反射型偏光変調素子
【課題】透過型偏光素子が利用できない真空紫外領域においても円偏光もしくは直線偏光の利用ならびにそれら偏光状態の変調が放射光源を用いずとも可能とする反射型偏光変調素子を提供すること。
【解決手段】光源からの光を略直線偏光状態にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光状態にする位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組とを備える。
【解決手段】光源からの光を略直線偏光状態にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光状態にする位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組とを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に真空紫外領域における反射型偏光素子の改良に関するもので、偏光度を変調させることから円偏光二色性の計測等ができるものに関する。
本発明の素子は、真空紫外領域の円偏光二色性計測装置、光電子分光装置、光電子顕微鏡装置、エリプソメトリー装置用の偏光変調素子としてこれらの分光分析装置に適用できる。
【背景技術】
【0002】
左右円偏光での光吸収強度の差である円偏光二色性(以下、CDと略)は生体分子の構造解析手法として有力であり、特にタンパク質の二次構造解析手法として一般的に用いられている。タンパク質のCDは波長220nm付近の遠紫外領域から短波長にかけて発現する。紫外から赤外領域にかけてはランプ光源を用いた円二色性計測装置が既に市販され、特にライフサイエンス分野において活用されている。
このCDスペクトル計測からより正確な構造解析を行うためには、より広い波長範囲、すなわちより短波長領域でのCD計測が必須である。市販のCD測定装置は通常真空紫外領域には対応しておらず、波長190nm程度までの計測しか実質的にできない。そのためより短波長領域である真空紫外域でのCD計測を目的として、放射光を用いたCD計測ビームラインが世界各地に建設・利用されている。
従来装置のビームラインは透過型の円偏光素子(光弾性変調子など)によって、自然光を最終的に円偏光にしている。分子のキラリティに起因するCDの強度は一般的に光吸収の1%以下と非常に微弱であるために、ロックインアンプのような周波数応答性の高い検出器を用いた高感度検出を行っている。そのために左右円偏光度を変調させることはCD検出に必須の要件である。
【0003】
しかしながら従来装置では透過型の素子を用いているために、円偏光素子の透過限界で実質的な計測できる波長範囲が決定される。一般的に従来手法では放射光を光源としても波長約140nm以下のCD計測は不可能である。
本発明者は、透過型偏光素子ではなく放射光挿入光源の一種である偏光アンジュレータを円偏光光源とすることで波長140nm以下でもCDを検出する装置を開発し、最短波長40nmまでのCD計測に成功している。その結果、波長140nm以下においても多くの生体分子はCDを示すことが明らかになった。
そこで偏光アンジュレータのような特殊な放射光源以外に、波長140nm以下において円偏光を作り出す手法として透過型ではなく反射型の円偏光素子を用いる手法が開発されている(非特許文献1−3参照)が、これらは特に透過率の面で実用化には程遠く、これらを用いてキラリティ由来のCDを計測した報告もない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W.B.Westerveld,K.Becker,P.W.Zetner,J.J.Corr,and J.W.McConkey,Appl.Opt.24,2256−2262(1985)
【非特許文献2】T.Dohring,G.Schonhense,and U.Heinzmann,Meas.Sci.Technol.3,91−97(1992)
【非特許文献3】In−Gyu Baek,S.L.Hulbert,and E.Vescovo,Rev.Sci.Instrum.73,1496−1498(2002)
【非特許文献4】K.Yagi−Watanabe,M.Tanaka,T.Yamada,F.Kaneko,K.Nakagawa,and M.Yuri,Nucl.Instrum.Methods Phys.Res.A553,620−626(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
真空紫外域におけるCDスペクトル測定は主にタンパク質の二次構造解析に広く用いられており、さらに真空紫外域にのみCDが発現する糖・糖鎖といった重要な生体分子の構造解析手法としても有用であると期待されている。
しかしながら現在の真空紫外領域におけるCD測定は放射光を光源としたものが主であるが、放射光を用いた装置には、利用時間等の制限や利用したい時にすぐに利用できないといった不便な点がある。
さらに光電子分光法や光電子顕微鏡といった計測手法も物質の電子状態、吸着状態、形態などの観測手法として一般的に利用されている。これらの手法においても真空紫外光は励起光として一般的に利用されているが、その多くは自然光もしくは直線偏光状態である。これを円偏光励起による装置にすることで、従来手法では出来ない吸着構造のキラリティの観測など新規の構造情報を獲得することが可能になると期待できる。
また本装置は円偏光だけでなく直線偏光の変調も可能である。これを用いて真空紫外域のエリプソメトリー装置への応用も可能である。
【0006】
そこで汎用の真空紫外ランプ(重水素ランプ、ヘリウムランプ)を利用した実験室レベルで導入可能な真空紫外CD計測装置およびそのための偏光変調素子の開発が求められている。
さらに従来の光弾性変調子のような透過型偏光変調素子はその利用可能な波長領域が約140nm以上に限定されており、広範囲の真空紫外域に渡るCD計測は不可能である。
より短波長において円偏光を作り出す素子として反射型の装置が提案・開発されている。これらの多くは
(1)透過率が低い(最大0.3%程度)。
(2)放射光光源の利用のみ特化している。
(3)変調測定に不可欠な円偏光度の正弦的な変化が得られない。また変調実験も試みられておらず、分子のキラリティに起因する微弱なCD計測の成功例は無い。
といった問題点があるために、特に放射光光源と比して低強度の汎用ランプによるCD計測には適していない。これらは主に放射光光源の偏光度を計測するために偏光解析装置として利用されており、自然光を円偏光に変換し、CDを計測するための素子としては甚だ不十分である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者は、反射型偏光変調素子として、充分な透過率・円偏光度を持ち、その入射光に垂直な面内で回転によって円偏光度が正弦曲線に近似できる曲線を示すものを用いることで、偏光変調法によるCD計測が真空紫外域においても可能であると着想した。そこで円偏光度の理論計算式と既報の各種材料の光学定数を用いてミラーコート材料、入射角度、ミラー枚数など素子条件の最適化を行い、従来のものよりも大幅に改良された反射型偏光変調素子を設計した。
本素子は主に金属鏡の組から成る偏光子部と位相子部、さらにこの位相子部を入射光に垂直な面内で回転させる回転機構部からなる。本素子はその性能として、
(1)透過型素子では利用できない波長140nm以下(最短50nm)でも10−20%程度の透過率と0.6−0.8程度の円偏光度を有している。
(2)回転機構を用いて真空容器中に設置された位相子部を面内回転させることが出来る。それによって、円偏光度をCD計測が可能な周波数(1Hz以上)で正弦曲線に近似して変化させることができる。
といった特長を有している。
【0008】
本発明は、光源からの光を略直線偏光にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光にし、さらに偏光変調する位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組で構成され、それら平面鏡の反射で略直線偏光を略円偏光もしくは略直線偏光状態にすることを特徴とする。
さらに本発明は、前記偏光子部において金属鏡として軸外放物面鏡を備え、当該軸外放物面鏡での反射により、入射光を略直線偏光し、かつ平行光にして位相子部に入射させることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部において、3枚の平面鏡を備え、3枚の平面鏡で3回反射させることにより略直線偏光を略円偏光など任意の偏光状態にすることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部において、入射光に垂直な面内で回転させる位相子部回転機構を備え、位相子部の平面鏡の組を面内回転させることにより偏光変調することを特徴とする。
さらに本発明は、前記偏光子部の軸外放物面鏡において、Pt又はAuでコーティングされたものを使用することにより、高い直線偏光度を達成することを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部の平面鏡において、Al又はSiCでコーティングされたものを使用することにより、偏光子部からの略直線偏光を高い円偏光度で変換すること、ならびに高い透過率を達成することを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部回転機構において、真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで真空容器内の平面鏡の組を回転させることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部回転機構において、磁気シールユニットを介して真空容器中に動力を伝播させ真空容器内のギア駆動により平面鏡の組を回転させることを特徴とする。
ここで略直線偏光もしくは略円偏光とは偏光状態の主たる成分が直線偏光状態もしくは円偏光状態にあることをそれぞれ意味し、完全な直線偏光もしくは円偏光状態であることを必ずしも意味しない。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、透過型素子では不可能である波長140nm以下の真空紫外光でも略円偏光もしくは略直線偏光状態を作成し、さらに偏光度を変調させて発振させることができる。この装置は光源として放射光だけでなく、汎用の真空紫外ランプの利用が可能である。本装置と一般的な真空紫外分光装置、ロックインアンプを組み合わせることで、実験室レベルの真空紫外領域におけるCD計測装置やエリプソメトリー装置を開発することができ、将来的な普及が期待できる。また光電子分光ならびに光電子顕微鏡用の光源として一般に用いられているHeランプ(58.5nm)にも本素子を組み込むことで、光電子スペクトルの円二色性といった今まで計測されてこなかった新規の構造解析・表面分析手法を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の素子の概要を説明する図である。
【図2】本発明の素子の位相子部回転機構の例を示す概要図である。
【図3】偏光子部の反射率のシミュレーション結果(φ=45°、ミラー1枚)。
【図4】偏光子部の(1−ρ12)のシミュレーション結果(φ=45°、ミラー1枚)。
【図5】位相子部の透過率のシミュレーション結果(ミラー3枚)。
【図6】位相子部のρsinΔのシミュレーション結果(ミラー3枚)。
【図7】素子全体の透過率のシミュレーション結果(偏光子:Ptコート、φ=45°)。
【図8】素子全体の円偏光度(S3/S0)のシミュレーション結果(偏光子:Ptコート、φ=45°、位相子の面内角度θ2=45°)。
【図9】Auコート4枚鏡の偏光子(θ=70°)、位相子(α=78°)での透過率(実線)と円偏光度(S3/S0、点線)のシミュレーション結果。
【図10】素子全体での(波長146nm、58.5nm、(α,β)=(70°,50°),(75°,60°))での強度(S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。ここで、位相子のミラーコート材料はAlとした。
【図11】素子全体での(波長146nm、58.5nm、(α,β)=(70°,50°),(75°,60°))での円偏光度(S3/S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。ここで、位相子のミラーコート材料はAlとした。
【図12】Auコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での円偏光度(S3/S0、点線)と強度(S0、実線)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本素子は自然光を略直線偏光にする偏光子部とその略直線偏光を略円偏光にし、かつ偏光度を変調させる位相子部の二つから主に成る。装置の概略を図1に示す。これらはいずれも真空に対応している。
このときに出射される円偏光度成分は偏光子、位相子それぞれの直線偏光反射率比(ρ)と位相差(Δ)に強く依存する。ここでρは鉛直直線偏光と水平直線偏光の反射率の比、Δは鉛直直線偏光と水平直線偏光の位相の差である。本発明者は偏光子、位相子それぞれのMueller行列を用いた本装置の行列演算結果から、実際に偏光子、位相子それぞれに必要とされる要件を明確にした。既報の各種材料の光学定数(屈折率、吸光係数)を用いて、様々な条件での偏光度、透過率の波長変化および位相子の面内角度変化をシミュレーションした。その結果から実現可能な範囲内で円偏光度、透過率が真空紫外域で最適になるようなミラーコート材料、入射角度、ミラー枚数等を設計した。
装置出射光の偏光度は以下のストークスベクトルで表わすことができることを明らかにした。ここで(S0,S1,S2,S3)は、それぞれ出射光の強度、0°−90°直線偏光度、±45°直線偏光度、右−左円偏光度を表わしている。
【0012】
【数1】
【0013】
ここでρ1、ρ2、Δ2はそれぞれ偏光子のρ、位相子のρとΔを、θ2は位相子の面内回転角度を示している。本装置でもっとも重要なのはS3成分である。この式から分かるように位相差sinΔ2の絶対値を1付近に近づけるだけでなく、位相子のρ2を出来るだけ大きく(最大1)、かつ偏光子のρ1を出来るだけ小さくする必要があることがわかる。特に位相子のρ2は大きな寄与をS3成分に与えている。この式を用いて、各波長等での偏光度・透過率をシミュレーションすることで、高い透過率かつ高い円偏光度を真空紫外領域で示す最適な光学条件(ミラーコート材料、入射角度など)を決定することができる。従来の反射型素子では主にAuがミラーコート材料として用いられているが、Auのρは真空紫外域において0.2程度であり、位相子のミラーコート材料としては適していない。
【0014】
本発明は位相子部(もしくは偏光子部)を回転させることで、円偏光度を変調させることが出来る。本発明ではなるべく高い回転周波数を実現するために、真空部品の規格の一つであるICF70やICF114コンフラットフランジ程度の大きさ(それぞれ内径34mm、60mm程度)のコンパクトな位相子部を設計する。回転機構としては、例えば図2(a)、(b)に示すような装置を用いる。(a)の真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで内部の位相子部を回転させる手法(非特許文献4参照)や(b)の磁気シールユニット等を介して真空容器中に動力を伝播させ真空内のギア駆動により位相子部を回転させる手法等を用いて、位相子部を面内回転させる。これにより数Hz程度の変調周波数を得ることができる。これはロックインアンプを用いた交流計測に充分な周波数である。ロックインアンプのような周波数応答性の高い検出装置を用いることで、CD検出感度を大幅に向上させることができる。このような検出手法は従来の透過型素子でも同様に用いられているが、反射型素子では用いられてこなかった。その原因は装置が比較的大型であることなどによる回転周波数の低さや円偏光度の角度変化が正弦曲線から大きく逸脱した形であることなどである。
【実施例】
【0015】
図1に示すように、まず偏光子部として、主に軸外放物面鏡から成るものを設計した。この偏光子部に光源や分光器、集光用の凹面鏡(もしくはトロイダル鏡)からの光を入射させる。
このとき軸外放物面鏡を用いることで入射光を平行化する。これは以後の位相子部での反射において、光強度の欠損を防ぐために重要である。この放物面鏡への入射角度(φ)としては45°程度のものが入手容易である。そこでφ=45°での偏光子部のミラーコート材料候補であるAu、Pt、SiCなどのシミュレーションを式(1)から行った結果、PtもしくはAuが適していることが明らかになった。Ptは波長40−200nmの領域で(1−ρ12)が常に0.8以上、反射率がほぼ20%以上であった。AuはPtよりも(1−ρ12)がやや大きく、反射率がやや低いことが分かった。このことからφ=45°のPtもしくはAuコートミラー一枚で略直線偏光子として働くことが分かった。計測手法においてより高い直線偏光度を必要とする場合、透過率の大きな減少をまねくが、(1−ρ12)をより大きくするためにさらにミラー枚数を追加しても良い。シミュレーションした各種コート材料の反射率と(1−ρ12)のスペクトルを図3、4にそれぞれ示す。また高い透過率が必要な場合はSiCの利用も考えられる。
【0016】
次に位相子部のシミュレーション結果の説明をする。まず位相子を構築するミラーの枚数は3枚以上である。これは位相子を面内回転させても、出射光位置を保存させるために必須の枚数である。今回は透過率を出来るだけ大きくするために3枚鏡を選択した。それぞれの入射角度をα、β、αとする。ここで出射光位置の保存からβ=2α−90の関係が成り立つ。ミラーは平面鏡を用いる。
位相子部のミラーコート材料候補であるAl、SiCのいくつかのα、βの組でのシミュレーションを式(1)から行った結果として、図5に透過率を、図6に円偏光度を決めるρsinΔのスペクトルを示す。この結果からSiCよりもAlの方が明らかに透過率、ρsinΔの両面で優れていることが判明した。またAlでも入射角度を大きくすることで短波長領域での反射率が増加し、例えばHeランプの出射波長である58.5nmでも充分な反射率を示すことが明らかになった。
【0017】
本発明の反射型円偏光素子は、上記偏光子と回転位相子との組み合わせである。偏光子の最適条件としてPtコート(φ=45°)を選択し、位相子としてAl、SiCコートでいくつかのα、βの組みを選択したときの素子全体の透過率と位相子の面内角度θ2=45°の時の円偏光度(S3/S0)の波長変化のシミュレーション結果を図7、8にそれぞれ示す。
この結果から明らかなようにAlコートの3枚鏡を用いることで波長100nm以上の真空紫外域の透過率を素子全体で20%程度にまで大きくできる。これは既報のAuコートの0.3%程度の透過率の100倍程度である。また(α,β)=(75°,60°)にすることでHeランプの出射波長である58.5nmでも20%近い透過率が得られている。円偏光度も最大0.8程度が達成されている。(α,β)の角度は実際に必要な波長領域に応じて選択すべきである。例えば重水素ランプ(波長115nm以上)の利用では(α,β)=(70°,50°)にすることで波長200nmまでの市販のCD計で測定可能な領域までの円偏光利用が可能になる。Heランプ利用の際は(α,β)=(75°,60°)が最も良い。また(α,β)=(65°,40°)は従来素子では利用できない波長120nm程度(Lyman α線)で最も効率が良い。上記の様々な角度の組み合わせの位相子部を簡便に交換できるように設計することで、容易に利用できる波長領域を変えられるようにする。
この結果は従来の反射型装置と比べて著しく優れた結果である。例えば偏光解析用に一般的に用いられているAuコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での透過率と位相子の面内角度θ2=45°の時の円偏光度(S3/S0)の波長変化のシミュレーション結果を図9に示す。このように透過率では100〜200倍、円偏光度では10倍程度の大幅な増加が期待される。
【0018】
加えて重要な点として円偏光度の面内回転角度変化が挙げられる。図10、11に我々の素子でのいくつかの条件(波長、(α,β))での、図12にAuコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での強度(S0)と円偏光度(S3/S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果をそれぞれ示す。これもあきらかなように我々の素子では(α,β)を最適化することで、波長58.5nmにおいてもプラスマイナス10%程度の強度の変化と正弦関数に近似した円偏光度の角度変化が得られている。これはCDの変調計測時において非常に重要であり、これによるベースラインの減少・平滑化などからCD計測感度が大幅に向上する。これに対してAuコート4枚鏡の偏光子と位相子では強度S0が途中で非常に小さくなる効果によって、正弦関数とは大きくかけ離れた結果となる。このような角度変化をする素子では、例えば放射光源のような強力な光源を用いたとしても変調法によるCD計測は困難であると予測される。
【0019】
このように、本発明により、放射光よりも光強度の低いランプ光源でも反射型素子による円偏光利用、特に変調計測手法を用いたCDスペクトル測定などが真空紫外領域において可能であることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
分光分析手法として一般に広く用いられているCDスペクトル計測装置用の偏光変調機構として利用できる。本装置を一般の真空紫外分光装置に組み込むことで、従来の市販装置では測定できない真空紫外領域でのCD測定やエリプソメトリーが放射光源を用いずとも可能になる。
光電子分光ならびに光電子顕微鏡用の光源として一般に用いられているHeランプにも本装置を組み込むことで、真空紫外円偏光を発生させることができる。これにより、光電子スペクトルの円偏光二色性といった今まで計測されてこなかった新規の構造解析・表面分析手法を構築することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に真空紫外領域における反射型偏光素子の改良に関するもので、偏光度を変調させることから円偏光二色性の計測等ができるものに関する。
本発明の素子は、真空紫外領域の円偏光二色性計測装置、光電子分光装置、光電子顕微鏡装置、エリプソメトリー装置用の偏光変調素子としてこれらの分光分析装置に適用できる。
【背景技術】
【0002】
左右円偏光での光吸収強度の差である円偏光二色性(以下、CDと略)は生体分子の構造解析手法として有力であり、特にタンパク質の二次構造解析手法として一般的に用いられている。タンパク質のCDは波長220nm付近の遠紫外領域から短波長にかけて発現する。紫外から赤外領域にかけてはランプ光源を用いた円二色性計測装置が既に市販され、特にライフサイエンス分野において活用されている。
このCDスペクトル計測からより正確な構造解析を行うためには、より広い波長範囲、すなわちより短波長領域でのCD計測が必須である。市販のCD測定装置は通常真空紫外領域には対応しておらず、波長190nm程度までの計測しか実質的にできない。そのためより短波長領域である真空紫外域でのCD計測を目的として、放射光を用いたCD計測ビームラインが世界各地に建設・利用されている。
従来装置のビームラインは透過型の円偏光素子(光弾性変調子など)によって、自然光を最終的に円偏光にしている。分子のキラリティに起因するCDの強度は一般的に光吸収の1%以下と非常に微弱であるために、ロックインアンプのような周波数応答性の高い検出器を用いた高感度検出を行っている。そのために左右円偏光度を変調させることはCD検出に必須の要件である。
【0003】
しかしながら従来装置では透過型の素子を用いているために、円偏光素子の透過限界で実質的な計測できる波長範囲が決定される。一般的に従来手法では放射光を光源としても波長約140nm以下のCD計測は不可能である。
本発明者は、透過型偏光素子ではなく放射光挿入光源の一種である偏光アンジュレータを円偏光光源とすることで波長140nm以下でもCDを検出する装置を開発し、最短波長40nmまでのCD計測に成功している。その結果、波長140nm以下においても多くの生体分子はCDを示すことが明らかになった。
そこで偏光アンジュレータのような特殊な放射光源以外に、波長140nm以下において円偏光を作り出す手法として透過型ではなく反射型の円偏光素子を用いる手法が開発されている(非特許文献1−3参照)が、これらは特に透過率の面で実用化には程遠く、これらを用いてキラリティ由来のCDを計測した報告もない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W.B.Westerveld,K.Becker,P.W.Zetner,J.J.Corr,and J.W.McConkey,Appl.Opt.24,2256−2262(1985)
【非特許文献2】T.Dohring,G.Schonhense,and U.Heinzmann,Meas.Sci.Technol.3,91−97(1992)
【非特許文献3】In−Gyu Baek,S.L.Hulbert,and E.Vescovo,Rev.Sci.Instrum.73,1496−1498(2002)
【非特許文献4】K.Yagi−Watanabe,M.Tanaka,T.Yamada,F.Kaneko,K.Nakagawa,and M.Yuri,Nucl.Instrum.Methods Phys.Res.A553,620−626(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
真空紫外域におけるCDスペクトル測定は主にタンパク質の二次構造解析に広く用いられており、さらに真空紫外域にのみCDが発現する糖・糖鎖といった重要な生体分子の構造解析手法としても有用であると期待されている。
しかしながら現在の真空紫外領域におけるCD測定は放射光を光源としたものが主であるが、放射光を用いた装置には、利用時間等の制限や利用したい時にすぐに利用できないといった不便な点がある。
さらに光電子分光法や光電子顕微鏡といった計測手法も物質の電子状態、吸着状態、形態などの観測手法として一般的に利用されている。これらの手法においても真空紫外光は励起光として一般的に利用されているが、その多くは自然光もしくは直線偏光状態である。これを円偏光励起による装置にすることで、従来手法では出来ない吸着構造のキラリティの観測など新規の構造情報を獲得することが可能になると期待できる。
また本装置は円偏光だけでなく直線偏光の変調も可能である。これを用いて真空紫外域のエリプソメトリー装置への応用も可能である。
【0006】
そこで汎用の真空紫外ランプ(重水素ランプ、ヘリウムランプ)を利用した実験室レベルで導入可能な真空紫外CD計測装置およびそのための偏光変調素子の開発が求められている。
さらに従来の光弾性変調子のような透過型偏光変調素子はその利用可能な波長領域が約140nm以上に限定されており、広範囲の真空紫外域に渡るCD計測は不可能である。
より短波長において円偏光を作り出す素子として反射型の装置が提案・開発されている。これらの多くは
(1)透過率が低い(最大0.3%程度)。
(2)放射光光源の利用のみ特化している。
(3)変調測定に不可欠な円偏光度の正弦的な変化が得られない。また変調実験も試みられておらず、分子のキラリティに起因する微弱なCD計測の成功例は無い。
といった問題点があるために、特に放射光光源と比して低強度の汎用ランプによるCD計測には適していない。これらは主に放射光光源の偏光度を計測するために偏光解析装置として利用されており、自然光を円偏光に変換し、CDを計測するための素子としては甚だ不十分である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者は、反射型偏光変調素子として、充分な透過率・円偏光度を持ち、その入射光に垂直な面内で回転によって円偏光度が正弦曲線に近似できる曲線を示すものを用いることで、偏光変調法によるCD計測が真空紫外域においても可能であると着想した。そこで円偏光度の理論計算式と既報の各種材料の光学定数を用いてミラーコート材料、入射角度、ミラー枚数など素子条件の最適化を行い、従来のものよりも大幅に改良された反射型偏光変調素子を設計した。
本素子は主に金属鏡の組から成る偏光子部と位相子部、さらにこの位相子部を入射光に垂直な面内で回転させる回転機構部からなる。本素子はその性能として、
(1)透過型素子では利用できない波長140nm以下(最短50nm)でも10−20%程度の透過率と0.6−0.8程度の円偏光度を有している。
(2)回転機構を用いて真空容器中に設置された位相子部を面内回転させることが出来る。それによって、円偏光度をCD計測が可能な周波数(1Hz以上)で正弦曲線に近似して変化させることができる。
といった特長を有している。
【0008】
本発明は、光源からの光を略直線偏光にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光にし、さらに偏光変調する位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組で構成され、それら平面鏡の反射で略直線偏光を略円偏光もしくは略直線偏光状態にすることを特徴とする。
さらに本発明は、前記偏光子部において金属鏡として軸外放物面鏡を備え、当該軸外放物面鏡での反射により、入射光を略直線偏光し、かつ平行光にして位相子部に入射させることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部において、3枚の平面鏡を備え、3枚の平面鏡で3回反射させることにより略直線偏光を略円偏光など任意の偏光状態にすることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部において、入射光に垂直な面内で回転させる位相子部回転機構を備え、位相子部の平面鏡の組を面内回転させることにより偏光変調することを特徴とする。
さらに本発明は、前記偏光子部の軸外放物面鏡において、Pt又はAuでコーティングされたものを使用することにより、高い直線偏光度を達成することを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部の平面鏡において、Al又はSiCでコーティングされたものを使用することにより、偏光子部からの略直線偏光を高い円偏光度で変換すること、ならびに高い透過率を達成することを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部回転機構において、真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで真空容器内の平面鏡の組を回転させることを特徴とする。
さらに本発明は、前記位相子部回転機構において、磁気シールユニットを介して真空容器中に動力を伝播させ真空容器内のギア駆動により平面鏡の組を回転させることを特徴とする。
ここで略直線偏光もしくは略円偏光とは偏光状態の主たる成分が直線偏光状態もしくは円偏光状態にあることをそれぞれ意味し、完全な直線偏光もしくは円偏光状態であることを必ずしも意味しない。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、透過型素子では不可能である波長140nm以下の真空紫外光でも略円偏光もしくは略直線偏光状態を作成し、さらに偏光度を変調させて発振させることができる。この装置は光源として放射光だけでなく、汎用の真空紫外ランプの利用が可能である。本装置と一般的な真空紫外分光装置、ロックインアンプを組み合わせることで、実験室レベルの真空紫外領域におけるCD計測装置やエリプソメトリー装置を開発することができ、将来的な普及が期待できる。また光電子分光ならびに光電子顕微鏡用の光源として一般に用いられているHeランプ(58.5nm)にも本素子を組み込むことで、光電子スペクトルの円二色性といった今まで計測されてこなかった新規の構造解析・表面分析手法を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の素子の概要を説明する図である。
【図2】本発明の素子の位相子部回転機構の例を示す概要図である。
【図3】偏光子部の反射率のシミュレーション結果(φ=45°、ミラー1枚)。
【図4】偏光子部の(1−ρ12)のシミュレーション結果(φ=45°、ミラー1枚)。
【図5】位相子部の透過率のシミュレーション結果(ミラー3枚)。
【図6】位相子部のρsinΔのシミュレーション結果(ミラー3枚)。
【図7】素子全体の透過率のシミュレーション結果(偏光子:Ptコート、φ=45°)。
【図8】素子全体の円偏光度(S3/S0)のシミュレーション結果(偏光子:Ptコート、φ=45°、位相子の面内角度θ2=45°)。
【図9】Auコート4枚鏡の偏光子(θ=70°)、位相子(α=78°)での透過率(実線)と円偏光度(S3/S0、点線)のシミュレーション結果。
【図10】素子全体での(波長146nm、58.5nm、(α,β)=(70°,50°),(75°,60°))での強度(S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。ここで、位相子のミラーコート材料はAlとした。
【図11】素子全体での(波長146nm、58.5nm、(α,β)=(70°,50°),(75°,60°))での円偏光度(S3/S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。ここで、位相子のミラーコート材料はAlとした。
【図12】Auコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での円偏光度(S3/S0、点線)と強度(S0、実線)の面内回転角度変化のシミュレーション結果。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本素子は自然光を略直線偏光にする偏光子部とその略直線偏光を略円偏光にし、かつ偏光度を変調させる位相子部の二つから主に成る。装置の概略を図1に示す。これらはいずれも真空に対応している。
このときに出射される円偏光度成分は偏光子、位相子それぞれの直線偏光反射率比(ρ)と位相差(Δ)に強く依存する。ここでρは鉛直直線偏光と水平直線偏光の反射率の比、Δは鉛直直線偏光と水平直線偏光の位相の差である。本発明者は偏光子、位相子それぞれのMueller行列を用いた本装置の行列演算結果から、実際に偏光子、位相子それぞれに必要とされる要件を明確にした。既報の各種材料の光学定数(屈折率、吸光係数)を用いて、様々な条件での偏光度、透過率の波長変化および位相子の面内角度変化をシミュレーションした。その結果から実現可能な範囲内で円偏光度、透過率が真空紫外域で最適になるようなミラーコート材料、入射角度、ミラー枚数等を設計した。
装置出射光の偏光度は以下のストークスベクトルで表わすことができることを明らかにした。ここで(S0,S1,S2,S3)は、それぞれ出射光の強度、0°−90°直線偏光度、±45°直線偏光度、右−左円偏光度を表わしている。
【0012】
【数1】
【0013】
ここでρ1、ρ2、Δ2はそれぞれ偏光子のρ、位相子のρとΔを、θ2は位相子の面内回転角度を示している。本装置でもっとも重要なのはS3成分である。この式から分かるように位相差sinΔ2の絶対値を1付近に近づけるだけでなく、位相子のρ2を出来るだけ大きく(最大1)、かつ偏光子のρ1を出来るだけ小さくする必要があることがわかる。特に位相子のρ2は大きな寄与をS3成分に与えている。この式を用いて、各波長等での偏光度・透過率をシミュレーションすることで、高い透過率かつ高い円偏光度を真空紫外領域で示す最適な光学条件(ミラーコート材料、入射角度など)を決定することができる。従来の反射型素子では主にAuがミラーコート材料として用いられているが、Auのρは真空紫外域において0.2程度であり、位相子のミラーコート材料としては適していない。
【0014】
本発明は位相子部(もしくは偏光子部)を回転させることで、円偏光度を変調させることが出来る。本発明ではなるべく高い回転周波数を実現するために、真空部品の規格の一つであるICF70やICF114コンフラットフランジ程度の大きさ(それぞれ内径34mm、60mm程度)のコンパクトな位相子部を設計する。回転機構としては、例えば図2(a)、(b)に示すような装置を用いる。(a)の真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで内部の位相子部を回転させる手法(非特許文献4参照)や(b)の磁気シールユニット等を介して真空容器中に動力を伝播させ真空内のギア駆動により位相子部を回転させる手法等を用いて、位相子部を面内回転させる。これにより数Hz程度の変調周波数を得ることができる。これはロックインアンプを用いた交流計測に充分な周波数である。ロックインアンプのような周波数応答性の高い検出装置を用いることで、CD検出感度を大幅に向上させることができる。このような検出手法は従来の透過型素子でも同様に用いられているが、反射型素子では用いられてこなかった。その原因は装置が比較的大型であることなどによる回転周波数の低さや円偏光度の角度変化が正弦曲線から大きく逸脱した形であることなどである。
【実施例】
【0015】
図1に示すように、まず偏光子部として、主に軸外放物面鏡から成るものを設計した。この偏光子部に光源や分光器、集光用の凹面鏡(もしくはトロイダル鏡)からの光を入射させる。
このとき軸外放物面鏡を用いることで入射光を平行化する。これは以後の位相子部での反射において、光強度の欠損を防ぐために重要である。この放物面鏡への入射角度(φ)としては45°程度のものが入手容易である。そこでφ=45°での偏光子部のミラーコート材料候補であるAu、Pt、SiCなどのシミュレーションを式(1)から行った結果、PtもしくはAuが適していることが明らかになった。Ptは波長40−200nmの領域で(1−ρ12)が常に0.8以上、反射率がほぼ20%以上であった。AuはPtよりも(1−ρ12)がやや大きく、反射率がやや低いことが分かった。このことからφ=45°のPtもしくはAuコートミラー一枚で略直線偏光子として働くことが分かった。計測手法においてより高い直線偏光度を必要とする場合、透過率の大きな減少をまねくが、(1−ρ12)をより大きくするためにさらにミラー枚数を追加しても良い。シミュレーションした各種コート材料の反射率と(1−ρ12)のスペクトルを図3、4にそれぞれ示す。また高い透過率が必要な場合はSiCの利用も考えられる。
【0016】
次に位相子部のシミュレーション結果の説明をする。まず位相子を構築するミラーの枚数は3枚以上である。これは位相子を面内回転させても、出射光位置を保存させるために必須の枚数である。今回は透過率を出来るだけ大きくするために3枚鏡を選択した。それぞれの入射角度をα、β、αとする。ここで出射光位置の保存からβ=2α−90の関係が成り立つ。ミラーは平面鏡を用いる。
位相子部のミラーコート材料候補であるAl、SiCのいくつかのα、βの組でのシミュレーションを式(1)から行った結果として、図5に透過率を、図6に円偏光度を決めるρsinΔのスペクトルを示す。この結果からSiCよりもAlの方が明らかに透過率、ρsinΔの両面で優れていることが判明した。またAlでも入射角度を大きくすることで短波長領域での反射率が増加し、例えばHeランプの出射波長である58.5nmでも充分な反射率を示すことが明らかになった。
【0017】
本発明の反射型円偏光素子は、上記偏光子と回転位相子との組み合わせである。偏光子の最適条件としてPtコート(φ=45°)を選択し、位相子としてAl、SiCコートでいくつかのα、βの組みを選択したときの素子全体の透過率と位相子の面内角度θ2=45°の時の円偏光度(S3/S0)の波長変化のシミュレーション結果を図7、8にそれぞれ示す。
この結果から明らかなようにAlコートの3枚鏡を用いることで波長100nm以上の真空紫外域の透過率を素子全体で20%程度にまで大きくできる。これは既報のAuコートの0.3%程度の透過率の100倍程度である。また(α,β)=(75°,60°)にすることでHeランプの出射波長である58.5nmでも20%近い透過率が得られている。円偏光度も最大0.8程度が達成されている。(α,β)の角度は実際に必要な波長領域に応じて選択すべきである。例えば重水素ランプ(波長115nm以上)の利用では(α,β)=(70°,50°)にすることで波長200nmまでの市販のCD計で測定可能な領域までの円偏光利用が可能になる。Heランプ利用の際は(α,β)=(75°,60°)が最も良い。また(α,β)=(65°,40°)は従来素子では利用できない波長120nm程度(Lyman α線)で最も効率が良い。上記の様々な角度の組み合わせの位相子部を簡便に交換できるように設計することで、容易に利用できる波長領域を変えられるようにする。
この結果は従来の反射型装置と比べて著しく優れた結果である。例えば偏光解析用に一般的に用いられているAuコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での透過率と位相子の面内角度θ2=45°の時の円偏光度(S3/S0)の波長変化のシミュレーション結果を図9に示す。このように透過率では100〜200倍、円偏光度では10倍程度の大幅な増加が期待される。
【0018】
加えて重要な点として円偏光度の面内回転角度変化が挙げられる。図10、11に我々の素子でのいくつかの条件(波長、(α,β))での、図12にAuコート4枚鏡の偏光子(φ=70°)、位相子(α=78°)での強度(S0)と円偏光度(S3/S0)の面内回転角度変化のシミュレーション結果をそれぞれ示す。これもあきらかなように我々の素子では(α,β)を最適化することで、波長58.5nmにおいてもプラスマイナス10%程度の強度の変化と正弦関数に近似した円偏光度の角度変化が得られている。これはCDの変調計測時において非常に重要であり、これによるベースラインの減少・平滑化などからCD計測感度が大幅に向上する。これに対してAuコート4枚鏡の偏光子と位相子では強度S0が途中で非常に小さくなる効果によって、正弦関数とは大きくかけ離れた結果となる。このような角度変化をする素子では、例えば放射光源のような強力な光源を用いたとしても変調法によるCD計測は困難であると予測される。
【0019】
このように、本発明により、放射光よりも光強度の低いランプ光源でも反射型素子による円偏光利用、特に変調計測手法を用いたCDスペクトル測定などが真空紫外領域において可能であることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
分光分析手法として一般に広く用いられているCDスペクトル計測装置用の偏光変調機構として利用できる。本装置を一般の真空紫外分光装置に組み込むことで、従来の市販装置では測定できない真空紫外領域でのCD測定やエリプソメトリーが放射光源を用いずとも可能になる。
光電子分光ならびに光電子顕微鏡用の光源として一般に用いられているHeランプにも本装置を組み込むことで、真空紫外円偏光を発生させることができる。これにより、光電子スペクトルの円偏光二色性といった今まで計測されてこなかった新規の構造解析・表面分析手法を構築することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源からの光を略直線偏光状態にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光状態にする位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、
前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、
前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組で構成され、それら平面鏡の反射で略直線偏光を略円偏光もしくは略直線偏光状態にすることを特徴とする反射型偏光変調素子。
【請求項2】
前記偏光子部は金属鏡として軸外放物面鏡を備え、当該軸外放物面鏡での反射により、入射光を略直線偏光に偏光し、かつ平行光にして位相子部に入射させることを特徴とする請求項1記載の反射型偏光変調素子。
【請求項3】
前記位相子部は、3枚の平面鏡を備え、3枚の平面鏡で3回反射させることにより略直線偏光を略円偏光など任意の偏光状態にすることを特徴とする請求項1〜2の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項4】
前記位相子部は、入射光に垂直な面内で回転させる位相子部回転機構を備え、位相子部の平面鏡の組を面内回転させることにより偏光変調することを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項5】
前記偏光子部の軸外放物面鏡として、Pt又はAuでコーティングされたものを使用することにより、高い直線偏光度を達成することを特徴とする請求項4記載の反射型偏光変調素子。
【請求項6】
前記位相子部の平面鏡として、Al又はSiCでコーティングされたものを使用することにより、偏光子部からの略直線偏光を高い円偏光度で変換すること、ならびに高い透過率を達成することを特徴とする請求項4〜5の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項7】
前記位相子部回転機構は、真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで真空容器内の平面鏡の組を回転させることを特徴とする請求項4〜6の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項8】
前記位相子部回転機構は、磁気シールユニットを介して真空容器中に動力を伝播させ真空容器内のギア駆動により平面鏡の組を回転させることを特徴とする請求項4〜6の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項1】
光源からの光を略直線偏光状態にする偏光子部と、偏光子部からの略直線偏光を略円偏光または略直線偏光状態にする位相子部とを備えた反射型偏光変調素子において、
前記偏光子部は、金属鏡を備え、当該金属鏡による反射で入射光を略直線偏光状態にして位相子部に入射させ、
前記位相子部は、位相子部への入射光と透過光の光軸が一致するように配置された平面鏡の組で構成され、それら平面鏡の反射で略直線偏光を略円偏光もしくは略直線偏光状態にすることを特徴とする反射型偏光変調素子。
【請求項2】
前記偏光子部は金属鏡として軸外放物面鏡を備え、当該軸外放物面鏡での反射により、入射光を略直線偏光に偏光し、かつ平行光にして位相子部に入射させることを特徴とする請求項1記載の反射型偏光変調素子。
【請求項3】
前記位相子部は、3枚の平面鏡を備え、3枚の平面鏡で3回反射させることにより略直線偏光を略円偏光など任意の偏光状態にすることを特徴とする請求項1〜2の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項4】
前記位相子部は、入射光に垂直な面内で回転させる位相子部回転機構を備え、位相子部の平面鏡の組を面内回転させることにより偏光変調することを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項5】
前記偏光子部の軸外放物面鏡として、Pt又はAuでコーティングされたものを使用することにより、高い直線偏光度を達成することを特徴とする請求項4記載の反射型偏光変調素子。
【請求項6】
前記位相子部の平面鏡として、Al又はSiCでコーティングされたものを使用することにより、偏光子部からの略直線偏光を高い円偏光度で変換すること、ならびに高い透過率を達成することを特徴とする請求項4〜5の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項7】
前記位相子部回転機構は、真空容器内外に磁石を配置し、外部磁石をモーターで回転させることで真空容器内の平面鏡の組を回転させることを特徴とする請求項4〜6の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【請求項8】
前記位相子部回転機構は、磁気シールユニットを介して真空容器中に動力を伝播させ真空容器内のギア駆動により平面鏡の組を回転させることを特徴とする請求項4〜6の何れか一項に記載の反射型偏光変調素子。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図1】
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図1】
【図2】
【公開番号】特開2012−93602(P2012−93602A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−241730(P2010−241730)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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