説明

加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】レーザー加工で穴あけ加工したときに加工性(伸びフランジ性)に優れた引張強度590MPa以上の高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼の成分組成は、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.5%未満、Mn:1.0〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.05%以下、N:0.0050%以下、Cr:0.05〜0.8%、V:0.01〜0.1%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼のミクロ組織は、平均粒径15μm以下のフェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトを有し、前記マルテンサイトは全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%を超え、鋼板表面に亜鉛めっき皮膜を有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品等の用途に好適な加工性に優れた引張強度590MPa以上の高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、産業界において地球環境保全の観点からCO2などの排気ガスを低減化する試みが進められている。とくに自動車産業においては、車体を軽量化して燃費を向上させることにより、排気ガス量を低下させる対策が図られている。車体軽量化の手法のひとつとして、自動車に使用されている鋼板を高強度化しつつ、鋼板板厚の薄肉化が進められている。
【0003】
また、自動車の衝突安全規制が厳格化されつつある状況の中、車体の耐衝突性能を向上させる目的から、自動車の構造部品、補強部材などに高強度鋼板の適用検討が進められている。高強度鋼板を自動車の構造部品、補強部材などに適用するにあたっては、打抜き加工で穴あけ加工を行った後に穴拡げ加工(バーリング)が施される場合が多く、高強度鋼板は伸びフランジ性(穴拡げ性)に優れることが望まれている。従来、打抜き加工では打抜き金型による機械加工が主流であったが、金型メンテナンスコスト削減の観点から穴あけ加工をレーザー加工で実施する方法が試みられ、非特許文献1に示されるように一部、実用化されている。
【0004】
加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板については、例えば、特許文献1には、成分組成を適正範囲に調整し、組織を、フェライトを主体とするフェライト・マルテンサイト組織とし、板厚方向のMnのミクロ偏析を規定することで耐食性と伸びと穴拡げ性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板および合金化溶融亜鉛めっき鋼板およびそれらの製造方法が提案されている。しかし、特許文献1に開示された技術では、穴拡げ試験方法については何ら開示されておらず、レーザー加工打抜きの場合の穴拡げ性についても具体的な評価は示されていない。
【0005】
特許文献2には、成分組成およびフェライト相、ベイナイト相、マルテンサイト相の3相の複合組織の状態を最適化することによって引張強度(TS)が390〜690MPa程度の加工性と焼付硬化性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法が提案されている。また、特許文献3には溶融亜鉛めっきラインの再結晶焼鈍の加熱温度、該加熱温度からMs点以上480℃以下までの冷却速度とその温度での保持時間を制御することによって、組織をベイナイトあるいはフェライト・ベイナイトを主体とした均一微細なベイナイト・フェライト・マルテンサイトの複合組織とし、曲げ加工性の優れた溶融亜鉛めっき高強度鋼板の製造方法が提案されている。特許文献2、特許文献3で開示された技術は、加工性および曲げ加工性として穴広げで評価しているが、特許文献2では打抜き方法は開示されておらず、特許文献3では10mmφの打抜き穴で穴広げ率を評価しているが、何れもレーザー加工穴での穴広げ率は評価されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-070659号公報
【特許文献2】特開平6-73497号公報
【特許文献3】特開平4-173945号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】鉄と鋼、第75年(1989)第7号、p.10-24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した従来技術の問題に鑑みて成されたものであり、レーザー加工による穴あけ加工後に加工性(伸びフランジ性)に優れた引張強度590MPa以上の高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、レーザー加工で穴あけ加工した高強度溶融亜鉛めっき鋼板の伸びフランジ性について鋭意検討を進めた結果、添加元素、鋼組織、製造条件、とくに熱間圧延および連続溶融亜鉛めっき処理工程の製造条件を適切に制御することが極めて重要であることを見出した。そして、鋼組織を、平均粒径が15μm以下のフェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトを有し、前記マルテンサイトは全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%を超える組織とすることで、レーザー加工で穴あけ加工した高強度溶融亜鉛めっき鋼板の伸びフランジ性が向上することを見出した。
【0010】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、(1)〜(3)を提供する。
(1)鋼の成分組成は、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.5%未満、Mn:1.0〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.05%以下、N:0.0050%以下、Cr:0.05〜0.8%、V:0.01〜0.1%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼のミクロ組織は、平均粒径15μm以下のフェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトを有し、前記マルテンサイトは全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%を超え、鋼板表面に亜鉛めっき皮膜を有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0011】
(2)鋼の成分組成として、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.1%、Nb:0.01〜0.1%、Cu:0.01〜0.1%、Ni:0.01〜0.1%、Sn:0.001〜0.01%、Mo:0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0012】
(3)上記(1)または(2)に記載された成分組成を有する鋼素材をAr3点以上の温度で仕上げ圧延した後、600℃以下の温度で巻取り、巻取り後400℃までの平均冷却速度が5℃/分以上となるようにして冷却し、酸洗し、あるいはさらに40%以上の圧下率で冷間圧延し、その後、700〜820℃で均熱し、1〜50℃/秒の平均冷却速度で600℃以下に冷却し、溶融亜鉛めっきあるいはさらにめっき層の合金化処理を行なった後、常温に冷却するとともに、前記600℃以下に冷却してから前記常温に冷却するまでの過程において、400〜600℃の温度域の滞留時間を150秒以内とすることを特徴とする高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、レーザー加工による穴あけ加工後に穴拡げ加工したときに加工性(伸びフランジ性)に優れた引張強度590MPa以上の高強度溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】マルテンサイトのアスペクト比およびマルテンサイトの面積率と穴拡げ率λとの関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明の契機となった実験結果について説明する。質量%で、C:0.09%、Si:0.15%、Mn:1.75%、P:0.035%、S:0.0006%、Al:0.035%、N:0.0025%、Cr:0.21%、V:0.017%、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼スラブを粗圧延、7パスの仕上げ圧延からなる熱間圧延を行い、板厚3.6mmの熱延鋼板とした。ここで、仕上げ圧延は700〜900℃、巻取り温度は450〜700℃とし、巻取り後の平均冷却速度を空冷(1℃/分)〜50℃/分まで変化させた(なお、冷却速度は巻取り後から400℃までの平均冷却速度である)。次にこの熱延鋼板を酸洗後、冷間圧延、連続溶融亜鉛めっき処理を施して板厚1.4mmの供試材とした。連続溶融亜鉛めっき処理は、均熱温度を670〜900℃、均熱後の平均冷却速度を0.3〜100℃/秒で600℃から室温まで冷却する間の400〜600℃の滞留時間を30〜300秒まで変化させた。これら供試材について、鋼組織を観察するとともに引張特性および伸びフランジ性を評価した。
【0016】
鋼組織の評価は、板厚1/4位置の圧延方向平行断面を研磨・ナイタール腐食後、断面3箇所、各箇所で1000倍の倍率で10視野(合計30視野)にわたり走査型電子顕微鏡で観察し、その画像をMedia Cybernetics社製の画像解析ソフト“Image Pro Plus ver.4.0”を使用した画像解析処理により測定した。すなわち、画像解析でフェライト、パーライト、セメンタイト、マルテンサイトを分別して、フェライト粒径、マルテンサイト面積率、マルテンサイトのアスペクト比を求めた。アスペクト比は、画像解析装置を用いてマルテンサイトを楕円近似して求めた(楕円の長軸)/(楕円の短軸)の平均値である。
【0017】
本実験では熱間圧延条件および連続溶融亜鉛めっき条件に応じてマルテンサイトのアスペクト比、平均フェライト粒径、マルテンサイト面積率が変化した。ここで何れの条件においても、フェライトの平均粒径は15μm以下、マルテンサイトの面積率とフェライトの面積率の合計は95%以上であった。
【0018】
伸びフランジ性を評価するため、得られた供試材から穴拡げ試験用の試験板(大きさ:100mm×100mm)を採取し、穴拡げ試験を実施した。試験板の中心にレーザー加工で10mmφの穴あけ加工した。その後、穴を円錐ポンチ(径50mmφ、肩R8mm)により押し上げて穴拡げ加工し、穴縁に板厚貫通クラックが発生した時点での穴径d(mm)を測定して、次式で定義される穴拡げ率λ(%)を計算した。
λ=100×(d−10)/10
そして、同様の試験を5回実施して、平均の穴拡げ率λを求めた。
得られた結果を図1に示す。図1において、マルテンサイトのアスペクト比は、全マルテンサイトに対して、マルテンサイトのアスペクト比の面積率の累積度数が95%超(当該アスペクト比未満のマルテンサイトの面積率が95%超)になるマルテンサイトのアスペクト比である。
【0019】
図1から、鋼組織が、フェライトの平均粒径が15μm以下、マルテンサイトの面積率とフェライトの面積率の合計が95%以上、マルテンサイトの面積率が5〜40%、マルテンサイトのアスペクト比が3.0未満、すなわち、全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%超になると、伸びフランジ性が顕著に向上することが分かる。
【0020】
次に、本発明鋼板の成分組成の限定理由について説明する。なお、組成における質量%はとくに断らない限り、単に%と記す。
【0021】
C:0.03〜0.15%
Cは、所望の強度を確保するために必須の元素であり、そのためには0.03%以上必要である。一方、0.15%を超えて添加するとレーザー加工での穴あけで穴側面が過度に硬化して、伸びフランジ性が劣化する。したがって、Cは0.03〜0.15%の範囲内とする。
【0022】
Si:0.5%未満
Siは、鋼を強化するため有効な元素であるが、添加量が0.5%以上となるとめっきの密着性および表面外観が著しく劣化する。従って、Siは0.5%未満とする。なお、好ましくは0.2%以下である。
【0023】
Mn:1.0〜2.5%
Mnは、Cと同様に所望の強度を確保するために必須の元素である。所望の強度を確保するためには下限を1.0%以上必要であるが、2.5%を超えて過剰に添加すると、Cの過剰添加と同様に穴側面で焼きが入りすぎて過度に硬化し、伸びフランジ性が劣化する。従って、Mnは1.0〜2.5%の範囲内とする。
【0024】
P:0.05%以下
Pは、鋼の強化に有効な元素であるが、添加量が0.05%を超えると熱間圧延で生成される表面酸化層(スケール)の剥離が過多となり、めっき後の表面性状が劣化する。従って、Pは0.05%以下とする。
【0025】
S:0.01%以下
Sは、添加量が0.01%を超えると伸びフランジ性が劣化する。このため、Sは0.01%以下とする。
【0026】
Al:0.05%以下
Alは、0.05%を超えるとめっき後の表面外観が著しく劣化するため、Alは0.05%以下とする。
【0027】
N:0.0050%以下
Nは、通常の鋼に含有される量である0.0050%以下であれば本発明の効果を損なわない。従って、Nは0.0050%以下とする。
【0028】
Cr:0.05〜0.8%
Crは、鋼の焼入れ性を向上させ鋼の強化に有効な元素であるため、0.05%以上添加する。一方、0.8%を超えて添加すると、この効果が飽和するとともに、焼鈍中にCr系酸化物が鋼板表面に形成されめっきの密着性が劣化するため、Crは0.05〜0.8%の範囲内とする。
【0029】
V:0.01〜0.1%
Vは、鋼の焼入れ性を向上させ鋼の強化に有効な元素であるため、0.01%以上添加する。一方、0.1%を超えて添加すると、鋼の焼入れ強化が過大となり、CやMnと同様に穴側面が過度に硬化して、伸びフランジ性が劣化する。従って、Vは0.01〜0.1%の範囲内とする。
【0030】
上記した成分が基本組成であるが、本発明では上記した基本組成に加えて、さらにTi:0.01〜0.1%、Nb.0.01〜0.1%、Cu:0.01〜0.1%、Ni:0.01〜0.1%、Sn:0.001〜0.01%、Mo:0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有できる。
【0031】
Ti、Nbは、組織の微細化や析出強化により高強度化する目的で添加する。Moは鋼の焼入れ強化に有効な元素であり高強度化する目的で添加する。Cu、Ni、Snは強度に寄与する元素であり、鋼の強化の目的で添加する。それぞれの元素の下限は、所望の効果が得られる最低限の量であり、また、上限は効果が飽和する量である。
【0032】
また、めっき性を大きく変化させることなく、硫化物系介在物の形態を制御する作用を有し、これにより加工性の向上に有効に寄与するREMを0.0001%以上0.1%以下の範囲で含有しても構わない。上記した成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0033】
次に、本発明鋼板のミクロ組織の限定理由について説明する。
【0034】
本発明鋼板のミクロ組織(鋼組織)は、平均粒径15μm以下のフェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトを有し、前記マルテンサイトは全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%を超える。上記組織とすることで、レーザー加工で穴あけ加工した材料の伸びフランジ性が顕著に向上する。
【0035】
レーザー加工による穴あけ加工では穴側面近傍は極めて短時間で加熱・冷却されるため、鋼組織はマルテンサイト主体の組織と変化する。マルテンサイトのアスペクト比が3.0以上になるとレーザー加工後の穴側面の組織は、各々のマルテンサイトが連結され粗大なマルテンサイトとなり、穴拡げ加工において加工初期に発生した微細な亀裂が伝播して板厚貫通割れとなり、伸びフランジ性が低下する。また、マルテンサイトのアスペクト比が3.0未満であっても、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが、面積率で、全マルテンサイトの95%以下になると、レーザー加工後の穴側面の組織は、各々のマルテンサイトが連結されて粗大になったマルテンサイトが増加し、穴拡げ加工において加工初期に発生した微細な亀裂が伝播して板厚貫通割れとなり、伸びフランジ性が低下する。アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが、面積率で、全マルテンサイトの95%超であれば、穴拡げ加工において加工初期に発生した微細な亀裂が伝播して板厚貫通割れを起こすのを防止して、優れた伸びフランジ性が発現される。そのため、本発明では、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが、全マルテンサイトに占める割合を面積率で95%超に限定した。
【0036】
鋼組織のマルテンサイトの面積率が40%超または5%未満になるとフェライト相とマルテンサイト相の硬度差が大きくなるため、穴拡げ加工初期に発生した微細亀裂の伝播が速くなり伸びフランジ性が低下する。そのため、マルテンサイトの面積率を5〜40%に限定した。
【0037】
フェライト粒径の制御も重要である。レーザー加工による穴あけ加工では、穴側面近傍は極めて短時間で加熱・冷却される。フェライト粒径が大きくなると、レーザー加工による穴あけ加工の極めて短時間の加熱・冷却後にフェライトの析出が抑制され、フェライト、マルテンサイト組織が不均一になり、穴拡げ加工での亀裂伝播を抑制する作用が低下し、伸びフランジ性が低下する。フェライトの平均粒径を15μm以下にすることで、穴側面近傍で、極めて短時間の加熱・冷却後のフェライト析出を促進させ、フェライト、マルテンサイト組織を均一化させることで、穴拡げ加工での亀裂伝播を抑制し、伸びフランジ性を向上させることができる。そのため、フェライトの平均粒径を15μm以下に限定した。
【0038】
なお、鋼組織は、フェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトのほかに、面積率で5%以内のセメンタイト、ベイナイトといった組織を含んだとしても、本発明の効果は損なわれない。
【0039】
つぎに本発明鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0040】
上記した組成を有する溶鋼を、転炉等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法で鋼素材(スラブ)とすることが好ましい。
【0041】
ついで、得られた鋼素材を加熱し圧延して熱延板とする熱間圧延を施す。熱間圧延は、仕上圧延の終了温度をAr3点以上とし、600℃以下の温度で巻取り、巻取り後5℃/分以上の平均冷却速度で冷却することが好ましい。
【0042】
仕上圧延の終了温度:Ar3点以上
仕上圧延の終了温度が、Ar3点未満となると、フェライトが生成し、その加工ひずみによる粗大化等により、板厚方向の組織が不均一となり、冷延、焼鈍後の組織においてアスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合を面積率で95%超えにできない。従って、仕上圧延の終了温度はAr3点以上とする。なお、Ar3点は次式(1)から計算できるが、実際に測定した温度を用いてもよい。
Ar3=910 − 310×[C] − 80×[Mn] + 0.35×(t−0.8) ・・・(1)
ここで[C]、[Mn]はそれぞれの元素の含有量(%)を、tは板厚(mm)を表す。なお、含有元素に応じて、補正項を導入してもよく、例えば、Cu、Cr、Ni、Moが含有される場合には、-20×[Cu]、-15×[Cr]、-55×[Ni]、-80×[Mo]といった補正項を式(1)の右辺に加えてもよい。ここで[Cu]、[Cr]、[Ni]、[Mo]は、それぞれの元素の含有量(%)である。
【0043】
巻取温度:600℃以下
巻取温度が600℃を超えるとアスペクト比の高いラメラー状のパーライトが生成し、冷間圧延および焼鈍でパーライトが分断されたとしても、溶融亜鉛めっき後の鋼板において、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%以下になり、伸びフランジ性が低下する。したがって、巻取温度は600℃以下とする。なお、熱延板の形状が劣化するため巻取温度は200℃以上とすることが好ましい。
【0044】
巻取り後400℃までの平均冷却速度:5℃/分以上
巻取り後400℃までの平均冷却速度が、5℃/分未満となると析出したパーライトが長軸方向に成長し、パーライトのアスペクト比が高くなるため、連続溶融亜鉛めっき処理後の鋼板において、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%以下になり、伸びフランジ性が低下する。従って、巻取り後400℃までの平均冷却速度は、5℃/分以上とする。なお、平均冷却速度を20℃/分以上としてもその効果は飽和するため、上限は20℃/分とするのが好ましい。
【0045】
熱間圧延した後、酸洗し、またはさらに冷間圧延し、その後、連続溶融亜鉛めっき処理を行なう。酸洗は、常用の方法でよい。冷間圧延は、圧下率は下記が好ましく、その他は常用の方法でよい。
【0046】
冷間圧延の圧下率:40%以上
冷間圧延の圧下率が40%未満となるとフェライトの再結晶が進行しにくくなり、延性が劣化するとともに、圧延方向に伸展した結晶粒の粒界にそってマルテンサイトが析出し、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合を面積率で95%超えとすることが困難となる。従って、冷間圧延の圧下率は40%以上とする。
【0047】
連続溶融亜鉛めっき処理工程は、700〜820℃で均熱した後、1〜50℃/秒の平均冷却速度で600℃以下の温度域まで冷却し、溶融亜鉛めっきを行い、必要に応じてさらに合金化処理を行なう。
【0048】
均熱温度は所望のマルテンサイト面積率を得るため700℃以上が必要であるが、820℃を超えるとフェライト粒径が大きくなり所望の特性が得られなくなるのでこれを上限とする。1〜50℃/秒の平均冷却速度で600℃以下の温度域まで冷却するが、これはパーライトを生成させず、かつ微細なフェライトを析出させるためで、冷却速度の下限はこれ未満ではパーライトが生成したり、フェライト粒径が大きくなるために規定する。冷却速度の上限は、これを超えるとマルテンサイトの面積率が40%を超えるために規定する。
【0049】
600℃以下の温度域まで冷却した後、溶融亜鉛めっきし、必要に応じてさらに合金化処理を施した後、常温に冷却する。600℃以下の温度域まで冷却した後、常温に冷却する過程において400〜600℃の温度域の滞留時間が長くなると、オーステナイトからのセメンタイトの析出が著しくなり、マルテンサイト面積率が低下して強度が低下するため、400〜600℃の温度域の滞留時間の上限は150秒に規定する。
【0050】
得られた高強度溶融亜鉛めっき鋼板に化成処理などの各種表面処理を施しても本発明の効果を損なうものではない。
【実施例】
【0051】
表1に示す組成を有する鋼素材(スラブ)を出発素材とした。これらの鋼素材を、表2に示す加熱温度に加熱した後、表2に示す条件で熱間圧延、冷間圧延、連続溶融亜鉛めっきを施した。亜鉛めっき量は片面当たり60g/m2に調整し、合金化処理は皮膜中Fe%を10%に調整した。得られた鋼板について、組織観察、引張試験、伸びフランジ性について評価した。試験方法は次のとおりである。
【0052】
(1)組織観察
鋼組織の評価は板厚1/4位置の圧延方向平行断面を研磨・ナイタール腐食後、断面3箇所、各箇所で1000倍の倍率で10視野(合計30視野)にわたり走査型電子顕微鏡で観察し、その画像をMedia Cybernetics社製の画像解析ソフト“Image Pro Plus ver.4.0”を使用した画像解析処理により測定した。すなわち、画像解析でフェライト、パーライト、セメンタイト、マルテンサイトを分別して、フェライト粒径、マルテンサイト面積率、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める面積率を求めた。アスペクト比は画像解析装置を用いて、マルテンサイトを楕円近似して求めた(楕円の長軸)/(楕円の短軸)の平均値である。
【0053】
(2)引張試験
得られた鋼板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、引張試験を実施した。引張試験は破断まで実施して、引張強度(TS)を求めた。同様の試験を各試料につき2回実施して、平均値を求め、その試料の引張特性値とした。
【0054】
(3)伸びフランジ性
得られた供試材から伸びフランジ性を評価するため穴拡げ試験用の試験板(大きさ:100mm×100mm)を採取し、穴拡げ試験を実施した。試験板の中心にレーザー加工で10mmφ、穴あけ加工した。その後、穴を円錐ポンチ(径50mmφ、肩R8mm)により押し上げて穴拡げ加工し、穴縁に板厚貫通クラックが発生した時点での穴径d(mm)を測定して、次式で定義される穴拡げ率λ(%)を計算した。
λ=100×(d−10)/10
そして、同様の試験を5回実施して、平均の穴拡げ率λを求め、平均の穴拡げ率λが90%以上の場合を伸びフランジ性が良好と判定した。
【0055】
得られた結果を表2に併せて示す。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
次に本発明鋼D、P、Sと比較鋼eの成分を有する鋼素材を準備し、種々の製造条件で溶融亜鉛めっき鋼板を製造した。表3にこれらの製造条件と得られた鋼板について上記の評価を実施した結果をまとめて示す。
【0059】
【表3】

【0060】
表2及び表3より、鋼の成分組成と鋼組織が本発明範囲内にある本発明例の鋼板は、引張強度(TS)が590MPa以上で、レーザー加工で穴あけ加工後の穴拡げ率が高く、伸びフランジ性に優れ、一方、鋼の成分組成と鋼組織の少なくとも一方が本発明範囲を満足しない比較例の鋼板は、レーザー加工で穴あけ加工後の穴拡げ率が低く伸びフランジ性に劣り、またはさらに引張強度(TS)が590MPa未満で所望の強度が得られていない。
【0061】
また、本発明法で規定する成分組成の鋼素材を使用し、本発明法で規定する条件で熱間圧延工程から連続溶融亜鉛めっき処理工程を行なった本発明例の鋼板は、鋼組織が本発明範囲内にある鋼板が得られ、引張強度(TS)が590MPa以上で、レーザー加工で穴あけ加工後の穴拡げ率が高く、伸びフランジ性に優れる。一方、本発明法で規定する成分組成の鋼素材を使用しても、熱間圧延工程から連続溶融亜鉛めっき処理工程が本発明法で規定する条件を満足しなかった比較例の鋼板、本発明法で規定する成分組成の鋼素材を使用しなかった比較例の鋼板は、鋼組織が本発明範囲を満足する鋼板が得られず、レーザー加工で穴あけ加工後の穴拡げ率が低く伸びフランジ性に劣り、またはさらに引張強度(TS)が590MPa未満で所望の強度が得られていない。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、引張強度590MPa以上で、レーザー加工による穴あけ加工後の伸びフランジ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼の成分組成は、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.5%未満、Mn:1.0〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.05%以下、N:0.0050%以下、Cr:0.05〜0.8%、V:0.01〜0.1%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、鋼のミクロ組織は、平均粒径15μm以下のフェライトと面積率で5〜40%のマルテンサイトを有し、前記マルテンサイトは全マルテンサイトのうち、アスペクト比が3.0未満のマルテンサイトが占める割合が面積率で95%を超え、鋼板表面に亜鉛めっき皮膜を有することを特徴とする加工性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
鋼の成分組成として、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.1%、Nb:0.01〜0.1%、Cu:0.01〜0.1%、Ni:0.01〜0.1%、Sn:0.001〜0.01%、Mo:0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された成分組成を有する鋼素材をAr3点以上の温度で仕上げ圧延した後、600℃以下の温度で巻取り、巻取り後400℃までの平均冷却速度が5℃/分以上となるようにして冷却し、酸洗し、あるいはさらに40%以上の圧下率で冷間圧延し、その後、700〜820℃で均熱し、1〜50℃/秒の平均冷却速度で600℃以下に冷却し、溶融亜鉛めっきあるいはさらにめっき層の合金化処理を行なった後、常温に冷却するとともに、前記600℃以下に冷却してから前記常温に冷却するまでの過程において、400〜600℃の温度域の滞留時間を150秒以内とすることを特徴とする高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−225955(P2011−225955A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98740(P2010−98740)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】