説明

同軸型真空アーク蒸着源及びこれを用いた蒸着装置

【課題】蒸着材料及びトリガ電極間の短絡を防止して安定したアーク放電を行うことができる同軸型真空アーク蒸着源及びこれを用いた蒸着装置を提供する。
【解決手段】筒状のアノード電極6と、中心軸線をアノード電極6の中心軸線と略一致させアノード電極6部に配置された柱状蒸着材料7と、蒸着材料7の周囲に配置された筒状絶縁部材8と、絶縁部材8の周囲に配置された筒状のトリガ電極9を有する。トリガ電極9と蒸着材料7の間のトリガ放電によりアノード電極6と蒸着材料7の間にアーク放電を誘起させ蒸着材料7から放出された粒子をアノード開放口60から放出させる。蒸着材料7のアノード開放口60側の端面7aが絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対し第1の凹み基準値だけ凹み、トリガ電極9のアノード開放口60側の端面9aが、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対し第2の凹み基準値だけ凹むように配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蒸着装置に関し、特に、同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属薄膜や誘電体材料の薄膜は、半導体装置や液晶表示装置に用いられており、このような薄膜は、スパッタリング法、蒸着法、CVD法等によって成膜される。
これらの薄膜形成方法のうち、膜厚制御性に優れ、高品質の薄膜を形成できることから、近年では同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置が注目されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図5は、従来の同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置の全体構成を示す断面図である。
図5に示すように、この蒸着装置101は、図示しない真空排気系に接続された真空槽102を有している。
この真空槽102内の底壁には、同軸型真空アーク蒸着源103が配置され、さらに真空槽102内の天井側には、基板ホルダ104によって保持された基板105が配置されている。
【0004】
同軸型真空アーク蒸着源103は、開放口160が基板ホルダ104に向けられた円筒形形状のアノード電極106を有しており、このアノード電極106の内部の空間には、カソード電極となる蒸着材料107が設けられている。
この蒸着材料107は、金属やカーボン等の薄膜材料を用いて円柱形状に形成されたもので、金属製の基台110に電気的に接続された状態で、その中心軸線がアノード電極106の中心軸線と一致するように配設されている。
【0005】
ここで、蒸着材料107は、円筒形形状の絶縁部材108の内周面に接触した状態で先端部分が突出するように挿入固定され、この蒸着材料107の突出する部分の外周面が、アノード電極106の内周面と対向するように構成されている。
【0006】
さらに、絶縁部材108は、円筒形形状の金属からなるトリガ電極109の内周面に接触するように挿入固定され、さらにトリガ電極109と基台110との間に絶縁碍子111が設けられており、これによりトリガ電極109は、蒸着材料107に対して電気的に絶縁された状態になっている。
【0007】
一方、真空槽102の外部には、トリガ電源112、アーク電源113及びコンデンサユニット114を有する放電電源115が配置されている。
【0008】
ここで、トリガ電源112とアーク電源113の負電位側の端子は、それぞれ基台110に共通に接続されている。他方、トリガ電源112の正電位側の端子は、トリガ電極109に接続され、またアーク電源113の正電位側の端子は、アノード電極106に接続されている。
【0009】
このような蒸着装置101では、真空槽102内を真空排気し、蒸着材料107に負電圧を印加するとともに、トリガ電極109に正のパルス電圧を印加してトリガ放電を発生させると、蒸着材料107がカソード電極になり、アノード電極106と蒸着材料107との間にアーク放電が誘起され、蒸着材料107を構成する粒子が放出される。そして、この粒子を基板105に導くことにより、基板105上に薄膜を形成することができる。
【0010】
しかし、このような従来技術においては、アーク放電の回数が多くなると、蒸着材料107が溶融して絶縁部材108の上面、すなわち、アノード電極106の開放口160側の端面108aに付着し、これにより蒸着材料107とトリガ電極109とが短絡してしまい、その結果、アーク放電が発生しなくなるおそれがある。
【特許文献1】特開2001−11606公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような従来の技術の課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、蒸着材料及びトリガ電極間の短絡を防止して安定したアーク放電を行うことができる同軸型真空アーク蒸着源及びこれを用いた蒸着装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するためになされた請求項1記載の発明は、筒状のアノード電極と、中心軸線を前記アノード電極の中心軸線と略一致させ、当該アノード電極内部に配置された柱状の蒸着材料と、前記蒸着材料の周囲に配置された筒状の絶縁部材と、前記絶縁部材の周囲に配置された筒状のトリガ電極とを有し、前記トリガ電極と前記蒸着材料の間で発生したトリガ放電によって、前記アノード電極内壁面と前記蒸着材料との間にアーク放電を誘起させ、前記蒸着材料から放出された微小粒子を前記アノード電極の開放口から放出させる同軸型真空アーク蒸着源であって、前記蒸着材料の前記アノード電極の開放口側の端面が、前記絶縁部材の前記アノード電極の開放口側の端面に対して第1の凹み基準値だけ凹むように配置されるとともに、前記トリガ電極の前記アノード電極の開放口側の端面が、前記絶縁部材の前記アノード電極の開放口側の端面に対して第2の凹み基準値だけ凹むように配置されているものである。
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記第1の凹み基準値が、0mm以上1.0mm以下であるものである。
請求項3記載の発明は、請求項2記載の発明において、前記第1の凹み基準値が、0.5mm以上1.0mm以下であるものである。
請求項4記載の発明は、請求項1乃至3のいずれか1項記載の発明において、前記第2の凹み基準値が、0mm以上1.0mm以下であるものである。
請求項5記載の発明は、請求項4記載の発明において、前記第2の凹み基準値が、0.5mm以上1.0mm以下であるものである。
請求項6記載の発明は、真空槽内に請求項1乃至5のいずれか1項記載の同軸型真空アーク蒸着源が設けられている蒸着装置である。
【0013】
本発明の場合、蒸着材料のアノード電極の開放口側の端面が、絶縁部材のアノード電極の開放口側の端面に対して第1の凹み基準値だけ凹むように配置されていることから、蒸着材料が溶融した場合であっても、絶縁部材のアノード電極の開放口側の端面に蒸着材料が付着することが抑制され、これにより蒸着材料及びトリガ電極間が短絡せず安定したアーク放電を行うことができる。
【0014】
また、トリガ電極のアノード電極の開放口側の端面が、絶縁部材のアノード電極の開放口側の端面に対して第2の凹み基準値だけ凹むように配置されていることから、仮にアノード電極の開放口側に吹き飛んだ蒸着材料の液滴が絶縁部材の端面に付着した場合であっても、蒸着材料とトリガ電極間の電気的絶縁が保持されるためトリガ放電の発生を維持することができる。
そして、上述した同軸型真空アーク蒸着源を真空槽内に設けた蒸着装置によれば、安定してアーク放電を生じさせて基板上に蒸着を行うことができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、蒸着材料及びトリガ電極間の短絡を防止して安定したアーク放電を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施の形態を図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明に係る蒸着装置の実施の形態の構成を示す断面図である。
図1に示すように、本実施の形態の蒸着装置1は、図示しない真空排気系に接続された真空槽2を有している。
【0017】
ここで、真空槽2内の底壁には、後述する同軸型真空アーク蒸着源3が配置され、さらに真空槽2内の天井側には、基板ホルダ4によって保持された基板5が配置されている。
【0018】
同軸型真空アーク蒸着源3は、円筒形形状のアノード電極6を有し、その開放口60(以下「アノード開放口60」という)が基板ホルダ4に向けられている。そして、アノード電極6の内部の空間には、カソード電極となる蒸着材料7が設けられている。
蒸着材料7は、金属やカーボン等の薄膜材料を用いて円柱形状に形成され、金属製の基台10に電気的に接続された状態で取り付けられている。
【0019】
ここで、蒸着材料7は、その中心軸線がアノード電極6の中心軸線と一致するように配置されている。
蒸着材料7の周囲には、円筒形形状の絶縁性材料(例えばAl23等)からなる絶縁部材8が蒸着材料7と接触するように配設されている。
【0020】
そして、蒸着材料7のアノード開放口60側の端面7aが、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対して後述する第1の凹み基準値D1だけ凹むように絶縁部材8に挿入固定されている。
【0021】
さらに、絶縁部材8の周囲には、円筒形形状の金属からなるトリガ電極9が絶縁部材8と接触するように設けられるとともに、トリガ電極9と基台10との間には絶縁碍子11が設けられており、これによりトリガ電極9は、蒸着材料7に対して電気的に絶縁された状態になっている。
【0022】
この場合、トリガ電極9のアノード開放口60側の端面9aが、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対して後述する第2の凹み基準値D2だけ凹むように配置されている。
【0023】
一方、真空槽2の外部には、トリガ電源12、アーク電源13及びコンデンサユニット14を有する放電電源15が配置されている。
ここで、トリガ電源12とアーク電源13の負電位側の端子は、それぞれ基台10に共通に接続されている。
【0024】
他方、トリガ電源12の正電位側の端子は、トリガ電極9に接続され、またアーク電源13の正電位側の端子は、アノード電極6に接続されている。
【0025】
図2は、本発明における蒸着材料、絶縁部材及びトリガ電極の寸法関係を示す説明図、図3は、本発明における放電後の状態を示す断面図である。
本発明の場合、特に限定されることはないが、アノード電極6及び蒸着材料7間においてアーク放電を確実に発生させる観点からは、蒸着材料7のアノード開放口60側の端面7aと、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aとの距離、すなわち、第1の凹み基準値D1が、0mm≦D1≦1.0mmとなるように構成することが好ましく、より好ましくは、0.5mm≦D1≦1.0mmである。
【0026】
また同様に、特に限定されることはないが、アノード電極6及び蒸着材料7間においてアーク放電を確実に発生させる観点からは、トリガ電極9のアノード開放口60側の端面9aと、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aとの距離、すなわち、第2の凹み基準値D2が、0mm≦D2≦1.0mmとなるように構成することが好ましく、より好ましくは、0.5mm≦D2≦1.0mmである。
なお、本発明は、絶縁部材8として、円筒部分の肉厚が0.3〜1.0mmのものを用いた場合に特に好適となるものである。
【0027】
以上述べた本実施の形態によれば、蒸着材料7のアノード開放口60側の端面が7a、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対して第1の凹み基準値D1だけ凹むように配置されていることから、蒸着材料7が溶融した場合であっても、溶融した蒸着材料7は、図3に示すように、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに付着せず凹部内に留まるため、蒸着材料7及びトリガ電極9間が短絡せず安定したアーク放電を行うことができる。
【0028】
また、トリガ電極9のアノード開放口60側の端面9aが、絶縁部材8のアノード開放口60側の端面8aに対して第2の凹み基準値D2だけ凹むように配置されていることから、仮に蒸着材料7の液滴がアノード開放口60側に吹き飛び、絶縁部材8の端面8aに付着した場合であっても、蒸着材料7とトリガ電極9間の電気的絶縁が保持されるためトリガ放電の発生を維持することができる。
【0029】
そして、上述した同軸型真空アーク蒸着源3を真空槽2内に設けた本実施の形態の蒸着装置1によれば、安定してアーク放電を生じさせて基板5上に蒸着を行うことができる。
【0030】
図4は、本発明に係る同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置の他の実施の形態の全体構成を示す断面図であり、以下、上記実施の形態と対応する部分については、同一の符号を付しその詳細な説明を省略する。
【0031】
上記実施の形態では、蒸着材料7は固体状態のものを想定しているが、本発明によれば、室温で液相の材料(水銀)や、熱が少し加わるだけですぐ液相になる材料(ガリウム、セシウム、鉛、インジューム)、放電継続中に表面が液化するもの(亜鉛、カドミウム)等の材料も成膜することが可能になる。
【0032】
そして、このような材料を用いて確実に蒸着を行うため、本実施の形態の蒸着装置1Aにおいては、蒸着材料7Aを収容するカソード容器16から液化した材料が漏れることがないようにシールするようにしている。
【0033】
図4に示すように、本実施の形態においては、例えば絶縁部材8と周囲のカソード容器16の外枠部分16aとの間、また、この外枠部分16aと締結部材18との間に、耐熱性を有するOリング19を設けている。
【0034】
また、成膜中の蒸着材料7Aの飛び散りを防止するため、カソード容器16の基部16bに接続する電流導入端子20は熱伝導の良い例えば銅によって作製し、この電流導入端子20を、真空槽2の外部において水冷ブロック21に密着固定するようにしている。この水冷ブロック21は、熱伝導の良い例えば銅によって作製され、その内部を冷却水22が循環できるように構成されている。
【0035】
このような構成を有する本実施の形態によれば、室温で液相の材料や、熱が少し加わるだけですぐ液相になる材料、更には放電継続中に表面が液化する材料について、安定してアーク放電を発生させて基板5上に蒸着を行うことができる。
その他の構成及び作用効果については上述の実施の形態と同一であるのでその詳細な説明を省略する。
【実施例】
【0036】
以下、本発明の実施例について比較例とともに説明する。
図1に示す装置において、低融点材料の錫(融点:232℃)を用い、圧力10-4Pa〜10-5Paで、放電条件として、コンデンサ容量が2200μF、放電電圧が50V、放電周波数が1Hzの下、成膜を行った。
【0037】
この場合、上述した第1及び第2の凹み基準値D1、D2を変化させて蒸着材料とトリガ電極とが短絡するまでのアーク放電の回数を計測した。その結果を表1及び表2に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
ここでは、第1の凹み基準値D1について、−1.0mm、0mm、0.5mm、0.8mm、1.0mm、1.5mm、2.0mmとし、一方、第2の凹み基準値D2は0mmとした。
【0040】
【表2】

【0041】
ここでは、第1の凹み基準値D1を0mmとし、第2の凹み基準値D2について、−1.0mm、0mm、0.5mm、0.8mm、1.0mm、1.5mm、2.0mmとした。
【0042】
表1及び表2から明らかなように、第1の凹み基準値D1及び第2の凹み基準値D2のそれぞれについて、0mm〜1.0mmに設定した場合に実用的な回数の放電を行うことができた。
一方、第1の凹み基準値D1及び第2の凹み基準値D2のそれぞれが、0mm〜1.0mmを超えた場合には、いずれも実用的な放電を行うことができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明に係る同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置の実施の形態の全体構成を示す断面図
【図2】本発明における蒸着材料、絶縁部材及びトリガ電極の寸法関係を示す説明図
【図3】本発明における放電後の状態を示す断面図
【図4】本発明に係る同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置の他の実施の形態の全体構成を示す断面図
【図5】従来の同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置の全体構成を示す断面図
【符号の説明】
【0044】
1……蒸着装置 2……真空槽 3……同軸型真空アーク蒸着源 6……アノード電極 7……蒸着材料 7a……端面 8……絶縁部材 8a……端面 9……トリガ電極 9a……端面 60……アノード電極の開放口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状のアノード電極と、
中心軸線を前記アノード電極の中心軸線と略一致させ、当該アノード電極内部に配置された柱状の蒸着材料と、
前記蒸着材料の周囲に配置された筒状の絶縁部材と、
前記絶縁部材の周囲に配置された筒状のトリガ電極とを有し、
前記トリガ電極と前記蒸着材料の間で発生したトリガ放電によって、前記アノード電極内壁面と前記蒸着材料との間にアーク放電を誘起させ、
前記蒸着材料から放出された微小粒子を前記アノード電極の開放口から放出させる同軸型真空アーク蒸着源であって、
前記蒸着材料の前記アノード電極の開放口側の端面が、前記絶縁部材の前記アノード電極の開放口側の端面に対して第1の凹み基準値だけ凹むように配置されるとともに、前記トリガ電極の前記アノード電極の開放口側の端面が、前記絶縁部材の前記アノード電極の開放口側の端面に対して第2の凹み基準値だけ凹むように配置されている同軸型真空アーク蒸着源。
【請求項2】
前記第1の凹み基準値が、0mm以上1.0mm以下である請求項1記載の同軸型真空アーク蒸着源。
【請求項3】
前記第1の凹み基準値が、0.5mm以上1.0mm以下である請求項2記載の同軸型真空アーク蒸着源。
【請求項4】
前記第2の凹み基準値が、0mm以上1.0mm以下である請求項1乃至3のいずれか1項記載の同軸型真空アーク蒸着源。
【請求項5】
前記第2の凹み基準値が、0.5mm以上1.0mm以下である請求項4記載の同軸型真空アーク蒸着源。
【請求項6】
真空槽内に請求項1乃至5のいずれか1項記載の同軸型真空アーク蒸着源が設けられている蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−291426(P2007−291426A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118144(P2006−118144)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】