説明

強度と延性に優れた伸線用線材及びその製造方法

強度と延性に優れた伸線用線材及びその製造方法が提供される。
強度と延性に優れた伸線用線材は、重量%で、C:0.87〜1.0%、Mn:0.1〜0.60%、Si:0.3〜1.0%、S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、Cr:0.1〜0.5%、及びN:0.007%以下(0%を含まない)、並びに残部Fe及びその他の不可避な不純物からなり、前記Si、Crの含有量が次式、0.6≦Si+Cr≦1.2(Si及びCrは当該元素の重量%を意味)を満たし、パーライト組織を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤコード、ワイヤロープ、ピアノ線、橋梁用鋼線などに用いられる強度と延性に優れた伸線用線材及びその製造方法に関する。より詳しくは、Cの含有量を適切に制御するとともに、Si及びCrを複合添加することでパーライト層状組織を微細化し、高強度及び高延性を有する伸線用線材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、伸線用高強度線材の製造には次の3つの方法がある。
【0003】
まず、強化元素を多量に添加して基本鋼材(base steel)自体の強度を増加させることができる。上記強化元素の代表的な例としては炭素(C)が挙げられる。炭素は亜共析領域から共析領域に、また、共析領域から過共析領域にCの含有量が次第に増加することによって、要求される線材の強度が次第に増加する。
【0004】
炭素含有量が増加すると、線材の内部には硬質相のセメンタイトの分率が増加し、パーライト組織のラメラ(lamellar)間隔が圧縮することによって鋼材の強度を向上させることができる。
【0005】
次に、伸線用線材は、圧延された線材を伸線処理及び熱処理して、最終的に圧延された線材を素線に加工することにより提供される。この場合、圧延された線材は、強度を大幅に向上させるため、硬化することができる。パーライト組織のラメラ間隔が微細化されるため、線材の加工時に加工硬化係数が増加し、転位(potential)が集積されるため、線材を硬化することができる。
【0006】
最後に、上記の工程とは別に、素材の伸線の変形率を増加させることで強度が向上することができる。素材の伸線の変形率は素材の延性と密接な関係にある。伸線加工時に素材に断線が発生しなければ、鋼材は容易に加工することができ、かつ線材の強度も好ましく改善される。
【0007】
しかし、上記方法は独立して作用するのではなく、互いに連関して線材の強度を変化させるものである。このため、上記方法は、それぞれの工程のパラメータを独立して制限し強度を向上させるのには限界がある。
【0008】
また、線材の強度を向上させるために単純に合金元素を多量に添加すると、線材圧延後の線材製造工程において線材の延性が悪化し、断線が生ずるなどの問題が発生する。また、炭素の含有量が増加することによって強度は向上できるが、延性はむしろ減少するという問題が発生する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は従来技術の問題を解決することを意図するものであり、従って本発明の目的は、Cの含有量を適切に制御するとともにSi及びCrを複合添加することで、パーライト層状組織の微細化による高強度及び高延性を有する、伸線用線材を提供することにある。また、本発明の他の目的は、高強度及び高延性を有する、伸線用線材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するための手段として、本発明の強度と延性に優れた伸線用線材は、重量%で、C:0.87〜1.0%、Mn:0.1〜0.60%、Si:0.3〜1.0%、S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、Cr:0.1〜0.5%、及びN:0.007%以下(0%を含まない)、並びに残部Fe及びその他の不可避な不純物を含み、上記Si、Crの含有量の合計(重量%)が次式、0.6≦Si+Cr≦1.2を満たし、前記線材はパーライト組織を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
上記のように、本発明の例示的な態様は、Cの含有量を適切に制御するとともにSi及びCrを複合添加することで、高強度及び高延性を有する伸線用線材を提供することができる。また、本発明の別の例示的な態様は、高強度だけでなく、高延性を有する伸線用線材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Cの含有量による伸線用線材の引張強度及び断面減少率を示すグラフである。
【図2】組成範囲による伸線用線材の引張強度及び断面減少率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
従来の伸線用線材の強度を向上させるために、一般的に炭素を多量に添加されている。この事実から、本発明者は上記炭素の含有量と伸線用線材の強度との関係を鋭意検討して、次の結論に至った。
【0014】
一般的に炭素の含有量が亜共析領域から過共析領域に増加すると線材の強度も増加する。図1は炭素含有量による引張強度と断面減少率を示すグラフである。これを参考にすると、炭素の含有量が一定水準以上になると、強度の向上はそれ以上期待できず、断面減少率が減少して強度がそれ以上増加せず、むしろ減少する。
【0015】
したがって、炭素の含有量を増加し続けることなく、断面減少率を十分に確保可能な範囲で炭素の上限を制限する一方、他の合金元素、特にSi及びCrを複合添加すると、パーライトの層状組織が微細化され、伸線用線材の強度及び延性を確保することができるようになる。
【0016】
以下に、本発明の鋼成分の組成範囲を説明する。本願明細書の全体において、特に指定しない限り、用語「パーセント(%)」は、「重量%」を表す。
【0017】
炭素(C)の含有量:0.87〜1.0%
Cは、強度を確保するための核となる元素である。この場合、Cの含有量が1.0%を超過すると、鋼材の断面減少率(RA)が減少して結局は伸線加工による強度増加を期待できない一方、0.87%未満であると、目標の強度を確保することが困難である。このため、上記Cの含有量は0.87〜1.0%に制限することが好ましい。
【0018】
マンガン(Mn)の含有量:0.1〜0.6%
Mnは、焼入れ性の増加に有効な元素であるが、激しい中心偏析を引き起こす。この場合、Mnの含有量が0.6%を超過すると、Mnは低温組織を誘発する可能性が非常に高い。一方、Mnの含有量が0.1%未満であると、添加の効果が十分に得られない。このため、上記Mnの含有量を0.1%〜0.6%に制限することが好ましい。
【0019】
シリコン(Si)の含有量:0.3〜1.0%
Siは、Crとともに本発明において最も重要な元素である。Cは、添加量が増加すると強度が増加する働きがある一方、断面減少率は減少して結局は強度の上昇に限界を有することとなる。また、Cは過共析組成以上では、伸線中の主な割れ発生位置を提供する粗大な初析セメンタイトを析出させる働きがある。Siを添加すると、過共析組成範囲において初析セメンタイト生成を助長せず、固溶強化により強度を増加させる。
【0020】
Siは、製鋼工程において脱酸剤として用いられるので鋼中に微量含まれている、Siの含有量が0.3%未満であると、強度及び延性増加に有効ではない。しかし、1.0%を超過すると、ラメラフェライトの延性を急激に減少させ伸線加工性を悪化させる。よって、上記Siの含有量は0.3〜1.0%に制限することが好ましい。
【0021】
クロム(Cr)の含有量:0.1〜0.5%
上記Crは、Siとともに本発明において最も重要な元素である。Crは、パーライトの層状組織を微細化することで強度と延性を向上させる働きがある。Crの含有量が0.1%未満であると、層状組織の微細化が十分に得られず、Crの含有量が0.5%を超過すると、恒温変態速度を遅くして生産性を悪化させる。よって、上記Crの含有量は0.1〜0.5%に制限することが好ましい。
【0022】
シリコン(Si)の含有量+クロム(Cr)の含有量:0.6〜1.2%
上記SiとCrは複合添加されることが効果的である。ここで、両元素の重量の合計が0.6〜1.2%であると、強度と延性がともに上昇するようになる。Si+Crの含有量が0.6%未満であると、強度の増加幅が小さいなる一方で、Si+Crの含有量が1.2%を超過すると、延性の減少を招く。このため、上記Si及びCrの含有量の合計は0.6〜1.2%に制限することが好ましい。
【0023】
S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、N:0.007%以下(0%を含まない)
S、P、Nは、線材製造時に存在する不純物元素である。不純物が多量に存在すると素材の脆化を招き、伸線加工時に断線の原因となる。このため、不純物の含有量の上限を夫々0.010%、0.011%、0.007%に制限する。
【0024】
また、上記組成範囲を満たす線材はNiをさらに含有することができる。Niはセメンタイトのスリップシステムを1つ追加して可動させることにより、伸線加工時にセメンタイトの塑性変形を増加させるため、線材の強度と延性が向上する。Niの含有量が0.3%未満の場合、Niを含有しない上記組成範囲を満たす線材と比べて強度と延性の大差がないため、0.3%以上を含有することが好ましい。一方、Niの含有量が1.0%を超過すると、高価のNiを添加することに対する強度及び延性の向上効果が明らかでなく、経済性が低いため、Niの含有量を0.3〜1.0%とすることがより好ましい。
【0025】
上記の成分に加えて、本発明の伸線用線材の例示的な一態様は、上記した成分以外の残部はFe及びその他の不可避な不純物を含む。
【0026】
上記のような組成範囲を有する線材の場合、その線材の引張強度は1300MPa以上で、断面減少率は30%以上となる。
【0027】
以下に、本発明の線材の組織の例示的な一態様について説明する。
【0028】
上記の組成範囲を有する線材のパーライト組織の層状間隔は130nm以下となる。
【0029】
線材をLP(Lead Patenting)熱処理した後はパーライト組織の層状間隔が50nm以下となる。パーライト組織の層状間隔が小さいほど線材の強度は高くなる。
【0030】
以下、本発明の伸線用線材の製造方法の例示的な一態様について説明する。
【0031】
重量%で、C:0.87〜1.0%、Mn:0.1〜0.60%、Si:0.3〜1.0%、S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、Cr:0.1〜0.5%、及びN:0.007%以下(0%を含まない)、並びに残部Fe及びその他の不可避な不純物を含み、上記Si、Crの含有量の合計(重量%)が次式、0.6≦Si+Cr≦1.2(Si及びCrは当該元素の重量%を意味)を満たすことを特徴とする線材を均質化処理及び熱間圧延の温度確保のために1100〜1300℃に加熱し圧延後、微細で均質なパーライト組織を得るために10〜20℃/秒で冷却する。
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。
【実施例1】
【0033】
表1のような組成範囲を有する鋼片を1100〜1300℃に加熱し圧延後、10〜20℃/秒で冷却して、線材を製造した。その後、製造した線材の引張強度(TS)、断面減少率(RA)、パーライト組織のラメラ層状間隔を測定した。
【0034】
以下の表1に示すように、比較鋼1から6は線材の引張強度が1119〜1249MPaであり、断面減少率は、比較鋼1を除いて30%以下である。比較鋼1の場合は、Cの含有量が0.82重量%と低いため、高い断面減少率を示すが、強度は1119MPaと非常に低く、高強度鋼には適合しないことが分かる。
【0035】
これに対し、発明鋼1から5は強度が1300MPa以上であり、断面減少率も30%以上となっている。発明鋼1を比較鋼4と比べると、Siの含有量を増加させたところ、引張強度が121MPa増加し、断面減少率が6.6%増加したことが分かる。図2は、C:0.92重量%にCrとSiの添加による引張強度と断面減少率を示す。図2の一番右側の棒グラフは、発明鋼1の引張強度と断面減少率を示す。
【0036】
発明鋼1から3は、Si含有量を増加させることによって、断面減少率を大きく減少させずとも強度が増加することが分かる。しかし、比較鋼7の場合には、Siを1.512重量%添加すると強度は増加するが、Cが1.0重量%を超過して添加され、断面減少率が19.3%と急激に減少するようになる。
【0037】
発明鋼4のようにCrを0.496重量%添加した場合も引張強度が1364MPaで、断面減少率が38.7%と優れた強度と延性を示している。また、SiとCrの含有量の合計が0.6〜1.2重量%の範囲において、引張強度が1300MPa以上で断面減少率が30%以上となっている。また、発明鋼5は、Niを0.5重量%添加する場合に優れた引張強度と断面減少率を有することが分かる。
【0038】
発明鋼の線材は、線材状態のパーライト組織のラメラ層状間隔が130nm以下であることを特徴としており、これに起因して優れた強度と断面減少率が得られることが分かる。
【0039】
【表1】

【実施例2】
【0040】
実施例1の方法により製造された線材(発明鋼1、比較鋼4及び比較鋼5)を1050℃でオーステナイト化した後、はんだ槽温度550℃でLP熱処理(lead−patented)して、鋼材を得た。その後、それぞれの鋼材の引張強度とラメラ層状間隔とを測定した。これらの結果を表2に示す。
【0041】
発明鋼1は比較鋼4に比べ、Siの増加によって引張強度が88MPa増加したことが分かる。また、発明鋼1は、炭素含有量がさらに高い比較鋼5に比べても優れた引張強度となっている。そして発明鋼1は、Si及びCrの複合添加によってLP熱処理後も優れた強度を示していた。この際、発明鋼1の層状間隔は26nmと、比較鋼の約半分であることが分かる。これは、Si元素添加時に共析温度を上昇させて過冷度を増加させ、核生成速度が増加したからである。
【0042】
【表2】

【実施例3】
【0043】
実施例1及び実施例2の方法により製造された線材(発明鋼1、比較鋼4及び比較鋼5)を伸線加工して、鋼線を得た。その後、それぞれ鋼線の物性を測定した。結果を表3に示す。伸線加工は3.2%以上の同様の変形率で施し、最終鋼線直径は2.7mmであった。
【0044】
発明鋼1は、引張強度、撚り回数、疲労特性のいずれも、比較鋼4や比較鋼5より高い値を有する。
【0045】
撚り回数は、優れた強度を維持しながらも鋼線の加工性または延性が良好であることを示す。ここで、発明鋼が比較鋼より優れた物性を有することが分かる。優れた延性は線材の伸線加工時に断線率を低減させ、層間剥離(delamination)を抑制する。
【0046】
また、疲労特性は、使用寿命が増加し耐久性が増加することを示す。ここで、発明鋼は、比較鋼の約2倍の疲労特性を有することが示された。よって、SiとCrの複合添加により、発明鋼1は、伸線加工後にも、強度だけでなく、優れた延性及び疲労特性を有することが分かる。
【0047】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
優れた強度と延性を有する伸線用線材であって、
重量%で、C:0.87〜1.0%、Mn:0.1〜0.60%、Si:0.3〜1.0%、S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、Cr:0.1〜0.5%、及びN:0.007%以下(0%を含まない)、並びに残部Fe及びその他の不可避な不純物を含み、
前記Si、Cr含有量の合計(重量%)が次式、0.6≦Si+Cr≦1.2を満たし、
前記伸線用線材はパーライト組織を含む
ことを特徴とする、伸線用線材。
【請求項2】
0.3重量%以上のNiをさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載の伸線用線材。
【請求項3】
前記線材の引張強度が1300MPa以上であり、断面減少率が30%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の伸線用線材。
【請求項4】
前記線材のパーライト組織の層状間隔が130nm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の強度と延性に優れた伸線用線材。
【請求項5】
前記線材をLP(Lead Patenting)熱処理した後の、前記線材のパーライト組織の層状間隔が50nm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の伸線用線材。
【請求項6】
前記線材を伸線加工した後の、前記線材の撚り回数が50回以上であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の強度と延性に優れた伸線用線材。
【請求項7】
優れた強度と延性を有する伸線用線材の製造方法であって、
線材を1100〜1300℃に加熱するステップであって、前記線材は重量%で、C:0.87〜1.0%、Mn:0.1〜0.60%、Si:0.3〜1.0%、S:0.010%以下(0%を含まない)、P:0.011%以下(0%を含まない)、Cr:0.1〜0.5%、及びN:0.007%以下(0%を含まない)、並びに残部Fe及びその他の不可避な不純物を含み、前記Si、Cr含有量の合計(重量%)が次式、0.6≦Si+Cr≦1.2を満たすステップと、
加熱した線材を圧延するステップと、
前記加熱した線材を10〜20℃/秒の速度で冷却するステップ
とを含むことを特徴とする、伸線用線材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2011−509345(P2011−509345A)
【公表日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−540556(P2010−540556)
【出願日】平成20年11月12日(2008.11.12)
【国際出願番号】PCT/KR2008/006660
【国際公開番号】WO2009/084811
【国際公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(592000691)ポスコ (130)
【Fターム(参考)】