説明

多段差動増幅器

【課題】高出力増幅器のような高飽和特性が要求される差動増幅器において、入力信号の同相成分を除去する機能を改善し、差動利得特性の劣化を防止する。
【解決手段】半導体増幅素子から構成されるエミッタ接地形多段差動増幅器において、少なくとも最前段増幅器の入力バイアス回路には該増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値の1/2以上のインピーダンスを有するフィード素子を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、地上マイクロ波通信、移動体通信等の高周波に使用される送信用の多段差動増幅器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図6は例えば「アナログ電子回路」に記述されている差動増幅回路の交流等価回路を示す。この図で、100と101は入力信号、102と103は入力整合回路素子の抵抗成分ri、104と105は差動増幅回路を構成する半導体増幅素子のベース抵抗rb、106と107は差動増幅回路を構成する半導体増幅素子のエミッタ抵抗re、108はエミッタに接続される電流源等のインピーダンスRe、109と110は差動増幅回路を構成する半導体増幅素子の電流源、111と112は差動増幅回路を構成する半導体増幅素子のコレクタ抵抗rc、113と114は出力端子である。
【0003】
次に動作について説明する。入力信号100と入力信号101から入力された信号はそれぞれ入力整合回路素子102及び入力整合回路素子103の抵抗を介して差動増幅回路を構成する半導体増幅素子に入力される。半導体増幅素子に入力された信号は出力端子113及び出力端子114から出力される。
【0004】
ここで、差動増幅器の同相除去比を定義して、差動増幅器の利得特性に関する検討を行う。
入力信号100の電圧をv1、入力信号101の電圧をv2、出力端子113の電圧をv3、出力端子114の電圧をv4、入力信号100に接続される半導体増幅素子のベース電流をib1、入力信号101に接続される半導体増幅素子のベース電流をib2、半導体増幅素子の電流増幅率をβと定義すると、v1及びv2は以下のようになる。
v1={ri+rb+(1+β)(re+Re)}・ib1+(1+β)・Reib2 ・・・ (1)
v2={ri+rb+(1+β)(re+Re)}・ib2+(1+β)・Reib1 ・・・ (2)
また、v3及びv4は以下のようになる。
v3=-β・rc・ib1 ・・・ (3)
v4=-β・rc・ib2 ・・・ (4)
差動利得Adと同相利得Acを以下のように定義すると
Ad=(v3-v4)/(v1-v2) ・・・ (5)
Ac=(v3+v4)/(v1+v2) ・・・ (6)
同相除去比Ad/Acは(1)から(6)を用いて以下のようにあらわされる。
Ad/Ac=1+2(1+β)・Re/Rie ・・・ (7)
ここでRieはri+rb+(1+β) reである。(7)式より同相除去比を大きくするにはエミッタに接続される電流源等のインピーダンス108の値Reを大きくすればよく、このため、通常電流源等のハイインピーダンス素子が接続される。
【0005】
【非特許文献1】藤井信生著「アナログ電子回路」(株)昭晃堂、平成5年12月20日、p.120-123
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の電流源等のハイインピーダンス素子をエミッタに接続する従来例の差動増幅器では、大信号動作時においても電流が増加しないため高飽和特性を実現することができない。従って、高出力増幅器のような高飽和特性が要求される回路においては、インピーダンスReを有する素子は接続せず、直接接地する構成がとられることがある。その場合、同相除去比は(7)式より1となり、例えば入力信号に同相成分が含まれている場合にも同相成分を除去する機能は働かず差動利得特性は劣化してしまうという問題点があった。
【0007】
この発明は、上記のような問題点を解決するためになされたもので、地上マイクロ波通信、移動体通信等に使用される多段差増増幅器において、高利得特性を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係る多段差動増幅器は、半導体増幅素子から構成されるエミッタ接地形多段差動増幅器において、少なくとも最前段増幅器の入力バイアス回路には該増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値の1/2以上のインピーダンスを有するフィード素子を用いる。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、入力バイアスフィード素子のインピーダンスが差動増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/2以上に設定されることによって、入力信号のアンバランスの影響をうけにくくし、高利得特性を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1を示す多段差動増幅器のブロック図であり、1と2は入力端子、3と4は最前段増幅器の直流阻止容量、5と6は最前段増幅器を構成するBJT(バイポーラジャンクショントランジスタ)や、HBT(ヘテロジャンクションバイポーラトランジスタ)などの半導体増幅素子、7と8は最前段増幅器のベースバイアスフィード素子、9と10は最前段増幅器のコレクタバイアスフィード素子、11はベース電源、12はコレクタ電源であり、これらにより最前段増幅器15はを構成している。16は2段目増幅器、17は最終段増幅器であり、それぞれその構成は概ね最前段増幅器15と同じである。13と14は最終段増幅器17の出力端子であり、かつ多段差動増幅器の出力端子である。
【0011】
次に動作について説明する。入力端子1と入力端子2から入力された高周波信号は直流阻止容量3及び直流阻止容量4を介して半導体増幅素子5と半導体増幅素子6にそれぞれ入力される。半導体増幅素子5と半導体増幅素子6により増幅された信号は2段目増幅器16、さらに最終段増幅器17で増幅され、出力端子13と出力端子14より出力される。
【0012】
図1に示す最前段増幅器15においてはコレクタバイアスフィード素子9及びコレクタバイアスフィード素子10はインダクタによって構成されている。これは大信号動作時にもコレクタ電圧を降下させずに高飽和特性を実現するためである。
【0013】
コレクタバイアスフィード素子9及びコレクタバイアスフィード素子10の入力インピーダンスの絶対値をRin1、図1では抵抗によって構成されているベースバイアスフィード素子7及びベースバイアスフィード素子8のインピーダンスをRb1とする。
【0014】
図2は入力信号アンバランス量による利得特性変化量の関係を計算した結果である。図2(a)はRb1=50ohm,(b)はRb1=500ohmでの計算結果であり、Rin1は1kohmである。図2より、Rb1が大きいほど、入力信号にアンバランスが生じた場合の利得変化量が小さいことが分かる。入力信号の位相アンバランスが20度と仮定し、利得低下量を1dBに抑えるためには、Rb1=500ohmまでベースバイアスフィード素子のインピーダンスを増加させる必要がある。
【0015】
図3は入力信号アンバランス量と出力信号のアンバランス量の関係を計算した結果である。図3(a)はRb1=50ohm、(b)はRb1=500ohmでの計算結果である。図3より、Rb1が大きいほど、入力信号にアンバランスが生じた場合にも出力信号のアンバランス量に与える影響は小さいことが分かり、Rb1=500ohmまでベースバイアスフィード素子のインピーダンスを増加させる必要がある。
【0016】
以上の結果からベースバイアスフィード素子7及びベースバイアスフィード素子8のインピーダンスをRb1は、コレクタバイアスフィード素子9及びコレクタバイアスフィード素子10の入力インピーダンスの絶対値Rin1に対し (8)式のように設定される必要がある。
Rb1 > Rin1/2 ・・・・・ (8)
【0017】
以上のように実施の形態1によれば、ベースバイアスフィード素子のインピーダンスが差動増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/2以上に設定されることによって、入力信号のアンバランスの影響をうけにくくし、高利得特性を実現することが可能となる。
【0018】
さらに、最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが差動増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値の1/2以上に設定されることによって、増幅器内部で生じるアンバランス量を低減することが可能となり、多段化した場合にも後段の増幅器に及ぼす影響が低減でき、高利得特性を実現することが可能となる。
【0019】
実施の形態2.
図4はこの発明の実施の形態2を示す多段差動増幅器のブロック図であり、21と22は最終段増幅器17の入力部における直流阻止容量、31と32は最終段増幅器17の出力部における直流阻止容量、23と24は最終段増幅器17を構成するBJTや、HBTなどの半導体増幅素子、25と26は最終段増幅器17のベースバイアスフィード素子、27と28は最終段増幅器17のコレクタバイアスフィード素子、29は最終段増幅器17のベース電源、30は最終段増幅器17のコレクタ電源であり、図1と同符号の最前段増幅器15の素子に関しては説明を省略する。
【0020】
次に動作について説明する。入力端子1と入力端子2から入力された高周波信号は最前段増幅器15及び2段目増幅器16で増幅され、さらに最終段増幅器17の直流阻止容量21と22を介して、最終段増幅器17を構成する半導体増幅素子23と24に入力される。半導体増幅素子23と24により増幅された信号は、直流阻止容量31と32を介して出力端子13と14より出力される。
【0021】
図4に示す多段差動増幅器においてはコレクタバイアスフィード素子27及び28はインダクタによって構成されている。これは大信号動作時にもコレクタ電圧を降下させずに高飽和特性を実現するためである。
【0022】
最前段増幅器15のコレクタバイアスフィード素子9及び10の入力インピーダンスのコレクタバイアスフィード素子27及び28のインピーダンスの絶対値をRin1、図4では抵抗によって構成されている最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子7及び8のインピーダンスRb1とする。ここで、Rb1は上記(8)式のように設定される。
【0023】
さらに、最終段増幅器17の半導体増幅素子23と24の入力インピーダンスであるの絶対値をRinf、図4では抵抗によって構成されている最終段増幅器17のベースバイアスフィード素子25及び26のインピーダンスRbfとする。ここで、Rbfは(9)式のように設定される。
Rbf < Rinf/5 ・・・・・ (9)
【0024】
以上のように実施の形態2によれば、最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが最前段増幅器15を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/2以上に設定されることによって、入力信号のアンバランスの影響をうけにくくし、高利得特性を実現することが可能となる。
【0025】
さらに、最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが最前段増幅器15の差動増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/2以上に設定されることによって、増幅器内部で生じるアンバランス量を低減することが可能となり、多段化した場合にも後段の増幅器に及ぼす影響が低減でき、高利得特性を実現することが可能となる。
【0026】
さらにまた、最終段増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが最終段増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/5以下に設定されることによって、大信号動作時にもベース電流増加に伴うベース電圧降下が生じず高飽和特性を実現することが可能となる。
【0027】
実施の形態3.
図5はこの発明の実施の形態3を示す多段差動増幅器のブロック図であり、33と34は2段目増幅器16を構成する半導体増幅素子、35と36は2段目増幅器16のベースバイアスフィード素子であり、図4と同符号の最前段増幅器15の各素子およびに最終段増幅器17の各素子に関しては説明を省略する。
【0028】
次に動作について説明する。入力端子1と2から入力された高周波信号は最前段増幅器15、2段目増幅器16、及び最終段増幅器17で増幅され出力端子13と14より出力される。
【0029】
この実施の形態3では実施の形態2における構成、即ち最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが最前段増幅器15を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/2以上に設定されることと最終段増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスが最終段増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値1/5以下に設定されることに加え、各段増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズと各段増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスとの関係を規制するものである。
【0030】
以下、各段増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズと各段増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスとの関係を説明する。
最前段増幅器15の半導体増幅素子5のトランジスタサイズをS1、2段目増幅器16の半導体増幅素子33のトランジスタサイズをS2、最終段増幅器17の半導体増幅素子23のトランジスタサイズをSfとする。また、図5では抵抗によって構成されている2段目増幅器16ベースバイアスフィード素子35及び36のインピーダンス値をRb2とする。
ここで、Rb1、Rb2、及びRbfは(10)、(11)式の関係を満たすように設定する。
Rb1/Rb2 > S2/S1 ・・・・・ (10)
Rb2/Rbf > Sf/S2 ・・・・・ (11)
なお、Rb1は上述の最前段増幅器15のベースバイアスフィード素子7及びベースバイアスフィード素子8のインピーダンス、Rbfは最終段増幅器17のベースバイアスフィード素子25及び26のインピーダンスである。
【0031】
即ち、現段差動増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスと前段の差動増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスとの比は、現段差動増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズと前段の差動増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズとの逆数比よりも大きくし、かつ次段(最終段)の差動増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスと現段の差動増幅器のベースバイアスフィード素子のインピーダンスとの比は、次段の差動増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズと現段の差動増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズとの逆数比よりも大きくする。
つまり、隣接される増幅器を構成する半導体素子間のサイズの逆数比以上に、隣接される増幅器の入力バイアス回路のフィード素子間のインピーダンス比をもたせる構成とする。
【0032】
以上のように実施の形態3によれば、実施の形態1及び2と同様な理由から、入力信号のアンバランスの影響をうけにくくし高利得特性を実現することが可能となるとともに、 高飽和特性を実現することが可能となり、さらに隣り合う差動増幅器の半導体素子のサイズの逆数比以上に、各段増幅器の入力バイアス回路のフィード素子のインピーダンス比をもたせることにより、さらなる高飽和特性を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
地上マイクロ波通信や移動体通信等のDSRC(Dedicated Short Range Communications:狭域通信)システムに用いられる多段差動増幅器に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】この発明の実施の形態1を示す多段差増増幅器のブロック図である。
【図2】実施の形態1を説明する利得特性計算結果の特性図である。
【図3】実施の形態1を説明する出力信号計算結果の特性図である。
【図4】実施の形態2を示す多段差増増幅器のブロック図である。
【図5】実施の形態3を示す多段差増増幅器のブロック図である。
【図6】従来例の差動増幅器の交流等価回路図である。
【符号の説明】
【0035】
1、2;入力端子、3、4、21、22、31、32;直流阻止容量、5、6、23、24、33、34;半導体増幅素子、7、8、25、26、35、36;ベースバイアスフィード素子、9、10、27、28;コレクタバイアスフィード素子、11、29;ベース電源、12、30;コレクタ電源、13、14;出力端子、15;最前段増幅器、16;2段目増幅器、17;最終段増幅器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体増幅素子から構成されるエミッタ接地形多段差動増幅器において、
少なくとも最前段増幅器の入力バイアス回路には該増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値の1/2以上のインピーダンスを有するフィード素子を用いることを特徴とする多段差動増幅器。
【請求項2】
前記多段差動増幅器を構成する最終段増幅器の入力バイアス回路には該増幅器を構成する半導体増幅素子の入力インピーダンスの絶対値の1/5以下のインピーダンスを有するフィード素子を用いることを特徴とする請求項1記載の多段差動増幅器。
【請求項3】
隣接する増幅器の入力バイアス回路のフィード素子のインピーダンス比は当該隣接する増幅器の半導体増幅素子のトランジスタサイズの逆数比以上に構成されることを特徴とする請求項2記載の多段差動増幅器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−312001(P2007−312001A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−137843(P2006−137843)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】