説明

微生物の活性測定法

【課題】測定サンプル毎の変動係数が小さく、高精度で、より信頼性の高い微生物の活性測定法を提供する。
【解決手段】微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素を、一恒温槽内にセットされた少なくとも2個以上の光学測定用セル内にて、それぞれ反応時間および撹拌速度を同条件として反応させ、微生物が有機物質を代謝する際に還元型の酸化還元色素を生成させ、その還元型の酸化還元色素または酸化型の酸化還元色素を、光学測定法により検出または定量することで、微生物の呼吸量を測定することを特徴とする微生物の活性測定法。かかる微生物の活性測定法には、例えば一恒温槽内に、撹拌システムを備えた光学測定に使用可能なセルを少なくとも2個以上備え、各セル内が同一温度で恒温に保たれ、連動する全ての撹拌システムにおける撹拌の度合いが同一である、請求項1記載の微生物の活性測定法に用いられる光学測定用多連式恒温撹拌システムが用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の活性測定法に関する。さらに詳しくは、光学測定用多連式恒温撹拌システムを用いた有機物質量の測定あるいは微生物の検出などに有効に用いられる微生物の活性測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
河川や産業排水の水質管理に重要な項目として、BOD(生物化学的酸素要求量)があり、国際的な有機性水質汚濁の指標とされている。有機化合物に起因する水質汚濁は、好気性微生物による酸化反応で減少し、消去され、その有機物質濃度に対応して溶存酸素が消費されるため、この消費された酸素量を計測することで、水質汚濁が明らかになるのである。したがって、BODは有機化合物濃度を酸素量、すなわち微生物の活性により間接的に表したものである。
【0003】
BOD測定法としては、種々の方法が提案されている。例えば特許文献1には、トリコスポロン属の酵母を溶存酸素電極の表面に固定して、酵母が河川や排水中に含まれる有機汚濁物質を資化することで消費された溶存酸素の濃度を酸素電極で測定する方法が提案されている。この方法によれば、河川や排水中に含まれるさまざまな有機物質の総量を有機汚濁物質としてまとめて測定ができる特徴があるものの、測定溶液中にごく僅かしか溶存しない酸素の濃度を高感度に測定する必要があることから、測定システムが必然的に大きくなってしまうなどの問題点があり、試験室や工場などの屋内に限らず、現場での計測も必要となるBODの測定には向かない場合があった。また測定システム上、溶存酸素の非常に低い廃液にあっては正確な値を測定することが難しいという限界もあった。
【特許文献1】特公昭61−7258号公報
【0004】
かかる問題に対して、溶存酸素量が低い場合にあってもBODの測定を可能とするメディエーターを用いたBOD測定法が開発された。かかる測定法は、溶存酸素に比べて液体中の溶解濃度が高い電子の濃度を指標とした電気化学(電極)測定型であり、BODの測定および測定装置の小型化を可能とするといった画期的なものであった。
【特許文献2】特開平07−167824号公報
【0005】
しかるに、かかる測定法は原核微生物が有機物質を代謝することによる電子伝達系の電子の移動を検知するものであり、この測定法の現場での計測も考慮して、電極上に原核微生物であるPseudomonas fluorescens biovar Vを担持した一回使い捨てタイプのセンサーチップが提案されている。しかし、一回使い捨ての利便性があるものの、使用する電極の製造上の再現性の問題に加え、微生物を含む試薬を使用するまで該チップ内に内包しているために個々のチップ間での内部の状態変化の程度の違い、などが直接測定値における再現性の低下を招いている。一般に、微生物を検出素子として使用するバイオセンサーで得られる再現性は10〜20%程度であり、かかる測定法でも再現性は12.7%である。さらに、測定感度の観点からもかかる測定法の課題がある。近年、河川水をはじめとする淡水の浄化が進んでおり、工場などからの排水も高度な処理法の導入によりその水質も従来と比較して格段に向上している。実際、平成17年国内において最悪な有機汚濁状況であった河川でも、そのBODの値は6.4mg O2/l(大和川;大阪・奈良)であり、現在において一般的な河川などの有機汚濁状況を調べるには、かなり高感度な測定法が要求されているといえる。その意味で、かかる測定法で得られた検量線の範囲は15〜260mg O2/lであり、実河川などへの使用には向かないという問題がある。その上、現場での計測に要求される迅速性の観点からしても、かかる測定法では実用的な許容範囲を超える15分間の反応時間を含む測定時間を要しており、再現性が良く、迅速な測定が可能なBOD測定法の開発が望まれている。
【非特許文献1】N.Yoshida et al., J.Biotechnol.,88,269(2001)
【0006】
同様に、溶存酸素量が低い場合にあってもBODの測定を可能とする酸化還元色素を用いたBOD測定法が開発された。かかる測定法は、微生物が有機物質を資化するときに還元される酸化還元色素の濃度を吸光度または蛍光強度により測定することでBODの値を求める方法であり、上述したメディエーターの場合と同様、溶存酸素に比べて液体中の溶解濃度が高い色素の濃度を指標とする特徴がある。さらに、反応溶液として微生物と酸化型の酸化還元色素に試料液を加えるだけの極めて簡便なBODの測定および測定装置の小型化を可能とするといった画期的なものであった。
【非特許文献2】N.Yoshida et al., Anal.Lett.,35,1541(2002)
【非特許文献3】N.Yoshida et al., Field Anal.Chem.Technol.,5,222(2001)
【0007】
かかる測定法の一つは、マイクロプレートリーダーを使用して最大で96もの複数の試料を同時に測定することができる(非特許文献2)。しかし、個々の試料の測定に20分間も要した上に、検量線の範囲が50〜430mg O2/lであるため、実河川などの天然試料の計測には精度上、不適である。実際、この方法での実試料への応用はなされていない。また他の測定法(非特許文献3)は、先に述べた方法(非特許文献2)を応用したもので、現場での計測を実現するための携帯測定器と、それに使用するチップとして、3つの試料液を同時に測定できる一回使い捨てタイプの光学セルチップが開発され、反応時間を含む測定時間も実用範囲である10分間を実現している。しかし、この方法では上述(非特許文献1)の場合と同様に、一回使い捨ての利便性があるものの、使用する光学セルチップの製造上の再現性の問題に加え、微生物を含む試薬を使用するまで該チップ内に内包しているために個々のチップ間での内部の状態変化の程度の違い、などが直接測定値における再現性の低下を招く恐れがある。さらに、微生物の代謝活性が温度の影響を受けやすいにもかかわらず、該測定器には恒温システムが備わっていないため、季節によって温度変化の激しい現場においては特に測定の再現性に問題が生じるおそれがある。実際、かかる測定法で得られた再現性は室内での検討にもかかわらず10.3%であった。また、得られる検量線の範囲が50〜3000mg O2/lと極めて広いとはいえ、検出下限が50mg O2/lであることから、実河川などの水質が改善された天然試料の計測は不可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、測定サンプル毎の変動係数が小さく、高効率かつ高精度に、より信頼性の高い微生物の活性測定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる本発明の目的は、微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素を、一恒温槽内にセットされた少なくとも2個以上の光学測定用セル内にて、それぞれ反応時間および撹拌速度を同条件として反応させ、微生物が有機物質を代謝する際に還元型の酸化還元色素を生成させ、その還元型の酸化還元色素または酸化型の酸化還元色素を、光学測定法により検出または定量することで、微生物の呼吸量を測定することを特徴とする微生物の活性測定法によって達成され、かかる微生物の活性測定法には、例えば一恒温槽内に、撹拌システムを備えた光学測定に使用可能なセルを少なくとも2個以上備え、各セル内が同一温度で恒温に保たれ、連動する全ての撹拌システムにおける撹拌の度合いが同一である、請求項1記載の微生物の活性測定法に用いられる光学測定用多連式恒温撹拌システムが用いられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明方法を用いることにより、微生物の有機物質代謝活性を短時間で、再現性良く、高精度に測定することが可能となる。具体的には、各測定試料液の温度、反応時間および撹拌速度を一定に保つことにより、各測定試料液間の変動係数を従来の微生物を用いた測定法と比べて飛躍的に小さくすることを可能としているため、1〜600μlといった少量の試料で、従来よりも数倍程度高感度となるといったすぐれた効果を奏する。
【0011】
また、微生物の活性測定法を用いることにより、有機物質あるいは資化性有機物の存在下における毒性物質による微生物の活性の変化を極めて短時間に再現良く高感度に測定することができる。さらに、有機物質を含む例えば培地中に、微生物の有無を調べる食品、土壌などの検体を添加して一定時間培養後、微生物の活性を測定することにより、真核微生物を含めた全微生物の存在を極めて高感度かつ確実に行うことも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
微生物としては、原核生物、真核生物のいずれも用いることができ、いずれもこれらに属する微生物であれば特に限定されないが、BODの測定にあたっては、好ましくは適用技術により分離・培養可能な微生物が用いられ、取扱い容易といった観点からは、原核生物としてはEscheria coli, P. fluorescens, P. putida, Bacillus subtilisなどが挙げられ、真核微生物としては、酵母、例えばS. cerevisiaeTrichosporon cutaneumT. fermentansT. brassicaeCandida属、Aspergillus属などが、好ましくはパン酵母として周知のS. cerevisiaeT. cutaneumなどが用いられる。S. cerevisiae(サッカロミセス・セルビジエ)を用いる場合には、市販品をそのまま用いることができる。
【0013】
これらの微生物は、例えばBODの測定などに際して担体へ固定化して用いることもできる。微生物を固定化することにより、固定化された微生物を使用後に回収・洗浄後、再度測定に用いることが可能となる。固定化は、真核微生物の活性を阻害しないものであれば公知のいずれの方法も用いることができ、例えば担体共有結合法、包括法などが用いられる。また固定化に用いられる担体としては特に限定されないが、アルギン酸カルシウム、セルロース、アガロース、デキストラン、ポリスチレン、ポリアクリルアミドゲル、その他キトサンを素材とする多糖類系粒状ゲルのキトパール(登録商標)などの天然高分子、合成高分子類などが用いられ、好ましくは調製が容易なアルギン酸カルシウムが用いられる。微生物は、例えば担体1gに対し、湿重量にして0.05〜0.1g程度の担持量で固定化される。
【0014】
有機物質としては、微生物が資化し得る公知のものを用いることができ、エタノール、グルコースといった有機物質単独あるいは多種の有機物質を含む、例えば河川水などいずれのものも用いることができる。
【0015】
酸化型の酸化還元色素としては、2,6-ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、ヘキサシアノ鉄(III)カリウム、レサズリン、1-メトキシ-5-メチルフェナジニウムメチルサルフェート、メルドラブルー、ニコチンアデニンジヌクレオチド(NADH)などが、好ましくは水溶性のもの、さらに好ましくは吸光度測定においてはDCIPが、蛍光光度測定においてはNADHが用いられる。
【0016】
酸化還元色素は、微生物が有機物質を資化するときに還元されるので、そのときの酸化型または還元型のどちらか一方の酸化還元色素の濃度を吸光度または蛍光強度により測定することで間接的に微生物の活性を測定することができ、例えばBODの値を求める方法にあっては、溶存酸素に比べて液体中の溶解濃度が高い色素の濃度を指標とする点に特徴がある。ここで、酸化型と還元型の酸化還元色素の光吸収波長または蛍光波長が重ならないことが重要であり、例えばDCIPの場合、酸化型では青色に呈色して600nm付近に吸収極大波長が存在するものの、還元型では透明に変化して、この波長帯域の吸収波長が存在しないため、試料液中の酸化型の酸化還元色素の濃度変化を吸光度により的確に求めることができる。同様に、NADHの濃度を指標とする蛍光強度測定の場合、酸化型であるNAD+が蛍光特性を持たない一方、還元型であるNADHが360nm付近の励起光の照射により450nm付近に蛍光極大波長を示すため、試料液中の酸化型の酸化還元色素の濃度変化を蛍光強度度により的確に求めることができる。酸化還元色素を用いる本発明方法は、反応溶液として微生物と酸化型の酸化還元色素に試料液を加えるだけの極めて簡便な測定および測定装置の小型化が期待でき、測定にあっては、1〜600μlといった少量の測定試料を用いて高感度な測定が可能となるといった優れた効果を奏する。
【0017】
酸化型の酸化還元色素は、DCIPの場合では、微生物懸濁液、有機物質含有溶液などからなる測定試料液中に10nM以上、好ましくは1μM〜1mM、さらに好ましくは10μM〜200μM程度の濃度となるように用いられる。これ以下の濃度で用いられると、一般に普及している吸光光度計の吸光度の下限からみて、光路長の長い光学セルを使用した場合であってもDCIPの吸光度測定が困難になる。一方、これ以上の濃度で用いられると、一般に普及している吸光光度計の吸光度の上限からみて、光路長の短い光学セルを使用した場合であってもDCIPの吸光度測定が困難になる。
【0018】
微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素に加えて、微生物として真核微生物が用いられる場合には、酸化型の脂溶性メディエーターを用いることにより、さらに高感度に微生物の活性を測定することができる。酸化型の脂溶性メディエーターとしては、メナジオン(2-メチル-1,4-ナフトキノン)、ベンゾキノン、1,2-ナフトキノン、ユビキノン、ハイドロキノン、2,6-ジクロロベンゾキノン、2-メチルベンゾキノン、2,5-ジヒドロキシベンゾキノン、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノンなどのキノン類、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンなどのベンゾアミン類が用いられ、好ましくはメナジオン、ベンゾキノン、1,2-ナフトキノン、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンが用いられる。ここで脂溶性メディエーターは、微生物活性あるいは毒性物質などを測る場合には、資化性物質を供給するといった観点より、好ましくはエタノールに、一方、BODをはじめとする有機物質を測定する場合には、エタノールなどの資化性物質ではなく、好ましくはジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解されて用いられる。
【0019】
微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素は、一恒温槽内にセットされた少なくとも2個以上の光学測定用セル内にて、反応に供される。反応に際しては、有機物質の代謝中における菌体の活性を良好に保つため、反応槽内には少なくとも10mM程度以上のリン酸イオンが含まれることが望ましい。これは、10mMリン酸緩衝液(phosphate buffer; PBは Na2HPO4・12H2O 3.58gまたはNaH2PO4・2H2O 1.56gをそれぞれ純水に溶解して、各溶液を1lとし、両者を混ぜ合わせてpH 7.0に調整し、121℃, 15分間オートクレーブ滅菌したもの、あるいは1倍のリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffer saline;PBSはNaCl 8g、Na2HPO4・12H2O 2.9g、KCl 0.2g、KH2PO4 0.2gを純水に溶解してpH 7.0に調整した後、全量を純水で1lとし、121℃、15分間オートクレーブ滅菌したものなど、好ましくはリン酸緩衝液が用いられる。ここで、10mM程度のリン酸イオンが含まれることで、試料液のpHの影響を緩衝する作用も奏する。
【0020】
恒温槽としては0〜100℃の任意の温度で恒温を保てる公知のものであれば特に制限無く使用することができ、好ましくは水などの液体を用いて恒温を保つ恒温槽が用いられる。また、光学測定用セルとしては、公知のものをそのまま用いることができるが、好ましくは攪拌子とともに入手が容易で、恒温機にかける操作性を考慮すると、最も便利な光学測定用セルは光路長が10mmで高さが45mm程度の直方体のセルであり、さらに磁性のある微小な攪拌子を使って恒温条件下で十分な攪拌が可能であれば、測定試料液を少なくするといった観点から、最も好ましくは容量が約2〜200μl程度ものが用いられる。
【0021】
反応は、それぞれのセルの反応時間および撹拌速度などの反応条件を同一として行われる。具体的には、測定試料液のpHが5.0〜9.0、好ましくは6.5〜7.5、反応温度が5〜70℃、好ましくは20〜40℃、反応時間が3〜60分、好ましくは5〜20分といった条件で反応が行われる。また、撹拌は各セル内にスターラーを用いる磁力による撹拌または各セルをセットした振とう器を用いた振とうなど公知の方法により行われ、好ましくは磁力による撹拌が行われる。磁力による撹拌の場合には、各セルのスターラー回転速度が統一して設定される。
【0022】
このような反応を行うために、一恒温槽内に、撹拌システムを備えた光学測定に使用可能なセルを少なくとも2個以上備え、各セル内が同一温度で恒温に保たれ、連動する全ての撹拌システムにおける撹拌の度合いが同一である光学測定用多連式恒温撹拌システムを用いることができる。
【0023】
光学測定用多連式恒温撹拌システムの一例を図1に示す。a)は恒温撹拌システムに使用する三連式の撹拌システムの製作例であり、i)は三連式撹拌システムの製作に要する構成材料、ii)では、その組み立て例を示している。a)において、L字型に3個配置した防水タイプの小型スターラー(アズワン社製品Octopus CS-4)5は上板2の外枠内に収まるよう、3箇所貫通穴3を設けた厚さ約1cmの発泡スチロール製の上板2の下に、スペーサーの役割も果たす3本の支柱4によって設けられたスペース内に配置した。3本の支柱4は防水性の小型スターラー5の角に設けられた支柱ホルダー6内に収まることで固定されている。ここで、三連式撹拌システム7は上板2に設けられた3個貫通穴が、その下に配置されたスターラー5の回転軸の中央に合うように組み立てられている。b)は完成した恒温撹拌システム8を示す。この恒温撹拌システム8では、三連式撹拌システム7の貫通穴3が3個のガラス製光学セル9(Fine社製品TXセル;光路長1cm、容積4.5ml)を固定するセルホルダーの役割を果たし、ここに上部が1cm程度突出するようにセル9がセットされる。また、恒温撹拌システム8には恒温に保つための水が三連式撹拌システム7の上板2の高さまではられ、その温度は例えば30℃に設定されている。このシステムにおける磁力による撹拌は、光学セル底部に配置された撹拌子と該光学セルの下に位置する撹拌システム内の磁石(スターラー)の回転によって行われる。
【0024】
反応終了後、吸光度の測定は吸光光度計によって、また蛍光強度の測定は蛍光光度計によって行われ、得られた吸光度または蛍光強度より、微生物の活性が間接的に測定される。微生物の活性を測定することで、微生物の存否の確認はもちろん、予め設定された検量線に基づいて試料液中の有機物量や毒性を算出することができる。ここで、好ましくは検量線作成のための試料液を測定試料液とともに同時に反応させて、吸光度あるいは蛍光強度が算出される。濃度の低い試料について検量線の測定誤差による算出値の変動が大きくなるものの、これにより測定毎の変動係数を最小限にとどめることが可能となるため、測定誤差を抑えて正確に目的物質の定量が可能となるといったすぐれた効果を奏する。毒性物質としては、重金属イオン、呼吸阻害剤、抗生物質、農薬などが挙げられる。またこれらの測定システムとしては、光源として目的の波長の光を放つ発光ダイオードと目的の波長の光を捉える光検出器としてフォトダイオードを組み合わせれば、携帯用の測定装置を容易に組み立てることもできる。
【実施例】
【0025】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0026】
実施例1
凍結乾燥されたパン酵母菌体(日清製粉製品)をスパーテルで極少量取り、18mm径180mmの試験管に入れたYPD液体培地2mlに接種し、シリコーン栓で蓋をして28℃、180rpm、好気条件下で18時間振とう培養を行った。次いで、YPD寒天培地をクリーンベンチ内でシャーレに約20mlずつ入れ、恒温器(アーンスト・ハンセン商会製BARNSTEAD/THERMOLYNE LAB-LINE 120-5JPN)内で乾燥させたものに、乾燥酵母から培養を行った酵母液を白金耳で網目模様に接種し、28℃で二晩前培養を行った。なお、YPD液体培地としては、酵母エキス10g、ポリペプトン20g、グルコース20gを純水に溶解し、全量を1,000mlにした後、121℃、15分間の条件下でオートクレーブ滅菌したものが、YPD寒天培地としては、酵母エキス2g、ポリペプトン4g、グルコース4g、寒天4gを純水に溶解し、全量を200mlにした後、121℃、15分間の条件下でオートクレーブ滅菌したものが用いられた。
【0027】
YPD寒天培地上のコロニーから菌体を白金耳でYPD液体培地2mlに接種し、28℃、180rpm、好気条件下で13〜14時間振とう培養を行い、さらに500ml容量の坂口フラスコ中で、YPD液体培地50mlに最終濃度が0.5%となるよう前培養液を接種し、シリコーン栓で蓋をして、28℃、120rpm、好気条件下で9〜10時間本培養を行った。細胞の増殖相は、対数増殖期(OD600=0.9以上)に達していた。
【0028】
本培養液全量を遠沈管に移した後、4℃、3000rpmの条件下で3分間の遠心分離を行い、集菌を行った。集菌後、0.9%生理食塩水で3回洗浄を行い、ペレット状の酵母を25mlの0.9%生理食塩水で懸濁して50ml遠沈管内で2時間エアレーションを行った後、再び洗浄操作を3回繰り返した。洗浄後、最終菌体濃度がOD600=2.6となるように0.9%生理食塩水を加え、酵母液をボルテクスミキサーとピペッティングでよく分散させて菌体懸濁液(酵母液)を調製した。菌体懸濁液(酵母液)は使用まで4℃で保管した。
【0029】
次に、ガラス製のセル(容積4.5ml、光路長1cm)内に、撹拌子(Bel-Art Products製品、1.5mmφ× 8mm)、375μM DCIP(MERCK製品)水溶液200μl、pH 5.0、6.0、7.0、8.0または9.0を示す20mM PB緩衝液500μl、グルコース・グルタミン酸(GGA)で調製した2200mg O2/l(1500mg/lグルコース+1500mg/lグルタミン酸)のBOD値を示す標準溶液(測定試料液)60μlと純水40μlを加えてから、図1に示した恒温撹拌システムにセルをセットし、30℃、撹拌速度 350rpm、3分間の条件でプレインキュベーションを行い、セル内の温度を恒温槽の温度まで上昇させた。ここで、恒温槽としては、EYELA社製品SB-9が用いられた。その後、セルを恒温撹拌システムから取り出し、セル外側の水分を拭き取ったあと別のスターラー上に移して速やかに酵母(S. cerevisiae)液(OD 600=2.6) 200μlを加えてから、セルを吸光光度計(APEL製品PD-303)にセットし、反応0分後の吸光度を確認した。吸光度測定後直ちにセルを恒温撹拌システムにセットして、30℃、撹拌速度 350rpmの条件下で反応を行い、反応開始から9.5分間経過後にセルを取り出し、セル外側の水分を拭き取ったあと、反応開始から10分間経過後の吸光度を測定した。測定結果は10分間の反応時間後の吸光度測定値から反応開始直後の吸光度測定値を差し引いた値として評価した。
【0030】
得られた結果は、図2に示される。この図に示されるように、本測定法では中性付近のpHにおける応答値(吸光度値)が最も高く、また、pH条件毎に3回測定して得た変動係数(CV値)はそれぞれ、6.56%(pH 5.0)、0.698%(pH 6.0)、0.246%(pH 7.0)、3.03%(pH 8.0)、または3.22%(pH 9.0)であり、変動係数についても中性付近のpHが最も小さい値を示していた。
【0031】
実施例2
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、GGA測定試料液として220mg O2/lのもの600μlを用い、撹拌温度を10℃、20℃、25℃、30℃または40℃として、7分間反応後の吸光度の測定が行われた。
【0032】
得られた結果は、図3に示される。この図に示されるように、本測定法では撹拌温度が高くなるにつれ酵母の代謝活性が上昇することによって応答値が増加することが確認された。また、温度条件毎に3回測定して得たCV値はそれぞれ、13.5%(10℃)、4.66%(20℃)、0.879%(25℃)、1.53%(30℃)または0.515%(40℃)であり、温度が低い場合には応答値と同様に再現性をも低下することが確認された。温度が高い場合には、応答値と再現性の双方とも良好な値を示すことが確認されたが、温度が高すぎる場合には、酵母の生育条件からはずれてしまうため、測定温度は30℃前後が好適であると考えられる。
【0033】
実施例3
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、GGA測定試料液として0.55mg O2/l、1.1mg O2/l、3.3mg O2/l、5.5mg O2/l、11mg O2/lまたは22mg O2/lのもの600μlか、これに代えて純水600μlを用いて、吸光度の測定が行われた。
【0034】
得られた結果は、図4に示される。この図に示されるように、本測定法による検出下限は1.1mg O2/lで、1.1〜22mg O2/lの間で吸光度との直線的な関係(r=0.988)が得られた。ここで、測定溶液濃度毎に3回測定して得たCV値はそれぞれ、2.63%(0mg O2/l)、0.551%(1.1mg O2/l)、1.32%(3.3mg O2/l)、2.99%(5.5mg O2/l)、1.40%(11mg O2/l)または1.75%(22mg O2/l)であった。
【0035】
実施例4
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを用い、11mg O2/l GGA測定試料液600μlに対する応答値を0mg O2/l GGA測定試料液600μlに対する応答値で差し引いた値をコントロールとし、グルコースまたはエタノールの濃度を15mg/lとして、これらの測定試料液600μlで得た応答値を0mg O2/l GGA測定試料液600μlに対する応答値で差し引いた値を、各有機物に対する応答値として、コントロール値との比を算出した。
【0036】
その結果、グルコースでは1.65、エタノールでは1.28と、いずれも明確は資化特性が示された。また、これらの有機物毎に3回測定して得たCV値はそれぞれ、グルコースが0.495%、エタノールが0.110%であった。
【0037】
実施例5
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、測定試料液として220mg O2/l BOD標準溶液(GGA)または純水600μlを、また酵母懸濁液(OD600=2.6)として0、1、2、3、7、10、14、21または35日間、冷蔵庫内保存したものを用いて、吸光度の測定が行われた。
【0038】
得られた結果は、次の表1に示される。この表に示されるように、酵母懸濁液の保存日数の経過ともない、0mg O2/lおよび220mg O2/lの標準溶液に対する応答値がやや減少する傾向が示されたが、ほぼ安定した応答値が得られることが確認された。ここで、各日数で220mg O2/l標準溶液を3回測定して得たCV値はそれぞれ、0.585%(0日目)、1.58%(1日目)、0.803%(2日目)、0.686%(3日目)、0.228%(7日目)、0.585%(10日目)、0.992%(14日目)、0.677%(21日目)および0.771%(36日目)であり、微生物を使用した測定法としては極めて再現性の高い結果であった。
表1

【0039】
実施例6
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、測定試料液として実河川水と110mg O2/l GGA溶液、220mg O2/l GGA溶液または純水を9:1の割合で混合したもの600μlを用いて、吸光度の測定が行われた。実河川水は、東京都八王子市を流れる湯殿川(東橋、平成18年12月7日9時00分、天候:晴れ、気温:9.3℃、湿度50.3%、照度12,800lux)から採水したものを使用した。現場において採水を調べたところ、水温8.2℃、pH 6.9、溶存酸素8.6mg O2/l、CODMn 4.5mg O2/l、導電率0.25mS/cm、塩濃度0.01%であり、実河川水のCODMn値が極めて低いことから、測定に際しては、実河川水とGGA標準溶液を9:1の割合で混合したものが用いられた。
【0040】
得られた吸光度より、検量線に基づきBOD(mg O2/l)の算出が行われた。ここで、検量線の作成試料液としては33mg O2/l GGA標準溶液および純水が用いられた。算出結果は、同測定試料液について、BOD5法(JIS K 0102準拠)を用いて算出した値と共に次の表2に示される。これらの結果より、本発明の測定法と慣用法との間に相関が得られることが確認された(r=0.985)。
表2
実施例6 BOD5
11mg O2/l GGA 7.94±0.43 12.7
22mg O2/l GGA 15.0±0.47 25.3
【0041】
実施例7
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、測定試料液として所定濃度のCu2+イオンまたはMn2+イオンと30mg/l グルコースの混合液よりなるものを用いて、吸光度の測定が行われた。測定結果は、これらの重金属イオンを含まない30mg/l グルコース600μlに対する吸光度についての各重金属イオンの応答値(相対値%)として算出し、次の表3に示される。この表に示されるように、これらの重金属イオンの添加濃度に応じて反応前後の吸光度の変化量が減少した。
表3
重金層イオン Cu2+ Mn2+
0.05 ppm 95.4
0.1 ppm 96.6 98.4
0.5 ppm 88.1
1 ppm 78.1 89.2
3 ppm 27.8
5 ppm 75.7
10 ppm 66.9
30 ppm 57.3
【0042】
実施例8
実施例7において、測定試料液の調製に純水の代わりに実河川水が用いられ、所定濃度のCu2+イオンまたはMn2+イオンと30mg/l グルコースを含む実河川水についての吸光度の測定が行われ、相対値(%)の算出が行われた。なお、実河川水は実施例6で用いられたものを使用した。得られた結果は、次の表4に示される。この表に示されるように、いずれの重金属イオンについて、その濃度に応じて反応前後の吸光度の変化量が減少した。
表4
重金層イオン Cu2+ Mn2+
0.05 ppm 83.7
0.1 ppm 70.7
1 ppm 92.8 64.7
3 ppm 54.6
5 ppm 18.3 54.8
10 ppm 50.5
30 ppm 48.0
【0043】
実施例9
実施例1において、DCIP水溶液として425μMのもの200μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、測定試料液として220mg O2/l GGAまたは純水600μlを用い、さらにDMSOに溶解した20mMメナジオン5μlを添加して吸光度の測定が行われた。測定は、測定試料液毎に2回ずつ行われた。
【0044】
その結果、220mg O2/l GGA測定試料液に対する応答は1.49±0.017cm-1(CV=1.14%)であるのに対し、0mg O2/l GGA測定試料液に対する応答は0.255±0.010cm-1(CV=3.88%)であり、GGAに対して十分な応答が得られた。
【0045】
比較例
実施例9において、メナジオンの溶媒としてDMSOの代わりにエタノールが用いられた。その結果、220mg O2/l GGA測定試料液に対する応答は1.38±0.00cm-1(CV=0%)であるのに対し、0mg O2/l GGA測定試料液に対する応答は1.47±0.001cm-1(CV=0.096%)であり、GGAに対して十分な応答が得られなかった。
【0046】
実施例10
実施例1において、DCIP水溶液として750μMのもの100μlを、PB緩衝液としてpH7.0、100mMのもの100μlを、測定試料液として0.75mg O2/l、1.5mg O2/l、4.5mg O2/l、7.5mg O2/l、15mg O2/l、30mg O2/lまたは45mg O2/l グルコース液600μlか、これに代えて純水600μlを用いて、吸光度の測定が行われた。
【0047】
得られた結果は、図5に示される。この図に示されるように、検出下限は0.75mg/lであり、0.75〜15mg/lの間で吸光度との直線的な関係が得られた。ここで、各標準溶液を3回測定して得たCV値はそれぞれ、2.36%(0mg O2/l)、2.22%(0.75mg O2/l)、4.77%(1.5mg O2/l)、3.08%(4.5mg O2/l)、2.71%(7.5mg O2/l)、1.52%(15mg O2/l)、1.05%(30mg O2/l)または1.37%(45mg O2/l)であった。0.75〜15mg O2/lグルコースの相関係数はr=0.988であった。以上より、本法は高精度で再現性の高いグルコースの定量も可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明にかかる微生物の活性測定法は、有機物質量の測定、毒性物質の検出、食品あるいは土壌中の微生物の検出などに有効に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明にかかる光学測定用多連式恒温撹拌システムの一例を示す図である
【図2】本発明にかかる微生物の活性測定法におけるpHに対する応答を示す図である
【図3】本発明にかかる微生物の活性測定法における温度に対する応答を示す図である
【図4】本発明にかかる微生物の活性測定法におけるGGAに対する応答を示す図である
【図5】本発明にかかる微生物の活性測定法におけるグルコースに対する応答を示す図である
【符号の説明】
【0050】
1 ボルト
2 上板
3 貫通穴(セルホルダー)
4 支柱
5 スターラー
6 支柱ホルダー
7 三連式の撹拌システム
8 恒温撹拌システム
9 セル
10 恒温機
11 温度計
12 水槽
13 水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素を、一恒温槽内にセットされた少なくとも2個以上の光学測定用セル内にて、それぞれ反応時間および撹拌速度を同条件として反応させ、微生物が有機物質を代謝する際に還元型の酸化還元色素を生成させ、その還元型の酸化還元色素または酸化型の酸化還元色素を、光学測定法により検出または定量することで、微生物の呼吸量を測定することを特徴とする微生物の活性測定法。
【請求項2】
微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素に、さらに酸化型の脂溶性メディエーターが用いられる請求項1記載の微生物の活性測定法。
【請求項3】
微生物が真核微生物であることを特徴とする請求項1または2記載の微生物の活性測定法。
【請求項4】
真核微生物が酵母であることを特徴とする請求項3記載の微生物の活性測定法。
【請求項5】
光学測定法が、吸光度測定法または蛍光強度測定法である請求項1または2記載の微生物の活性測定法。
【請求項6】
微生物により有機物質を代謝させた際の微生物の呼吸量を測定することによりBODの測定が行われることを特徴とする請求項1及至5のいずれかに記載の微生物の活性測定法。
【請求項7】
有機物質としてエタノールを用い、微生物によりエタノールを代謝させた際の微生物の呼吸量を測定することによりエタノール量の測定が行われることを特徴とする請求項1及至5のいずれかに記載の微生物の活性測定法。
【請求項8】
有機物質としてグルコースを用い、微生物によりグルコースを代謝させた際の微生物の呼吸量を測定することによりグルコース量の測定が行われることを特徴とする請求項1及至5のいずれかに記載の微生物の活性測定法。
【請求項9】
土壌中に生息する微生物または酒醸製造工程で用いられる微生物の活性測定に用いられ
る請求項1乃至5のいずれかに記載の微生物の活性測定法。
【請求項10】
微生物、有機物質および酸化型の酸化還元色素に、さらに微生物の代謝活性に影響を与える毒性物質の存在下で、微生物により有機物質を代謝させた際の微生物の呼吸減少量を測定することにより毒性物質の測定が行われる請求項1及至5のいずれかに記載の微生物の活性測定法。
【請求項11】
一恒温槽内に、撹拌システムを備えた光学測定に使用可能なセルを少なくとも2個以上備え、各セル内が同一温度で恒温に保たれ、連動する全ての撹拌システムにおける撹拌の度合いが同一である、請求項1記載の微生物の活性測定法に用いられる光学測定用多連式恒温撹拌システム。
【請求項12】
撹拌が、磁力または振とうのいずれかで行われる請求項11記載の光学測定用多連式恒温撹拌システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−187911(P2008−187911A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23191(P2007−23191)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】