説明

回転機の制御装置

【課題】電流センサ16にオフセット誤差が生じる場合、モデル予測制御の制御性が低下するおそれがあること。
【解決手段】電流再現部22は、電流センサ16の検出する母線電流IDC等をdq変換することで実電流id,iqを算出し、予測部33に出力する。UVW変換部40の出力する予測電流iue,ive,iweは、セレクタ42によって選択的に偏差算出部44に出力される。一方、母線電流IDCは、セレクタ46を介して、そのままの値か、乗算器48によって「−1」が乗算された値かのいずれかが偏差算出部44に出力される。偏差算出部44では、セレクタ46の出力に対するセレクタ42の出力の差を算出し、フィードバック制御部50に出力する。フィードバック制御部50では、偏差算出部44の出力値をゼロにフィードバック制御するための操作量を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、互いに相違する複数の電圧値を有する電圧印加手段と回転機の端子との間を開閉するスイッチング素子を備えて構成される電力変換回路について、該電力変換回路を構成するスイッチング素子のオン・オフ操作によって、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御するに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の制御装置としては、例えば下記特許文献1に見られるように、インバータの操作状態を様々に設定した場合についての3相電動機の電流をそれぞれ予測し、予測される電流と指令電流との偏差を最小化することのできる操作状態となるように、インバータを操作するいわゆるモデル予測制御を行うものが提案されている。これによれば、インバータの操作状態に基づき予測される電流の挙動を最適化するようにインバータが操作されるため、過渡時における指令電流への追従性を良好なものとすることができる。このため、モデル予測制御は、車載主機としてのモータジェネレータの制御装置等、過渡追従特性として特に高い性能が要求される用途にとっては有用性が高いと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−252432号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記電流の予測には、その初期値として、電流センサによる電流の検出値が要求される。ただし、電流センサの出力値には、実際の電流の値との間に定常的なオフセット誤差が含まれることがある。そしてこの場合、オフセット誤差に起因してモデル予測制御の制御性が低下するおそれがある。
【0005】
本発明は、上記課題を解決する過程でなされたものであり、その目的は、互いに相違する複数の電圧値を有する電圧印加手段と回転機の端子との間を開閉するスイッチング素子を備えて構成される電力変換回路について、該電力変換回路を構成するスイッチング素子のオン・オフ操作によって、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する新たな回転機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、上記課題を解決するための手段、およびその作用効果について記載する。
【0007】
請求項1記載の発明は、互いに相違する複数の電圧値を有する電圧印加手段と回転機の端子との間を開閉するスイッチング素子を備えて構成される電力変換回路について、該電力変換回路を構成するスイッチング素子のオン・オフ操作によって、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、前記オン・オフ操作によって定まる電圧ベクトルにて表現される前記電力変換回路の操作状態を仮設定し、該仮設定された操作状態のそれぞれに応じた前記制御量を予測する手段であって且つ、該制御量を予測する処理に前記制御量または該制御量の算出のためのパラメータとしての前記回転機の電流を予測する処理を含む予測手段と、該予測される制御量に基づき、前記電力変換回路の操作状態を決定する決定手段と、該決定された操作状態となるように前記電力変換回路を操作する操作手段と、前記回転機を流れる電流の検出値を取得する取得手段と、前記予測手段によって予測された電流のうち前記決定手段によって決定された操作状態に対応するものと前記電流の検出値との差に基づき、前記検出値が前記予測される電流からずれることに起因した前記制御量の制御性の低下を補償すべく前記制御量の制御処理を補正する補正手段と、を備えることを特徴とする。
【0008】
検出値にオフセット誤差が重畳される場合、予測手段によって予測された電流のうち前記決定手段によって決定された操作状態に対応するものと検出値との間には、予測手段に予測誤差がなくても、乖離が生じうる。上記発明では、この点に鑑み、上記予測される電流を規範として、検出値に含まれるオフセット誤差を把握し、これに基づき制御量の制御処理を補正する。
【0009】
なお、補正手段は、制御量の制御に用いる検出値を補正することで制御処理を補正することが望ましい。
【0010】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記回転機の端子のうちの一部を流れる電流としての前記電流の検出値と、回転座標系の電流の算出に必要な残りの端子を流れる電流としての前記予測される電流とを、回転座標系の電流に変換する回転座標成分算出手段を備え、前記予測手段は、該回転座標成分算出手段の出力値を前記電流の予測処理の初期値として用いることを特徴とする。
【0011】
互いに連結された固定子巻線に接続される複数の端子を備える回転機においては、全端子数よりも1つ少ない数の端子のそれぞれを流れる電流情報によって、回転機を流れる電流情報を不足なく取得することができる。ここで、電流の検出値のみでは電流情報として不足している場合、予測される電流を用いることで、不足分を補うことが可能となる。上記発明では、この点に鑑み、回転座標系への変換に際して予測される電流を併用した。
【0012】
請求項3記載の発明は、請求項2記載の発明において、前記電力変換回路は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに前記回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路であり、前記回転機は、前記直流交流変換回路の出力電圧が印加される端子数が3であり、前記取得手段は、前記直流交流変換回路の入力端子を流れる電流の検出値を取得するものであり、前記固定座標成分算出手段は、前記操作手段による操作状態を表現する電圧ベクトルが有効電圧ベクトルである場合、前記電流の検出値を前記回転機の3つの端子のうちのいずれか1つの端子を流れる電流として利用することを特徴とする。
【0013】
直流交流変換回路の出力電圧が印加される端子数が3である回転機の場合、有効電圧ベクトルにて表現される操作状態においては、1つの端子または2つの端子が直流電圧源の正極に接続されて且つ、残りの端子が直流電圧源の負極に接続される。このため、正極または負極のうち接続される端子数が1であるものについて、その端子を流れる電流と上記電流の検出値とが、少なくとも絶対値については一致する。上記発明では、この点に鑑み、有効電圧ベクトル採用時において、上記電流の検出値を利用する。
【0014】
請求項4記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の発明において、前記補正手段は、前記電流の検出値と前記予測される電流との差の積分要素の出力に基づき前記電流の検出値を補正することを特徴とする。
【0015】
オフセット誤差は、真の値との間の定常的な誤差である。このため、定常的な乖離を補償する機能を有する積分要素を適用することで、容易且つ適切に補償することができるものである。上記発明では、この点に鑑み、積分要素を用いた。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】一実施形態にかかるシステム構成図。
【図2】インバータの操作状態を表現する電圧ベクトルを示す図。
【図3】上記実施形態にかかるモデル予測処理の手順を示す流れ図。
【図4】同実施形態にかかる予測電流の初期値の取得処理の手順を示す流れ図。
【図5】電流センサのオフセット誤差を示すタイムチャート。
【図6】上記実施形態の効果を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明にかかる回転機の制御装置を車載主機としての回転機の制御装置に適用した一実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0018】
図1に、本実施形態にかかるモータジェネレータの制御システムの全体構成を示す。車載主機としてのモータジェネレータ10は、3相の永久磁石同期モータである。また、モータジェネレータ10は、突極性を有する回転機(突極機)である。詳しくは、モータジェネレータ10は、埋め込み磁石同期モータ(IPMSM)である。
【0019】
モータジェネレータ10は、インバータINVを介して高電圧バッテリ12およびコンデンサ13に接続されている。高電圧バッテリ12は、端子電圧がたとえば百V以上となる直流電圧源である。インバータINVは、スイッチング素子S*p,S*n(*=u,v,w)の直列接続体を3組備えており、これら各直列接続体の接続点がモータジェネレータ10のU,V,W相にそれぞれ接続されている。これらスイッチング素子S*#(*=u,v,w;#=p,n)として、本実施形態では、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)が用いられている。そして、これらにはそれぞれ、ダイオードD*#が逆並列に接続されている。
【0020】
本実施形態では、モータジェネレータ10やインバータINVの状態を検出する検出手段として、以下のものを備えている。まずモータジェネレータ10の回転角度(電気角θ)を検出する回転角度センサ14を備えている。また、インバータINVの入力端子(ここでは、負極側入力端子)を流れる電流(母線電流IDC)を検出する電流センサ16を備えている。更に、インバータINVの入力電圧(電源電圧VDC)を検出する電圧センサ18を備えている。
【0021】
上記各種センサの検出値は、図示しないインターフェースを介して低電圧システムを構成する制御装置20に取り込まれる。制御装置20では、これら各種センサの検出値に基づき、インバータINVを操作する操作信号を生成して出力する。ここで、インバータINVのスイッチング素子S*#を操作する信号が、操作信号g*#である。
【0022】
上記制御装置20は、モータジェネレータ10のトルクを要求トルクTrに制御すべく、インバータINVを操作する。詳しくは、要求トルクTrを実現するための指令電流とモータジェネレータ10を流れる電流とが一致するように、インバータINVを操作する。すなわち、本実施形態では、モータジェネレータ10のトルクが最終的な制御量となるものであるが、トルクを制御すべく、モータジェネレータ10を流れる電流を直接の制御量として、これを指令電流に制御する。特に、本実施形態では、モータジェネレータ10を流れる電流を指令電流に制御すべく、インバータINVの操作状態を複数通りのそれぞれに仮設定した場合についてのモータジェネレータ10の電流を予測し、予測される電流に基づき仮設定した操作状態を評価する。そして評価の高いものをインバータINVの実際の操作状態として採用するモデル予測制御を行う。
【0023】
詳しくは、電流センサ16によって検出された母線電流IDC等は、電流再現部22に入力される。電流再現部22では、母線電流IDC等から、回転座標系の実電流id,iqを算出する。また、回転角度センサ14によって検出される電気角θは、速度算出部23の入力となり、これにより、回転速度(電気角速度ω)が算出される。一方、指令電流設定部24は、要求トルクTrを入力とし、dq座標系での指令電流idr,iqrを出力する。これら指令電流idr,iqr、実電流id,iq、及び電気角θは、モデル予測制御部30の入力となる。モデル予測制御部30では、これら入力パラメータに基づき、インバータINVの操作状態を規定する電圧ベクトルViを決定し、操作部26に入力する。操作部26では、入力された電圧ベクトルViに基づき、上記操作信号g*#を生成してインバータINVに出力する。
【0024】
ここで、インバータINVの操作状態を表現する電圧ベクトルは、図2に示す8つの電圧ベクトルとなる。例えば、低電位側のスイッチング素子Sun,Svn,Swnがオン状態となる操作状態(図中、「下」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV0であり、高電位側のスイッチング素子Sup,Svp,Swpがオン状態となる操作状態(図中、「上」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV7である。これら電圧ベクトルV0,V7は、モータジェネレータ10の全相を短絡させるものであり、インバータINVからモータジェネレータ10に印加される電圧がゼロとなるものであるため、ゼロ電圧ベクトルと呼ばれている。これに対し、残りの6つの電圧ベクトルV1〜V6は、上側アーム及び下側アームの双方にオン状態となるスイッチング素子が存在する操作パターンによって規定されるものであり、有効電圧ベクトルと呼ばれている。なお、図2(b)に示すように、電圧ベクトルV1、V3,V5のそれぞれがU相、V相、W相の正側にそれぞれ対応している。
【0025】
次に、モデル予測制御部30の処理の詳細について説明する。先の図1に示す操作状態設定部31では、インバータINVの操作状態を設定する。ここでは、先の図2に示した電圧ベクトルV0〜V7をインバータINVの操作状態として設定する。dq変換部32では、操作状態設定部31によって設定された電圧ベクトルをdq変換することで、dq座標系の電圧ベクトルVdq=(vd,vq)を算出する。こうした変換を行うべく、操作状態設定部31における電圧ベクトルV0〜V7を、例えば、先の図2において、「上」を「VDC/2」として且つ「下」を「−VDC/2」とすることで表現すればよい。この場合、例えば、電圧ベクトルV0は、(−VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となり、電圧ベクトルV1は、(VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となる。
【0026】
予測部33では、電圧ベクトル(vd、vq)と、実電流id,iqと、電気角速度ωとに基づき、インバータINVの操作状態を操作状態設定部31によって設定される状態とした場合の電流id,iqを予測する。ここでは、下記(c1)、(c2)にて表現される電圧方程式を、電流の微分項について解いた下記の状態方程式(式(c3)、(c4))を離散化し、1ステップ先の電流を予測する。
vd=(R+pLd)id −ωLqiq …(c1)
vq=ωLdid +(R+pLq)iq +ωφ …(c2)
pid
=−(R/Ld)id +ω(Lq/Ld)iq +vd/Ld …(c3)
piq
=−ω(Ld/Lq)id−(Rd/Lq)iq+vq/Lq−ωφ/Lq…(c4)
ちなみに、上記の式(c1)、(c2)において、抵抗R、微分演算子p、d軸インダクタンスLd,q軸インダクタンスLqおよび電機子鎖交磁束定数φを用いた。
【0027】
上記電流の予測は、操作状態設定部31によって仮設定される複数通りの操作状態のそれぞれについて行われる。
【0028】
一方、操作状態決定部34では、予測部33によって予測された予測電流ide,iqeと、指令電流idr,iqrとを入力として、インバータINVの操作状態を決定する。こうして決定された操作状態に基づき、操作部26では、操作信号g*#を生成して出力する。
【0029】
図3に、本実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す。この処理は、所定周期(制御周期Tc)で繰り返し実行される。
【0030】
この一連の処理では、まずステップS10において、電気角θ(n)を検出し、後述する処理によって実電流id(n),iq(n)を算出するとともに、前回の制御周期で決定された電圧ベクトルV(n)を出力する。続くステップS12においては、1制御周期先における電流(ide(n+1),iqe(n+1))を予測する。これは、上記ステップS10によって出力された電圧ベクトルV(n)によって、1制御周期先の電流がどうなるかを予測する処理である。ここでは、上記の式(c3)、(c4)にて表現されたモデルを前進差分法にて制御周期Tcで離散化したものを用いて、電流ide(n+1)、iqe(n+1)を算出する。この際、電流の初期値として、上記ステップS10において検出された実電流id(n),iq(n)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)によってdq変換したものを用いる。
【0031】
続くステップS14〜S22では、次回の制御周期における電圧ベクトルを複数通りに設定した場合のそれぞれについて、2制御周期先の電流を予測する処理を行う。すなわち、まずステップS14において、電圧ベクトルを定める数jを「0」に設定する。続くステップS16においては、電圧ベクトルVjを、次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)として設定する。続くステップS18においては、上記ステップS12と同様にして予測電流ide(n+2)、iqe(n+2)を算出する。ただし、ここでは、電流の初期値として、上記ステップS12において算出された予測電流ide(n+1),iqe(n+1)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n+1)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)にωTcを加算した角度によってdq変換したものを用いる。
【0032】
続くステップS20においては、数jが「7」であるか否かを判断する。この処理は、インバータINVの操作状態を決定する電圧ベクトルV0〜V7の全てについて、電流の予測処理が完了したか否かを判断するためのものである。そして、ステップS20において否定判断される場合には、ステップS22において、数jをインクリメントし、ステップS16に戻る。これに対し、ステップS20において肯定判断される場合には、ステップS24に移行する。
【0033】
ステップS24においては、次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)を決定する処理を行う。ここでは、評価関数Jによる評価の最も高い電圧ベクトルを最終的な電圧ベクトルV(n+1)とする。本実施形態では、評価関数Jとして、評価が低いほど値が大きくなるものを採用する。具体的には、評価関数Jを、指令電流ベクトルIdqr=(idr,iqr)と、予測電流ベクトルIdqe=(ide,iqe)との差の内積値に基づき算出する。これは、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の偏差が正、負の双方の値となりえることに鑑み、値が大きいほど評価が低いことを表現するための一手法である。これにより、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の差が大きいほど、評価が低くなる評価関数Jを構築することができる。
【0034】
ここで、ステップS20において肯定判断される時点で、電圧ベクトルV0〜V7のそれぞれについての予測電流ide(n+2),iqe(n+2)が算出されている。このため、これら8通りの予測電流ide(n+2),iqe(n+2)を用いて、評価関数Jの値を8つ算出することができる。続くステップS26においては、電圧ベクトルV(n),V(n+1)を、それぞれ電圧ベクトルV(n−1),V(n)とし、電気角θ(n)を電気角θ(n−1)とし、実電流id(n),iq(n)を、それぞれ実電流id(n−1)、iq(n−1)とする。
【0035】
なお、ステップS26の処理が完了する場合には、この一連の処理を一旦終了する。
【0036】
上述したように、本実施形態では、モータジェネレータ10の電流を検出する手段が、母線電流IDCを検出する電流センサ16のみとなる。母線電流IDCは、インバータINVの操作状態を表現する電圧ベクトルが有効電圧ベクトルである場合、モータジェネレータ10のいずれか1相の電流にその絶対値が一致する。一方、3相の回転機を流れる電流を特定するためには、少なくとも2相の電流情報が必要である。このため、本実施形態では、電流検出手段の検出値が、モータジェネレータ10を流れる電流を特定するうえで必要な数の検出値よりも少ない。このため、本実施形態では、母線電流IDCと、予測電流ide,iqeとの協働で、モータジェネレータ10を流れる電流を特定し、これを予測部33の入力とする。
【0037】
すなわち、先の図1に示すUVW変換部40では、予測電流ide,iqeを、3相の予測電流iue,ive,iweに変換する。電流再現部22では、インバータINVの現在の操作状態を表現する電圧ベクトルViに基づき、母線電流IDCと、予測電流iue,ive,iweとの一部を、3相の電流値として選択的にdq変換することで実電流id,iqを算出し、予測部33に出力する。なお、電流再現部22の出力する実電流id,iqは、母線電流IDCのみならず、予測電流iue,ive,iweが利用されて算出されるものであるため、これはモータジェネレータ10を流れている電流の検出値というわけではなく、検出値と推定値との混在した値となっている。
【0038】
図4に、本実施形態にかかる電流再現部22の行なう選択処理の手順を示す。この処理は、先の図3に示した処理と同期して且つ、図3のステップS10の処理に先立ってくり返し実行される。
【0039】
この一連の処理では、まずステップS30において、この一連の処理に引き続いて行われる上記ステップS10の処理において出力される電圧ベクトルV(n)が、電圧ベクトルV1,V4のいずれかであるか否かを判断する。この処理は、母線電流IDCの絶対値がU相の相電流の絶対値と一致するか否かを判断するためのものである。すなわち、電圧ベクトルV1の場合、スイッチング素子Sup,Svn,Swnがオン状態となるため、母線電流IDCは、V相下側アームを流れる電流とW相下側アームを流れる電流との和となり、これは、U相上側アームを流れる電流に一致する。一方、電圧ベクトルV4の場合、スイッチング素子Sun,Svp,Swpがオン状態となるため、母線電流IDCは、U相下側アームを流れる電流に一致する。
【0040】
そしてステップS30において肯定判断される場合、ステップS32において、電圧ベクトルV(n)が電圧ベクトルV4であるか否かを判断する。そして、ステップS32において肯定判断される場合、ステップS34においてU相の実電流iuを「−IDC」とする一方、ステップS32において否定判断される場合、ステップS36においてU相の実電流iuを「IDC」とする。これらの処理は、本実施形態では、相電流の極性を、インバータINVからモータジェネレータ10へと電流が流出する場合に正と定めたことに対応したものである。ステップS34、S36の処理が完了する場合、ステップS38において、実電流iuと予測電流ive,iweとを選択する。
【0041】
一方、ステップS30において否定判断される場合、ステップS40において、電圧ベクトルV(n)が電圧ベクトルV3,V6であるか否かを判断する。この処理は、母線電流IDCの絶対値がV相の相電流の絶対値と一致するか否かを判断するためのものである。そして、ステップS40において肯定判断される場合、ステップS42〜S48の処理において、上記ステップS32〜S38の処理の要領で、実電流ivを「IDC」とするか「−IDC」とするかを選択する処理等を行なう。
【0042】
同様、ステップS40において否定判断される場合、ステップS50において、電圧ベクトルV(n)が電圧ベクトルV2,V5であるか否かを判断する。この処理は、母線電流IDCの絶対値がW相の相電流の絶対値と一致するか否かを判断するためのものである。そして、ステップS50において肯定判断される場合、ステップS52〜S58の処理において、上記ステップS32〜S38の処理の要領で、実電流iwを「IDC」とするか「−IDC」とするかを選択する処理等を行なう。
【0043】
これに対し、ステップS50において否定判断される場合、電圧ベクトルV(n)がゼロ電圧ベクトルであることから、ステップS60において、予測電流iue,ive,iweを選択する。
【0044】
上記ステップS38,S48,S58,S60の処理が完了する場合、ステップS62において、選択された3相の電流値をdq変換し、この一連の処理を一旦終了する。
【0045】
なお、上記3相の予測電流iue,ive,iweのうちステップS38,S48,S58,S60の処理において採用されたものについては、先の図3に示した処理の前回の周期における予測電流ide(n+1),iqe(n+1)を3相変換した値である。この予測電流ide(n+1),iqe(n+1)は、予測部33に入力される際には、既に未来の電流の予測値ではなく、現在の電流の推定値となっている。このため、母線電流IDCの検出タイミングを、先の図3に示したステップS10の処理に同期させることで、母線電流IDCと、予測電流iue,ive,iweとの位相を同期させることができる。
【0046】
もっとも、電圧ベクトルが変更される場合、電圧ベクトルV(n)の出力時(更新時)においては、デッドタイムに起因して母線電流IDCがステップS38,S48,S58において想定する相の電流とならないおそれがある。このため、実際には、電圧ベクトルが変更される直前において検出される母線電流IDCをステップS38,S48,S58において選択された実電流iu,iv,iwとすることが望ましい。また、ステップS38,S48,S58の処理時は、電圧ベクトルが変更される直前における母線電流IDCの検出に先立って行われるようにしてもよい。この場合、ステップS38,S48,S58の処理は、近い将来検出される母線電流IDCの扱いを定める処理となる。
【0047】
ところで、電流センサ16には、実際の電流に対して定常的に一定値(オフセット誤差Δ)だけずれた値を出力する現象が生じうる。図5(a)に、電流センサ16の検出値が常時1つの相の電流値に対応するとした場合のオフセット誤差Δを示す。図示されるように、電流センサ16にオフセット誤差が生じると、相電流にオフセット誤差Δが重畳されるのみならず、相電流のゼロクロス点においてもはや正弦波にもならなくなる。これは、母線電流IDCによって相電流を検出することに特有の現象である。すなわち、先の図4に示す処理からもわかるように、母線電流IDCと相電流とは絶対値が同一となるものの、符号については同一となる場合と逆となる場合とがあり、これらはゼロクロス点を境に切り替わる。このため、ゼロクロス点においては、母線電流IDCに基づく相電流は正弦波形状ともならなくなる。
【0048】
そしてこれにより、残り2相の電流が正弦波形状であったとしても、それらをdq変換した電流id(d),iq(d)は、図5(b)に示すように、6次のリップルが重畳されたものとなって且つ、鋸波形状の複雑な誤差をも有したものとなる。
【0049】
そこで本実施形態では、電流センサ16の値が定常的に一定値(オフセット誤差Δ)だけ実際の値からずれた場合にこれを補償するための処理をさらに行なう。
【0050】
すなわち、先の図1に示されるように、UVW変換部40の出力する予測電流iue,ive,iweは、セレクタ42によって選択的に偏差算出部44に出力される。一方、母線電流IDCは、セレクタ46を介して、そのままの値か、乗算器48によって「−1」が乗算された値かのいずれかが偏差算出部44に出力される。ここで、乗算器48およびセレクタ46は、電圧ベクトルViが有効電圧ベクトルである場合、母線電流IDCがいずれか1相の電流の絶対値に一致するものの、符号については逆となり得ることに鑑み、いずれか1相の電流と符号を含めて一致させるためのものである。
【0051】
偏差算出部44では、セレクタ42の出力に対するセレクタ46の出力の差を算出し、フィードバック制御部50に出力する。フィードバック制御部50では、偏差算出部44の出力値をゼロにフィードバック制御するための操作量を算出する。これは、上記差の比例要素、積分要素および微分要素の出力同士の差として算出される。この操作量は、補正部52において、母線電流IDCに加算され、補正部52の出力が電流再現部22に取り込まれる。ここで、偏差算出部44の入力パラメータとしての母線電流IDCと、予測電流iue,ive,iweとは、同期の取れたものとされる。これはたとえば、母線電流IDCのサンプリングタイミングが先の図3のステップS10の処理の直前である場合、予測電流iue,ive,iweについては、それよりも1制御周期Tc前のステップS12の処理によって予測された予測電流ide(n+1),iqe(n+1)を3相変換したものとすることで実現できる。
【0052】
こうした構成によれば、母線電流IDCは、予測電流iue,ive,iweのうち対応するものにフィードバック制御される。ここで、予測電流iue,ive,iweは、操作状態設定部34によって選択された電圧ベクトルViに対応するものである。そして、母線電流IDCにオフセット誤差が生じている場合、予測部33に予測誤差がない場合であっても、予測電流iue,ive,iweと母線電流IDCから算出される相電流の検出値との間に乖離が生じる。このため、この乖離を、オフセット誤差と相関を有するパラメータとして利用することができる。したがって、母線電流IDCと予測電流iue,ive,iweとに基づくフィードバック操作量によって母線電流IDCを補正することで、母線電流IDCにオフセット誤差が生じている場合であっても、補正部52の出力はこれを低減した値となる。
【0053】
図6に、本実施形態の効果を示す。図6(a)に示されるように、本実施形態によれば、補正部52における補正処理を行わない図6(b)に示す比較例のような電流リップルや直流誤差等を好適に低減できる。
<その他の実施形態>
なお、上記各実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
【0054】
「補正手段について」
比例要素、積分要素および微分要素の各出力同士の和としてフィードバック操作量(補正量)を算出するものに限らない。たとえば比例要素および積分要素の各出力のみを用いて操作量を算出したり、積分要素の出力のみを用いて操作量を算出したりしてもよい。
【0055】
また、予測処理に用いられる電流の検出値を操作するものに限らず、たとえば、先の図3のステップS12において予測される電流ide,iqeを補正するものであってもよい。
【0056】
「回転座標成分算出手段について」
母線電流IDCと予測電流iue,ive,iweとのうちいずれか1つまたは2つとをdq変換するものに限らない。たとえば、電流センサ16が、モータジェネレータ10の特定の1相の電流を検出するようにして且つ、その検出値と、予測電流iue,ive,iweのうち残りの1相または2相の値とをdq変換するものであってもよい。
【0057】
また、dq座標系の成分を特定するのに十分な数の電流センサを備え、それらの各検出値をdq変換するようにしてもよい。
【0058】
「予測手段について」
次回の電圧ベクトルV(n+1)によって生じる制御量のみを予測するものに限らない。たとえば、数制御周期先の更新タイミングにおけるインバータINVの操作による制御量まで順次予測するものであってもよい。
【0059】
また、dq軸上の電流を予測するものに限らず、固定座標系の電流を予測するものであってもよい。この場合、予測電流ide,iqeを固定座標系の成分に変換する回転座標成分算出手段を備える必要がない。
【0060】
「決定手段について」
たとえば、上記第1の実施形態において、予測電流ide(n+2)と指令電流idr(n+2)との差の絶対値と、予測電流iqe(n+2)と指令電流iqr(n+2)との差の絶対値との加重平均処理値を、乖離度合いの評価対象とするパラメータとしてもよい。要は、乖離度合いが大きいほど評価が低くなることを定量化すべく、乖離度合いと評価との間に正または負の相関関係があるパラメータによって定量化すればよい。
【0061】
「制御量について」
インバータINVの操作を決定するために用いる制御量(指令値との乖離度の評価対象となる制御量)としては、電流に限らない。たとえば、上記特許文献1に記載されているように、トルクおよび磁束であってもよい。またたとえば、トルクのみまたは磁束のみであってもよい。この場合であっても、トルクや磁束の予測に電流を用いる場合には、上記各実施形態の要領で、予測電流を、電流の検出値の誤差を把握する上での規範電流情報とすることができる。
【0062】
上記各実施形態では、回転機の究極の制御量(予測対象であるか否かにかかわらず、最終的に所望の量とされることが要求される制御量)を、トルクとしたが、これに限らず、例えば回転速度等としてもよい。
【0063】
「回転機について」
回転機としては、3相回転機に限らず、5相回転機等、4相以上の回転機であってもよい。なお、たとえば5相回転機の場合、4相以上の電流情報が必要である。ただし、電流センサの数としては、4つに限らず、不足分については予測電流等によって補えばよい。
【0064】
上記実施形態では、固定子巻線がスター結線されたものを想定したがこれに限らず、デルタ結線されたものであってもよい。この場合、回転機の端子と相とは一致しない。
【0065】
回転機としては、埋め込み磁石同期機に限らず、表面磁石同期機や、界磁巻線型同期機等、任意の同期機であってよい。更に、同期機にも限らず、誘導モータ等、誘導回転機であってもよい。
【0066】
回転機としては、車両の主機として用いられるものに限らない。
【符号の説明】
【0067】
22…電流再現部、40…UVW変換部(固定座標成分算出手段の一実施形態)、42…セレクタ、44…偏差算出部、46…セレクタ、50…フィードバック制御部、52…補正部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに相違する複数の電圧値を有する電圧印加手段と回転機の端子との間を開閉するスイッチング素子を備えて構成される電力変換回路について、該電力変換回路を構成するスイッチング素子のオン・オフ操作によって、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、
前記オン・オフ操作によって定まる電圧ベクトルにて表現される前記電力変換回路の操作状態を仮設定し、該仮設定された操作状態のそれぞれに応じた前記制御量を予測する手段であって且つ、該制御量を予測する処理に前記制御量または該制御量の算出のためのパラメータとしての前記回転機の電流を予測する処理を含む予測手段と、
該予測される制御量に基づき、前記電力変換回路の操作状態を決定する決定手段と、
該決定された操作状態となるように前記電力変換回路を操作する操作手段と、
前記回転機を流れる電流の検出値を取得する取得手段と、
前記予測手段によって予測された電流のうち前記決定手段によって決定された操作状態に対応するものと前記電流の検出値との差に基づき、前記検出値が前記予測される電流からずれることに起因した前記制御量の制御性の低下を補償すべく前記制御量の制御処理を補正する補正手段と、
を備えることを特徴とする回転機の制御装置。
【請求項2】
前記回転機の端子のうちの一部を流れる電流としての前記電流の検出値と、回転座標系の電流の算出に必要な残りの端子を流れる電流としての前記予測される電流とを、回転座標系の電流に変換する回転座標成分算出手段を備え、
前記予測手段は、該回転座標成分算出手段の出力値を前記電流の予測処理の初期値として用いることを特徴とする請求項1記載の回転機の制御装置。
【請求項3】
前記電力変換回路は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに前記回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路であり、
前記回転機は、前記直流交流変換回路の出力電圧が印加される端子数が3であり、
前記取得手段は、前記直流交流変換回路の入力端子を流れる電流の検出値を取得するものであり、
前記回転座標成分算出手段は、前記操作手段による操作状態を表現する電圧ベクトルが有効電圧ベクトルである場合、前記電流の検出値を前記回転機の3つの端子のうちのいずれか1つの端子を流れる電流として利用することを特徴とする請求項2記載の回転機の制御装置。
【請求項4】
前記補正手段は、前記電流の検出値と前記予測される電流との差の積分要素の出力に基づき前記電流の検出値を補正することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の回転機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−38947(P2013−38947A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173763(P2011−173763)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】