説明

変形特性に優れる電縫鋼管およびその製造方法

【課題】リールバージ向けパイプライン用として好適な、変形特性に優れた電縫鋼管の製造方法を提供する。
【解決手段】帯鋼を、略円筒状のオープン管とする成形工程と、オープン管を電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、電縫管にサイジング処理を施すサイジング工程とを、合計で少なくとも2%の管軸方向の引張歪を付与する工程とし、サイジング工程終了後に、さらに管軸方向の圧縮歪を好ましくは0.1%以上付与する圧縮工程とを順次施す。なお、使用する帯鋼を、C:0.02〜0.2%、Si:0.01〜0.7%、Mn:0.6〜2.3%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.1%を含み、炭素当量Ceqが0.44%未満となる組成の帯鋼とすることにより、X60級以上の高強度(降伏強さ:415MPa以上)、vE−60が200J以上、溶接部靭性にも優れ、管長手方向の降伏比が85%以下となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電縫鋼管の製造方法に係り、とくに、局部座屈の発生を抑制し、局部座屈を起点とする鋼管破壊を防止することが可能であり、リールバージ向けラインパイプ用として好適な、変形特性に優れる電縫鋼管の製造方法に関する。なお、ここでいう「変形特性に優れる」とは、例えばリールバージ法によるラインパイプ敷設時に、ラインパイプに作用する曲げ等の応力に抗して、局部座屈の発生を抑制できる変形能を有する場合をいい、具体的には、鋼管の各位置において、管長手方向の降伏比が85%以下となる引張特性を有する場合をいうものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、海底パイプラインの敷設においては、リールバージ法が多用されている。このリールバージ法は、陸上で、鋼管の長手方向端部同士を順次円周溶接して長尺の鋼管とし、さらに該円周溶接部の検査、コーティング等を行い、出来上がった長尺の鋼管を海上のリールバージ船のリールに巻き取ったのち、海上の敷設箇所において、リールから巻き戻しながら鋼管(ラインパイプ)を海底に敷設する方法である。リールバージ法によれば、海底パイプラインの敷設を効率的に行なうことができるが、リールバージ法には、鋼管のリールへの巻き取りおよびリールからの巻き戻し時に、鋼管に曲げによる引張と圧縮の応力が作用するという問題がある。
【0003】
このため、従来から、リールバージ法を利用して敷設されるラインパイプには、継目無鋼管を用いてきたが、近年のパイプライン製造コストの低減という要望から、リールバージ向け鋼管として、継目無鋼管に代えて電縫鋼管を利用することが試みられるようになってきた。しかし、電縫鋼管を利用し、リールバージ法でパイプラインを敷設すると、敷設時にパイプに作用する曲げ、曲げ戻しにより、局部座屈が発生しやすく、それを起点として、パイプが破壊する場合があり、問題となっている。
【0004】
このような局部座屈起因の破壊を防止するために、鋼管には管長手方向の降伏比が85%以下となる引張特性を有することが要望されている。
このような要望に対し、例えば特許文献1には、C:0.03〜0.20%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜1.5%、Al:0.005〜0.060%を含有し、さらにNb、V、Ti含有量を合計で0.040%以下に限定し、さらに炭素当量Ceqを0.20〜0.36、溶接割れ感受性Pcmを0.25以下に制限した、リールバージ敷設性に優れた高靭性電縫鋼管が提案されている。特許文献1に記載された技術によれば、Nb、V、Ti含有量を合計で0.040%以下に限定することにより、降伏比が85%以下で、かつ溶接軟化部の少ない鋼管が得られ、リールバージ敷設に際しパイプの局部座屈を抑制し、局部座屈起因の破壊を防止できるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、パイプライン敷設時に座屈が発生し難い、ラインパイプ向け低YR電縫鋼管の製造方法が提案されている。特許文献2に記載された技術は、帯鋼を連続的に送りつつ、板厚方向平均で7.0%以下の歪を付与する例えばレベラーによる入側矯正を施したのち、略円筒状のオープン管に成形し、該オープン管の円周方向端部同士を電縫溶接して管となし、ついで該管に、例えばサイザーによる回転矯正により、管長方向に0.2〜7.0%の圧縮歪および/または0.2〜7.0%の繰返し曲げ歪を付与して管の外形寸法形状を整えることを特徴とする、電縫鋼管の製造方法である。これにより、設備の追加を必要とせずに、また生産能率の低下を伴わずに、YRが88%以下の低YR電縫鋼管を製造できるとしている。また、特許文献2に記載された技術では、C、Mn等の化学成分を適正範囲に調整することにより、耐サワー性も兼備できるとしている。
【0006】
また、電縫鋼管ではないがUOE鋼管について、特許文献3に、パイプラインが敷設される環境等の変動によりラインパイプに長手方向の変位が発生しても座屈が生じがたい、変形性能に優れた、API規格X80〜100級のラインパイプ用高強度鋼管の製造方法が提案されている。特許文献3に記載された技術は、C:0.03〜0.12%、Si:0.8%以下、Mn:0.8〜2.5%、Nb:0.01〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、Al:0.1%以下、N:0.001〜0.008%を含み、さらに、Ni、Mo、Cr、Cu、V、Ca、REM、Mgのうちの1種または2種以上を含有する鋼片を、熱間圧延したのち、500℃以下まで空冷し、740〜850℃に再加熱し、10℃/s以上で400℃以下まで冷却して、面積率で30〜80%のフェライトと残部がマルテンサイト及び/又はベイナイトからなる組織を有する鋼板とし、該鋼板を筒状に成型し、突合せ部の端部同士を溶接したのち、0.8〜3%拡管し、変形性能に優れたパイプライン用高強度鋼管を得る方法である。特許文献3に記載された技術によれば、鋼板をUOE法、ベンディングロール法で筒状に成形し拡管するに際して、周方向には大きな歪が生じ、周方向の降伏強さが大幅に増加する、一方、長手方向には圧縮歪によるバウシンガー効果による軟化が生じ、長手方向の降伏強さが低くなる、変形性能に優れた鋼管が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平03−211255号公報
【特許文献2】特開2007−98397号公報
【特許文献3】特開2005−15823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、電縫鋼管では、その造管工程で管長手方向に引張歪が付与されるため、管長手方向の降伏比は高くなる傾向にあり、そのうえ、近年、耐サワー特性、低温靭性の一層の向上が要求されているため、従来の電縫鋼管に比べ低炭素系の組成となり、帯鋼(素材)段階での降伏比が著しく高くなっており、特許文献1、2に記載された技術によってもなお、造管後の管長手方向の降伏比を、安定して85%以下とすることがより困難となりつつある。また、UOE法で製造された鋼管では、管長手方向に引張歪を付与することがないうえ、特許文献3に記載された技術では、鋼管組織を軟質のフェライト相を硬質相内に分散させた特定の組織とする必要があり、鋼管の低温靭性が低下するという問題があった。
【0009】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、素材(帯鋼)の組織に依らず、管長手方向の降伏比が安定して85%以下となる、変形特性に優れた電縫鋼管を製造できる、リールバージ向けパイプライン用として好適な、電縫鋼管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、かかる目的を達成するため、管長手方向(管軸方向)の降伏比に及ぼす各種要因の影響について鋭意研究した。その結果、管長手方向の降伏比を低減するためには、電縫鋼管の造管工程において、まず2%以上の管軸方向引張歪を付与して、管に可動転位を多数導入することが必要であることに想到した。そして、このような可動転位を多数導入した管に、さらに管軸方向圧縮歪を付与することが低降伏比実現のために重要となることを知見した。これにより、管長手方向でバウシンガー効果が顕著に発現するようになり、管の金属組織に依存せずに、管長手方向の降伏比を85%以下と安定して低くすることができることを知見した。
【0011】
まず、本発明者らが行なった本発明の基礎となった実験結果について説明する。
管長手方向の降伏比に及ぼす管軸方向(管長手方向)に付与する圧縮歪の影響について調査した。3種の帯鋼I〜IIIを素材とし、成形工程、電縫溶接工程、サイジング工程を経て得られた鋼管について、管軸方向(管長手方向)に0〜1.1%の範囲の各種圧縮歪を付与したのち、引張試験片を採取し、管長手方向の引張特性を求めた。得られた引張特性から、降伏比を算出し、図1に示す。
【0012】
図1から、帯鋼I,IIを用いて製造された鋼管に比べ、帯鋼IIIを用いて製造された鋼管は、管軸方向の圧縮歪の付加による降伏応力の低下、すなわち降伏比の低下が少ないことがわかる。帯鋼I、IIIは、微細フェライトと1.0%未満のマルテンサイトを含む組織を有するのに対し、帯鋼IIは微細フェライト単相の組織を有し、帯鋼IIIでは帯鋼I、IIに比べ造管時の付加歪が低いという違いがある。
【0013】
そして、更なる実験・研究を行なった結果、降伏比の低下は、造管条件、とくに造管時に付加される引張歪量に大きく影響されることを見出した。図2は、最終的に付加される管軸方向の圧縮歪を0.4〜0.6とした場合の、管長手方向の降伏比と造管時に付加される管軸方向の引張歪との関係を示すグラフである。図2から、管軸方向の引張歪を2%以上とすることにより、その後の管軸方向の圧縮歪付加により、管長手方向の降伏比が85%以下と、安定して低下できることを知見した。
【0014】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)帯鋼を連続的に成形し、略円筒状のオープン管とする成形工程と、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、該電縫管に、外形寸法形状を整えるサイジング処理を施すサイジング工程と、を順次施す電縫鋼管の製造方法において、前記成形工程、前記溶接工程、前記サイジング工程のうちのいずれかあるいは複数の工程を、合計で少なくとも2%の管軸方向の引張歪を付与する工程とし、前記サイジング工程終了後に、さらに管軸方向の圧縮歪を付与する圧縮工程を施すことを特徴とする変形特性に優れる電縫鋼管の製造方法。
【0015】
(2)(1)において、前記管軸方向の圧縮歪が、0.1%以上であることを特徴とする電縫鋼管の製造方法。
(3)帯鋼を連続的に成形し、略円筒状のオープン管とする成形工程と、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、該電縫管に、外形寸法形状を整えるサイジング処理を施すサイジング工程と、を順次施す電縫鋼管の製造方法において、前記帯鋼を、質量%で、C:0.02〜0.20%、Si:0.01〜0.70%、Mn:0.6〜2.3%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.1%を、次(1)式
Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Cr、Mo、V、Ni、Cu:各合金元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.44%未満となるように含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する帯鋼とし、前記成形工程、前記溶接工程、前記サイジング工程のうちのいずれかあるいは複数の工程を、合計で少なくとも2%の管軸方向の引張歪を付与する工程とし、前記サイジング工程終了後に、さらに管軸方向の圧縮歪を付与する圧縮工程を施すことを特徴とする、高強度、高靭性で、かつ変形特性に優れる電縫鋼管の製造方法。
【0016】
(4)(3)において、前記管軸方向の圧縮歪が、0.1%以上であることを特徴とする電縫鋼管の製造方法。
(5)(3)または(4)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、下記A群〜D群
A群:Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、B:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
B群:Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下のうちから選ばれた1種または2種、
C群:Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
D群:Ca:0.005%以下
のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする電縫鋼管の製造方法。
【0017】
(6)(1)ないし(5)のいずれかの製造方法により製造された電縫鋼管であって、管長手方向の降伏比が85%以下であり、かつ管周方向各位置における管長手方向の降伏比(%)の最大値と最小値の差が2ポイント未満で、管周方向に均一な変形特性を有することを特徴とする変形特性に優れる電縫鋼管。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、リールバージ向けパイプライン用として好適な、管長手方向の降伏比が安定して85%以下で、かつ管周方向に均一な変形特性に優れた電縫鋼管を、素材(帯鋼)の組織に依らず、製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、敷設後において、耐震性に優れたパイプラインとすることができるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】管軸方向圧縮歪を付加した後の管長手方向降伏比と管軸方向圧縮歪の量との関係を示すグラフである。
【図2】管軸方向圧縮歪を付加した後の管長手方向降伏比と、造管時に付加された管軸方向引張歪の量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明では、帯鋼を連続的に成形し、略円筒状のオープン管とする成形工程と、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、該電縫管に、外形寸法形状を整えるサイジング処理を施すサイジング工程と、を順次施し、電縫鋼管とする。
成形工程では、コイル状に巻かれた帯鋼を連続的に払い出し、該帯鋼を、ブレークダウンロール、ケージロール、フィンパスロール等を連続的に複数直列に配置したロール成形手段により、連続的に略円筒状のオープン管に成形する。本発明では、ロール成形手段の詳細についてはとくに限定する必要はなく、公知のロール成形手段がいずれも適用可能である。
【0021】
また、溶接工程では、前記オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、オープン管のVシェイプ収束点を、公知の、例えば高周波通電(または誘導)加熱装置およびスクイズロールからなる、電縫溶接手段により、電縫溶接し、電縫管とする。本発明では、電縫溶接手段についてはとくに限定する必要はなく、公知の電縫溶接手段がいずれも適用可能である。
【0022】
また、サイジング工程では、圧延方向に複数基のロールスタンドを配設した、サイザー等のサイジング処理手段を利用して、電縫管の外形寸法形状を調整する。本発明では、サイジング処理手段については特に限定する必要はなく、公知の処理手段がいずれも適用可能である。
本発明では、上記した成形工程、溶接工程、サイジング工程のうちのいずれかあるいは複数の工程で、オープン管または電縫管に、少なくとも合計で2%の管軸方向の引張歪を付与する。成形工程ではフィンパスロールで、溶接工程ではスクイズロールで、サイジング工程ではサイザーロールで、それぞれオープン管または電縫管を絞る(縮径する)ことにより、管軸方向の引張歪を付与できる。また、本発明では、フィンパスロール、スクイズロール、またはサイザーロールの出側送り速度を入側送り速度より速くするロール送り速度の調整により、管軸方向の引張歪の付与を行なってもよい。また、絞り(縮径)とロール送り速度の調整とを組合せて、管軸方向の引張歪の付与を行なってもよい。
【0023】
成形工程、溶接工程、サイジング工程で付与される、管軸方向の引張歪が、合計で2%未満では、電縫鋼管中への可動転位の導入が不十分で、その後の、管軸方向の圧縮歪付与によるバウシンガー効果の発現が不十分となり、管長手方向の降伏強さの低下が少なく、所望の管長手方向の降伏比(85%以下)を確保できなくなる。
本発明では、上記したサイジング工程を終了した後に、電縫管に、さらに管軸方向の圧縮歪を付与する圧縮工程を施す。これにより、バウシンガー効果が顕著に発現し、管長手方向の降伏強さが著しく低下し、所望の管長手方向の降伏比(85%以下)を、安定して確保することができるようになる。なお、圧縮工程で、管軸方向に付加する圧縮歪は、0.1%以上とすることが好ましい。付加する圧縮歪が0.1%未満では、たとえ、造管工程で所望の引張歪が付加されていても、バウシンガー効果の発現が少なく、所望の管長手方向の降伏比(85%以下)を安定して確保することができなくなる。さらに好ましくは、0.3%以上である。なお、圧縮歪が1.0%を超えて大きくなると、例えば母材と溶接部との変形能の違いに起因する、円周方向の変形能の違いなどにより、真円度の低下及び局部座屈を生じる懸念がある。このため、圧縮工程で付加する圧縮歪は1.0%以下とすることがより好ましい。
【0024】
なお、本発明の圧縮工程における管軸方向の圧縮歪付与の方法は、管肉厚方向、管円周方向で均一に圧縮(押圧)可能な圧縮手段を利用して行えばよく、とくにその手段等は限定する必要はなく、公知の管圧縮手段がいずれも適用可能である。なかでも、座屈防止という観点から管内部に水圧を負荷できる水圧試験機を利用して機械的に管を圧縮する方法とすることが好ましい。
【0025】
上記した本発明の電縫鋼管の製造方法を適用し、変形特性に優れ、かつAPI規格のX60級以上の高強度(降伏強さ:415MPa以上)と、シャルピー衝撃試験の−60℃における吸収エネルギーvE−60が200J以上となる高靭性とを有する電縫鋼管を得るには、質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.01〜0.7%、Mn:0.6〜2.3%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.1%を、次(1)式
Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Cr、Mo、V、Ni、Cu:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.44%未満となるように含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を、基本組成とする帯鋼を使用することが好ましい。使用する帯鋼は、上記した基本組成を有する鋼素材を使用すること以外は、熱間圧延条件等をとくに限定する必要はなく、高強度・高靭性鋼板を製造する際に通常用いられる熱間圧延条件がいずれも適用可能である。なお、好ましくは、鋼素材の加熱温度を、1100〜1250℃、オーステナイトの未再結晶域での圧下率が30〜70%とし、熱間圧延終了温度が760℃以上とし、熱間圧延終了後は10〜50c/sで冷却し、350〜600で巻取り、熱延板(帯鋼)とすることが好ましい。
【0026】
次に、本発明で使用する帯鋼の、好ましい組成範囲の限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り、質量%は単に%で記す。
C:0.02〜0.20%
Cは、焼入れ性の向上を介し変態強化により、さらには炭化物として析出し析出強化により、強度の増加に寄与する元素である。このような効果を得て、所望の強度を確保するために、Cは0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.20%を超える含有は、パーライト相、ベイナイト相、マルテンサイト相等の硬質相の組織分率が増加し、靭性の低下をもたらす。このため、Cは0.02〜0.20%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.02〜0.10%である。
【0027】
Si:0.01〜0.70%
Siは、固溶強化と変態強化により強度の増加に寄与する元素であり、このような効果を確保するためには0.01%以上の含有を必要とする。一方、0.70%を超える含有は、電縫溶接性を低下させる。このため、Siは0.01〜0.70%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01〜0.50%である。
【0028】
Mn:0.6〜2.3%
Mnは、強度および靭性を向上させる元素であり、このような効果を確保するためには0.6%以上の含有を必要とする。一方、2.3%を超える含有は、マルテンサイト相等の硬質相の組織分率が増加し、靭性の低下をもたらす。このため、Mnは0.6〜2.3%の範囲の限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.8〜2.0%である。
【0029】
P:0.025%以下
Pは、電縫溶接性を低下させる元素であり、本発明では不可避的不純物としてできるかぎり低減することが好ましいが、0.025%までは許容できる。このため、Pは0.025%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01%以下である。
S:0.005%以下
Sは、鋼中では硫化物として存在する。とくにMnSを形成し、熱間圧延により圧延方向に延伸し、靭性を低下させるため、本発明ではできるかぎり低減することが好ましいが、0.005%までは許容できる。このようなことから、Sは0.005%以下に限定することが好ましい。
【0030】
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果を得るためには0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.1%を超えて含有すると、鋼の清浄度が低下し、靭性を低下させる。このため、Alは0.005〜0.1%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.010〜0.050%である。
【0031】
本発明では、上記した各元素の含有範囲内で、さらに次(1)式
Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Cr、Mo、V、Ni、Cu:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.44%未満となるように、各元素の含有量を調整して含むことが好ましい。なお、(1)式に定義される炭素当量Ceqを計算するに際しては、選択元素を含め、含有しない元素は、零として計算するものとする。(1)式で定義される炭素当量Ceqは、構造材料の溶接熱影響部の最高硬さに対する成分元素の影響を示す一つの指標として求められたものであり、鋼材の溶接性を表す指標としてよく用いられている。炭素当量Ceqが0.44%以上の場合、焼入性が高くなり硬質相が生成しやすくなるため、溶接部靭性が劣化し、高靭性ラインパイプとしての靭性を確保できない。このため、本発明では(1)式で定義される炭素当量Ceqを0.44%未満に限定した。
【0032】
上記した成分が基本の組成であるが、上記した基本の組成に加えてさらに、選択元素として、次A群〜D群
A群:Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、B:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
B群:Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下のうちから選ばれた1種または2種、
C群:Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
D群:Ca:0.005%以下
のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成としてもよい。
【0033】
A群:Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、B:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
A群:Cu、Ni、Bはいずれも、強度の増加および靭性の向上に有効に寄与する元素であり、必要に応じ選択して、1種または2種以上を含有できる。このような効果を確保するためには、Cu:0.01%以上、Ni:0.01%以上、B:0.0001%以上、それぞれ、含有することが望ましいが、Cu:0.5%、Ni:0.5%、B:0.0050%を超えて多量に含有すると、硬質な相が生成しやすくなり、溶接部靭性を低下させる。このため、含有する場合には、Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、B:0.0050%以下に限定することが好ましい。
【0034】
B群:Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下のうちから選ばれた1種または2種
B群:Cr、Moはいずれも、固溶してまたは炭化物を形成して、強度の増加に有効に寄与する元素であり、必要に応じ選択して1種または2種含有できる。このような効果を得るためには、Cr:0.005%以上、Mo:0.005%以上、それぞれ含有することが望ましいが、Cr:0.5%、Mo:0.5%を超えて多量に含有すると、硬質な相が生成しやすくなり、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下に、それぞれ限定することが好ましい。
【0035】
C群:Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:Nb、V、Tiはいずれも、炭窒化物の微細析出と組織の微細化を介して、強度と靭性の向上に寄与する元素であり、必要に応じて、選択して1種または2種以上含有できる。このような効果を得るためには、Nb:0.005%以上、V:0.005%以上、Ti:0.001%以上、それぞれ含有することが望ましいが、Nb:0.1%、V:0.1%、Ti:0.05%を超えて多量に含有しても、さらなる強度の向上は得られず、かえって靭性が低下する。このため、含有する場合には、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.05%以下にそれぞれ限定することが好ましい。
【0036】
D群:Ca:0.005%以下
D群:Caは、伸長した介在物(MnS)を、球状の介在物に形態制御する作用を有する元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を確保するためには、0.0005%以上含有することが望ましいが、0.005%を超える含有は、Ca酸化物、Ca硫化物が過剰に生成し、靭性低下の原因となる。このため、含有する場合には、Caは0.005%以下に限定することが好ましい。
【0037】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、不可避的不純物としては、N:0.01%以下が許容できる。なお、他の元素は、本発明の作用、効果に影響を与えない限り、微量の他の元素を含有してもよいことは言うまでもない。
【実施例】
【0038】
表1に示す組成と、表2に示す組織、引張特性、低温靭性とを有する熱延帯鋼(板厚:16mm)を素材とした。なお、引張特性は、ASTM A 370の規定に準拠して、引張方向が、圧延方向に直角方向となるように採取した引張試験片を用いて行なった。また、低温靭性は、ASTM A 370の規定に準拠して、圧延方向に直角方向が試験片の長さ方向となるように採取した、シャルピー衝撃試験片(厚み:10mm)を用いて、試験温度:−60℃における吸収エネルギーvE−60を求めた。なお、vE−60は各3本の平均値とした。
【0039】
上記したような組成、特性を有する帯鋼を素材とし、該素材に、ロール成形手段により連続的成形し略円筒状のオープン管とする成形工程と、引続き、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、高周波通電加熱とスクイズロールとにより電縫溶接して電縫管とする溶接工程とを施した。そして、さらにサイザーロールにより絞り圧延するサイジング工程により、表2に示すような管長手方向(管軸方向)の引張歪を付与し、外径20インチ(508mmφ)の電縫鋼管とした。ついで、電縫鋼管の両端を挟持し、管軸方向に押圧して、電縫鋼管の管軸方向に表2に示す圧縮歪を付与する圧縮工程を施した。なお、一部では、圧縮工程を施さなかった。
【0040】
得られた電縫鋼管のシーム溶接部から90度の位置から、管長手方向を引張方向とする試験片を採取し、ASTM A 370の規定に準拠して、引張試験を実施し、降伏強さ、引張強さを求め、降伏比を算出した。降伏比が85%以下の場合を「変形特性に優れる」として○とし、それ以外の場合を×として、変形特性を評価した。
また、得られた電縫鋼管のシーム溶接部から90度の位置から、母材部をノッチ位置とし、試片長さ方向を管円周方向とするシャルピー衝撃試験片を採取し、試験温度:−60℃における吸収エネルギーvE−60を求め、電縫鋼管母材部の靭性を評価した。
【0041】
また、得られた電縫鋼管のシーム溶接部をノッチ位置とし、試片長さ方向を管円周方向とするシャルピー衝撃試験片を採取した。ASTM A 370の規定に準拠して、シャルピー衝撃試験を実施し、シーム溶接部の破面遷移温度vTrs(℃)を求めた。vTrsが−40℃以下の場合を、「溶接部靭性に優れる」として○、それ以外の場合を×として、溶接部靭性を評価した。
【0042】
得られた結果を表2に併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
本発明例はいずれも、X60級以上の高強度(降伏強さ:415MPa以上)と、シャルピー衝撃試験の−60℃における吸収エネルギーvE−60が200J以上となる高靭性とを有し、降伏比が85%以下と変形特性に優れ、さらに溶接部靭性にも優れた、リールバージ向けパイプライン用として好適な、電縫鋼管となっている。
一方、本発明の範囲を外れる比較例は、強度、靭性、変形特性、溶接部靭性のいずれか、あるいはそれらのいくつかが低下している。
【0046】
管軸方向の引張歪が2.0%未満と本発明の範囲を低く外れる比較例(鋼管No.1、No.5、No.9、No.12、No.18)は変形特性が低下している。また、管軸方向の圧縮歪が0.1%未満と本発明の範囲を低く外れる比較例(鋼管No.2、No.6、No.10、No.13)も変形特性が低下している。
また、C含有量が本発明の好適範囲を外れる鋼管(No.15、No.16、No.17)、Mn含有量が本発明の好適範囲を外れる鋼管(No.18、No.19)は、溶接部靭性、母材靭性が低下している。Cr含有量が本発明の好適範囲を外れる鋼管(No.20、No.21)は、溶接部靭性が低下している。なお、鋼管No.15、鋼管No.16、鋼管No.20は、素材(帯鋼)の降伏比が低かったため、管軸方向の引張歪が2.0%未満と本発明の範囲を低く外れていても、変形特性が良い場合がある。また、Siが本発明の好適範囲を外れる鋼管(No.22)は、所望の高強度が得られていない。
【0047】
また、得られた電縫鋼管について、円周方向各位置における引張特性を調査した。シーム溶接部を基準(0度)として、シーム溶接部から0度位置、90度位置、180度位置、および270度位置から管軸方向を引張方向とする試験片を採取し、ASTM A370の規定に準拠して、引張試験を実施し、降伏強さ、引張強さを求め、降伏比YRを算出し、管周方向の変形特性の均一性を評価した。なお、0度位置は、シーム溶接熱影響部を避けたシーム溶接部中心の20min位置から試験片を採取した。
【0048】
得られた結果を表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
本発明例はいずれも、管周方向各位置すべてにおいてYR:85%以下を満足し、かつ、管周方向各位置における降伏比の最大比と最小比の差ΔYRが2.0ポイント未満となっている。
一方、本発明の範囲を外れる比較例はΔYRが2.0ポイントを超えて、変形特性の管周方向の均一性が低下している。また、鋼No.20(比較例)は管周方向各位置のYRは85%未満であるが、ΔYRが2.0ポイントを超えて、管周方向の変形特性の均一性が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
帯鋼を連続的に成形し、略円筒状のオープン管とする成形工程と、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、該電縫管に、外形寸法形状を整えるサイジング処理を施すサイジング工程と、を順次施す電縫鋼管の製造方法において、前記成形工程、前記溶接工程、前記サイジング工程のうちのいずれかあるいは複数の工程を、合計で少なくとも2%の管軸方向の引張歪を付与する工程とし、前記サイジング工程終了後に、さらに管軸方向の圧縮歪を付与する圧縮工程を施すことを特徴とする変形特性に優れる電縫鋼管の製造方法。
【請求項2】
前記管軸方向の圧縮歪が、0.1%以上であることを特徴とする請求項1に記載の電縫鋼管の製造方法。
【請求項3】
帯鋼を連続的に成形し、略円筒状のオープン管とする成形工程と、該オープン管の円周方向端部同士を突き合せ、電縫溶接して電縫管とする溶接工程と、該電縫管に、外形寸法形状を整えるサイジング処理を施すサイジング工程と、を順次施す電縫鋼管の製造方法において、
前記帯鋼を、質量%で、
C:0.02〜0.20%、 Si:0.01〜0.70%、
Mn:0.6〜2.3%、 P:0.025%以下、
S:0.005%以下、 Al:0.005〜0.1%
を、下記(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.44%未満となるように含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する帯鋼とし、
前記成形工程、前記溶接工程、前記サイジング工程のうちのいずれかあるいは複数の工程を、合計で少なくとも2%の管軸方向の引張歪を付与する工程とし、前記サイジング工程終了後に、さらに管軸方向の圧縮歪を付与する圧縮工程を施すことを特徴とする、高強度、高靭性で、かつ変形特性に優れる電縫鋼管の製造方法。

Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15 ‥‥(1)
ここで、C、Mn、Cr、Mo、V、Ni、Cu:各合金元素の含有量(質量%)
【請求項4】
前記管長手方向の圧縮歪が、0.1%以上であることを特徴とする請求項3に記載の電縫鋼管の製造方法。
【請求項5】
前記組成に加えてさらに、質量%で、下記A群〜D群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項3または4に記載の電縫鋼管の製造方法。

A群:Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、B:0.0050%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
B群:Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下のうちから選ばれた1種または2種、
C群:Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、
D群:Ca:0.005%以下
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の製造方法により製造された電縫鋼管であって、管長手方向の降伏比が85%以下であり、かつ管周方向各位置における管長手方向の降伏比(%)の最大値と最小値の差が2ポイント未満で、管周方向に均一な変形特性を有することを特徴とする変形特性に優れる電縫鋼管。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−177720(P2011−177720A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41853(P2010−41853)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】