説明

口腔用組成物

【課題】従来からある抗菌剤、酵素阻害剤又は抗生物質を用いたう蝕抑制法では、口腔バイオフィルムの菌体外多糖が抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等の浸透を妨げるため、狙ったとおりのう蝕抑制効果を出すことが困難である。また、抗菌剤等の使用は耐性菌が出現する危険性が高いため、好ましくない。そのためう蝕原因菌のコントロールを行うのではなく、う蝕原因菌によるバイオフィルム形成の制御を行うことによる、より安全で効果の高いう蝕抑制方法の開発が求められていた。
【解決手段】クオラムセンシングを制御する組成物による虫歯バイオフィルム形成の阻害。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、う蝕予防に有用なバイオフィルム形成抑制口腔用組成物に関し、特に、口腔微生物のクオラムセンシングを利用することによる新規なバイオフィルム形成抑制方法を用いた口腔用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
物体の表面に付着した微生物は単独で存在しているのではなく、特徴ある構造の中で他の微生物とともにバイオフィルムを形成している。このバイオフィルムは、固定化微生物の利用に見られるように人間にとって有益に働く一方で、逆にう蝕や食品汚染を引き起こす原因となることも明らかとなり、近年盛んに研究がなされている。
【0003】
口腔バイオフィルムは700種類以上の細菌で構成され、1mg中に108個以上の菌が存在している。その中で多数(20%〜40%)を占めるStreptococciは、口腔表面でのダイナミックな細菌間活性物質を介した細菌間コミュニケーションのもとでバイオフィルムを形成している。なかでもStreptococcus mutans (S. mutans)は、粘着性のある菌体外多糖を産生し、病原性のあるバイオフィルム形成の中心的な役割を演じている。口腔バイオフィルムはう蝕や歯周病の原因になることが分かっており、これらの病気はS. mutansをはじめとする細菌による微生物感染症として捉えられてきている。
【0004】
従来のう蝕予防ではS. mutansを殺菌したり、又はグルコシルトランスフェラーゼ等の酵素を阻害してプラークの形成を防ぐことによりう蝕を抑制するという考え方が主流であった。しかし、実際のう蝕病巣では、バイオフィルム表層を覆う菌体外多糖により抗菌物質、酵素阻害物質又は抗生物質などの浸透が妨げられるため、思ったような効果が得られないことが多い。そのうえ、抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等の使用は耐性菌出現の危険性と常に隣り合わせである。また、ブラッシングやスケーリングなどの機械的除去によりバイオフィルムを抑制する方法もあるが、そのような機械的な口腔バイオフィルムのコントロールが困難な要介護高齢者などに対しては、現状の方法で的確な口腔ケアを実践することは難しい。
【0005】
これらの観点から、今までとは異なる切り口でのバイオフィルム除去、虫歯予防方法の開発が望まれている。また、口腔バイオフィルムのコントロールにおいては、日常習慣的に継続して実施することが望ましいため、ガムなどの食品および歯磨剤等の口腔用組成物を利用することが効果的である。
【0006】
新しい口腔バイオフィルム除去法の候補として、クオラムセンシングの阻害が挙げられる。近年、細菌相互間における情報伝達系の分子メカニズムであるクオラムセンシング(QS;細菌密度依存的遺伝子発現制御系)がS. mutansのバイオフィルムの形成や病原性発現に働いていることや、S. mutansのQSはオートインデューサーであるCompetence stimulating peptide(CSP)によりコントロールされていることが明らかになった。現在では、このQSをターゲットとしてバイオフィルムの形成や病原性の発現を制御する研究が、口腔疾患をはじめとした微生物感染症の予防方法開発に繋がると期待され、様々な研究が試みられているが、実用化にはまだ至っていない。
【0007】
例えば非特許文献1には、S.salivariusという菌がS.mutansのバイオフィルム形成を阻害する旨、及び特定の遺伝子の発現によりCSPを制御できる旨が開示されている。しかし、微生物を口腔内に導入することには安全性の問題があり、また、遺伝子発現の制御には多くの場合困難を伴う。そのため、より安全性が高く、かつ簡便なバイオフィルム形成阻害法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Oral Microbiology And Immunology, 2009 24(2) :pp152-61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来からある抗菌剤、酵素阻害剤又は抗生物質等を用いたう蝕抑制法では、口腔バイオフィルムの菌体外多糖が抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等の浸透を妨げるため、狙ったとおりのう蝕抑制効果を出すことが困難である。また、抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等の使用は耐性菌が出現する危険性が高いため、好ましくない。そのため、本発明は、う蝕原因菌のコントロールを行うのではなく、う蝕原因菌によるバイオフィルム形成の制御を行うことによる、より安全で効果の高いう蝕抑制用の口腔用組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意研究を進めた結果、クオラムセンシングを制御する組成物による虫歯バイオフィルム形成の阻害が可能であることを見出し、もって本発明を完成した。
【発明の効果】
【0011】
本発明の口腔用組成物により、う蝕原因菌のバイオフィルム形成が阻害される。これらの口腔用組成物は、飲食品、医薬品, 歯磨剤などに添加して、安全に虫歯の予防治療のために使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1においてcontrol群とsample群のそれぞれにおけるCSP誘導群とCSP非誘導群のバイオフォルム形成量を表すグラフ。
【図2】実施例1においてCSP誘導群とCSP非誘導群のそれぞれにおける植物抽出物を添加したときのバイオフォルム形成量の変化の割合を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
非特許文献1に記載されているような従来の研究により、S. mutansのクオラムセンシング(QS)が特定の微生物又は遺伝子発現により制御されることがわかっている。しかし、ガムなどの食品および歯磨剤等の口腔用組成物に配合して日常習慣的にう蝕バイオフィルムのコントロールを行うという観点からは、安全性や簡便性の面でクリアすべき課題が多く、これらのいずれのQS制御方法もまだ実用化には至っていない。
【0014】
これに対し、本発明者らは鋭意研究の結果、S. mutansのクオラムセンシングが日常的に安全に摂取できる特定の物質により制御されうることを発見し、もってクオラムセンシングを制御することによるう蝕バイオフィルムの形成阻害を実現した。
【0015】
すなわち、本発明は、豆類抽出物を含む口腔用組成物によりクオラムセンシングに関連する虫歯バイオフィルム形成を阻害することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る口腔用組成物によれば、CSP依存性のS. mutansのバイオフィルム形成が阻害されるため、病原性細菌は口腔内に付着することができない。そのため、ブラッシングやスケーリングなどの機械的な方法によらずにバイオフィルムの抑制が可能となる。
【0017】
また、従来の抗菌剤、酵素阻害剤又は抗生物質等を用いたう蝕抑制法のような、口腔バイオフィルムの菌体外多糖が抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等の浸透を妨げるためにう蝕抑制効果を出すことが困難であるという問題も、生じない。
【0018】
さらに、抗菌剤、酵素阻害剤、抗生物質等を使用せずにう蝕を抑制することができるため、抗菌物質や抗生物質に対する耐性菌が出現する可能性を抑えることができる。
【0019】
本発明で使用する豆類の種類は特に限定されないが、ササゲ、小豆、紫花豆、白花豆、クロインゲンマメ、キントキマメから選ばれる少なくとも1種類以上の豆類から抽出した抽出物を使用することが好ましい。
【0020】
本発明の有効成分である豆類の抽出物を得る方法については特に限定されないが、上記豆類の種子又は果実(豆)を適当な粉砕手段で粉砕し、溶媒抽出等の方法により抽出物を調製する。抽出溶媒としては、水及びメタノール、エタノール、n-プロパノール並びにn-ブタノール等の低級アルコール、エーテル、クロロホルム、酢酸エチル、アセトン、グリセリン、プロピレングリコール等の有機溶媒の1種または2種以上を混合して使用するが、好ましくは熱水または親水性の有機溶媒を使用する。また、本発明の抽出物は、飲食品として用いられることが多いことを考慮すると、抽出溶媒としては安全性の面から水とエタノールとの組み合わせを用いるのが好ましい。好ましくは90%以下のエタノールで抽出し、さらに好ましくは60%以下のエタノールで抽出し、さらに好ましくは30%以下のエタノールで抽出し、最も好ましくは熱水で抽出する。
【0021】
抽出条件としては、高温、室温、低温のいずれかの温度で抽出することが可能であるが、50〜90℃で1〜5時間程度抽出するのが好ましい。得られた抽出物は、濾過し、抽出溶媒を留去した後、減圧下において濃縮または凍結乾燥してもよい。また、これらの抽出物を有機溶剤、カラムクロマトグラフィ等により分画精製したものも使用することができる。
【0022】
また、本発明の口腔用組成物は、安全性が高いことから、例えば、含そう剤、練り歯磨き、消臭スプレー等の口腔用組成物、或いはチューインガム、キャンディ、錠菓、グミゼリー、チョコレート、ビスケット、スナック等の菓子、アイスクリーム、シャーベット、氷菓等の冷菓、飲料、パン、ホットケーキ、乳製品、ハム、ソーセージ等の畜肉製品類、カマボコ、チクワ等の魚肉製品、惣菜類、プリン、スープ並びにジャム等の飲食品に配合し、日常的に利用することが可能である。
【0023】
その配合量としては、種々の製造条件によって変わり得るが、口腔用組成物に対して、豆類抽出物を0.01重量%以上2.0重量%以下、さらに好ましくは0.01重量%以上1.0重量%以下配合させることが好適である。
【0024】
本発明は従来より食用とされているものの抽出物を使用しているため、口腔内や体内に摂取してもその安全性については問題ない。また、チューインガム等の食品や歯磨剤等に含有させて手軽に摂取することが可能であり、遺伝子の発現調製のような複雑な手順を必要としないため、日常的に継続してバイオフィルムのコントロールをすることが可能となる。
【実施例】
【0025】
以下に、実施例を用いて本発明について説明するが、これらの実施例はなんら本発明の範囲を限定するものではない。
【0026】
[実施例1]
1. 抽出物調製
植物サンプルとしてササゲ、小豆(大納言)、小豆(襟裳小豆)、紫花豆、白花豆、クロインゲンマメ、キントキマメの7種を用いた。
各植物サンプルは市販品を購入し、20gを粉砕機で細かく粉砕後、水200mlで70℃・2時間抽出した。得られた抽出液は、3000rpm・10分間遠心分離し、上清を濾過後、凍結乾燥したものを各植物熱水抽出物として試験に供した。
【0027】
2. バイオフィルム形成抑制活性評価
2-1. バイオフィルム形成
S. mutans UA159株を5mlのBrain Heart Infusion(BHI)液体培地にて37℃・10時間嫌気培養し、3000rpm・10分間遠心分離して集めた細菌を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)によってOD550nm=0.5に調製し、これを供試菌懸濁液とした。
バイオフィルム形成は、96穴マイクロプレートを用いて試験を行った。各ウェルに、植物熱水抽出物60μl、CSP20μl、S. mutans供試菌懸濁液20μl、0.1% Sucrose添加 Todd Hewitt Broth 100μlを添加し、37℃・5%CO2条件下で16時間培養を行ってCSP誘導群のバイオフィルムを形成した。CSPの濃度は終濃度で1μM、各サンプルの熱水抽出物の濃度は終濃度で1mg/mlだった。
比較のため、CSPを添加せず、それ以外は上記と同一の条件にして培養を行い、CSP非誘導群のバイオフィルムを形成した。
さらに、コントロールとして、CSP誘導群及びCSP非誘導群のそれぞれについて、サンプルの熱水抽出物を添加せず、それ以外は上記と同一の条件にして培養をおこなった。
【0028】
2-2. バイオフィルム定量
CPS誘導群とCSP非誘導群のそれぞれについて、培養後の上清を取り除き、PBSで2回各ウェルの洗浄を行った。洗浄後、各ウェルに0.25%サフラニン溶液を添加し15分間静置後余剰サフラニン溶液を取り除き、PBSで2回各ウェルの洗浄を行った。洗浄後各ウェルにエタノールを添加し、30分間震蕩することで染色させたサフラニンを溶出させ、マイクロプレートリーダーを用いて492nmの吸光度を測定し、バイオフィルム形成量を定量した。
その結果を図1及び図2に示す。
図1は、植物抽出物を加えて培養を行った群(sample群)とコントロール群(control群)におけるバイオフィルム形成量を、CSP誘導群とCSP非誘導群のそれぞれについて示している。また、図2は、control群のバイオフィルム形成量を100としたときのsample群のバイオフィルム形成量の割合を、CSP誘導群とCSP非誘導群のそれぞれについて示している。
図1より、control群ではCSP誘導群においてCSP非誘導群よりもバイオフィルム形成量が増加していた。この増加分が、CSPをオートインデューサーとするクオラムセンシングによるバイオフィルムの増加分だと考えられた。
また、sample群では、CSP誘導群(黒棒)のバイオフィルム形成量はcontrol群よりも少なくなっていたが、CSP非誘導群(白棒)のバイオフィルム形成量はcontrol群から変化していなかった。このことは図2からも明らかであり、CSP誘導群(黒棒)ではsample群のバイオフィルム形成量はcontrol群よりも少なかった(100%未満)が、CSP非誘導群(白棒)ではsample群のバイオフィルム形成量はcontrol群と変わらなかった(約100%)。このことから、sample群に添加した植物抽出物によってCSPをオートインデューサーとするS. mutansのクオラムセンシングが制御され、バイオフィルムの形成量が増加しなかったと考えられた。
また、図1において、CSP誘導群に大納言小豆、襟裳小豆、紫花豆、キントキマメの熱水抽出物を加えて培養を行った場合(sample群のCSP+)、CSPも植物抽出物も加えない群(control群のCSP-)よりもバイオフィルム形成量が減少していた。
【0029】
さらに、実施例1で調製した小豆抽出物を用いて、チューインガム、キャンディ、練り歯磨を常法にて調製した。以下にその処方を示す。なお、これらは本発明品の範囲をなんら制限するものではない。
【0030】
[実施例2]
以下の処方に従ってチューインガムを調製した。
ガムベース 20.0重量%
砂糖 55.0
グルコース 15.0
水飴 9.0
香料 0.5
襟裳小豆熱水抽出物(実施例1) 0.5
100.0
【0031】
[実施例3]
以下の処方に従ってキャンディを調製した。
砂糖 50.0重量%
水飴 34.0
香料 0.5
大納言小豆熱水抽出物(実施例1) 0.5
水 残
100.0
【0032】
[実施例4]
以下の処方に従って練り歯磨を調製した。
炭酸カルシウム 50.0重量%
グリセリン 20.0
カルボオキシメチルセルロース 2.0
ラウリル硫酸ナトリウム 2.0
香料 1.0
サッカリン 0.1
襟裳小豆熱水抽出物(実施例1) 1.0
クロルヘキシジン 0.01
水 残
100.0

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CSPによりコントロールされるStreptococcus mutansのクオラムセンシングを制御する物質を配合することを特徴とするバイオフィルム形成抑制のための口腔用組成物。
【請求項2】
クオラムセンシングを制御する物質が、豆類の抽出物であることを特徴とする請求項1に記載のバイオフィルム形成抑制のための口腔用組成物。
【請求項3】
豆類抽出物が小豆、ササゲ、白花豆、紫花豆、黒インゲン豆、キントキマメから選ばれる少なくとも1種類以上の豆類の抽出物であることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオフィルム形成抑制のための口腔用組成物。
【請求項4】
豆類抽出物が大納言小豆、襟裳小豆、紫花豆、キントキマメから選ばれる少なくとも1種類以上の豆類の抽出物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のバイオフィルム形成抑制のための口腔用組成物。
【請求項5】
抗菌剤、酵素阻害剤及び抗生物質を配合しないことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のバイオフィルム形成抑制のための口腔用組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−67018(P2012−67018A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−211023(P2010−211023)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【出願人】(307013857)株式会社ロッテ (101)
【Fターム(参考)】