説明

成膜装置

【課題】 真空槽内で被処理物を移動させるための移動手段と、この移動手段を覆う防着カバーと、を備え、移動手段を介して被処理物にバイアス電力が供給されると共に、このバイアス電力の電圧成分が所定の範囲内で任意に調整可能な成膜装置において、防着カバーと移動手段との間に放電現象が生じるのを防止しつつ、当該防着カバーによる防着機能が確実に維持されるようにする。
【解決手段】 移動手段としての自公転ユニット30は、防着カバーとしての防着板66および防着壁68によって覆われている。特に、自公転ユニット30内の公転板72と防着板66との間隔dは小さい。従って、これら両者間に不本意な放電現象が生じることが懸念される。本発明では、この間隔dが3[mm]〜10[mm]とされる。これにより、当該放電現象の発生が防止される。併せて、防着板66による防着機能も維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜装置に関し、特に、真空槽内でプラズマを発生させて膜材料をイオン化すると共にイオン化された膜材料をバイアス電力が供給された被処理物の表面に照射することによって被処理物の表面に被膜を生成する、成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の成膜装置として、従来、例えば特許文献1に開示されたものがある。この従来技術によれば、真空槽内の略中央に、膜材料を蒸発させるための蒸発源が設けられている。そして、この蒸発源の上方に、プラズマ領域が形成される。併せて、プラズマ領域内に、複数の被処理物が順次送り込まれる。また、各被処理物に、基板バイアス電力が供給される。プラズマ領域内においては、蒸発源から蒸発した膜材料がイオン化され、イオン化された膜材料は、基板バイアス電力の供給によって負電荷が付与された各被処理物の表面に照射される。これにより、各被処理物の表面に被膜が生成され、いわゆるイオンプレーティング法による成膜処理が実現される。
【0003】
なお、従来技術では、上述の如くプラズマ領域内に各被処理物を順次送り込むために、次のような機構が設けられている。即ち、真空槽内において、蒸発源を通る水平軸を中心として回転する円板状の大回転板が設けられており、この大回転板の周縁に沿って、複数のホルダユニットが設けられている。それぞれのホルダユニットは、円板状の小回転板を有しており、この小回転板もまた、大回転板の回転に伴って、当該大回転板の回転軸と平行を成す自軸を中心に回転する。さらに、小回転板の周縁に沿って、複数のホルダが設けられており、それぞれのホルダもまた、小回転板の回転に伴って、当該小回転板の回転軸(および大回転板の回転軸)と平行を成す自軸を中心に回転する。そして、それぞれのホルダに、被処理物が1つずつ取り付けられる。この構成によれば、大回転板が回転すると、各ホルダユニットが蒸発源の周りを回転し、これに伴い、当該各ホルダユニットのそれぞれにホルダを介して取り付けられた被処理物もまた蒸発源の周りを回転し、言わば公転する。この結果、各被処理物は、プラズマ領域内に順次送り込まれ、換言すればプラズマ領域内を順次通過する。さらに、それぞれの被処理物は、自身を保持するホルダと共に、小回転板の回転軸を中心に回転する。併せて、自軸を中心に回転し、言わば自転する。これにより、それぞれの被処理物の表面全体にわたってイオンが均一に照射される。
【0004】
さらに、それぞれの被処理物に供給される上述の基板バイアス電力は、当該被処理物を保持するホルダを含むホルダユニットと、大回転板を含む公転ユニットと、を介して、真空槽の外部にある基板バイアス電力供給手段から供給される。この基板バイアス電力としては、例えば被膜が導電性膜である場合には、接地電位を基準とする負電圧の直流電力が採用される。一方、被膜が絶縁性膜である場合には、いわゆるチャージアップを防止するべく、接地電位を基準とする交流電力、例えば周波数が10[kH]〜500[kH]のバイポーラパルス電力、または周波数が13.56[MHz]の正弦波の高周波電力、が採用される。この基板バイアス電力の電圧成分、言わば基板電圧は、所定の範囲内で任意に調整可能とされている。そして、この基板電圧によって、それぞれの被処理物の表面に対するイオンの照射エネルギが制御される。
【0005】
ここで、基板バイアス電力が各ホルダユニットおよび公転ユニットを介して各被処理物に供給されること、言い換えれば基板バイアス電力が各ホルダユニットおよび公転ユニットにも供給されること、を鑑みると、これら各ホルダユニットおよび公転ユニットにもイオンが照射されて、被膜が付着することが、懸念される。これら各ホルダユニットおよび公転ユニットは、可動部を有し、かつ基板バイアス電力の伝達を担うため、これらに被膜が付着すると、種々の不都合が生じる。これを防止するために、各ホルダユニットおよび公転ユニットのそれぞれは、カバーによって覆われている。なお、従来技術では明示されていないが、カバーは、接地電位に接続されており、これにより、当該カバーの電気的な安定性が図られている。また、カバーの機能、つまり各ホルダユニットおよび公転ユニットへの被膜の付着を防止するという防着機能、をより確実化するべく、当該カバーは、各ホルダユニットおよび公転ユニットに近接して設けられている。とりわけ、カバーと大回転板とは極めて近く、例えば両者の間隔は1[mm]とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−266681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上述の従来技術は、例えば立方晶窒化ホウ素(Cubic Boron Nitride;以下cBNと言う。)膜の生成に適用される。cBN膜は、非常に硬い高硬度膜として知られており、このような高硬度膜であるcBN膜を生成するには、被処理物の表面に照射されるイオンのエネルギが相応に高いことが必要とされる。このイオンの照射エネルギは、上述したように基板電圧によって制御されるが、従来技術では、当該基板電圧の実質的な調整可能範囲が狭いために十分なイオン照射エネルギが得られず、ゆえに、十分な硬さのcBN膜を生成することができない、という問題がある。
【0008】
具体的には、cBN膜は、絶縁性膜であるため、基板バイアス電力としては、交流電力が採用され、例えば周波数が100[kH]のバイポーラパルス電力が採用される。そして、このバイポーラパルス電力の供給源である基板バイアス電力供給手段、つまりパルス電源装置、としては、当該バイポーラパルス電力の正負(ハイレベルおよびローレベル)それぞれの電圧を任意に調整可能なもの、特に負電圧を例えば−500[V]〜0[V]の範囲内で任意に調整可能なもの、が採用される。なお、正電圧については、或る一定値とされ、例えば37[V]とされる。そして、負電圧によって、イオンの照射エネルギが制御され、詳しくは、当該負電圧が低いほど、イオンの照射エネルギが高くなる。
【0009】
ところが、従来技術では、基板電圧の負電圧が−110[V]以下になると、上述したカバーと大回転板との間に放電現象が生じ、これによって、当該カバーと大回転板とが短絡したのと等価な状態になる。これは、カバーと大回転板との間隔が1[mm]と極めて小さい上に、これらカバーと大回転板とで挟まれた非常に狭い空間に基板電圧に応じた110[V]以上という比較的に大きい電位差の電圧が印加されるためである。この短絡現象が生じると、パルス電源装置が過負荷となり、当該パルス電源装置から各被処理物へのバイポーラパルス電力の供給が停止され、ひいては成膜処理が不可能になる。なお、基板電圧の負電圧が−110[V]よりも高い場合、例えば−105[V]以上である場合には、このような現象は生じない。つまり、従来技術では、パルス電源装置による基板電圧(負電圧)の調整可能範囲が−500[V]〜0[V]であるにも拘わらず、当該基板電圧の下限値が実質的に−105[V]に制限される。このために、十分な硬さのcBN膜を生成するのに必要なイオン照射エネルギが得られない、という問題がある。
【0010】
そこで、本発明は、従来よりも高いイオン照射エネルギを得ることができる成膜装置を提供することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的を達成するために、本発明は、真空槽内でプラズマを発生させて膜材料をイオン化すると共にイオン化された膜材料をバイアス電力が供給された被処理物の表面に照射することによって当該被処理物の表面に被膜を生成する成膜装置において、真空槽内で被処理物を移動させる移動手段と、この移動手段を介して被処理物にバイアス電力を供給するバイアス電力供給手段と、移動手段を覆うことによって当該移動手段に膜材料が付着するのを防止する防着機能を備える防着カバーと、を具備する。ここで、バイアス電力は、所定の範囲内で任意に調整可能とされている。そして、防着カバーは、バイアス電力が基準とする基準電位に接続されている。さらに、バイアス電力供給手段によるバイアス電力の調整可能範囲内で移動手段と防着カバーとの間に放電現象が生じず、かつ防着カバーによる防着機能が維持されるように、移動手段と防着カバーとの間隔を置いたこと、を特徴とする。
【0012】
即ち、本発明によれば、真空槽内において、プラズマが発生され、このプラズマによって、膜材料がイオン化される。そして、被処理物に、バイアス電力が供給される。すると、このバイアス電力の供給によって、被処理物に負電荷が付与され、当該被処理物の表面に、イオン化された膜材料が照射される。これにより、被処理物の表面に、被膜が生成される。さらに、被処理物の位置が、移動手段によって変更される。これにより、被処理物の表面に対するイオンの照射態様(プラズマの作用態様)が変わり、例えばイオンの照射量が均一化される。ここで、被処理物に供給されるバイアス電力は、移動手段を介して、供給される。つまり、バイアス電力は、移動手段にも供給される。従って、移動手段にも、イオン化された膜材料が照射されて、当該膜材料が付着することが、懸念される。これを防止するべく、移動手段は、防着カバーによって覆われている。また、防着カバーは、その電気的な安定性を図るべく、バイアス電力が基準とする基準電位、例えば接地電位、に接続されている。
【0013】
ところで、防着カバーによる防着機能を確実化するには、当該防着カバーを可能な限り移動手段に近づけることが、望ましい。その一方で、防着カバーは接地電位に接続されており、また、移動手段にはバイアス電力が供給されているため、これら防着カバーと移動手段との間には、バイアス電力の電圧成分に応じた電位差の電圧が印加された状態にある。従って、防着カバーと移動手段との間が過度に近いと、これら両者間の電位差によっては、当該両者間に放電現象が生じることが、懸念される。そこで、本発明では、バイアス電力供給手段によるバイアス電力の特に電圧成分の調整可能範囲内で防着カバーと移動手段との間に放電現象が生じず、かつ防着カバーによる防着機能が確実に維持されるように、当該防着カバーと移動手段との間隔が置かれている。つまり、バイアス電力供給手段によって調整可能な範囲内であれば、バイアス電力の電圧成分、言わば基板電圧が、どのような大きさであっても、防着カバーと移動手段との間に放電現象は生じない。言い換えれば、バイアス電力供給手段による基板電圧の調整可能範囲が保証される。また、移動手段への膜材料の付着が確実に防止される。
【0014】
なお、ここで言うバイアス電力は、交流電力であってもよい。つまり、本発明によって生成しようとする被膜が絶縁性膜である場合には、当該バイアス電力として、バイポーラパルス電力や高周波電力等の交流電力が採用される。そして、このような交流電力が採用されるときに、防着カバーと移動手段との間に放電現象が生じ易い。本発明は、このように放電現象が生じ易い条件下で、当該放電現象の発生を防止するのに、特に有効である。
【0015】
また、防着カバーと移動手段との間隔は、例えば3[mm]〜10[mm]とするのが、望ましい。即ち、当該間隔が3[mm]〜10[mm]であれば、バイアス電力供給手段による基板電圧の調整可能範囲内で移動手段と防着カバーと間に放電現象が生じず、かつ防着カバーによる防着機能が確実に維持されることが、実験によって確認された。
【0016】
そして、本発明は、例えば窒化ホウ素膜、特にcBN膜、を生成するのに、好適である。即ち、本発明によれば、上述の従来技術よりもさらに硬いcBN膜を生成し得ることが、実験によって確認された。
【発明の効果】
【0017】
上述したように、本発明によれば、防着カバーを備えた成膜装置において、当該防着カバーによる防着機能が維持され、かつ、バイアス電力供給手段による基板電圧の調整可能範囲が保証される。つまり、バイアス電力供給手段による調整可能範囲内であれば、基板電圧を任意の大きさに設定することができる。従って、基板電圧(負電圧)の調整可能範囲が−500[V]〜0[V]であるにも拘わらず、当該基板電圧の調整可能範囲が実質的に−105[V]〜0[V]に制限されてしまう上述の従来技術に比べて、遙かに高いイオン照射エネルギを得ることができる。これは、特にcBN膜等の高硬度膜を生成するのに、有効である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る成膜装置の概略構成を示す内部正面図である。
【図2】図1におけるA−A矢視の概略断面図である。
【図3】図1におけるB−B矢視の概略断面図である。
【図4】図2における一部の構成を具体的に示す図解図である。
【図5】同実施形態における実験結果を示す図解図である。
【図6】図5とは異なる実験結果を示す図解図である。
【図7】図6とはさらに異なる実験結果を示す図解図である。
【図8】図7とはさらに異なる実験結果を示す図解図である。
【図9】図8とはさらに異なる実験結果を示す図解図である。
【図10】図9とはさらに異なる実験結果を示す図解図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態について、図1〜図10を参照して説明する。
【0020】
本実施形態に係るイオンプレーティング方式の成膜装置10は、図1〜図3に示すように、概略円筒形の真空槽12を有している。なお、図1は、成膜装置10の内部を正面から見た図であり、図2は、図1におけるA−A矢視の概略断面図、図3は、図1におけるB−B矢視の概略断面図である。
【0021】
真空槽12は、円筒形の周壁14を有しており、この周壁14を水平方向に延伸させた状態(要するに円筒形を横倒しにした状態)で配置されている。そして、真空槽12の前方部は、概略円板状の壁板16によって閉鎖されており、後方部もまた、同様の壁板18によって閉鎖されている。なお、図には示さないが、前方壁板16には、開閉扉が設けられている。そして、この開閉扉を含む真空槽12(14,16および18)は、耐熱性および耐腐食性を有する金属製、例えばステンレス鋼(SUS304)製、とされており、それ自体は、基準電位としての接地電位に接続されている。また、真空槽12の内部は、排気手段としての図示しない真空ポンプによって排気される。
【0022】
そして、真空槽12内の略中央に、蒸発源20が配置されている。この蒸発源20は、膜材料の一部である蒸発材料22が収容される坩堝24と、当該蒸発材料22を加熱するための加熱手段、例えば電子銃26と、を備えている。電子銃24は、真空槽12の外部にある図示しない電子銃用電源装置から所定の直流電力が供給されることによって、電子ビームを発射する。この電子ビームを受けて、蒸発材料22は加熱され、蒸発する。
【0023】
さらに、蒸発源20の周りを取り囲むように、複数個、例えば最大72個、の被処理物28,28,…が配置される。具体的には、真空槽12の後方壁板18の近傍に、移動手段としての自公転ユニット30が設けられている。自公転ユニット30は、72個のホルダ32,32,…を有しており、これらのホルダ32,32,…は、真空槽12の中心軸を中心とし、かつ真空槽12の周壁14よりも少し径の小さい円の円周方向に沿って、等間隔に、つまり5度置きに、設けられている。そして、これらのホルダ32,32,…のそれぞれに、被処理物28が1つずつ取り付けられる。なお、図1〜図3(特に図1)においては、見易さを考慮して、被処理物28(ホルダ32)の個数を実際の72個よりも少ない16個としてある。また、図1〜図3は、被処理物28として、概略丸棒状のものが取り付けられている状態を示す。このような被処理物28としては、エンドミルやドリル(刃)等があり、当該被処理物28は、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように取り付けられる。
【0024】
自公転ユニット30は、回転軸34を介して、真空槽12の外部に設けられた駆動手段としてのモータ36に結合されている。このモータ36の駆動力を受けて、自公転ユニット30は、真空槽12の中心軸を中心として、各ホルダ32,32,…を、図1に矢印38で示す方向(時計回りの方向)に回転させる。これに伴い、各ホルダ32,32,…に取り付けられた各被処理物28,28,…もまた、真空槽12の中心軸を中心として同じ方向に回転し、言わば蒸発源20の周りを公転する。併せて、自公転ユニット30は、それぞれのホルダ32を、当該ホルダ32の自軸を中心として、図1に矢印40で示す方向(時計回りの方向)に回転させる。これに伴い、それぞれの被処理物28もまた、自軸を中心として同じ方向に回転し、言わば自転する。なお、この自公転ユニット30による各被処理物28,28,…の公転速度は、例えば1[rpm]とされており、自転速度は、当該公転速度の10倍程度、例えば10[rpm]とされている。この自公転ユニット30については、後でさらに詳しく説明する。
【0025】
そして、蒸発源20よりも上方であって、最上部にある被処理物28(ホルダ32)よりも下方の位置に、陰極としてのフィラメント42と、陽極としてのアノード板44と、が互いに距離を置いて設けられている。
【0026】
このうち、フィラメント42は、直線状のタングステン(W)製ワイヤであり、厳密には3本のタングステン製ワイヤから成る縒り線である。なお、この縒り線を構成するそれぞれのワイヤは、強度向上のために焼鈍し処理を施されたものであり、その直径は、例えば2.0[mm]である。そして、このフィラメント42は、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、言い換えればそれぞれの被処理物28と平行を成すように、配置されている。また、フィラメント42の直線状を維持するために、当該フィラメント42に対してその延伸方向に沿う張力を付与するべく、張力付与手段としての図示しない張力付与機構が設けられている。
【0027】
さらに、フィラメント42には、真空槽12の外部にある陰極用電力供給手段としてのフィラメント用電源装置46から、陰極用電力としての交流のフィラメント電力Efが供給される。そして、このフィラメント電力Efには、直流の負電圧であるフィラメントバイアス電圧Vfbが重畳される。このため、フィラメント用電源装置46の接地端子と接地電位との間に、当該フィラメントバイアス電圧Vfbを生成する陰極バイアス供給手段としてのフィラメントバイアス用電源装置48が、接続されている。
【0028】
一方、アノード板44は、概略長尺状のものであり、高融点金属、例えばモリブデン(Mo)、によって形成されている。そして、このアノード板44は、真空槽12の中心軸を含む垂直面に対して、フィラメント42と略面対称(共役)となる位置に設けられている。具体的には、一方主面をフィラメント42側に向け、厳密には後述する理由により当該一方主面を少し斜め上方に向け、かつ、当該一方主面をフィラメント42と平行にし、さらに、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、設けられている。
【0029】
そして、アノード板44には、真空槽12の外部にある陽極用電力供給手段としてのアノード用電源装置50から、陽極用電力としての直流のアノード電圧Vaが印加される。なお、アノード電圧Vaは、正電圧である。
【0030】
さらに、真空槽12内には、フィラメント42およびアノード板44を間に挟んだ状態で、磁界発生手段としての1対の細長い概略直方体状の磁界発生器52および54が設けられている。具体的には、各磁界発生器52および54は、それぞれの一側面を互いに対向させると共に、真空槽12の中心軸に沿う方向に延伸するように、つまりフィラメント42およびアノード板44と平行を成して延伸するように、設けられている。そして、各磁界発生器52および54には、互いに対向する一側面が異なる磁極(N極およびS極)となるように、図示しない永久磁石が内蔵されている。これによって、各磁界発生器52および54によって挟まれている空間、つまりフィラメント42およびアノード板44が配置されている空間に、強力な磁界が発生する。
【0031】
なお、この磁界の発生領域を拡張するべく、各磁界発生器52および54は、互いに対向する一側面を少し斜め上方に向けた状態、例えば当該一側面を水平方向から上方に向けて10度〜30度ほど傾けた状態で、設けられている。そして、このうちのアノード板44側に配置されている磁界発生器54の傾きに合わせて、当該アノード板42も同程度に傾けられている。さらに、この磁界の発生領域をより一層拡張するべく、各磁界発生器52および54の外方の側面に、当該側面よりも少し面積の大きい平板状のヨーク56および58が設けられている。
【0032】
また、磁界の発生領域よりも下方であって、蒸発源20よりも上方の位置に、ガス導入手段としてのガス導入管60が設けられている。そして、このガス導入管60を介して、真空槽12内に、放電用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスが導入される。また、膜材料の一部となる材料ガスも、このガス導入管60を介して、真空槽12内に導入される。そして、真空槽12の外部には、ガス導入管60内を流れるガスの流量を調整するための流量調整手段、例えばマスフローコントローラ62、が設けられている。
【0033】
さらに、各被処理物28,28,…には、ホルダ32,32,…および自公転ユニット30を介して、バイアス電力供給手段としてパルス電源装置64から、バイポーラパルス状の基板バイアス電力Ebが供給される。なお、この基板バイアス電力Ebの周波数は、例えば10[kH]〜500[kH]の範囲内で任意に調整可能とされており、ここでは、100[kH]に設定される。そして、基板バイアス電力Ebの電圧成分、言わば基板電圧Vb、もまた、所定の範囲内で任意に調整可能とされている。具体的には、当該基板電圧Vbの正電圧は、0[V]〜500[V]の範囲内で任意に調整可能とされており、負電圧は、−500[V]〜0[V]の範囲内で任意に調整可能とされている。ただし、正電圧については、或る一定値とされ、例えば37[V]とされる。そして、負電圧のみが、後述するように適宜に調整される。また、基板バイアス電力Ebのデューティ比(パルスの1周期に対する正電圧期間の比率)も、任意に設定可能とされており、ここでは、例えば20[%]とされる。
【0034】
そしてさらに、自公転ユニット30は、後述する理由により、防着カバーとしての円板状の防着板66および概略円筒形状の防着壁68によって覆われている。これら防着板66および防着壁68は、耐熱性および耐腐食性を有する金属製、例えばステンレス鋼製、であり、それぞれの電気的な安定性を図るべく、接地電位に接続されている。
【0035】
このように構成された成膜装置10は、例えばcBN膜の生成に適用される。具体的には、cBN膜の生成に先立って、各被処理物28,28,…の表面を洗浄するための放電洗浄処理が行われる。そして、この放電洗浄処理の後に、各被処理物28,28,…の表面に中間層としての窒化チタン(以下、TiNと言う。)膜が生成され、その上で、当該cBN膜が生成される。なお、上述した蒸発源20の坩堝24には、蒸発材料22として固形のチタン(Ti)材およびホウ(B)素材が互いに独立した状態で収容される。そして、放電用ガスとしてのアルゴンガスの他に、材料ガスとしての窒素(N)ガスが用意される。
【0036】
まず、放電洗浄処理を行うべく、真空ポンプによって真空槽12内が排気され、高真空状態とされる。そして、この高真空状態とされた真空槽12内に、アルゴンガスが導入される。この状態で、フィラメント42にフィラメント電力Efが供給されると、当該フィラメント42は加熱されて、熱電子を放出する。そして、アノード板44にアノード電圧Vaが印加されると、当該熱電子がアノード板44に向かって加速される。この加速過程において、熱電子がアルゴンガスの粒子に衝突し、その際の衝突エネルギによって、アルゴンガス粒子が放電して、プラズマが発生する。併せて、フィラメント電力Efには、直流のフィラメントバイアス電圧Vfbが重畳されているので、このフィラメントバイアス電圧Vfbとアノード電圧Vaとの総和によって、熱電子の加速度が制御され、つまりプラズマの安定化が図られる。
【0037】
さらに、フィラメント42およびアノード板44が配置されている空間には、各磁界発生器52および54によって磁界が掛けられているので、これらフィラメント42およびアノード板44間に発生したプラズマは、当該磁界内に閉じ込められる。これによって、図1〜図3のそれぞれに破線模様70で示されるような高密度のプラズマ空間が形成される。そして、モータ36が駆動されると、各被処理物28,28,…は、それぞれ自転しながら公転し、つまりプラズマ空間70内に順次送り込まれる。これによって、各被処理物28,28,…それぞれの表面全体が、満遍なくプラズマに晒される。
【0038】
ここで、各被処理物28,28,…に基板バイアス電力Ebが供給されると、当該各被処理物28,28,…それぞれの表面に負電荷が付与される。そして、プラズマ空間70内にあるそれぞれの被処理物28の表面にアルゴンイオンが引き付けられ、照射される。これにより、それぞれの被処理物28の表面が洗浄され、つまり放電洗浄処理が行われる。なお、基板バイアス電力Ebの電圧成分である上述の基板電圧Vbによって、それぞれの被処理物28の表面に対するイオンの照射エネルギが制御される。具体的には、当該基板電圧Vbの負電圧が低いほど、それぞれの被処理物28の表面に対するイオンの照射エネルギが高くなる。
【0039】
この放電洗浄処理の後に、TiN膜の生成のための成膜処理が実施される。即ち、アルゴンガスに加えて、窒素ガスが、真空槽12内に導入される。すると、この窒素ガスは、アルゴンガスと同様に、プラズマ空間70内でイオン化される。併せて、電子銃26よって、坩堝24内の蒸発材料22のうちチタン材のみが加熱される。これによって、チタン材が蒸発し、蒸発したチタン材もまた、プラズマ空間70内でイオン化される。そして、これらイオン化された窒素およびチタンは、アルゴンイオンと共に、プラズマ空間70内にあるそれぞれの被処理物28の表面に照射される。これによって、それぞれの被処理物28の表面に窒素およびチタンの化合物であるTiN膜が生成される。
【0040】
続いて、cBN膜の生成のための成膜処理が実施される。即ち、蒸発材料22としてのチタン材に代えて、ホウ素材のみが、電子銃26によって加熱される。これにより、ホウ素材が蒸発し、蒸発したホウ素は、プラズマ空間70内でイオン化される。そして、イオン化されたホウ素は、イオン化された窒素と共に、プラズマ空間70内にあるそれぞれの被処理物28の表面に照射される。これによって、それぞれの被処理物28の表面(厳密にはTiN膜の上)に窒素およびホウ素の化合物であるcBN膜が生成される。
【0041】
このcBN膜の生成後、所定の冷却期間が置かれる。そして、この冷却期間の経過後、真空槽12内から全ての被処理物28,28,…が外部(大気中)に取り出され、一連の作業が終了する。
【0042】
ところで、上述したように基板バイアス電力Ebが自公転ユニット30および各ホルダ32,32,…を介して各被処理物28,28,…に供給されること、言い換えれば当該基板バイアス電力Ebが自公転ユニット30および各ホルダ32,32,…にも供給されること、を鑑みると、これら自公転ユニット30および各ホルダ32,32,…にもイオンが照射されて、一種不本意な被膜(例えばTiN膜の生成時にはTi膜およびTiN膜、cBN膜の生成時にはB膜およびBN膜)が付着することが、懸念される。特に、自公転ユニット30は、各被処理物28,28,…を自公転させるための可動部を有し、かつ当該各被処理物28,28,…への基板バイアス電力Ebの伝達を担うため、このような自公転ユニット30に被膜が付着すると、種々の不都合が生じる。これを防止するべく、自公転ユニット30は防着板66および防着壁68によって覆われている。
【0043】
この防着板66および防着壁68について、自公転ユニット30を含め、より詳しく説明すると、図4に示すように、当該防着板66は、自公転ユニット30を構成する中空円板状の公転板72の前方(図4において右側)を覆うように設けられている。そして、公転板72の後方(図4において左側)には、当該公転板72の外径よりも小さく、かつ当該公転板72の内径よりも大きい径の、円板状の回転板74が設けられている。これら公転板72および回転板74は、真空槽12の中心軸を中心としており(同心関係にあり)、複数の碍子76,76,…を介して、互いに結合されている。なお、公転板72および回転板74は、耐熱性および耐腐食性を有する金属製、例えばステンレス鋼製、である。つまり、公転板72および回転板74は、各碍子76,76,…を介して、互いに絶縁された状態で結合されている。
【0044】
そして、防着板66もまた、真空槽12の中心軸を中心としており、当該防着板66は、公転板72の中空部78内を挿通するように設けられた複数の円柱状のスペーサ80,80,…を介して、回転板74に結合されている。なお、防着板66と公転板72との間には、所定の間隔dの隙間82が設けられている。また、各スペーサ80,80,…は、耐熱性および耐腐食性を有する金属性、例えばステンレス鋼製、とされている。つまり、防着板66は、各スペーサ80,80,…を介して、回転板74と導通しており、公転板72とは絶縁状態にある。
【0045】
さらに、回転板74の後方側においては、当該回転板74の中心に、上述した回転軸34の一端が結合されている。この回転軸34は、水平方向に延伸するように設けられており、当該回転軸34の他端側は、真空槽12の後方壁板18の中央に穿設された貫通孔84を介して、真空槽12の外部に引き出されている。そして、この回転軸34の他端側は、モータ36の図示しないシャフトに直接または間接的に結合されている。なお、回転軸34は、それ自身が回転(回動)可能な状態に、軸受86を介して、真空槽12の後方壁板18(貫通孔84の周縁部)に結合されている。また、回転軸34は、ステンレス鋼等の耐熱性および耐腐食性を有する金属製であり、当該軸受86を介して、真空槽12の後方壁板18と導通している。つまり、防着板66は、スペーサ80,80,…,回転板74,回転軸34,軸受86および真空槽12を介して、接地電位に接続されている。
【0046】
そして、公転板72の周縁近傍に、各ホルダ32,32,…が設けられている。具体的には、それぞれのホルダ32は、被処理物28の基部が挿入される筒状の挿入部88と、この挿入部88の底部(図4において左側の部分)に一端が結合された丸棒状の軸部90と、を有している。軸部90は、水平方向に沿って延伸しており、この軸部90の中程部分に、軸受92が設けられている。一方、公転板72の周縁近傍には、ホルダ32,32,…と同数の貫通孔94,94,…が穿設されている。それぞれのホルダ32は、この貫通孔94に軸受92を挿通させた状態で、公転板72に結合されている。このような軸受92が設けられることで、それぞれのホルダ32は、自軸を中心に回転(回動)可能とされている。なお、それぞれのホルダ32(挿入部88および軸部90)もまた、ステンレス鋼等の耐熱性および耐腐食性を有する金属製であり、軸受92を介して、公転板72と導通している。
【0047】
また、それぞれのホルダ32の軸部90の他端側(図4において左側)には、当該軸部90を中心軸とする平歯車96が設けられている。そして、この平歯車96は、これよりも径の大きい固定歯車98と噛合している。固定歯車98は、中空部100を有する平歯車であり、この中空部100に回転軸34を挿通させ、かつ真空槽12の中心軸を中心とした状態で、複数の碍子102,102,…を介して、当該真空槽12の後方壁板18に固定されている。なお、平歯車96および固定歯車98もまた、ステンレス鋼等の耐熱性および耐腐食性を有する金属製である。そして、固定歯車98は、例えば真空槽12の後方壁板18に設けられた中継端子104を介して、上述したパルス電源装置64に接続されている。即ち、パルス電源装置64からの基板バイアス電力Ebは、中継端子104を介して、固定歯車98に供給され、さらに、平歯車96を含むそれぞれのホルダ32(軸部90および挿入部88)を介して、それぞれの被処理物28に供給される。勿論、中継端子104と真空槽12の後方壁板18とは、所定の絶縁部材106によって、互いに絶縁されている。
【0048】
一方、防着壁68は、上述したように概略円筒形状のものであり、自公転ユニット30の周りを取り囲むように、その一端側(図4において左側の端部)が、真空槽12の後方壁板18に結合されている。そして、防着壁68の他端側(図4において右側の端部)には、当該防着壁68の内側(真空槽12の中心軸)に向かって庇状に伸びた絞り部108が設けられている。なお、絞り部108は、防着板66と略同一平面上に位置しており、この絞り部108を含む防着壁68は、ホルダ32,32,…や公転板72等の基板バイアス電力Ebが供給されている部分に接触しないように設けられている。
【0049】
つまり、図4に示す構成によれば、モータ36が駆動されて、回転軸34が回転すると、当該回転軸34を中心として、回転板74が回転し、これに伴い、公転板72および防着板66も回転する。そして、公転板72が回転することによって、当該公転板72に設けられているそれぞれのホルダ32も回転する。このとき、それぞれのホルダ32に設けられている平歯車96が、固定歯車98を太陽歯車として遊星運動する。この結果、それぞれのホルダ32は、自軸(軸部90)を中心として回転することになる。そして、それぞれのホルダ32に取り付けられた被処理物28には、上述したように中継端子104,固定歯車98,および平歯車96を含む当該ホルダ32を介して、基板バイアス電力Ebが供給される。併せて、自公転ユニット30への被膜の付着(言い換えれば流入)は、これを覆う防着板66および防着壁68によって防止される。
【0050】
さて、自公転ユニット30への被膜の付着を防止するという防着板66および防着壁68による防着機能を確実化するには、当該防着板66および防着壁68のそれぞれを可能な限り自公転ユニット30に近づけるのが、望ましい。特に、本実施形態における構造上は、(図4を含む各図からは分からないが)防着板66と公転板72との間隔dが小さいほど、効果的である。その一方で、防着板66は接地電位に接続されおり、また、公転板72を含む自公転ユニット30には基板バイアス電力Ebが供給されているので、これら防着板66と公転板72との間には、当該基板バイアス電力Ebの電圧成分である基板電圧Vbに応じた電位差がある。従って、防着板66と公転板72との間隔dが過度に小さいと、これら両者間の電位差によっては、当該両者間に放電現象が生じることが、懸念される。とりわけ、cBN膜等の高硬度膜の成膜時には、それぞれの被処理物28の表面に照射されるイオンのエネルギが相応に高いことが必要とされるため、上述したように基板電圧Vbの負電圧が下げられる傾向にあり、つまり防着板66と公転板72との電位差が増大する傾向にある。そうなると、防着板66と公転板72との間(隙間82)に、より一層、放電現象が生じ易くなる。
【0051】
もし、放電現象が生じると、防着板66と公転板72とが短絡したのと等価な状態になる。すると、パルス電源装置64が過負荷となり、当該パルス電源装置64から各被処理物28,28,…への基板バイアス電力Ebの供給が停止されて、成膜処理が不可能になる。この不都合を回避するには、例えば防着板66と公転板72との間隔dを大きくすればよいが、この間隔dが過大であると、防着板66による防着機能が損なわれる。
【0052】
そこで、本実施形態では、防着板66と公転板72との間隔dの最適値を見出す。つまり、防着板66による防着機能を維持しつつ、当該防着板66と公転板72との間82に放電現象を誘発させることのない間隔dを見出す。なお、防着板66と公転板72との間82以外に放電現象が生じる可能性がある部分、例えば防着板66とそれぞれのホルダ32(軸受92)との間110や、防着壁68の絞り部108とそれぞれのホルダ32(軸受92)との間112、或いは防着壁68と公転板72との間114は、少なくとも防着板66と公転板72との間82よりも広い(間隔dよりも大きい)。つまり、防着板66と公転板72との間82に比べると、放電現象が生じる可能性は低い。従って、本実施形態では、防着板66と公転板72との間隔dのみに注目する。
【0053】
まず、防着板66と公転板72との間隔dを適当に変更して、これら両者間に放電現象が生じることのない基板電圧Vb(負電圧)の下限値を検証する。具体的には、真空槽12内を高真空状態にまで排気した後、この排気後の真空槽12内にアルゴンガスを60[ml/min]という流量で導入すると共に、当該真空槽12内の圧力を5×10−2[Pa]に維持する。そして、フィラメント電力Efを適当な大きさに設定すると共に、フィラメントバイアス電圧Vfbを−20[V]に設定し、併せて、アノード電圧Vaを50[V]に設定する。これにより、真空槽内12内にプラズマが発生する。そして、フィラメントバイアス電流Ifbを40[A]とし、アノード電流Iaを50[A]とする。この条件下で、基板電圧Vbを変化させて、上述の放電現象が生じない当該基板電圧Vbの下限値を調べる。この結果を、図5に示す。
【0054】
この図5に示すように、防着板66と公転板72との間隔dが例えば0.5[mm]であるときには、基板電圧Vb(負電圧)が−50[V]以上であれば、放電現象は生じないが、これを下回ると放電現象が生じる。言い換えれば、基板電圧Vbの下限値が実質的に−50[V]に制限される。そして、間隔dが1.0[mm]であるときには、上述の従来技術と同様、基板電圧Vbの下限値が−105[V]に制限される。さらに、間隔dが2.0[mm]であるときには、基板電圧Vbの下限値が−120[V]に制限される。そして、間隔dが3.0[mm]以上であれば、基板電圧Vbの下限値は制限されない。厳密に言えば、間隔dが3.0[mm],5.0[mm]または10.0[mm]であるときには、基板電圧Vbの負電圧がパルス電源装置64によって調整可能な下限値である−500[V]に至っても放電現象は生じず、つまりパルス電源装置64による基板電圧Vbの調整可能範囲が保証される。併せて、間隔dが10.0[mm]以下であれば、防着板66による防着機能が維持されることが、確認された。
【0055】
これらを総合すると、防着板66と公転板72との間隔dの最適値は3.0[mm]〜10[mm]である、と言える。即ち、当該間隔dが3.0[mm]〜10[mm]であれば、パルス電源装置64による基板電圧Vbの調整可能範囲が確実に保証されると共に、防着板66による防着機能が確実に維持される。
【0056】
次に、防着板66と公転板72との間隔dが1[mm]であるときと、3[mm]であるときと、のそれぞれにおいて、基板電圧Vb(負電圧)を適当に変化させて、この基板電圧Vbの変化に対して各被処理物28,28,…に流れる電流、いわゆる基板電流Ibが、どのように推移するのかを検証する。具体的には、被処理物28として、直径が10[mm]であり、長さ寸法が300[mm]のステンレス鋼製の丸棒を、それぞれのホルダ32に取り付ける。そして、上述の図5に係る実験と同様に、真空槽12内を高真空状態にまで排気した後、この排気後の真空槽12内にアルゴンガスを60[ml/min]という流量で導入すると共に、当該真空槽12内の圧力を5×10−2[Pa]に維持する。さらに、フィラメント電力Efを適当な大きさに設定すると共に、フィラメントバイアス電圧Vfbを−20[V]に設定し、併せて、アノード電圧Vaを50[V]に設定する。そして、基板電圧Vbを0[V]から徐々に下げて、その時々の基板電流Ibを測定する。この結果を、図6に示す。
【0057】
この図6に示すように、防着板66と公転板72との間隔dが1[mm]であるときと、3[mm]であるときと、のいずれにおいても、基板電圧Vbが下がるに連れて、基板電流Ibが増大する。この基板電流Ibの増大は、それぞれの被処理物28の表面に照射されるイオン量の増大を示している。ただし、間隔dが1[mm]であるときには、上述したように基板電圧Vbの下限値が−105[V]に制限されるため、これよりも低い基板電圧Vbでの実験は不可能である。一方、間隔dが3[mm]であるときには、基板電圧Vbの下限値が制限されないので、当該基板電圧Vbの負電圧がパルス電源装置64によって調整可能な下限値である−500[V]に至るまで実験を行うことが可能である。そして、間隔dが3[mm]であるときには、間隔dが1[mm]であるときに比べて、より大きな基板電流Ibが得られること、つまりそれぞれの被処理物28の表面に照射されるイオン量の増大が図られることが、確認された。
【0058】
さらに、基板電圧Vbの違いが被膜の品質にどのような影響を与えるのかを検証する。具体的には、防着板66と公転板72との間隔dを3[mm]とする。そして、被処理物28として、一辺の長さ寸法が19[mm]であり、厚さ寸法が4.5[mm]であり、さらに表面が鏡面加工された、超硬合金製の正方形板を、それぞれのホルダ32に取り付ける。このような被処理物28の表面に対して、基板電圧Vbが異なる条件下で、cBN膜を生成する。なお、このcBN膜の生成に当たっては、上述の要領で、まず放電洗浄処理を行い、次に中間層としての窒化チタン膜を生成し、その上で、当該cBN膜を生成する。そして、特にcBN膜の生成時においては、真空槽12内に導入するアルゴンガスの流量を64[ml/min]とし、窒素ガスの流量を55[ml/min]とし、真空槽12内の圧力を5×10−2[Pa]とする。そして、フィラメントバイアス電圧Vfbを−24[V]に設定し、アノード電圧Vaを50[V]に設定する。さらに、フィラメントバイアス電流Ifbを18[A]とし、アノード電流Iaを30[A]とする。そして、基板電圧Vbが互いに異なる条件下、例えば当該基板電圧Vbの負電圧が−50[V],−60[V],−70[V],−80[V],−100[V]および−120[V]という条件下で、cBN膜を生成し、それぞれの条件下で生成されたcBN膜について、ヌープ硬さHKおよび摩擦係数μを測定する。この結果を、図7に示す。
【0059】
この図7に示すように、基板電圧Vbの負電圧が低いほど、ヌープ硬さHKの値が大きくなること、つまり硬いcBN膜が生成されること、が分かる。特に、基板電圧Vbの負電圧が上述の従来技術における下限値と同じ−100[V]であるときには、ヌープ硬さHKが4636であるのに対して、当該基板電圧Vbの負電圧が従来技術における下限値よりも低い−120[V]であるときには、ヌープ硬さHKが5430である。この5430というヌープ硬さHKは、cBN膜の一般的なヌープ硬さHKが4500〜4700であることを鑑みると、驚異的な値である。ゆえに、基板電圧Vbの負電圧をさらに下げれば、より硬いcBN膜を生成し得ることが、期待される。
【0060】
一方、摩擦係数μについては、基板電圧Vbの負電圧が大きいほど、その値が小さくなつこと、つまり滑らかなcBN膜が生成されること、が分かる。例えば、基板電圧Vbの負電圧が−100[V]であるときには、摩擦係数μが0.19であるのに対して、当該基板電圧Vbの負電圧が−120[V]であるときには、摩擦係数μが0.126であり、滑らかさ(潤滑性)についてもかなり向上する。そして、基板電圧Vbの負電圧をさらに下げれば、より滑らかなcBN膜を生成し得ることが、期待される。
【0061】
なお、cBNを含む窒化ホウ素(BN)には、当該cBNの他に、六方晶構造のもの(Hexagonal
Boron Nitride;以下hBNと言う。)やウルツ鉱構造のもの(Wurtzite Boron Nitride;以下wBNと言う。)等がある。これらの中で、cBNが最も高硬度であるが、その反面、当該cBNの被膜の生成が最も難しい、とされている。そこで、次に、本実施形態において生成されるcBN膜が真正のものであるか否かを検証する。具体的には、上述の図7に係る実験と同様の被処理物28を用いて、これに当該図7に係る実験と同様の要領でcBN膜を生成する。ただし、基板電圧Vbの負電圧については、−150[V]とする。そして、生成された被膜の成分を、公知のX線回折装置(XRD)によって解析する(詳しくは、X線回折測定時に試料としての被処理物28の表面に入射されるX線の入射角度θを一定とすることによって被膜の表面のみを測定する薄膜X線解析法を用いて解析する)。この結果を、図8に示す。なお、X線入射角θは、0.3[°]である。
【0062】
この図8に示すように、hBNおよびwBNそれぞれのピークが認められると共に、cBNのピークも認められる。つまり、真正のcBN膜が生成されていることが、確認された。
【0063】
続いて、被処理物28として、直径が6[mm]の2枚刃超硬エンドミルを用いる。そして、このエンドミルに、上述の図8に係る実験と同じ要領でcBN膜を生成することによって、当該エンドミルの寿命がどれくらいになるのかを検証する。具体的には、cBN膜が生成されたエンドミルをマシニングセンタに取り付け、被切削材としての機械構造用炭素鋼(S55C)を切削する。そして、切削距離に対する境界摩耗幅(刃の切削部分と非切削部分との境界における当該刃の摩耗幅)を測定する。なお、切削速度は565[m/min]であり、送りピッチは0.05[mm/tooth]である。そして、切り込み寸法は半径方向で0.1[mm]であり、軸方向で8.0[mm]である。また、比較対照用として、TiN膜のみが生成されたエンドミルと、窒化チタンアルミニウム(以下、TiAlNと言う。)膜のみが生成されたエンドミルと、のそれぞれについても、同様の切削実験を行う。その結果を、図9に示す。
【0064】
この図9に示すように、cBN膜が生成されたエンドミルについては、切削距離が60[m]に至っても、境界摩耗幅は30[μm]未満である。そして、依然として切削可能な状態にあり、つまり寿命に至っていないことが、確認された。これに対して、TiAlN膜が生成されたエンドミルについては、切削距離が60[m]に至った時点での境界摩耗幅が40[μm]強であり、この値のみを見ると、cBN膜が生成されたエンドミルと比べて極端な差異はないように見受けられる。しかしながら、このTiAlN膜が生成されたエンドミルについては、実際には、切削距離が38[m]を経過した辺りから火花が生じ始め、摩耗の進み具合が顕著になる。なお、cBN膜が生成されたエンドミルについては、このような火花は生じない。このことから、cBN膜が生成されたエンドミルの方が、TiAlN膜が生成されたエンドミルに比べて、遙かに長寿命であることが、推察される。さらに、TiN膜が生成されたエンドミルについては、切削距離が30[m]に至った時点での境界摩耗幅が40[μm]弱であり、切削距離が60[mm]に至った時点での境界摩耗幅は90[μm]を超えており、既に寿命が尽きていることが、確認された。このように、本実施形態によれば、エンドミル等の切削工具を長寿命化するのに極めて有効なcBN膜を生成し得ることが、確認された。これは即ち、当該cBN膜が極めて高硬度であることの証明となる。
【0065】
さらに続いて、被処理物28として、合金工具鋼(SKD11)製の打ち抜きプレス用の金型を用いる。そして、この金型に、上述の図8(および図9)に係る実験と同じ要領でcBN膜を生成することによって、当該金型の寿命がどれくらいになるのかを検証する。具体的には、cBN膜が生成された金型によって、厚さ寸法が3[mm]の一般構造用圧延鋼(SS400)を加工材とする打ち抜きプレス加工を行う。そして、この打ち抜きプレス加工を確実に実施し得る回数、いわゆるショット数、を確認する。なお、比較対照用として、未処理の金型と、TiN膜のみが生成された金型と、のそれぞれについても、同様の打ち抜きプレス加工を行う。その結果を、図10に示す。
【0066】
この図10に示すように、cBN膜が生成された金型については、少なくとも30000回のショットが可能であり、また、その後も依然としてショット可能であることが、確認された。これに対して、TiN膜のみが生成された金型については、その3分の1である10000回のショットで寿命が尽きる。そして、未処理の金型については、僅か3000回のショットで寿命が尽きる。つまり、本実施形態によれば、打ち抜きプレス加工用の金型についても、その長寿命化を図るのに極めて有効なcBN膜を生成し得ることが、確認された。これは即ち、当該cBN膜が極めて高硬度であると共に、潤滑性にも富むことの証明となる。
【0067】
以上のように、本実施形態によれば、防着板66と公転板72との間隔dを3[mm]〜10[mm]とすることで、これら両者間に放電現象が生じるのを防止しつつ、防着板66による防着機能を維持するのに成功した。従って、パルス電源装置64による基板電圧Vbの調整可能範囲であれば、当該基板電圧Vbを任意に設定することができる。ゆえに、基板電圧の実質的な調整可能範囲が本来の範囲よりも大きく制限される上述した従来技術に比べて、遙かに高いイオン照射エネルギを得ることができる。また、一例として、従来よりも高硬度であり、かつ潤滑性に富むcBN膜を生成し得ることも、確認された。
【0068】
なお、本実施形態においては、基板バイアス電力Ebとしてのバイポーラパルス電力の周波数を、100[kH]としたが、これに限らない。パルス電源装置64によって調整可能な10[kH]〜500[kH]という範囲内であれば、本実施形態と同様の作用および効果が得られることが、確認された。
【0069】
また、基板バイアス電力Ebは、パイポーラパルス電力に限らず、上述した高周波電力を用いてもよい。ただし、この場合は、当該高周波電力の供給源である高周波電源装置と各被処理物28,28,…を含む負荷側との間のインピーダンスを整合させるためのマッチングボックスを備える必要がある。この高周波電力が採用される場合にも、本実施形態と同様の作用および効果が得られることが、期待できる。
【0070】
さらに、成膜装置10としては、図1〜図3に示した構成のものに限らない。例えば、各被処理物28,28,…(ホルダ32,32,…)が垂直軸を中心として回転するものであってもよいし、公転はせずに、自転のみするものであってもよい。そして、被処理物28(ホルダ32)の個数は上述した72個以外の複数個であってもよいし、1つのみであってもよい。また、従来技術のように、複数のホルダユニットを有し、これら複数のホルダユニットのそれぞれに、複数のホルダが設けられている構成でもよい。要するに、自公転ユニット30のような移動手段と、これを覆うための防着板66のような防着カバーと、を備え、移動手段を介して被処理物にバイアス電力が供給されると共に、このバイアス電力の電圧成分が所定の範囲内で任意に調整可能なものであれば、イオンプレーティング法に限らず、スパッタリング法等の他のPVD(Physical Vapor Deposition)方式の成膜装置、或いはCVD(Chemical Vapor Deposition)方式の成膜装置にも、本発明を適用することができる。
【0071】
そして、本実施形態においては、cBN膜を生成する場合を例に挙げたが、これに限らない。例えば、窒化アルミニウム(AlN)膜や窒化ケイ素(Si)膜、或いは酸化チタン(TiO)膜等のcBN系以外の絶縁性膜を生成する場合にも、本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0072】
10 成膜装置
12 真空槽
20 蒸発源
22 蒸発材料
28 被処理物
30 自公転ユニット
32 ホルダ
36 モータ
64 パルス電源装置
66 防着板
68 防着壁
70 プラズマ空間
72 公転板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内でプラズマを発生させて膜材料をイオン化すると共にイオン化された該膜材料をバイアス電力が供給された被処理物の表面に照射することによって該被処理物の表面に被膜を生成する成膜装置において、
上記真空槽内で上記被処理物を移動させる移動手段と、
上記移動手段を介して上記被処理物に上記バイアス電力を供給すると共に該バイアス電力を所定の範囲内で任意に調整可能なバイアス電力供給手段と、
上記移動手段を覆うことによって該移動手段に上記膜材料が付着するのを防止する防着機能を備えると共に上記バイアス電力が基準とする基準電位に接続された防着カバーと、
を具備し、
上記バイアス電力供給手段による上記バイアス電力の調整可能範囲内で上記移動手段と上記防着カバーとの間に放電現象が生じずかつ該防着カバーによる上記防着機能が維持されるように該移動手段と該防着カバーとの間隔を置いたこと、
を特徴とする、成膜装置。
【請求項2】
上記バイアス電力は交流電力である、
請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
上記間隔は3[mm]ないし10[mm]である、
請求項1または2に記載の成膜装置。
【請求項4】
上記被膜は窒化ホウ素膜である、
請求項1ないし3のいずれかに記載の成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−159439(P2010−159439A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−584(P2009−584)
【出願日】平成21年1月6日(2009.1.6)
【出願人】(000192567)神港精機株式会社 (54)
【Fターム(参考)】