説明

制震構造および建築物

【課題】建築物に作用する水平力に対するエネルギー吸収性能を大幅に向上させることができるとともに部材コストの抑制をも図ることができる制震構造および建築物を提供すること。
【解決手段】建築物に作用する水平力の増大に伴って先ず、接合金物2のダンパー部23が降伏し、ダンパー部23によるエネルギー吸収が開始され、水平力がさらに増大すると、耐力壁1が降伏して耐力壁1によるエネルギー吸収が開始されることとなり、接合金物2のエネルギー吸収効果を損なわずに、さらに耐力壁1のエネルギー吸収効果が得られることから、エネルギー吸収性能を大幅に向上させることができる。また、接合金物2のみならず耐力壁1まで降伏させることで、耐力壁1を弾性状態に維持させる場合と比較して、耐力壁1の部材断面や材料強度を適度に低下させることができ、部材コストを抑制させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制震構造および建築物に関し、詳しくは、接合部材を介して建築物に接合される耐力壁を備えた制震構造、この制震構造を有した建築物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ツーバイフォー構造や木質壁パネル構造、薄板軽量形鋼造などの枠組壁工法建築物において、木材や形鋼からなる枠組材に面材を固定した耐力壁が一般的に用いられている。そして、枠組壁工法建築物では、地震や風等により建築物に作用する水平力(外力)に対し、耐力壁の面材がせん断力として水平力を負担することで、建物全体としての水平耐力が確保されるようになっている。
ところで、耐力壁を用いた建築物では一般的に、最下層(1階)の耐力壁の壁脚部がホールダウン金物等を介して基礎のアンカーボルトに連結されており、水平力を負担した耐力壁がロッキングしたり浮き上がったりした際に、ホールダウン金物やアンカーボルトが破損しないように設計されている。すなわち、ホールダウン金物やアンカーボルトが破損してしまうと、ロッキングにより耐力壁が回転してしまって所定の水平力が負担できなくなり、建物全体としての水平耐力が低下するという不具合が生じてしまう。また逆に、耐力壁は比較的高い水平耐力が確保できるものの、水平剛性も高くなることから、地震による入力エネルギーが大きくなってしまい、より高い水平耐力が必要になるというデメリットもある。
【0003】
一方、以上のような耐力壁を用いた建築物において、地震による入力エネルギーが過大になることなく、かつ入力エネルギーを効果的に吸収することにより、建築物の耐震性を高めることが可能な接合金物および耐力壁を有した構造が本件出願人により考案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
特許文献1、2に記載された接合金物は、耐力壁と基礎アンカー部材とに連結され、これらの間に生じる相対変形によって、接合金物の減衰部材が塑性変形することでエネルギー吸収するように構成されている。
また、耐力壁ではなく柱の柱脚部において、基礎(ベースプレート)と柱脚との間に曲げパネルやせん断パネルを設置し、入力エネルギーの低減を図った柱脚部の制震構造も提案されている(例えば、特許文献3参照)。この制震構造では、曲げパネルやせん断パネルの一方側が溶接等によって柱脚部に接合され、他方側が取付プレート(支持プレート)を介してベースプレートに接合されている。そして、地震等により柱が浮き上がる方向の引張り力が作用した際に、曲げパネルが曲げ降伏したりせん断パネルがせん断降伏したりすることで、引張り力を吸収するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−111331号公報
【特許文献2】特開2008−111332号公報
【特許文献3】特開2004−92096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2のような従来の耐力壁を用いた構造では、接合金物の減衰部材の塑性化によるエネルギー吸収は見込めるものの、接合金物に直列連結された耐力壁は弾性状態を維持するようにせん断耐力が設定されるので、接合金物以外で吸収可能なエネルギー量を容易に増加させることが困難である。また、耐力壁を塑性化させずに弾性状態を維持するためには、耐力壁のせん断耐力(降伏耐力および最大耐力)を相当に大きく設定しておく必要があることから、耐力壁に大きな部材断面や高い材料強度が要求されるなど、耐力壁の部材コスト、さらに施工性の悪化要因が増加してしまうという問題もある。
また、特許文献3に記載の制震構造においても、曲げパネルやせん断パネルを降伏させてエネルギーを吸収するようになっているものの、曲げパネルやせん断パネルに直列連結された柱や基礎を弾性状態に維持することから、吸収可能なエネルギー量が限定的であり、耐震性能の飛躍的な向上を期待することができず、さらに柱や基礎を強固に製作する必要があり、部材断面大型化によりコスト増加や施工性の悪化が指摘できる。
【0006】
本発明の目的は、建築物に作用する水平力に対するエネルギー吸収性能を大幅に向上させることができるとともに部材コストの抑制をも図ることができる制震構造および建築物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の制震構造は、接合部材を介して建築物に接合される耐力壁を備えた制震構造であって、前記耐力壁は、建築物に作用する水平力に対してせん断力を負担することで抵抗するとともに、所定のせん断力で降伏してエネルギー吸収するように壁降伏耐力が設定され、前記接合部材は、建築物に作用する水平力を前記耐力壁に伝達する伝達力を負担するとともに、所定の伝達力で降伏してエネルギー吸収するように接合降伏耐力が設定され、この接合降伏耐力よりも大きな接合最大耐力を有して構成され、前記壁降伏耐力が前記接合降伏耐力よりも大きな値かつ前記接合最大耐力よりも小さな値に設定されていることを特徴とする。
【0008】
以上の本発明によれば、建築物に地震等の水平力が作用して耐力壁がせん断力を負担する状況において、水平力の増大に伴って先ず、接合部材が負担する伝達力が接合降伏耐力に達して降伏し、接合部材によるエネルギー吸収が開始され、水平力がさらに増大すると、耐力壁が負担するせん断力が壁降伏耐力に達して降伏し、耐力壁によるエネルギー吸収が開始されることとなる。すなわち、接合部材と耐力壁とが直列に連結された連成系のメカニズムにおいて、これらの接合部材および耐力壁がともに降伏することによる履歴減衰効果が得られ、さらに接合部材のエネルギー吸収効果を損なわずに、接合部材と耐力壁の合計エネルギー吸収量を大幅に向上させることができる。また、接合部材の最大耐力(接合最大耐力)が壁降伏耐力よりも大きく設定されていることから、この接合最大耐力を適切な値に設定しておくことで、接合部材が破断しない程度の水平力の範囲において、接合部材および耐力壁の降伏によるエネルギー吸収が行われるので、安定した耐震性能を確保することができる。さらに、接合部材のみならず耐力壁まで降伏させるように各耐力(接合降伏耐力および壁降伏耐力)を設定することで、耐力壁を弾性状態に維持させる場合と比較して、耐力壁の部材断面や材料強度を適度に低下させることができ、部材コストを抑制させることができ、さらに耐力壁取付等の施工性も向上させることができる。
【0009】
この際、本発明の制震構造では、前記接合最大耐力が前記耐力壁の壁最大耐力よりも大きな値に設定されていることが好ましい。
このような構成によれば、接合部材および耐力壁が降伏し、さらに耐力壁の負担せん断力が壁最大耐力に達するまで、接合部材の破断を防止することができ、耐震性能をさらに安定して発揮させることができる。すなわち、非常に大きな地震動の場合には、建物内に配した多くの壁がスリップ性状を呈して地震動に抵抗し、一方で接合部材の最大耐力を大きくしてそれの破断を回避することで、接合金物破断によるエネルギー吸収能力の喪失と、それに伴う建物全体倒壊を防止することが可能となる。
【0010】
さらに、本発明の制震構造では、前記接合部材は、建築物側に設けられる定着部材に連結され、この定着部材を介して前記耐力壁と建築物との間で力を伝達可能に構成され、前記定着部材の降伏耐力は、前記耐力壁の降伏耐力よりも大きな値に設定され、当該定着部材の最大耐力は、前記接合部材の最大耐力よりも大きな値に設定されていることが好ましい。
このような構成によれば、接合部材および耐力壁の降伏耐力よりも定着部材の降伏耐力を大きく設定するとともに、接合部材の最大耐力よりも定着部材の最大耐力を大きく設定することで、定着部材の変形を抑制しかつ破断を防止することができ、接合部材および耐力壁の履歴減衰効果を確実に発揮させることができる。さらに、定着部材の破断が防止できることで、大地震後においても定着部材(アンカーボルト等)を補修したり交換したりする必要がないことから、メンテナンス性を向上させることができる。
【0011】
また、本発明の制震構造では、前記耐力壁は、前記接合部材が接合される枠体と、この枠体に固定される鋼製折板とを有して構成されていることが好ましい。
このような構成によれば、材料強度や固定強度などが比較的厳密に設定でき、かつ設定値通りに製造しやすい鋼製折板と枠体とを組み合わせて耐力壁を構成することで、前述したような壁降伏耐力や壁最大耐力を正確に設定することができる。従って、耐力壁と接合部材との組み合わせに基づいた所定の降伏タイミング(水平力の大きさ)で、所定の各部を降伏させることができ、設定通りの履歴減衰効果を得ることができる。さらに、本発明では上記の鋼製折板と接合部材を組み合わせることで、意図的に鋼製折板による上記耐力壁の降伏耐力を小さくしても、安定したエネルギー吸収性能が確保できるという知見を得た。すなわち、従来の制震システムの場合には、接合部材を取り付ける耐力壁の降伏耐力と最大耐力を大きくすることで、耐力壁の塑性化を回避して接合部材のエネルギー吸収の安定化を図っていたが、本発明の制震構造では、上記の鋼製折板による耐力壁が降伏化した後も、力と変形が接合部材に集中して安定的なエネルギー吸収が得られることを見出した。すなわち、本発明の制震構造では、鋼製折板の耐力壁が塑性化した後も、紡錘形のエネルギー吸収の履歴特性を示し、従来型の鋼製折板によるスリップ型のエネルギー吸収の履歴特性に変化しないことを発見した。このような本発明では、エネルギー吸収の履歴特性を低下させずに上記耐力壁の降伏耐力と最大耐力を低く抑えることが可能なため、鋼製折板の板厚減少に伴う耐力壁の製造性向上、取付部品のドリリングスクリューねじおよび溶接などの施工簡易化、定着部材のサイズダウン等のメリットを得ることができる。
【0012】
また、本発明の制震構造では、前記接合部材は、前記接合降伏耐力を超える伝達力に対して紡錘形の履歴特性を有したダンパー部を有して構成されていることが好ましい。
このような構成によれば、耐力壁よりも先に(小さな水平力レベルで)降伏させる接合部材のダンパー部が紡錘形の履歴特性を有することで、大きな履歴減衰が得られることから、比較的小さな水平力の入力レベル(例えば、小・中規模の地震)から大きな入力レベル(例えば、想定される最大規模の地震)に至る広い入力範囲において、エネルギー吸収性能を高めることができる。
【0013】
さらに、本発明の制震構造では、前記接合部材は、前記耐力壁に連結される一対の壁側連結部と、当該建築物の躯体側に設けられる定着材に連結される定着側連結部と、前記一対の壁側連結部に渡って架設されるとともに前記定着側連結部と接続されるダンパー部とを有し、前記壁側連結部と前記定着側連結部との間に生じる相対変位に伴って前記ダンパー部がせん断変形することで前記伝達力を負担するとともに、当該ダンパー部がせん断降伏することでエネルギー吸収するように構成され、前記ダンパー部は、前記相対変位方向と直交して延びる複数のダンパー片と、これらのダンパー片の端部から前記一対の壁側連結部に各々連続して前記相対変位方向に延びる一対の枠縁部と、前記相対変位方向両端部にて前記一対の枠縁部に渡って架設される架設部とを有して形成されていることが好ましい。
このような構成によれば、複数のダンパー片をせん断降伏させてエネルギー吸収することで、各ダンパー部における降伏せん断力を足し合わせたダンパー部の耐力によって接合降伏耐力が決定されることから、材料強度や加工精度のばらつきを吸収して接合降伏耐力を高精度で設定することができる。また、ダンパー部が架設部を有していることから、ダンパー片が降伏した後も架設部によってダンパー部の形状を維持することができ、不安定挙動を防止することができる。
【0014】
この際、本発明の制震構造では、前記ダンパー片は、その中央部の断面幅が両端部の断面幅よりも小さく形成されていることが好ましい。
このような構成によれば、両端部よりも中央部の断面幅が小さくなるようにダンパー片を形成することで、ダンパー片に作用する曲げ応力およびせん断応力に対して全長に渡って応力度を均等化させることができ、降伏後のエネルギー吸収性能を安定させて疲労耐久性を高めることができる。すなわち、例えば、全長に渡って同一の断面幅を有したダンパー片とした場合には、曲げ応力の大きい両端部が曲げせん断降伏するものの、曲げ応力の小さい中央部ではせん断降伏することなく、両端部の塑性変形性能に依存することから疲労耐久性が高められない。これに対して、中央部の断面幅を小さくすることで、両端部のみならず中央部においても曲げせん断降伏させることで、ダンパー片の全長に渡る塑性変形性能に期待することができ、疲労耐久性を高めることができる。
【0015】
一方、本発明の建築物は、前記いずれかの制震構造を備えた建築物であって、前記接合部材を介して建築物側に設けられる定着材に前記耐力壁が接合され、当該建築物に作用する水平力によって当該耐力壁がロッキングまたは浮き上がることで前記接合部材に伝達力が発生するとともに、所定の伝達力で当該接合部材の一部が降伏してエネルギー吸収し、この接合部材の一部の降伏よりも大きな水平力によって前記耐力壁が降伏してエネルギー吸収可能に構成されていることを特徴とする。
このような建築物によれば、前述の制震構造と略同様の効果、すなわち接合部材および耐力壁の両方の降伏によるエネルギー吸収によって安定した耐震性能を確保することができるとともに、耐力壁の部材断面や材料強度を過大に設定する必要がないことから部材コストを抑制させることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のような本発明の制震構造および建築物によれば、接合部材と耐力壁とが直列に連結された連成系のメカニズムにおいて、接合部材を先行して降伏させるとともに、さらに耐力壁も降伏させることで、これらの両方による履歴減衰効果を得ることができ、エネルギー吸収性能を高めて耐震性能を向上させることができる。さらに、耐力壁を弾性状態に維持させずに降伏させるようにしたことから、耐力壁の部材断面や材料強度を過大に設定する必要がないので、部材コストを抑制させて低コスト化と施工簡略化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係る建築物に利用される耐力壁を示す図である。
【図2】前記耐力壁を示す斜視図である。
【図3】前記耐力壁と建物基礎との接合構造を示す斜視図である。
【図4】前記耐力壁、接合部材および定着部材の耐力設定を示すグラフである。
【図5】図4とは異なる耐力設定を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例に係る試験体全体の荷重−変形角関係のグラフである。
【図7】前記実施例の試験体中の接合部材の荷重−変形角関係のグラフである。
【図8】比較例に係る耐力壁、接合部材および定着部材の耐力設定を示すグラフである。
【図9】前記比較例に係る試験体全体の荷重−変形角関係のグラフである。
【図10】前記比較例の試験体中の接合部材の荷重−変形角関係のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1〜図3において、本発明の実施形態に係る建築物としては、基礎Fや梁、床などに接合された複数の耐力壁1を備えた枠組壁工法の建築物であり、1階の耐力壁1の下端部は、接合部材である接合金物2と、定着部材であるアンカーボルト3とを介して基礎Fに緊結されている。耐力壁1は、薄板軽量形鋼(リップ溝形鋼)からなる枠体としての枠組材11と、この枠組材11を四周枠組みした一方の面に固定される鋼製折板からなる面材12とで構成されている。つまり、建築物は、耐力壁1の枠組材11が薄板軽量形鋼から構成されるとともに、面材12が鋼製折板から構成されたスチールハウスである。
【0019】
耐力壁1の枠組材11は、ウェブ13と、このウェブ13の両端部に連続する一対のフランジ14とを有し、断面略コ字形(C字形)の中空状に形成されている。そして、耐力壁1の両側端縁では、2本の枠組材11が互いのウェブ13で接合されて一体化されている。また、面材12は、所定の接合間隔で設けられたビス(タッピングビス)15によって枠組材11に接合されている。そして、耐力壁1では、ビス15の接合間隔や、面材12の材質(材料強度)や厚さ寸法、折板の山高や溝幅等を調節することで、水平方向長さ当たりの降伏せん断耐力(壁降伏耐力)、および面材12がビス15の位置で破断する際の最大せん断耐力(壁最大耐力)が適宜設定されている。
【0020】
接合金物2は、1階の耐力壁1の壁脚部における左右両側の縦の枠組材11に固定されるとともに、基礎Fから延びるアンカーボルト3にも連結されるようになっている。そして、接合金物2は、建築物に地震等の水平力が入力した際に、耐力壁1が水平力を負担してロッキングし、耐力壁1の左右いずれかの下端部が基礎Fから浮き上がる方向に力が作用することで、減衰力を発揮するダンパー装置としても機能するようになっている。すなわち、耐力壁1の一方側から水平力が作用した場合には、一方側の縦の枠組材11下端部が基礎Fから浮き上がるように耐力壁1がロッキングし、一方側に取り付けたアンカーボルト3に引っ張られることで接合金物2の一部が変形し、所定の水平力以上の力で降伏することにより減衰力を発揮するようになっている。
【0021】
この接合金物2は、図3に示すように、互いに対向する一対(2枚)のダンパー鋼板20と、ダンパー鋼板20間に固定されてアンカーボルト3に連結される定着側連結部としての筒状鋼材21とを有して構成されている。各ダンパー鋼板20は、互いの対向方向に開口したコ字形断面を有し、枠組材11の一対のフランジ14に各々ビス止め固定される壁側連結部としての一対のフランジ部22と、これらのフランジ部22間に渡るウェブからなるダンパー部23とを有して形成されている。ダンパー部23は、その左右方向中間位置にて筒状鋼材21に溶接固定される中間固定部24を有し、この中間固定部24を挟んで左右対称に形成されており、耐力壁1のロッキングに伴って枠組材11と基礎Fおよびアンカーボルト3とに相対変位が生じると、筒状鋼材21とフランジ部22とに上下逆方向に引っ張られてダンパー部23がせん断変形するように構成されている。
【0022】
ダンパー部23には、左右両側端に沿ってフランジ部22と連続する一対の枠縁部25と、一対の枠縁部25と中間固定部24とに渡って相対変位方向と直交して延びる複数(左右それぞれに5個ずつ)のダンパー片26と、上下端縁(相対変位方向両端部)に沿って一対の枠縁部25に渡って架設される架設部27とが形成されている。すなわち、ダンパー部23は、ダンパー鋼板20のウェブに切断加工を施して開口を設け、枠縁部25、ダンパー片26および架設部27を残すようにして形成されている。また、複数のダンパー片26は、それぞれその中央部(中間固定部24と枠縁部25との中間位置)の断面幅が両端部(中間固定部24側と枠縁部25側)の断面幅よりも小さく形成されている。また、上下の架設部27は、それぞれ中間固定部24側の断面幅が枠縁部25側の断面幅よりも小さく形成されている。
【0023】
このダンパー部23は、前述の相対変位に対して、個々のダンパー片26が曲げモーメントおよびせん断力として伝達力を負担し、所定の伝達力でダンパー片26の両端部が曲げ降伏するか、またはダンパー片26の中央部がせん断降伏するように構成されている。そして、各ダンパー片26が降伏することで、所定の伝達力以上の応力−変形状態において、ダンパー部23として紡錘形の履歴ループを描いて変形しつつ伝達力を負担し、これにより履歴減衰でエネルギー吸収するように構成されている。このようなダンパー部23の降伏による接合金物2の降伏耐力(接合降伏耐力)は、ダンパー鋼板20の材質(鋼種)や板厚、高さ寸法、あるいはダンパー片26の数や断面幅などにより適宜設定することが可能である。また、接合金物2が破断する最大降伏耐力(接合最大耐力)は、前述の各設定によって規定されることとなるが、ダンパー鋼板20として低降伏比(低YR)の鋼材を用いることによって、接合降伏耐力に対する接合最大耐力の割合が2倍以上(接合最大耐力/接合降伏耐力≧2.0)であることが好ましい。なお、ここで、接合降伏耐力や接合最大耐力としては、建築物における水平方向の力に換算した耐力であり、耐力壁1の壁降伏耐力や壁最大耐力と同種の耐力として扱うものとする。
【0024】
以上のような耐力壁1、接合金物2およびアンカーボルト3は、建築物に作用する水平力に対して、互いに直列に連結された直列連成系として抵抗するように構成されている。すなわち、水平力が作用した際に、耐力壁1が水平方向のせん断力を負担しつつロッキング変形し、このロッキング変形によって接合金物2が伝達力を負担し、この伝達力をアンカーボルト3が基礎Fに伝達することで、水平力に対する抵抗機構が成立するものであって、耐力壁1、接合金物2およびアンカーボルト3のいずれか1つでも破断して力を負担できなくなれば抵抗機構が成立しないため、直列連成系の抵抗機構であるといえる。このような耐力壁1、接合金物2およびアンカーボルト3からなる直列連成系の抵抗機構において、各部の耐力(スケルトンカーブ)は、図4の水平荷重(P)−層間変位(δ)関係のグラフに示すように設定されている。
【0025】
図4において、耐力壁1のスケルトンカーブSWは、壁降伏耐力PWy−壁降伏変位δWyの点で降伏し、壁最大耐力PWu−壁最大変位δWuの点以降に耐力が若干低下しつつ変形が増大するような荷重−変形関係を示す。接合金物2のスケルトンカーブSDは、接合降伏耐力PDy−接合降伏変位δDyの点で降伏し、接合最大耐力PDu−接合最大変位δDuの点以降に耐力を保持したまま変形が増大するような荷重−変形関係を示す。アンカーボルト3のスケルトンカーブSAは、定着降伏耐力PAy−定着降伏変位δAyの点で降伏し、定着最大耐力PAu−定着最大変位δAuの点以降、さほど変形が増大せずに破断するような荷重−変形関係を示す。以上の各部耐力において、壁降伏耐力PWyは、接合降伏耐力PDyよりも大きな値に設定されるとともに、接合最大耐力PDuよりも小さな値に設定されている。また、壁最大耐力PWuは、接合最大耐力PDuよりも大きな値に設定されている。さらに、定着降伏耐力PAyは、壁降伏耐力PWyよりも大きな値に設定され、定着最大耐力PAuは、接合最大耐力PDuおよび壁最大耐力PWuよりも大きな値に設定されている。
【0026】
ここで、スリップ形状のエネルギー吸収特性を示す従来の耐力壁構造の場合には、耐力壁1を塑性化させるために、接合降伏耐力PDyは壁降伏耐力PWyよりも大きな値に設定される。一方、紡錘形形状のエネルギー吸収特性を示す従来の制震構造の場合には、制震ダンパーとなる接合部材に力と変形を集中させるために、壁降伏耐力PWyは接合最大耐力PDuより大きな値に設定される。すなわち、従来の制震構造の場合には、接合金物1に直列に繋がれた耐力壁1の損傷を回避するため、その降伏耐力PWyを大きくする必要があり、耐力壁1を必要以上に頑強に製作する必要があった。このような従来の制震構造では、耐力壁1を弾性保持させることが前提であったが、本発明では耐力壁1を積極的に塑性化させても、接合金物2による制震構造が成立することを新たに見出したのである。
【0027】
以上のように耐力壁1、接合金物2およびアンカーボルト3の各部耐力を、図5に示すように設定することで、建築物に水平力が作用した際に、水平力の増大に伴って先ず、接合金物2のダンパー部23が接合降伏耐力PDyに達して降伏し、ダンパー部23によるエネルギー吸収が開始され、水平力がさらに増大すると、耐力壁1が負担するせん断力が壁降伏耐力PWyに達して降伏し、耐力壁1によるエネルギー吸収が開始されることとなり、接合金物2が接合最大耐力PDuに到達するまでの範囲で、接合金物2のエネルギー吸収効果が損なわれることなく、耐力壁1と接合金物2がエネルギー吸収できるようになっている。すなわち、接合金物2と耐力壁1との直列連成系の抵抗機構において、接合金物2のダンパー部23によるエネルギー吸収可能な範囲(D1)と、耐力壁1によるエネルギー吸収可能な範囲(W1)とが重なり、これら両方のエネルギー吸収効果が得られることとなる。
【0028】
なお、各部耐力の設定としては、図4に示すものに限らず、図5の水平荷重(P)−層間変位(δ)関係のグラフに示すように設定されていてもよい。図5において、壁降伏耐力PWyは、接合降伏耐力PDyよりも大きな値に設定されるとともに、接合最大耐力PDuよりも小さな値に設定されている。また、接合最大耐力PDuは、壁最大耐力PWuよりも大きな値に設定されている。さらに、定着降伏耐力PAyは、壁降伏耐力PWyよりも大きな値に設定され、定着最大耐力PAuは、壁最大耐力PWuおよび接合最大耐力PDuよりも大きな値に設定されている。このように設定した場合には、水平力の増大に伴って先ず、接合金物2のダンパー部23が接合降伏耐力PDyに達して降伏し、ダンパー部23によるエネルギー吸収が開始され(D2)、水平力がさらに増大すると、耐力壁1が負担するせん断力が壁降伏耐力PWyに達して降伏し、耐力壁1によるエネルギー吸収が開始されることとなり、耐力壁1が壁最大耐力PWuに到達するまでの範囲(W2)でエネルギー吸収できるようになっている。
【0029】
以上の本実施形態によれば、次に示すような作用効果が得られる。
すなわち、接合金物2のエネルギー吸収効果を損なわずに、さらに耐力壁1のエネルギー吸収効果が得られることから、エネルギー吸収性能を大幅に向上させることができる。また、接合金物2のみならず耐力壁1まで降伏させるように壁降伏耐力PWyを設定することで、耐力壁1を弾性状態に維持させる場合と比較して、耐力壁1の部材断面や材料強度を適度に低下させることができ、部材コストを抑制させることができる。また、耐力壁1の各仕様が低減できることから、耐力壁1の部品数削減と施工性向上も可能となる。さらに、接合金物2の接合最大耐力PDuおよび耐力壁1の壁最大耐力PWuよりもアンカーボルト3の定着最大耐力PAuを大きな値に設定したことで、接合金物2および耐力壁1でエネルギー吸収する際のアンカーボルト3の破断を防止し、エネルギー吸収効果を確実に発揮させることができる。
【実施例】
【0030】
前記実施形態の耐力壁1、接合金物2およびアンカーボルト3を用いて試験体を製作し、正負繰り返し載荷による載荷試験を行った。ここで、実施例の試験体としては、前述の図4に示すような各部耐力の関係を有するものを用いた。
図6に試験体全体の荷重−変形角関係のグラフを示す。図7に試験体中の接合金物2における荷重−変形角関係のグラフを示す。
実施例の試験体では、図6に示すように、接合金物2が接合降伏耐力PDyで降伏した後に、耐力壁1が壁降伏耐力PWyで降伏し、これら降伏した接合金物2および耐力壁1の直列連成系によるエネルギー吸収が行われ、接合金物2が接合最大耐力PDuで破断するまでの範囲で、耐力壁1が塑性化後も良好なエネルギー吸収性能が発揮されることを確認できた。さらに、図7に示すように、接合金物2の荷重−変形関係は、大きな面積の紡錘形の履歴ループを描いていることから、直列連成系の内部における接合金物2であっても、耐力壁1が塑性化した後も接合金物2のエネルギー吸収性能は損なわれることなく、大きな履歴減衰性能が発揮されることが確認できた。
【0031】
次に本発明の比較例の試験体を製作し、正負繰り返し載荷による載荷試験を行った。この比較例の試験体としては、図8に示すような各部耐力の関係を有するものを用いた。
図8において、壁降伏耐力PWyは、接合降伏耐力PDyよりも小さな値に設定され、壁最大耐力PWuは、接合最大耐力PDuよりも小さな値に設定されている。このように設定した比較例の試験体では、水平力の増大に伴って先ず、耐力壁1が負担するせん断力が壁降伏耐力PWyに達して降伏し、耐力壁1によるエネルギー吸収が開始され、その後水平力がさらに増大すると、接合金物2が接合降伏耐力PDyに達して降伏してエネルギー吸収が開始され、耐力壁1が壁最大耐力PWuに到達するまでの範囲(D3)でエネルギー吸収できることが想定される。
【0032】
図9に比較例の試験体全体の荷重−変形角関係のグラフを示す。図10に比較例の試験体中の接合金物2における荷重−変形角関係のグラフを示す。
比較例の試験体では、図9に示すように、先行して耐力壁1が壁降伏耐力PWyで降伏することから、荷重が低い領域において、スリップ型の履歴ループを描いていることが解る。さらに、接合金物2が接合降伏耐力PDyで降伏した後も履歴ループの面積が大きくならず、エネルギー吸収性能が低いことが見て取れる。すなわち、図10に示すように、接合金物2の荷重−変形関係において、接合金物2がさほど変形しておらず、接合金物2によるエネルギー吸収が非常に小さくなっていることが解った。従って、直列連成系の内部において、先行して降伏した耐力壁1のみに大きな変形が生じ、後から降伏する接合金物2に変形が生じず、スリップ型となって履歴ループの面積が小さくなって履歴減衰性能が劣ってしまうことが確認できた。この場合の耐力壁1と接合金物2の耐力の組合せでは、耐力壁1によるスリップ型性状が卓越し、通常の耐力壁構造と同等の性能しか発揮されないことが分かった。すなわち、本発明で見出された上記の耐力関係を満たさない場合は、接合金物のエネルギー吸収効果はほとんど期待できないことを確認した。
【0033】
以上の実施例から、本発明のように接合金物2を先行して降伏させてから耐力壁1を降伏させるように各部耐力を適切に設定しておくことで、接合金物2の紡錘形の履歴ループによる大きな履歴減衰に併せて、耐力壁1の降伏により変形性能が増大し、直列連成系全体における高いエネルギー吸収性能が得られることが確認できた。
【0034】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる他の構成等を含み、以下に示すような変形等も本発明に含まれる。
例えば、前記各実施形態においては、建築物として、耐力壁1の枠組材11が薄板軽量形鋼から構成され、面材12が鋼製折板から構成されたスチールハウスについて説明したが、これに限らず、耐力壁1の枠組材や面材が木質材料から構成されたツーバイフォー構造建築物であってもよいし、その他の構造を有した枠組壁工法の建築物であってもよい。また、耐力壁1の面材12としては、鋼製折板に限らず、構造用合板やセメント成形板や石膏ボード等の各種板材が使用可能である。
【0035】
その他、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
従って、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0036】
1…耐力壁、2…接合金物(接合部材)、3…アンカーボルト(定着部材)、11…枠組材(枠体)、12…面材、20…ダンパー鋼板、21…筒状鋼材(定着側連結部)、22…フランジ部(壁側連結部)、23…ダンパー部、25…枠縁部、26…ダンパー片、27…架設部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合部材を介して建築物に接合される耐力壁を備えた制震構造であって、
前記耐力壁は、建築物に作用する水平力に対してせん断力を負担することで抵抗するとともに、所定のせん断力で降伏してエネルギー吸収するように壁降伏耐力が設定され、
前記接合部材は、建築物に作用する水平力を前記耐力壁に伝達する伝達力を負担するとともに、所定の伝達力で降伏してエネルギー吸収するように接合降伏耐力が設定され、この接合降伏耐力よりも大きな接合最大耐力を有して構成され、
前記壁降伏耐力が前記接合降伏耐力よりも大きな値かつ前記接合最大耐力よりも小さな値に設定されていることを特徴とする制震構造。
【請求項2】
請求項1に記載の制震構造において、
前記接合最大耐力が前記耐力壁の壁最大耐力よりも大きな値に設定されていることを特徴とする制震構造。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の制震構造において、
前記接合部材は、建築物側に設けられる定着部材に連結され、この定着部材を介して前記耐力壁と建築物との間で力を伝達可能に構成され、
前記定着部材の降伏耐力は、前記耐力壁の降伏耐力よりも大きな値に設定され、当該定着部材の最大耐力は、前記接合部材の最大耐力よりも大きな値に設定されていることを特徴とする制震構造。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の制震構造において、
前記耐力壁は、前記接合部材が接合される枠体と、この枠体に固定される鋼製折板とを有して構成されていることを特徴とする制震構造。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の制震構造において、
前記接合部材は、前記接合降伏耐力を超える伝達力に対して紡錘形の履歴特性を有したダンパー部を有して構成されていることを特徴とする制震構造。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の制震構造において、
前記接合部材は、前記耐力壁に連結される一対の壁側連結部と、建築物側に設けられる定着部材に連結される定着側連結部と、前記一対の壁側連結部に渡って架設されるとともに前記定着側連結部と接続されるダンパー部とを有し、前記壁側連結部と前記定着側連結部との間に生じる相対変位に伴って前記ダンパー部がせん断変形することで前記伝達力を負担するとともに、当該ダンパー部がせん断降伏することでエネルギー吸収するように構成され、
前記ダンパー部は、前記相対変位方向と直交して延びる複数のダンパー片と、これらのダンパー片の端部から前記一対の壁側連結部に各々連続して前記相対変位方向に延びる一対の枠縁部と、前記相対変位方向両端部にて前記一対の枠縁部に渡って架設される架設部とを有して形成されていることを特徴とする制震構造。
【請求項7】
請求項6に記載の制震構造において、
前記ダンパー片は、その中央部の断面幅が両端部の断面幅よりも小さく形成されていることを特徴とする制震構造。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれかに記載の制震構造を備えた建築物であって、
前記接合部材を介して当該建築物の躯体側に設けられる定着部材に前記耐力壁が接合され、当該建築物に作用する水平力によって当該耐力壁がロッキングまたは浮き上がることで前記接合部材に伝達力が発生するとともに、所定の伝達力で当該接合部材の一部が降伏してエネルギー吸収し、この接合部材の一部の降伏よりも大きな水平力によって前記耐力壁が降伏してエネルギー吸収可能に構成されていることを特徴とする建築物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−122276(P2012−122276A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−274739(P2010−274739)
【出願日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】