説明

分子多型の検出

【課題】病原性を左右するヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を簡便に検出する方法を提供する。
【解決手段】ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を検出する方法であって、繰り返し配列に完全マッチでアニールする部位と不完全マッチでアニールする部位とを有するフォワードプライマー及び対応するリバースプライマーにより遺伝子増幅を行い、増幅核酸のサイズ変化を測定することを特徴とする分子多型検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病原性を左右するヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を検出する方法、該検出方法に用いることができるプライマー、CagA分子多型検出用キット及びCagA分子多型検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)はヒト胃粘膜に感染する微好気性グラム陰性らせん状桿菌である。ピロリ菌は全世界人口の約半数に感染しており、その感染率は発展途上国で高く、先進国で低い。日本における感染率は世代により大きく異なり、高齢者の感染率が高く、若年層の感染率は先進国並みの低さとなっている。現在、本邦の感染者数は5000万〜6000万人と推定されている。近年、胃癌とピロリ菌の感染には密接な関連が示唆されている。日本は、胃癌の発症率が高く、部位別癌死亡数では男性では肺癌に次いで2位、女性では1位となっている。ピロリ菌は抗生剤により除菌が可能であり、ピロリ菌感染者における発癌高危険群の識別は、胃癌の発症リスクを大きく下げることが期待できる。一方、すべての感染者を対象に除菌を行うことは、抗生剤の過剰使用に繋がり耐性菌の出現を促す結果となる。そこで、悪性度の高いピロリ菌の識別が重要と考えられる。
【0003】
ピロリ菌の病原性の主な原因となっているのは2種類の分泌毒素である。一方は、VacAと呼ばれるタンパク質複合体であり、感染細胞内に空胞を作らせて細胞死をもたらす。他方は、CagAと呼ばれるタンパク質であり、ピロリ菌から細胞内に直接注入され、細胞内情報伝達経路を撹乱することにより、細胞の増殖・分化・運動に異常にもたらす。ピロリ菌の悪性度を計る上で、両方の毒素の有無や型を識別することが重要である。cagA遺伝子は、ピロリ菌のゲノム内に存在する、水平伝播により外部から挿入されたと考えられる遺伝子群に含まれている。ピロリ菌のすべてがcagA遺伝子を持つわけではなく、その保有率は欧米では60〜70%、東アジアでは95%程度である。また、CagAタンパク質の分子多型も多い。とりわけ、CagAタンパク質中のアミノ酸配列がSrcファミリーキナーゼによりリン酸化修飾されることは、毒素活性発現に重要なプロセスであることが知られているが、このリン酸化される領域には多様性があり、毒素活性の強さと関連していることが予測されている。この領域にはGlu-Pro-Ile-Tyr-Ala(EPIYA)というアミノ酸配列モチーフで特徴づけられ、周辺の配列を含めてA、B、C、D型といった配列多型が分類されている。菌株により、ABC、ABCC、ABCCC、ABD、AABD、ABBD、ABDD、ABDABD型といったモチーフの繰り返し配列を持っている(図1)。欧米諸国に比べて日本も含む東アジア諸国で胃癌発症率が著しく大きい。一方、ピロリ菌のこのCagAの分子多型は、C型配列を多く含む欧米型とD型配列を多く含むアジア型に大別でき、この分子多型が胃癌発症率に本質的に関わっている可能性が高い。
【0004】
ピロリ菌のcagA遺伝子の有無及びCagA分子多型を調べるためには、試料中のピロリ菌のDNAからcagA 遺伝子の一部または全部を含む断片を核酸増幅方法により特異的に増幅し調べることが考えられる。既に、cagA遺伝子の有無及び病原性を左右するcagAの型を増幅の有無により判別する方法が開示されている(特許文献1,2)。しかしながら、これらの方法ではモチーフ繰り返し配列の確認を直接的に行うことはできず、技術の水平展開により検出する可能性はあるが、その際にも幾つかのプライマーセットを組み合わせて使用する必要が有るため、より簡便でかつ信頼度の高い分子多型検出方法が望まれていた。
【0005】
また、ヘリコバクター・ピロリ菌臨床分離株からCag遺伝子領域をPCRで増幅し、その長さを電気泳動で分析して分子多型を分類する方法に関する報告もあるが(非特許文献1)、これはCag遺伝子の多型を示す領域全体を増幅し、引く続いて電気泳動などの分析手段を用いているため分析に時間がかかり、さらにPCR増幅されるDNA分子サイズの分子多型による差が小さいため、検出手段として蛍光相関分光法などを適用することは困難であった。よって、より短時間で確実にDNA分子サイズの違いを見分けることができ、例えば、Cag分子多型の診断に対して定量PCR装置などの増幅過程のリアルタイム分析が必要とされる場合等にも適用できる検出方法が求められていた。
【特許文献1】特開2006−75139
【特許文献2】特表2001−502536
【非特許文献1】J. Clin. Microbiol 45, 488-495, 2007, Panayotopoulou-EG et al
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって本発明は、病原性を左右するヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を簡便に検出する方法、分子多型検出用オリゴヌクレオチド、分子多型検出用キット及び分子多型検出システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ねた結果、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA 遺伝子の分子多型に関連する繰り返し配列を含み分子多型に応じてサイズ変化が生じている領域を特異的に遺伝子増幅せしめるプライマーを見出し、増幅核酸のサイズ変化を測定することにより簡便かつ信頼度の高い分子多型検出が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、以下の通りである。
項1.ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を検出する方法であって、繰り返し配列に完全マッチでアニールする部位と不完全マッチでアニールする部位とを有するフォワードプライマー及び対応するリバースプライマーにより遺伝子増幅を行い、増幅核酸のサイズ変化を測定することを特徴とする分子多型検出方法。
項2.増幅核酸に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含有させ、増幅核酸のサイズ変化を測定する、項1記載の分子多型検出方法。
項3.増幅核酸のサイズ変化を、共焦点様光学系を用いて蛍光信号の時間経過を計測することにより測定する、項1または2記載の分子多型検出方法。
項4.蛍光波長が350〜800nm、共焦点領域または励起光の照射される領域が10-16〜10-10リットルである共焦点様光学系を用いる、項3記載の分子多型検出方法。
項5.フォワードプライマーが配列番号1に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドであり、かつリバースプライマーが配列番号2に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドである、項1〜4のいずれかに記載の分子多型検出方法。
項6.配列表の配列番号1で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなる、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用フォワードプライマー。
項7.配列表の配列番号2で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなる、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用リバースプライマー。
項8.項6記載のフォワードプライマーと項7記載のリバースプライマーを含む、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用キット。
項9.更に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含む、項8記載のCagA分子多型検出用キット。
項10.項6記載のフォワードプライマー及び項7記載のリバースプライマーと、蛍光波長が350〜800nm、共焦点領域または励起光の照射される領域が10-16〜10-10リットルである共焦点様光学系とを含む、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出システム。
項11.更に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含む、項10記載のCagA分子多型検出システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、病原性を左右するヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を簡便かつ高い信頼度で検出する方法、該検出方法に用いることができるプライマー、CagA分子多型検出用キット及びCagA分子多型検出システムが提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の概要は、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を検出する方法であって、繰り返し配列に完全マッチでアニールする部位と不完全マッチでアニールする部位を有するフォワードプライマー及び対応するリバースプライマーにより遺伝子増幅を行い、増幅核酸のサイズ変化を測定することを特徴とする分子多型検出方法である。したがって、遺伝子増幅に使用されるフォワードプライマーとリバースプライマーの配列は、上記前提を満足するものであれば特に限定されない。
【0011】
本発明において、繰り返し配列とはヘリコバクター・ピロリ由来CagA遺伝子の分子多型に関連するものであり、より具体的には、例えばABC、ABCC、ABCCC、ABD、AABD、ABBD、ABDD又はABDABD型といったモチーフの繰り返し配列が挙げられる。
【0012】
本発明におけるフォワードプライマーは、そのような繰り返し配列に対して完全マッチでアニールする部分と、少なくとも一塩基以上が異なる不完全マッチでアニールする部位を有する。そしてリバースプライマーは当該フォワードプライマーに対応している。
【0013】
本発明では、フォワードプライマーとリバースプライマーをセットとして用いて検体から抽出されたヘリコバクター・ピロリのcagA遺伝子を鋳型として、該核酸をPCR(Polymerase Chain Reaction)法により増幅反応を行う。
【0014】
本発明の方法に提供される検体としては、ヘリコバクター・ピロリの病原性あるいはその毒性の強弱を検査することが望まれる検体であって、胃液や胃の生体材料が挙げられるがこれに限定されるものではない。検体からのDNAの抽出については、市販のDNA抽出キットあるいは既知の方法に基づいて容易に実施することができる。代表的なものとして、フェノール/クロロホルム抽出法(Biochimica et Biophysica acta 第72巻、第619〜629頁、1963年)、アルカリSDS法(Nucleic Acid Research 第7巻、第1513〜1523頁、1979年)等の液相で行う方法がある。また、核酸の単離に核酸結合用担体を用いる系としては、ガラス粒子とヨウ化ナトリウム溶液を使用する方法(Proc. Natl. Acad. USA 第76−2巻、第615〜619頁、1979年)、ハイドロキシアパタイトを用いる方法(特開昭63−263093号公報)等がある。その他の方法としてはシリカ粒子とカオトロピックイオンを用いた方法(J. Clinical Microbiology 第28−3巻、第495〜503頁、1990年、特開平2−289596号公報)が挙げられる。
【0015】
また、PCR法による核酸増幅は、ヘリコバクター・ピロリの菌体を直接反応液に混合して行うこともでき、その場合、胃液などの検体から分離した菌を液体培養または平板培養して得た菌を少量採り、PCR液に混合して反応を行う。
【0016】
本発明のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出方法における好ましい形態として、フォワードプライマーは配列表の配列番号1で示される塩基配列の連続する18塩基を少なくとも有するオリゴヌクレオチドからなるプライマーであることが好ましい。同様に、リバースプライマーは配列表の配列番号2で示される塩基配列の連続する23塩基を少なくとも有するオリゴヌクレオチドからなるプライマーであることが好ましい。検出のために、フォワードプライマー、リバースプライマーの末端を蛍光標識その他の修飾処理したものを使用してもよい。蛍光標識としては、蛍光強度が強く安定したものが好ましい。例えばAlexa,ローダミン各種(ローダミン6G,ローダミングリーン、TMR,TAMRA)、Bodipy、Cy5、R6G、FAM、JOE、ROX、EDANS、蛍光性タンパク質などが好ましく使用できるが、これらに限定されない。蛍光標識試薬の蛍光波長は、350〜800nm程度が例示される。蛍光標識試薬の分子量は特に規定されないが、20000以下が好ましく、より好ましくは120〜80000である。
【0017】
本発明の方法に提供される検出手段として好ましいのは、増幅核酸に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含有させて、光源より励起光を照射して生じる蛍光を測定する方法である。
【0018】
本発明の検出方法の一態様としては、以下の手順(i)〜(iii)で行うことができる。
(i)増幅核酸を含む試料中に二本鎖核酸結合性蛍光インカレータを加える。
(ii)光源より励起光を測定領域に照射し、測定領域を通過する蛍光分子の蛍光強度の変化を検出器にて測定する。
(iii)(ii)で測定した蛍光強度のゆらぎを定量的に解析することによって分子サイズを評価する。
【0019】
二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータとしては、例えば、安価な臭化エチジウムやSYBR Greenなどの一般的な核酸検出試薬が例示される。
【0020】
増幅核酸の蛍光検出方法としては、電気泳動法によるサイズ分画が一般的であり、本発明の実施例においても採用しているが、特に好ましいのは増幅核酸のサイズ変化を共焦点様光学系を用いて蛍光信号の時間経過を計測することにより測定する方法である。より具体的には、蛍光相関分光分析(FCS:Fluorescence correlation Spectroscopy)が手段として挙げられる。
【0021】
本発明で使用する共焦点様光学系は、共焦点光学系そのものの他、共焦点光学系と同様に微小な空間に蛍光性物質を計測するのに十分な励起光を照射し得る光学系、すなわち微小空間照射系、微小域照射系と呼べる光学系を含む。例えば、数μmの微小な幅で照射が可能なレーザシステムなども、本発明の共焦点様光学系に含まれる。
【0022】
本発明で使用する共焦点様光学系は、共焦点領域または励起光の照射される領域が、10-16〜10-10リットル程度、好ましくは10-16〜10-13リットル程度の微小空間である光学系が好ましい。共焦点光学系は、従来より顕微鏡(共焦点顕微鏡)に用いられている技術であり、FCSなどに応用されている。FCSは、蛍光分子を励起するレーザ部、共焦点光学系、蛍光検出部、演算と解析を行うデジタル相関器の4つの部分を有する。
【0023】
以下にFCSの原理を記す。
【0024】
溶液中に含まれる蛍光色素の濃度が10 nMとすると、1ml中に含まれる分子数は6 x 1012 個となる。さらに測定領域を絞り、1フェムトリットルとすると6個となる。さらに、測定領域を0.1フェムトリットルとすると平均0.6個となり、分子1個が出入りを繰り返す状況になる。溶液中で、分子はブラウン運動により動き回り、微小時間で微小領域を観察した場合にのみ、この出入りを観察することができる。この極微小領域を観察するための装置は、蛍光の励起光源としてレーザーシステムと、対物レンズ、蛍光発光を検出するための検出器からなる。溶液中の蛍光を観察している領域の大きさは、通過する光に対応して円柱状になる。その直径は0.4μm、軸長は2μm、したがって容積はサブフェムトリットルの大きさとなる。この観察領域を通過する蛍光分子の蛍光強度のゆらぎは分子の大きさに関する情報を含んでいる。例えば、分子が小さくて素早く動くなら観察領域を出入りする時間は短く、ゆらぎの変化は速い。逆に分子が大きく、動きが鈍い場合は、観察領域に緩やかに入り、緩やかに出ていくため、蛍光強度の変化も緩やかになる。
【0025】
このような蛍光ゆらぎを定量的に解析するために、相関関数が用いられる。相関関数は、時間tにおける蛍光強度I(t)の値と、tからτ時間後の強度I(t+τ)の積を作り、測定時間に対応するtの範囲で積分したものの平均で定義される。τの関数として相関関数をグラフにすると、τが長くなれば長いほどランダムさが効いてきて互いに相関がなくなるため値が小さくなり、平均強度I(t)の2乗に収束する。実際は、検体の比較を行うために平均強度の2乗で割り規格化したものを解析に用いる。この規格化関数では、τが長くなれば1に収束する。
【0026】
相関関数が収束するまでに要する時間を拡散時間と呼ぶ。拡散時間は、蛍光分子が円柱状の観察領域を通過するのに必要な平均的な時間と考えることができる。分子が大きくなると動きが遅くなるため、観察領域を通過する時間は長くなる。このときの所要時間は、測定装置に依存する数値ではあるが、同じ測定条件において測定する分子の大きさと比例関係を示す。これを用いて、蛍光標識された対象物の分子サイズを評価することができる。
【0027】
このようなFCS測定は、市販のFCS装置を用いて行うことも可能である。
【0028】
また、本発明の検出方法は、上記の態様のみにとどまらず、SYBR-Greenなどの蛍光試薬をあらかじめ添加してPCRを行うこともできる。またプライマーをあらかじめ蛍光標識しておき、PCRに用いることもできる。これらの方法では、PCRでの増幅過程と時を同じくして(リアルタイムに)FCS測定を行うことが可能であり、これを応用して、FCSを検出部とした定量PCR測定装置への発展が期待できる。
【0029】
また、本発明は、配列表の配列番号1記載のフォワードプライマーと配列表の配列番号2記載のリバースプライマーを含む、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用キットを提供する。上記キットには、更に好ましくはSYBR Greenなどの二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータをも含むキットが挙げられる。
【0030】
更に本発明は、上記キットと、蛍光波長が350〜800nm、共焦点領域または励起光の照射される領域が10-16〜10-10リットルである共焦点様光学系とを含んでなる、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出システムを提供する。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
本実施例において、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出に用いたFCS装置は、FCS-101(東洋紡績製)である。
【0032】
[実施例1] 検体の調製
ヘリコバクター・ピロリとして入手した6株、ATCC49503、ATCC43526、ATCC51932、OHPC001、OHPC002、OHPC003(ATCCはAmerican Type of Cell Cultureより入手,OHPCは臨床分離株)について、試料調製を行った。例として、ATCC49503株に関する結果を示す。
【0033】
菌株ストックから固形培地に植菌し、微嫌気性条件で培養した。3日間の培養後、単一コロニーを100μlの生理食塩水に懸濁して、検体とした。このうち2μlをPCR反応用の酵素溶液に加えて増幅反応を行った。
【0034】
[実施例2] CagA分子多型の識別
3種のATCC株のcagA遺伝子の違い(CagA分子多型)をFCS測定により区別できるかどうかを確認した。両株のCセグメントを増幅させるプライマーセット(センス鎖:配列表の配列番号1記載,アンチセンス鎖:配列表の配列番号2記載;以下Cセグメント増幅プライマーと呼ぶ)を用いてPCRを行った場合、ATCC49503株はABC型であり174bpの大きさのDNA断片がPCRで得られることが予想される。一方、ATCC43526株はABCCC型であり、378bpのDNA断片がPCRで得られるものと予想される(図2)。PCR増幅過程を確認することを目的として、PCR生成物にDNA検出用蛍光色素であるSYBR Greenを加えてFCS測定を行った。5サイクル毎に測定した拡散時間(diffusion time)の変化を図3に示す。
【0035】
PCR反応の進行に伴って拡散時間の増大が認められ、さらに増幅DNA断片の大きさの差を反映した拡散時間の値が認められた。波長473nmの励起光で測定した場合、ATCC49503株のDNA断片(174bp)は拡散時間2.2ミリ秒であり、ATCC43526株のDNA断片(378bp)は拡散時間3.8ミリ秒となった。一方、波長532nmの励起光で測定した場合、ATCC49503株のDNA断片(174bp)は拡散時間0.7ミリ秒であり、ATCC43526株のDNA断片(378bp)は拡散時間1.5ミリ秒となった。励起光の波長の違いにより、SYBR Green の励起波長により近い473nmの励起光で拡散時間の値が大きくなる傾向が認められ、PCRによる測定値の変化を鋭敏に観測できた点においては、波長473nmの励起光が優れていた。一方、cagA遺伝子を持たないATCC51932株では、シグナルは検出されなかった。
【0036】
[実施例3] 臨床検体のCagA分子多型の識別
ABC型およびABCCC型のcagA遺伝子を持つ菌株について、その分子多型をFCS測定で区別できることが確認できたことから、次に臨床分離株を含め、入手した6株について、比較検討を行った。まず、前項で用いたCセグメント増幅プライマーを用いてPCRを行い、その遺伝子産物について、アガロースゲル電気泳動で確認を行った(図4)。ATCC43526株およびATCC49503株は、予測された378bpおよび174bpの断片以外に複数の増幅断片が確認された。一方、ATCC51932株、3つの臨床分離株(OHPC001、OHPC002、OHPC003)については、OHPC003においてのみ70bpの増幅断片が認められた。OHPC003について、cagA領域の一部をクローニングしてDNAシーケンシングしたところ、OK129株の遺伝子配列と96%の相同性があることが判明した。OK129株は、東アジア型でcagAはABD型の多型を持つ。そこで、ATCC43526株、ATCC49503株、OK129株の遺伝子配列から、今回のPCRにより増幅された断片を求めた(図2)。
【0037】
遺伝子配列をみるとEPIYAモチーフの遺伝子配列が重複により形成されたことを反映して、プライマーがアニールする可能性のある部位が複数個所存在することがわかる。Cセグメント増幅プライマーによるPCRで、ATCC43526株では378、276、174、72bpの4断片、ATCC49503株では174、72bpの2断片、OK129株(臨床検体OHPC003)では72bpの1断片が増幅することが予測され、先の電気泳動の結果とも一致した。
【0038】
FCS測定により臨床検体OHPC003のPCR増幅過程を確認した。PCR生成物にDNA検出用蛍光色素であるSYBR Greenを先と同様に加えてFCS測定した。その5サイクル毎の測定結果を図6に示す。その結果、PCR反応の進行に伴って拡散時間の増大が認められた。波長473nmの励起光で測定した結果、増幅DNA断片の大きさ(72bp)を反映して拡散時間は1.6ミリ秒となった。ATCC49503株のDNA断片(174bp)は拡散時間2.2ミリ秒であり、ATCC43526株のDNA断片(378bp)は拡散時間3.8ミリ秒であったことから、その鎖長の差を反映した結果となった。
【0039】
以上の検討から、Cセグメント増幅プライマーを用いてPCRの後、FCS測定を行うことにより、本発明の方法の有効性を確認することができた。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】CagAのEPIYAモチーフ配列領域における分子多型の例を示す。
【図2】各株CagA分子多型部位のCセグメント増幅プライマーで増幅される断片を示す。点線は、実施例3において確認された増幅断片のサイズを示す。
【図3】本発明の方法(実施例2)をFCS測定で行った際の結果を示す。横軸はPCRサイクルを、縦軸は拡散時間を示している。
【図4】本発明の方法(実施例3)をアガロースゲル電気泳動で行った際の結果を示す。
【図5】本発明の方法(実施例3)をFCS測定で行った際の結果を示す。横軸はPCRサイクルを、縦軸は拡散時間を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型を検出する方法であって、繰り返し配列に完全マッチでアニールする部位と不完全マッチでアニールする部位とを有するフォワードプライマー及び対応するリバースプライマーにより遺伝子増幅を行い、増幅核酸のサイズ変化を測定することを特徴とする分子多型検出方法。
【請求項2】
増幅核酸に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含有させ、増幅核酸のサイズ変化を測定する、請求項1記載の分子多型検出方法。
【請求項3】
増幅核酸のサイズ変化を、共焦点様光学系を用いて蛍光信号の時間経過を計測することにより測定する、請求項1または2記載の分子多型検出方法。
【請求項4】
蛍光波長が350〜800nm、共焦点領域または励起光の照射される領域が10-16〜10-10リットルである共焦点様光学系を用いる、請求項3記載の分子多型検出方法。
【請求項5】
フォワードプライマーが配列番号1に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドであり、かつリバースプライマーが配列番号2に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドである、請求項1〜4のいずれかに記載の分子多型検出方法。
【請求項6】
配列表の配列番号1で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなる、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用フォワードプライマー。
【請求項7】
配列表の配列番号2で示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなる、ヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用リバースプライマー。
【請求項8】
請求項6記載のフォワードプライマーと請求項7記載のリバースプライマーを含む、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出用キット。
【請求項9】
更に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含む、請求項8記載のCagA分子多型検出用キット。
【請求項10】
請求項6記載のフォワードプライマー及び請求項7記載のリバースプライマーと、蛍光波長が350〜800nm、共焦点領域または励起光の照射される領域が10-16〜10-10リットルである共焦点様光学系とを含む、試料中のヘリコバクター・ピロリ由来CagA分子多型検出システム。
【請求項11】
更に二本鎖核酸結合性蛍光インタカレータを含む、請求項10記載のCagA分子多型検出システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−261318(P2009−261318A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114776(P2008−114776)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(503303466)学校法人関西文理総合学園 (26)
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】