に直径φ10.7mmで、厚さが6.7mmの楕円球形状した、酸化ビスマスを22.2モル%含有するリン酸ビスマスニオブ系のガラス素材を収容し、成形型を535℃に加熱した。なお、このガラス素材のガラス転移点(Tg)は483℃、屈伏点(At)は522℃である。
【0056】
ガラス素材を収容した成形型を、530℃程度に予備加熱した後、搬送手段により535℃に加熱されたプレスプレート10b上に搬送して載置すると同時に、プレスプレート10bと同じ温度に維持されたプレスプレート10aを、下降させて上型2に接触させ、上型2、下型3及びガラス素材30を120秒間十分に加熱し、昇温させてガラス素材を軟化状態とした。
【0057】
次に、上型2、下型3及びガラス素材30が十分に加熱され、プレスプレート10a及び10bと同程度の温度(535℃程度)となったところで、プレスプレート10aをさらに下降させ、上型2及び下型3によりガラス素材30をプレス成形した。成形時の圧力を22N/mmとし、100秒程度押圧して押切った。
【0058】
次に、光学素子用成形型1を搬送手段により冷却手段上に搬送して載置させ、成形型全体を冷却し、ガラス素材の歪点以下になるまで冷却した。
【0059】
ガラス素材が歪点以下の温度となったところで、成形型を冷却手段から水冷手段上に搬送させて載置し、ガラス素材を室温になるまで冷却した。ガラス素材が十分に冷却したところで、成形型から取り出し、光学素子を得た。
【0060】
(実施例2〜4)
プレス成形時の加熱温度を、それぞれ540℃、545℃、550℃とした以外は、実施例1と同一の条件で光学素子の成形を行った。
【0061】
(比較例1〜4)
Ti膜及びTiN膜に替えて、厚さ200nmのIr−Re膜を表面層として形成した以外は実施例で用いた成形型と同一の構成を有する成形型により、成形操作も実施例と同一の条件により行った。なお、プレス温度は実施例1〜4とそれぞれ対応する温度で光学素子の成形を行い、比較例1〜4とした。
ここで、Ir−Re膜はIrターゲットとReターゲットを同時にスパッタリングする、いわゆる2元スパッタリング法により成膜した。ここで成膜されたIr−Re膜の酸化開始温度は約640℃である。
【0062】
(試験例)
上記実施例及び比較例で得られた光学素子の表面の外観観察を行い、その結果を表1及び表2に示した。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
外観観察:ハロゲンランプを光源として、その透過光を目視により観察し、キズ、泡、曇りの有無を確認した。
【0066】
(実施例5)
実施例1と同形状の光学素子用成形型において、その上型及び下型の光学素子成形面には、それぞれ中間層となる10nmのTi膜を介して300nmのTiCN膜(保護膜)を形成した成形型を用意した。この中間層であるTi膜は、スパッタリング法により、Tiターゲットに直流電源から300W(パワー密度3.8W/cm)の電力を供給し、基板にはRFバイアス100W(基板温度 25℃)の電力を供給し、ガス圧力を0.1Pa、アルゴン流量30sccmの条件で成膜した。ガス導入時の成膜室の真空度 1.00×10−4Paであった。続けて成膜室内に窒素ガスを導入し、反応性スパッタリング法により、TiCNの成膜を行った。TiCターゲットに直流電源から700W(パワー密度8.9W/cm)の電力を供給し、基板にはRFバイアスを0W(基板温度 25℃)の電力を供給し、ガス圧力0.1Pa、アルゴン流量26sccm、窒素流量4sccmの条件で成膜した。ここで成膜されたTiCN膜の酸化開始温度は約440℃である。
【0067】
この光学使用成形型を用い、実施例1と同様に光学素子の成形を行った。なお、このときプレス成形時の加熱温度を550℃とし、13ショット連続して行ったが、全て外観欠点のない光学素子が得られた。
【0068】
なお、上記実施例及び比較例において、保護膜の酸化開始温度は次のように決定した。3mm角、厚さ20μmのPt箔上に、保護膜を約600nmの厚さで成膜し、これをサンプルとした。熱質量分析装置を用いて、空気雰囲気下、35〜1400℃まで10℃/分の昇温速度で加熱していったときのサンプルの質量変化を測定し、得られたTG−DSC曲線から顕著に質量の変化が生じた温度を求めた。
【0069】
以上に示したように、本発明の光学素子の成形方法により、ビスマス系のガラス素材を用いた場合においても、特別な操作を行うことなく従来と同様のプレス成形操作を行うだけで、光学素子の曇りの発生を抑制でき、製品の歩留まり向上に有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の光学素子の成形方法及び成形装置は、プレス成形による光学素子の製造に用いることができる。
【符号の説明】
【0071】
1…光学素子用成形型、2…上型、3…下型、4…内胴、5…外胴、6…保護膜、10a,10b…プレスプレート、30…ガラス素材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化したガラス素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型であって、前記上型及び下型の成形面に、耐熱性及び易酸化性を有する保護膜が形成された光学素子用成形型を用い、
該光学素子用成形型にビスマス系のガラス素材を収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内のガラス素材を軟化させる加熱工程と、軟化したガラス素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与したガラス素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とする光学素子の成形方法。
【請求項2】
前記易酸化性を有する保護膜が、第4族元素をベースにした化合物で形成されている請求項1記載の光学素子の成形方法。
【請求項3】
前記第4族元素をベースにした化合物が、窒化物、炭窒化物又は炭化物である請求項2記載の光学素子の成形方法。
【請求項4】
前記保護膜が、反応性スパッタリング法により100〜500nmの厚さに形成された請求項1乃至3のいずれか1項記載の光学素子の成形方法。
【請求項5】
前記ビスマス系のガラス素材が、Bi2 3 をガラス素材中に20質量%以上含有してなる請求項1乃至4のいずれか1項記載の光学素子の成形方法。
【請求項6】
前記プレス工程におけるプレス温度が、前記易酸化性を有する保護膜の酸化開始温度に対して±50℃の範囲又は50〜150℃高い温度である請求項1乃至5のいずれか1項記載の光学素子の成形方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−30987(P2012−30987A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169485(P2010−169485)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】