説明

内燃機関の空燃比制御装置

【課題】 通過帯域幅が比較的広いバンドパスフィルタ処理を用いて抽出信号の十分なS/Nを確保し、空燃比センサの故障判定を短時間で精度良く行う空燃比制御装置を提供する。
【解決手段】 空燃比を周波数f1で振動させる空燃比振動制御を行い、空燃比振動制御実行中における検出当量比の今回値KACT(k)と、0.5次周波数成分を減衰させるように設定された離散遅延時間NIMB前の過去値KACT(k-NIMB)との差分DKACT(k)を算出し、差分DKACT(k)についてバンドパスフィルタ処理及び積算演算を行って周波数f1成分強度MPTf1を算出する。周波数f1成分強度MPTf1と、故障判定閾値MTPf1THとを比較し、その比較結果に応じて、空燃比センサの応答特性劣化故障を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の空燃比制御装置に関し、特に機関排気系に設けられる空燃比センサの応答特性劣化故障を判定する機能を有する空燃比制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、機関排気系に設けられた空燃比センサの応答特性劣化故障を判定する装置が示されている。この装置によれば、機関運転中に空燃比を所定周波数で振動させる空燃比振動制御が実行され、その制御実行中における空燃比センサ出力信号に含まれる所定周波数成分の強度が判定閾値以下であるとき、空燃比センサの応答特性劣化故障が発生していると判定される。
【0003】
また特許文献2には空燃比センサの出力信号に基づいて、複数気筒のそれぞれに対応する空燃比が許容限度を超えてばらつくインバランス故障を判定する機能を有する空燃比制御装置が示されている。特許文献2に示されるようにインバランス故障が発生すると、空燃比センサ出力信号に含まれる0.5次周波数成分の強度が増加することが知られている。0.5次周波数成分は、機関の回転速度に対応する周波数の1/2の周波数成分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−133418号公報
【特許文献2】特開2011−144754号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示された装置では、所定周波数成分の強度を算出するために、バンドパスフィルタ処理を用いて所定周波数成分の抽出が行われるが、気筒毎の空燃比にばらつきがあると、インバランス故障と判定されるほどインバランス度合が大きくない状態でも、空燃比センサ出力信号に含まれる0.5次周波数成分が増加する。そのため、所定周波数が上記0.5次周波数の近傍にある場合、所定周波数成分を抽出するためのバンドパスフィルタ処理の通過帯域幅WBを狭くすることが必要となる。
【0006】
図7は通過帯域幅WBと、過渡応答特性との関係を示す図であり、図7(a)に示す実線L1,破線L2,及び一点鎖線L3で示す特性と、図7(b)に示す実線L11,破線L12,及び一点鎖線L13で示す特性とが対応している。すなわち、通過帯域幅WBを狭くするほど、過渡応答特性における立ち上り時間(バンドパスフィルタ処理の開始時点t0からフィルタ出力VOUTが定常出力VSTに達するまでの時間)が長くなる。図8(a)は、バンドパスフィルタ処理の開始時点t0からの、フィルタ出力信号の立ち上り特性の一例を示している。また、入力信号(空燃比センサ出力信号)がステップ的に変化したような場合に、通過帯域幅WBを狭くするほど図8(b)に示すような初期発振が発生し易くなる。
【0007】
このようにバンドパスフィルタ処理の通過帯域幅WBを狭くすると不都合な点があるため、通過帯域幅WBを比較的広く設定しつつ、抽出信号のS/N(不要周波数成分強度に対する抽出周波数成分強度の比率)を高くすることが望まれていた。
【0008】
本発明はこの点に着目してなされたものであり、通過帯域幅が比較的広いバンドパスフィルタ処理を用いて抽出信号の十分なS/Nを確保し、空燃比センサの故障判定を短時間で精度良く行うことができる空燃比制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため請求項1に記載の発明は、複数気筒を有する内燃機関の排気通路において空燃比を検出する空燃比検出手段(15)を備える内燃機関の空燃比制御装置において、前記空燃比を設定周波数(f1)で振動させる空燃比振動手段と、前記空燃比振動手段の作動中に、前記空燃比検出手段による今回検出値(KACT(k))と、前記設定周波数(f1)とは異なる特定周波数(fIMB)に対応する特定周波数成分を減衰させるように設定された特定期間(NIMB)前の過去値(KACT(k-NIMB))との差分を差分信号(DKACT(k))として生成する差分信号生成手段と、前記差分信号(DKACT(k))に含まれる前記設定周波数(f1)に対応する設定周波数成分を抽出する抽出手段と、前記抽出手段により抽出される前記設定周波数成分の強度(MPTf1)と、故障判定閾値(MPTf1TH)との相対関係に基づいて、前記空燃比検出手段(15)の応答特性劣化故障を判定する故障判定手段とを備えることを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の内燃機関の空燃比制御装置において、前記故障判定手段は、前記設定周波数成分の強度(MPTf1)を、前記抽出手段により抽出される前記設定周波数成分の振幅を設定積算期間(TCAINT,TINT)に亘って積算することにより算出するものであり、前記設定周波数(f1)は、前記機関の回転速度(NE)が高くなるほど高く設定され、さらに下記a),b),及びc)の何れか一つが実行されることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の空燃比制御装置:
a)前記設定積算期間(TCAINT)を前記機関回転速度(NE)が高くなるほど短くなるように設定する;
b)前記故障判定閾値(MPTf1TH)を前記機関回転速度(NE)が高くなるほど大きくなるように設定する;
c)前記設定周波数成分の強度(MPTf1)を前記機関回転速度(NE)が高くなるほど小さくなるように補正する。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に記載の発明によれば、空燃比を設定周波数で振動させる空燃比振動制御が行われ、空燃比振動制御実行中における空燃比検出手段による今回検出値と、特定周波数に対応する特定周波数成分を減衰させるように設定された特定期間前の過去値との差分が差分信号として生成され、この差分信号に含まれる設定周波数に対応する設定周波数成分が抽出される。抽出手段により抽出される設定周波数成分の強度と故障判定閾値との相対関係に基づいて、空燃比検出手段の応答特性劣化故障が判定される。差分信号に含まれる特定周波数成分は大きく減衰しているため、比較的広い通過帯域幅のバンドパスフィルタ処理を用いて、設定周波数成分を十分なS/Nで抽出することができる。その結果、空燃比検出手段の応答特性劣化故障判定を短時間で精度良く行うことができる。
【0012】
請求項2に記載の発明によれば、抽出手段により抽出される設定周波数成分の振幅を設定積算期間に亘って積算することにより、設定周波数成分の強度が算出され、設定周波数は、機関の回転速度が高くなるほど高く設定される。さらにa)設定積算期間を機関回転速度が高くなるほど短くなるように設定すること、b)故障判定閾値を機関回転速度が高くなるほど大きくなるように設定すること、及びc)設定周波数成分の強度を機関回転速度が高くなるほど小さくなるように補正することの何れか一つが実行される。機関運転状態に応じた周波数で空燃比振動制御を行うことにより、故障判定実行中における排気特性の悪化、あるいは機関回転速度の変化に起因する判定精度の低下を抑制することができる。すなわち、設定積算期間を機関回転速度が高くなるほど短く設定することにより、空燃比振動制御の実行時間が短縮され、排気特性の悪化を抑制できる。また、設定積算期間を一定時間とする場合には、機関回転速度が高くなるほど、積算演算により算出される設定周波数成分強度が増加する。したがって、機関回転速度が高くなるほど故障判定閾値が大きくなるように設定すること、または設定周波数成分強度がより小さくなるように補正することにより、判定精度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態にかかる内燃機関及びその空燃比制御装置の構成を示す図である。
【図2】インバランス故障の判定手法を説明するための周波数成分強度分布を示す図である。
【図3】特定の周波数成分を減衰させる差分演算処理の特性を示す図である。
【図4】酸素濃度センサ(空燃比センサ)の応答特性劣化故障判定を行う処理のフローチャートである。
【図5】図4に示す処理の変形例を示すフローチャートである。
【図6】図5の処理で参照されるテーブルを示す図である。
【図7】バンドパスフィルタ処理の通過帯域幅と過渡応答特性との関係を説明するための図である。
【図8】バンドパスフィルタ処理出力の過渡応答例を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施形態にかかる内燃機関(以下「エンジン」という)及びその空燃比制御装置の全体構成図であり、例えば4気筒のエンジン1の吸気管2の途中にはスロットル弁3が配されている。スロットル弁3にはスロットル弁開度THを検出するスロットル弁開度センサ4が連結されており、その検出信号は電子制御ユニット(以下「ECU」という)5に供給される。
【0015】
燃料噴射弁6はエンジン1とスロットル弁3との間かつ吸気管2の図示しない吸気弁の少し上流側に各気筒毎に設けられており、各噴射弁は図示しない燃料ポンプに接続されていると共にECU5に電気的に接続されて当該ECU5からの信号により燃料噴射弁6の開弁時間が制御される。
【0016】
スロットル弁3の上流側には吸入空気流量GAIRを検出する吸入空気流量センサ7が設けられている。またスロットル弁3の下流側には吸気圧PBAを検出する吸気圧センサ8、及び吸気温TAを検出する吸気温センサ9が設けられている。これらのセンサの検出信号は、ECU5に供給される。エンジン1の本体には、エンジン冷却水温TWを検出する冷却水温センサ10が装着されており、その検出信号はECU5に供給される。
【0017】
ECU5には、エンジン1のクランク軸(図示せず)の回転角度を検出するクランク角度位置センサ11が接続されており、クランク軸の回転角度に応じた信号がECU5に供給される。クランク角度位置センサ11は、エンジン1の特定の気筒の所定クランク角度位置でパルス(以下「CYLパルス」という)を出力する気筒判別センサ、各気筒の吸入行程開始時の上死点(TDC)に関し所定クランク角度前のクランク角度位置で(4気筒エンジンではクランク角180度毎に)TDCパルスを出力するTDCセンサ及びTDCパルスより短い一定クランク角周期(例えば6度周期)で1パルス(以下「CRKパルス」という)を発生するCRKセンサから成り、CYLパルス、TDCパルス及びCRKパルスがECU5に供給される。これらのパルスは、燃料噴射時期、点火時期等の各種タイミング制御、エンジン回転数(エンジン回転速度)NEの検出に使用される。
【0018】
排気通路13には三元触媒14が設けられている。三元触媒14は、酸素蓄積能力を有し、エンジン1に供給される混合気の空燃比が理論空燃比よりリーン側に設定され、排気中の酸素濃度が比較的高い排気リーン状態では、排気中の酸素を蓄積し、逆にエンジン1に供給される混合気の空燃比が理論空燃比よりリッチ側に設定され、排気中の酸素濃度が低く、HC、CO成分が多い排気リッチ状態では、蓄積した酸素により排気中のHC,COを酸化する機能を有する。
【0019】
三元触媒14の上流側であって各気筒に連通する排気マニホールドの集合部より下流側には、比例型酸素濃度センサ15(以下「LAFセンサ15」という)が装着されており、このLAFセンサ15は排気中の酸素濃度(空燃比)にほぼ比例した検出信号を出力し、ECU5に供給する。
【0020】
ECU5には、エンジン1により駆動される車両のアクセルペダルの踏み込み量(以下「アクセルペダル操作量」という)APを検出するアクセルセンサ21及び当該車両の走行速度(車速)VPを検出する車速センサ22が接続されており、それらセンサの検出信号がECU5に供給される。スロットル弁3は図示しないアクチュエータにより開閉駆動され、スロットル弁開度THはアクセルペダル操作量APに応じてECU5により制御される。
なお、図示は省略しているが、エンジン1には周知の排気還流機構が設けられている。
【0021】
ECU5は、各種センサからの入力信号波形を整形し、電圧レベルを所定レベルに修正し、アナログ信号値をデジタル信号値に変換する等の機能を有する入力回路、中央演算処理ユニット(以下「CPU」という)、該CPUで実行される各種演算プログラム及び演算結果等を記憶する記憶回路、燃料噴射弁6に駆動信号を供給する出力回路を備えている。
【0022】
ECU5のCPUは、上述の各種センサの検出信号に基づいて、種々のエンジン運転状態を判別するとともに、該判別されたエンジン運転状態に応じて、次式(1)を用いて、TDCパルスに同期して開弁作動する燃料噴射弁6の燃料噴射時間TOUTを演算する。燃料噴射時間TOUTは、噴射される燃料量にほぼ比例するので、以下「燃料噴射量TOUT」という。
TOUT=TIM×KCMD×KAF×KTOTAL (1)
【0023】
ここに、TIMは基本燃料量、具体的には燃料噴射弁6の基本燃料噴射時間であり、吸入空気流量GAIRに応じて設定されたTIMテーブルを検索して決定される。TIMテーブルは、エンジンにおいて燃焼する混合気の空燃比AFがほぼ理論空燃比になるように設定されている。
【0024】
KCMDはエンジン1の運転状態に応じて設定される目標空燃比係数である。目標空燃比係数KCMDは、空燃比A/Fの逆数、すなわち燃空比F/Aに比例し、理論空燃比のとき値1.0をとるので、以下「目標当量比」という。後述するように、空燃比のインバランス故障判定を行うときは、1.0±DAFの範囲で時間経過に伴って正弦波状に変化するように設定される。
【0025】
KAFは、空燃比フィードバック制御の実行条件が成立するときは、LAFセンサ15の検出値から算出される検出当量比KACTが目標当量比KCMDに一致するようにPID(比例積分微分)制御あるいは適応制御器(Self Tuning Regulator)を用いた適応制御により算出される空燃比補正係数である。
【0026】
KTOTALは夫々各種エンジンパラメータ信号に応じて演算される他の補正係数(エンジン冷却水温TMに応じた補正係数KTW、吸気温TAに応じた補正係数KTAなど)の積である。
【0027】
ECU5のCPUは上述のようにして求めた燃料噴射量TOUTに基づいて燃料噴射弁6を開弁させる駆動信号を出力回路を介して燃料噴射弁6に供給する。また、ECU5のCPUは、以下に説明するようにLAFセンサ15の応答特性劣化故障判定を行う。
【0028】
本実施形態における応答特性劣化故障判定手法は、基本的には特許文献1に示される手法と同一のものであり、エンジン運転中に空燃比を振動周波数f1で振動させる空燃比振動制御を実行し、その制御実行中におけるLAFセンサ15の出力信号SLAFに含まれる周波数f1成分強度MPTf1と、故障判定閾値MPTf1THとの比較結果に応じて、応答特性劣化故障が判定される。
【0029】
図2は、LAFセンサ出力信号SLAFの周波数成分強度分布の一例を示す図であり、この例は振動周波数f1をエンジン回転数NE[rpm]に対応するエンジン回転周波数fNE(=NE/60)の0.4倍に設定し、インバランス故障が発生している状態に対応する。この状態では、エンジン回転周波数fNEの1/2の周波数fIMBに対応する0.5次周波数成分が増加するため、図2に示すように周波数f1成分の強度MPTf1と、0.5次周波数成分の強度MIMBとがピーク値を示す。
【0030】
このように比較的周波数が近接した成分の強度を精度良く算出するために、本実施形態では、LAFセンサ出力SLAFから算出される検出当量比の今回値KACT(k)と、所定期間TP前の過去値KACT(k-NP)との差分DKACT(k)を下記式(2)により算出し、差分DKACT(k)を用いてインバランス故障判定を行う。式(2)のNPは、所定期間TPを、LAFセンサ出力SLAFのサンプリング周期TPSPで離散化した離散遅延期間である。
DKACT(k)=KACT(k)−KACT(k-NP) (2)
【0031】
式(2)により算出される差分DKACT(k)のゲイン周波数特性は、一般に図3に示すような特性を示す。図3に示す減衰極周波数fPOLEは、下記式(3)に示すように所定期間TPの逆数に相当する周波数である。
fPOLE=1/TP (3)
【0032】
本実施形態では、周波数f1成分を抽出するときに減衰極周波数fPOLEを0.5次周波数fIMBとするため、検出当量比KACTのサンプリングをクランク角度30度毎に行い、式(2)の離散遅延期間NPを「24」に設定する。このように減衰させたい周波数に応じたサンプリング周期TPSP及び対応する離散遅延期間NPを使用することによって、抽出信号のS/Nを向上させることができる。
【0033】
そして、差分DKACT(k)について、周波数f1成分を抽出するバンドパスフィルタ処理を行い、周波数f1成分強度MPTf1を算出する。このバンドパスフィルタ処理の通過帯域幅WBを比較的の広く設定することにより、LAFセンサ15の応答特性劣化故障判定を短時間で精度良く行うこと可能となる。
【0034】
図4は、本実施形態における応答特性劣化故障判定処理のフローチャートである。この処理は、応答特性劣化故障判定の実行条件が成立しているときに、所定クランク角度CACAL(例えば30度)毎にECU5のCPUで実行される。
【0035】
応答特性劣化故障判定実行条件は、例えば下記の条件1)〜11)がすべて満たされると成立する。
1)エンジン回転数NEが所定上下限値の範囲内にある。
2)吸気圧PBAが所定圧より高い(判定に必要な排気流量が確保されている)。
3)LAFセンサ15が活性化している。
4)LAFセンサ15の出力に応じた空燃比フィードバック制御が実行されている。
5)エンジン冷却水温TWが所定温度より高い。
6)エンジン回転数NEの単位時間当たりの変化量DNEが所定回転数変化量より小さい。
7)吸気圧PBAの単位時間当たりの変化量DPBAFが所定吸気圧変化量より小さい。
8)燃料の加速増量(急加速時に実行される)が行われていない。
9)排気還流率が所定値より大きい。
10)LAFセンサ出力が上限値または下限値に張り付いた状態ではない。
11)LAFセンサの応答特性が正常である(応答特性劣化故障が発生しているとの判定が行われていない)。
【0036】
判定実行条件が成立すると、目標当量比KCMDを下記式(4)によって振動させる空燃比振動制御を開始する。空燃比振動制御実行中は、空燃比補正係数KAFを「1.0」または「1.0」以外の特定の値に固定する。式(4)のKf1は、例えば振動周波数f1を0.4fNEとする場合には、「0.4」に設定される振動周波数係数であり、「k」は目標当量比KCMDの算出周期CACALで離散化した離散化時刻である。またDAFは、振動制御の振幅であり、所定値に設定される。
KCMD=DAF×sin(Kf1×CACAL×k)+1 (4)
【0037】
図4のステップS11では、空燃比振動制御フラグFPTが「1」であるか否かを判別する。空燃比振動制御フラグFPTは、空燃比振動制御の開始時点から所定安定化時間TSTBLが経過すると「1」に設定される。ステップS11の答が否定(NO)であるときは直ちに処理を終了する。
【0038】
ステップS11の答が肯定(YES)であるときは、検出当量比KACTの今回値KACT(k)を取得し、メモリに格納する処理を行う(ステップS12)。メモリには、上述した式(2)による差分DKACTの算出に必要な数の過去値が格納される。
【0039】
ステップS13では、下記式(5)により、差分DKACT(k)を算出する。式(5)のNIMBは、0.5次周波数成分を減衰させるための離散遅延期間であり、本実施形態では「24」に設定される。
DKACT(k)=KACT(k)−KACT(k-NIMB) (5)
【0040】
ステップS14では、第1差分DKACT1(k)について、周波数f1成分を抽出するバンドパスフィルタ処理を行い、ステップS15ではステップS14で得られるバンドパスフィルタ処理出力の絶対値(振幅)を積算することにより、周波数f1成分強度MPTf1を算出する。
【0041】
ステップS16では、周波数成分強度の算出開始時点から所定積算クランク角度期間TCAINT(例えばクランク軸が50回転する期間)が経過したか否かを判別し、その答が否定(NO)である間は直ちに処理を終了する。ステップS16の答が肯定(YES)となると、周波数f1成分強度MTPf1が故障判定閾値MTPf1THより大きいか否かを判別する(ステップS17)。
【0042】
ステップS17の答が否定(NO)であるときは、LAFセンサ15の応答特性劣化故障が発生していると判定する(ステップS19)。一方、ステップS17の答が肯定(YES)であるときは、LAFセンサ15の応答特性は許容限度内にある(正常)と判定する(ステップS18)。
【0043】
以上のように本実施形態では、空燃比を周波数f1で振動させる空燃比振動制御が行われ、空燃比振動制御実行中における検出当量比の今回値KACT(k)と、0.5次周波数fIMBに対応する0.5次周波数成分を減衰させるように設定された離散遅延期間NIMB前の過去値KACT(k-NIMB)との差分DKACT(k)が算出され、差分DKACT(k)に含まれる周波数f1に対応する周波数f1成分がバンドパスフィルタ処理により抽出され、バンドパスフィルタ処理出力の絶対値の積算演算によって周波数f1成分強度MPTf1が算出される。周波数f1成分強度MPTf1が故障判定閾値MPTf1TH以下であるとき、LAFセンサ15の応答特性劣化故障が発生していると判定される。差分DKACT(k)に含まれる0.5次周波数成分は大きく減衰しているため、気筒毎の空燃比にばらつきがある状態においても、比較的広い通過帯域幅のバンドパスフィルタ処理を用いて、周波数f1成分を十分なS/Nで抽出することができる。その結果、LAFセンサ15の応答特性劣化故障判定を短時間で精度良く行うことができる。
【0044】
また本実施形態では、空燃比振動制御の周波数f1は、エンジン回転周波数fNEの0.4倍に設定されるので、エンジン回転数NEが高くなるほど周波数f1が高くなり、さらに周波数成分強度を算出するための積算時間は、クランク角度期間TCAINTで設定されるので、エンジン回転数NEが高くなるほどクランク角度期間TCAINTに対応する積算実行時間は短くなる。したがって、空燃比振動制御の実行時間を短縮し、排気特性の悪化及び判定精度の低下を抑制することができる。すなわち、一定の振動周波数で振動させる場合には、エンジン回転数NEと特定の関係となり(エンジン回転数NEに対応する周波数の1/2倍、1倍などに該当し)、空燃比振動制御による空燃比変動と、エンジン回転に起因するノイズによる空燃比変動とが区別できずに、判定精度が低下する可能性があるが、本実施形態においては、周波数f1はエンジン回転周波数fNEの0.4倍に設定されるので、そのような事態を確実に回避することが可能である。また、故障判定に例えば20振動周期の期間を要する場合、エンジン回転数NEが高くなるほど故障判定時間が短縮され、空燃比振動制御を行うことに起因する排気特性の悪化を抑制することができる。
【0045】
本実施形態では、LAFセンサ15が空燃比検出手段に相当し、燃料噴射弁6が空燃比振動手段の一部に相当し、ECU5が空燃比振動手段の一部、差分信号生成手段、抽出手段、及び故障判定手段を構成する。具体的には、図4のステップS13が差分信号生成手段に相当し、ステップS14が抽出手段に相当し、ステップS15,S17〜S19が故障判定手段に相当する。
【0046】
なお本発明は上述した実施形態に限るものではなく、種々の変形が可能である。例えば、図4に示す処理は、図5に示すように変形してもよい。図5に示す処理は、図4のステップS16及びS17をそれぞれステップS16a及びS17aに変更し、さらにステップS16bを追加したものである。
【0047】
ステップS16aでは、周波数成分強度の算出開始時点から所定積算期間TINT(例えばNE=1500rpmで20周期の空燃比振動が行われる2秒程度の期間)が経過したか否かを判別し、その答が否定(NO)である間は直ちに処理を終了する。ステップS16aの答が肯定(YES)となると、エンジン回転数NEに応じて図6に示すKMCRテーブルを検索し、補正係数KMCRを算出する。KMCRテーブルは、エンジン回転数NEが増加するほど補正係数値KMCRが増加するように設定されている。
【0048】
ステップS17aでは、周波数f1成分強度MPTf1が故障判定閾値MTPf1THに補正係数KMCRを乗算した値より大きいか否かを判別する。周波数f1成分強度MTPf1が補正された故障判定閾値(MTPf1TH×KMCR)以下であるときは、LAFセンサ15の応答特性劣化故障が発生していると判定し(ステップS19)、ステップS17aの答が肯定(YES)であるときは、LAFセンサ15の応答特性は許容限度内にある(正常)と判定する(ステップS18)。
【0049】
この変形例では、所定積算期間TINTは一定時間に設定されるので、算出される周波数f1成分強度MPTf1はエンジン回転数NEが高くなるほど、積算演算の回数が増加するため、その値が増加する。したがって、故障判定閾値MTPf1THに補正係数KMCRを乗算することにより補正して使用することにより、判定精度の低下を抑制することができる。
【0050】
なお、ステップS17aでは、故障判定閾値MTPf1THに補正係数KMCRを乗算することに代えて、周波数f1成分強度MPTf1を補正係数KMCRで除算するようにしてもよい。これにより、周波数f1成分強度MPTf1はエンジン回転数NEが高くなるほど減少するように補正されるので、判定精度の低下を抑制することができる。
【0051】
また上述した実施形態では、周波数f1をエンジン回転周波数fNEの定数倍の値(エンジン回転に同期した周波数)に設定したが、例えば4Hz程度の固定周波数に設定するようにしてもよい。ただし、固定周波数とする場合には、故障判定の実行条件におけるエンジン回転数NEの範囲を比較的狭い範囲に限定することが望ましい。この場合、故障判定処理は、一定時間のサンプリング周期TPSP(例えば12.5ミリ秒)で実行し、離散時間NIMBは、0.5次周波数成分を減衰させるべくエンジン回転数NEの逆数に比例するように設定する。
【0052】
また上述した実施形態では、0.5次周波数成分を減衰させるように設定された離散遅延期間NIMB前の過去値KACT(k-NIMB)を用いて差分DKACT(k)を算出し、差分DKACT(k)に含まれる周波数f1成分を抽出するようにしたが、0.5次周波数成分に限らず他の周期的なノイズ成分がある場合に、そのノイズ成分を減衰させるように離散遅延期間を設定するようにしてもよい。
【0053】
また周波数f1成分強度MPTf1の算出処理(バンドパスフィルタ処理及びバンドパスフィルタ処理出力の絶対値の積算処理)は、故障判定処理とは別に最適の実行周期で実行するようにしてもよい。その場合には、故障判定処理では周波数f1成分強度MPTf1の算出を行わず、並行して実行される周波数成分強度算出処理で算出された周波数f1成分強度MPTf1を読み込んで、判定処理を行う。
【0054】
また本発明は、クランク軸を鉛直方向とした船外機などのような船舶推進機用エンジンなどの空燃比制御装置にも適用が可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 内燃機関
5 電子制御ユニット(空燃比振動手段、差分信号生成手段、抽出手段、故障判定手段)
6 燃料噴射弁(空燃比変動手段)
15 比例型酸素濃度センサ(空燃比検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数気筒を有する内燃機関の排気通路において空燃比を検出する空燃比検出手段を備える内燃機関の空燃比制御装置において、
前記空燃比を設定周波数で振動させる空燃比振動手段と、
前記空燃比振動手段の作動中に、前記空燃比検出手段による今回検出値と、前記設定周波数とは異なる特定周波数に対応する特定周波数成分を減衰させるように設定された特定期間前の過去値との差分を差分信号として生成する差分信号生成手段と、
前記差分信号に含まれる前記設定周波数に対応する設定周波数成分を抽出する抽出手段と、
前記抽出手段により抽出される前記設定周波数成分の強度と、故障判定閾値との相対関係に基づいて、前記空燃比検出手段の応答特性劣化故障を判定する故障判定手段とを備えることを特徴とする内燃機関の空燃比制御装置。
【請求項2】
前記故障判定手段は、前記設定周波数成分の強度を、前記抽出手段により抽出される前記設定周波数成分の振幅を設定積算期間に亘って積算することにより算出するものであり、
前記設定周波数は、前記機関の回転速度が高くなるほど高く設定され、さらに下記a),b),及びc)の何れか一つが実行されることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の空燃比制御装置:
a)前記設定積算期間を前記機関回転速度が高くなるほど短くなるように設定する;
b)前記故障判定閾値を前記機関回転速度が高くなるほど大きくなるように設定する; c)前記設定周波数成分の強度を前記機関回転速度が高くなるほど小さくなるように補正する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−50029(P2013−50029A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186684(P2011−186684)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】