説明

圧粉磁性体用軟磁性粉末およびそれを用いた圧粉磁性体

【課題】粉末の圧縮成形における変形抵抗,圧粉成形体の歪取り熱処理温度を低減した圧粉磁性体に使用される水アトマイズFe粉末が提供される。また、磁性特性に優れた成形体が提供される。
【解決手段】Nb,Ta,Ti,Zr,Vから成る群から選択された少なくとも1種を0.001〜0.03原子%含む水アトマイズFe粉末が、母相に、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVの少なくとも1種と、酸素とを主成分とする平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下の粒子を析出させた圧粉磁性体用軟磁性粉末である。開示された軟磁性粉末の製造方法は、Nb,Ta,Ti,Zr,Vから成る群から選択された少なくとも1種を添加し、水素を含む還元雰囲気で熱処理することにより製造する圧粉磁性体用軟磁性粉末の製造方法である。この方法により、ガス不純物、特に酸素を低減,無害化して、Fe粉末及び成形体の磁気特性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水アトマイズ法により製造される軟磁性粉末およびそれを用いた圧粉磁性体に関する。
【背景技術】
【0002】
軟磁性粉末を高圧下で圧縮成形することで製造する圧粉磁性体はモータや電源回路用リアクトル等の磁心に利用されている。圧粉磁心は、一般に磁気特性が等方的で且つ3次元形状への成形が容易であり、例えば珪素鋼板を積層して製造する積層型磁心に比べて、モータ等の電動機に適用した場合、その小型化,軽量化に寄与すると期待されている。特に軟磁性粉末としてFe粉末を使った圧粉磁心は、安価であると共に、Fe粉の延性が高いため高密度となり磁束密度が増加する長所があるため、近年実用化に向けての開発が活発化している。
【0003】
圧粉磁心に必要な特性として磁束密度が高いことに加えて、鉄損と呼ばれる交流磁場下での使用時に生じるエネルギー損失が低いことが重要である。鉄損は主として渦電流損失とヒステリシス損失の和で表される。渦電流損失は、圧粉磁性体を構成するFe粉末粒子間を流れる渦電流により生じるエネルギー損失である。渦電流損を低下する工夫として、磁性体用のFe粉末粒子の表面に薄い絶縁皮膜をコーティングすることが必要となる。一方ヒステリシス損失は、Fe粉末内部の磁壁の移動に伴い発生する損失であり、Fe粉末内部の格子歪、すなわちそれを発生させる構造欠陥である空孔や格子間原子(所謂、点欠陥)、転位及び粒界等の格子欠陥、また化学欠陥であるFe以外の不純物原子やそれらで構成される析出物の存在に強く影響される。
【0004】
ヒステリシス損失の低下には、Fe粉末の圧縮成形後の成形体に熱処理を行い、成形加工で導入されたFe粉末内部の歪(上記の転位を主とする格子欠陥)を低減する必要がある。その際に、熱処理温度が高温であるほど加工歪の低減が進み、ヒステリシス損失の低下に有効である。しかし熱処理温度を、Fe粉末粒子表面の絶縁皮膜の耐熱性を超えて、過度に高温にすると、その絶縁物性が低下してしまい、渦電流損失が増加する問題が生じる。このように圧粉磁性体の磁気特性向上を目指す開発において、渦電流損失とヒステリシス損失を同時に低減することは非常に難しい状況にある。
【0005】
Fe粉末中に不純物元素や析出物が多く含まれる場合は、加工によって導入された歪の回復が十分に進まない。Fe粉末中に含まれる化学欠陥である不純物元素には、C(窒素),N(窒素),O(酸素)に代表されるガス不純物と、Mn(マンガン),Cr(クロム),Si(シリコン),Cu(銅),S(硫黄)等の金属系不純物に分類される。特に前者のガス不純物は結晶格子間位置に入り込み結晶格子を押し広げることで大きな歪を与えたり、また金属原子と結合して化合物析出相、所謂析出物を形成して、粉末の圧縮成形時の変形抵抗(塑性変形を担う転位の移動抵抗)を高め、成形性を損い、さらに熱処理による加工歪の回復,一次再結晶化を遅延させる。従って、成形性向上及び熱処理による圧粉成形体の加工歪の除去を促進し、ヒステリシス損失を低減させるには、材料組成の制御として、Fe粉末中のガス不純物を可能な限り低減することが重要である。
【0006】
特開2007−27320号公報(特許文献1)には、主として溶融鉄にアルゴン,窒素等の高圧ガスを吹付けて微粉化するガスアトマイズ法により製造されたFe粉末に関し記載されている。Fe粉末中の不純物の内、C,Sによる歪の影響を防止する方法として、Fe粉末にVあるいはNb,Ta,Ti,Zrなどの第3元素を添加することで、C,Sを炭化物,硫化物として凝集させて、圧粉磁心の鉄損を低下する技術が提案されている。特許文献1の中では、Fe粉末中にTiを120〜129at.ppm、Zrを110at.ppm添加することで、圧粉磁心の保磁力を低減する事例が示されている。特許文献1において発明者等は、不純物のCとSが凝集して生成する炭化物,硫化物の大きさが、平均粒系で0.1μm以上10μm以下にある場合に、保磁力の低下に有効であると述べている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−27320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、工業用純Fe粉末としては、安価な水アトマイズ粉が広く用いられる。水アトマイズFe粉末は高温で溶解した溶融鉄に高圧水を吹付けて冷却,微粉化するプロセスで製造される。ガスアトマイズ法に比べて、水アトマイズ粉末は非常に安価で量産性に優れる。
【0009】
さらに、水アトマイズ粉末はガスアトマイズ粉末と組成的にも材料組織的にも大きく相違している。水アトマイズ粉末は、組織的にはその表面には溶融鉄と水との反応で形成された酸化膜を有する。また、組成的には多量の酸素を含有する。従って、磁性特性の改善に向けた材料制御の方針も相違し、水アトマイズ中にFe粉末に含有される多量の酸素の影響を制御することが最重要となる。しかしながら、特許文献1では、炭素と硫黄への対策について検討され、酸素の影響を制御することについて考慮されていない。
【0010】
また、上記特許文献1では平均粒径で0.1μm以上10μm以下の析出物の炭化物,硫化物は溶融鉄中にすでに生成され、残存し、そのためガスアトマイズ粉末では母相から単独のC,Sの影響が除去されているとしている。一方、多量の酸素を含有する水アトマイズ粉末では、ガスアトマイズ粉末と状況が相違する。工業的には、酸素を減少させるために850℃〜1000℃の温度範囲の還元熱処理を実施しているが、圧粉として好ましい特性を得るまで十分に析出物を成長させることははなはだ難しく、酸素の好ましくない影響を低減しにくいという課題がある。
【0011】
従って本発明の目的は、圧粉成形性,成形体の歪の熱的回復(あるいは磁気特性)に及ぼす酸素の好ましくない影響を低減した磁性粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明の特徴は、鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、特定の添加物を添加し、その添加物と酸素との化合物を特定の大きさに成長させたことにある。具体的には、圧粉磁性体用軟磁性粉末は、V,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種を0.001〜0.03原子%と、不可避の金属不純物を0.25質量%以下と、炭素,窒素,酸素を0.05質量%以下とを含む鉄よりなり、内部母相に析出したV,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種と、酸素とを主成分とする平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下の析出粒子を有する。また、本発明の軟磁性粉末は溶融合金に水を吹付けて冷却する水アトマイズ法により形成されたために表面に形成された酸化層を有する。
【0013】
また、他の本発明の特徴は、水アトマイズ法により鉄を微粉化し、水素を含む還元雰囲気中800℃〜1000℃の温度範囲で熱処理した圧粉磁性体用軟磁性粉末を用いた圧粉磁性体の製造方法にある。特に、鉄にV,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種を0.001〜0.03原子%添加するとともに、圧粉成形された成形体を再結晶温度600℃以下で熱処理することにある。
【0014】
V,Ti,Al,Si,Zr等は、熱力学的に安定な酸化物を形成する元素である。これらが微量ではなく、本発明の範囲よりも多く含まれる場合は、粉末粒子の表面近傍の領域で表面から水の分解を経て侵入してきた酸素と優先的に反応し、酸素の吸収を促進させ、急冷中に安定な酸化物を過剰に生成する。過剰な酸化物は圧粉成形性,成形加工の熱処理による歪の除去(より低温での一次再結晶化)を阻害し、鉄損の増大を招く場合がある。
【0015】
また、添加物の化合物粒子は、熱処理により母相から凝集して生成するが、大きく成長させすぎると歪に与える影響が大きい。また、凝集が不十分であると、酸素原子等の周辺で上述の歪を生じさせる。
【0016】
水アトマイズFe粉末は上記したようにアトマイズ中に水との反応で生成する酸素を多く含有する。上記構成によれば、圧粉成形性,成形体の歪の熱的回復(あるいは磁気特性)に及ぼす酸素の好ましくない影響を低減する。この低減の手法は同時にC,Nの低減の課題も解決するが、水アトマイズ鉄粉ではこれらの元素の含有量は酸素に比して少ない。
【発明の効果】
【0017】
上記構成によれば、酸素の影響を抑制した圧粉磁性体用粉末を安価に提供することができる。具体的には、水アトマイズFe粉末の変形抵抗を低く、一次再結晶温度を低温化することができる。さらに、絶縁被覆された水アトマイズFe粉末粒子よりなる圧粉磁性体は、熱処理を実施されることによって低鉄損化する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】水アトマイズFe粉末の製造と水素熱処理工程。
【図2】No.5開発材のビッカース硬さ(荷重10g)の等時焼鈍曲線。
【図3】透過電子顕微鏡観察したNo.5開発材の圧粉成形体中の一圧粉における材料組織の模式図。
【図4】透過電子顕微鏡観察したNo.5開発材圧粉成形体中の一圧粉における母相中の析出物写真。
【図5】モータのステータ用磁心として金型成形した3次元の圧粉磁心の概観図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、水アトマイズFe粉末の低変形抵抗および一次再結晶温度の低温化、さらに絶縁被覆した水アトマイズFe粉末の圧粉磁性体に実施される熱処理によってもたらされる低鉄損化といった特性向上の手段として、悪影響を及ぼすガス不純物の酸素、加えてC,Nの期待されない作用を低減する方法を検討した。
【0020】
水アトマイズFe粉末は微粉化中に水との反応で生成する酸素を多く含有し、ガスアトマイズ粉末のようにC,S含有量は多くない。酸素原子は、圧粉成形性,成形加工の熱処理による歪の除去(より低温での一次再結晶化)の阻害になる。従って、鉄損の増大を招く惧れがある。
【0021】
そのため、ガス不純物O,C,Nの作用低減のために、上記ガス不純物O,C,Nと親和力が強い元素を適切な組成範囲に制御して添加し、粉末中に残存するそれらを上記添加元素と共に析出物として母相から取り出すことで、水アトマイズFe粉末の母相をより清浄化する材料組織制御方法,材料の製造方法を考案した。
【0022】
本発明では、ガス不純物O,C,Nの作用低減のために、水アトマイズ後に十分な水素熱処理を実施して、粉末中に含有するガス不純物量を低減し、かつ、上記ガス不純物と親和力が強い元素を適切な組成範囲に制御して添加し、残存するガス不純物を酸化物,炭化物,窒化物、及びそれらの複合化合物として凝集する。さらに、添加元素と共に析出物として母相から取り出すことで、水アトマイズFe粉末の母相をより清浄化する。
【0023】
具体的には、添加元素としてNb,Ta,Ti,Zr,Vから成る群から選ばれた少なくとも一種以上を含有させる。合計添加量は、粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を低減できるところの適切な範囲にする必要がある。
【0024】
さらに、十分な水素熱処理を実施して、粉末中に含有するガス不純物量を低減することも可能である。水アトマイズ法で粉末状にされた後に、粉末を800℃〜1000℃の温度範囲で水素ガスを含む還元雰囲気中で熱処理すると、ガス不純物濃度を低減できる。かつ、残留するガス不純物についても、添加元素と共に析出物として凝集されて、粗大化して粉末母相を清浄化する。特に、850〜1000℃で熱処理を施すことが好ましい。
【0025】
その結果、新規の安価な軟磁性Fe粉末とそれを製造する材料組織制御技術,材料製造方法を提供することができる。
【0026】
本発明で用いる圧粉成形用水アトマイズFe粉末はその組成として、添加元素であるNb,Ta,Ti,ZrあるいはVの少なくとも1種以上を含有する。これらの元素は、いずれもFe粉末の母相中のガス不純物のO,C,Nと強く反応して酸化物,炭化物,窒化物、及び他の成分を含んだそれらの複合化合物として凝集し、母相を清浄化する特徴を有する。
【0027】
その中でそれらの炭化物,窒化物は原子比で1:1の割合で反応して生成される析出物であり、Fe中においては不可避不純物のCr,Mn,Siの炭化物,窒化物よりも一般的に標準生成自由エネルギーが十分低く、熱力学的に安定である。Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVはそれぞれを単独でFe粉末に添加しても、複数種の元素を同時に添加しても、同様な固溶C,Nのトラップ効果を発揮する。本発明の水アトマイズFe粉末では、水アトマイズ処理において溶融アトマイズ粒子中のC,Nは水と反応し、結果的にその後急冷凝固したアトマイズ粉中のC,N含有量は低減される。逆に、酸素量の増加をもたらす。この点が冷却媒体としてHeやAr等を利用するガスアトマイズ処理とは処理後の組成が相違する。酸素の増加は粉末の熱処理において炭化物,窒化物よりも多くの酸化物を析出させる。
【0028】
ここで不純物元素とそれらを固定化する安定化元素を含むFe粉末の作製方法について説明する。本発明のFe粉末は水アトマイズ法により作製する。Cr,Mn,Siを含む不可避不純物の下記組成範囲を満足するように原料鉄を選定して、るつぼなどの容器に入れ、高温に加熱して溶融状態とするが、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVから選ばれる1種以上の元素を同時添加し、攪拌し均一化する。この段階で所定の化学組成となった溶融鉄に、高圧の水を吹付けて急冷凝固させ、微粉化して回収する。
【0029】
本発明で用いる圧粉成形用Fe粉末は、水アトマイズ処理直後には上記したように多量の酸素(0.2質量%程度か、それ以上)を含有する。表面層は酸化層に被覆され、内部の母相にも多くの酸素が急冷固溶する。水アトマイズ粉末の酸素の低減には、上記のNb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加する処理に加えて、水素を含む還元ガス中の熱処理を併用すると効果的である。この効果が顕著となる温度範囲は800℃以上,1000℃以下である。1000℃以上は粉末の凝集,焼結が促進されすぎることから、また、800℃以下での水素処理は酸素の低減効果が抑制されることから好ましくない。さらに、850℃以上とすることにより、安定した水素処理が可能である。
【0030】
添加元素(Nb,Ta,Ti,ZrあるいはV)の添加量は、ガス不純物(O,C,N)の含有量、及び特に酸素と強く結合しやすい不可避不純物に依存する。このような不可避不純物としては、特に不純物として多く存在するSi,Mn,Crの影響が大きい。Si,Mn,Cr量を質量%で合計0.15%以下、O,C,Nを合計0.05%(原子%では概ね0.18%)以下とすることが望ましい。この場合のNb,Ta,Ti,ZrあるいはVの内少なくとも1種よりなる添加元素の合計添加量は原子%で合計0.001〜0.03%の範囲、特に0.003〜0.03%が好ましい。なお、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを単独添加する場合には、上記原子%で0.03%の合計添加量は、質量%で、それぞれ、概ね0.05%,0.097%,0.025%,0.05%あるいは0.027%に相当する。この範囲の添加量で添加元素を含有させ、粉末の変形抵抗,再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を高めるO,C,Nを、析出相として凝集する。さらに、上記の水素熱処理を併用し、熱処理中に析出相を粗大化して、より無害化する目的が達せられる。ここでは酸化物、特に複合酸化物生成が大きな役割を果たす。ただし添加物を原子%で0.03%以上添加すると、析出物の粗大化が進まず、微細な析出物の残存する分布形態となる。高密度分布した微細な析出物の存在は、むしろ目標とする特性の改善を大きく阻害する。
【0031】
圧粉成形用Fe粉末の好ましい特性を得るためには、水素熱処理を行った粉末の不可避不純物量は、経済性,生産性を含め考慮すると、質量%で原子番号9以上の元素が0.25%以下、原子番号8以下の元素が0.05%以下の範囲である必要がある。原子番号9以上の元素は多くが金属元素である。特に、製造上Cr,Mn,Siが多く含有される傾向にあり、制限が必要である。
【0032】
Crは、O,C,Nに対する凝集作用を期待でき、含有量を質量%で0.05%以下とする。含有量が質量%で0.05%を超えると、製造過程でFe粉末粒子の表面から内部に拡散してきた酸素と反応して、安定なCr酸化物を多数形成する。従って、圧粉成形体の歪の熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招くため好ましくない。特に、0.03%以下とすることがより望ましい。
【0033】
Mnは、製造上多く存在する。Mnの含有量は、質量%で0.1%以下とする。質量%で0.1%を超えると、Crと同様にFe粉末の製造過程で表面から内部に拡散してきた酸素と反応して、安定なMn酸化物を多数形成することで、圧粉成形体の歪の熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招くため好ましくない。
【0034】
Siは、酸化物生成自由エネルギーが小さく、酸化物をより形成し易く、さらに安定であるため粗大化しにくい。従って、できるだけ含有量を抑え、質量%で0.02%以下とすることが好ましい。質量%で0.02%を超えると、鉄粉の製造過程で表面から内部に拡散してきた酸素と反応して、安定なSi酸化物を多数形成することで、圧粉成形体の歪の熱回復を遅らせてヒステリシス損失の増大を招く。
【0035】
原子番号8以下の不可避不純物の元素では、C,O,Nがほとんどを占める。水アトマイズ粉末では、C,N量の合計は質量%で0.002%以下とする。上記した理由でC,N量は低く、さらに水素熱処理により低減できる。ガス不純物では酸素が大部分を占める。水素熱処理した水アトマイズ粉末の酸素量は、表面酸化層も含めて、最大でも概ね0.05%(原子%で概ね0.18%)近く、C,O,Nの合計では質量%で0.05%以下が好ましい。
【0036】
Nbは、O及びC,Nの除去において効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に固定されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去され、残留量は上記熱処理中にNbを含む酸化物として、またNbC,NbNとして析出し、処理時間の進行に伴なってそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。Nbの添加量は、原子%で0.03%を超えると特に酸化物の密度が増え、粗大化に伴う母相の清浄化効果を損なうため、0.03%以下が好ましいが、0.001%未満では効果がより低減するため、0.001〜0.03%の範囲が好適である。Nbと同時にTa,Ti,Zr,Vから成る群から選ばれた一種以上を添加する場合もNbを含めた合計で0.001〜0.03%の範囲が好ましい。残留する酸素等の量によっても異なるが、これらの元素を0.003%以上添加することが特に好ましい。
【0037】
Taは、O及びC,Nの除去において効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に固定されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去されるが、残留量は上記熱処理中にNbを含む酸化物として、またTaC,TaNとして析出し、処理時間の進行に伴なってそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。Taの添加量は、原子%で0.03%を超えると特に酸化物の密度が増え、粗大化に伴う母相の清浄化効果を損なうため、0.03%以下が好ましいが、0.001%未満では、効果がより低減するため、0.001〜0.03%の範囲が好適である。Taと同時にNb,Ti,Zr,Vから成る群から選ばれた一種以上を添加する場合もTaを含めた合計量で0.001〜0.03%の範囲が好ましい。
【0038】
Tiは、O及びC,Nの除去においてNb,TaあるいはVよりも効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に固定されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去されるが、残留量は上記熱処理中にTiを含む酸化物としてまたTiC,TiNとして析出し、処理時間の進行に伴なってそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。Tiの添加量は、そのO及びC,Nとの結合力がNb,TaあるいはVよりも強く、原子%で0.03%を超えるとそれらの析出物の密度が増え、かつより安定的で、粗大化に伴う母相の清浄化効果をより損なうことから、0.03%以下の制限を設定することが好適であり、また0.001%で十分効果が期待できるため、0.001〜0.03%の範囲がより好適である。Tiと同時にNb,Ta,Zr,Vから成る群から選ばれた一種以上を添加する場合もTiを含めた合計量で0.001〜0.03%、特に0.003〜0.03%の範囲が好ましい。
【0039】
Zrは、Tiと同様にO及びC,Nの除去においてNb,TaあるいはVよりも効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に固定されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去されるが、残留量は上記熱処理中にZrを含む酸化物としてまたZrC,ZrNとして析出し、処理時間の進行に伴なってそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。Zrの添加量は、そのO及びC,Nとの結合力がNb,TaあるいはVよりも強く、原子%で0.03%を超えるとそれらの析出物の密度が増え、かつより安定的で、粗大化に伴う母相の清浄化効果をより損なうことから、0.03%以下の制限を設定することが好適であり、また0.001%まで十分効果が期待できるため、0.001〜0.03%の範囲がより好適である。Zrと同時にNb,Ta,Ti,Vから成る群から選ばれた一種以上を添加する場合もZrを含めた合計量で0.001〜0.03%、特に0.003〜0.03%の範囲が好ましい。
【0040】
Vは、O及びC,Nの除去において効果的な役割をする。水アトマイズ処理中に急冷でFe粉末に固定されるO及びC,Nは上記した800℃〜1000℃範囲の水素熱処理において除去されるが、残留量は上記熱処理中にNbを含む酸化物としてまたVC,VNとして析出し、処理時間の進行に伴なってそれらの析出物は粗大化して粉末母相を清浄化する。酸化物はFe中に含有する他の金属元素との複合酸化物であってもよい。その清浄化によってFe粉末の変形抵抗,一次再結晶温度,圧粉成形体の鉄損を下げる効果が増大する。Vの添加量は、原子%で0.03%を超えると特に酸化物の密度が増え、粗大化に伴う母相の清浄化効果を損なうため、0.03%以下が好ましいが、0.001%未満では効果がより低減するため、0.001〜0.03%の範囲が好適である。Vと同時にNb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた一種以上を添加する場合もVを含めた合計量で0.001〜0.03%、特に0.003〜0.03%の範囲が好ましい。
【0041】
ガス不純物がすでに水素熱処理により低減されていることから本発明の水素熱処理水アトマイズFe粉末の母相に存在する析出物量は、量的には抑えられており、そのことからもその平均粒径は0.5μm以下で存在することが好ましい。
【0042】
析出物の寸法範囲は以下のように制限される。水アトマイズにより製造されるFe粉末は、溶融Feが粉砕され、急冷凝固した組織になっている。水(すなわち酸素)との反応で粒子の表面は酸化皮膜に覆われているが、粉末内部では成分原子はより固溶状態で凍結されている。組織には、通常のるつぼ溶解,空冷却した凝固体とは全く相違する。後者は、より熱平衡状態の組織であり、μmレベルの酸化物介在物,MnS等が存在するが、水アトマイズ粉末の凍結組織ではそれらの生成は難しい。800℃〜1000℃の範囲で実施する水素雰囲気での熱処理により、上記したようにガス不純物は還元されて低減されていくが、同時に凍結していた成分原子の拡散が進行して、析出物の形成が起こる。濃度が低減した残留のガス不純物、特に支配的な酸素は成分の金属原子と反応し、析出し、成長する。このような現象を踏まえると800℃〜1000℃、1時間の水素熱処理中で生成される支配的な酸化物の析出物は、その密度も低く、その平均粒径は0.5μm以下,0.02〜0.03μm以上で存在し得ることが好ましい。
【0043】
本発明の水素熱処理水アトマイズFe粉末は、該粉末の圧縮成形における塑性変形の阻害(抵抗)となるO,C,Nのガス不純物を低減する水素熱処理及びNb,Ta,Ti,ZrあるいはV添加処理がなされていることから、該粉末の平均のマイクロビッカース硬さは低減され、120以下である。このことから同じ成形体密度を得る成形圧力も従来粉末成形体よりも低減される。
【0044】
本発明の水アトマイズFe粉末に水素熱処理を実施しない場合は、水アトマイズによる急冷作用により、多量のガス不純物原子(O,C,N)が、熱的な非平衡状態で強制的にFe母相(マトリックス)中に固溶,固定される。特に酸素は量的に多く、酸素の一部はFe粉表面近傍にFe主体の酸化物として残留する。また、酸素以外のガス不純物であるC,Nも、Fe粉中にC,Nの合計で最大0.01%程度残留する。これらの不純物の作用としては、不純物が持つ格子歪のために、粉末の圧縮成形時の変形抵抗(塑性変形を担う転位の移動抵抗)が高まると共に、他方では鉄損,磁気密度等の磁気特性が劣化する。
【0045】
その他の影響としては、粉末の成形性を損い、圧粉成形体の密度低下が生じる可能性がある。さらに、歪取り熱処理の際の加工歪の回復および一次再結晶化の遅延などの問題が生じると、成形体の磁気特性が顕著に劣化する。
【0046】
水素熱処理はFe粉の圧縮成形時の変形抵抗を抑制し、成形体の磁気特性改善の目的から重要である。水素熱処理の実施により、ガス不純物濃度を還元作用により低減することができる。さらに残留するガス不純物を非平衡な固溶状態から添加元素(Nb,Ta,Ti,ZrあるいはV)と共に析出物として凝集粗大化することで、粉末母相を清浄化することが可能となる。
【0047】
水素熱処理は、純水素雰囲気下や、アンモニア分解などで得られる水素と窒素の混合雰囲気下、純水素とアンモニア分解ガスの混合等、水素ガスを主体とした還元作用を有する雰囲気下で実施される。水素熱処理では、鉄粉は加熱装置内にそのまま配置するなど静的環境下に配置し、加熱装置内を還元雰囲気としたり、水素を導入することで実施される。さらに、移動ベルト上に配置し、炉中を移動させながら還元雰囲気と接触させたり、円筒形状の加熱炉を回転させて還元するなど、動的環境中にて加熱を加える方法もガス不純物の低減に有効である。
【0048】
本発明の水素熱処理水アトマイズFe粉末を、金型成形にて高圧下で過度の塑性変形をさせ、圧粉成形体とする。圧粉成形体の磁性特性の向上のためには、成形体内部の歪(格子欠陥等から生じる歪)を除去する熱処理を実施する必要がある。さらに圧粉成形体を磁心に使用するためには、粉末の表面を薄い絶縁皮膜でコートしなければならず、上記熱処理は該皮膜の絶縁性を維持する上で該皮膜の耐熱温度を超えて実施することができない。
【0049】
現状の絶縁皮膜は鉄リン酸ガラス(Fe−P−O)が使用されている。鉄リン酸ガラスの耐熱温度は最大で550℃付近と言われている。従って、本発明の水素熱処理された水アトマイズFe粉末の一次再結晶温度は600℃以下であることが好ましい。水素熱処理された水アトマイズFe粉末では、歪の回復,一次再結晶化の阻害となるO,C,Nのガス不純物を低減する水素熱処理が行われており、また、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVが添加されているため上記範囲とすることができる。
【0050】
本発明の水素熱処理水アトマイズ粉末の表面を絶縁被覆し、複合粉末とし、さらに圧縮成形し、この圧粉磁性体をモータや電気回路等の磁心に供することができる。さらに、圧縮成形された圧粉成形体を絶縁皮膜の耐熱性が維持できる温度範囲、すなわち550℃以下で歪取り熱処理を実施することが好ましい。歪取り熱処理により、高磁束密度と低鉄損の性質が得られる。該熱処理粉末の低変形抵抗性から成形体の密度は7.45以上とすることができる。
【0051】
本発明のFe粉末の粒径は、100〜400μmの平均粒径を有することが好ましい。例えば、100〜300μmの粒度分布を有し、平均粒径200μmの粉末がよい。平均粒径が小さく、多くの粉末が極端に微小な場合には、粉末の表面積が増大して粉末同士の接触界面が増えるため圧粉磁性体の鉄損が増大する。一方、平均粒径が大きく、粉末の粒径が大きすぎるものが多くなると、うず電流損が生じ好ましくない。
【0052】
本発明のFe粉末,軟磁性材料,圧粉磁心およびその製造方法は、例えばモータコア,電磁弁,リアクトル、もしくは電磁部品一般に好適に利用される。
【0053】
〔実施例〕
以下、実施例で更に詳細を説明する。
【実施例1】
【0054】
本実施例では、数種類の純FeにNb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加し製造した水アトマイズ粉末の諸特性について調査した。
【0055】
図1は水アトマイズFe粉末の製造工程を示す。所定の化学組成になるように純Feの選定、添加元素を配合して、それら素材を溶解、高圧水を用いて溶融Feの粉砕と急冷凝固を行いFe粉末化した(工程1及び2)。粉末粒子表面に酸化皮膜を有するFe粉末をその平均粒径が100μmとなるように篩い分け、その選別粉末をガス不純物低減のために乾水素が流れる雰囲気中、950℃±4℃で1時間、熱処理した(工程3及び4)。熱処理中に一部粉末間の凝集が進んだため、個々の粉末を分離するためにできるだけ歪が加わらないように配慮しつつ、機械的に粉砕した(工程5)。ここで歪導入の懸念がある場合には粉砕後、水素を含む還元雰囲気か真空中で600℃,30分〜1時間の焼鈍を実施してもよい(工程6)。本実施にては真空中にて工程6を30分間実施した。水アトマイズ直後の黒化した粉末表面が水素熱処理で薄灰色に変色した。
【0056】
表1に、製造した水アトマイズFe粉末の化学分析結果の組成を示す。
【0057】
【表1】

【0058】
各粉末については、水アトマイズ法で所定の化学組成に配合して、溶解,粉末化した。
25種類のFe粉末は、水アトマイズFe粉であるため、酸素を不純物として多量(質量%で0.17〜0.2%の範囲)に含んでいる。酸化皮膜形成の寄与が大である。不純物Cの濃度は0.001〜0.003%程度である。またN濃度は、いずれの材料でも0.002%以下となり、非常に少ない。C,Nはアトマイズ中に水(すなわち酸素)との反応でかなりの量が除去されていると思われる。
【0059】
表1のNo.1〜3は比較材であり、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加していない。No.3では金属不純物を極端に抑えた4N純度の素材で水アトマイズ粉末としている。No.4以降の本発明材において、No.4〜No.19はNb,Ta,Ti,ZrあるいはVの単独添加した粉末である。さらにNo.20〜No.25はそれらの複合添加粉末である。No.3を除いて不純物のCr,Mn、及びSi量はそれぞれ質量%で0.03%以下、0.1%以下及び0.02%以下にあった。
【0060】
表2に、水アトマイズ粉末の水素熱処理後の特性(酸素濃度,ビッカース硬さ,一次再結晶温度)、及び粒子に絶縁被覆を施した粉末から成る圧粉成形体の保磁力,密度,比抵抗を示す。
【0061】
【表2】

【0062】
水素熱処理後の各粉末の酸素濃度は、表2に示すように化学分析結果から、どの粉末も重量%で0.024%〜0.034%の範囲まで減少した。またCは、いずれも0.002%以下の範囲に収まっていた。Nは0.001%以下であった。水素熱処理による酸素低減効果は極めて大きく、またC,Nの低減の効果も確認された。
【0063】
表2に、水素処理粉末のマイクロビッカース硬さ試験(荷重10g)の結果を示す。硬さ試験は粉末を樹脂に埋め込み、研摩して室温にて粉末断面に圧子を挿入して実施した。比較的粒径の大きな粉末を選び、計測点は5点で、表の値はそれらの平均値である。比較材No.1〜No.3では硬さは120を超えるが、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加した本発明材は98〜117の範囲にあり、120以下を確認できた。酸素濃度と硬さの相関は明瞭ではなかった。
【0064】
また水素処理粉末の再結晶温度を計測した。各粉末自身を潤滑剤無しに圧力980Mpaで金型成形して7mm×7mm×2mmの圧縮加工の成形体を作り、室温以上800℃までの
温度範囲で等時焼鈍実験を実施した。焼鈍条件は、100℃からスタートして、温度上昇間隔ΔT=50℃,保持時間30分である。100,200,300,400,450,500,550,600,650,700,800までそれぞれ焼鈍した。焼鈍された成形体を上記のプロセスに従い、室温で硬さ試験した。
【0065】
例として、図2に、No.5粉末の成形体におけるビッカース硬さの等時焼鈍曲線を示す。500℃から硬さの低下が顕著になり、600以上で105の値に飽和する傾向にある。105の値は水素熱処理した粉末単体の硬さ98よりやや大きい。一般に純鉄や低炭素鋼の硬さ低下は、再結晶化率に概ね比例している。図2の硬さの変化の極値(最大変化)を示す温度を一次再結晶温度と定義した。No.5では、それは概略500℃と550℃の間で認められた。同様の方法で各材料の一次再結晶温度を測定した。
【0066】
表2に各材料の一次再結晶温度を示す。500−550は500℃<一次再結晶温度<550℃を意味する。Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加した材料(No.4〜No.25)の一次再結晶温度は600℃より低い。添加物の添加による再結晶温度の低温化が確認された。またビッカース硬さが低いと一次再結晶温度は低い傾向にあるため、硬さと再結晶温度の相関が予想される。
【0067】
上記No.5材料の成形体を530℃で焼鈍し、透過電子顕微鏡で内部組織を確認した。使用した透過電子顕微鏡は日立製H−9000UHR(加速電圧300kV)である。透過電子顕微鏡用の試料は、Gaイオンビームによって成形体から試料の摘出,薄膜化するFIBマイクロサンプリング法で作製された。
【0068】
図3に観察された成形体中の一圧粉の組織を模式的に示す。圧粉の平均の粒径は約120μmであり、10〜30μmの粒径の単結晶1の集合体よりなる多結晶体であった。圧粉の表面は酸化物を含む薄い層2で被覆されており、該薄膜は0.1〜0.5μmの厚さであった。一部、粒径が10μm以下の微結晶5が存在し、特に表面近傍に確認された。単結晶1の母相には析出物4と加工によって導入された転位6の一部が観察された。残留転位6の存在は一次再結晶が100%完結していないことを示している可能性がある。
【0069】
母相内部及び結晶粒界3には、析出物4が観察された。図4に母相内部の一つの析出物の透過電子顕微鏡写真を示す。析出物の形態は、不純物金属元素、本発明の添加元素を含んだ酸化物で、粒径が50〜200nm(0.05〜0.2μm、平均0.1μm)、分布は4〜5個/200μm2であった。μmレベルの大きな析出物は確認されなかった。析出物は複合酸化物で、EDX分析からFe,Cr,Mn,Nb,Oで構成されていた。観察された複合酸化物では、酸素量は50%〜70%の範囲にあった。また実施した計測の範囲では、Fe単独の酸化物は確認されず、また金属炭化物,金属窒化物,硫化物も確認されなかった。
【0070】
No.9,No.12,No.14,No.18,No.21,No.25についても同様の観察を行った。No.5と同様に、各粉末に添加されたNb,Ta,Ti,ZrあるいはVを含んだ複合酸化物を析出物として確認した。
【0071】
透過電子顕微鏡の分解能で、限られた視野内の観察では、数nmサイズの析出物で、未確認のものもあるものの、水素熱処理された水アトマイズ粉末の成形体は、複合酸化物を含み、概ねそれらが微細分散でなく、十分に成長したものであった。
【0072】
表2の結果のとおり、比較材No.1〜No.3においては一次再結晶温度が600℃以上と本発明材より高くなる傾向がある。比較材のNo.1〜No.3の試料粉末について、透過電子顕微鏡による同様の観察を行った結果、粒径が数nm〜20nmの極めて微細な析出相が100個/200μm2以上と多数存在していた。従って比較材では、本発明材と比較して、析出相が微細かつ高密度に分散する様子を確認できた。EDX(エネルギー分散型X線分析装置)分析から、微細析出物はFe,Cr,Mn,Oで構成されており、Fe−Cr−Mnを主体とする複合酸化物である事がわかった。従って、Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを含まない比較材においては、析出相の複合酸化物が微細化し多数析出することで、Fe粉の変形抵抗が増加して、再結晶温度が低下しなかったと推測される。
【実施例2】
【0073】
次に、本発明の水アトマイズ粉末の圧粉磁心としての磁気特性を確認した。粒径が100μmを中心に30μm〜200μmの水素熱処理粉末をリン酸塩水溶液に浸漬し、表面に鉄リン酸ガラスの絶縁被膜を形成した。次に絶縁被覆したFe粉末に潤滑剤を加え980MPaの圧力で加圧成形して、圧粉磁性体を作製した。成形体の形状は外形25mm,内
径15mm,厚さ5mmのリング形状とした。鉄リン酸ガラスの耐熱温度が最大550℃であ
るため、成形体を窒素ガス雰囲気で530℃で60分間の熱処理を行った。
【0074】
磁気特性は保磁力で評価した。絶縁被覆した各粉末成形体の保磁力の結果を表2に示す。Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを含まない比較材No.1,2,3は保磁力値が200A/mを超えている。これはヒステリシス損失が33w/kg以上と見積もられる。一方でNb,Ta,Ti,ZrあるいはVを含むNo.4〜No.25の材料の保磁力値は、150〜200A/mの範囲にある。保磁力の変化は、硬さ,一次再結晶温度の傾向と、概ね一致していた。
【0075】
いくつかの試料について、上記熱処理した成形体の密度と比抵抗の測定を実施した。密度はアルキメデス法、比抵抗測定は四端子法を用いた。測定結果を表2に示す。Nb,Ta,Ti,ZrあるいはVを添加した場合は、いずれも密度7.45以上,20μΩ・m以上を満足した。
【0076】
以上の結果から、本発明者が主張する、Fe粉末にNb,Ta,Ti,ZrあるいはVから選ばれる内の少なくとも1種以上を、適切な範囲で添加すること及び水素を含む還元雰囲気で熱処理することで、圧粉磁性体の強度,一次再結晶温度の低減,保磁力(言い換えれば鉄損)等の磁性特性を向上する技術が得られた。
【実施例3】
【0077】
実施例2と同様に、開発材No.5,No.12,No.15,No.21に表面絶縁,潤滑処理をし、モータ用磁心として3次元の圧粉磁心を金型成形した。図5はその圧粉磁心の概観図であり、外径90mm,高さ10mmである。成形圧力は980MPaであった。開発材
のフランジ部7と爪部8を数箇所切り出して、アルキメデス法でそれらの密度を測定した。No.5,No.12,No.15,No.21の爪部の密度はそれぞれ平均7.55,7.54,7.56,7.56であった。外周,平坦部を含むフランジ部は爪部より0.01〜0.03低かった。
【0078】
実施例2とは2次元,3次元の形状の相違があるが、高い成形密度が3次元金型成形でも確認された。したがって3次元成形体でも、実施例2と同様の熱的,磁気的特性が得られると考える。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明のFe粉末,軟磁性材料,圧粉磁心およびその製造方法は、例えばモータコア,電磁弁,リアクトル、もしくは電磁部品一般に利用される。
【符号の説明】
【0080】
1 α−Feの単結晶
2 薄い酸化皮膜層
3 結晶粒界
4 析出物
5 微結晶
6 転位
7 フランジ部
8 爪部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を主成分とする圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、
前記粉末は、V,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種の元素を合計量で0.001〜0.03原子%と、炭素,窒素,酸素を合計量で0.05質量%以下と、不可避の金属不純物を0.25質量%以下とを含む鉄より成り、
前記粉末は、表面に形成された酸化層と、内部母相に析出した析出粒子を含み、
前記析出粒子はV,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種の元素と、酸素とを主成分とする粒子であって、
前記析出粒子の平均粒子径が0.02μm以上0.5μm以下である、圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項2】
請求項1に記載された圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、
前記粉末は少なくともVを含む圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項3】
請求項1に記載された圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、
前記粉末は前記不可避の金属不純物としてCr,Mn,Siから成る群から選ばれた少なくとも一種を含み、それぞれの含有率がCr:0.05質量%以下,Mn:0.1質量%以下,Si:0.02質量%以下である圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項4】
請求項1に記載された圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、
前記粉末の粒子の平均マイクロビッカース硬さが120以下である圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項5】
請求項1に記載された圧粉磁性体用軟磁性粉末であって、粉末粒子の表面に絶縁被覆層を有する圧粉磁性体用軟磁性粉末。
【請求項6】
鉄を主成分とし、V,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種を0.001〜0.03原子%有する溶融合金に水を吹付けて冷却し、微粉化された合金を、水素を含む還元雰囲気中800℃〜1000℃の温度範囲で熱処理し、前記合金粉末を圧粉成形する圧粉磁性体の製造方法であって、
前記圧粉成形後に、前記圧粉成形体を再結晶させる工程を有し、前記再結晶温度が600℃以下である、圧粉磁性体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載された圧粉磁性体の製造方法であって、
前記熱処理された合金粉末に絶縁被覆層を設ける工程を含み、前記絶縁被覆層を有する粉末粒子から成る合金粉末を圧粉成形することを含む圧粉磁性体の製造方法。
【請求項8】
請求項1で規定される圧粉磁性体用軟磁性粉末を用いて形成した圧粉磁性体。
【請求項9】
鉄を主成分とし、V,Nb,Ta,Ti,Zrから成る群から選ばれた少なくとも一種を0.001〜0.03原子%含む溶融合金に水を吹付けて冷却し、微粉化された合金を、水素を含む還元雰囲気中、800℃〜1000℃の温度範囲で熱処理することを含む圧粉磁性体用軟磁性粉末の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載された圧粉磁性体用軟磁性粉末の製造方法であって、前記熱処理後に絶縁被覆層を設ける工程を更に含む圧粉磁性体用軟磁性粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−10673(P2010−10673A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129795(P2009−129795)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】