説明

圧粉磁心及びその製造方法

【課題】低損失かつ高飽和磁束密度な圧粉磁心及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、Fe含有量が97.0質量%以上である、軟磁性金属粉末を含有し、酸素含有量が2.0質量%以上である圧粉磁心。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子・情報・通信機器等に低消費電力化、高効率化が求められており、低炭素化社会へ向け、その傾向が一層強くなっている。そのため、電子・情報・通信機器等に搭載される電源回路にも、エネルギー損失の低減や電源効率の向上が求められている。そして、電源回路に使用される磁気素子の磁心にはコアロス(磁心損失)が低いことが求められる。コアロスを低減すれば、電力エネルギーのロスが小さくなり、高効率・省エネルギー化が図られる。
【0003】
かかる磁心としては、安価であり低損失であるという観点から、ソフトフェライトコアが広く用いられている。また、軟磁性金属粉末に樹脂等のバインダーを添加した複合磁性材料を加圧成型した圧粉磁心も多用されている。
【0004】
近年、電源電圧の低電圧化により、電源回路の大電流化が進み、磁気素子に流れる電流が増大する傾向にある。大電流対応が要求される磁気素子の磁心には高い飽和磁束密度が必要とされる。ソフトフェライトコアは飽和磁束密度が低いため、大電流対応が要求される磁気素子の磁心には圧粉磁心が用いられている。
【0005】
圧粉磁心に用いられる金属軟磁性粉末には、Fe粉末や、Fe−Si系合金粉末等の、鉄基結晶質軟磁性合金粉末等がある。圧粉磁心の鉄損はヒステリシス損失、渦電流損失に大別されるが、上述のFe基結晶質軟磁性粉末を用いた圧粉磁心よりも、ヒステリシス損失を更に低減させたい場合は、非晶質軟磁性合金粉末やナノサイズの微細結晶を有するナノ結晶軟磁性合金粉末が用いられる。
【0006】
非晶質軟磁性合金粉末やナノ結晶軟磁性合金粉末を得る方法としては、単ロール法等により急冷薄帯を得て、それを機械的に粉砕する方法や、アトマイズ法等がある。アトマイズ法では、粉砕工程を介さずに、直接粉末を得られるが、アトマイズ装置の急冷速度によって組成が限定され、一般に急冷薄帯よりも飽和磁束密度が低くなる。急冷薄帯では一般にアトマイズ粉末よりも飽和磁束密度が高い材料が得られる。
【0007】
ヒステリシス損失が低く、飽和磁束密度が高い圧粉磁心を得るために鉄基ナノ結晶磁性粉末を用いた圧粉磁心に関する技術として、例えば特許文献1には、結晶粒径が60nm以下の結晶粒が非晶質中に体積分率で30%以上分散されてなる母相組織を有し、かつこの母相組織の表面側にアモルファス層を有する軟磁性粉末を圧粉体化し、その後、その圧粉体を熱処理することにより、軟磁性粉末を結晶粒径が60nm以下の結晶粒が非晶質中に体積分率で30%以上分散されてなる母相組織を有する微結晶組織の軟磁性粉末を有する圧粉磁心の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−294411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、電源回路の小型化が図れることから、スイッチング電源の駆動周波数が数百kHzからMHzの領域に移行しつつあり、MHz域においても良好な特性の圧粉磁心が要求されている。MHz域で使用する磁気素子の磁心には、安価で磁心損失が小さいソフトフェライトコアが多く使用されている。しかしながら、上述のようにソフトフェライトコアは飽和磁束密度が低く、大電流での駆動には対応できない。
【0010】
上記特許文献1の従来技術によれば、鉄基非晶質軟磁性粉末を用いた圧粉磁心と同等またはそれ以下の損失で、かつ高磁束密度の圧粉磁心が得られるとされているが、本発明者らが鋭意検討した結果、その飽和磁束密度は、未だ十分なものではないことが判明した。さらに、従来の圧粉磁心では、高周波帯域(MHz域)になると、コアロスが急激に増大してしまうという大きな問題が生じる(高周波依存性;高周波帯域における特性が不十分)。
【0011】
また、圧粉磁心の製法の観点からも、従来の工法には、改善の余地がある。すなわち、高周波帯域(数MHz)で使用する圧粉磁心を作製するには、渦電流損失を抑制するため、平均粒子径(D50)が5μm以下の微細な粉末を用いることが望まれるが、急冷薄帯から粉砕等によって、平均粒子径(D50)が数μm程度の微細な粉末を直接得るのは困難である。公知の分級法によって平均粒子径(D50)が5μm以下の粉末を得ることもできるが、歩留まりが悪く経済的ではない。さらに、急冷薄帯を粉砕すると、磁性粉末の保磁力が増大し、そのような粉末ではヒステリシス損失が小さい圧粉磁心が得られないという問題が起こる。
【0012】
そこで、本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、低損失かつ高飽和磁束密度を実現することができる圧粉磁心及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、かつFe含有量が97.0質量%以上の軟磁性金属粉末を用いて、酸素含有量が2.0質量%以上である圧粉磁心とすることで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明の圧粉磁心は、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、かつFe含有量が97.0質量%以上である軟磁性金属粉末を含有し、酸素含有量が2.0質量%以上であることを特徴とする。
【0015】
本発明者らが、かかる構成の圧粉磁心の特性を測定したところ、従来に比して、コアロスを大幅に低減できることが判明した。圧粉磁心のコアロスは、渦電流損失とヒステリシス損失とに大別されるが、従来、渦電流損失は周波数の二乗に従って大きくなると考えられており、高周波帯域(MHz域)で使用される圧粉磁心の場合、その渦電流損失を抑えることが重要である。圧粉磁心を熱処理すると、バインダー樹脂による金属磁性粒子間の絶縁が不十分となり(一般に、熱処理するとコアの電気抵抗率が下がる)、渦電流損失の増加が懸念される。また、酸化性雰囲気中の熱処理では、上記の絶縁性悪化に加え、酸化鉄の増加による、ヒステリシス損失の増加が懸念される。しかしながら、本発明者らが検討したところ、意外にも、酸化性雰囲気中の熱処理等により酸素含有量を2.0質量%以上である上記構成の圧粉磁心とすることで、コアロスが低減できることを見出した。その詳細な理由は、未だ解明されていないものの、渦電流損失及びヒステリシス損失が増加し得るにも拘わらず、コアロス全体としての損失は大幅に低減できることによるものと推測される(ただし、本発明の作用等はこれに限定されない。)。
【0016】
軟磁性金属粉末はカーボンを更に含有することが好ましく、軟磁性金属粉末のカーボン含有量は0.1〜1.5質量%であることがより好ましい。カーボン含有量を0.1〜1.5質量%とすることで、飽和磁束密度が高く低損失な圧粉磁心とすることができる。
【0017】
軟磁性金属粉末の飽和磁化σsは200emu/g以上であることが好ましい。これにより、飽和磁束密度がより高い圧粉磁心とすることができる。
【0018】
軟磁性金属粉末は、その表面の少なくとも一部が絶縁性樹脂により被膜されていることが好ましい。絶縁性樹脂による被膜の厚さは、10〜1000nmであることがより好ましい。絶縁性樹脂により軟磁性金属粉末を被覆することにより、製造時に気中でのハンドリングが容易になる等、軟磁性金属粉末の成型性、取扱性及び生産性が高められる。さらに、絶縁性樹脂を含有することにより、粒子間の絶縁性が高められることで、渦電流の流れる経路が遮断され、渦電流損失がより一層低減される。絶縁性樹脂により形成される被覆層の一部に酸化鉄(例えばFeO,Fe23,Fe34)等のFe成分が含まれていてもよい。これにより、圧粉磁心の絶縁性、取扱性、及び生産性がより一層高められる。
【0019】
ここで、本発明者らの知見によれば、軟磁性金属粉末(のそれぞれの粉粒)は、ボルテックス(vortex)構造を有することが好ましいことが判明した。ボルテックス構造を有する軟磁性金属粉末は、ボルテックス構造を有しない(非ボルテックス構造を有する)ものに比して、磁気異方性が小さく、その結果、より低保磁力となり、ヒステリシス損失を一層小さくすることができる(ただし、作用はこれに限定されない。)。なお、軟磁性金属粉末の「ボルテックス構造」とは、粒子内に還流(環状)磁場・磁界が形成されている構造を示す(例えば、佐藤勝昭、「磁性とスピンエレクトロニクス入門」、応用物理学会スピンエレクトロニクス研究会 スピンエレクトロニクス入門セミナー、2005年12月8日、テキストp.1〜p.11参照)。軟磁性金属粉末(の各粉粒)内に、異なるボルテックスが複数形成されていても、「ボルテックス構造」に含まれる。
【0020】
本発明の圧粉磁心は、電気抵抗率が0.05Ωcm以上の圧粉磁心とすることができる。かかる圧粉磁心は高周波帯域でのコアロスを更に低減できるため、電気的負荷が大きく使用環境が厳しい電子機器等の磁心としても好適に用いることができる。
【0021】
本発明の圧粉磁心の製造方法は、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、Fe含有量が97.0質量%以上である軟磁性金属粉末を、酸素を含有する雰囲気下、250℃未満で熱処理する工程を有する。上記した軟磁性金属粉末を、酸素を含有する雰囲気下で熱処理温度250℃未満という条件で熱処理することにより、酸素含有量が2.0質量%以上である圧粉磁心を制御性よく得ることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、低損失かつ高飽和磁束密度な圧粉磁心及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例と比較例における圧粉磁性のコアロスの周波数依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明はその実施の形態のみに限定されるものではない。
【0025】
本発明の圧粉磁心は、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、かつFe含有量が97.0質量%以上である軟磁性金属粉末を含有し、酸素含有量が2.0質量%以上である。
【0026】
(軟磁性金属粉末)
軟磁性金属粉末の平均粒子径(D50)は、0.5〜5μmであり、好ましくは1.0〜3.0μmである。平均粒子径(D50)が0.5μm未満であると、バインダー樹脂と軟磁性金属粉末の分散性が悪く、渦電流損失が増大する。また、製造工程におけるハンドリング性が悪化し生産性の低下を招く。平均粒子径(D50)が5μmを超えると、渦電流損失が大きく、低損失な圧粉磁心が得られない。
【0027】
本明細書において、粒子径は、特に断わりのない限り、体積基準による累積分布でのメジアン径を意味する。平均粒子径(D50)は後述する実施例に記載の測定方法により求めることができる。
【0028】
軟磁性金属粉末のX線回折測定のα−Feの(110)回折線の半値幅は、0.2〜5.0°であり、好ましくは0.5〜1.0°である。上記回折線の半値幅が0.2°未満であると、軟磁性金属粉末の結晶子サイズが大きすぎ、圧粉磁心のヒステリシス損失が大きくなる。上記回折線の半値幅が、5.0°を超える軟磁性金属粉末は得ることが困難である。上記回折線の半値幅は後述する実施例に記載の測定方法により求めることができる。
【0029】
軟磁性金属粉末は、粒子内に平均結晶子径が2〜100nmの結晶子を有することが好ましく、5〜20nmの結晶子を有することがより好ましい。このようなナノ結晶子を有する磁性粉末を用いた圧粉磁心は、磁気損失の低減効果、特にヒステリシス損失の低減効果が、より一層確実に発揮される。かかる観点から、ナノ結晶子の平均結晶子径は20nm以下であることが好ましい。結晶子の平均結晶子径は、一般的には、軟磁性金属粉末に熱を加えることにより大きくなる傾向にある。
【0030】
軟磁性金属粉末のFe含有量(純鉄及び不可避不純物を含む鉄が含まれる。)は、97.0質量%以上であり、好ましくは98.0質量%以上である。Fe含有量が97.0質量%未満であると、飽和磁化が低くなる。上記の軟磁性金属粉末の製法は、特に限定されず、公知の方法により製造することができる。その中でも、カルボニル法が好ましい。カルボニル法を用いることにより、上述した好ましい組成・粒径・結晶子を有する軟磁性金属粉末が簡易かつ低コストで得ることができる。すなわち、軟磁性金属粉末は、カルボニル法により得られる鉄粉(カルボニル非還元鉄粉等)であることが好ましい。カルボニル法は、鉄(Fe)に一酸化炭素を反応させてペンタカルボニル鉄を得た後、これを蒸留・熱分解することにより、カルボニル鉄粉を得るものである。
【0031】
本発明では、磁性材料として、上述した鉄粉、好ましくは上述したカルボニル非還元鉄粉を用いる。
【0032】
軟磁性金属粉末は、カーボン(C)を更に含有してもよい。カーボンの含有量は、特に限定されないが、使用する軟磁性金属粉末に対して0.1〜1.5質量%であることが好ましく、0.5〜1.0質量%であることがより好ましい。カーボンの含有量を上記範囲とすることにより、飽和磁束密度が高く低損失な圧粉磁心とすることができる。さらに、軟磁性金属粉末をカルボニル法によって製造する場合、得られるカルボニル鉄粉(カルボニル非還元鉄粉等)に一定量のカーボンが含有する場合がある、このような場合であっても、軟磁性金属粉末のカーボン含有量を上記範囲とすることにより、圧粉磁心のコアロスをより一層低減でき、かつ飽和磁束密度をより一層高くすることができる。
【0033】
軟磁性金属粉末の飽和磁化σsは、好ましくは200emu/g以上であり、より好ましくは204emu/g以上である。このような飽和磁化σsである軟磁性金属粉末を用いることで、高い飽和磁束密度の圧粉磁心を得ることができる。
【0034】
軟磁性金属粉末は、ボルテックス構造であることが好ましい。上述した如く、ボルテックス構造を有する軟磁性金属粉末は、ボルテックス構造を有しない(非ボルテックス構造を有する)ものに比して、磁気異方性が小さく、その結果、保磁力をより低下させることができ、ひいては、ヒステリシス損失を一層小さくすることが可能となる利点を有する(ただし、作用効果はこれに限定されない。)。
【0035】
(複合磁性材料)
本発明の圧粉磁心は、軟磁性金属粉末の表面の一部又は全部を絶縁性樹脂により被覆された複合磁性材料を含むことが好ましい。かかる複合磁性材料とすることにより、粒子間の絶縁性を高めることができ、圧粉磁心の成型時の生産性を高めることができる。絶縁性樹脂の材料は、特に限定されず、必要とされる特性に応じて適宜選択される。その具体例としては、例えば、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、アクリル樹脂、及びエポキシ樹脂などの絶縁性樹脂等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0036】
絶縁性樹脂の配合量は、特に限定されないが、使用する軟磁性金属粉末に対して0.1〜5質量%であることが好ましく、1.0〜4.5質量%であることがより好ましい。絶縁性樹脂の配合量を上記範囲とすることにより、適度な絶縁性が得られ、かつ、好適な直流重畳特性とすることができる。
【0037】
本発明の圧粉磁心が上記した絶縁性樹脂を含有する場合、架橋剤を更に含有してもよい。架橋剤を含有することにより、圧粉磁心の磁気特性を劣化させることなく、機械的強度をより一層向上させることができる。架橋剤の種類は、特に限定されず、使用する絶縁性樹脂の種類や圧粉磁心に所望する特性等に応じて、適宜好適なものを選択できる。架橋剤としては、例えば、有機チタン系のものを用いることができる。架橋剤の含有量は、特に限定されないが、絶縁性樹脂100質量部に対して、10〜40質量部であることが好ましい。
【0038】
本発明の圧粉磁心は、潤滑剤を更に含有することが好ましい。潤滑剤の種類は、特に限定されず、例えば、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、及びステアリン酸ストロンチウム等が挙げられる。それらのなかでも、成型体の密度向上、すなわち圧粉磁心の飽和磁束密度向上の観点から、ステアリン酸亜鉛がより好ましい。
【0039】
潤滑剤の配合量は、特に限定されないが、使用する軟磁性金属粉末に対して0.1〜1.0質量%であることが好ましく、0.2〜0.8質量%であることがより好ましい。潤滑剤の配合量を上記範囲とすることにより、軟磁性金属粉末の成型時の金型の磨耗を効果的に抑制でき、かつ成型密度をより一層好適な範囲とすることができる。
【0040】
本発明の圧粉磁心は、必要に応じて、SiO2やAl23等の無機材料、成型助剤等を配合してもよく、これらは公知の添加剤であってもよい。
【0041】
本発明の圧粉磁心の好ましい態様として、電気抵抗率が0.05Ωcm以上の圧粉磁心とすることができる。このような圧粉磁心は高周波帯域でのコアロスが更に低減できるため、電気的負荷が大きく使用環境が厳しい電子機器等の磁心として好適に用いることができる。
【0042】
(圧粉磁心の製造方法)
本発明の圧粉磁心の製造方法は、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、かつFe含有量が97.0質量%以上である軟磁性金属粉末を含む圧粉磁心を、酸素を含有する雰囲気下、250℃未満で熱処理する工程を有する。上記の熱処理工程において、酸素含有する雰囲気下で、軟磁性金属粉末を含む圧粉磁心250℃未満で加熱することにより、酸素含有量が2.0質量%以上である圧粉磁心を制御性よく製造することができる。
【0043】
熱処理の雰囲気は、酸素を含有していればよく、その組成等は限定されず、例えば、空気であってもよい。熱処理する雰囲気の酸素含有量は、特に限定されず、圧粉磁心の酸素含有量の目標値等に応じて適宜選択できるが、好ましくは0.001〜30体積%であり、より好ましくは15〜25体積%である。
【0044】
熱処理温度は、好ましくは250℃未満であり、より好ましくは150℃以上200℃以下である。熱処理温度を上記範囲とすることにより、圧粉磁心を制御性よく適度に酸化させることができ、その結果、圧粉磁心の酸素含有量を2.0質量%以上とすることが容易にできる。熱処理の処理時間は、特に限定されず、熱処理温度や圧粉磁心に所望する特性等に応じて適宜選択することができる。例えば、150℃以上250℃未満の熱処理温度である場合、15〜120分間程度保持することが好ましい。
【0045】
さらに、熱処理前に各種添加剤の混合や加圧成型を、必要に応じて行ってもよい。例えば、圧粉磁心が上記した絶縁性樹脂やその他の添加剤等を更に含む場合、熱処理する工程の前に、軟磁性金属粉末と絶縁性樹脂とを混合する工程を行うことが好ましい。この混合工程により得られた混合物を加圧成型する工程を更に有することが好ましい。そして、加圧成型工程により得られた成型体を熱処理することにより、成型体中の絶縁性樹脂が硬化し、圧粉磁心を得ることができる。すなわち、軟磁性金属粉末、必要に応じて上述した絶縁性樹脂やその他の添加剤等を含む軟磁性材料を熱処理することにより圧粉磁心を得ることができる。
【0046】
軟磁性金属粉末と絶縁性樹脂等との混合は、加圧ニーダやボールミル等の攪拌機・混合機を用いて行うことが好ましい。混合条件は特に限定されないが、室温で20〜60分間混合することが好ましい。かかる混合条件とすることにより、絶縁性樹脂によって被覆された軟磁性金属粉末をより効率よく得ることができる。
【0047】
軟磁性金属粉末と絶縁性樹脂等との分散性を高める観点から、有機溶媒の存在下で上記の混合工程を行うことが好ましい。具体的な混合条件としては、室温で20〜60分間混合して混合物とし、得られた混合物を50〜100℃程度で10分間〜10時間乾燥し、その後に有機溶媒を揮発又は除去することが好ましい。これにより、絶縁性樹脂により被覆された軟磁性金属粉末をより一層効率よく得ることができる。有機溶媒としては、例えば、鉱物油、合成油、植物油等の油や、アセトン、アルコールといった有機溶媒等が挙げられるが、これらに特に限定されない。
【0048】
加圧成型工程では、プレス機械の成型金型内に上記の軟磁性金属粉末(あるいは上記の混合物)を充填し、その後、軟磁性金属粉末を加圧して圧縮成型を施すことにより、成型体を得る。この圧縮成型における成型条件は特に限定されず、嵩密度や粘性、所望する圧粉磁心の形状、寸法及び密度等に応じて適宜決定することができる。圧粉磁心の成型圧は、特に限定されず、例えば、通常、4〜12tonf/cm2程度、好ましくは6〜8tonf/cm2程度であり、最大圧力に保持する時間は0.1秒間〜1分間程度である。
【0049】
必要に応じて、熱処理工程の前に、圧粉磁心に防錆処理を施す防錆処理工程を更に行ってもよい。防錆処理は、公知の手法を採用でき、例えば、エポキシ樹脂等をスプレーコートする方法等を採用できる。例えば、スプレーコートによる膜厚は、特に限定されず、通常、数十μm程度である。上記の混合工程や加圧成型工程を行う場合、防錆工程はこれらの工程の後に行い、熱処理工程の前に行うことが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
各実施例及び各比較例で用いた原料粉は以下のとおりである。
(1)ナノ結晶カルボニル鉄粉
カルボニル法によりFeカルボニル(ストレム社製、関東化学社より入手)を240℃に保った分解塔内へ噴霧して、ナノ結晶カルボニル鉄粉を得た。その飽和磁化σsの値は204emu/gであった。
(2)非ナノ結晶カルボニル鉄粉
上記の方法で得たナノ結晶カルボニル鉄粉を水素雰囲気中で熱処理することによって作製した。飽和磁化σsの値は210emu/gであった。
(3)アトマイズ鉄粉
アトマイズ法により表2に示すアトマイズ鉄粉を作製した。具体的には公知のアトマイズ法によって作製し、公知の方法による分級を行った。飽和磁化σsの値は206emu/gであった。
(4)還元鉄粉
公知の水素還元法によって作製した。飽和磁化σsの値は206emu/gであった。(5)Fe−Ni系アトマイズ粉
アトマイズ法により表2に示すFe−Ni系アトマイズ粉を作製した。具体的には公知のアトマイズ法によって作製し、公知の方法による分級を行った。飽和磁化σsの値は129emu/gであった。
(6)Fe−Si系アトマイズ粉
アトマイズ法により表2に示すFe−Si系アトマイズ粉を作製した。具体的には公知のアトマイズ法によって作製し、公知の方法による分級を行った。飽和磁化σsの値は204emu/gであった。
(7)Fe−Si−Al系アトマイズ粉
アトマイズ法により表2に示すFe−Si−Al系アトマイズ粉を作製した。具体的には公知のアトマイズ法によって作製した。飽和磁化σsの値は116emu/gであった。
【0052】
(数平均粒子径)
これらの原料粉の平均粒子径(D50)は、レーザー回折式乾式粒度測定装置(HELOSシステム、Sympatec社製)を用いて測定した。
【0053】
(X線回折測定のα−Feの(110)回折線の半値幅)
これらの原料粉のX線回折パターンは、全自動多目的X線回折装置(X’Pert PRO MPD、 HYPERLINK “http://www.panalytical.com/xpertprompd” PANalytical社製)を用いて測定した。測定条件については、X線管球はCu、管電圧は45kV、管電流は40mA、ステップサイズは0.0167°、スキャンスピード0.01°/秒とした。また、入射側光学系の条件としては、10μmのNiフィルターを用い、ソーラースリット1/2°、マスク10μm、散乱防止スリット1°とし、受光側光学系の条件としては、20μmのNiフィルターを用い、散乱防止スリット5.5mm、ソーラースリット0.04°とした。α−Feの(110)回折線の半値幅は、フォークト関数にてピークフィッティングを行うことにより算出した。
【0054】
(飽和磁化)
原料粉の飽和磁化σsは、磁化特性評価装置(振動試料型磁力計「TOEI KOGYO LTD,VSM−3型」)により算出した。
【0055】
(実施例及び比較例)
表1,2に示す原料粉に対し、絶縁性樹脂としてシリコーン樹脂(東レダウコーニングシリコーン社製、SR2414LV)を3.0質量%添加し、これらを加圧ニーダで混合した後、90℃で30分間乾燥させて混合粉末を得た。乾燥後の混合粉末をメッシュ(目の開き:355μm、線径:224μm)に通した後に、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛(試薬)を0.3質量%添加して磁性粉末を得た。
【0056】
次に、得られた磁性粉末を、外径11.0mm、内径6.5mm、厚さ3.0mmのトロイダル形状の成型金型に充填し、表1,2に示す成型圧力にて加圧成型して、トロイダル成型体を得た。その後、得られたトロイダル成型体を恒温槽中に装入し、表1,2に示す条件で熱処理して圧粉磁心を得た。
【0057】
(圧粉磁心の酸素含有量)
圧粉磁心の酸素含有量は、金属中ガス分析装置により測定した。検出方法は、試料を黒鉛るつぼでガス化(酸素はCO)し、非分散赤外線検出器にてCOを検出した。
【0058】
(圧粉磁心のコアロス)
B−Hアナライザ(岩通社製、「SY−8232」)を用いて、測定条件:印加磁界Bm=25mT、f=100kHz〜2MHzにて圧粉磁心のコアロス(磁心損失:Pcv)を測定した。なお、コアロスが過大なため2MHzで測定不可な場合には、100kHz〜1MHzのコアロス−周波数の相関を外挿した数値とした。また、特にコアロスが過大なため1MHzで測定不可な場合には、「測定不可」と判断した。
【0059】
(圧粉磁心の比透磁率)
B−Hアナライザ(岩通社製、「SY−8232」)を用いて、測定条件:印加磁界Bm=25mT、f=1MHzにて圧粉磁心の比透磁率を測定した。
【0060】
(圧粉磁心の粒内磁化分布)
実施例3,4で用いた軟磁性金属粉末の粒内磁化分布を、TEM(日本電子社製、「JEM−2100F」)により観察した。観察試料は圧粉磁心をFIB加工装置(FEI社製、「NOVA200」)で厚さ100nmの薄片状に切り出したものを使用した。
【0061】
【表1】

【0062】
実施例1〜8の圧粉磁心は、いずれもコア酸素量が2.0質量%以上の圧粉磁心であり、低コアロスであり、コアの電気抵抗率が高いことが確認された。そして、熱処理温度250℃未満で熱処理することにより、酸素含有量が2.0質量%以上である圧粉磁心を制御性よく得ることができることが確認された。一方、比較例1〜9はいずれもコア酸素量が2.0質量%未満の圧粉磁心であり、コアロスが大きいことが確認された。比較例1,2,6〜9の圧粉磁心は、熱処理温度や熱処理時間が十分ではないため、圧粉磁心が十分に酸化されず(酸素含有量が低い)、コアロスが大きいことが確認された。比較例3〜5の圧粉磁心は、アルゴン雰囲気下で熱処理を行ったため、圧粉磁心が十分に酸化されず、コアロスが大きいことが確認された。
【0063】
さらに、実施例のなかでもコアロスが比較的小さい実施例4,5で用いた軟磁性金属粉末の構造を調べたところ、いずれもボルテックス構造を有していることが確認された。
【0064】
【表2】

【0065】
表2に示すように、平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、かつX線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°の条件を満たさない比較例10〜22の圧粉磁心は、いずれもコアロスが大きいことが確認された。比較例10,14,17〜19,21,22の圧粉磁心は平均粒子径が大きすぎるため、渦電流損失が大きく、コアロスが大きいことが確認された。比較例11の圧粉磁心は平均粒子径が小さすぎるため、バインダー樹脂が十分に分散されず、コアロスが大きいことが確認された。比較例12〜22の圧粉磁心は、圧粉磁心のX線回折に測定おけるα−Feの(110)回折線の半値幅が小さい、すなわち、平均結晶子径が大きすぎるため、ヒステリシス損失が大きく、コアロスが大きいことが確認された。
【0066】
<コアロスと周波数依存性の関係>
実施例4、比較例11,12,14,15,17,19,21の圧粉磁心について、周波数依存性について更に検討した。BHアナライザ(岩通社製、「SY−8232」)を用いて、測定条件:印加磁界Bm=25mT、f=100kHz〜2MHzにて圧粉磁心のコアロス(磁心損失:Pcv)を測定した。なお、コアロスが過大なため2MHzで測定不可な場合には、100kHz〜1MHzのコアロス−周波数の相関を外挿した数値とした。特にコアロスが過大なため1MHzで測定不可な場合には、「測定不可」と判断した。この結果を図1に示す。図1に示すように、実施例4の圧粉磁心は、全周波数領域において低コアロスであることが確認された。一方、比較例11,12,14,15,17,19,21の圧粉磁心は、周波数依存性が大きく、周波数が高くなるにつれてコアロスが大きくなることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の圧粉磁心及びその製造方法は、低周波領域から高周波帯域に亘ってコアロスを低減できるため、インダクタ、各種トランス等の電気・磁気デバイス、及びそれらを備える各種機器、設備、システム等に幅広く利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、Fe含有量が97.0質量%以上である、軟磁性金属粉末を含有し、
酸素含有量が2.0質量%以上である、
圧粉磁心。
【請求項2】
前記軟磁性金属粉末のカーボン含有量が0.1〜1.5質量%である、
請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記軟磁性金属粉末の飽和磁化σsが200emu/g以上である、
請求項1又は2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
前記軟磁性金属粉末の表面の少なくとも一部を厚さ10〜1000nmで被覆する絶縁性樹脂を更に含有する、
請求項1〜3にいずれか一項記載の圧粉磁心。
【請求項5】
前記軟磁性金属粉末がボルテックス構造を有する、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の圧粉磁心。
【請求項6】
電気抵抗率が0.05Ωcm以上である、
請求項1〜5のいずれか一項に記載の圧粉磁心。
【請求項7】
平均粒子径(D50)が0.5〜5μmであり、X線回折測定によるα−Feの(110)回折線の半値幅が0.2〜5.0°であり、Fe含有量が97.0質量%以上である、軟磁性金属粉末を、酸素を含有する雰囲気下、250℃未満で熱処理する工程を有する、
圧粉磁心の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−216839(P2011−216839A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156772(P2010−156772)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】