説明

吐出用液体及び吐出方法

【課題】 蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有した溶液を熱エネルギーを利用するインクジェット方式により安定に吐出できる吐出用液体、これを用いた蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有する溶液の吐出方法を提供すること。
【解決手段】 蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む溶液に、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物を添加することで、熱エネルギーを利用するインクジェット方式での吐出に対する安定性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む液体の吐出に適した液体組成物及びその吐出方法、並びにこの吐出方法を用いた吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、蛋白質溶液を液滴として利用する試みが多くなされている。例えば、薬物送達方法としての経粘膜投与や、極微量の蛋白質が必要とされるバイオチップやバイオセンサーへの蛋白質溶液の液滴形成技術の適用が挙げられる。また、蛋白質の結晶制御、生理活性物質のスクリーニングにおいても蛋白質の微小液滴を用いる方法が注目されている(特許文献1および非特許文献1、2参照)。
【0003】
また近年、蛋白質、特に酵素や生理活性を持つ有用な蛋白質は、遺伝子組み換え技術により量産可能になりつつあり、蛋白質の液滴化は、新たな医薬としての探索や利用、および応用分野に対して有用な手段となり得る。中でも、微小液滴を用いて患者に多彩な薬剤を投与する手段はその重要性を増しつつある。特に、蛋白質やペプチドを始め、その他の生体物質を肺から投与する手段が重要となっている。肺は、その肺胞表面積が50〜140mと広大であり、吸収障壁である上皮は0.1μmと非常に薄く、加えて酵素活性も消化管と比して小さい。このため、経肺投与はインスリンに代表される高分子ペプチド系薬物の注射に代わる投与ルートとして注目されてきた。
【0004】
一般に、薬物微小液滴の肺内沈着は、その空力学的粒子径に大きく依存することが知られている。中でも肺深部である肺胞への送達には、1〜5μmの粒径でかつ粒度分布の狭い液滴を、高い再現性で投与することが必要になる。
【0005】
粒度分布が狭い液滴を作製する方法として、インクジェット印刷に使用される液体吐出の原理に基づいた液滴生成器を使用して、極めて微細な液滴を生成し、利用することが報告されている(特許文献2参照)。ここで、当該種のインクジェット方式による液体吐出では、吐出する液体を小さな室に導き、液体に物理的な力を与えて、オリフィスから液滴を吐出させる。吐出方法には、例えば、薄膜抵抗器等の電気熱変換素子を用いて、室上にあるオリフィス(吐出口)を通じて液滴を噴出する気泡を生成する方法(サーマルインクジェット方式)、ピエゾ振動子を用いて液体を直接室上にあるオリフィスから押出す方法(ピエゾインクジェット方式)、などが用いられる。
【0006】
蛋白質やペプチドをインクジェット方式の原理に基づいて液滴化する際の問題点は、吐出時に加わる物理的な力(例えば圧力、剪断力)や微小液滴特有の高い表面エネルギーによって、タンパク質の構造が不安定になることである。サーマルインクジェット方式を用いる場合には、この他に熱エネルギーをも加えることになる。蛋白質やペプチドの立体構造は脆弱で、構造が破壊されると蛋白質やペプチドの凝集及び分解を招き、正常な吐出に影響を与える場合がある。上記の物理的作用は、通常の攪拌や加熱処理などにより加わる剪断力や熱エネルギーより極端に大きい。(例えばサーマルインクジェット方式の場合、瞬間的に約300℃、90気圧の付加がかかると考えられている。)また同時に複数の物理的な力が加わるため、蛋白質の安定性は通常蛋白質を扱う状況よりも非常に低下し易い。この問題が生じると、液滴を作成する際に蛋白質やペプチドが凝集し、ノズル詰まりを生じさせるため、液滴の吐出が困難となる。
【0007】
さらに、肺吸入に適した大きさである1〜5μmの液滴は、現在市販されているプリンターの一般的な液滴径約16μmと比較して非常に小さいため、液滴にはより大きな表面エネルギーや剪断力が加わる。そのため、蛋白質及びペプチドを肺吸入に適した微小な液滴として吐出することは非常に困難なことである。
【0008】
また、本発明者らの検討によると、サーマルインクジェットヘッドの駆動周波数が上昇するにつれて、蛋白質及びペプチド溶液の吐出が不安定になる場合があるとの知見を得た。サーマルインクジェットヘッドのヒータによって吐出用液体が加熱されたときに、蛋白質及びペプチドの一部が水に不溶性となり、ヒータからのエネルギーが溶液に伝達するのを妨げるためと考えられる。駆動周波数が低い場合には一時的に不溶物が生じたとしても、次の駆動までの時間に再溶解するのに対し、駆動周波数が高くなると、溶解の回復が不十分であり、その結果として吐出の安定性が低下するものと考えられる。しかし、駆動周波数が低いと単位時間あたりの吐出可能な量が減少するため、実際に使用する場合には適度に高い周波数で吐出する必要がある。
【0009】
従って、実際の使用に際しては、蛋白質及びペプチドを安定に吐出することが可能な吐出用液体の開発が必須となる。
【0010】
一方、界面活性剤、グリセロール、種々の糖質、ポリエチレングリコールのような水溶性高分子、アルブミンなどを添加する方法が、蛋白質やペプチドを安定化する方法として知られている。しかし、サーマルインクジェット方式に基づく蛋白質及びペプチドを吐出する場合における吐出安定性の向上にはほとんど或いは全く効果がない場合が多い。
【0011】
また、インクジェット印刷に用いられるインクに適した添加物である、エチレングリコール、グリセリンなどのポリオール類、尿素などの保湿剤などの処方を行っても蛋白質やペプチドを吐出する場合における吐出性能の向上にはほとんど効果がない。
【0012】
サーマルインクジェット方式を用いて作成した液滴の肺吸入に用いる蛋白質やペプチドの液体組成物については、表面張力を調節する化合物や保湿剤を添加したもの(特許文献3参照)が開示されている。ここでは、溶液の表面張力や粘度、保湿作用によって液滴化した溶液中の蛋白質及びペプチドの安定性が上昇するとして、界面活性剤やポリエチレングリコールなどの水溶性高分子を加えている。また、グアニジン類を添加したもの(特許文献4参照)が開示されている。
【0013】
しかしながら、特許文献3には、吐出の安定性についての詳細な記載はなく、さらに、本発明者らの検討によれば、界面活性剤や水溶性高分子の添加は、蛋白質やペプチドの濃度が高くなると効果が不十分であった。また、界面活性剤は効果が全く認められないものが多く、表面張力や粘度あるいは保湿作用が蛋白質及びペプチド溶液の吐出安定性を規定しているわけではなかった。言い換えれば、前記の方法は蛋白質やペプチドをサーマルインクジェット方式で吐出する際、吐出安定化の一般的な方法ではなかった。
【特許文献1】特開2002−355025号公報
【特許文献2】特開2002−248171号公報
【特許文献3】国際公開第WO02/094342号パンフレット
【特許文献4】特開2006−117632
【非特許文献1】Allain LR et.al.「Fresenius J.Anal.Chem.」2001年、371巻p.146−150
【非特許文献2】Howard EI、Cachau RE 「Biotechniques」2002年33巻p.1302−1306
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者らの検討によると、上記公知の蛋白質溶液の安定化方法では、蛋白質の種類や濃度によっては、サーマルインクジェット方式での吐出安定性は不十分であった。
【0015】
本発明は、従来の吐出用液体よりも吐出安定性が高い組成物を見出したことに基づくものである。すなわち本発明は、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有する溶液を、熱エネルギーを利用して安定に吐出するための吐出用液体(液体組成物)、並びにこの吐出用液体の吐出に適した吐出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の吐出用液体は、蛋白質及びペプチドから選択された少なくとも1種と、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ一般式(1)に示す化合物又はその塩から選択された少なくとも1種と、液媒体と、を含有することを特徴とする。
【0017】
【化1】

【0018】
[一般式(1)中のXは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基を示し、分岐した側鎖が官能基を有する場合は、ヒドロキシル基又はカルボキシル基又はスルホン酸基を1つ以上有する。Yはカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。]
本発明の液体吐出カートリッジは、上記の吐出用液体が収納されるタンクと、前記吐出用液体に熱エネルギーを付与する電気熱変換素子を有する吐出ヘッドと、を有することを特徴とする。
【0019】
本発明の液体吸入用装置は、上記のカートリッジと、該カートリッジの有する吐出ヘッドの液体吐出部から吐出される液体を利用者の吸入部位へ誘導するための噴射口と、を有することを特徴とする。
【0020】
本発明の吐出方法は、蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を含む液体に熱エネルギーを付与して前記液体を吐出させる方法であって、前記液体は1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ一般式(2)に示す化合物を含有することを特徴とする。
【0021】
【化2】

【0022】
[一般式(2)中のXは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基を示し、分岐した側鎖が官能基を有する場合は、ヒドロキシル基又はカルボキシル基又はスルホン酸基を1つ以上有する。Yはカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。]
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む溶液に、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物を添加することでインクジェット方式に基づいた安定な吐出が可能である吐出用液体を得られる。蛋白質及びペプチドの少なくとも1種が薬効成分である場合には、この吐出用液体を、携帯型の吐出装置で吐出して液滴化し、それを吸入することによって薬効成分としての蛋白質及びペプチドの少なくとも1種が肺に到達して、さらに薬効成分が吸収され得る。また、上記の方法で基板上に吐出することによりバイオチップ、バイオセンサーの作製、センシング、生体物質のスクリーニングに利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0025】
本発明における蛋白質とは、アミノ酸が多数ペプチド結合でつながった、水溶液中に溶解又は分散する任意のポリペプチドを意味する。また、本発明におけるペプチドとは、2つ以上のアミノ酸がペプチド結合でつながったアミノ酸数50以下のものを意味する。蛋白質及びペプチドは化学的に合成しても天然源から精製しても良いが、典型的には天然蛋白質及びペプチドの組換え体である。蛋白質及びペプチド分子へのアミノ酸残基の共有結合によって蛋白質及びペプチドを化学的に改質し、それによって蛋白質及びペプチドの治療効果を長引かせるなど、効果の向上を図ることも可能である。
【0026】
本発明を実施する際には、液滴化することが望ましい各種蛋白質及びペプチドが使用され得る。最も典型的には、本発明による蛋白質及びペプチドの液滴化は、治療上有用な蛋白質及びペプチドを肺に送達させるために好適に利用可能である。
【0027】
蛋白質及びペプチドの例としては、カルシトニン、血液凝固因子、シクロスポリン、G−CSF、GM−CSF、SCF、EPO、GM−MSF、CSF−1のような各種造血因子、IL−1〜18のようなインターロイキン類、IGF類、M−CSF、チモシン、TNFおよびLIFを含めたサイトカイン類が挙げられる。更に、使用し得るほかの治療効果を有する蛋白質及びペプチドには、血管作用ペプチド、インターフェロン類(アルファ、ベータ、ガンマ又は共通インターフェロン)、成長因子又はホルモン、例えばヒト成長ホルモン又は(ウシ、ブタ又はニワトリ成長因子のような)他の動物成長ホルモン、インスリン、オキシトシン、アンジオテオシン、メチオニンエンケファリン、サブスタンスP、ET−1、FGF、KGF、EGF、IGF、PDGF、LHRH、GHRH、FSH、DDAVP、PTH、バソプレッシン、グルカゴン、ソマトスタチン、等が含まれる。プロテアーゼ阻害剤、例えばロイペプチン、ペプスタチン、(TIMP−1、TIMP−2又は他のプロテイナーゼ阻害剤のような)メタロプロテイナーゼ阻害剤も使用される。BDNFやNT3のような神経成長因子も使用される。tPA、ウロキナーゼ及びストレプトキナーゼのようなプラスミノーゲン活性化因子も使用される。また、ヒト化された各種の抗体およびレセプターも使用される。親蛋白質の主構造のすべてもしくは一部を有しており且つ親蛋白の生物学的諸性質の少なくとも一部を有している蛋白質のペプチド部分も使用される。アナログ、例えば置換又は欠陥アナログ、あるいはペプチド類似物のような改変アミノ酸、PEG、PVAなどの水溶性高分子で修飾された上記物質を含むものも使用される。前記の蛋白質及びペプチドが肺に送達できることは Critical Reviews in Therapeutic Drug Carrier Systems、 12(2&3)(1995)で明らかにされている。
【0028】
さらに、バイオチップ、バイオセンサーの作製や蛋白質及びペプチドのスクリーニングなどの利用には、上記の蛋白質及びペプチドに加え、オキシダーゼ、リダクターゼ、トランスフェラーゼ、ハイドラーゼ、リアーゼ、イソメラーゼ、シンテターゼ、エピメラーゼ、ムターゼ、ラセアーゼなどの各種酵素を用いることができる。IgG、IgEなどの各種抗体及びレセプター、及びこれらの抗原、アレルゲン、シャペロニン、アビジン、ビオチンなど診断に用いられる蛋白質及びペプチドが固定化するための試薬で修飾された上記物質も使用され得る。
【0029】
吐出用液体中に含有させる蛋白質及びペプチドとしては、例えば分子量が0.5k〜150kDaの範囲にあるものを用いることができる。また、蛋白質及びペプチドから選択された少なくとも1種の吐出用液体中での含有量は、その目的や用途に応じて選択されるが、好ましくは、1μg/ml以上200mg/ml以下、より好ましくは0.1mg/ml以上60mg/ml以下の範囲から選択される。
【0030】
なお、本発明にサーマルインクジェット方式を適用した場合に、最も吐出性向上を顕著に示すので、以下の説明においてはサーマルインクジェット方式の原理に基づいた構成を中心に述べる。しかし、本発明においてピエゾ素子の振動圧を利用してノズル内の液体を吐出させるピエゾインクジェット方式を用いることも可能であり、吐出方式については、吐出させる蛋白質やペプチドの種類に応じて選択可能である。
【0031】
インクジェット方式によるインクの吐出性の改善については、一般的に界面活性剤やエチレングリコールなどの溶剤を添加することが知られている。しかし、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む溶液を吐出する場合には、これらを添加するだけでは吐出性の向上は認められず、新たな添加剤が必要であった。
【0032】
本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、蛋白質及びペプチド溶液に対して、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物を添加した溶液が、インクジェット方式による安定した吐出に適していることを見出した。
【0033】
1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物が吐出の安定性に大きく寄与する原因は定かではないが、以下のように考えられる。
【0034】
グアニジウム基は平面構造を有しており、アミノ基部分が水素供与体として働き、水素結合を形成できる。また、分子平面の上下はπ電子で覆われており疎水性も併せ持つ。また、蛋白質及びペプチドのペプチド結合は、グアニジウム基と水素結合を作った場合でも、水やペプチド結合同士で水素結合を形成した場合でも、安定性に差がほとんどないと考えられている。さらに、グアニジウム基は疎水部分を持つので、グアニジウム基の疎水部分と蛋白質及びペプチドの疎水部分が作用する。さらにアミノ基部分が水と水素結合を形成することにより、変性状態の蛋白質及びペプチドの水溶性を増加させ、蛋白質及びペプチド同士の作用を抑制することができる。また、同時にもつカルボキシル基又はスルホン酸基の持つ負電荷により蛋白質間の接触を抑えることによる作用を有すると考えられる。これらの作用によりインクジェット方式にて吐出時にかかるエネルギーが引き起こす変性、凝集を防ぎ吐出を安定化することができる、と考えられる。
【0035】
本発明は、特に熱エネルギーを用いて液滴を吐出させるヘッドにおいて、高周波数で駆動させた場合に、吐出性の向上効果がより顕著になる。
【0036】
本発明で使用される1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物としては、下記一般式(1)で表される化合物が好ましい。
【0037】
【化3】

【0038】
上記一般式(1)中、Xは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基を示し、分岐した側鎖が官能基を有する場合は、ヒドロキシル基又はカルボキシル基又はスルホン酸基を1つ以上有する。Xのアルキル基における炭素数は、本化合物が蛋白質を安定に吐出する機構とは直接関係ないが、分子の溶解度を保つため炭素数1以上8以下が好ましく、炭素数1以上4以下がより好ましい。Xにおけるアルキルの水素原子は、1箇所以上ハロゲン原子、ヒドロキシル基で置換されても良い。Yはカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。更に、これらの化合物の塩を用いても良い。また、これらの化合物を1単位とする重合体でも良く、これらの化合物を構造内に含む界面活性剤でも良い。
【0039】
上記一般式(1)に示す化合物のうち、より好ましい化合物として、Xが分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基であり、分岐した側鎖を持つ場合には該側鎖の末端にカルボキシル基又はスルホン酸基を有することを特徴とする化合物が挙げられる。Yは同様にカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。これらの化合物の塩を用いてもよく、これらの化合物を1単位とする重合体でもよく、これらの化合物を構造内に含む界面活性剤でもよい。
【0040】
1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物の分子量は、好ましくは117以上2000以下であり、より好ましくは、117以上500以下である。また、中性領域(pH5.5以上8.5以下)において水への溶解度が0.1重量%より大きい化合物が好ましい。
【0041】
好ましい当該化合物は、2−グアニジノ酢酸、3−グアニジノプロピオン酸、4−グアニジノブタン酸、α−グアニジノグルタミン酸、グアニジノメタンスルホン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸、3−グアニジノプロパンスルホン酸およびこれらの塩であり、最も好ましい化合物は3−グアニジノプロピオン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸およびそれらの塩である。
【0042】
蛋白質及びペプチド1重量部に対して当該化合物を好ましくは0.1重量部以上50重量部、より好ましくは0.25重量部以上25重量部以下、最も好ましくは0.5重量部以上10重量部以下添加する。
【0043】
当該化合物の添加濃度は、蛋白質やペプチドの種類及び濃度によるが、0.001重量%以上20重量%以下が好ましく、0.05重量%以上15重量%以下がより好ましく、0.5重量%10重量%以下が最も好ましい。
【0044】
さらに本発明では、当該化合物と界面活性剤を共添加することで、添加物の濃度を大幅に減少させても、吐出の安定性を保てることを見出した。当該化合物1重量部に対して、界面活性剤を0.1重量部以上1重量部以下添加する。それにより同じ蛋白質濃度の溶液に対する当該化合物の添加量を2分の1〜10分の1にすることができる。界面活性剤の作用は、当該化合物とは異なり、蛋白質の変性を抑制する作用と、凝集した蛋白質を再溶解させる作用により吐出を安定化しているものと考えられる。これらの2つの異なる効果が組み合わさることによって相乗効果が得られ、吐出の安定性が大幅に改善されると考えられる。界面活性剤単独では、これらの作用が大きくないために蛋白質の凝集を完全には抑制できず、吐出の安定性を確保できないと考えられる。
【0045】
本発明における界面活性剤とは、極性部分と非極性の部分との両方を一つの分子中に有する化合物、又は極性部分と非極性部分とがイオン結合などの2次結合で結ばれている化合物である。すなわち、当該界面活性剤は二つの非混和性溶媒の界面での分子整列によって界面張力を減少させ、かつミセルを形成し得る性質を有し、極性部分と非極性部分が分子中で離れた局在領域に位置する。
【0046】
使用され得る界面活性剤に制限はないが、例えばソルビタンモノカプリレート、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート等のソルビタン脂肪酸エステル;N−ヤシ油脂肪酸グリシン、N−ヤシ油脂肪酸グルタミン酸、N−ラウロイルグルタミン酸などのアミノ酸を親水基に持つ界面活性剤である、N−アシルアミノ酸;アミノ酸の脂肪酸塩;グリセリンモノカプリレート、グリセリンモノミリテート、グリセリンモノステアレート等のグリセリン脂肪酸エステル;デカグリセリルモノステアレート、デカグリセリルジステアレート、デカグリセリルモノリノレート等のポリグリセリン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタントリオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリステアレート等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンソルビットテトラステアレート、ポリオキシエチレンソルビットテトラオレエート等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレングリセリルモノステアレート等のポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル;ポリエチレングリコールジステアレート等のポリエチレングリコール脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンラウリルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルエーテル;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンプロピルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンセチルエーテル等のポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル;ポリオキシエチエレンノニルフェニルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル;ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレン水素ヒマシ油)等のポリオキシエチレン硬化ヒマシ油;ポリオキシエチレンソルビットミツロウ等のポリオキシエチレンミツロウ誘導体;ポリオキシエチレンラノリン等のポリオキシエチレンラノリン誘導体;ポリオキシエチレンステアリン酸アミド等のポリオキシエチレン脂肪酸アミド等のHLB6〜18を有するもの;陰イオン界面活性剤、例えばセチル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム、オレイル硫酸ナトリウム等の炭素原子数8〜18のアルキル基を有するアルキル硫酸塩;ポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム等の、エチレンオキシドの平均付加モル数が2〜4でアルキル基の炭素原子数が8〜18であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩;ラウリルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキル基の炭素原子数が8〜18であるアルキルベンゼンスルホン酸塩;ラウリルスルホコハク酸エステルナトリウム等の、アルキル基の炭素原子数が8〜18のアルキルスルホコハク酸エステル塩;天然系の界面活性剤、例えばレシチン、グリセロリン脂質;スフィンゴミエリン等のフィンゴリン脂質;炭素原子数8〜18の脂肪酸のショ糖脂肪酸エステル等を典型例として挙げることができる。本発明の吐出用液体(液体組成物)には、これらの界面活性剤の1種又は2種以上を組み合わせて添加することができる。
【0047】
好ましい界面活性剤はポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルであり、特に好ましいのはポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレン20ソルビタントリステアレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、N−ヤシ油脂肪酸グリシン、N−ヤシ油脂肪酸グルタミン酸、N−ラウロイルグリシン、N−ラウロイルグルタミン酸、N−ラウロイルサルコシン、ラウラミドプロピルベタイン、アルギニンヤシ油脂肪酸塩であり、最も好ましいのはポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノオレート、N−ヤシ油脂肪酸グリシン、N−ヤシ油脂肪酸グルタミン酸、N−ラウロイルサルコシン、ラウラミドプロピルベタイン及びアルギニンヤシ油脂肪酸塩である。また、肺吸収用として特に好適なものは、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノオレートである。
【0048】
界面活性剤の添加濃度は、共存する蛋白質及びペプチドの種類、含有量にもよるが、1μg/ml以上1.0g/ml以下、より好ましくは0.1mg/ml以上100mg/ml以下、最も好ましくは0.2mg/ml以上50mg/ml以下の範囲で、臨界ミセル濃度以上の濃度から選択される。
【0049】
液媒体の構成としては、蛋白質等の溶解性等の観点から、水を主とすることが好ましく、媒体中の水比率は50%以上であることが望ましい。媒体の主成分である水の他に、アルコールなどの水溶性有機溶媒を含む混合液媒体を用いることができる。
【0050】
具体的な水溶性有機溶剤の例としては、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類;アセトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;エタノール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6−ヘキサントリオール、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等のアルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類;グリセリン;エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル等の多価アルコールの低級アルキルエーテル類;N−メチル−2−ピロリドン等が挙げられる。
【0051】
本発明の実施形態において、微生物の影響を除去するために抗菌剤、殺菌剤、防腐剤を添加しても良い。例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンザトニウムのような4級アンモニウム塩類、フェノール、クレゾール、アニソール等のフェノール誘導体、安息香酸、パラオキシ安息香酸エステルのような安息香酸類、ソルビン酸などが挙げられる。
【0052】
本発明の実施形態において、吐出液体の保存時の物理的安定性を増加させるためにオイル、グリセリン、エタノール、尿素、セルロース、ポリエチレングリコール、アルギン酸塩、ニコチンアミドを添加してもよい。また、化学的安定性を増加させるために、アスコルビン酸、クエン酸、シクロデキストリン、トコフェロール又は他の抗酸化剤を添加しても良い。
【0053】
吐出用液体のpHを調整するために、緩衝剤を添加しても良い。例えば、アスコルビン酸、クエン酸、希塩酸、希水酸化ナトリウムなどの他、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸二水素カリウム、PBS、HEPES、Trisなどの緩衝液を用いても良い。
【0054】
液体の等張化剤として、アミノエチルスルホン酸、塩化カリウム、塩化ナトリウム、グリセリン、炭酸水素ナトリウムを添加しても良い。
【0055】
インクジェット用インクに用いられている添加物である、エチレングリコール類、尿素、キシリトール、EDTA、タウリン、などを添加しても良い。
【0056】
噴霧液として本発明にかかる吐出用液体を用いる場合は、矯味・矯臭剤としてグルコースやソルビトールといった糖類やアステルパームのような甘味剤、メントールや各種香料を添加しても良い。また、親水性のものだけでなく、疎水性の化合物やオイル様で用いても良い。
【0057】
更には、必要に応じて、吐出用液体の使用目的に適合する種々の添加剤、例えば、表面調整剤、粘度調整剤、溶剤、保湿剤を適正量添加することができる。具体的には、配合可能な添加剤として、親水性バインダー、疎水性バインダー、親水性増粘剤、疎水性増粘剤、グリコール誘導体類、アルコール類、電解質を例示でき、これらのうち単一でもよく、また混合物でもよい。なお、上記に例示した添加剤として利用する各種の物質に関しては、治療用の液剤の調製に際し、添加可能な副次成分として各国の薬局方などに記載されている医薬用途のもの、あるいは、食品、化粧品において利用が許容されているものを用いることがより好ましい。
【0058】
上記の添加剤として、配合される各種の物質の添加比率は、対象となる蛋白質及びペプチドの種類に依って異なるが、一般に、各々重量基準で0.001%以上40%以下の範囲に選択することが好ましく、0.01%以上20%以下の範囲内とすることがより好ましい。また、上記の添加剤の添加量は種類や量および組合せによって異なるが、吐出性の観点から、前記の蛋白質及びペプチド1重量部に対して、0.1重量部以上200重量部以下であることが好ましい。
【0059】
また、蛋白質及びペプチド溶液をサーマルインクジェット方式で吐出する際には、ヘッドの駆動周波数はより低いほうが好ましい。駆動周波数によって吐出の安定性が異なる理由は、サーマルインクジェットヘッドの電気熱変換素子によって吐出用液体が加熱されたときに、蛋白質及びペプチドの一部が水に不溶性となり、電気熱変換素子からのエネルギーが溶液に伝達するのを妨げるためと考えられる。駆動周波数が低い場合には一時的に不溶物が生じたとしても、次の駆動までの時間に再溶解するのに対し、駆動周波数が高くなると、溶解の回復が不十分であり、その結果として吐出の安定性が低下するものと考えられる。しかし、効率的に多くの溶液を吐出させるためには、ある程度以上の高周波数で吐出しなければならない。本発明において好ましい駆動周波数は、0.1kHz以上100kHz以下であり、より好ましくは、1kHz以上30kHz以下である。
【0060】
本発明にかかる吐出用液体をバイオチップ、バイオセンサーの製造や蛋白質及びペプチドのスクリーニングに用いる場合には、現在市販されているインクジェットプリンターとほとんど同様のシステムを利用することができる。
【0061】
一方、本発明にかかる液体吸入用装置は、サーマルインクジェット方式によって吐出用液体の微小液滴を吐出させることが可能な、サーマルインクジェットヘッドを有し、ヘッド部を構成する多数の吐出ユニットを独立駆動可能な構成とすることが好ましい。その際、各吐出ユニットの独立駆動に要する複数の制御信号等の接続に供する電気接続部と各吐出ユニットとの間を繋ぐ配線とを一体化する。加えて、吐出用液体を収納するタンクと、前記吐出用液体に熱エネルギーを付与する電気熱変換素子を有する吐出ヘッドとが一体的に構成された液体吐出用カートリッジの形態とすることが好ましい。
【0062】
図1に、本発明にかかる吐出用液体を用いて基板上へ蛋白質及びペプチドスポットを形成するための装置の概要を示す。基板5は、例えば試料中に含まれる各種物質を検出するための蛋白質、ペプチド、酵素、抗体などの標準品の固定領域を形成した検出用プレートとして利用されるものである。吐出ヘッド3は、吐出エネルギーが液体に付与される液路(不図示)と、液路に連通する吐出口(不図示)とを少なくとも有する。液体を収納したタンク1から液体供給路2を介して液路に供給された液体に対して吐出エネルギーが付与され、液体は吐出口から液滴4として基板5表面の所定位置に吐出される。吐出ヘッド3は、矢印で示される面方向に位置調整を可能とするキャリッジ上に配置され、吐出ヘッド3を移動させることで、液滴4の基板5上での着弾位置が調整される。液滴4の吐出タイミングは、吐出ヘッド3に電気的に接続されたコントローラ6により制御される。
【0063】
図2に、蛋白質及びペプチドのスポットを基板表面に配置した一例の平面図を示す。図中スポットの濃淡は、蛋白質及びペプチド濃度の濃淡を示し、点線で囲まれた領域を1種類の吐出溶液体でスポットしたものである。図示した例では、吐出ヘッド部分にそれぞれが異なる吐出用液体を吐出する独立駆動可能な吐出ユニットの複数を配置できる。各ユニットのそれぞれに所定の吐出用液体の供給系を接続することで、複数種のスポットを基板上に形成できる。更に、各スポット形成位置への液体付与量を変化させることで、異なる付着量のスポットを形成可能である。
【0064】
その際、吐出ヘッド3には、基板上に形成されるスポットの大きさや配置密度などに応じて種々の構成のものが利用できる。1液滴量をサブピコリットル、あるいは、フェムトリットルオーダーとする場合は、かかるオーダーでの液滴量の制御性にも優れている特開2003−154655号公報に開示される極微小の液滴吐出用ヘッドを利用することが好ましい。
【0065】
次に、本発明にかかる吐出用液体を噴霧用に用いる場合、特に、吸入装置に適用する場合について述べる。吸入装置としては、吐出用液体(液剤)を細かな液滴に変換する部分と、噴霧された微細な液滴をその搬送用の気流中に混入する部分と、を独立して有する構成の吸入装置を用いることが好ましい。このように、微細液滴への変換部分と微細液体を含む気流を形成する部分とを分離することで、吐出量をより均一に調整できる。つまり、投与対象者に気流を吸入させる際に気流中に、有効成分としての蛋白質やペプチドの量、すなわち各単回投与当たりの所定用量をより均一に調整可能となる。また、上記のように、吐出ヘッド部分を、それぞれが多数の吐出口を有する複数の吐出ユニット毎に異なる有効成分を吐出する構成とすることで複数の有効成分の吐出量を制御することもできる。
【0066】
また、噴霧機構としての吐出ヘッドとして、吐出口を単位面積当たり高密度に配置し得るサーマルインクジェット方式の原理に基づいた吐出用ヘッドを利用することで、使用者が携帯所持できるような吸入装置の小型化が容易となる。
【0067】
肺吸入用の吸入装置においては、気流中に含まれる液滴の粒径が1〜5μmで且つ狭い粒度分布を示していることが重要となる。更に、携帯用として利用される場合には、コンパクトな構成を有する必要がある。
【0068】
そのような吸入装置の有する液体吐出用カートリッジの一例の概要を図3に示す。この液体吐出用カートリッジは、筐体10内に、ヘッド部13と、吐出用液体を貯留するタンク11と、タンク11から液体をヘッド部13に供給するための液路12と、ヘッド部13の各液剤吐出ユニットの駆動を制御するコントローラと駆動信号、制御信号などのやり取りを行うための電気的接続部15と、ヘッド部13と電気的接続部15との内部配線14とが一体形成されたヘッドカートリッジユニットとしての構造を有する。このヘッドカートリッジユニットは、必要に応じて吸入装置から着脱自在な構成とされる。ヘッド部13としては、特開2003−154665号公報に記載された液滴吐出ヘッドの構成を有するものが好適である。
【0069】
このような構成のヘッドカートリッジユニットを有する携帯用の吸入装置(吸入器)の一例を、図4及び5を参照にして説明する。図4及び図5に示す吸入器は、医療目的で利用される吸入器として使用者が携帯所持できるように小型化した一例の構成を有するものである。
【0070】
図4は、吸入器の外観を示す斜視図である。この吸入器では、吸入器本体20及びアクセスカバー16によりハウジングが形成されている。ハウジング内には更にコントローラ、電源(電池)など(不図示)が収納されている。図5は、アクセスカバー16が開いた状態を図示したもので、アクセスカバー16が開くと、ヘッドカートリッジユニット21とマウスピース18との接続部が見えてくる。利用者の吸入動作によって、空気取り入れ口17から空気が吸入器内に吸引されマウスピース18内へ誘導されてそこに入り込み、ヘッドカートリッジユニット21のヘッド部13に設けた吐出口から吐出された液滴と混合されて混合気流となる。この混合気流は、人が咥える形状をなしているマウスピース出口へと向かう。マウスピースの先端を利用者が口内に挿入して歯で保持し咥え、息を吸込むことで、液体吐出部から吐出された液滴がマウスピース18(噴射口)へと誘導され、効果的に吸入することができる。
【0071】
なお、ヘッドカートリッジユニット21は、必要に応じて吸入器から着脱自在な構成とすることができる。
【0072】
図4及び5に示す構成を採用することで、形成された微小液滴は、吸気とともに投与対象者の咽喉、気管内部へと自然到達可能となる。従って、噴霧される液体の量(有効成分の投与量)は、吸気される空気の容量の大小には依存せず、独立にコントロール可能である。
【0073】
(参考例1)
実施例に入る前に、蛋白質溶液の吐出が困難であることの、より一層の理解のため、蛋白質のみをサーマルインクジェット方式で吐出させた場合の吐出量を示す。蛋白質溶液はウシ血清アルブミン(BSA)をリン酸バッファー(PBS)に溶解させたものを用い、各濃度にてバブルジェット(登録商標)プリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)を溶液が回収できるよう改造した液体吐出装置を用いて吐出した。純水を同様に吐出したときの吐出量(1液滴量)を100%として、各アルブミン溶液の吐出量(1液滴量)を表した。結果を図6に示す。
【0074】
BSA濃度1μg/mLの低濃度でも吐出の安定性は完全ではなく、さらに蛋白質濃度が高くなると、吐出量が変化し、徐々に吐出されなくなることがわかる。蛋白質濃度に応じて吐出量が大きくばらつくと、例えば、基板上に蛋白質及びペプチドのスポットを定量的に配置する場合において所望の蛋白質及びペプチド濃度に調節することが困難になる。更に、薬剤吸入器として利用する場合においても、各単回投与における蛋白質及びペプチド量の均一化を図る上で吐出用液体の蛋白質及びペプチド濃度の調節が困難となる。更に、吸入器では更に小さな液滴径で吐出しなければならず、蛋白質及びペプチド溶液の吐出は困難となることが考えられる。
【0075】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの具体例に何ら限定されるものではない。なお、「%」は重量%を示す。
【0076】
実施例で用いた1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物である3−グアニジノプロピオン酸、4−グアニジノブタン酸はSigma Aldrich社より購入した。また、2−グアニジノ酢酸、α−グアニジノグルタミン酸、グアニジノメタンスルホン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸、3−グアニジノプロパンスルホン酸は、Tetrahedron Letters 33巻 p5933−5936(1992)、Tetrahedron 57巻 p7073−7105(2001)、特表2002−502378を参考に合成した。
【0077】
(実施例1〜14及び比較例1〜14)
(サーマルインクジェット方式の原理に基づいた蛋白質溶液の吐出)
吐出用液体の作製手順を以下に示す。予め適切な濃度の蛋白質を超純水に溶解させ、さらに攪拌しながら1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物を添加した。0.1M NaOH又は0.1M HClでpH7.0に調製した後、超純水にて所定のインスリン濃度となるように定容した。
【0078】
上記の手順で調製した吐出用液体についてバブルジェット(登録商標)プリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)のヘッドに充填し、吐出コントローラによって吐出ヘッドを駆動して、周波数500Hzにて吐出を行った。吐出されている時間から吐出発数を算出し、それぞれの液体で比較を行った。
【0079】
また、吐出用液体に対して吐出前後でHPLC分析(測定条件:装置;日本分光、カラム;YMC−Pack Diol−200 500×8.0mmID、溶離液;0.1MKHPO−KHPO(pH7.0)containing 0.2M NaCl、流量;0.7mL/min、温度;25℃、検出;UV at 215nm)を行い、吐出用液体の組成の変化を確認した。
【0080】
比較例として、インスリンとBSA溶液、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物以外の化合物をインスリン、BSAに添加した吐出用液体を調製し、実施例と同様に液滴吐出実験を行った。なお、実施例、比較例で検討した処方を下記表1に列挙し、結果を図7に示した。
【0081】
【表1】

【0082】
図7において、比較例1〜3、8〜10の溶液は添加物の有無に関わらずほとんど吐出しなかった。一方で、アルギニンやTween80のような添加物により、蛋白質溶液の吐出が可能となった。アルギニンは添加量を増やすことで吐出発数が増加するが、Tween80では逆に低下した。一方で、実施例1〜14は蛋白質溶液の吐出が可能であり、比較例4、11のアルギニンを添加した場合に比べて、少なくとも2倍以上の吐出発数があった。また、実施例では比較例5、12と比較して同等以上の吐出発数であることから、本発明における化合物はアルギニンの半分以下の濃度でアルギニンと同等の効果が得られると考えられる。HPLC分析の結果、実施例1〜14において吐出前後でピーク位置の変化やピーク面積の変化はなく、液組成の変化も認められなかった。
【0083】
(実施例15〜21及び比較例15)
(吐出周波数と吐出量)
実施例1〜7と比較例4の処方について、実施例1と同様の条件で吐出し、吐出周波数を500Hzから1000Hzに変化させて吐出発数を比較した。実施例1〜7に対応する実施例を実施例15〜21とし、比較例4に対応する比較例を比較例15として結果を図8に示す。
【0084】
吐出周波数を上昇させると、添加する化合物によって吐出発数に差が生じた。実施例と比較例を比べると1000Hzにおいて吐出発数の差が6〜25倍となり、高周波数での吐出で実施例の処方がより効果があることが確認された。
【0085】
(実施例22〜61及び比較例16〜30)
(各種蛋白質への効果と添加物の濃度)
続いて、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物として3−グアニジノプロピオン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸を選択し、各種蛋白質にある濃度にて添加した。これら吐出用液体を実施例1と同様の吐出実験により評価を行った。吐出周波数は1000Hzとした。120秒間吐出実験を行い、正常に吐出されたものを○、吐出が途中で途切れたものを×として表示した。なお実施例、比較例で検討した処方、及び結果を下記表2に列挙した。
【0086】
【表2】

【0087】
3−グアニジノプロピオン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸を添加することによって各蛋白質やペプチドともサーマルインクジェット方式による吐出が正常に行われた。これにより3−グアニジノプロピオン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸が広範囲の蛋白質及びペプチドにおいて効果を示すことが確認された。また、正常に吐出された実施例についてHPLC分析を行った結果、吐出前後でピークチャートに変化はなく、液組成に変化は認められなかった。
【0088】
(実施例62〜82)
(1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ化合物と界面活性剤による相乗効果)
蛋白質及びペプチド溶液に3−グアニジノプロピオン酸を添加し、さらに界面活性剤を加え、吐出用液体を調製した。これらの吐出用液体を実施例22と同様の吐出実験により評価を行った。なお、本実施例で検討した処方、及び結果を下記表3に列挙した。
【0089】
【表3】

【0090】
3−グアニジノプロピオン酸とTween(登録商標)80(ポリオキシエチレン20ソルビタンモノオレート:CALBIOCHEM社製)を同時添加すると、3−グアニジノプロピオン酸のみの添加より1/5〜1/10少量の濃度にて蛋白質及びペプチド溶液を吐出することが可能であった。全体の添加剤量においても大幅に減少できる。また、3−グアニジノプロピオン酸のみでは吐出しなかった蛋白質濃度においても吐出でき、この相乗効果によってより高濃度の蛋白質溶液の吐出も可能になった。実施例についてHPLC分析を行った結果、吐出前後でピークチャートに変化はなく、液組成に変化は認められなかった。
【0091】
(実施例83〜131及び比較例31〜35)
3μmのノズル径を持つサーマルインクジェット方式による液体吐出ヘッドを用意し、これに接続したタンク内に30%エタノール水溶液を充填した。液体吐出ヘッドに電気的に接続したコントローラにより吐出ヘッドを駆動して液体を吐出口から吐出させ、得られた液滴(噴霧)の粒径及び粒度分布を、レーザー回折式粒度分布測定装置(スプレーテック、マルバーン社製)により測定し、確認した。その結果、約3μmにシャープな粒度分布を持つ液滴として検出された。
【0092】
調製した吐出用液体をこの3μmのノズル径を持つ上記ヘッドカートリッジに充填し、吐出コントローラに接続した後、周波数20kHzにて1秒間吐出を行い、3秒間インターバルを置いてから次の吐出を行った。これを50回繰り返し、吐出するかを目視にて確認した。50回以上吐出されたものを○、それ以外のものを×として評価した。なお、実施例、比較例で検討した処方、及び結果を下記表4〜6に列挙した。
【0093】
【表4】

【0094】
【表5】

【0095】
【表6】

【0096】
ノズル径が3μmであるサーマルインクジェットにおいて、比較例31は添加物を含まないので吐出しなかった。比較例32〜35においては、添加濃度が高ければ安定に吐出することが確認された。一方で実施例においては、比較例と比べより低濃度で安定に吐出することが確認され、本発明における化合物の添加効果が高いことが確認された。HPLC分析の結果、実施例において吐出前後でピーク位置の変化やピーク面積の変化はなく、液組成の変化も認められなかった。
【0097】
(実施例132)
(インクジェットプリンターを用いた抗体チップの作製及びセンシング)
図9に本実施例のモデル図を示す。Human IL2モノクローナル抗体、Human IL4モノクローナル抗体及びHuman IL6モノクローナル抗体をそれぞれ0.1〜500μg/mLの濃度でPBSを用いて調製した。ここに2―グアニジノエタンスルホン酸を0.5%(w/w)となるように添加して吐出用液体とした。この液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)のヘッドに充填し、Poly−L−Lysinコートスライドガラス上に吐出した。
【0098】
吐出後のガラスを4℃でインキュベートし、インキュベート後のガラスを1%BSAでマスキングした。マスキング後はよく洗浄し、抗体チップ基板とした。
【0099】
次に、チップと被検出物質であるリコンビナントIL2、IL4、IL6それぞれ1μg/mLを0.5%2―グアニジノエタンスルホン酸(w/w)、0.5%Tween20(w/w)、0.1%BSA(w/w)とともにPBSで調製した。この液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0100】
次に試料と特異的な結合をする物質と基板を反応させ、その後その物質の標識を行った。試料と特異的な結合をする物質としてビオチン標識されたそれぞれの抗体液(ビオチン化Human IL2モノクローナル抗体、ビオチン化Human IL4モノクローナル抗体及びビオチン化Human IL6モノクローナル抗体)を各1μg/mL、0.5%2―グアニジノエタンスルホン酸(w/w)、0.5%Tween20(w/w)、0.1%BSA(w/w)と最終濃度がなるようにPBSで調製した。この吐出用液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0101】
標識のためにCy3ラベル化ストレプトアビジン10μg/mLを0.5%2―グアニジノエタンスルホン酸(w/w)、0.5%Tween20(w/w)、0.1%BSA(w/w)と最終濃度がなるようにPBSで調製した。この吐出用液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)社製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0102】
その後、反応後の基板に励起光を照射し、Cy3の発光量を透過波長532nmのフィルターを配置した蛍光スキャナーを用いて、蛍光シグナル量を測定した。その結果、サンプルの種類、濃度に応じた蛍光シグナルを検出することができた。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明にかかる吐出用液体を用いて基板上へ蛋白質及びペプチドスポットを形成するための装置の概要を示す。
【図2】蛋白質及びペプチドのスポットを基板表面に配置した一例の平面図を示す。
【図3】吸入器用の液体吐出カートリッジユニットの概略説明図である。
【図4】本発明にかかる吸入器斜視図である。
【図5】図4においてアクセスカバーが開いた状態の斜視図である。
【図6】アルブミン溶液をサーマルインクジェット方式にて吐出したときの吐出量を示したグラフである。
【図7】タンパク質溶液をサーマルインクジェット方式で吐出したときの吐出量を示したグラフである。
【図8】吐出周波数を変化させてタンパク質溶液をサーマルインクジェット方式で吐出したときの吐出量を示したグラフである。
【図9】実施例132の実験方法のモデル図である。
【符号の説明】
【0104】
1 タンク
2 液流路
3 ヘッド
4 液滴
5 基板
6 駆動コントローラ
10 ヘッドカートリッジ筐体
11 タンク
12 液流路
13 ヘッド部
14 配線
15 電気接続部
16 アクセスカバー
17 空気取り入れ口
18 マウスピース
19 電源ボタン
20 吸入器本体
21 ヘッドカートリッジユニット
30 基板
31 マスキング剤
32 被検物質と特異的な反応をする物質、蛋白質、ペプチド等
33 被検物質
34 被検物質と特異的な物質
35 標識

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質及びペプチドから選択された少なくとも1種と、1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ一般式(1)に示す化合物又はその塩から選択された少なくとも1種と、液媒体と、を含有することを特徴とし、熱エネルギーを付与することで吐出させるための吐出用液体。
【化1】

[一般式(1)中のXは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基を示し、分岐した側鎖が官能基を有する場合は、ヒドロキシル基又はカルボキシル基又はスルホン酸基を1つ以上有する。Yはカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。]
【請求項2】
前記一般式(1)中のXは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基であり、分岐した側鎖を持つ場合には該側鎖の末端にカルボキシル基又はスルホン酸基を有することを特徴とする請求項1に記載の吐出用液体。
【請求項3】
前記一般式(1)に示す化合物が、2−グアニジノ酢酸、3−グアニジノプロピオン酸、4−グアニジノブタン酸、α−グアニジノグルタミン酸、グアニジノメタンスルホン酸、2−グアニジノエタンスルホン酸、3−グアニジノプロパンスルホン酸、又はこれらの塩からなる群より選択される一種又は二種以上の化合物である請求項1又は2に記載の吐出用液体。
【請求項4】
界面活性剤を更に含有する請求項1乃至3のいずれか1項に記載の吐出用液体。
【請求項5】
前記界面活性剤がポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルである請求項4に記載の吐出用液体。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の吐出用液体が収納されるタンクと、前記吐出用液体に熱エネルギーを付与する電気熱変換素子を有する吐出ヘッドと、を有することを特徴とする液体吐出用のカートリッジ。
【請求項7】
請求項6に記載のカートリッジと、該カートリッジの有する吐出ヘッドの液体吐出部から吐出される液体を利用者の吸入部位へ誘導するための噴射口と、を有することを特徴とする液体吸入用装置。
【請求項8】
蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を含む液体に熱エネルギーを付与して前記液体を吐出させる方法であって、前記液体は1分子中にグアニジン基とカルボキシル基又はスルホン酸基を同時に持つ一般式(2)に示す化合物又はその塩から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする吐出方法。
【化2】

[一般式(1)中のXは分岐しても良い炭素数1以上8以下のアルキル基を示し、分岐した側鎖が官能基を有する場合は、ヒドロキシル基又はカルボキシル基又はスルホン酸基を1つ以上有する。Yはカルボキシル基又はスルホン酸基を示す。]
【請求項9】
前記液体が、界面活性剤を更に含有する請求項8に記載の吐出方法。
【請求項10】
前記熱エネルギーを付与して前記液体を吐出させる方法が、サーマルインクジェット方式によるものである請求項8又は9に記載の吐出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−137967(P2008−137967A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−327031(P2006−327031)
【出願日】平成18年12月4日(2006.12.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】