説明

化合物

【課題】新規な化合物の提供。
【解決手段】式(I): A−{D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R}pで表される化合物である。式中、Aはp価のアルコール残基を表し、pは2以上の整数を表し;D1は、カルボニル基(−C(=O)−)又はスルホニル基(−S(=O)2−)を表し、互いに同一でも、異なっていてもよく、D2はカルボニル基(−C(=O)O−)又はスルホニルオキシ基(−S(=O)2O−)を表し;Eは、所定の二価の基を表し;qは0以上の整数を表し、qが2以上のとき、互いに異なっていてもよく;Bは、置換もしくは無置換の、メチレンオキシ基、エチレンオキシ基、プロピレンオキシ基、又はブチレンオキシ基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく;mは1以上の自然数であり;Z1は、単結合、又は所定の二価の基を表し;Rは、水素原子、C8以上の置換もしくは無置換のアルキル基、パーフルオロアルキル基、又はトリアルキルシリル基を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な化合物に関する。本発明の化合物は、潤滑剤の技術分野等、種々の技術分野に有用である。
【背景技術】
【0002】
潤滑油は様々な摩擦摺動場の摩擦係数を低減し、摩耗を抑制するために、あらゆる産業機械に用いられてきた。
一般的に、現行の潤滑油は穏和な摩擦条件(流体潤滑条件)下ではその摺動間隙に流体膜を形成し、厳しい摩擦条件(境界潤滑条件)下では摩擦界面に半固体被膜を形成するように構成されている。すなわち、低摩擦係数を発現する低粘性の油(すなわち基油)と、厳しい摩擦条件下においてその低粘性基油が破断した後に界面同士が直接的に接することを防止するために、その界面(例えば鉄界面)と反応して強靭で且つ柔軟な低摩擦係数を与える境界潤滑膜を形成可能な薬剤とを含んでいる。薬剤は、基油に溶解しているが、界面素材(通常は鋼鉄)との反応により、経時で、その界面に集積してくる。しかし、同時に、摺動には直接的に関わっていない面の大部分にもその薬剤が反応し、集積が起こり、その貴重な薬剤が消費されることになる。さらに、薬剤が消費されても、基油から消失するのではなく、実際には様々な分解物となって残存し、多くの場合には、それが潤滑油自体の劣化を促進する。また、薬剤が反応してなる境界潤滑膜自体も厳しい条件下での摩擦摺動により剥離し、また界面基材自体も剥離し、上記の反応分解物とともに浮遊したり、沈積(スラッジ化)したりして、潤滑油の潤滑能を損ない、その所期性能を劣化させる一因になる。これを防止するため、潤滑剤には、通常、酸化防止剤、分散剤、清浄剤などが添加されている(特許文献1)。
この様に、現行の潤滑油の多くには、極めて厳しい条件(境界潤滑条件)下での摩擦低減という目的のため、並びに添加した薬剤の副作用の低減及び抑止という目的のために、さらに新たな薬剤が添加されている。また、磨耗によって界面自体から生じた微小摩耗粉、及び薬剤の分解浮遊物によって潤滑機能が低下するのを軽減するために、さらに新たな薬剤が添加さている。そして、潤滑油中で、種々の薬剤の機能が関連しあっているために、それぞれの薬剤の消耗及び劣化によって、潤滑油全体として機能し及び最良の潤滑効果を発揮できる期間が短くなることは必然であって、避けられない。これは、ある種の悪循環であるといえる。従って、現行の潤滑油の性能を改善しようとして組成を大きく変更することは容易ではない。
しかし、上記の「薬剤」と称する化合物は全て鉄界面と反応性の元素を含有するもので、さらにそれらと鉄との間の反応で形成される物質がその摩擦・磨耗を軽減する能力を有している。その潤滑に必須の元素が、リン、硫黄、ハロゲンであり、さらに協奏補完的に働く重金属の亜鉛、モリブデンである。前三者は明確に環境負荷元素であり、排気ガスとしてでも大気中への放出は極力避けねばならない。
【0003】
さらに、内燃機関や自動変速機等に使用される潤滑油に対しては、省燃費のための低粘性化の要求があると同時に、近年の資源有効利用、廃油の低減、潤滑油ユーザーのコスト削減等の観点から、潤滑油のロングドレイン化に対する要求が一層高まっている。特に内燃機関用潤滑油(エンジン油)には、内燃機関の高性能化、高出力化、運転条件の苛酷化等に伴い、より高度な性能が要求されている。
しかし従来の内燃機関用潤滑油においては、熱・酸化安定性を確保するために、水素化分解鉱油等の高度精製基油又は合成油などの高性能基油を用い、当該基油にジチオリン酸亜鉛(ZDTP)、ジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)等のパーオキサイド分解能を有する硫黄含有化合物、あるいはフェノール系又はアミン系酸化防止剤等の無灰酸化防止剤を配合することが一般的になされているが、それ自体の熱・酸化安定性が必ずしも十分とはいえない。また、酸化防止剤の配合量を増量することで熱・酸化安定性をある程度改善することは可能であるが、この手法による熱・酸化安定性の向上効果には自ずと限界がある。
そして、エンジン油には、炭酸ガス排出量削減等の環境問題の観点から、省燃費性能及び耐久性の向上、排気ガスの浄化の触媒能の維持のための硫黄やリンの含率の低減が求められている。一方、近年のディーゼルエンジンには、ディーゼルパティキュレートフィルター(DPF)等粒子状物質の排出抑制装置が装着され始めたが、該装置の目詰まりの問題から、ディーゼルエンジン油の低灰分化が求められている。エンジン油の低灰分化は金属系清浄剤の減量を意味しており、金属系清浄剤や無灰分散剤を多量に配合することで維持されていたディーゼルエンジン清浄性、特に熱負荷の高いトップリング溝の清浄性の確保は極めて重要な課題となっている。
【0004】
以上述べてきた潤滑は、内燃機関を例にとると燃焼室以外の部分の潤滑及び潤滑組成物に関するものである。しかし、燃焼室の潤滑に関しても実際に大きな課題がある。即ち、燃焼室の燃料導入口に生じる付着物の低減、またそれらによる摩擦、磨耗の低減を、燃料への微量添加物によって制御(防止又は減少)する研究も長年続けられている。
特に、最近は排出ガス規制の観点から、燃料組成物の低硫黄濃度化が必須となりつつあるが、それによって潤滑性が低下し、カム、バルブを含む動弁機構の耐久性の低下が懸念されており、ここにも従来の摩擦、磨耗低減に寄与する元素を見直す必要に迫られている。
すなわち、少量添加で効能を発揮するには界面素材との反応性が必須の要件であり、かつ境界潤滑膜形成により所望の低摩擦を発現する必須の元素でありながら、同時に存在自体が問題となっている硫黄、リン、重金属の低減化が求められている。潤滑油は、現在の産業機械自体を支える材料であり、容易には換えられないとしても、真剣に、潤滑油の組成、及びその背景にある潤滑機構自体を、150年以上経った最新の科学技術と機能性素材技術によって見直さなければならない時期に来ている。
【0005】
冒頭で、「潤滑油は様々な摩擦摺動場の摩擦係数を低減し、摩耗を抑制するために、あらゆる産業機械に用いられてきた」と述べたが、潤滑油のそもそものミッション(使命)は、機械の運動機能を維持保全することである。我々は機械に仕事をさせて利用しているが、その仕事(作用)を取り出す(反作用)際には互いに摺動する界面に必然的に摩擦を生じる。その摩擦によって生じる激しい摩耗を軽減し焼付きなどの機械的損傷を未然に防ぐには、摺動間隙の確保が必要であり、そのために固体や液体の様々な潤滑膜が宛がわれてきた。
このような摩擦状態の液体膜の挙動の理論的な解析は、流体力学において粘性流体の運動を記述するNavier−Stokesの方程式を、Reynoldsが狭いすきまの流れに適用したことに始まる。当時、実験的に検証されていた軸受内のクサビ型の油膜が高い流体力学的圧力を発生する現象を理論的に説明し、今日の流体潤滑理論の基礎を築いた。
その理論に従えば、滑り軸受設計の基本特性数として利用されるゾンマーフェルト数が下式のように表されることから、摺動間隙の膜厚dが、圧力P,粘度η(→温度Tにも相関)及び摺動速度Vに関係することが分かる。摺動間隙の膜厚d自体が正確には、その表面の平均粗さRaに依存するため、摺動間隙の膜厚dの破断に関わる因子は、圧力P,温度T、粘度η、表面の平均粗さRa及び摺動速度Vであると言える。
【0006】
【数1】

油膜の維持の観点から間隙dに影響する因子は、高温では油膜の粘度の減少と界面粗さの因子が重要であり、高圧では当然圧力と油膜粘度の圧力依存性が重要であることは容易に類推できる。
従って、液膜保持の技術の歴史も、基油の粘度の制御から始まった。まずは、破断を防ぐには粘度が比較的大きな、すなわち高粘性油の使用である。しかし、機械は必ず動き出す必要があり、そのときには高粘性であることは不利である。しかも一般的には動き出す時には運転時より低温であり、大抵著しく高粘性で動きづらいので、もともとを低粘性で、高温時の破断を極力避ける意味で高粘度指数油の使用、さらに高分子(粘度指数向上剤)の低粘性基油への添加が行われた。
高温での、また高圧でのより厳しい条件に対応して開発された技術が、界面、特に鉄界面に直接、強固に密着し、柔軟性のある界面保護膜(境界潤滑膜)の技術である。歴史的には、石鹸の添加に始まり、塩化鉄、硫化鉄、燐酸鉄などの無機膜の形成、最近ではMo−DTCやZn−DTPなど、反応性で低摩擦性の有機金属錯体が開発され、基油に微量添加されている。
上記のような温度に対する粘度物性の改良、また別の方法による潤滑膜の形成の技術的な進展はあったが、圧力に対して粘性を制御しつつ、油膜の破断を抑止しようとする粘度圧力係数を制御し、最適化しようとする本発明のような技術的、素材的なアプローチはなかった。
しかし、粘度圧力係数に関連する理論は確実に時代とともに確立していった。
摩擦の機構は、上記した穏和な流体潤滑機構と厳しい境界潤滑機構との間に弾性流体潤滑機構があることが知られている。この弾性流体潤滑機構の理論的研究は、1882年に発表されたHertzの真実接触面形状と発生圧力の研究に始まり、1951年のPetrosevichのEHL弾性流体潤滑理論のまとめで確立され、1968年のDowson/Higginsonの弾性変形を考慮した油膜形成理論によって実践的な理論となった。
この弾性流体潤滑機構が働く領域は、例えば数トン/cm2、即ち数百MPa程度、の高圧力での摩擦の領域である。一見すると過酷な条件であるが、実は、その程度の圧力範囲であると鉄が弾性変形し始めるので、油膜を介して接する鉄界面の真実接触面の面積が増加し、実質的な圧力は低くなる。即ち、この領域に入ると、鉄の弾性限界か油膜切れが起こらない限り、摩擦係数が増加しなくなり、摺動界面にとっては「恵みの領域」といえるのである。また、同時にこの領域では、鉱物油など一般的な潤滑油の油膜なら常圧時の1000倍程度の高粘性になるが、素材の化学構造によっては500倍程度の低粘性にしかならない場合がある。Barusは、この現象を液体の粘度の圧力依存性に関して下式(VII)で表し、圧力に対する物質固有の粘性の増加率αが関係していることを示した(非特許文献1)。
η=η0 exp(αP) (VII)
但し、αは粘度圧力係数、η0は常圧粘度である。
また、Doolittleは、液体の粘性が、液体の体積中に占める分子の占有体積と液体の熱膨張によって生じる自由体積の比によって決定されるという自由体積モデルの考え方を提唱した(非特許文献2)。
η= Aexp( BV0 / Vf ) (VIII)
但し、ηは粘度,V0 は分子の占有体積,Vf は自由体積を表す。
【0007】
このDoolittleの式(VIII)とBarusの式(VII)とを比較すると、粘度圧力係数αが分子の自由体積に逆比例する関係にあることがわかる。すなわち、粘度圧力係数が小さいことは、分子の自由体積が大きいことを示唆している。従って、液体の粘度の圧力依存性は、素材の化学構造の最適化で制御することが可能であり、即ち化学構造を最適化すれば、同一の高荷重・高圧力下で、現行潤滑油を構成する油より低粘性な素材が提供できることが分かる。例えば、通常潤滑油として用いられている鉱物油やポリ−α−オレフィンなどのような炭化水素系化学合成油の粘度圧力係数αの半分程度である素材によって、真実接触部の油膜が形成されるなら、この弾性流体潤滑領域は、さらに穏和な条件になる。即ち、通常の潤滑油なら境界潤滑領域に入るような高荷重であっても、界面の弾性変形と高圧下低粘性油膜によって、真実接触部位の低圧力、低粘性、さらに油膜による冷却効果が加わることで、実質的に境界潤滑領域を回避し、流体潤滑だけの理想的な潤滑機構が実現されることが期待される。
【0008】
最近、比較的長い炭素鎖を放射状に複数配した円盤状化合物及びそれを含む潤滑油(即ち金属系素材を含まない潤滑油)が、弾性流体潤滑領域で低摩擦係数を示すことが開示されている(例えば、特許文献2〜特許文献4)。これらの円盤状化合物は、円盤状のコアと、当該円盤状のコアから放射状に伸びた側鎖を有していて、必然的に扇形の自由体積を高配列状態においても確保できていることが予測される。従って、側鎖を放射状に有する円盤状又は平板状化合物は、その占有体積に比べて、共通して多くの自由体積を有し、それゆえに小さな粘度圧力係数を示す。即ち、高圧下でも粘度が相対的に小さく、高圧下でより低粘性及びより低摩擦性を示すことが期待される(非特許文献3)。
しかし、これらの素材に共通していることは、その粘性が、通常潤滑油に用いられる鉱物油及び化学合成油の粘性と比較して一桁近く大きいことであり、そのような素材を大量に、安価に、しかも低粘性の基油の代わりに用いることは到底できない。
即ち、高圧下の粘性は、上記式(VII)に示す通り、粘度η0と粘度圧力係数αで規定されるが、現実的に低粘性の基油を用いると弾性流体潤滑領域では既に破断し始め、高圧下では粘性が無い状態すなわち弾塑性体になる。この潤滑油膜の破断のし易さは、流体分子の集合状態、すなわち潤滑油分子のパッキング状態と相関しており、粘度圧力係数αと圧力Pとの積αPで評価できることが明らかにされている(非特許文献4)。
【0009】
一般的に、潤滑油膜は、積αPが13以下であると粘性流体、13〜25であると粘弾性流体、25以上であると弾塑性体として挙動する。或る圧力Pで、同一粘度ηの2種類の潤滑油膜が存在する場合、その粘度圧力係数をそれぞれα1及びα2、常圧粘度をそれぞれη1及びη2とすると、
lnη=lnη1+α1・P=lnη2+α2・P
が成立する。
18=α1・P<α2・P=24 すなわちα1:α2=18:24の場合、粘度圧力係数α2の膜は、あと少し圧力Pが増加すると弾塑性体となり、同じ圧力下、同じ粘性であってもより破断し易いことがわかる。
従って、流体潤滑領域でも使用可能な程度の比較的大きなη0の基油を利用しても、基油を構成する鉱物油などの鎖状炭化水素の粘度圧力係数αが大きいので、結局、高圧下での粘度ηが大きくなる傾向があり、流体潤滑下で低摩擦係数を与える低η0と弾性流体潤滑下で低摩擦係数を与える低αとを同時に持った、粘弾性液体領域の広い基油及び有機化合物はこれまで存在しないと考えられてきた。
仮に、その制約をクリアする素材が開発できたとしても、大量供給性及び低コストという基油の必要条件を考慮すると、全てを同時に満足する素材の提供は困難であり、それ故に、低燃費の達成のためには低粘性であることが必須のエンジンオイルには、弾性流体潤滑を有効に利用するという発想自体が無かったという歴史的背景があると思われ、冒頭に述べた現在の低粘性基油と境界潤滑膜を形成する微量薬剤との組合せに素材開発が収束したことは、必然的な結果であったと言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2005−516110号公報
【特許文献2】特開2006−328127号公報
【特許文献3】特開2007−92055号公報
【特許文献4】特開2006−257383号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】C.Barus:Am.J.Sci.,45(1893)pp87.
【非特許文献2】A.K.Doolittle J.Appl.Phys.,22(1951) 1471.
【非特許文献3】濱口正法、大野信義、立石賢司、河田憲、トライボロジー会議予稿集(東京、2005−11)、175頁.
【非特許文献4】大野信義、桑野則行、平野冨士夫、潤滑、33、12(1988)922;929.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、潤滑剤の技術分野等、種々の分野において有用な、新規な化合物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
[1] 下記式(Z)で表される化合物:
A−L−{D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R}p (Z)
式中、Aはp価の鎖状あるいは環状残基を表し;
Lは、単結合、オキシ基、下記式(A−a)で表される、置換もしくは無置換のオキシメチレン基、又は下記式(A−b)で表される、置換もしくは無置換のオキシエチレンオキシ基を表し、下記式中、Alkは、水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表し
−(O−C(Alk)2)− (A−a)
−(O−C(Alk)2C(Alk)2O)− (A−b);
pは2以上の整数を表し;
1はカルボニル基(−C(=O)−)又はスルホニル基(−S(=O)2−)を表し、互いに同一でも異なっていてもよく;
2はカルボニル基(−C(=O)−)、スルホニル基(−S(=O)2−)、カルボキシル基(−C(=O)O−)、スルホニキシル基(−S(=O)2O−)、カルバモイル基(−C(=O)N(Alk)−)、又はスルファモイル基(−S(=O)2N(Alk)−)を表し、互いに同一でも異なっていてもよく、但し、Alkは水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表し;
Eは、置換もしくは無置換の、アルキレン基、シクロアルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、アリーレン基、二価の複素芳香族環基、複素非芳香族環基、イミノ基、アルキルイミノ基、オキシ基、スルフィド基、スルフェニル基、スルホニル基、ホスホリル基、及びアルキル置換シリル基から選ばれる二価の基、又は2以上の組合せからなる二価の基を表し、qは0以上の整数を表し、qが2以上のとき、Eは互いに異なっていてもよく;
Rは、水素原子、C8以上の置換もしくは無置換のアルキル基、パーフルオロアルキル基、又はトリアルキルシリル基を表し、互いに同一でも異なっていてもよい;
Bは、Rによって異なり、
Rが、水素原子、又はC8以上の置換もしくは無置換のアルキル基の場合、Bは置換もしくは無置換のオキシエチレン基、又は置換もしくは無置換のオキシプロピレン基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり;
Rが、パーフルオロアルキル基の場合、Bは、オキシパーフルオロメチレン基、オキシパーフルオロエチレン基、又は分岐してもよいオキシパーフルオロプロピレン基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり;
Rが、トリアルキルシリル基の場合、Bはジアルキルシロキシ基であり、そのアルキル基は、メチル基、エチル基、及び分岐していてもよいプロピル基から選択され、互いに同一でも異なっていてもよく、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数である;
1は、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、スルフィド基、アルケニレン基、アルキニレン基及びアリーレン基から選ばれる二価の基、又は2以上の組み合わせからなる二価の基を表す。
[2] 式(Z)中、Aが、ペンタエリスリト−ル、グリセロ−ル、オリゴペンタエリスリト−ル、キシリト−ル、ソルビト−ル、イノシトール、トリメチロ−ルプロパン、ジトリメチロ−ルプロパン、ネオペンチルグリコ−ル、又はポリグリセリンの残基である[1]の化合物。
【0014】
[3] 式(Z)中、Aが、下記式(AI)〜(AIII)のいずれかで表される基である[1]の化合物:
【化1】

式中、*は、―D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−Rとの結合部位を意味し;Cは炭素原子を表し;R0は水素原子又は置換基を表し;X1〜X4、X11〜X14、及びX21〜X24はそれぞれ、水素原子、又はハロゲン原子を表し、同一でも異なっていてもよく;m4は0〜2の整数を表す。
【0015】
[4] 式(Z)中、−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECa)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である[1]〜[3]のいずれかの化合物:
【化2】

式(ECa)中、Cは炭素原子を表し、Oは酸素原子を表し、式(Z)中のRに相当するRaは置換もしくは無置換のC8以上のアルキル基を表し;式(Z)中のZ1に相当するLaは、単結合又は二価の連結基を表し;Xa1及びXa2はそれぞれ、水素原子、又はハロゲン原子を表し、na1は1〜4の整数であるが、na1が2以上のとき、複数のXa1及びXa2はそれぞれ同一でも異なっていてもよく;na2は1〜35の数である。
【0016】
[5] 式(Z)中、Z1に相当するLaが、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、チオ基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、及びアリ−レン基から選択される一つ以上の組合せからなる二価の連結基である[4]の化合物。
[6] 式(Z)中の−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECb)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である[1]〜[3]のいずれかの化合物。
【化3】

式(ECb)中、[4中の式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり;式(Z)中のZ1に相当するLa1は単結合を表し;na2は0〜2の数であり、ncは1〜10の数を表し、mは1〜12の数を表し;nは1〜3の数を表す。
【0017】
[7] 式(Z)中の−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECc)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である[1]〜[3]のいずれかの化合物:
【化4】

式(ECc)中、[4中の式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり、Alk’はそれぞれ同一でも異なっていてもよいC1〜C4のアルキル基を表し;式(Z)のZ1に相当するLa1は単結合を表し;nbは1〜10の数を表す。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、潤滑剤の技術分野等、種々の技術分野において有用な新規な化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】例示化合物AII−1及びAII−2の試験例1の結果を示すグラフである。
【図2】例示化合物AII−17及びAII−18の試験例1の結果を示すグラフである。
【図3】例示化合物AII−65の試験例1の結果を示すグラフである。
【図4】比較例用化合物C−1及びC−2の試験例1の結果を示すグラフである。
【図5】例示化合物AII−1及びAII−3をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図6】例示化合物AII−4及びAII−5をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図7】例示化合物AII−6及びAII−7をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図8】例示化合物AII−8及びAII−14をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図9】例示化合物AII−16及びAII−17をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図10】例示化合物AII−18及びAII−19をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図11】例示化合物AII−33及びAII−34をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図12】例示化合物AII−36及びAII−37をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図13】例示化合物AII−38及びAII−40をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図14】例示化合物AII−41及びAII−43をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図15】例示化合物AII−65を含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図16】例示化合物AII−88及びAII−89をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図17】例示化合物AII−90を含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図18】比較例用化合物C−3及びC−6をそれぞれ含む組成物の試験例2の結果を示すグラフである。
【図19】市販の鉱物油の試験例2の結果を示すグラフである。
【図20】例示化合物AII−4と、市販ポリ−α−オレフィン及びポリオールエステルのそれぞれとを用いて調製した組成物の試験例3の結果を示すグラフである。
【図21】例示化合物AII−4と、市販イオン流体及びN−メチルピロリドンのそれぞれとを用いて調製した組成物の試験例3の結果を示すグラフである。
【図22】例示化合物AII−1を含む組成物の試験例4の結果を示すグラフである。
【図23】試験例5に用いた装置の概略図である。
【図24】試験例5において観測されたニュートンリングの顕微鏡写真である。
【図25】試験例5において観測されたニュートンリングの顕微鏡写真である。
【図26】試験例5において測定したIRスペクトルである。
【図27】試験例5において測定したIRスペクトルの吸光度の、温度変化に対する変動を示すグラフである。
【図28】試験例5において測定したIRスペクトルの吸光度の、鋼球の回転数変化に対する変動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本願明細書において「〜」とはその前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0021】
1. 式(Z)で表される化合物
A−L−{D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R}p (Z)
式中、Aは、p価の鎖状あるいは環状残基を表す。
【0022】
Aの好ましい例としては、−Lに結合するA中の原子(α-位)から3番目(γ-位)以内の原子が二級以上の分岐構造を含む残基である。このようなAを含む式(Z)で表わされる化合物は、いわゆる「スターバースト型」または「星型」と表現される化合物群に属し、潤滑剤組成物等に利用すると好ましい性質を示す。
上記した通り、「圧力による粘度の増加率が小さい」化合物が、潤滑剤の技術分野において有用であり、この性質は、「自由体積ができる限り大きい」化合物によって達成できることは、非特許文献2に開示されていることも上記した通りである。「自由体積ができる限り大きい」化合物の一例は、分子中に存在する複数の側鎖の自由体積が大きい化合物である。
円盤状構造を有する化合物として、トリフェニレン化合物を例にとると、例えば、2,3,6,7,10,11−位に長鎖アルコキシ基を有するトリフェニレンでは、その長鎖アルコキシ基からなる側鎖は、自ずと放射状に伸び、アルコキシ基中の酸素原子を起点にして中心部からさらに離れるほど、自由に運動することのできる空間の体積(自由体積)が大きくなる。たとえ当該化合物が、高密度に集積されたり、液晶相又は結晶のようなカラムナー構造の六方晶の最密充填構造をとっても、側鎖が一定の運動をできる最低限の空間は確保される。これが、円盤状分子と紐状分子との大きな差異であり、紐状分子は、一軸方向に配向すると、自由体積が失われてしまう。
【0023】
次に、メタンやテトラメチルシランやトリメチルアミンなどのSP3元素を中心としてそこから空間に対して均等に四方向に、まさに「スターバースト型」又は「星型」に側鎖を伸ばす構造の分子について考察する。これらの分子では、その自由体積を同様に確保することは、論理上は、円盤状構造の分子と同様に可能であると考えられるが、実際にはかなり様子は異なる。先に述べた円盤状分子では、円盤状核自体が、剛直な核構造によってその中心からある程度の距離までは側鎖が自由に動き得るような空間をはじめから確保しているが、一方、「スターバースト型」又は「星型」分子では、SP3元素を中心として、その元素からすぐに炭素鎖を伸ばす構造になっているため、両者には大きな相違点がある。
例えば、先に述べた、円盤状化合物であるヘキサアルコキシトリフェニレンの酸素の位置と、「スターバースト型」又は「星型」化合物である、トリメチロールメタンのトリエトキシレートの酸素の位置とを比較すると、以下に模式的に示す通り、SP3炭素の鎖の長さで近似すると中心核のSP3炭素からおおよそ4番目の炭素、すなわちエトキシ基末端の炭素の位置に相当する。一見、後者のほうがより自由度が高いが、密度があがり分子が密集し始めると、それぞれの側鎖の近傍の空間にも他の側鎖が入り込んだり、それぞれの側鎖が折れ曲がったり、傘をたたむ様に近似的に棒状になったりしてその自由体積を縮めることが可能であり、実際に、密度をあげていくと、側鎖の状態はそのように変化していくだろうことは容易に想像できる。
【0024】
【化5】

【0025】
本発明は、このようなSP3元素を含む核等、非円盤状構造の核を有する分子であっても、その側鎖が、円盤状分子の側鎖と同様に大きな空間体積を確保し得るためには、側鎖がいかなる構造であればよいかについて、本発明者が鋭意検討し、その結果得られた知見に基づいて完成されたものである。
下記のアセトキシトリメチロールメタンは、上記トリメチロールメタンのトリエトキシレートをエステルに変換したものであるが、潤滑の世界ではこの構造は油脂の基本構造である。油脂とは脂肪酸のポリオールエステルであって、鉱物油より低粘度圧力係数すなわち高圧力下で低摩擦係数を発現し易い構造である。
【0026】
【化6】

【0027】
その理由は、エステル中のC−Oの回転障壁エネルギーが、C−Cに比べて小さいこと、カルボニル基同士の電子反発及び立体反発がより放射状に開きやすくさせるので、自由体積を大きく確保できること、であると推定している。確かに、ポリカルボン酸のエステルよりポリオールのエステルのほうが低摩擦の傾向にある。これは、C−Oの回転の側鎖全体に及ぼす自由体積の大きさに関係すると考えている。
しかし、現行のエステル油は鉱物油に比較したら低摩擦性であるが、さほど顕著ではない。そこで、本発明者は、側鎖をさらに伸長した先に、カルボニル基を有する化合物の潤滑効果の検討を重ね、下記の、コハク酸に相当する残基を、トリメチロールメタンに接続した化合物が、顕著な摩擦低減効果を示すことを見出した。
この効果は、コハク酸のような1,4−ジカルボニル基だけでなく、1,3−ジカルボニル基や中央に酸素を挟んだ1,5−ジカルボニル基などでも発現する。また、アシル化したサルコシン酸のポリオールエステルも同様の低摩擦効果が発現する。
【0028】
【化7】

【0029】
従って、本発明は、放射状に側鎖を配することが可能な鎖状または環状の化学構造と、さらにそれに接続し放射状に伸びる側鎖とを有する化合物であって、その側鎖が、より大きな自由体積を確保できる化合物を利用するものである。側鎖が大きな自由体積を確保するためには、側鎖は、中心核との結合部位近傍において自由回転の容易さがあり、側鎖同士の反発が起こるように設計された化学構造を有することが好ましい。本明細書では、この様に設計された側鎖を有する化合物を、総合的に「スターバースト型」又は「星型」化合物と表現している。
【0030】
上記では、SP3炭素元素を含み、それによって分岐構造を含む中心核を有する化合物について説明したが、側鎖が大きな自由体積を確保できるのであれば、中心核の構造については特に制限はない。勿論、環状構造であってもよい。また、窒素、ケイ素、ホウ素、又はリン等の3価以上となり得る元素を含み、それによって分岐構造を含んでいる中心核に、上記式(Z)で表される化合物が有する所定の構造の側鎖(−D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R)を連結させた化合物も、当該側鎖が大きな自由体積を確保でき、同様の効果を示すものであり、本発明の化合物である。
【0031】
また、本発明の化合物は、ポリマー又はオリゴマーであってもよい。より具体的には、主鎖を構成している1種又は2種以上の繰り返し単位の側鎖に、所定の構造の側鎖(−D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R)を連結させたポリマー及びオリゴマーも、当該側鎖が大きな自由体積を確保でき、同様の効果を示すものである。ポリマー及びオリゴマーの主鎖は、例えば、ポリビニルアルコール鎖のような、単純な構造のものであってもよく、具体的には、ポリビニルアセテートのアセチル基を、記式(Z)で表される化合物が有する所定の構造の側鎖(−D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R)に置き換えたポリマー又はオリゴマーも、本発明の化合物の範囲に含まれる。
【0032】
上記側鎖を結合する、中心核構造Aの例には、多価アルコールの残基が含まれる。アルデヒドとホルマリンから誘導される合成多価アルコールや糖であるアルドース、ケトースの還元糖である糖アルコールのアルジトールやポリヒドロキシシクロアルカンであるシクリトール等の残基が挙げられる。より具体的には、ペンタエリスリト−ル、グリセロ−ル、オリゴペンタエリスリト−ル、キシリト−ル、ソルビト−ル、イノシトール、エリトリトール、マンニトール、ボレミトール、トリメチロ−ルプロパン、ジトリメチロ−ルプロパン、ネオペンチルグリコ−ル、ポリグリセリンなどの残基が含まれる。
【0033】
前記式(Z)中、Aの好ましい例は、以下の式(AI)〜(AIII)のいずれかで表される基である。
【0034】
【化8】

【0035】
式中、*は、―D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−Rとの結合部位を意味し;Cは炭素原子を表し;R0は水素原子又は置換基を表し;X1〜X4、X11〜X14、及びX21〜X24はそれぞれ、水素原子、又はハロゲン原子(例えば、フッ素原子又は塩素原子)を表し、同一でも異なっていてもよく;n1〜n3はそれぞれ0〜5の整数を表し、好ましくは1または2の整数を表す。;m4は0〜8の整数を表し、好ましくは0または2の整数を表す。
【0036】
前記式(AI)中、R0が表す置換基の例には、置換もしくは無置換の炭素原子数1〜50のアルキル基(例えば、メチル、エチル、以後いずれも直鎖状もしくは分枝鎖状の、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、ノナデシル、エイコシル、ヘンエイコシル、ドコシル、トリコシル、又はテトラコシル);炭素原子数2〜35のアルケニル基(例えば、プロペニル、ブテニル、ペンテニル、ヘキセニル、ヘプテニル、オクテニル、ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル);炭素原子数3〜10のシクロアルキル基(例えば、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル);炭素原子数6〜30の芳香族環基(例えば、フェニル、ナフチル、ビフェニル、フェナントリル、アントラセニル)、複素環基(窒素原子、酸素原子、及び硫黄原子から選ばれる少なくとも1個のヘテロ原子を含む複素環の残基であるのが好ましく、例えば、ピリジル、ピリミジル、トリアジニル、チエニル、フリル、ピロリル、ピラゾリル、イミダゾリル、トリアゾリル、チアゾリル、イミダゾリル、オキサゾリル、チアジアリル、オキサジアゾリル、キノリル、イソキノリル);又はそれらの組み合わせからなる基を表す。これらの置換基は、可能な場合はさらに1以上の置換基を有してもよく、該置換基の例には、アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、ハロゲン原子、エ−テル基、アルキルカルボニル基、シアノ基、チオエ−テル基、スルホキシド基、スルホニル基、アミド基などが挙げられる。
【0037】
Aとして、式(AI)〜(AIII)で表される基を有する化合物はいずれも好ましいが、合成の観点からは、式(AII)で表される基を有する、即ち、ペンタエリスリト−ル誘導体が好ましい。
【0038】
式(Z)中、Lは、単結合、オキシ基、下記式(A−a)で表される、置換もしくは無置換のオキシメチレン基、又は下記式(A−b)で表される、置換もしくは無置換のオキシエチレンオキシ基を表す。下記式中、Alkは、水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表す。
−(O−C(Alk)2)− (A−a)
−(O−C(Alk)2C(Alk)2O)− (A−b)
【0039】
式(Z)中、D1はカルボニル基(−C(=O)−)又はスルホニル基(−S(=O)2−)を表し、互いに同一でも異なっていてもよく、D2はカルボニル基(−C(=O)−)、スルホニル基(−S(=O)2−)、カルボキシル基(−C(=O)O−)、スルホニキシル基(−S(=O)2O−)、カルバモイル基(−C(=O)N(Alk)−)、スルファモイル基(−S(=O)2N(Alk)−)を表す。Alkは、水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表す。
【0040】
式(Z)中、Eはそれぞれ、単結合、置換もしくは無置換の、アルキレン基(好ましくはC1〜C8のアルキレン基であり、例えばメチレン、エチレン、プロピレン、ブチレン、ペンチレン、ヘキシレン、ヘプチレン、オクチレン)、シクロアルキレン基(好ましくはC3〜C15のシクロアルキレン基であり、例えばシクロプロピレン、シクロブチレン、シクロペンチレン、シクロヘキシレン)、アルケニレン基(好ましくはC2〜C8のアルケニレン基であり、例えばエテン、プロペン、ブテン、ペンテン)、アルキニレン基(好ましくはC2〜C8のアルキニレン基であり、例えばエチン、プロピン、ブチン、ペンチン)及びアリ−レン基(好ましくはC6〜C10のアリーレン基であり、例えばフェニレン)、二価の複素芳香族環基、複素非芳香族環基、及び置換もしくは無置換のイミノ基、オキシ基、スルフィド基、スルフェニル基、スルホニル基、ホスホリル基、アルキル置換シリル基から選ばれる一つ以上の組合せからなる二価の基を表す。
qは0以上の整数を表し、qが2以上のとき、互いに異なっていてもよい。
【0041】
前記式(Z)中の、−D1−(E)q−D2−の好ましい一例は、以下の基である。
【0042】
【化9】

【0043】
上記式中、*は式中のLと結合する部位を示し、**は式中のBと結合する部位を示す。D11及びD12はそれぞれ炭素原子又はS(=O)を表し、炭素原子であるのが好ましい。E1は、単結合、直鎖状もしくは分岐鎖状の、置換もしくは無置換の、C1〜C8のアルキレン基、C2〜C8のアルケニレン基、もしくはC2〜C8のアルキニレン基(但し、炭素原子は酸素原子に置換されていてもよい);置換もしくは無置換の、C3〜C15のシクロアルキレン基、シクロアルケニレンもしくはシクロアルキニレン基;置換もしくは無置換のC6〜C10のアリ−レン基;置換もしくは無置換の芳香族もしくは非芳香族の複素環基;−NH−;又は−NH−Alk”−NH−(但し、Alk”はC1〜C4のアルキレン基);を表す。アルキレン基等の置換基の例には、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子)が含まれる。E1の好ましい例としては、単結合、メチレン、エチレン、プロピレン、メチレンオキシメチレン、ビニレン、イミノ、テトラフルオロエチレン、イミノヘキシレンイミノ等の二価の基が挙げられる。
【0044】
式(Z)中、Rは、水素原子、C8以上の置換もしくは無置換のアルキル基、パーフルオロアルキル基、又はトリアルキルシリル基を表す。
Rがそれぞれ表すC8以上のアルキル基は、C12以上のアルキル基であるのが好ましい。また、C30以下のアルキル基であるのが好ましく、C20以下のアルキル基であるのがさらに好ましい。該アルキル基は、直鎖状であっても、分岐鎖状であってもよい。具体的には、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、ノナデシル、エイコシル、ヘンエイコシル、ドコシル、トリコシル、オクタコシル、トリアコンチル、ペンタトリアコンチル、テトラコンチル、ペンタコンチル、ヘキサコンチル、オクタコンチル、デカコンチルが挙げられる。これらのアルキル基は、1以上の置換基を有していてもよい。置換基の例には、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子及び塩素原子)、水酸基、アミノ基、アルキルアミノ基、メルカプト基、アルキルチオ基、アルコキシ基、シアノ基等が含まれる。
【0045】
Rがそれぞれ表すパーフルオロアルキル基は、C1〜C10のパ−フルオロアルキル基であるのが好ましく、C1〜C6のパ−フルオロアルキル基であるのがさらに好ましく、C1〜C4のパ−フルオロアルキル基であるのがよりさらに好ましく、C1〜C2であるのが特に好ましい。例えば、トリフルオロメチル基、パ−フルオロエチル基、パ−フルオロプロピル基、パ−フルオロブチル基、パ−フルオロペンチル基、パ−フルオロヘキシル基、パ−フルオロヘプチル基、及びパ−フルオロオクチル基が挙げられる。
【0046】
Rがそれぞれ表すトリアルキルシリル基のSiに結合しているアルキル基は、メチル、エチル等のC1〜C4のアルキル基であるのが好ましい。これらのアルキル基は分岐していてもよい。
【0047】
式(Z)中、Bは、Rによって異なり、
Rが、水素原子、又はC8以上の置換もしくは無置換のアルキル基の場合、Bは置換もしくは無置換のオキシエチレン基、又は置換もしくは無置換のオキシプロピレン基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり、好ましくは4〜20の数であり、より好ましくは7〜12である。
Bは互いに同一でも異なっていてもよく、例えば、アルキレン部の鎖長が異なる複数種類の単位Bを含んでいてもよいし、及び/又はアルキレン部が無置換の単位Bと置換されている単位Bとの双方を含んでいてもよい。アルキレンオキシ基のアルキレン部は、置換基を有していてもよく、置換基の例には、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子)が含まれる。また、置換もしくは無置換のオキシエチレン基、又は置換もしくは無置換のオキシプロピレン基の鎖長には分布があってもよい。
【0048】
Rが、パーフルオロアルキル基の場合、Bは、オキシパーフルオロメチレン基、オキシパーフルオロエチレン基、又は分岐していてもよいオキシパーフルオロプロピレン基(例えば、分岐しているオキシパーフルオロプロピレン基の例には、パーフルオロイソプロピレン基が含まれる)であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり、好ましくは4〜20の数であり、より好ましくは7〜12である。
【0049】
Rが、トリアルキルシリル基の場合、Bはジアルキルシロキシ基であり、そのアルキル基は、メチル基、エチル基、及び分岐を有していてもよいプロピル基(例えば、分岐しているプロピル基の例には、イソプロピル基が含まれる)から選択され、互いに同一でも異なっていてもよく、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり、好ましくは、4〜20の数であり、より好ましくは7〜12である。
【0050】
式(Z)中、Z1は、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、スルフィド基、アルケニレン基、アルキニレン基及びアリーレン基から選ばれる二価の基、又は2以上の組み合わせからなる二価の基を表す。二価の連結基の例には、カルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のイミノ基、スルフィド基、C1〜C6のアルキレン基、C6〜C16のシクロアルキレン基、C2〜C8のアルケニレン基、C2〜C5のアルキニレン基、及びC6〜C10のアリ−レン基、C3〜C10の複素環基から選択される一つ以上の組合せからなる二価の連結基であるのが好ましい。複数の組合せからなる連結基の例には、−CONH−、−CO−シクロヘキシレン−、−CO−Ph−(但しPhはフェニレン基であり、以下同様である)、−CO−C≡C−Ph−、−CO−CH=CH−Ph−、−CO−Ph−N=N−Ph−O−、−Cn2n−NR−、(nは1〜4のアルキル基であり、Rは水素原子又はC1〜C4のアルキル基であり、右側が末端側に結合するものとする)、−N,N’−ピラジリジレン−が含まれる。
【0051】
以上述べたように、式(Z)中、Rはそれぞれ互いに同一でも異なっていてもよい、置換もしくは無置換のC8以上のアルキル基、パ−フルオロアルキル基、又はトリアルキルシリル基を表すが、より詳しくは式(Z)中の−(B)m−Z1−Rについて、Rが置換もしくは無置換のC8以上のアルキル基のときは下記式(ECa)、Rがパ−フルオロアルキル基のときは下記式(ECb)、Rがトリアルキルシリル基のときは下記式(ECa)であるのが好ましい。
【0052】
式(Z)中の−(B)m−Z1−Rは、Rが置換もしくは無置換のC8以上のアルキル基のとき、下記式(ECa)で表される基であるのが好ましい。
【0053】
【化10】

【0054】
式(ECa)中、Cは炭素原子を表し、Oは酸素原子を表し、La(式(Z)中のZ1に相当する)は、単結合又は二価の連結基を表し;Xa1及びXa2はそれぞれ、水素原子、ハロゲン原子又は置換基を表し(好ましくは水素原子又はフッ素原子であり、より好ましくは水素原子である)、na1は1〜4の整数であるが、na1が2以上のとき、複数のXa1及びXa2はそれぞれ同一でも異なっていてもよく;na2は1〜35(好ましくは4〜20、より好ましくは4〜10)の数であり、Ra(式(Z)中のRに相当する)は置換もしくは無置換のC8以上(好ましくはC12以上、また好ましくはC30以下、より好ましくはC24以下である)のアルキル基である。
aはそれぞれ、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、チオ基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、及びアリ−レン基から選択される一つ以上の組合せからなる二価の連結基であるのが好ましい。
【0055】
式(Z)中の−(B)m−Z1−Rは、Rがパ−フルオロアルキル基のときは、下記式(ECb)で表される基であるのが好ましい。
【0056】
【化11】

【0057】
式(ECb)中、式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり;式(Z)中のZ1に相当するLa1は単結合を表し;na2は0〜2の数であり、ncは1〜10の数を表し、mは1〜12の数を表し、nは1〜6の数を表す。
ncは好ましくは3〜8である。mは好ましくは1〜8の数であり、より好ましくは1〜4である。nは好ましくは、1〜3である。
【0058】
また、式(ECb)の好ましい一例は、以下の式(ECb’)で表される基である。
【0059】
【化12】

【0060】
式(ECb’)中、式(ECb)と同一の符号については同義であり、好ましい範囲も同様である。nc1は1又は2であり、好ましくは1である。
【0061】
式(Z)中の−(B)m−Z1−Rは、Rがトリアルキルシリル基のときは、下記式(ECc)で表される基であるのが好ましい。
【0062】
【化13】

【0063】
式(ECc)中、式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり、Alk’はそれぞれ同一でも異なっていてもよいC1〜C4のアルキル基を表し;La1式(Z)のZ1に相当する)は単結合を表し;nbは1〜10の数を表す。nbは2〜20の数であり、好ましくは3〜10である。
【0064】
上記式(Z)中、pは2以上の整数である。3以上であるのが好ましく、3〜8であるのがより好ましい。式(Z)の化合物は、所定の構造の側鎖を複数有することで、低摩擦係数を達成することができる。
【0065】
以下に、式(Z)で表される化合物の例を示すが、これらに限定されるものではない。
【0066】
【化14】

【0067】
【化15】

【0068】
【化16】

【0069】
【化17】

【0070】
【化18】

【0071】
【化19】

【0072】
【化20】

【0073】
【化21】

【0074】
【化22】

【0075】
【化23】

【0076】
【化24】

【0077】
【化25】

【0078】
前記式(Z)で表される化合物は、種々の有機合成反応を利用することで製造することができる。例えば、式(Z)中、Aが式(AI)〜(AIII)で表される基である化合物は、基本的にグリセロール、ペンタエリスリトールなどの多価アルコールと側鎖構造体との連結により形成されるが、通常はエステル反応を用いることが多い。例えば、多価アルコールと側鎖カルボン酸の酸塩化物や側鎖構造のイソシアナート、または側鎖構造のハロゲン化アルキルとの縮合反応か、多価アルコールと無水コハク酸やメルドラム酸による開環型のエステル化によってカルボン酸を形成し、その酸塩化物と側鎖構造体のアルコールのエステル化等の種々の反応を組み合わせることで製造することができる。また側鎖構造部分は、長鎖アルキルアルコールやカルボン酸にエチレンオキサイドガスを付加させて得られるアルコールを用いるか、それにコハク酸、メルドラム酸、ハロカルボン酸を用いることで容易に製造することができる。
【0079】
3.本発明の化合物の性質
前記式(Z)で表される化合物(以下、これらをまとめて「本発明の化合物」という)は、共通する化学構造上の特徴により、これらの化合物を油性媒体中に分散すると、高荷重、高圧力、高剪断場で次第に偏析し、高濃度化する過程で被膜を形成し、弾性流体潤滑領域では相対的に従来の潤滑素材に比較し、低粘度圧力係数(低α)であるがゆえに低摩擦性を示す。さらに、これらの化合物は、同様の理由(低α)で、粘弾性膜を維持する圧力範囲が広く、摺動面が接触するのを防止することができ、結果的に耐摩耗性を実現するものと推測している。
【0080】
本発明者はこの現象を、トライボロジーの分野において弾性流体潤滑領域の評価を行なうための点接触EHL評価装置という機器の点接触している部分近傍をスペクトル的に観察することによって、その高荷重、高剪断場での物質濃度の変化を定量的に捉えることに成功した。具体的には、以下の通りの方法で観察した。まず、前記化合物を油性媒体中に分散して試料を調製する。別途、回転している鋼鉄球を、その回転軸を平行にして、ダイアモンド(硬質平面)板に設置し、軸に荷重をかけて、圧力下接触させる。調製した試料を供給して、回転している鋼鉄球とダイヤモンド板との間隙及びその近傍に流す。
鋼鉄球がダイアモンド板に点接触している部分には光学的な干渉模様であるニュートンリングが形成されるが、ダイアモンド板を介して鋼鉄球と逆側から赤外光を照射すると鋼鉄球に反射することで、ニュートンリング近傍の試料の薄膜のIRスペクトルが測定できる。この方法は、石川潤一、七尾英孝、南一郎、森誠之、トライボロジー会議予稿集(鳥取、2004−11)、243頁に記載されているトライボロジー分野での微小部分の解析方法であり、特別なものではないが、鋼鉄球の回転速度、回転軸への負荷、試料の温度を変えることで、様々な弾性流体潤滑条件での挙動を、その場観察することができ、有効な方法である。
【0081】
測定に用いる試料の調製に用いる油性媒体として、鉱物油やポリ−α−オレフィンを用いると、これらは炭化水素であるから、C−C及びC−H以外の特性吸収がない。よって、前記化合物が、例えば、エステル結合のカルボニル基、シアノ基、エチニル基、パーフルオロアルキル基、及びシロキサン基等の明瞭で高強度の特性吸収帯を示す官能基を有すると、その特性吸収帯の強度から、濃度の変化を定量的に検出できる。
【0082】
上記の装置を用いて観察したところ、ニュートンリングが形成されるいわゆる高圧力、高剪断場であるヘルツ接触域において、試料の流れが隔てられてできたろうそくの炎のかたちの、例えば後方20〜400μmの間の領域に、前記化合物が徐々に偏析してくることが分かった。温度などの条件によって異なるが、測定温度:40℃、線速度:0.15m/sec.Hertz圧力:0.3GPaの条件下、ほぼ5分から2時間ほどで、凡そ一定濃度に達することが多い。
上記の点接触EHL評価装置は、高圧力、高剪断条件下のヘルツ接触域すなわち真実接触部位のモデルであり、実際の摩擦接触域は、そのような真実接触域が密集しているような領域であるから、油性媒体中に前記化合物を含む本発明の組成物は、そのような摩擦接触域の多数の真実接触域近傍で、前記化合物を蓄積させることになると考えられる。
【0083】
従って、油性媒体より高粘性の前記化合物が摺動部に偏析し、高剪断力により平滑膜を形成することで、その間隙が通常よりさらに狭まるため、これら低粘性油性媒体がより薄膜化することで流体潤滑の低摩擦化に寄与し、流体潤滑領域では、その駆動機械はエネルギー的に高効率に駆動する。そして、高荷重、高圧力場では、恐らく低粘性な油性媒体が弾塑性体膜から破断する前に、次第に前記化合物が蓄積するので低粘性な油性媒体に分散された前記化合物の粘度圧力係数αが小さい場合には、相対的により低粘性になり、その摩擦部位では、当該化合物による低粘性な弾性流体潤滑膜によって低摩擦係数が発現する。このような高荷重条件下では界面素材の弾性歪みによって接触面積が増大し、その部分の圧力も低化するため、一層穏和な条件が実現し、現行潤滑油では、既に境界潤滑領域に入る条件でも、前記化合物の低粘性の弾性流体潤滑膜によって両方の界面がほとんど接触しない良好な潤滑領域が維持されることになる。その結果、省燃費に繋がることになる。
【0084】
モリブデン系有機金属錯体を含む最近の省燃費型エンジンオイルは、40℃の粘性が30mPa・s以下の低粘性を示し、0W−20などのマルチグレード低粘性油として上市されている。しかし、上記した通り、本発明の組成物では、前記化合物が、低粘性基油が破断する前に弾性流体潤滑膜を形成することで、高温での高圧力、高剪断条件下、同様の低摩擦、耐摩耗性の効果を発現させることができる。また、この厳しい条件でも実質的な低粘性は弾性流体膜によって発現され、穏和な条件では低粘性基油が優先的に機能するため、現行潤滑剤のような粘度指数向上剤に起因する中〜低温での粘性の増加が起こらない。
また、本発明の組成物の被膜形成性は、界面との反応を基本的に利用していないので、界面の材質には制限されない。さらに、前記化合物は、基本的に、熱に強く、化学的にも安定であるために、相対的に顕著に高耐久性である。また、その摩擦部分が高荷重条件でなくなり、高温になれば、再び油性媒体中に分散することになり、総量は常に維持されることになる。必要なところに、必要なだけ蓄積し、低摩擦を発現し、要らなくなればまた油性媒体に分散されるという、極めてインテリジェントな潤滑剤組成物である。
【0085】
一方、前記化合物が高αを示す場合は、クラッチなどの摩擦によって動力を伝達するような部位に用いられるトラクションオイルとして、有効に機能する。従来の高機能トラクションオイルは、そのオイル全てが高粘度圧力係数であるような、剛直な構造の炭化水素が用いられてきたが、その欠点はそれ自身の常圧粘度も相対的に高くならざるを得ない点である。それは通常の状態の駆動効率を下げることになる。ところが、前記化合物のうち、高粘度圧力係数の素材を低粘性の油性媒体に分散させた組成物は、燃費効率と動力の効率的伝達の両立を可能にする。トランスミッションオイルの大部分を占める低粘性の油性媒体が、駆動力の伝達部分以外の領域の粘性による摩擦ロスを有効に低減できる。接触する部分にのみ高摩擦係数を発現する物質が蓄積するので、油性媒体と本発明の化合物の物性の様々な組合せが可能であり、トランスミッションの多くの要請を満足する組合せを安価に提供することが可能になる。
【0086】
3.−1 粘度圧力係数
前記式(I)で表される化合物の粘度圧力係数が小さいほど、高圧下での粘性は相対的に小さい。前記化合物の40℃における粘度圧力係数が、20GPa-1以下であるのが好ましい。15GPa-1以下であることはさらに好ましく、10GPa-1以下であることが特に好ましい。粘度圧力係数が小さいほど好ましいが、その分子の自由体積との相関関係があることが明らかにされており、有機化合物の上記条件の粘度圧力係数の下限値は5GPa-1程度と推察される。
【0087】
3.−2 元素組成
本発明の化合物は、構成元素が、炭素、水素、酸素及び窒素だけからなることが好ましい。現行の潤滑油等は、通常、リン、硫黄、重金属を含んでいる。燃料と共に潤滑油も燃焼する2ストロークエンジンに用いられる潤滑油は、環境負荷を配慮して、リンと重金属は含まれないが、硫黄は4ストロークエンジンに用いられる潤滑油の半分量程度含まれている。即ち、現行の潤滑技術では、最低でも硫黄分による境界潤滑膜の形成は必須であると推察されるが、硫黄元素を含んでいることによって、排気ガス浄化のための触媒への負荷は非常に大きい。この排気ガス浄化触媒には、プラチナやニッケルが使用されているが、リンや硫黄の被毒作用は大きな問題になっている。その点からも潤滑油の組成物を構成する元素が、炭素、水素、酸素及び窒素だけからなることのメリットは非常に大きい。さらに炭素、水素、酸素だけからなることはエンジンオイル以外の産業機械、特に食品製造関連機器の潤滑油には最適である。現行技術では、摩擦係数を犠牲にして環境に配慮した元素組成をとっている。これは、冷却のために大量の水を必要とする金属の切削・加工用潤滑油にも非常に好ましい技術である。それはどうしても潤滑油がミストとなって外気中に浮遊・揮散したり、処理廃液が自然系に排出される場合が多いため、潤滑性と環境保護の両立のためには、現行の潤滑油を、炭素、水素、及び酸素だけから構成される本発明の組成物に代替することは、非常に好ましい。
【0088】
また、潤滑油に限らず、様々な用途に利用される材料については、環境調和型の材料が求められていて、本発明の化合物は、その目的に沿うものである。
【0089】
3.−3 液晶性
本発明の化合物は、液晶性化合物であってもよい。潤滑性能の観点からは、液晶性を示すことが好ましい。その理由は、化合物が液晶性を発現することで、摺動部分において分子が配向し、その異方性低粘性の効果で、さらに低摩擦係数を発現するからである(例えば、河田 憲、大野 信義 富士フイルム研究報告 No.51 2006年 PP80−85.参照のこと)。
液晶性については、本発明の化合物が単独でサーモトロピックな液晶性を発現するものであってもよく、また油性媒体等とともにリオトロピックな液晶性を発現してもよい。
【0090】
4. 本発明の化合物の用途
本発明の化合物は、種々の用途に用いることができる。一例は、潤滑剤である。本発明の化合物は、単独で、又は油性媒体もしくは水性媒体に分散及び/又は溶解した分散組成物等の形態で、潤滑剤として利用することができる。例えば、2つの摺動面間に供給され、摩擦を低減するために用いることができる。本発明の化合物及びそれを含有する組成物は、摺動面に被膜を形成し得る。
【実施例】
【0091】
以下に実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り、適宜、変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例に限定されるものではない。
【0092】
1.例示化合物の合成例
1.−1 例示化合物AII−2の合成例
1−ドコサニル メタンスルホナートの合成:
ベヘニルアルコール(1−ドコサノール)247.4gをテトラヒドロフラン640mLに溶解させ、メタンスルホニルクロリド116.1mLを徐々に添加し、水冷下、トリエチルアミン64.7mLを30分間で滴下した。1時間攪拌後、40℃に加熱し、さらに30分間攪拌した。これを氷水3.5L中に注ぎ、15分間超音波で分散し、さらに室温下で4時間攪拌した。減圧濾過し、2Lの水で結晶を洗った。その白色結晶をアセトニトリル1.5L中で1時間攪拌し、減圧濾過し、0.5Lのアセトニトリルで洗った。それを減圧乾燥し、その白色結晶303.4gを得た。
【0093】
テトラエチレングリコール モノ−1−ドコサニルエーテルの合成:
テトラエチレングリコール207mLに、1−ドコサニル メタンスルホナート 80.4gを添加し、110℃に加熱した。t−ブトキシカリウム40.0gを2時間かけて徐々に添加した。さらに3時間攪拌し、冷却後、氷水3L中に注ぎ、酢酸エチル2Lを添加し、1時間攪拌し、不溶物22.2gを濾過した。濾液から酢酸エチル相を抽出分離し、減圧濃縮後、アセトニトリル0.5Lを添加し、氷冷下、1時間攪拌した。減圧濾過し、0.2Lの冷アセトニトリルで洗い、白色結晶81.6gを得た。
【0094】
3−(1−ドコサニルテトラエチレンオキシカルボニル)プロピオン酸の合成:
テトラエチレングリコール モノ1−ドコサニルエーテル25.0gをトルエン160mLに溶解し、無水コハク酸7.5gと濃硫酸2滴を加え、125℃で8時間加熱した。冷却後、アセトニトリル0.3Lを添加し、氷冷下、1時間攪拌し、減圧濾過した。冷アセトニトリル100mLで洗浄し、減圧乾燥後、白色結晶23.3gを得た。
【0095】
例示化合物AII−2の合成:
3−(1−ドコサニルテトラエチレンオキシカルボニル)プロピオン酸5.0gをトルエン20mLに溶解し、ジメチルホルムアミド2滴と塩化チオニル2mLを添加した。5分後、80℃に加熱し、さらに2時間攪拌し、冷却後、減圧下、トルエンと過剰の塩化チオニルを溜去した。これにトルエン15mLとペンタエリスリトール283mgを添加し、これに徐々にピリジン5mLを添加した。80℃で8時間加熱後、冷却し、メタノール200mLを注ぎ、2時間攪拌した。これを減圧濾過し、白色結晶4.8gを得た。
【0096】
1.−2 例示化合物AII−5の合成例
例示化合物AII−5については、例示化合物AII−2の出発原料である1−ドコサノールを1−ステアリルアルコールに代える以外は同様にして合成した。
【0097】
1.−3 例示化合物AII−8の合成例
例示化合物AII−8については、例示化合物AII−2の出発原料である1−ドコサノールを1−テトラデカノールに代える以外は同様にして合成した。
【0098】
1.−4 例示化合物AII−1の合成例
3−(1−ドコサニルポリエチレンオキシカルボニル)プロピオン酸の合成:
ポリエチレングリコール モノ1−ドコサニルエーテル(竹本油脂(株)製:エチレンオキシ基の平均重合度6.65)25.6gをトルエン160mLに溶解し、無水コハク酸8.0gと濃硫酸2滴を加え、125℃で8時間加熱した。冷却後、アセトニトリル0.3Lを添加し、氷冷下、1時間攪拌し、減圧濾過した。冷アセトニトリル100mLで洗浄し、減圧乾燥後、白色結晶22.3gを得た。
【0099】
例示化合物AII−1の合成:
3−(1−ドコサニルポリエチレンオキシカルボニル)プロピオン酸5.18gをトルエン10mLに溶解し、ジメチルホルムアミド2滴と塩化チオニル2mLを添加した。5分後、80℃に加熱し、さらに2時間攪拌し、冷却後、減圧下、トルエンと過剰の塩化チオニルを溜去した。これにトルエン14mLとペンタエリスリトール245mgを添加し、これに徐々にピリジン6mLを添加した。80℃で8時間加熱後、冷却し、メタノール200mLを注ぎ、2時間攪拌した。これを減圧濾過し、白色結晶4.69gを得た。
【0100】
1.−5 例示化合物AII−17の合成例
例示化合物AII−17については、例示化合物AII−1の出発原料であるポリエチレングリコール モノ1−ドコサニルエーテルの平均重合度6.65を平均重合度10.30に代える以外は同様にして合成した。
【0101】
1.−6 例示化合物AII−18の合成例
例示化合物AII−18については、例示化合物AII−1の出発原料であるポリエチレングリコール モノ1−ドコサニルエーテルの平均重合度6.65を平均重合度19.0に代える以外は同様にして合成した。
【0102】
1.−7 例示化合物AII−33の合成例
例示化合物AII−33については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸をメルドラム酸に代える以外は同様にして合成した。
【0103】
1.−8 例示化合物AII−34の合成例
例示化合物AII−34については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸を無水グルタル酸に代える以外は同様にして合成した。
【0104】
1.−9 例示化合物AII−36の合成例
例示化合物AII−36については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸を無水マレイン酸に代える以外は同様にして合成した。
【0105】
1.−10 例示化合物AII−37の合成例
例示化合物AII−37については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸を無水ジグリコール酸に代える以外は同様にして合成した。
【0106】
1.−11 例示化合物AII−38の合成例
例示化合物AII−38については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸を無水フタル酸に代える以外は同様にして合成した。
【0107】
1.−12 例示化合物AII−40の合成例
例示化合物AII−40については、例示化合物AII−1で使用する無水コハク酸を無水3,3−ジメチルグルタル酸に代える以外は同様にして合成した。
上記方法と同様にして、種々の例示化合物を合成した。それらのいくつかについて、そのNMRスペクトルデータ、IRデータ及び融点を示す。
例示化合物AII−1:
1H NMR(400MHz, CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(64H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,dd), 1.58(16H,t), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2924(s), 2853(s), 1739(s), 1465(s), 1350(s), 1146(s), 720(m)
融点:63.5−64.0℃
【0108】
例示化合物AII−2:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(64H,m), 3.44(8H,t), 2.65(12H,br), 1.57(8H,t), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2927(s), 2854(s), 1741(s), 1464(s), 1350(m), 1146(s), 720(w)
融点:64.7−65.2℃
【0109】
例示化合物AII−3:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(72H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,m), 1.57(16H,t), 1.26(144H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: (neat): 2924(s), 2852(s), 1738(s), 1465(s), 1350(s), 1140(b), 858(m), 720(m)
融点: 55.1−55.6℃
【0110】
例示化合物AII−4:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(64H,m), 3.44(8H,t), 2.63(16H,m), 1.57(8H,t), 1.25(128H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2932(s), 2859 (s), 1746(s), 1465(s), 1350(s),1156(b), 856(m), 720(w)
融点: 46.0−47.0℃
【0111】
例示化合物AII−5:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(64H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,s), 1.57(16H,t), 1.25(120H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2924(s), 2853(s), 1740(s), 1464(s), 1350(s), 1144(s), 718(m)
融点: 47.0−47.8℃
【0112】
例示化合物AII−6:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(80H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,d), 1.57(16H,br), 1.25(120H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2920(s), 2852(s), 1737(s), 1458(s), 1350(s), 1105(b), 862(m), 719(m)
融点 35.3−35.8℃
【0113】
例示化合物AII−7:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,br), 4.13(8H,s), 3.65(80H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,s), 1.57(8H,br), 1.26(96H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2854(s), 1740(s), 1465(m), 1350(m), 1253(s), 1147(s)
融点 室温でオイル
【0114】
例示化合物AII−8:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(60H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,s), 1.59(40H,br), 1.26(96H,m), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2927(s), 2855(s), 1740(s), 1465(m), 1350(m), 1252(s), 1152(s), 1038(m), 859(w)
融点: 39.5−40.5℃
【0115】
例示化合物AII−14:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(64H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,m), 1.57(8H,t), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2928(s), 2854(s), 1742(s), 1465(m), 1351(s), 1250(s), 1150(s), 720(w)
融点: 63.6−64.4℃
【0116】
例示化合物AII−15:
1H NMR(400MHz, CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(104H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,m), 1.57(8H,t), 1.25(168H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2853(s), 1740(s), 1465(s), 1350(s), 1147(b), 865(m), 720(m)
融点: 61.9−62.9℃
【0117】
例示化合物AII−16:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.65(120H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,s), 1.57(8H,br), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2854(s), 2361(w), 1740(s), 1558(w), 1457(w), 1250(s), 1146(b)
融点: 59.3−60.3℃
【0118】
例示化合物AII−17:
1H NMR(400MHz, CDCl3): δ4.23(8H,t), 4.13(8H,s), 3.64(144H,m), 3.57(8H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,m), 1.57(8H,t), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2854(s), 1741(s), 1465(m), 1351(w), 1144(s)
融点: 55.6−56.3℃
【0119】
例示化合物AII−18:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.64(288H,m), 3.44(8H,t), 2.64(16H,m), 1.59(32H,br), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2924(s), 2854(s), 1738(s), 1459(s), 1349(s), 1250(s), 1109(b), 857(m)
融点: 43.8−47.1℃
【0120】
例示化合物AII−19:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t), 4.13(8H,s), 3.64(424H,m), 3.44(16H,t), 2.64(16H,m), 1.59(40H,br), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2856(s), 1739(s), 1460(m), 1350(s), 1296(s), 1251(s), 1119(b), 946(m), 857(m)
融点: 46.4−47.4℃
【0121】
例示化合物AII−33:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.30(8H,t), 4.21(8H,s), 3.65(72H,m), 3.45(16H,m), 3.24(8H,t), 1.57(8H,t), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 3481(b), 2924(s), 2853(s), 1739(s), 1648(m), 1559(w), 1465(s), 1266(b), 1129(b), 1041(s), 720(m)
融点: 65.5−66.5℃
【0122】
例示化合物AII−34:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.23(8H,m), 4.11(8H,s), 3.65(80H,m), 3.44(8H,t), 2.41(16H,t), 1.96(8H,tt), 1.59(8H,br), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 3495 (b), 2930(s), 2855(s), 1740(s), 1464(s), 1351(m), 1136(s), 720(w)
融点: 59.9−61.6℃
【0123】
例示化合物AII−36:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ6.88(4H,d), 6.84(4H,d), 4.33(16H,m), 3.64(64H,m), 3.44(16H,t), 1.57(8H,br), 1.25(160H,m), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2923(s), 2853(s), 1728(s), 1465(s), 1351(m), 1292(s), 1254(s), 1146(s), 769(s), 720(m)
融点: 60.2−61.5℃
【0124】
例示化合物AII−37:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.32(8H,t), 4.27(16H,s), 4.23(8H,s), 3.72(8H,m), 3.65(80H,m), 3.44(8H,t), 1.57(8H,br), 1.25(160H,br), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2926(s), 2854(s), 1758(s), 1465(s), 1351(m), 1204(s), 1138(s), 720(m)
融点: 60.6−63.8℃
【0125】
例示化合物AII−38:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ7.74(8H,m), 7.54(8H,m), 4.46(8H,t), 3.91(8H,s), 3.80(8H,t), 3.64(80H,m), 3.44(8H,t), 1.64(16H,br), 1.25(152H,m), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2854(s), 1733(s), 1465(w), 1287(s), 1122(s), 743(w)
融点 64.7−65.7℃
【0126】
例示化合物AII−40:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.22(8H,m), 4.09(8H,s), 3.64(72H,m), 3.44(8H,t), 2.43(8H,t), 1.56(8H,br), 1.25(160H,m), 1.09(24H,s), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2924(s), 2853(s), 1737(m), 1465(m), 1287(m), 1123(s)
融点: 53.1−53.7℃
【0127】
例示化合物AII−41:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.50(8H,s), 4.35(8H,t), 3.67(96H,m), 3.48(8H,m), 1.58(8H,br), 1.25(160H,m), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2927(s), 2855(s), 1780(s), 1465(m), 1246(m), 1178(s), 942(m)
融点: 56.2−57.0℃
【0128】
例示化合物AII−43:
1H NMR(300MHz,CDCl3): δ4.52(8H,s), 4.46(8H,t), 3.77(8H,t), 3.64(64H,m), 3.44(8H,t), 1.74(16H,br), 1.56(8H,t), 1.25(160H,m), 0.88(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2925(s), 2853(s), 1747(m), 1631(m), 1519(s),1479(s), 1396(s), 1323(s), 1214(b), 1119(s), 721(m)
融点: 55.4−56.4℃
【0129】
例示化合物AII−65:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t),4.14(8H,s),3.64(88H,m),3.56(8H,t), 3.32(8H,d),2.64(16H,d),1.59(40H,br),1.26(84H,br),0.85(76H,m),0.75(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2955(s), 2926(s), 2858(s), 1737(s), 1460(s), 1378(s), 1349(s), 1248(s), 1105(s), 1038(s), 861(m)
融点 室温でオイル
【0130】
例示化合物AII−88:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t),4.14(8H,s),3.64(88H,m),3.56(8H,t), 3.32(8H,d),2.64(16H,d),1.59(40H,br),1.26(84H,br),0.85(76H,m),0.75(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2955(s), 2926(s), 2858(s), 1737(s), 1460(s), 1378(s), 1349(s), 1248(s), 1105(s), 1038(s), 861(m)
融点 室温でオイル
【0131】
例示化合物AII−89:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t),4.14(8H,s),3.64(88H,m),3.56(8H,t), 3.32(8H,d),2.64(16H,d),1.59(40H,br),1.26(84H,br),0.85(76H,m),0.75(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2955(s), 2926(s), 2858(s), 1737(s), 1460(s), 1378(s), 1349(s), 1248(s), 1105(s), 1038(s), 861(m)
融点 室温でオイル
【0132】
例示化合物AII−90:
1H NMR(400MHz,CDCl3): δ4.24(8H,t),4.14(8H,s),3.64(88H,m),3.56(8H,t), 3.32(8H,d),2.64(16H,d),1.59(40H,br),1.26(84H,br),0.85(76H,m),0.75(12H,t)
IRデータ(neat) cm-1: 2955(s), 2926(s), 2858(s), 1737(s), 1460(s), 1378(s), 1349(s), 1248(s), 1105(s), 1038(s), 861(m)
融点 室温でオイル
【0133】
2. 試験例1(化合物の評価)
例示化合物及び比較例用化合物について、オプチモール社の往復動型摩擦摩耗試験機(SRV)を用いて、下記の条件で、潤滑特性を評価した。
往復動型(SRV)摩擦摩耗試験による評価及び測定法:
摩擦係数は、往復動型(SRV)摩擦摩耗試験機を用いて以下に示す試験条件で評価した。
・試験片(摩擦材) :SUJ−2
・プレート :24mm径×7mm厚、表面粗さ0.45〜0.65μm
・シリンダー :15mm径×22mm幅、表面粗さ〜0.05μm
・温度 :30〜150℃
・荷重 :50N、75N、100N、200N及び400N
・振幅 :1.5mm
・振動数 :50Hz
・温度および荷重の時間変化パターン
温度は、初期設定は90℃とし、一定時間保持したら、10分毎に10℃ずつ各素材の融点近傍まで降温した。その後、同様に150℃まで昇温し、さらに50℃まで降温した。
圧力(荷重)は、90℃で二回、120℃及び150℃で各一回、一分毎に50N→75N→100N→200N→400N→50Nと変化させた。
【0134】
評価に用いた例示化合物は、AII−1、2、17、18、及び65である。また、比較例用化合物として、潤滑剤として一般的に用いられている化合物であり、アルキレンオキシ基を有しないペンタエリスリトールテトラステアレート(C(CH2OCOC1735−n)4:比較例用化合物C−1)と、C{CH2O(C24O)6.52245−n}2(比較例用化合物C−2)とをそれぞれ用いた。
測定結果を、図1〜図4に示す。
【0135】
図1〜図4に示す測定結果をみると、例示化合物AII−1、AII−2、AII−17、AII−18、及びAII−65は、比較例用化合物C−1及びC−2と比較して、顕著に摩擦係数が小さいことが理解できる。
式(Z)の例示化合物AII−1、AII−2、AII−17、AII−18、及びAII−65はいずれも、最初の降温時の融点近傍で急激に摩擦係数が上昇していることがわかる。これは、融点に近づき粘度が急に上昇することに起因する摩擦係数の上昇と推察され、また、その後の昇温及び降温過程では、摩擦係数があまり粘性の変化に依存していないことから、融点近傍の低温域では流体潤滑にあり、それ以上の温度では弾性流体潤滑領域にあると考えられる。
一方、比較例用化合物C−1及びC−2はいずれも、60℃以下に融点があり、その近傍で摩擦係数の上昇が見られ、それより高温での温度変化に摩擦係数が影響を受けておらず、これらの化合物も、上記例示化合物と同様に、流体潤滑から弾性流体潤滑領域で摩擦摺動が行われていると考えられる。
これらの中で、最も低粘性の例示化合物AII−65には、摩擦係数が明瞭な正の温度依存性を示すことが理解でき、ストライベック曲線からは、AII−65は、相対的に混合潤滑の寄与があることを示唆していると考えられる。
例示化合物AII−65以外は、いずれも同様の融点を示すので、これらの粘性も類似していると考えて相違ない。とすれば、例示化合物AII−1、AII−2、AII−17、AII−18、及びAII−65の摩擦係数と、比較例用化合物C−1及びC−2の摩擦係数が顕著に相違することは、粘性の圧力依存性を表すBarusの式:η=η0exp(αP)から、弾性流体潤滑領域の高圧力下Pでの両者の粘性η、即ち、粘度圧力係数α、に大きな差異があると考えられる。これが本発明の化合物群の一つの特徴である。
【0136】
また、各化合物の摩擦摺動試験後の試験片の摺動部の摩耗深さを、レーザ顕微鏡で評価した結果を以下に示す。
【0137】
【表1】

【0138】
表に示した結果から、以下のことが理解できる。
式(Z)の例示化合物を利用すると、摩耗深さは極めて浅く、摺動痕自体がほとんど見られなかった。一方、比較例用化合物を利用すると、いずれも明瞭な摺動痕が見られた。即ち、摩耗深さに関しても、例示化合物と比較例用化合物とでは、明瞭な差異を生じた。
【0139】
3. 試験例2(油性媒体分散組成物の評価)
本発明の化合物を含有する組成物、及び比較例用組成物について、オプチモール社の往復動型摩擦摩耗試験機(SRV)を用いて、以下の条件で、その潤滑特性を評価した。
往復動型(SRV)摩擦摩耗試験による評価及び測定法:
摩擦係数及び耐摩耗性は、往復動型(SRV)摩擦摩耗試験機を用いて評価し、以下に示す試験条件で摩擦摩耗試験を行った。
・潤滑剤組成物
油性媒体として鉱物油であるスーパーオイルN−32(新日本石油(株)製)を用い、これに例示化合物AII−1を1.0質量%濃度になるように添加し、70℃に加熱して透明溶液とした後、10分間空冷後、この組成物について、以下の条件で試験を行った。この組成物は空冷時徐々に白濁した。
・試験片(摩擦材) :SUJ−2
・プレート :24mm径×7mm厚、表面粗さ0.45〜0.65μm
・シリンダー :15mm径×22mm幅、表面粗さ〜0.05μm
・温度 :25〜110℃
・荷重 :50N、75N、100N、200N及び400N
・振幅 :1.5mm
・振動数 :50Hz
・試験方法
プレート上のシリンダーが摺動する部分に、60mg程度の試料組成物をのせ、下記の工程に従い、摩擦摺動し各温度、各荷重での摩擦係数を評価し、ほぼ一定パターンになるまで、下記工程を繰り返した。終了後にプレートの摩耗深さをレーザ顕微鏡で評価した。
【0140】
同様にして、油性媒体として鉱物油であるスーパーオイルN−32(新日本石油(株)製)を用い、これに例示化合物AII−1の代わりに、1.0質量%濃度になるように添加し、摩擦係数の温度、圧力、経時時間の依存性を評価した。試験を行った試料組成物のうち、例示化合物AII−1,3,4,5,6,7,8,14,16,17,18,19,33,34,36,37,38,40,41,43,65,88,89、及び90をそれぞれ用いて調製した試料組成物について、試験結果をグラフとして図5〜図17に示す。
また、比較例用化合物として、ペンタエリスリトール誘導体であるが、ポリアルキレンオキシ基を有さない化合物、具体的には、比較例用化合物C−3(C(CH2OCOC24CO22245−n)4)及び比較例用化合物C−6(C(CH2OCOC1735−n)4をそれぞれ用い、同様に組成物を調製し、該組成物をそれぞれ試験した。試験結果をグラフとして図18に示す。
また、参考例として、油性媒体として用いた鉱物油であるスーパーオイルN−32のみを、同様にして試験した結果を、グラフとして図19に示す。
【0141】
例示化合物AII-1を利用して調製した試料は、図5に示す通り、25℃の摩擦係数が0.05以下という、低い摩擦係数を示していることが理解できる。例示化合物AII−1は、図1に示したとおり、単独では融点63.5〜64.0℃の結晶であるため、25℃ではその高粘性ゆえにSRVの摩擦係数は0.3以上となっていた。また、油性媒体として用いた鉱物油のスーパーオイルN−32は、単独では、図19に示す通り、25℃では0.07以上の摩擦係数を示している。これらのことから、例示化合物AII−1は、スーパーオイルN−32中に、1.0質量%の濃度になるように分散している状態では、お互い単独ではなく、お互いがなんらかの相互作用をして、この小さな摩擦係数を発現しているものと考えられる。
一般的には、界面近傍に低粘性流体と高粘性流体が存在し、それが高剪断場であれば、高粘性流体がより固い界面近傍に剪断によって平滑な被膜を形成し、その両界面の間隙に低粘性流体が挟まれることで、より低い摩擦係数を発現することは潤滑の理に適っており、そのような現象が起こっている可能性が示唆される。
例示化合物AII−1を含む試料は、温度の上昇とともに摩擦係数が0.09まで急激に上昇し、60〜110℃までは温度に全く依存せずにその摩擦係数を維持している。このことは、この潤滑状態が境界潤滑ではなく、弾性流体潤滑にあるものと推測できる。その理由は、より低粘性流体であるスーパーオイルN−32の摩擦係数が、図19に示す通り、明瞭な正の温度依存性を示していて、混合潤滑領域で摺動していることを強く示唆していることから、それより高粘性流体が共存する場で、急激に境界潤滑に入るとは考え難いからである。
【0142】
他の例示化合物を利用して調製した試料についても、図5〜図17に示す通り、例示化合物AII-1と同様の挙動が観察された。
一方、比較例用化合物C−3及びC−6を利用して調製した組成物は、いずれも摩擦係数が、例示化合物を利用して調製した組成物と比較して高いことが理解できる。
【0143】
以下に、各試料の摩擦摺動試験後の摺動部の摩耗痕深さの測定値を示す。なお、比較例用化合物C−4は、C{CH2O(C24O)6.52245−n}2である。
【0144】
【表2】

【0145】
本発明の化合物を含有する実施例の試料は、比較例と比較して、磨耗痕が格段に浅く、耐摩耗性に優れていることが理解できる。
なお、試験例1の摩耗痕深さと比較して、試験例2の結果は、総じて大きな値を示しているが、それは、試験例2では、試料として化合物を単独で用いているので、概ね厚い膜厚での弾性流体潤滑であったのに対して、本試験例では低粘性油スーパーオイルN−32中に、1質量%しか含まれていない状態であるので、至極当然の結果のように思われる。さらに、上記結果の中には、試験例1の非希釈条件と同様の結果を与える例もあるので、本発明の化合物を含有する実施例の組成物は、耐摩耗性についても優れた性質をもっていることが理解できる。
【0146】
4. 試験例3
油性媒体として、鉱物油 スーパーオイルN−32の代わりに、市販(新日本石油(株)製)ポリ−α−オレフィン、ポリオールエステル(POE)、市販イオン流体、及びN−メチルピロリドンをそれぞれ用い、これに例示化合物AII−4を1.0質量%濃度になるように添加し、同様に組成物を調製し、試験例2と同様にして、摩擦係数の温度、圧力、経時時間の依存性を評価した。結果を図20〜図21に示す。
図20〜図21に示す結果から、油性媒体としていずれの材料を用いて調製した組成物であっても、低摩擦係数を示すことが理解できる。
【0147】
5. 試験例4
往復動型(SRV)摩擦摩耗試験を下記条件で行った。但し、鋼鉄以外の素材として、樹脂であるポリエーテルエーテルケトン、及びセラミックスである酸化アルミニウム上で評価を行った。摩擦係数及び耐摩耗性を、往復動型(SRV)摩擦摩耗試験機を用いて評価し、以下に示す試験条件で摩擦摩耗試験を行った。
試料の調製:
基油として鉱物油であるスーパーオイルN−32(新日本石油(株)製)を用い、これに例示化合物AII−1を1.0質量%濃度になるように添加し、温度70℃に加熱して、透明溶液とした後、10分間空冷して、試料用の分散組成物を得た。この試料は空冷時徐々に白濁した。
試験条件:
上記で調製した試料について、以下の条件で試験を行った。
・試験片(摩擦材) :SUJ−2
・シリンダー :15mm径×22mm幅、表面粗さ〜0.05μm
・プレート :24mm径×7mm厚、表面粗さ0.45〜0.65μm
・温度 :30〜180℃
・荷重 :50N、75N、100N、200N及び400N
・振幅 :1.5mm
・振動数 :50Hz
試験方法:
プレート上のシリンダーが摺動する部分に、上記試料を60mg程度のせ、下記の工程に従い、摩擦摺動し、各温度及び各荷重での摩擦係数を評価した。
(1) 30℃、50Nで、10分間の摩擦係数値の変動が0.01以下になるまで経時の摩擦係数を測定
(2) 50Nで、30℃から10℃毎昇温し、110℃まで加熱し、各温度での摩擦係数を測定
(3) 30℃まで冷却
(4) (冷却開始から30分後)30℃で、50N、75N、100N、200N及び400Nの摩擦係数を測定
(5) 30℃から10℃毎昇温し、110℃まで加熱し、各温度での摩擦係数を測定
但し、60℃及び90℃では、50N、75N、100N、200N及び400Nの摩擦係数を測定
(6) 70℃以上の摩擦係数が前回の値とほとんど差がなくなるまで、(3)〜(6)を繰り返す。
(7) 30℃まで冷却
(8) (冷却開始から30分後)、30℃から10℃毎昇温し、180℃まで加熱し、各温度での摩擦係数を測定
但し、60℃、90℃、120℃、150℃、及び180℃では、50N、75N、100N、200N及び400Nの摩擦係数を測定
(9) (5)及び(6)を行い、終了する。
その一定になった摩擦係数の温度、圧力依存性について、以下のプレートの材質を鋼鉄(SUJ−2)、鋼鉄の上にDLC薄膜をCVD法によって形成したプレート、ポリエーテルエーテルケトンのプレート、及び酸化アルミニウムのプレートについてそれぞれ評価した。
・プレート1:24mm径×7mm厚、材質はダイアモンドライクカーボンで、膜厚は35nm、表面粗さ 0.01μm以下
・プレート2:24mm径×7mm厚、材質はポリエーテルエーテルケトン、表面粗さ〜0.05μm
・プレート3:24mm径×7mm厚、材質は酸化アルミニウム、表面粗さ〜0.15μm
【0148】
上記試験の結果を、図22に示す。図22に示す結果から、低い温度では、DLC(ダイヤモノドライクカーボン)<PEEK<Fe(SUJ−2)<酸化アルミニウム の順に摩擦係数が上昇することが理解できる。しかし、この領域では、例示化合物AII−1の膜ははるかに硬く、基油として用いた鉱油のN−32が、例示化合物AII−1の薄膜の間隙で流体潤滑を行なっていると推察される。この推察の通りとすると、この摩擦係数の差は、界面に存在する例示化合物AII−1、ひいてはその下地の表面粗さに起因する鉱油N−32の流体膜の膜厚を反映したものではないかと考えられる。温度100℃を超えた辺りから、SUJ−2及び酸化アルミニウムプレートの摩擦係数の低下が見られるが、この領域では、例示化合物AII−1が、弾性流体潤滑領域にあり、ここでも界面下地の表面粗さの影響が、弾性変形の効果とともに出ているものと推察される。ダイヤモノドライクカーボン被膜は、鋼鉄との密着性が十分にとれていなかったせいで、途中から剥離していた。しかし、いずれのものについても、現行の潤滑技術を用いるより低い摩擦係数を与えていることは明らかである。
【0149】
6. 試験例5
本発明者は、本発明の例示化合物AII−1が摺動部に偏析する現象を、トライボロジーの技術分野において、弾性流体潤滑領域の評価を行なうための点接触EHL評価装置を用い、機器の点接触している部分近傍をスペクトル的に観察することによって、その高荷重、高剪断場での物質濃度の変化を定量的に捉えることに成功した。具体的には、以下の通りの方法で観察した。
試料の調製:
まず、例示化合物AII−1を油性媒体中に分散して試料を調製した。油性媒体として鉱物油であるスーパーオイルN−32(新日本石油(株)製)を用い、これに例示化合物AII−1を1.0質量%濃度になるように添加し、70℃に加熱して透明溶液とした後、10分間空冷して、試料用の分散組成物を得た。その後、この試料について、以下の条件で試験を行った。なお、この試料は空冷時徐々に白濁した。
測定方法の概略:
図23は、この測定に用いた装置の概略図である。顕微FT−IRは、日本分光(株)製 FT−IR400に接続されたMICRO20を用い、そのカセグレン鏡のワーキングディスタンスに、点接触EHL評価装置の点接触部分がくるように装置の位置を決めた。回転している鋼鉄球を、その回転軸を平行にして、ダイアモンド(硬質平面)板に設置し、軸に荷重をかけて、圧力下接触させた。調製した試料を供給して、回転している鋼鉄球とダイヤモンド板との間隙及びその近傍に流すようにした。
【0150】
鋼鉄球がダイアモンド板に点接触している部分には、光学的な干渉模様であるニュートンリングが形成されるが、ダイアモンド板を介して鋼鉄球と逆側から赤外光を照射すると鋼鉄球に反射することで、ニュートンリング近傍の試料の薄膜のIRスペクトルが測定できる。図24に、その点接触してできたニュートンリングの図を示す。図24中に示すニュートンリングの径は約200nmで、点線で囲った部分が160nm角に絞ったIR測定光である。
試料の調製時に油性媒体として、鉱物油やポリ−α−オレフィンを用いると、これらは炭化水素であるから、C−C及びC−H以外の特性吸収がない。よって、試料中の例示化合物AII−1は、明瞭で高強度の特性吸収帯を示すエステル結合のカルボニル基を有するので、その特性吸収帯の強度から、濃度の変化を定量的に検出できる。
上記の装置を用いて観察したところ、ニュートンリングが形成されるいわゆる高圧力、高剪断場であるヘルツ接触域において、試料の流れが隔てられてできたろうそくの炎の形の、例えば、後方20〜400μmの間の領域に、例示化合物AII−1が徐々に偏析してくることが分かった。
【0151】
図25は、点接触してニュートンリングが形成されている部分、それに対して試料が流れ込む部分、及びその左右の部分の図である。
図26に、そのIRスペクトルを示す。図26に示す結果から、経時で、1750cm-1のカルボニル基の伸縮振動帯、及び1120cm-1のエステルC−O伸縮振動帯が増加していることが理解できる。
【0152】
温度などの条件によって異なるが、測定温度:40℃、線速度:0.15m/sec.Hertz圧力:0.3GPaの条件下、ほぼ5分〜2時間ほどで、凡そ一定濃度に達することが多い。
【0153】
図27は、吸光度の温度依存性を示すグラフである。明らかに、試料が透明点に近づく、即ち、例示化合物AII−1の分散粒子径が小さくなるに従って、例示化合物AII−1の偏析速度も小さくなり、透明点以上の温度において、この評価装置では測定限界以下の偏析量になっていることがわかる。
【0154】
図28は、鋼球の回転速度、即ち、その潤滑油が点接触部分に送り込まれる量と偏析量の関係を示すグラフである。このグラフから、予想されたとおり、回転数が高いほど、即ち、点接触部に供給される分散組成物試料の量が多いほど、偏析量が増加していることが理解できる。
上記の点接触EHL評価装置は、高圧力、高剪断条件下のヘルツ接触域、即ち真実接触部位のモデルである。実際の摩擦接触域は、そのような真実接触域が密集しているような領域であるので、油性媒体中に例示化合物AII−1を含む試料は、そのような摩擦接触域の多数の真実接触域近傍で、相対的に低粘性の基油(油性媒体)が少なくなり、前例示化合物AII−1が蓄積されるものと考えられる。
従って、試料中に含まれる例示化合物AII−1が1質量%程度の少量であっても、また、本来なら高温度で蓄積しないと懸念される条件でも、SRV評価装置での高温での摩擦係数が示すように、摺動部分で例示化合物AII−1の濃度が増加すれば、高温度でも、当該化合物本来の弾性流体潤滑下での低粘性の効果を発現することが期待できる。
【0155】
7. 試験例6
・ グリース組成物の性能評価
例示化合物AII−18、AI−64、AII−37、AI−71及びAIII−1をそれぞれ用い、下記表に示す組成のグリース試料1〜5をそれぞれ調製した。また、下記表に示す組成の比較例用グリース試料C1〜C4をそれぞれ調製した。
摩擦試験を実施し、摩擦係数及び摩耗痕深さを測定した。なお、実施例における摩擦係数は、往復動型摩擦試験機(SRV摩擦摩耗試験機)を用いて測定し、下記の試験条件で摩擦試験を行った。実施例のグリース試料1〜5の結果を下記表3に、比較例用グリース試料1〜の結果を下記表4に示した。
試験条件:
試験条件はボール−オンプレートの条件で行った。
試験片(摩擦材):SUJ−2
プレート:φ24×6.9mm
ボール:φ10mm
温度:70℃
荷重:100N
振幅:1.0mm
振動数:50Hz
試験時間:試験開始30分後を測定。
【0156】
【表3】

【0157】
【表4】

【0158】
上記表に示す結果から、本発明の化合物を含有する実施例のグリース組成物試料は、その摩擦低減効果と摩耗抑制効果を顕著に示すことが理解できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(Z)で表される化合物:
A−L−{D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−R}p (Z)
式中、Aはp価の鎖状あるいは環状残基を表し;
Lは、単結合、オキシ基、下記式(A−a)で表される、置換もしくは無置換のオキシメチレン基、又は下記式(A−b)で表される、置換もしくは無置換のオキシエチレンオキシ基を表し、下記式中、Alkは、水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表し
−(O−C(Alk)2)− (A−a)
−(O−C(Alk)2C(Alk)2O)− (A−b);
pは2以上の整数を表し;
1はカルボニル基(−C(=O)−)又はスルホニル基(−S(=O)2−)を表し、互いに同一でも異なっていてもよく;
2はカルボニル基(−C(=O)−)、スルホニル基(−S(=O)2−)、カルボキシル基(−C(=O)O−)、スルホニキシル基(−S(=O)2O−)、カルバモイル基(−C(=O)N(Alk)−)、又はスルファモイル基(−S(=O)2N(Alk)−)を表し、互いに同一でも異なっていてもよく、但し、Alkは水素原子、C1〜C6のアルキル基、又はシクロアルキル基を表し;
Eは、置換もしくは無置換の、アルキレン基、シクロアルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、アリーレン基、二価の複素芳香族環基、複素非芳香族環基、イミノ基、アルキルイミノ基、オキシ基、スルフィド基、スルフェニル基、スルホニル基、ホスホリル基、及びアルキル置換シリル基から選ばれる二価の基、又は2以上の組合せからなる二価の基を表し、qは0以上の整数を表し、qが2以上のとき、Eは互いに異なっていてもよく;
Rは、水素原子、C8以上の置換もしくは無置換のアルキル基、パーフルオロアルキル基、又はトリアルキルシリル基を表し、互いに同一でも異なっていてもよい;
Bは、Rによって異なり、
Rが、水素原子、又はC8以上の置換もしくは無置換のアルキル基の場合、Bは置換もしくは無置換のオキシエチレン基、又は置換もしくは無置換のオキシプロピレン基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり;
Rが、パーフルオロアルキル基の場合、Bは、オキシパーフルオロメチレン基、オキシパーフルオロエチレン基、又は分岐してもよいオキシパーフルオロプロピレン基であり、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数であり;
Rが、トリアルキルシリル基の場合、Bはジアルキルシロキシ基であり、そのアルキル基は、メチル基、エチル基、及び分岐していてもよいプロピル基から選択され、互いに同一でも異なっていてもよく、複数個の連結するBは互いに異なっていてもよく、mは1以上の自然数である;
1は、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、スルフィド基、アルケニレン基、アルキニレン基及びアリーレン基から選ばれる二価の基、又は2以上の組み合わせからなる二価の基を表す。
【請求項2】
式(Z)中、Aが、ペンタエリスリト−ル、グリセロ−ル、オリゴペンタエリスリト−ル、キシリト−ル、ソルビト−ル、イノシトール、トリメチロ−ルプロパン、ジトリメチロ−ルプロパン、ネオペンチルグリコ−ル、又はポリグリセリンの残基である請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
式(Z)中、Aが、下記式(AI)〜(AIII)のいずれかで表される基である請求項1に記載の化合物:
【化1】

式中、*は、―D1−(E)q−D2−(B)m−Z1−Rとの結合部位を意味し;Cは炭素原子を表し;R0は水素原子又は置換基を表し;X1〜X4、X11〜X14、及びX21〜X24はそれぞれ、水素原子、又はハロゲン原子を表し、同一でも異なっていてもよく;m4は0〜2の整数を表す。
【請求項4】
式(Z)中、−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECa)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物:
【化2】

式(ECa)中、Cは炭素原子を表し、Oは酸素原子を表し、式(Z)中のRに相当するRaは置換もしくは無置換のC8以上のアルキル基を表し;式(Z)中のZ1に相当するLaは、単結合又は二価の連結基を表し;Xa1及びXa2はそれぞれ、水素原子、又はハロゲン原子を表し、na1は1〜4の整数であるが、na1が2以上のとき、複数のXa1及びXa2はそれぞれ同一でも異なっていてもよく;na2は1〜35の数である。
【請求項5】
式(Z)中、Z1に相当するLaが、単結合、又はカルボニル基、スルホニル基、ホスホリル基、オキシ基、置換もしくは無置換のアミノ基、チオ基、アルキレン基、アルケニレン基、アルキニレン基、及びアリ−レン基から選択される一つ以上の組合せからなる二価の連結基である請求項4に記載の化合物。
【請求項6】
式(Z)中の−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECb)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【化3】

式(ECb)中、請求項4中の式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり;式(Z)中のZ1に相当するLa1は単結合を表し;na2は0〜2の数であり、ncは1〜10の数を表し、mは1〜12の数を表し;nは1〜3の数を表す。
【請求項7】
式(Z)中の−(B)m−Z1−Rがそれぞれ、下記式(ECc)で表され、同一でも異なっていてもよい有機基である請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物:
【化4】

式(ECc)中、請求項4中の式(ECa)中と同一の符号についてはそれぞれ同義であり、Alk’はそれぞれ同一でも異なっていてもよいC1〜C4のアルキル基を表し;式(Z)のZ1に相当するLa1は単結合を表し;nbは1〜10の数を表す。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【公開番号】特開2010−150228(P2010−150228A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−79940(P2009−79940)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】