説明

抗ガン作用を有する化合物、その製造方法及び抗ガン剤

【課題】癌細胞足場非依存性増殖阻害活性を有し、優れた抗ガン作用を有する新たな化合物を提供する。
【解決手段】下記式で示される化合物。


上記化合物を有効成分とする抗ガン剤、抗肺癌剤、抗脳腫瘍剤及び抗前立腺癌剤。ストレプトミセス(Streptomyces)属に属する菌体、例えば、ストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.) TP-A0648を培養し、培養物から上記化合物を単離することを含む上記化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規化合物及びこの化合物を有効成分とする抗ガン剤に関する。特に本発明は、細胞癌化のシグナル伝達を阻害する薬剤を利用した抗ガン剤に関する。さらに本発明は、上記化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでの抗癌剤の主な作用点は核酸合成過程、DNA、あるいは微小管などであり、癌細胞だけでなく正常細胞にも細胞障害性(cytotoxic)をもたらすため選択性が低く副作用が強いという問題があった。しかし、最近の研究により、細胞が癌化する過程では複数の遺伝子変化が起きること、それらの遺伝子産物の多くがシグナル伝達分子として機能していることなどから、癌は遺伝子の病気であると同時にシグナル伝達の病気ということが分かってきた。従って、細胞癌化のシグナル伝達を阻害する薬剤はより選択性の高い新しい抗癌剤になる可能性がある。
【0003】
この様な背景のもとに、我々は抗癌剤の新しいターゲットとして、癌細胞足場非依存性増殖のシグナル伝達に着目した。上皮や内皮由来の正常細胞は、細胞外マトリクスを介した細胞接着が成立した時にのみ増殖するが、癌細胞は細胞外基質に接着しなくても増殖する。この足場非依存性増殖と呼ばれる性質は、造腫瘍性と高い相関が認められているため、そのシグナル伝達の阻害剤は安全かつ有効な癌化学療法剤となる可能性がある。
【0004】
これまでに、癌細胞足場非依存性増殖阻害活性を有する化合物としては、セプタシジン(Septacidin)とスピカマイシン(Spicamycin)が知られており、いずれも放線菌培養液から単離されている。
【0005】
セプタシジンは、ストレプトミセス・フィンブリアタス(Streptomyces fimbriatus)の代謝産物として得られ、白癬菌やフザリウムなどの糸状菌や、ラット乳癌細胞Walker 356に対し阻害活性を示す(非特許文献1)。
【0006】
セプタシジンの立体異性体であるスピカマイシンは、東京大学の大岳らにより、白血球細胞HL-60の分化誘導活性物質として、ストレプトミセス・スパルソゲネス(Streptomyces sparsogenes)の代謝産物中から見出された(非特許文献2、特許文献1、2)。その後、同化合物はヌードマウスモデルの系でヒトの癌、特に胃癌、大腸癌に強い抗腫瘍効果を示すことがわかり、キリン(株)の研究者らにより、抗腫瘍効果が高く、毒性の低い誘導体の探索が行われた。その結果、天然物から2段階の変換によって、スピカマイシンの脂肪酸部位を2, 4-テトラデカジエン酸に置換した以下の式で示されるKRN5500が望ましい活性を有することを見出し、現在、米国国立癌研究所(NCI)で臨床試験(Phase I)が行われている。
【0007】
【化1】

【0008】
作用メカニズムの研究により、KRN5500は最初に癌細胞のタンパク合成を阻害し、それに引き続きDNA, RNA合成阻害される。無細胞系でのタンパク質合成は阻害されない。また、KRN5500の代謝物と考えられるSAN-Glyはタンパク質合成を阻害するが,SAN-Glyからグリシンが脱離したSANは阻害しない。一方、腫瘍細胞株p388に対する殺細胞効果は、KRN5500と比べてSAN-Glyは1/100〜1/1000と非常に弱く、KRN5500が速やかに細胞に取り込まれることに対し、SAN-Glyはほとんど取り込まれないことがわかった。
【0009】
以上の結果から、KRN5500の脂肪酸側鎖は癌細胞の細胞膜の透過に必要であり、KRN5500は細胞膜透過時に脂肪酸とグリシンの間で加水分解されるものと考えられた。また、SAN-Glyが細胞内のタンパク合成系に作用し、癌細胞に対する殺細胞効果を示すことが示唆されている(非特許文献3)。
【非特許文献1】James D. Dutcher, M. H. Von Saltza and F. E. Pansy, Antimicrob. Agents Chem, 161, 83-88 (1963)
【非特許文献2】Teruyuki Sakai, Kazutoshi Shindo, Atsuo Odagawa, Akashi Suzuki, Hiroyuki Kawai, Kimiko Kobayashi, Yoichi Hayakawa, Haruo Seto and Noboru Otake, J. Antibiot., 48, 899-900 (1994)
【非特許文献3】河合 弘行、癌と化学療法 24 (11):1571-1577 (1997)
【特許文献1】特開平5−186494号公報
【特許文献2】特開平8−73489号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、癌細胞足場非依存性増殖阻害活性を有する化合物として知られている化合物はまだ少数であり、さらなる研究と、新たな、より優れた癌細胞足場非依存性増殖阻害活性を有する化合物の出現が待たれるところである。
【0011】
そこで本発明の目的は、癌細胞足場非依存性増殖阻害活性を有し、優れた抗ガン作用を有する新たな化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、下記式で示される化合物に関する。
【0013】
【化2】

【0014】
さらに本発明は、上記本発明の化合物を有効成分とする抗ガン剤に関し、特に、抗肺癌剤、抗脳腫瘍剤、及び抗前立腺癌剤に関する。
【0015】
さらに本発明は、ストレプトミセス(Streptomyces)属に属する菌体を培養し、培養物から上記本発明の化合物を単離することを含む上記本発明の化合物の製造方法、及びストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.) TP-A0648を培養し、培養物から上記本発明の化合物を単離することを含む上記本発明の化合物の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ヒト培養癌細胞パネルスクリーニングにおいて、優れた抗ガン活性(抗腫瘍活性)、特に、肺癌、脳腫瘍、及び前立腺癌に対する効果が大きい、新規化合物を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
1.癌細胞足場非依存性増殖阻害物質の探索
本発明で用いた96穴プレート使用のpolyHEMA培養法は、国立感染症研究所生物活性物質部の深澤、上原らが開発したものである(Hidesuke Fukazawa, Satoshi Mizuno, and Yoshimasa Uehara, Analytical Biochemstry, 228, 83-90 (1995)、Hidesuke Fukazawa, Shuji Nakano, Satoshi Mizuno and Yoshimasa Uehara, Int. J. Cancer, 67, 876-882 (1996))。
【0018】
付着性の正常培養細胞は、組織培養用プレートに接着して増殖するが、非接着性ポリマーであるpoly(2-hydroxyethyl methacrylate)(poly-HEMA)で表面をコーティング処理したプレートには接着することができず、増殖は抑制される。例えば、野生型のラット繊維芽細胞3Y1は、poly-HEMA未処理プレートでは増殖するが、処理プレートでは増殖しない。ところが、その野生型細胞を癌遺伝子により形質転換した細胞は、poly-HEMAコートプレート上でも増殖する。
【0019】
このように、癌遺伝子で形質転換した細胞は足場非依存性増殖能を有することがわかる。実際に、足場非依存性増殖は、造腫瘍性と高い相関のあることが知られており、それを特異的に阻害する薬剤は、癌化シグナルの働きを抑制することが予想された。以上のような考えに基づき、ヒト大腸癌細胞などの増殖をpoly-HEMA未処理プレート上では阻害せずに、poly-HEMAコートプレート上で阻害する物質の探索を行った。
【0020】
2.新規抗癌物質の生産菌
放線菌の培養抽出液1,365検体をスクリーニングした結果、富山県射水郡小杉町で採集したアオキの葉から分離したストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.)TP-A0648に、足場非依存性増殖阻害活性が見出され、TP-A0648株の培養物から、下記化合物が活性物質として単離・精製された。
【0021】
【化3】

【0022】
本発明の化合物は、ストレプトミセス(Streptomyces)属に属する菌体を培養し、培養物から上記化合物を単離することを含む方法により製造することができる。特に、ストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.) TP-A0648を培養し、培養物から上記化合物を単離することを含む方法により製造することができる。
【0023】
ストレプトミセス(Streptomyces)属に属する菌体及びストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.) TP-A0648の培養は、例えば、通常の放線菌の培養条件に準じて行われるが、好適な液体培地の通気撹絆培養であることが好ましい。
【0024】
望ましい炭素源は、グルコース、グリセロール、フルクトース、シュクロース、ラクトース、マンノース、デキストリン、デンプン、糖蜜、油脂類及び他の炭化水素であり、好ましい窒素源としては、大豆粕、綿実粕、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、魚粉、トウモロコシ浸漬液、カゼイン、アミノ酸、尿素などの有機窒素、硝酸ナトリウム、硫酸アンモニュウムなどの無機窒素類を単独又は複数組合せたものが用いられる。さらに、この液体培地にはナトリウム塩、カリウム塩、マグネシュウム塩、リン酸塩、その他の金属塩などが必要に応じて適宜添加される。
【0025】
また、培養液の発泡の著しい時は、大豆油、アデカノール、シリコン化合物などの消泡剤を適宜使用できる。培地のpHは中性付近、pH6〜8程度に保持するのが望ましい。培養温度は生産菌が良好に生育する温度、25〜40℃、特に28〜3℃に保つのが好ましい。培養時間は、液体振盟培養及び通気撹拝培養のいずれでも、3〜10日問程度である。
【0026】
培養終了後、発酵液からの本発明の化合物の単離には、微生物により産生される生理活性物質を単離・精製するために通常使用される方法が使用され得る。発酵液及び菌体中に生産されるので、有機溶媒抽出後、分別クロマトグラフィー、HPLC等を単独或いは組合せる方法で、より有利に単離・精製に使える。より詳しくは、実施例に示す方法を用いることができる。
【0027】
後述するように、本発明の上記化合物は、ヒト培養癌細胞パネルスクリーニングにおいて、優れた抗ガン活性(抗腫瘍活性)を示し、特に、肺癌、脳腫瘍、及び前立腺癌に対する効果が大きかった。
【0028】
このように、本発明の化合物は、優れた抗腫瘍作用を示すという特性を有している。したがって、本発明の化合物は抗腫瘍剤もしくは腫瘍治療剤として使用することができる。抗腫瘍剤としての本発明の化合物は合目的的な任意の投与経路で投与することができる。具体的には、動物の場合には腹腔内投与、皮下投与、静脈または動脈への血管内投与および注射による局所投与などの方法が採用できる。またヒトの場合は、静脈内投与、動脈内投与、注射による局所投与、腹腔・胸腔への投与、経口投与、皮下投与、筋肉内投与、舌下投与、経皮吸収または直腸投与により投与することができる。
【0029】
本発明の化合物を薬剤として投与する場合は、投与方法、投与目的により、注射剤、懸濁剤、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、軟膏剤、クリーム剤等の形状で投与することができる。これらの製剤を製造するには溶剤、可溶化剤、等張化剤、保存剤、抗酸化剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定剤等を添加することができる。溶剤としては、例えば水、生理食塩水等を挙げることができる。可溶化剤としては、例えばエタノール、ポリソルベート類、クレモフォア等を挙げることができる。賦形剤としては、例えば乳糖、デンプン、結晶セルロース、マンニトール、マルトース、リン酸水素カルシウム、軽質無水ケイ酸、炭酸カルシウム等を挙げることができる。結合剤としては、例えばデンプン、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アラビアゴム等を挙げることができる。崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム等を挙げることができる。滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、硬化油等を挙げることができる。安定剤としては、例えば乳糖、アンニトール、マルトース、ポリソルベート類、マクロゴール類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等を挙げることができる。又、必要に応じて、グリセリン、ジメチルアセトアミド、70%乳酸ナトリウム、界面活性剤、塩基性物質(例えば、水酸化ナトリウム、エチレンジアミン、エタノールアミン、炭酸ナトリウム、アルギニン、メグルミン、トリスアミノメタン)を添加することもできる。
【0030】
これらの成分を用いて、注射剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤等の剤型に製造することができる。本発明の化合物の投与量は、動物実験の結果および種々の状況を勘案して、単回および反復投与したときに総投与量が一定量を越えないように定められる。具体的な投与量は、投与方法、患者または被処理動物の状況、たとえば年齢、体重、性別、感受性、食事(食餌)、投与時間、併用する薬剤、患者またはその病気の程度に応じて変化することは言うまでもなく、また一定の条件のもとにおける適量と投与回数は、上記指針をもととして専門医の適量決定試験によって決定されなければならない。具体的には、成人1日あたり0.01mg〜400mg程度、好ましくは0.1mg〜100mg程度である。
【実施例】
【0031】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
新規抗癌物質TT2149の生産菌
放線菌の培養抽出液1,365検体をスクリーニングした結果、富山県射水郡小杉町で採集したアオキの葉から分離したストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.)TP-A0648に、足場非依存性増殖阻害活性が見出された。
【0032】
1)生産菌の分離
TP-A0648株は富山県立大学工学部生物工学研究センター古米研究室において、富山県射水郡小杉町で採取されたアオキ(Aucuba japonica Thunb)の葉から分離された。
【0033】
2)生産菌の同定
本菌株の分類学的検討を行うに際して、ShirlingおよびGottliebによって提唱されたISP(International Streptomyces Project)の方法(Shirling, E.B & D. Gottlieb, International Journal of Systematic Bacteriology, 16, 313-340 (1996)、Waksman, S. A. (Eds.) : 2, pp 328-334, The Williams & Wilkins Co., Baltimore (1961))に従い、培地にはISP培地を用いて20日間にわたって観察を行った。また、観察した色調は日本研事業(株)財団法人日本色彩研究所編「色名事典」(1987)に従い記載した。加えて、走査型電子顕微鏡による菌糸の観察も行った。
【0034】
i)形態学的性状
TP-A0648株は寒天培地上で灰色系の気菌糸を形成した。電子顕微鏡観察によって、気菌糸の形態は、表面平滑ならせん状形態で、胞子が50個以上連鎖していることが観察された。
【0035】
ii)各種培養培地上の性状
各種寒天培地上における気菌糸、基底菌糸、可溶性色素、生育状態を表1に示す。
生育はISP-2, 4, 5, 7培地にて良好であった。基底菌糸の色調は薄い灰色から濃い灰色、黄白色を示した。可溶性色素の形成は認められなかった。
【0036】
【表1】

【0037】
iii)生理的性質
a)生育温度範囲
温度勾配インキュベータを用いて生育温度範囲を観察した結果、以下のような生育温度範囲を示した。

生育温度範囲 15〜37℃
気菌糸形成範囲 22〜36℃
生育至適温度 32〜33℃

また10〜14℃、37〜50℃の範囲では生育が認められなかった。
【0038】
b)炭素源の利用
TP-A0648株の平板培地上における各種糖の利用能実験を行った。
糖源としてD-グルコース、L-アラビノース、D-マンニトール、D-キシロース、D-フルクトース、ラフィノース、L-ラムノース、イノシトール、スクロースの計9種類の糖を用いた。本実験にはISP-9培地を基礎培地として、これに各種糖を加えた。
9種類の糖のうち5種類の糖にて生育が確認された。生育が非常に良かったのはD-グルコースで、次に良かったのはD-フルクトース、D-キシロース、イノシトールであった。またL-アラビノースでも生育は微弱ではあるが確認されたが、L-ラムノース、D-マンニトール、サッカロース、ラフィノースでは生育が確認されなかった。
【0039】
【表2】

【0040】
iv)化学分類学的性質
a)細胞壁アミノ酸分析
LechbalierおよびStaneckらの方法(Lechevalier, H. A. & M. P. Lechevalier, The Actinomycetes, Ed., H. Prauser, 393〜405, Jena, Gustav Fischer Verlag (1970)、
Stanech, J. L. & G. D. Roberts, Microbiol., 28, 226〜231 (1974))を用いて、細胞壁のペプチドグリカンの構成アミノ酸の分析を行い、ストレプトミセス(Streptomyces)属と同じLL-ジアミノピメリン酸を検出した。
【0041】
b)全菌体糖分析
上記LechbalierおよびStaneckらの方法を用いて、菌体中に含まれる糖の分析を行い、リボース、マンノース、グルコースおよびキシロースが検出された。
【0042】
v)遺伝形質:16S rDNA配列の解析
16S rDNA塩基配列法は安定に保存された性状で、解析はデータベースと照合することにより、簡便で迅速に解析することが出来るようになり、放線菌の分類を行う上で重要視されている。分析の結果、ストレプトミセス・テルモバイオラセウス(Streptomyces thermoviolaceus)と1471塩基対中1433塩基が一致し、相同性は97.42%であった。
以上の分類学的分析の結果から、本菌株をストレプトミセス・テルモバイオラセウス(Streptomyces thermoviolaceus) TP-A0648と同定した。
【0043】
ストレプトミセス・テルモバイオラセウス(Streptomyces thermoviolaceus) TP-A0648は、2004年5月28日に独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM P−20068として寄託済みである。
【0044】
3.TP-A0648株の培養と活性物質の単離・精製
1)TP-A0648株の培養
a)前培養
前培養培地にはV-22を用いた。培地組成はグルコース0.5%、トリプトン0.5%、スターチ1.0%、K2HPO4 0.1%、NZ-ケース0.3%、CaCO3 0.3%、イーストエキス0.2%で、これらの試薬を順番に熱した水道水に溶解し、1N-NaOHを用いてpHを7.0に調整した。次に、500 ml容K型フラスコに培地100 mlを分注しウレタン栓で栓をし、オートクレーブで121℃、20分間滅菌した。その後TP-A0648株をスラントから白金耳で接種し、30℃で4日間、200 rpmで回転振盪培養を行った。
【0045】
b)生産培養
培地組成はコーンスティープリカー 1.5%、マルトース 4.5%、HP-20 1.0%で、これらの試薬を順番に熱した水道水に溶解し、6N-NaOHを用いてpHを7.0に調整した。次に、500 ml容K型フラスコに培地100 mlを分注しウレタン栓で栓をし、オートクレーブで121℃、20分間滅菌した。その後、前培養を行った種母菌3 ml(3% v/v)を各々のフラスコに加え、30℃で3日間、200 rpmで回転振盪培養を行った。
【0046】
2)活性物質の単離精製
a)抽出
培養終了後、培養液(80L, K型フラスコ800本)を等量の酢酸エチル(10L)で1時間攪拌抽出した。次に、濾紙で減圧ろ過し菌体を取り除いた後、酢酸エチル層を取り出し、エバポレーターにて濃縮乾固した。
【0047】
b)シリカゲルカラムクロマトグラフィー
酢酸エチル抽出物(6.8 g)をクロロホルムに溶解し、クロロホルムで充填したシリカゲルカラム(17g)に吸着させた。溶出にはクロロホルム(C) : メタノール(M)=100 : 0,10 : 1, 5 : 1, 2 : 1, 1 : 1, 0 : 100の順に各フラクション約70 mlずつ流した。活性成分は、C : M=2 : 1〜1 : 1の2フラクションに検出された。その2フラクションをエバポレーターにて濃縮乾固し、粗精製物質600 mgが得られた。なお、得られた5本のピークをHPLC保持時間の早い順にTT2149-A, B, C, D, Eと命名した(図1)。
【0048】
HPLC分析条件
HPLC:HP1100シリーズ
カラム:XTerraTMRP185 μm, 4.6×250 mm column
溶出液:アセトニトリル (C)
炭酸水素アンモニウム(NH4HCO3) 10 mM pH 8.0 バッファー(B)
(NH4HCO3 0.79g を1Lに溶解する。pH無調整)
溶媒比:C:B=40:60
流速:0.7 ml/min
【0049】
c)HPLC分取による活性物質の単離
次に、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって得られた粗精製物から、HPLC分取により活性物質を単離した。
カラムはXTerraTMRP18(Waters, 7μm, 19×300mm)Columnを用い、流速15 ml/min、溶出液にはアセトニトリル:炭酸水素アンモニウム10mMバッファー(pH8.0)=40:60で溶出した。これにより活性成分TT2149-A〜Eを分離し、それぞれをフラクションコレクターによって分画した。
【0050】
次に、分画したそれぞれのフラクションを、アセトニトリルが完全に留去するまでエバポレーターにかけた。次に、水層中の炭酸水素アンモニウムを除去するために凍結乾燥機を用いて水層を完全に乾固させた。さらに完全に炭酸水素アンモニウムを除去するために、蒸留水を加えて再度凍結乾燥を行った。
その結果、TT2149-A, B, C, D, Eをそれぞれ1.2mg, 2.0mg, 3.3 mg, 0.5mg, 0.5mg得た。
【0051】
d)LC / MSおよびHPLC分析
単離したTT2149-A, B, Cの純度と分子量をLC / MSとHPLCを用いて調べた。TT2149-Cに関してはLC / MSとHPLCの双方で純粋であった。しかしTT2149-A, Bの両成分はLC/MS分析において、それぞれ2成分に分離し、TT2149-Aでは先に溶出する成分が分子量565、後に溶出するほうが分子量637であると推定された。また、TT2149-Bでは、保持時間が非常に近い2種の混合物であり、分子量635と594であった。TT2149-Cの分子量は619と推定された。
【0052】
4.TT2149-Cの構造解析
1)TT2149-CのNMR解析
TT2149-Cの構造を各種機器分析により解析した(図2〜9)。1H, 13C-NMR、各種二次元NMR解析を行い、本物質の構造を以下に示すように決定した。本物質はスピカマイシンの新規類縁体である。また、本化合物の旋光度は[α]D+19.2(c 0.17, methanol)であり、スピカマイシンの値と符号が一致し、絶対値が近いものであったことから、絶対配置は同一であると結論した。
【0053】
【化4】

2)物理化学的性質
TT2149-Cの各種物理化学的性質を表3に示した。本物質はメタノール, DMSOに可溶で、白色の粉体として得られた。高分解能高速原子衝突質量分析(HRFAB-MS)では、観測値620.3776に対し、計算値が620.3772(C30H50N7O7)であったことより、分子式をC30H49N7O7と決定した。またこの分子式はNMRで決定したTT2149-Cの構造と一致した。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
5.TT2149-Cの生物活性
1)TT2149-Cの足場非依存性増殖阻害活性
ヒト卵巣癌細胞SKOV-3とヒト大腸癌細胞DLD-1の増殖に及ぼすTT2149-Cの効果を、poly-HEMA処理したシャーレ(HEMA)と非処理シャーレ(solid)において調べた。対照化合物として、類縁化合物であるスピカマイシンとセプタシジンを用いた。その結果、3化合物ともpoly-HEMAプレート上での癌細胞の増殖を非処理プレート上での増殖と比べ強く阻害した。しかし、活性の強弱に関しては大きな差は見られなかった(表5)。
【0057】
【表5】

【0058】
2)ヒト培養癌細胞パネルスクリーニング
TT2149-Cについて、(財)癌研究会癌化学療法センターのヒト培養癌細胞パネル(HCCパネル)において、抗癌活性評価を行った。HCCパネルは、1990年前後より米国国立研究所(NCI)で実地されてきたもので、この方法は、数十系の細胞での薬剤感受性試験と特別なデーターベースプログラムによる解析手法をドッキングさせたものである。
本研究に用いられたHCCパネルは、肺癌7系、胃癌6系、大腸癌5系、卵巣癌5系、脳腫瘍6系、乳癌5系、腎癌2系、前立腺癌2系、メラノーマ1系の計39系よりなる。これらを1つのパネルとして扱い、in vitro薬剤感受性試験を行い、その薬剤に対する感受性パターン(Finger Print)を得る。この系により、既存の抗癌剤と異なる作用様式の化合物を選別でき、また化合物の作用様式の推定を行える。
【0059】
これにより、TT2149-Cの種々の癌細胞に対する有効阻害濃度が0.0001〜0.12μMと非常に低いことがわかった。また増殖抑制を示すTgI値によって、肺癌、脳腫瘍、前立腺癌に特異的に効果があることが認められた。殺細胞活性(LC50)では、1μMの濃度で種々の癌細胞に効果を示した(表6)。
【0060】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】シリカゲルカラムFr. C : M=1 : 2〜1 : 1のHPLCクロマトグラム
【図2】TT2149-C のFAB/MSスペクトル
【図3】TT2149-CのUVスペクトル
【図4】TT2149-Cの1H-NMRスペクトル
【図5】TT2149-Cの13C-NMRスペクトル
【図6】TT2149-CのDEPTスペクトル
【図7】TT2149-CのDQF-COSYスペクトル
【図8】TT2149-CのHMQCスペクトル
【図9】TT2149-CのHMBCスペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式で示される化合物。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載の化合物を有効成分とする抗ガン剤。
【請求項3】
請求項1に記載の化合物を有効成分とする抗肺癌剤。
【請求項4】
請求項1に記載の化合物を有効成分とする抗脳腫瘍剤。
【請求項5】
請求項1に記載の化合物を有効成分とする抗前立腺癌剤。
【請求項6】
ストレプトミセス(Streptomyces)属に属する菌体を培養し、培養物から請求項1に記載の化合物を単離することを含む請求項1に記載の化合物の製造方法。
【請求項7】
ストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.) TP-A0648を培養し、培養物から請求項1に記載の化合物を単離することを含む請求項1に記載の化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−8563(P2006−8563A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−186572(P2004−186572)
【出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月29日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2004年度(平成16年度)大会」において文書をもって発表
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】