反強磁性ハーフメタリック半導体
【課題】反強磁性を有し、且つハーフメタリックな新規なスピントロニクス材料である反強磁性ハーフメタリック半導体を提供する。
【解決手段】本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される。
【解決手段】本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反強磁性を有し、且つ一方の向きの電子スピン状態で金属としての性質を示すのに対して他方の向きの電子スピン状態で絶縁体或いは半導体としての性質を示すハーフメタリックな反強磁性ハーフメタリック半導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、強磁性を有するハーフメタリック磁性体(以下、ハーフメタリック強磁性体という)としては、ホイスラー合金、ペロブスカイト型マンガン酸化物、閃亜鉛鉱型CrAs、希薄磁性半導体等が知られている。近年、電子の電荷とスピンを利用した半導体材料、即ちスピントロニクス材料の研究が進められており、閃亜鉛鉱型CrAs及び希薄磁性半導体はスピントロニクス材料に含まれる。希薄磁性半導体としては、例えば(In,Mn)Asや(Ga,Mn)Asが知られている。
これに対し、反強磁性を有するハーフメタリック磁性体(以下、ハーフメタリック反強磁性体という)は、1995年にド・グルート達によって存在の可能性が指摘され(非特許文献1参照)、その後、ピケットによって電子状態計算からダブルペロフスカイト構造を有するLa2VCuO6及びLa2MnVO6が提案された(非特許文献2参照)。
【0003】
尚、種々のスピントロニクス材料が提案されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【非特許文献1】H.van Leuken and de Groot, Phys.Rev.Lett.74(1995) 1171
【非特許文献2】W.Picket, Phys.Rev.Lett.77(1996) 3185
【特許文献1】特許第3537086号公報
【特許文献2】特開2003−137698号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ピケットによって提案されたハーフメタリック反強磁性体は、遷移金属酸化物をベースとした金属間化合物であって、半導体をベースとしたスピントロニクス材料ではない。スピントロニクス材料としてのハーフメタリック反強磁性体については、提案された事実も製造された事実もない。
そこで本発明の目的は、反強磁性を有し、且つハーフメタリックな新規なスピントロニクス材料である反強磁性ハーフメタリック半導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される。
【0006】
第1の具体的構成において、添加する磁性元素は2種類であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である。
前記2種類の磁性元素は、TiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0007】
上述の如く半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加することによって反強磁性及びハーフメタリックが発現する理由は次のように考えられる。以下の説明では、2種類の磁性元素をV及びCoとする。このとき、母体とするカルコゲナイド半導体は、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子の数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子の数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
図19及び図20はそれぞれ、VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線、及びVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わしている。又、図21及び図22はそれぞれ、VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線、及びVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わしている。図中の縦軸はエネルギーの大きさを表わしており、縦軸よりも左側の曲線が上向きスピン電子の状態密度曲線、右側の曲線が下向きスピン電子の状態密度を表わしている。又、図中の斜線のハッチングは3d軌道に電子が収容されていることを表わしている。
【0008】
VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、図19に細線の矢印で示す如く、V及びCoの上向きスピン電子及び下向きスピン電子がそれぞれ、VとCoの間で電子数に応じたエネルギー差を有する2つの状態を移動してVとCoが結合し、結合後の上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は、図20に示す如き曲線となる。このとき、電子の運動エネルギーは全体として僅かに低下する。この様に、VとCoが互いに磁気モーメントを平行に揃えて結合する強磁性的結合は、超交換相互作用により電子の運動エネルギーが低下して安定すると考えられる。
これに対し、VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、図21に細線の矢印で示す如く、VとCoの上向きスピン電子がVとCoの間でエネルギー差のない2つの状態を移動してVとCoが結合し、結合後の上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は、図22に示す如き曲線となる。このとき、電子の運動エネルギーは全体として低下する。この様に、VとCoが互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合する反強磁性的結合は、二重交換相互作用により電子の運動エネルギーが低下して安定すると考えられる。
一般に、二重交換相互作用は超交換相互作用よりも強い。従って、強磁性的結合よりも反強磁性的結合が安定となり、VとCoは互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合すると考えられる。ここで、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じであるので、VイオンとCoイオンの磁気モーメントが互いに打ち消しあって反強磁性が発現することになると考えられる。
【0009】
又、図19に示す如くVとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、VとCoの上向きスピン電子のエネルギー差、及びVとCoの下向きスピン電子のエネルギー差は比較的小さいため、V及びCoの上向きスピン電子及び下向きスピン電子がそれぞれVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図20に示す如き曲線となる。同図の如く、フェルミエネルギーEF付近での上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもゼロより大きくなり、ハーフメタリックは発現しないと考えられる。
これに対し、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、VとCoの下向きスピン電子のエネルギー差が大きいためにVとCoの間で下向きスピン電子の移動が起こり難く、上向きスピン電子のみがVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図22に示す如き曲線となる。同図の如く、下向きスピン電子の状態密度はゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーEFが存在することとなる一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギーEF付近でゼロよりも大きくなる。即ち、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現することになると考えられる。
上述の如く反強磁性及びハーフメタリックが発現することは、第1原理電子状態計算により確認されている。
【0010】
尚、2種類の磁性元素の内、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が同じである場合には上述の如く反強磁性が発現するが、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が完全に同じではなく略同じである場合には、2種類の磁性元素の磁気モーメントの大きさが僅かに異なるため、全体として僅かに磁性を有するフェリ磁性が発現することになると考えられる。本願明細書においては、「反強磁性」に、僅かに磁性を有する「フェリ磁性」が含まれるものとする。
【0011】
第2の具体的構成において、添加する磁性元素は3種類であって、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である。
前記3種類の磁性元素は、TiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0012】
上記具体的構成においては、3種類の磁性元素の内、2種類の磁性元素は互いに磁気モーメントを平行に揃えて強磁性的に結合し、該2種類の磁性元素と他の1種類の磁性元素は互いに磁気モーメントを反平行に揃えて反強磁性的に結合する。ここで、該2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数が同じ或いは略同じであるので、2種類の磁性元素を添加する第1の具体的構成と同様に、反強磁性が発現することになる。
3種類の磁性元素がTiとVとNiである場合、TiとVは強磁性的に結合する一方、Ti及びVとNiは反強磁性的に結合し、TiとVとCoである場合には、TiとVは強磁性的に結合する一方、Ti及びVとCoは反強磁性的に結合する。又、TiとNiとCoである場合には、NiとCoは強磁性的に結合する一方、TiとNi及びCoは反強磁性的に結合し、VとNiとCoである場合には、NiとCoは強磁性的に結合する一方、VとNi及びCoは反強磁性的に結合する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体によれば、反強磁性を有し、且つハーフメタリックである新規なスピントロニクス材料を実現することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態につき、図面に沿って具体的に説明する。
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とし、母体とするカルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部が、d電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素で置換されているものである。
【0015】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、基板上に母体となるカルコゲナイド半導体薄膜を成長させると同時に、d電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を数%ずつ添加して作製される。
又、薄膜成長方法としては、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法、レーザMBE法、低温MBE法、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapour Deposition)法等、周知の薄膜成長方法を採用することが可能である。
更に、添加する磁性元素は、例えば2種類の遷移金属元素であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数であるTiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群から選ばれた1つの組合せである。特に、VとCo、或いはCrとFeの組合せでは、全体としての磁化が消え、且つフェルミ面における電子が100%スピン偏極しており、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。又、3種類の遷移金属元素を用いることも可能であって、3種類の遷移金属元素は、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数であるTiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0016】
上述の製造方法によれば、半導体薄膜が成長する過程でカルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部が2種類以上の磁性元素で置換されて、反強磁性を有し、且つハーフメタリックな反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
【0017】
反強磁性及びハーフメタリックが発現する理由は次のように考えられる。以下の説明では、2種類の磁性元素をV及びCoとする。このとき、母体とするカルコゲナイド半導体はII−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子の数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子の数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
図19に示す如くVとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、超交換相互作用によって強磁性的結合が安定すると考えられる一方、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、二重交換相互作用によって反強磁性的結合が安定すると考えられる。一般に、二重交換相互作用は超交換相互作用よりも強い。従って、強磁性的結合よりも反強磁性的結合が安定となり、VとCoは互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合すると考えられる。ここで、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じであるので、VイオンとCoイオンの磁気モーメントが互いに打ち消しあって反強磁性が発現することになると考えられる。
又、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、VとCoの下向きスピン電子のエネルギー差が大きいためにVとCoの間で下向きスピン電子の移動が起こり難く、上向きスピン電子のみがVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図22に示す如き曲線となる。同図の如く、下向きスピン電子の状態密度はゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーEFが存在することとなる一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギーEF付近でゼロよりも大きくなる。即ち、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現することになると考えられる。
反強磁性及びハーフメタリックが発現することは、第1原理電子状態計算により確認されている。
【0018】
尚、2種類の磁性元素の内、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が同じである場合には上述の如く反強磁性が発現するが、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が完全に同じではなく略同じである場合には、2種類の磁性元素の磁気モーメントの大きさが僅かに異なるため、全体として僅かに磁性を有するフェリ磁性が発現することになると考えられる。又、フェルミ面における電子のスピン偏極が100%ではなく、完全なハーフメタリックが発現しない場合もある。しかしながら、この様な場合にも実用的なスピンエレクトロニクス材料としては十分に使用が可能である。例えば、(Cd0.9Cr0.05Co0.05)Sはフェリ磁性を有するものとなる。但し、CrとCoの濃度を調整することによって、反強磁性を有するものを得ることが出来る。
【0019】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、外部磁場の影響を受けない反強磁性を有しているので、外部磁場の影響を受ける強磁性スピントロニクス材料とは異なるデバイスへの応用が期待される。例えば、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、センサー、スピン注入素子、光磁気デバイス、スピントランジスタ、スピンFET、単一スピン超伝導体等への応用が考えられる。又、形状磁気異方性が殆どないので、電流注入等によって容易に磁区反転が出来る。本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体はハーフメタリックであるので、半導体スイッチング素子に応用した場合には、高いスイッチング速度を得ることが出来る。
【0020】
第1実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Sで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdSは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子の数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子の数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdS薄膜を成長させると同時に、CrガスとFeガスを基板に向けて照射してCr及びFeを5%ずつ添加する。このとき、例えば、基板温度は150〜200℃、カドミウム分子線のビーム圧力は2.5×10−5〜8×10−5Pa、S分子線のビーム圧力は1.5×10−4〜12×10−4Paに設定される。又、Cr及びFeのガス圧は、例えば2.5×10−6〜15×10−6Paに設定される。
【0021】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1原理電子状態計算を行なった。ここで、第1原理電子状態計算の手法としては、KKR(Korringa-Kohn-Rostoker)法(グリーン関数法とも呼ばれる)と、CPA(Coherent-Potential Approximation:コヒーレント・ポテンシャル近似)法と、LDA(Local-Density Approximation:局所密度近似)法とを組み合わせた公知のKKR−CPA−LDA法を採用した。
図1乃至図3はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態、及び局所磁気モーメントの向きが不規則なスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図3は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
【0022】
反強磁性状態では、図1に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している。一方、下向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。この様に、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現していると言える。
【0023】
このとき、CrイオンとFeイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には4と6であり、Crイオンの3d電子数とFeイオンの正孔数は共に4つと同じである。そして、Feイオンの3d電子のうち、上向きスピン電子は、ハーフメタリックの価電子バンドを満たしており、一方、下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っている。そして、Feイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値と、Feイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値との和が、Feイオンの3d電子の数(即ち、6)となり、Feイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は整数値となるので、Feの下向きスピン電子状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値も整数値である。一方、Crイオンの下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っており、Crイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は、Crイオンの3d電子の数(即ち、4)となる。この様にして、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
【0024】
これに対し、強磁性状態では、図2に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図3に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0025】
又、上述の状態密度曲線から、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.571mRy、0.186mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性状態から常磁性状態に移行する反強磁性転移温度(ネール温度に相当)を計算すると601Kであった。ここで、反強磁性転移温度は、強磁性状態から常磁性状態に移行する強磁性転移温度(キュリー温度)を算出する公知の方法と同様に、スピングラス状態と反強磁性状態とのエネルギー差から平均場近似によって算出した。
【0026】
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、上述の如く、室温以上の高い反強磁性転移温度(601K)を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0027】
第2実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Sで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdSは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdS薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0028】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図4乃至図6はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図6は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図4に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、下向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じである。そして、Coイオンの3d電子のうち、上向きスピン電子は、ハーフメタリックの価電子バンドを満たしており、一方、下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っている。そして、Coイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値と、Coイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値との和が、Coイオンの3d電子の数(即ち、7)となり、Coイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は整数値となるので、Coの下向きスピン電子状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値も整数値である。一方、Vイオンの下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っており、Vイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は、Vイオンの3d電子の数(即ち、3)となる。この様にして、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図5に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図6に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0029】
又、上述の状態密度曲線から、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.624mRy、0.004mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると657Kであり、第1実施例よりも高い反強磁性転移温度を得ることが出来た。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0030】
第3実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Seで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdSeは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdSe薄膜を成長させると同時に、CrとFeを5%ずつ添加する。
【0031】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図7乃至図9はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図9は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図7に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。尚、第3実施例において、下向きスピン電子の側が半導体的であり、上向きスピン電子の側が金属的であるが、第1実施例及び第2実施例においては、上向きスピン電子の側が半導体的であり、下向きスピン電子の側が金属的であった。何れの向きのスピン電子を半導体的、或いは金属的にするのかは、任意に変更することが出来る。
このとき、第1実施例と同様に、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図8に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図9に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0032】
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.264mRy、0.104mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると278Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温付近の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0033】
第4実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Seで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdSeは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdSe薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0034】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図10乃至図12はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図12は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図10に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第2実施例と同様に、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図11に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図12に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0035】
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.302mRy、−0.008mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると317Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0036】
第5実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Teで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdTeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdTeは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdTe薄膜を成長させると同時に、CrとFeを5%ずつ添加する。
【0037】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図13乃至図15はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図15は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
図13は、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態での状態密度曲線を表わしている。図中に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第1実施例と同様に、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図14に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図15に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.228mRy、−0.066mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると240Kであり、室温よりも低温となった。
【0038】
第6実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Teで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdTeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdTeは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdTe薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0039】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図16乃至図18はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図18は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図16に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第2実施例と同様に、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図17に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図18に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.344mRy、−0.034mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると362Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0040】
上記の様に、何れの実施例においても、フェルミ面における電子が100%スピン偏極し、且つ、全体としては磁化がない完全な反強磁性ハーフメタリックの性質を示している。特に、CdS、或いはCdSeを母体とするハーフメタリック半導体では、CdTeを母体とするものに比べて高い反強磁性転移温度が得られている。
これは、CdS、或いはCdSeの有するバンドギャップが、CdTeの有するバンドギャップに比べて大きいことによるものと考えられる。即ち、CdS、或いはCdSeを母体とするハーフメタリックでは、CdTeを母体とするものに比べて、CrとFe、或いはVとCoによる不純物バンドが、母体とする半導体の価電子バンド、及び伝導電子バンドから離れて出現することとなる。従って、母体とする半導体の価電子が不純物バンドに移り難く、CrイオンとFeイオン、或いはVイオンとCoイオンの3d電子による磁気構造は乱されることがなく、強い反強磁性結合を保持することが出来る。
又、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体のうち、既にCdMnTは光アイソレータとして広く用いられており、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体の製造装置、及び製造方法は既に普及していると考えられる。従って、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とするハーフメタリックの実用化の可能性は、極めて高い。又、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とするハーフメタリック半導体の製造方法としては、上記レーザMBE法の他にもスパッタ法を採用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Sで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図2】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図3】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図4】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Sで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図5】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図6】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図7】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Seで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図8】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図9】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図10】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Seで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図11】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図12】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図13】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Teで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図14】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図15】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図16】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Teで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図17】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図18】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図19】VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線を表わす図である。
【図20】上記場合にVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わす図である。
【図21】VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線を表わす図である。
【図22】上記場合にVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わす図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、反強磁性を有し、且つ一方の向きの電子スピン状態で金属としての性質を示すのに対して他方の向きの電子スピン状態で絶縁体或いは半導体としての性質を示すハーフメタリックな反強磁性ハーフメタリック半導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、強磁性を有するハーフメタリック磁性体(以下、ハーフメタリック強磁性体という)としては、ホイスラー合金、ペロブスカイト型マンガン酸化物、閃亜鉛鉱型CrAs、希薄磁性半導体等が知られている。近年、電子の電荷とスピンを利用した半導体材料、即ちスピントロニクス材料の研究が進められており、閃亜鉛鉱型CrAs及び希薄磁性半導体はスピントロニクス材料に含まれる。希薄磁性半導体としては、例えば(In,Mn)Asや(Ga,Mn)Asが知られている。
これに対し、反強磁性を有するハーフメタリック磁性体(以下、ハーフメタリック反強磁性体という)は、1995年にド・グルート達によって存在の可能性が指摘され(非特許文献1参照)、その後、ピケットによって電子状態計算からダブルペロフスカイト構造を有するLa2VCuO6及びLa2MnVO6が提案された(非特許文献2参照)。
【0003】
尚、種々のスピントロニクス材料が提案されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【非特許文献1】H.van Leuken and de Groot, Phys.Rev.Lett.74(1995) 1171
【非特許文献2】W.Picket, Phys.Rev.Lett.77(1996) 3185
【特許文献1】特許第3537086号公報
【特許文献2】特開2003−137698号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ピケットによって提案されたハーフメタリック反強磁性体は、遷移金属酸化物をベースとした金属間化合物であって、半導体をベースとしたスピントロニクス材料ではない。スピントロニクス材料としてのハーフメタリック反強磁性体については、提案された事実も製造された事実もない。
そこで本発明の目的は、反強磁性を有し、且つハーフメタリックな新規なスピントロニクス材料である反強磁性ハーフメタリック半導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される。
【0006】
第1の具体的構成において、添加する磁性元素は2種類であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である。
前記2種類の磁性元素は、TiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0007】
上述の如く半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加することによって反強磁性及びハーフメタリックが発現する理由は次のように考えられる。以下の説明では、2種類の磁性元素をV及びCoとする。このとき、母体とするカルコゲナイド半導体は、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子の数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子の数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
図19及び図20はそれぞれ、VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線、及びVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わしている。又、図21及び図22はそれぞれ、VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線、及びVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わしている。図中の縦軸はエネルギーの大きさを表わしており、縦軸よりも左側の曲線が上向きスピン電子の状態密度曲線、右側の曲線が下向きスピン電子の状態密度を表わしている。又、図中の斜線のハッチングは3d軌道に電子が収容されていることを表わしている。
【0008】
VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、図19に細線の矢印で示す如く、V及びCoの上向きスピン電子及び下向きスピン電子がそれぞれ、VとCoの間で電子数に応じたエネルギー差を有する2つの状態を移動してVとCoが結合し、結合後の上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は、図20に示す如き曲線となる。このとき、電子の運動エネルギーは全体として僅かに低下する。この様に、VとCoが互いに磁気モーメントを平行に揃えて結合する強磁性的結合は、超交換相互作用により電子の運動エネルギーが低下して安定すると考えられる。
これに対し、VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、図21に細線の矢印で示す如く、VとCoの上向きスピン電子がVとCoの間でエネルギー差のない2つの状態を移動してVとCoが結合し、結合後の上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は、図22に示す如き曲線となる。このとき、電子の運動エネルギーは全体として低下する。この様に、VとCoが互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合する反強磁性的結合は、二重交換相互作用により電子の運動エネルギーが低下して安定すると考えられる。
一般に、二重交換相互作用は超交換相互作用よりも強い。従って、強磁性的結合よりも反強磁性的結合が安定となり、VとCoは互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合すると考えられる。ここで、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じであるので、VイオンとCoイオンの磁気モーメントが互いに打ち消しあって反強磁性が発現することになると考えられる。
【0009】
又、図19に示す如くVとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、VとCoの上向きスピン電子のエネルギー差、及びVとCoの下向きスピン電子のエネルギー差は比較的小さいため、V及びCoの上向きスピン電子及び下向きスピン電子がそれぞれVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図20に示す如き曲線となる。同図の如く、フェルミエネルギーEF付近での上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもゼロより大きくなり、ハーフメタリックは発現しないと考えられる。
これに対し、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、VとCoの下向きスピン電子のエネルギー差が大きいためにVとCoの間で下向きスピン電子の移動が起こり難く、上向きスピン電子のみがVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図22に示す如き曲線となる。同図の如く、下向きスピン電子の状態密度はゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーEFが存在することとなる一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギーEF付近でゼロよりも大きくなる。即ち、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現することになると考えられる。
上述の如く反強磁性及びハーフメタリックが発現することは、第1原理電子状態計算により確認されている。
【0010】
尚、2種類の磁性元素の内、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が同じである場合には上述の如く反強磁性が発現するが、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が完全に同じではなく略同じである場合には、2種類の磁性元素の磁気モーメントの大きさが僅かに異なるため、全体として僅かに磁性を有するフェリ磁性が発現することになると考えられる。本願明細書においては、「反強磁性」に、僅かに磁性を有する「フェリ磁性」が含まれるものとする。
【0011】
第2の具体的構成において、添加する磁性元素は3種類であって、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である。
前記3種類の磁性元素は、TiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0012】
上記具体的構成においては、3種類の磁性元素の内、2種類の磁性元素は互いに磁気モーメントを平行に揃えて強磁性的に結合し、該2種類の磁性元素と他の1種類の磁性元素は互いに磁気モーメントを反平行に揃えて反強磁性的に結合する。ここで、該2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数が同じ或いは略同じであるので、2種類の磁性元素を添加する第1の具体的構成と同様に、反強磁性が発現することになる。
3種類の磁性元素がTiとVとNiである場合、TiとVは強磁性的に結合する一方、Ti及びVとNiは反強磁性的に結合し、TiとVとCoである場合には、TiとVは強磁性的に結合する一方、Ti及びVとCoは反強磁性的に結合する。又、TiとNiとCoである場合には、NiとCoは強磁性的に結合する一方、TiとNi及びCoは反強磁性的に結合し、VとNiとCoである場合には、NiとCoは強磁性的に結合する一方、VとNi及びCoは反強磁性的に結合する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体によれば、反強磁性を有し、且つハーフメタリックである新規なスピントロニクス材料を実現することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態につき、図面に沿って具体的に説明する。
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とし、母体とするカルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部が、d電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素で置換されているものである。
【0015】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、基板上に母体となるカルコゲナイド半導体薄膜を成長させると同時に、d電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を数%ずつ添加して作製される。
又、薄膜成長方法としては、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法、レーザMBE法、低温MBE法、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapour Deposition)法等、周知の薄膜成長方法を採用することが可能である。
更に、添加する磁性元素は、例えば2種類の遷移金属元素であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数であるTiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群から選ばれた1つの組合せである。特に、VとCo、或いはCrとFeの組合せでは、全体としての磁化が消え、且つフェルミ面における電子が100%スピン偏極しており、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。又、3種類の遷移金属元素を用いることも可能であって、3種類の遷移金属元素は、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数であるTiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである。
【0016】
上述の製造方法によれば、半導体薄膜が成長する過程でカルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部が2種類以上の磁性元素で置換されて、反強磁性を有し、且つハーフメタリックな反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
【0017】
反強磁性及びハーフメタリックが発現する理由は次のように考えられる。以下の説明では、2種類の磁性元素をV及びCoとする。このとき、母体とするカルコゲナイド半導体はII−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子の数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子の数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
図19に示す如くVとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合には、超交換相互作用によって強磁性的結合が安定すると考えられる一方、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、二重交換相互作用によって反強磁性的結合が安定すると考えられる。一般に、二重交換相互作用は超交換相互作用よりも強い。従って、強磁性的結合よりも反強磁性的結合が安定となり、VとCoは互いに磁気モーメントを反平行に揃えて結合すると考えられる。ここで、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じであるので、VイオンとCoイオンの磁気モーメントが互いに打ち消しあって反強磁性が発現することになると考えられる。
又、図21に示す如くVとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合には、VとCoの下向きスピン電子のエネルギー差が大きいためにVとCoの間で下向きスピン電子の移動が起こり難く、上向きスピン電子のみがVとCoの間を移動して、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は図22に示す如き曲線となる。同図の如く、下向きスピン電子の状態密度はゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーEFが存在することとなる一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギーEF付近でゼロよりも大きくなる。即ち、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現することになると考えられる。
反強磁性及びハーフメタリックが発現することは、第1原理電子状態計算により確認されている。
【0018】
尚、2種類の磁性元素の内、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が同じである場合には上述の如く反強磁性が発現するが、一方の磁性元素のd電子数と他方の磁性元素の正孔数が完全に同じではなく略同じである場合には、2種類の磁性元素の磁気モーメントの大きさが僅かに異なるため、全体として僅かに磁性を有するフェリ磁性が発現することになると考えられる。又、フェルミ面における電子のスピン偏極が100%ではなく、完全なハーフメタリックが発現しない場合もある。しかしながら、この様な場合にも実用的なスピンエレクトロニクス材料としては十分に使用が可能である。例えば、(Cd0.9Cr0.05Co0.05)Sはフェリ磁性を有するものとなる。但し、CrとCoの濃度を調整することによって、反強磁性を有するものを得ることが出来る。
【0019】
本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体は、外部磁場の影響を受けない反強磁性を有しているので、外部磁場の影響を受ける強磁性スピントロニクス材料とは異なるデバイスへの応用が期待される。例えば、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、センサー、スピン注入素子、光磁気デバイス、スピントランジスタ、スピンFET、単一スピン超伝導体等への応用が考えられる。又、形状磁気異方性が殆どないので、電流注入等によって容易に磁区反転が出来る。本発明に係る反強磁性ハーフメタリック半導体はハーフメタリックであるので、半導体スイッチング素子に応用した場合には、高いスイッチング速度を得ることが出来る。
【0020】
第1実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Sで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdSは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子の数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)よりも少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子の数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdS薄膜を成長させると同時に、CrガスとFeガスを基板に向けて照射してCr及びFeを5%ずつ添加する。このとき、例えば、基板温度は150〜200℃、カドミウム分子線のビーム圧力は2.5×10−5〜8×10−5Pa、S分子線のビーム圧力は1.5×10−4〜12×10−4Paに設定される。又、Cr及びFeのガス圧は、例えば2.5×10−6〜15×10−6Paに設定される。
【0021】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1原理電子状態計算を行なった。ここで、第1原理電子状態計算の手法としては、KKR(Korringa-Kohn-Rostoker)法(グリーン関数法とも呼ばれる)と、CPA(Coherent-Potential Approximation:コヒーレント・ポテンシャル近似)法と、LDA(Local-Density Approximation:局所密度近似)法とを組み合わせた公知のKKR−CPA−LDA法を採用した。
図1乃至図3はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態、及び局所磁気モーメントの向きが不規則なスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図3は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
【0022】
反強磁性状態では、図1に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している。一方、下向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。この様に、上向きスピン電子の状態は半導体としての性質を表わす一方、下向きスピン電子の状態は金属としての性質を表わしており、ハーフメタリックが発現していると言える。
【0023】
このとき、CrイオンとFeイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には4と6であり、Crイオンの3d電子数とFeイオンの正孔数は共に4つと同じである。そして、Feイオンの3d電子のうち、上向きスピン電子は、ハーフメタリックの価電子バンドを満たしており、一方、下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っている。そして、Feイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値と、Feイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値との和が、Feイオンの3d電子の数(即ち、6)となり、Feイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は整数値となるので、Feの下向きスピン電子状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値も整数値である。一方、Crイオンの下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っており、Crイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は、Crイオンの3d電子の数(即ち、4)となる。この様にして、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
【0024】
これに対し、強磁性状態では、図2に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図3に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0025】
又、上述の状態密度曲線から、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.571mRy、0.186mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性状態から常磁性状態に移行する反強磁性転移温度(ネール温度に相当)を計算すると601Kであった。ここで、反強磁性転移温度は、強磁性状態から常磁性状態に移行する強磁性転移温度(キュリー温度)を算出する公知の方法と同様に、スピングラス状態と反強磁性状態とのエネルギー差から平均場近似によって算出した。
【0026】
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、上述の如く、室温以上の高い反強磁性転移温度(601K)を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0027】
第2実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Sで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdSは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdS薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0028】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図4乃至図6はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図6は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図4に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、下向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、VイオンとCoイオンの3d電子の数は、それぞれ、形式的には3と7であり、Vイオンの3d電子数とCoイオンの正孔数は共に3つと同じである。そして、Coイオンの3d電子のうち、上向きスピン電子は、ハーフメタリックの価電子バンドを満たしており、一方、下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っている。そして、Coイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値と、Coイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値との和が、Coイオンの3d電子の数(即ち、7)となり、Coイオンの上向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は整数値となるので、Coの下向きスピン電子状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値も整数値である。一方、Vイオンの下向きスピン電子は、ハーフメタリックの金属バンドに入っており、Vイオンの下向きスピン電子の状態密度をフェルミエネルギーまで積分した値は、Vイオンの3d電子の数(即ち、3)となる。この様にして、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図5に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図6に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0029】
又、上述の状態密度曲線から、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.624mRy、0.004mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると657Kであり、第1実施例よりも高い反強磁性転移温度を得ることが出来た。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0030】
第3実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Seで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdSeは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdSe薄膜を成長させると同時に、CrとFeを5%ずつ添加する。
【0031】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図7乃至図9はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図9は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図7に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。尚、第3実施例において、下向きスピン電子の側が半導体的であり、上向きスピン電子の側が金属的であるが、第1実施例及び第2実施例においては、上向きスピン電子の側が半導体的であり、下向きスピン電子の側が金属的であった。何れの向きのスピン電子を半導体的、或いは金属的にするのかは、任意に変更することが出来る。
このとき、第1実施例と同様に、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図8に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図9に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0032】
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.264mRy、0.104mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると278Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温付近の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0033】
第4実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Seで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdSeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdSeは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdSe薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0034】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図10乃至図12はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図12は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図10に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第2実施例と同様に、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図11に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図12に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
【0035】
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.302mRy、−0.008mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると317Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0036】
第5実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Teで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdTeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるCrとFeで置換されている。母体とするCdTeは、II−VI族化合物半導体であるから、Crイオンの3d電子数は形式的には4であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Feイオンの3d電子数は形式的には6であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdTe薄膜を成長させると同時に、CrとFeを5%ずつ添加する。
【0037】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図13乃至図15はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はCrの3d軌道位置での局所状態密度、破線はFeの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図15は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
図13は、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態での状態密度曲線を表わしている。図中に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第1実施例と同様に、FeとCrが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図14に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図15に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.228mRy、−0.066mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると240Kであり、室温よりも低温となった。
【0038】
第6実施例
本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Teで表わされ、II−VI族化合物半導体であるCdTeが含有するII族元素成分、即ちカドミウム成分の一部が遷移金属元素であるVとCoで置換されている。母体とするCdTeは、II−VI族化合物半導体であるから、Vイオンの3d電子数は形式的には3であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分(電子数5)より少ない(less than half)。一方、Coイオンの3d電子数は形式的には7であり、これは3d軌道の最大収容電子数の半分よりも多い(more than half)。
該希薄反強磁性ハーフメタリック半導体の製造方法においては、GaAs(100)基板上にレーザMBE法によりCdTe薄膜を成長させると同時に、VとCoを5%ずつ添加する。
【0039】
本発明者は、上述の製造方法によってハーフメタリック及び反強磁性が発現することを確認すべく、第1実施例と同様に、第1原理電子状態計算を行なった。
図16乃至図18はそれぞれ、第1原理電子状態計算により得られた反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態での状態密度曲線を表わしている。図中の実線は全状態密度、点線はVの3d軌道位置での局所状態密度、破線はCoの3d軌道位置での局所状態密度を表わしている。尚、図18は、スピングラス状態での上向きスピン電子の状態密度曲線のみを表わしており、下向きスピン電子の状態密度曲線は、上向きスピン電子と同じであるので、図示を省略している。
反強磁性状態では、図16に実線で示す如く、下向きスピン電子の状態密度がゼロとなってバンドギャップGpが形成され、該バンドギャップ中にフェルミエネルギーが存在している一方、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックが発現していると言える。
このとき、第2実施例と同様に、VとCoが互いの磁気モーメントを打ち消し合い、全体としての磁化が消え、完全な反強磁性ハーフメタリック半導体が得られる。
これに対し、強磁性状態では、図17に実線で示す如く、上向きスピン電子及び下向きスピン電子の状態密度は何れもフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっており、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、スピングラス状態でも、図18に実線で示す如く、上向きスピン電子の状態密度はフェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなっている。又、下向きスピン電子の状態密度も、フェルミエネルギー付近でゼロよりも大きくなり、ハーフメタリックは発現していないと言える。
又、反強磁性状態、強磁性状態及びスピングラス状態の各状態での電子の運動エネルギーの総和を算出した。反強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和と、強磁性状態での電子の運動エネルギーの総和を、スピングラス状態での電子の運動エネルギーの総和と比較すると、それぞれ−0.344mRy、−0.034mRyであり、反強磁性状態での運動エネルギーが最も低かった。従って、反強磁性状態が最も安定であると言える。
更に、反強磁性転移温度を計算すると362Kであった。この様に、本実施例の希薄反強磁性ハーフメタリック半導体は、室温以上の高い反強磁性転移温度を有しているので、室温以上で動作を行なうデバイスに用いることが出来る。
【0040】
上記の様に、何れの実施例においても、フェルミ面における電子が100%スピン偏極し、且つ、全体としては磁化がない完全な反強磁性ハーフメタリックの性質を示している。特に、CdS、或いはCdSeを母体とするハーフメタリック半導体では、CdTeを母体とするものに比べて高い反強磁性転移温度が得られている。
これは、CdS、或いはCdSeの有するバンドギャップが、CdTeの有するバンドギャップに比べて大きいことによるものと考えられる。即ち、CdS、或いはCdSeを母体とするハーフメタリックでは、CdTeを母体とするものに比べて、CrとFe、或いはVとCoによる不純物バンドが、母体とする半導体の価電子バンド、及び伝導電子バンドから離れて出現することとなる。従って、母体とする半導体の価電子が不純物バンドに移り難く、CrイオンとFeイオン、或いはVイオンとCoイオンの3d電子による磁気構造は乱されることがなく、強い反強磁性結合を保持することが出来る。
又、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体のうち、既にCdMnTは光アイソレータとして広く用いられており、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体の製造装置、及び製造方法は既に普及していると考えられる。従って、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とするハーフメタリックの実用化の可能性は、極めて高い。又、カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体を母体とするハーフメタリック半導体の製造方法としては、上記レーザMBE法の他にもスパッタ法を採用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Sで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図2】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図3】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図4】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Sで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図5】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図6】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図7】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Seで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図8】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図9】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図10】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Seで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図11】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図12】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図13】組成式(Cd0.9Cr0.05Fe0.05)Teで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図14】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図15】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図16】組成式(Cd0.9V0.05Co0.05)Teで表わされる半導体の反強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図17】上記半導体の強磁性状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図18】上記半導体のスピングラス状態での電子状態密度を表わすグラフである。
【図19】VとCoが磁気モーメントを平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線を表わす図である。
【図20】上記場合にVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わす図である。
【図21】VとCoが磁気モーメントを反平行に揃えた場合のVとCoの状態密度曲線を表わす図である。
【図22】上記場合にVとCoが結合した後の状態密度曲線を表わす図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項2】
添加する磁性元素は2種類であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である請求項1に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項3】
前記2種類の磁性元素は、TiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群より選ばれた何れか1つの組合せである請求項2に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項4】
添加する磁性元素は3種類であって、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である請求項1に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項5】
前記3種類の磁性元素は、TiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである請求項4に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項6】
前記カルコゲナイド半導体は、CdS又はCdSeである請求項1乃至5の何れかに記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項1】
カドミウムを含有するカルコゲナイド半導体にd電子数が5より少ない磁性元素とd電子数が5より多い磁性元素とを含む2種類以上の磁性元素を添加して、前記カルコゲナイド半導体が含有するカドミウム成分の一部を前記2種類以上の磁性元素で置換することにより作製される反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項2】
添加する磁性元素は2種類であって、一方の磁性元素が有するd電子数と他方の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である請求項1に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項3】
前記2種類の磁性元素は、TiとNi、VとCo、CrとFe、TiとFe、TiとCo、VとFe、VとNi、CrとCo、及びCrとNiの群より選ばれた何れか1つの組合せである請求項2に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項4】
添加する磁性元素は3種類であって、2種類の磁性元素がそれぞれ有するd電子数の総数と該2種類の磁性元素以外の1種類の磁性元素が有する正孔数は同数或いは略同数である請求項1に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項5】
前記3種類の磁性元素は、TiとVとNi、TiとVとCo、TiとNiとCo、及びVとNiとCoの群より選ばれた何れか1つの組合せである請求項4に記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【請求項6】
前記カルコゲナイド半導体は、CdS又はCdSeである請求項1乃至5の何れかに記載の反強磁性ハーフメタリック半導体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2008−47624(P2008−47624A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−219951(P2006−219951)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
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