説明

光学素子成形用型の製造方法および光学素子成形用型

【課題】 光学素子成形用型の型母材にFCVA法によってtaC膜を成膜する工程において、開角の大きな凸形状の型の周辺の傾斜部の膜質が劣るのを防ぐ。
【解決手段】 光学素子成形用型の型母材10に、FCVA法によりtaC膜14を成膜する工程で、型母材10を保持する型母材保持部材10の外側にリング状磁石3を配置する。成膜源を構成するフィルターコイル22による磁力と同方向に、型母材10の成形面の法線方向にリング状磁石3の磁力を作用させることで、成膜されるtaC膜13の膜質を均一化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ、プリズムなどの光学素子をガラス素材のプレス成形により製造する際に使用される光学素子成形用型の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラス研磨工程を必要とせず、ガラス素材のプレス成形によってレンズを製造する技術は、従来の光学素子成形用型の製造方法において必要とされた複雑な工程を省き、簡単かつ安価にレンズを製造することを可能とした。このような、ガラスの光学素子のプレス成形に使用される型材に要求される性質としては、硬度、耐熱性、離型性、鏡面加工性などに優れていることが挙げられる。
【0003】
従来、この種の型材として、金属、セラミックスや、それらをコーティングした材料など、数多くの提案がなされている。そのなかでも、ダイヤモンド状炭素膜、水素化アモルファスカーボン膜(a−C:H膜)、硬質炭素膜、テトラヘドラルアモルファスカーボン膜(taC膜)などの炭素膜を用いた型は、型とガラスとの離型性が良く、ガラスとの融着を起こしにくい利点を持っている。
【0004】
そこで、耐熱性の良い炭素膜としては、特許文献1に開示されたようにフィルタードカソーディックバキュームアーク法(FCVA法)で得られたtaC膜が知られている。従来のメタン系ガスを用いるダイヤモンド状炭素膜(硬質炭素膜)は、水素を含み、高温成形時に炭素と水素の結合が切れて、炭素同士がグラファイト結合(sp2結合)して硬度低下し易い。これに対してtaC膜は、その製法であるFCVA法がグラファイトを原料とするため、水素レスのダイヤモンド状炭素膜(高強度なsp3結合)を得ることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−075529号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的にダイヤモンド状炭素膜、a−C:H膜、硬質炭素膜、taC膜を用いた型は、型とガラスとの離型性が良く、ガラスとの融着を起こしにくい利点がある。しかしながら、型と膜の密着性が一般に低く、成形操作を数百回以上繰り返して行うと、膜が剥離し、十分な成形性能が得られないことがある。
【0007】
しかしながら、前述のFCVA法によるtaC膜の成膜方法は、陰極点からのイオン放出と同時に発生する陰極材料の微粒子を、プラズマ磁気輸送中のトラップ除去しながら、炭素イオンだけを型母材(成形型基板)へ到達させて成膜している。このようなFCVA法の場合、型の周辺の傾斜部の耐熱性が低いという問題点があった。特に、開角(型の光学軸中心と光学有効径位置における法線方向とが為す角度)の大きな形状の型の周辺部は、頂点部に比べて耐熱性が劣る傾向があった。そのため、型の周辺部において、成形回数の増加とともにtaC膜が剥離し、耐久劣化を引き起こしていた。
【0008】
本発明は、型の頂点部から周辺の傾斜部まで均一な膜質のtaC膜を有する光学素子成形用型を製造することのできる光学素子成形用型の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、光学素子成形用型の製造方法において、型母材を真空チャンバー内に配置した後、前記型母材の外側に配置したリング状磁石により、前記型母材の被成膜面に対して法線方向の磁場を形成し、前記型母材に電圧を印加しながら、フィルタードカソ−ディックバキュームアーク法によって、前記型母材の被成膜面にテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を成膜するものである。
【発明の効果】
【0010】
FCVA法によってtaC膜を成膜する工程において、型母材の法線方向に磁場を形成し、型母材保持部材に電圧を印加することで、型の周辺の傾斜部において膜質が劣るのを防ぐ。均一な膜質のtaC膜を設けることで、光学素子成形用型のプレス成形耐久回数を増し、光学素子の生産コストを大幅に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態における成膜装置の模式図と、成膜後の光学素子成形用型の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(第1の実施の形態)
図1(a)は、一実施形態に係る光学素子成形用型の製造方法におけるフィルタードカソ−ディックバキュームアーク法(FCVA法)による成膜を行う成膜装置(FCVA装置)を示す。この装置は、真空チャンバー1内に型母材保持部材2を有し、型母材保持部材2は型母材10を保持する。型母材保持部材2の外側には、後述するような磁場を形成する磁気手段であるリング状磁石3が設置されている。型母材10には直流電源5により電圧が印加されている。真空チャンバー1には、FCVA法によってテトラヘドラルアモルファスカーボン膜(taC膜)を成膜するための成膜源を構成するバキュームアーク電源20、アークプラズマ生成室21及びフィルターコイル22が接続されている。
【0013】
フィルターコイル22の作る磁場の磁力線の向き(矢印B)は、型母材10からフィルターコイル22の向き(矢印A)になるように形成する。磁力線の向きを逆方向とした場合は、フィルターコイル22の作る磁場と、リング状磁石3によって形成される磁場の変極点で、炭素イオンの進行方向以外の磁場の影響で炭素イオンが発散して、膜の均質化が阻害される。
【0014】
また、リング状磁石3による磁場の磁束密度は、型母材10の成形面(被成膜面)の法線方向に向けて0.02テスラ以上0.4テスラ未満である。磁束密度が0.02テスラ以下であれば、磁力による電子のサイクトロン運動の半径が大きくなるため、炭素イオンを引き込むことができず、周辺部の成形面に対して法線方向に入射する炭素イオンが少なくなり、膜質改善に効果が無くなる。一方、FCVA装置では、フィルターコイル以外に、炭素イオンビームをスキャンするためのスキャニングコイルがある。磁束密度が0.4テスラ以上では、スキャニングコイルの作る磁界に干渉するため、膜厚分布が不均一となる。
【0015】
成膜工程では、型母材を真空チャンバー内に配置した後、真空チャンバー1内の到達真空度を1×10−5Pa以下に排気する。バキュームアーク電源20によりアークプラズマ生成室21で炭素プラズマを生成し、フィルターコイル22により炭素イオンを抽出して、炭素イオンを型母材10に照射する。このようにして、taC膜を50〜1000nm形成する。
【0016】
図1(b)は、taC膜を成膜後の光学素子成形用型の断面図である。型母材10から順に、Ti膜11、TiAlN膜12、SiC膜13、taC膜14が成膜されている。
【0017】
型母材10は、WCを主成分とする超硬合金が好ましいが、SiCの焼結体にCVD法で形成されたSiC膜を用いた型母材でも適用される。ただしその場合は、型母材に直接、FCVA法によりtaC膜が形成される。
【0018】
(実施例1)
図1(a)の装置により、図1(b)に示すような光学素子成形用型を形成した。まず凸形状で開角が55度である型母材10を準備し、WCを主成分とする超硬合金の型母材10に、スパッタリング装置を用いてTi膜11を300nm成膜した。次に、TiAlN膜12を700nm成膜し、さらにSiC膜を60nm成膜した。SiC膜の形成方法としては、プラズマソースイオンインプラテーション法(PSII法)や、スパッタ法が適用される。最後に、図1(a)に示す成膜装置の真空チャンバー1内に型母材10を設置した。リング状磁石3により、型母材10から型母材10の成形面の法線方向に向けて±0、+0.01、+0.02、+0.1、+0.2、+0.4、+0.5テスラの各磁束密度を有する磁場を形成し、taC膜13を200nm成膜した。
【0019】
また、この時のtaC膜が成膜された光学素子成形用型に対して、抵抗率計を用いて頂点部と周辺の傾斜部の電気抵抗率の測定を行った。その結果を表1に示す。測定においては、定電圧印加法を用い、印加電圧は10V、測定時間は10秒で行った。なお、光軸からの角度が0度を頂点部、70度を周辺部とした。
【0020】
また、プレス成形後の光学素子成形用型を想定して、taC膜が形成された光学素子成形用型をプレス温度である680度で5分間熱処理を行い、熱処理前と同様に熱処理後の頂点部と周辺部の電気抵抗率の測定を行った。測定はいずれも室温(25度)で行った。その結果を表1に示す。なお、磁束密度が+0.5テスラの場合は、頂点部と周辺部に電気抵抗率の測定に必要な膜質のTaC膜が形成されなかった。
【0021】
なお、taC膜11より下膜のSiC膜10、TiAlN膜9、Ti膜8及び母材は導電体であるため、その抵抗率は無視する。
【0022】
【表1】

【0023】
次に、このように製造された光学素子成形用型を用いて光学素子である光学レンズのプレス成形を最大2000ショット行った。成形ガラスは、希土類を含む棚珪酸系ガラス(Tg:610℃、屈折率:1.86)で、成形条件は、窒素雰囲気下、プレス温度680℃で行った。
【0024】
その結果、磁束密度が±0テスラの場合は、300ショットでtaC膜の周辺の傾斜部に剥離が発生した。また磁束密度が+0.01テスラの場合は、550ショットでtaC膜の周辺部に剥離が発生した。これに対して、磁束密度が+0.02、+0.1、+0.2、+0.4テスラの場合は、2000ショット行っても、taC膜の剥離は全く発生せず、成形品はすべて良好であった。
【0025】
磁束密度が+0.02、+0.1、+0.2、+0.4テスラの場合の電気抵抗値は、表1から分かるように、1×10Ω・cm以上で9×10Ω・cm以下である。従ってtaC膜の電気抵抗値がこの範囲にあれば、良好な成形品を成形できることが分かる。
【0026】
また、リング状磁石3により、+0.01、+0.4テスラの各磁束密度を有する磁場により成膜したtaC膜に対して、頂点部および周辺の傾斜部のラマン・スペクトルの1360cm−1の強度Idと1580cm−1の強度Igの比を測定した。また、Id/Igにおいて周辺部/中心部の比をId/Ig比として記載した。その結果を表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
表2から分かるように、Id/Igの値が0.84以下であり、Id/Ig比が1.1以上で1.8以下であれば良好な成形品を成形できることが分かる。
【0029】
(第2の実施の形態)
フィルターコイルの作る磁場と、リング状磁石によって形成される磁場を、各々逆向きにする以外は実施例1と同様に光学素子成形用型を製造した。この光学素子成形用型を用いて実施例1と同様に光学レンズの成形を行った。実施例1と同様、成形中、型と成形された光学素子との離型性は良好であった。
【符号の説明】
【0030】
1 真空チャンバー
2 型母材保持部材
3 リング状磁石
10 型母材
11 Ti膜
12 TiAlN膜
13 SiC膜
14 taC膜
20 バキュームアーク電源
21 アークプラズマ生成室
22 フィルターコイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学素子成形用型の製造方法において、型母材を真空チャンバー内に配置した後、前記型母材の外側に配置したリング状磁石により、前記型母材の被成膜面に対して法線方向の磁場を形成し、前記型母材に電圧を印加しながら、フィルタードカソ−ディックバキュームアーク法によって、前記型母材の被成膜面にテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を成膜することを特徴とする光学素子成形用型の製造方法。
【請求項2】
前記磁場において、前記型母材の被成膜面に対して法線方向の磁束密度は、0.02テスラ以上0.4テスラ未満であることを特徴とする請求項1に記載の光学素子成形用型の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の光学素子成形用型の製造方法によって製造されたことを特徴とする光学素子成形用型。
【請求項4】
ガラスよりなる光学素子のプレス成形に用いる光学素子成形用型であって、少なくとも成形面にテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を有し、前記テトラヘドラルアモルファスカーボン膜における熱処理後の室温での電気抵抗率が1×10Ω・cm以上で9×10Ω・cm以下であることを特徴とする光学素子成形用型。
【請求項5】
ガラスよりなる光学素子のプレス成形に用いる光学素子成形用型であって、少なくとも成形面にテトラヘドラルアモルファスカーボン膜を有し、前記テトラヘドラルアモルファスカーボン膜のラマン・スペクトルの1360cm−1の強度Idと1580cm−1の強度Igの比であるId/Igが0.84以下であり、熱処理後の前記光学素子成形用型の頂点部におけるId/Igと、光軸からの角度が70度に位置する周辺部との比が1.1以上で1.8以下であることを特徴とする光学素子成形用型。

【図1】
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【公開番号】特開2011−236116(P2011−236116A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87625(P2011−87625)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】