圧電アクチュエータ及びその製造方法
【課題】リークパスの発生を抑制し、耐電圧特性を向上させた圧電アクチュエータを提供する。
【解決手段】Pt下部電極層4上に第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層5Aをアーク放電反応性イオンプレーティング(ADRIP)法により形成し、第1のPZT圧電体層5A上に第1の比誘電率より小さく表面ラフネスの小さい第2のPZT圧電体層5BをADRIP法により形成する。
【解決手段】Pt下部電極層4上に第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層5Aをアーク放電反応性イオンプレーティング(ADRIP)法により形成し、第1のPZT圧電体層5A上に第1の比誘電率より小さく表面ラフネスの小さい第2のPZT圧電体層5BをADRIP法により形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を含む圧電アクチュエータ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Pb、Zr、Tiの各元素を含む酸化化合物であるチタン酸ジルコン酸鉛PbZrxTi1-xO3(PZT)は図6に示す立方晶系ペロブスカイト型の結晶構造を有する。尚、図6においては、斜線球は単純立法配列のPb、黒球はZrもしくはTi、白球はOを示す。図7に示すごとく、PZTは<100>方向あるいは<111>方向に歪んだ場合に分極を発生し、これにより、(100)面配向もしくは(111)面配向のときに優れた圧電性を発揮する(参照:特許文献1の図5、図10)。つまり、PZTの結晶構造には正方晶系及び菱面体晶系があり、正方晶系PZTの場合には、<100>方向(a軸方向)(あるいは<001>方向(c軸方向))に最も大きな圧電変位が得られ、また、菱面体晶系PZTの場合には、<111>方向に最も大きな圧電変位が得られると言われている。また、圧電アクチュエータとしての重要な特性である耐電圧特性についてはチタン(Ti)リッチ(x<0.5)な正方晶系PZTの方が菱面体晶系PZTより良いとされている。これを利用したPZT圧電体層は、アクチュエータとして用いたMEMS素子、センサとして用いたMEMS素子、発電素子、ジャイロ素子等に用いられる。
【0003】
図8は第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。図8の圧電アクチュエータはキャパシタ構造をなしており、単結晶シリコン基板1、酸化シリコン層2、Ti密着層3、Pt下部電極層4、PZT圧電体層5及びPt上部電極層6を積層して形成されている。尚、単結晶シリコン基板1はシリコンオンインシュレータ(SOI)基板に置換し得る。また、下部電極層4は、Ir、SrRuO3等を用いてもよい。さらに、Ti密着層3は酸化シリコン層2とPt下部電極層4との密着性が悪いのでこれらの間の密着性を改善すると共に応力を緩和するものである。この密着層3はTi以外にCr、あるいはTiO2、MgO、ZrO2、IrO2等の導電性酸化物を用いてもよい。
【0004】
図8においては、正方晶系のPZT圧電体層5の矢印方向が結晶の<100>方向あるいは<001>方向に向いていると、Pt下部電極層4とPt上部電極層6との間に直流電圧を印加したときに、歪みが効率よく発生する。
【0005】
図8の圧電アクチュエータの製造方法を図9のフローチャートを参照して説明する。
【0006】
始めに、ステップ901を参照すると、単結晶シリコン基板1を熱酸化して酸化シリコン層2を形成する。尚、熱酸化処理の代りに化学的気相成長(CVD)法を用いてもよい。
【0007】
次に、ステップ902を参照すると、酸化シリコン層2上にスパッタリング法によってTi密着層3を形成する。引き続いて、Ti密着層3上にスパッタリング法によってPt下部電極層4を形成する。
【0008】
次に、ステップ903を参照すると、Pt下部電極層4上にスパッタリング法によってPZT層5を形成する(参照:特許文献2)。尚、スパッタリング法の代りにCVD法を用いてもよい。あるいは、ゾル・ゲル法を用いてもよい(参照:特許文献3)。尚、ゾル・ゲル法は、一度に圧電体層を厚く成膜することができないので、圧電体前駆体層の形成、焼成を繰返して所望の厚さの圧電体層を形成する。
【0009】
最後に、ステップ904を参照すると、PZT圧電体層5上にスパッタリング法によってPt上部電極層6を形成する。
【0010】
尚、ステップ902、904におけるスパッタリング法の代りに、電子ビーム(EB)蒸着法を用いてもよい。
【0011】
しかしながら、図6の圧電アクチュエータにおいては、たとえ、(100)配向のPt下部電極層4にPZT圧電体層5を形成しても、Pt下部電極層4が多結晶構造であるので、PZT圧電体層5の結晶構造が乱れてPZTの配向性つまり圧電特性が低い。
【0012】
図10は第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献4の図1)。図10においては、圧電特性を向上させるために、図8の構成要素に対して配向制御層11、12を付加してある。この場合、配向制御層11は(100)配向の酸化物層よりなり、Pt下部電極層4は(100)配向をなし、配向制御層12は(100)あるいは(001)配向のペロブスカイト型酸化層よりなる。これにより、Pt下部電極層4の影響がスパッタリング法等によるPZT圧電体層5の柱状構造の成長へ及ばないようにする。また、PZT圧電体層5の成膜初期にZr酸化物からなる結晶性の低い層が形成されないようにする。この結果、PZTの配向性つまり圧電特性は向上する。
【0013】
しかしながら、図10の圧電アクチュエータの製造方法においては、図9に示す製造工程に、配向制御層11、12の形成工程の付加によって製造工程が複雑となり、この結果、異物が混入する可能性が高くなり、圧電特性の向上はさほど期待できない。しかも、下層(単結晶シリコン基板1)から上層(配向制御層12)への結晶性等の影響からプロセスマージンが小さくなる。
【0014】
図11は第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献5の図1)。図11においては、耐電圧特性を向上させるために、図8の圧電体層5の代りに複数のPb過剰(Pbリッチ)PZT圧電体層5a、Pb欠損(Pbリーン)PZT圧電体層5bを交互に積層したPZT圧電体層5’を設ける。すなわち、PZT圧電体層を鉛リッチの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが多いペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すればプロセスマージンが大きくなるが、PbリッチなPZT圧電体層は、結晶粒界に導電性の良い鉛酸化物を有することが多いので、耐電圧特性が低くなる。他方、PZT圧電体層を鉛リーンの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが僅かに少ないペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すれば、プロセスマージンが小さくなるが、結晶粒界に鉛酸化物を有する割合が少ないので、耐電圧特性が向上する。このため、PZT圧電体層5’においては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bを積層することにより、PbリッチPZT圧電体層5aの鉛酸化物によってリークパスLPが発生してもPbリーンPZT圧電体層5bによって分断して耐電圧特性を大きくできる。
【0015】
しかしながら、図11の圧電アクチュエータにおいては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bの結晶成長が不連続となる。その結果、この不連続な部分、つまり、PbリッチPZT圧電体層5aとPbリーンPZT圧電体層5bの界面部分に圧電アクチュエータの駆動による機械的振動による割れ・剥離が発生し、圧電アクチュエータが破損する恐れがある。
【0016】
図12は第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。図12においては、PZTの圧電特性および耐電圧特性を向上させるために、図8に示すPZT圧電体層5の代りに、組成は高い圧電性能を示すと言われているモルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造を有する組成領域(PbZrxTi1-xO3においてMPBはx=0.52付近、x<0.52において正方晶構造を持つと言われている)のPZT圧電体層5Aを設けてある。このPZT圧電体層5Aは、図12の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである図13のステップ1301において、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5Aをアーク放電反応性イオンプレーティング(ADRIP)法を用いて形成している。
【0017】
図13のステップ1301におけるADRIP法は、スパッタリング法に比較してPZT圧電体層の堆積速度が大きいという利点を有し、また、有機金属化学的気相成長(MOCVD)法に比較して基板温度が低く、製造コストが低く、有毒な有機金属ガスを用いないので、対環境性がよく、また、原料の利用効率がよいという利点を有する。このADRIP法に用いられるADRIP装置を図14を参照して説明する(参照:特許文献6の図1)。
【0018】
図14において、真空チャンバ1401内の下方側に、Pb、Zr、Tiを独立に蒸発させるためのPb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2、Ti蒸発源1402−3が設けられる。Pb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2、Ti蒸発源1402−3上には、蒸気量センサ1402−1S、1402−2S、1402−3Sが設けられている。真空チャンバ1401内の上方側に、ウェハ1403aを載置するためのヒータ付ウェハ回転ホルダ1403が設けられる。
【0019】
また、真空チャンバ1401の上流側には、アーク放電を維持するために不活性ガスたとえばArガスおよびHeガスを導入する圧力勾配型プラズマガン1404及びPZT圧電体層5の酸素原料となる酸素(O2)ガスを導入するO2ガス導入口1405が設けられる。他方、真空チャンバ1401の下流側には、真空ポンプ(図示せず)に接続された排気口1406が設けられる。
【0020】
図14のADRIP装置において図13のADRIP本処理ステップ1301を行う場合、圧力勾配型プラズマガン1404によって導入されたArガスおよびHeガスによって高密度・低電子温度のアーク放電プラズマ1407を発生させ、そしてO2ガス導入口からO2ガスを導入し真空チャンバ1401内に発生している高密度・低電子温度のアーク放電プラズマ1407でO2ガスを励起させることによって、真空チャンバ1401内に多量の酸素ラジカルを主とする活性原子、分子が生成される。他方、Pb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2及びTi蒸発源1402−3より発生したPb蒸気、Zr蒸気及びTi蒸気が上述の活性原子、分子と反応し、所定温度たとえば約500℃に加熱されたウェハ1403a上に付着し、この結果、組成比xのPbZrxTi1-xO3が形成されることになる。尚、Pb蒸気、Zr蒸気、Ti蒸気は蒸気量センサ1402−1S、1402−2S、1402−3Sによって検出される。
【0021】
図12の圧電アクチュエータのモルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5Aの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図15(A)に示す。そして高誘電率なPZT圧電体層5A(図15(A))より若干TiリッチなPZT圧電体層を図15(B)に示す。ともにきれいな柱状構造を有し、良好な配向性及び圧電特性を示す。尚、図15の(A)、(B)に示すSEM写真は切削条件が異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開2003−81694号公報
【特許文献2】特開2001−223403号公報
【特許文献3】特開2000−94681号公報
【特許文献4】特開2003−188431号公報
【特許文献5】特開2007−335779号公報
【特許文献6】特開2001−234331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかしながら、上述の図12の圧電アクチュエータにおいては、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造を有する組成のPZT圧電体層5Aの成膜をおこなうと、表面ラフネスが大きくなってしまう。従って、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5A上のPt上部電極層6の表面ラフネスも大きくなる。この結果、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に電圧を印加すると、局所的に電場が集中して破壊し易く、これにより、PZT圧電体層5A側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Aに生じた結晶粒界に、図12に示すごとく、リークパスLPが発生し、耐電圧特性を低下させるという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の課題を解決するために、本発明に係る圧電アクチュエータは、下部電極層と、下部電極層上に設けられた第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層と、第1のPZT圧電体層上に第1の比誘電率より小さく表面ラフネスの小さい第2のPZT圧電体層を具備するものである。
【0025】
また、本発明に係る圧電アクチュエータの製造方法は、ADRIP法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、ADRIP法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して第1のPZT圧電体層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程とを具備し、第1のPZT圧電体層の第1の比誘電率より第2のPZT圧電体層の第2の比誘電率を小さくしたものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、比誘電率の小さい第2のPZT圧電体層によって比誘電率の大きい第1のPZT圧電体層の大きな表面ラフネスを補償することによりリークパスの発生を抑制するので、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。
【図2】図1のPZT圧電体層の比誘電率と耐電圧特性との関係を示すグラフである。
【図3】図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図4】図1のPZT圧電体層の圧電特性を説明するためのグラフである。
【図5】図12のPZT圧電体層の圧電特性を説明するためのグラフである。
【図6】PZTの結晶構造を示す図である。
【図7】PZTのX線解析パターンを示すグラフである。
【図8】第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図9】図8の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図10】第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図11】第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図12】第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図13】図12の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図14】図13のADRIP処理ステップに用いられるADRIP装置を示す図である。
【図15】図12のPZT圧電体層の断面を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図1は本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。図1においては、図12のPZT圧電体層5A上にPZT圧電体層5Aより比誘電率の小さなPZT圧電体層5Bを形成している。尚、PZT圧電体層5AのPbZrxTi1-xO3の組成比xはモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)近傍、かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造をもつ組成領域(x<0.52)である。
【0029】
図2はPZT圧電体層の比誘電率と耐電圧特性を表すグラフである。PZT圧電体層はADRIP法で作成した。図2によると、比誘電率が大きくなると、耐電圧特性は小さくなることがわかる。
【0030】
さらに、比誘電率は表面ラフネスとも関係が見られる傾向がある。図1に示すように、比誘電率の高いPZT圧電体層5Aは表面ラフネスは大きいが、それよりも比誘電率が低いPZT圧電体層5Bの表面ラフネスは小さい。この結果、PZT圧電体層5B上のPt上部電極層6の表面ラフネスも小さくなる。従って、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に電圧を印加しても、局所的に電場が集中しにくく、しかも、PZT圧電体層5B側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Bの結晶粒界に、図1に示すごとく、リークパスLPがほとんど発生せず、耐電圧特性を向上できる。
【0031】
PZT圧電体層5Bの比誘電率はPZT圧電体層5Aの比誘電率よりも低ければ表面ラフネスは小さくなるが、比誘電率の低い層が入るとデバイス性能にまで影響を与える。そのため、PZT圧電体層5Aの比誘電率は1100以上、PZT圧電体層5Bの比誘電率は700以上1000以下となっている。また、表面ラフネスの改善効果を得つつ、デバイス性能への影響を抑えるためPZT圧電体層5Bは、PZT圧電体層5Aと合わせたPZT圧電体膜厚の10%以上15%以下とする。
【0032】
PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5Bの比誘電率は酸素含有量、Pb含有量、Pb/(Ti+Zr)、PbZrxTi1-xO3の組成比xなどの影響に左右される。本発明においてはPbZrxTi1-xO3の組成比xを変化させることでPZT圧電体層5AとPZT圧電体層5Bの比誘電率を変化させた。一般的には組成比xがモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)に近づけば誘電率も大きくなり、遠ざかれば小さくなる。よって、PZT圧電体層5BはPZT圧電体層5Aよりもxの値が小さく、PZT圧電体層5AよりもTiリッチな層となっている。PZT圧電体層5Aのxは0.52以下0.43以上、PZT圧電体層5Bは0.45以下0.40以上の範囲内から選んだ。この範囲は共に正方晶かつ酸素含有量、Pb含有量、Pb/(Ti+Zr)の影響があったとしても、PZT圧電体層5Aの比誘電率は1100以上、PZT圧電体層5Bの比誘電率は700以上1000以下となるような範囲となっている。PZT圧電体層5Aは正方晶としての単層膜の作成の容易さを考えると、さらに0.49以下0.43以上の範囲内とすることが望ましい。
【0033】
図15の(A)、(B)を比べると、ともにきれいな柱状構造を有し、良好な配向性と圧電特性を示すものの、圧電特性は図15の(A)のほうが比誘電率は大きくより良好で、耐電圧特性は図15の(B)のほうが表面ラフネスが小さくより良好であるという違いがある。図15の(A)、(B)はそれぞれ単一の層として設けたものの写真であるが、本発明ではこれらと同じ層を連続し重ねて成膜する。すなわち、図15の(A)は高い比誘電率をもち本発明のPZT圧電体層5Aに当たり、図15の(B)はそれよりもTiリッチとして比誘電率を下げたPZT圧電体層であり本発明のPZT圧電体層5Bに当たる。
【0034】
図3は図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。図3においては、図13のフローチャートにPZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP処理ステップ301を付加してある。この場合、高誘電率PZT圧電体層5Aを形成するためのADRIP処理ステップ1301とPZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP処理ステップ301とは同一のADRIP装置を用いて連続的に実行される。従って、プロセスマージンの狭小化を防ぐことができる。また、図1の圧電アクチュエータにおいては、高誘電率PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bの結晶成長が連続となり、この結果、この組成比が連続的に変化する界面部分が圧電アクチュエータの駆動による機械的振動によって割れ、圧電アクチュエータが破損することを防止できる。
【0035】
発明者は次の実験を行った。
【0036】
図1の圧電アクチュエータの構造において、高誘電率PZT圧電体層5Aを厚さ2.5μmで形成し、次いで、それよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを厚さ0.3μmで形成した。比誘電率は高誘電率PZT圧電体層5Aは1120、それよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを980とした。これらの値は同じ条件で単一の層を設けた場合での数値である。PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5Bを合わせた比誘電率は1090程度となった。この結果、図4に示す圧電ヒステリシス特性を得た。また、耐電圧特性は22.78V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)及び粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は、それぞれ、65Å及び580Åであった。さらに、比誘電率εは1051、誘電損失係数は2.12%であった。
【0037】
これに対し、図13の圧電アクチュエータの高誘電率PZT圧電体層5Aを厚さ2.5μmで形成した。この結果、図5に示す圧電ヒステリシス特性を得た。また、耐電圧特性は14.6V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)及び粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は、それぞれ、103Å及び1947Åであった。さらに、比誘電率εは1048、誘電損失係数は2.53%であった。
【0038】
このように、図13の圧電アクチュエータと比較して図1の圧電アクチュエータは圧電ヒステリシスつまり圧電特性はほとんど変化がなく、また、表面ラフネスは抑制されたので、リークパスの発生は抑止でき、この結果、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【0039】
尚、上述の実施の形態に限らず、高誘電率PZT圧電体層5AとそれよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bは、PZT圧電体層5Aのxの値がPZT圧電体層5Bの値よりも大きく、かつモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)よりxの値が小さければよい。つまり、PZT圧電体層5Aの比誘電率がPZT圧電体層5Bの比誘電率よりも大きければよい。
【符号の説明】
【0040】
1:単結晶シリコン基板
2:酸化シリコン層
3:Ti密着層
4:Pt下部電極層
5、5’:PZT圧電体層
5a:PbリッチPZT圧電体層
5b:PbリーンPZT圧電体層
5A:PZT圧電体層
5B:PZT圧電体層
6:Pt上部電極層
1401:真空チャンバ
1402−1:Pb蒸発源
1402−2:Zr蒸発源
1402−3:Ti蒸発源
1402−1S、1402−2S、1402−3S:蒸気量センサ
1403:ヒータ付ウェハ回転ホルダ
1403a:ウェハ
1404:圧力勾配型プラズマガン
1405:O2ガス導入口
1406:排気口
【技術分野】
【0001】
本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を含む圧電アクチュエータ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Pb、Zr、Tiの各元素を含む酸化化合物であるチタン酸ジルコン酸鉛PbZrxTi1-xO3(PZT)は図6に示す立方晶系ペロブスカイト型の結晶構造を有する。尚、図6においては、斜線球は単純立法配列のPb、黒球はZrもしくはTi、白球はOを示す。図7に示すごとく、PZTは<100>方向あるいは<111>方向に歪んだ場合に分極を発生し、これにより、(100)面配向もしくは(111)面配向のときに優れた圧電性を発揮する(参照:特許文献1の図5、図10)。つまり、PZTの結晶構造には正方晶系及び菱面体晶系があり、正方晶系PZTの場合には、<100>方向(a軸方向)(あるいは<001>方向(c軸方向))に最も大きな圧電変位が得られ、また、菱面体晶系PZTの場合には、<111>方向に最も大きな圧電変位が得られると言われている。また、圧電アクチュエータとしての重要な特性である耐電圧特性についてはチタン(Ti)リッチ(x<0.5)な正方晶系PZTの方が菱面体晶系PZTより良いとされている。これを利用したPZT圧電体層は、アクチュエータとして用いたMEMS素子、センサとして用いたMEMS素子、発電素子、ジャイロ素子等に用いられる。
【0003】
図8は第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。図8の圧電アクチュエータはキャパシタ構造をなしており、単結晶シリコン基板1、酸化シリコン層2、Ti密着層3、Pt下部電極層4、PZT圧電体層5及びPt上部電極層6を積層して形成されている。尚、単結晶シリコン基板1はシリコンオンインシュレータ(SOI)基板に置換し得る。また、下部電極層4は、Ir、SrRuO3等を用いてもよい。さらに、Ti密着層3は酸化シリコン層2とPt下部電極層4との密着性が悪いのでこれらの間の密着性を改善すると共に応力を緩和するものである。この密着層3はTi以外にCr、あるいはTiO2、MgO、ZrO2、IrO2等の導電性酸化物を用いてもよい。
【0004】
図8においては、正方晶系のPZT圧電体層5の矢印方向が結晶の<100>方向あるいは<001>方向に向いていると、Pt下部電極層4とPt上部電極層6との間に直流電圧を印加したときに、歪みが効率よく発生する。
【0005】
図8の圧電アクチュエータの製造方法を図9のフローチャートを参照して説明する。
【0006】
始めに、ステップ901を参照すると、単結晶シリコン基板1を熱酸化して酸化シリコン層2を形成する。尚、熱酸化処理の代りに化学的気相成長(CVD)法を用いてもよい。
【0007】
次に、ステップ902を参照すると、酸化シリコン層2上にスパッタリング法によってTi密着層3を形成する。引き続いて、Ti密着層3上にスパッタリング法によってPt下部電極層4を形成する。
【0008】
次に、ステップ903を参照すると、Pt下部電極層4上にスパッタリング法によってPZT層5を形成する(参照:特許文献2)。尚、スパッタリング法の代りにCVD法を用いてもよい。あるいは、ゾル・ゲル法を用いてもよい(参照:特許文献3)。尚、ゾル・ゲル法は、一度に圧電体層を厚く成膜することができないので、圧電体前駆体層の形成、焼成を繰返して所望の厚さの圧電体層を形成する。
【0009】
最後に、ステップ904を参照すると、PZT圧電体層5上にスパッタリング法によってPt上部電極層6を形成する。
【0010】
尚、ステップ902、904におけるスパッタリング法の代りに、電子ビーム(EB)蒸着法を用いてもよい。
【0011】
しかしながら、図6の圧電アクチュエータにおいては、たとえ、(100)配向のPt下部電極層4にPZT圧電体層5を形成しても、Pt下部電極層4が多結晶構造であるので、PZT圧電体層5の結晶構造が乱れてPZTの配向性つまり圧電特性が低い。
【0012】
図10は第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献4の図1)。図10においては、圧電特性を向上させるために、図8の構成要素に対して配向制御層11、12を付加してある。この場合、配向制御層11は(100)配向の酸化物層よりなり、Pt下部電極層4は(100)配向をなし、配向制御層12は(100)あるいは(001)配向のペロブスカイト型酸化層よりなる。これにより、Pt下部電極層4の影響がスパッタリング法等によるPZT圧電体層5の柱状構造の成長へ及ばないようにする。また、PZT圧電体層5の成膜初期にZr酸化物からなる結晶性の低い層が形成されないようにする。この結果、PZTの配向性つまり圧電特性は向上する。
【0013】
しかしながら、図10の圧電アクチュエータの製造方法においては、図9に示す製造工程に、配向制御層11、12の形成工程の付加によって製造工程が複雑となり、この結果、異物が混入する可能性が高くなり、圧電特性の向上はさほど期待できない。しかも、下層(単結晶シリコン基板1)から上層(配向制御層12)への結晶性等の影響からプロセスマージンが小さくなる。
【0014】
図11は第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献5の図1)。図11においては、耐電圧特性を向上させるために、図8の圧電体層5の代りに複数のPb過剰(Pbリッチ)PZT圧電体層5a、Pb欠損(Pbリーン)PZT圧電体層5bを交互に積層したPZT圧電体層5’を設ける。すなわち、PZT圧電体層を鉛リッチの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが多いペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すればプロセスマージンが大きくなるが、PbリッチなPZT圧電体層は、結晶粒界に導電性の良い鉛酸化物を有することが多いので、耐電圧特性が低くなる。他方、PZT圧電体層を鉛リーンの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが僅かに少ないペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すれば、プロセスマージンが小さくなるが、結晶粒界に鉛酸化物を有する割合が少ないので、耐電圧特性が向上する。このため、PZT圧電体層5’においては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bを積層することにより、PbリッチPZT圧電体層5aの鉛酸化物によってリークパスLPが発生してもPbリーンPZT圧電体層5bによって分断して耐電圧特性を大きくできる。
【0015】
しかしながら、図11の圧電アクチュエータにおいては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bの結晶成長が不連続となる。その結果、この不連続な部分、つまり、PbリッチPZT圧電体層5aとPbリーンPZT圧電体層5bの界面部分に圧電アクチュエータの駆動による機械的振動による割れ・剥離が発生し、圧電アクチュエータが破損する恐れがある。
【0016】
図12は第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。図12においては、PZTの圧電特性および耐電圧特性を向上させるために、図8に示すPZT圧電体層5の代りに、組成は高い圧電性能を示すと言われているモルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造を有する組成領域(PbZrxTi1-xO3においてMPBはx=0.52付近、x<0.52において正方晶構造を持つと言われている)のPZT圧電体層5Aを設けてある。このPZT圧電体層5Aは、図12の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである図13のステップ1301において、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5Aをアーク放電反応性イオンプレーティング(ADRIP)法を用いて形成している。
【0017】
図13のステップ1301におけるADRIP法は、スパッタリング法に比較してPZT圧電体層の堆積速度が大きいという利点を有し、また、有機金属化学的気相成長(MOCVD)法に比較して基板温度が低く、製造コストが低く、有毒な有機金属ガスを用いないので、対環境性がよく、また、原料の利用効率がよいという利点を有する。このADRIP法に用いられるADRIP装置を図14を参照して説明する(参照:特許文献6の図1)。
【0018】
図14において、真空チャンバ1401内の下方側に、Pb、Zr、Tiを独立に蒸発させるためのPb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2、Ti蒸発源1402−3が設けられる。Pb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2、Ti蒸発源1402−3上には、蒸気量センサ1402−1S、1402−2S、1402−3Sが設けられている。真空チャンバ1401内の上方側に、ウェハ1403aを載置するためのヒータ付ウェハ回転ホルダ1403が設けられる。
【0019】
また、真空チャンバ1401の上流側には、アーク放電を維持するために不活性ガスたとえばArガスおよびHeガスを導入する圧力勾配型プラズマガン1404及びPZT圧電体層5の酸素原料となる酸素(O2)ガスを導入するO2ガス導入口1405が設けられる。他方、真空チャンバ1401の下流側には、真空ポンプ(図示せず)に接続された排気口1406が設けられる。
【0020】
図14のADRIP装置において図13のADRIP本処理ステップ1301を行う場合、圧力勾配型プラズマガン1404によって導入されたArガスおよびHeガスによって高密度・低電子温度のアーク放電プラズマ1407を発生させ、そしてO2ガス導入口からO2ガスを導入し真空チャンバ1401内に発生している高密度・低電子温度のアーク放電プラズマ1407でO2ガスを励起させることによって、真空チャンバ1401内に多量の酸素ラジカルを主とする活性原子、分子が生成される。他方、Pb蒸発源1402−1、Zr蒸発源1402−2及びTi蒸発源1402−3より発生したPb蒸気、Zr蒸気及びTi蒸気が上述の活性原子、分子と反応し、所定温度たとえば約500℃に加熱されたウェハ1403a上に付着し、この結果、組成比xのPbZrxTi1-xO3が形成されることになる。尚、Pb蒸気、Zr蒸気、Ti蒸気は蒸気量センサ1402−1S、1402−2S、1402−3Sによって検出される。
【0021】
図12の圧電アクチュエータのモルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5Aの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図15(A)に示す。そして高誘電率なPZT圧電体層5A(図15(A))より若干TiリッチなPZT圧電体層を図15(B)に示す。ともにきれいな柱状構造を有し、良好な配向性及び圧電特性を示す。尚、図15の(A)、(B)に示すSEM写真は切削条件が異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開2003−81694号公報
【特許文献2】特開2001−223403号公報
【特許文献3】特開2000−94681号公報
【特許文献4】特開2003−188431号公報
【特許文献5】特開2007−335779号公報
【特許文献6】特開2001−234331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかしながら、上述の図12の圧電アクチュエータにおいては、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造を有する組成のPZT圧電体層5Aの成膜をおこなうと、表面ラフネスが大きくなってしまう。従って、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ正方晶構造をもつ組成のPZT圧電体層5A上のPt上部電極層6の表面ラフネスも大きくなる。この結果、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に電圧を印加すると、局所的に電場が集中して破壊し易く、これにより、PZT圧電体層5A側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Aに生じた結晶粒界に、図12に示すごとく、リークパスLPが発生し、耐電圧特性を低下させるという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の課題を解決するために、本発明に係る圧電アクチュエータは、下部電極層と、下部電極層上に設けられた第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層と、第1のPZT圧電体層上に第1の比誘電率より小さく表面ラフネスの小さい第2のPZT圧電体層を具備するものである。
【0025】
また、本発明に係る圧電アクチュエータの製造方法は、ADRIP法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、ADRIP法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して第1のPZT圧電体層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程とを具備し、第1のPZT圧電体層の第1の比誘電率より第2のPZT圧電体層の第2の比誘電率を小さくしたものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、比誘電率の小さい第2のPZT圧電体層によって比誘電率の大きい第1のPZT圧電体層の大きな表面ラフネスを補償することによりリークパスの発生を抑制するので、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。
【図2】図1のPZT圧電体層の比誘電率と耐電圧特性との関係を示すグラフである。
【図3】図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図4】図1のPZT圧電体層の圧電特性を説明するためのグラフである。
【図5】図12のPZT圧電体層の圧電特性を説明するためのグラフである。
【図6】PZTの結晶構造を示す図である。
【図7】PZTのX線解析パターンを示すグラフである。
【図8】第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図9】図8の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図10】第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図11】第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図12】第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
【図13】図12の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図14】図13のADRIP処理ステップに用いられるADRIP装置を示す図である。
【図15】図12のPZT圧電体層の断面を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図1は本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。図1においては、図12のPZT圧電体層5A上にPZT圧電体層5Aより比誘電率の小さなPZT圧電体層5Bを形成している。尚、PZT圧電体層5AのPbZrxTi1-xO3の組成比xはモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)近傍、かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造をもつ組成領域(x<0.52)である。
【0029】
図2はPZT圧電体層の比誘電率と耐電圧特性を表すグラフである。PZT圧電体層はADRIP法で作成した。図2によると、比誘電率が大きくなると、耐電圧特性は小さくなることがわかる。
【0030】
さらに、比誘電率は表面ラフネスとも関係が見られる傾向がある。図1に示すように、比誘電率の高いPZT圧電体層5Aは表面ラフネスは大きいが、それよりも比誘電率が低いPZT圧電体層5Bの表面ラフネスは小さい。この結果、PZT圧電体層5B上のPt上部電極層6の表面ラフネスも小さくなる。従って、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に電圧を印加しても、局所的に電場が集中しにくく、しかも、PZT圧電体層5B側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Bの結晶粒界に、図1に示すごとく、リークパスLPがほとんど発生せず、耐電圧特性を向上できる。
【0031】
PZT圧電体層5Bの比誘電率はPZT圧電体層5Aの比誘電率よりも低ければ表面ラフネスは小さくなるが、比誘電率の低い層が入るとデバイス性能にまで影響を与える。そのため、PZT圧電体層5Aの比誘電率は1100以上、PZT圧電体層5Bの比誘電率は700以上1000以下となっている。また、表面ラフネスの改善効果を得つつ、デバイス性能への影響を抑えるためPZT圧電体層5Bは、PZT圧電体層5Aと合わせたPZT圧電体膜厚の10%以上15%以下とする。
【0032】
PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5Bの比誘電率は酸素含有量、Pb含有量、Pb/(Ti+Zr)、PbZrxTi1-xO3の組成比xなどの影響に左右される。本発明においてはPbZrxTi1-xO3の組成比xを変化させることでPZT圧電体層5AとPZT圧電体層5Bの比誘電率を変化させた。一般的には組成比xがモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)に近づけば誘電率も大きくなり、遠ざかれば小さくなる。よって、PZT圧電体層5BはPZT圧電体層5Aよりもxの値が小さく、PZT圧電体層5AよりもTiリッチな層となっている。PZT圧電体層5Aのxは0.52以下0.43以上、PZT圧電体層5Bは0.45以下0.40以上の範囲内から選んだ。この範囲は共に正方晶かつ酸素含有量、Pb含有量、Pb/(Ti+Zr)の影響があったとしても、PZT圧電体層5Aの比誘電率は1100以上、PZT圧電体層5Bの比誘電率は700以上1000以下となるような範囲となっている。PZT圧電体層5Aは正方晶としての単層膜の作成の容易さを考えると、さらに0.49以下0.43以上の範囲内とすることが望ましい。
【0033】
図15の(A)、(B)を比べると、ともにきれいな柱状構造を有し、良好な配向性と圧電特性を示すものの、圧電特性は図15の(A)のほうが比誘電率は大きくより良好で、耐電圧特性は図15の(B)のほうが表面ラフネスが小さくより良好であるという違いがある。図15の(A)、(B)はそれぞれ単一の層として設けたものの写真であるが、本発明ではこれらと同じ層を連続し重ねて成膜する。すなわち、図15の(A)は高い比誘電率をもち本発明のPZT圧電体層5Aに当たり、図15の(B)はそれよりもTiリッチとして比誘電率を下げたPZT圧電体層であり本発明のPZT圧電体層5Bに当たる。
【0034】
図3は図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。図3においては、図13のフローチャートにPZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP処理ステップ301を付加してある。この場合、高誘電率PZT圧電体層5Aを形成するためのADRIP処理ステップ1301とPZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP処理ステップ301とは同一のADRIP装置を用いて連続的に実行される。従って、プロセスマージンの狭小化を防ぐことができる。また、図1の圧電アクチュエータにおいては、高誘電率PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bの結晶成長が連続となり、この結果、この組成比が連続的に変化する界面部分が圧電アクチュエータの駆動による機械的振動によって割れ、圧電アクチュエータが破損することを防止できる。
【0035】
発明者は次の実験を行った。
【0036】
図1の圧電アクチュエータの構造において、高誘電率PZT圧電体層5Aを厚さ2.5μmで形成し、次いで、それよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを厚さ0.3μmで形成した。比誘電率は高誘電率PZT圧電体層5Aは1120、それよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを980とした。これらの値は同じ条件で単一の層を設けた場合での数値である。PZT圧電体層5A、PZT圧電体層5Bを合わせた比誘電率は1090程度となった。この結果、図4に示す圧電ヒステリシス特性を得た。また、耐電圧特性は22.78V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)及び粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は、それぞれ、65Å及び580Åであった。さらに、比誘電率εは1051、誘電損失係数は2.12%であった。
【0037】
これに対し、図13の圧電アクチュエータの高誘電率PZT圧電体層5Aを厚さ2.5μmで形成した。この結果、図5に示す圧電ヒステリシス特性を得た。また、耐電圧特性は14.6V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)及び粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は、それぞれ、103Å及び1947Åであった。さらに、比誘電率εは1048、誘電損失係数は2.53%であった。
【0038】
このように、図13の圧電アクチュエータと比較して図1の圧電アクチュエータは圧電ヒステリシスつまり圧電特性はほとんど変化がなく、また、表面ラフネスは抑制されたので、リークパスの発生は抑止でき、この結果、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【0039】
尚、上述の実施の形態に限らず、高誘電率PZT圧電体層5AとそれよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bは、PZT圧電体層5Aのxの値がPZT圧電体層5Bの値よりも大きく、かつモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)よりxの値が小さければよい。つまり、PZT圧電体層5Aの比誘電率がPZT圧電体層5Bの比誘電率よりも大きければよい。
【符号の説明】
【0040】
1:単結晶シリコン基板
2:酸化シリコン層
3:Ti密着層
4:Pt下部電極層
5、5’:PZT圧電体層
5a:PbリッチPZT圧電体層
5b:PbリーンPZT圧電体層
5A:PZT圧電体層
5B:PZT圧電体層
6:Pt上部電極層
1401:真空チャンバ
1402−1:Pb蒸発源
1402−2:Zr蒸発源
1402−3:Ti蒸発源
1402−1S、1402−2S、1402−3S:蒸気量センサ
1403:ヒータ付ウェハ回転ホルダ
1403a:ウェハ
1404:圧力勾配型プラズマガン
1405:O2ガス導入口
1406:排気口
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下部電極層と、
該下部電極層上に設けられた第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層と、
該第1のPZT圧電体層上に設けられた前記第1の比誘電率より小さい第2の比誘電率を有する第2のPZT圧電体層と
を具備する圧電アクチュエータ。
【請求項2】
前記第1のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xが前記第2のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xより大きい
請求項1に記載の圧電アクチュエータ。
【請求項3】
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して前記第1のPZT圧電体層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程と
を具備し、
前記第1のPZT圧電体層の第1の比誘電率より前記第2のPZT圧電体層の第2の比誘電率を小さくした圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項4】
前記第1のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xが前記第2のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xより大きい
請求項3に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項5】
前記第1のPZT圧電体層形成工程及び前記第2のPZT圧電体層形成工程は同一のアーク放電イオンプレーティング装置内で連続的に実行される請求項3に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項1】
下部電極層と、
該下部電極層上に設けられた第1の比誘電率を有する第1のPZT圧電体層と、
該第1のPZT圧電体層上に設けられた前記第1の比誘電率より小さい第2の比誘電率を有する第2のPZT圧電体層と
を具備する圧電アクチュエータ。
【請求項2】
前記第1のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xが前記第2のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xより大きい
請求項1に記載の圧電アクチュエータ。
【請求項3】
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して前記第1のPZT圧電体層上にPbZrxTi1-xO3よりなる第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程と
を具備し、
前記第1のPZT圧電体層の第1の比誘電率より前記第2のPZT圧電体層の第2の比誘電率を小さくした圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項4】
前記第1のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xが前記第2のPZT圧電体層のPbZrxTi1-xO3の組成比xより大きい
請求項3に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項5】
前記第1のPZT圧電体層形成工程及び前記第2のPZT圧電体層形成工程は同一のアーク放電イオンプレーティング装置内で連続的に実行される請求項3に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2012−175014(P2012−175014A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37868(P2011−37868)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】
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