説明

拡声通話装置

【課題】音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させる。
【解決手段】音声信号処理部50の音声信号処理による遅延時間に相当する時間だけエコーパス遅延補償処理部16に入力する受話信号を第1の遅延部60で遅延させているとともに第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aが出力するダブルトーク検出フラグ(DTF)を第2の遅延部61で遅延させる。故に、音声信号処理部50の音声信号処理による遅延の影響を抑えて推定値算出部19が音響側帰還利得αの推定値α’を算出することができ、その結果、音声スイッチ10における帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、住宅、事務所、工場等で用いられる拡声通話装置(インターホン、電話機、PHS等)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、通話時にハンドセットを持つ必要がなく、通話端末から離れた通話者に対して相手側の通話端末から伝送されてくる音声信号をスピーカによって拡声出力し、かつ、上記通話者の発する音声をマイクロホンにより集音して相手側通話端末へ伝送することで拡声通話(ハンズフリー通話)を実現する拡声通話装置が提供されている。このような拡声通話装置においては、通話者が発した音声の一部が相手側通話端末のスピーカからマイクロホンヘの音響結合や通話端末と伝送路との間のインピーダンスの不整合によって生じる反射などが原因で再び受話信号と重畳して帰還することがあり、この帰還成分のレベルが大きい場合には、不快なエコー(音響エコーあるいは回線エコー)として通話者に聴こえてしまう。また、上記音響結合や反射、および自端末における音響結合により通話系に閉ループが形成され、閉ループの一巡利得が1倍を超える周波数成分が存在する場合には、その周波数においてハウリングを生じ、安定した通話を継続することが不可能となる。したがって、通話端末としての拡声通話装置を設計する上で、上述した不快なエコーやハウリングを如何に抑圧するかが重要な課題となる。
【0003】
このような課題に対して、従来、通話状態(送話状態、受話状態など)を常時推定し、推定結果に基づき適切な配分で送話路および受話路に対して損失を挿入する音声スイッチを用いて閉ループの一巡利得を低減し不快なエコーやハウリングを抑圧する方式が広く用いられてきた。しかしながら、このような方式では、遠端側および近端側の通話者が同時に発声した場合、どちらか一方の音声信号が音声スイッチの挿入損失により大幅に減衰してしまい、相手側の通話者には聴こえないレベルになってしまう。すなわち、原理的に双方向の同時通話(全二重通話)が実現できない。これは、通話端末の設置場所付近における騒音レベルが高く、相手側通話者の発した音声のレベルが騒音レベルよりも低い場合には、受話音声が途切れて聴こえてしまうことも意味する。音声スイッチを用いた従来方式が持つこのような短所がしばしば問題となり、最近では双方向の同時通話が実現できる方式を採用した拡声通話装置も提供され始めている。
【0004】
図2は拡声通話装置としてのインターホン親機(以下、「親機」と略す)M’と、相手側通話端末としてのドアホン子器Sとからなり、双方向の同時通話を実現可能とした所謂ハンズフリーインターホンの従来例を示すブロック図である(特許文献1参照)。親機M’は、マイクロホン1、スピーカ2、2線−4線変換回路3、マイクロホンアンプG1、回線(2線の伝送路)への送話信号を増幅する回線出力アンプG2、回線からの受話信号を増幅する回線入力アンプG3、スピーカアンプG4、送話音量調整用増幅器G5、受話音量調整用増幅器G6、送話音量調整用増幅器G5及び受話音量調整用増幅器G6の間に設けられた音声スイッチ10、並びに第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bで構成される。また、ドアホン子器Sはマイクロホン1′、スピーカ2′、2線−4線変換回路3′、マイクロホンアンプG1′並びにスピーカアンプG4′で構成される。
【0005】
第1のエコーキャンセラ30Aは適応フィルタ31Aと減算器32Aからなる従来周知の構成を有し、スピーカ2−マイクロホン1間の音響結合により形成される帰還経路(音響エコー経路)HACのインパルス応答を適応フィルタ31Aにより適応的に同定し、参照信号(スピーカアンプG4への入力信号)から推定したエコー成分(音響エコー)を減算器32AによりマイクロホンアンプG1の出力信号(図2における点Aの信号)から減算することでエコー成分を相殺して消去するものである。また、第2のエコーキャンセラ30Bも適応フィルタ31Bと減算器32Bからなる従来周知の構成を有し、2線−4線変換回路3と伝送路との間のインピーダンスの不整合による反射およびドアホン子器Sにおけるスピーカ2’−マイクロホン1’間の音響結合とにより形成される帰還経路(回線エコー経路)HLINのインパルス応答を適応フィルタ31Bにより適応的に同定し、参照信号(回線出力アンプG2への入力信号、すなわち送話信号)から推定したエコー成分(回線エコー)を減算器32Bにより受話信号(図2における点Cの信号)から減算することでエコー成分を相殺して消去するものである。
【0006】
音声スイッチ10は、送話側の信号経路に損失を挿入する送話側損失挿入手段たる送話側減衰器11と、受話側の信号経路に損失を挿入する受話側損失挿入手段たる受話側減衰器12と、送話側及び受話側の各減衰器11,12から挿入する損失量を制御する挿入損失量制御部13とを具備する。挿入損失量制御部13は、受話側減衰器12の出力点Routから音響エコー経路HACを介して送話側減衰器11の入力点Tinへ帰還する経路(以下、「音響側帰還経路」という)の音響側帰還利得αを推定するとともに、送話側減衰器11の出力点Toutから回線エコー経路HLINを介して受話側減衰器12の入力点Rinへ帰還する経路(以下、「回線側帰還経路」という)の回線側帰還利得βを推定し、音響側及び回線側の各帰還利得α,βの推定値α’,β’に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和(送話側減衰器11の挿入損失量と受話側減衰器12の挿入損失量の和)を算出する総損失量算出部14と、送話信号及び受話信号を監視して通話状態を推定し、この推定結果と総損失量算出部14の算出値に応じて送話側減衰器11及び受話側減衰器12の各挿入損失量の配分を決定する挿入損失量分配処理部15とからなる。なお、第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bと音声スイッチ10を含む通話処理手段は、DSP(Digital Signal Processor)やCPUを用いて従来周知の技術により実現可能である。
【0007】
総損失量算出部14では、整流平滑器や低域通過フィルタ等を用いて送話側減衰器11の入力信号の短時間における時間平均パワーを推定し、同じく整流平滑器や低域通過フィルタ等を用いて受話側減衰器12の出力信号の短時間における時間平均パワーを推定し、音響側帰還経路HACにて想定される最大遅延時間において受話側減衰器12の出力信号の時間平均パワーの推定値の最小値を求め、この最小値で送話側減衰器11の入力信号の時間平均パワーの推定値を除算した値を音響側帰還利得αの推定値α’とするとともに、整流平滑器や低域通過フィルタ等を用いて受話側減衰器12の入力信号の短時間における時間平均パワーを推定し、同じく整流平滑器や低域通過フィルタ等を用いて送話側減衰器11の出力信号の短時間における時間平均パワーを推定し、回線側帰還経路HLINにて想定される最大遅延時間において送話側減衰器11の出力信号の時間平均パワーの推定値の最小値を求め、この最小値で受話側減衰器12の入力信号の時間平均パワーの推定値を除算した値を回線側帰還利得βの推定値β’とする。そして、総損失量算出部14は音響側帰還利得α及び回線側帰還利得βの各推定値α’,β’から所望の利得余裕MGを得るために必要な総損失量Ltを算出し、その値Ltを挿入損失量分配処理部15に出力する。
【0008】
挿入損失量分配処理部15では、送話側減衰器11の入出力信号及び受話側減衰器12の入出力信号を監視し、これらの信号のパワーレベルの大小関係並びに音声信号の有無などの情報から通話状態(受話状態、送話状態等)を判定するとともに、判定された通話状態に応じた割合で総損失量Ltを送話側減衰器11と受話側減衰器12に分配するように各減衰器11,12の挿入損失量を調整する。
【0009】
ところで総損失量算出部14は、上述のように各帰還利得α,βの推定値α’,β’に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和を算出して適応更新する更新モード、並びに総損失量を所定の初期値に固定する固定モードの2つの動作モードを有し、相手側通話端末(ドアホン子器S)との通話開始から第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが充分に収束するまでの期間には固定モードで動作するとともに第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが充分に収束した後の期間には更新モードで動作する。すなわち、総損失量算出部14では音響側帰還利得α及び回線側帰還利得βの推定値α’,β’がともに通話開始から所定時間(数百ミリ秒)以上継続して所定の閾値ε(例えば、通話開始時における各推定値α’,β’に対して10dB〜15dB小さい値)を下回った時点で第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが充分に収束したものとみなし、上記時点以前には総損失量を初期値に固定する固定モードで動作し、上記時点以降には各推定値α’,β’に基づいて総損失量を適応更新する更新モードに動作モードを切り換える。なお、固定モードにおける総損失量の初期値は更新モードにおいて随時更新される総損失量よりも充分に大きな値に設定される。
【0010】
而して、通話開始直後の第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが充分に収束していない状態においては、固定モードで動作する総損失量算出部14によって充分に大きな値に設定される初期値の総損失量が閉ループに挿入されるため、不快なエコー(音響エコー並びに回線エコー)やハウリングの発生を抑制して安定した半二重通話を実現することができる。また、通話開始から時間が経過して第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが充分に収束した状態においては、総損失量算出部14の動作モードが固定モードから更新モードに切り換わって閉ループに挿入する総損失量が初期値よりも充分に低い値に減少するため、双方向の同時通話が実現できるものである。しかも、総損失量の初期値を適切な値に設定することにより、通話開始直後の第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが収束していない状態のハウリング防止のために閉ループの一巡利得が1倍を超えないように各増幅器の利得を設計するという制約がなくなり、親機Mのハウジング(図示せず)の形状や構造等に関わらずに所望の通話音量が得られるように増幅器の利得を設計することができる。
【0011】
また、特許文献1の実施形態5には、適応フィルタ31Aの収束を劣化させるレベルの信号がマイクロホンアンプG1の出力信号Ynに含まれているか否かにより、親機Mと相手側通話端末とで話者がほぼ同時に話す状態、すなわちダブルトークを検出するダブルトーク検出処理部34A,34Bが第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bに設けられ、挿入損失量制御部13において、挿入損失量分配処理部15が送話状態と推定しているとき、あるいは第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aがダブルトークを検出しているときには音響側帰還利得αの推定値α’を更新せずにそれ以前の推定値を保持するとともに、挿入損失量分配処理部15が受話状態と推定しているとき、あるいは第2のエコーキャンセラ30Bのダブルトーク検出処理部34Bがダブルトークを検出しているときには回線側帰還利得βの推定値β’を更新せずにそれ以前の推定値を保持する処理を行うものが記載されている。
【0012】
図3では総損失量算出部14における音響側帰還利得αの推定値α’を算出する処理系についてのみ図示しており、上述したように帰還利得α,βの各推定値α’,β’から所望の利得余裕MGを得るために必要な総損失量Ltを算出する処理系については図示を省略している。なお、回線側帰還利得βの推定値β’を算出する処理系については音響側帰還利得αの推定値α’を算出する処理系と同一であるから図示並びに説明を省略する。
【0013】
総損失量算出部14は、受話信号に対して第1のエコーキャンセラ30Aの適応フィルタ係数から音響結合系の群遅延を推定して遅延処理を施すエコーパス遅延補償処理部16と、エコーパス遅延補償処理部16から出力される信号(遅延補償信号)のパワーProを求める受話信号パワー演算部17と、送話信号に含まれるエコー成分のパワーPtiを求める音響エコーパワー演算部18と、遅延補償信号パワーProとエコー成分パワーPtiの比から音響側帰還利得αの推定値α’を算出する推定値算出部19とを具備する。この推定値算出部19は、帰還利得αの推定値α’を算出する際に、遅延補償信号パワーProとエコー成分パワーPtiの他に、第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aからダブルトーク検出フラグ(DTF)と、挿入損失量分配処理部15で推定された通話状態を示す通話状態情報とを参照する。
【0014】
すなわち、推定値算出部19では、ダブルトーク検出処理部34Aでダブルトークが検出されずにダブルトーク検出フラグDTFが立っていない状態(DTF=0)であり、且つ挿入損失量分配処理部15で推定された通話状態が送話状態以外のときにα’=Pti/Proとして推定値α’を算出する。一方、ダブルトーク検出処理部34Aでダブルトークが検出されてダブルトーク検出フラグDTFが立っている状態(DTF=1)、または挿入損失量分配処理部15で推定された通話状態が送話状態のときには、推定値算出部19は推定値α’を新たに算出せずに前回の値を保持する。
【0015】
而して上述のような処理を行うことにより、近端側(図3においてはマイクロホン1側)からの発声が行われて送信信号に無視できないレベルの音声成分が含まれていると判断されるような状況下では、総損失量算出部14において帰還利得αの推定値α’の演算を行わず、送話信号がほぼ音響エコー成分に等しいと判断される状況下でのみ推定値α’の演算を行うことができる。したがって、マイクロホン1で集音されるエコー以外の成分、すなわちダブルトークの成分の重畳により帰還利得α,βの推定値α’,β’の誤差が増大するのを防ぐことができる。その結果、通話開始から双方向の同時通話が可能となるまでに要する時間を第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bが収束するのに要する時間程度にすることができる。
【特許文献1】特開2002−359580号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
ところで、従来の拡声通話装置においてはマイクロホンで集音した音声信号に信号処理を行うことで音声に特殊な効果、例えば、話者の声色や速度(話速)を実際の音声と異ならせる効果を施すことが行われる場合がある。このような場合においては、音声信号に対する信号処理に要する時間だけ回線エコーや音響エコーがエコーキャンセラや音声スイッチに入力するタイミングに大きな遅延(例えば、数百ミリ秒〜数秒)が生じてしまうため、音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差が大きくなり、その結果としてハウリングを生じやすくなったり、逆に双方向の同時通話状態へ移行し難くなってしまう虞がある。
【0017】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、その目的は、音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させることができる拡声通話装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
請求項1の発明は、上記目的を達成するために、集音した音声を送話信号として出力するマイクロホンと、マイクロホンからの送話信号を増幅する送話側増幅手段と、相手側の通話端末からの受話信号に応じて鳴動するスピーカと、スピーカへ出力される受話信号を増幅する受話側増幅手段と、相手側の通話端末との間で送話信号並びに受話信号の送信処理、受信処理を行う伝送処理手段と、ハウリングやエコーを抑制して拡声通話を可能とする通話処理手段とを備えた拡声通話装置において、通話処理手段は、マイクロホンとスピーカの音響結合によって生じる音響エコーを消去する第1のエコーキャンセラと、相手側の通話端末における音響結合又は伝送処理手段における信号の回り込みによって生じる回線エコーを消去する第2のエコーキャンセラと、第1及び第2のエコーキャンセラに挟まれた送話信号並びに受話信号の信号経路上に設けられる通話音量調整用増幅手段と、第1及び第2のエコーキャンセラの間に設けられ、音響エコー経路並びに回線エコー経路により形成される閉ループの一巡利得を低減してハウリングを抑制する音声スイッチとを有し、音声スイッチは、送話側の信号経路に損失を挿入する送話側損失挿入手段と、受話側の信号経路に損失を挿入する受話側損失挿入手段と、送話側及び受話側の各損失挿入手段から挿入する損失量を制御する挿入損失量制御手段とを具備し、挿入損失量制御手段は、受話側損失挿入手段の出力点から音響エコー経路を介して送話側損失挿入手段の入力点へ帰還する経路の音響側帰還利得を推定するとともに、送話側損失挿入手段の出力点から回線エコー経路を介して受話側損失挿入手段の入力点へ帰還する経路の回線側帰還利得を推定し、音響側及び回線側の各帰還利得の推定値に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和を算出する総損失量算出部と、送話信号及び受話信号を監視して通話状態を推定し、この推定結果と総損失量算出部の算出値に応じて送話側損失挿入手段及び受話側挿入損失手段の各挿入損失量の配分を決定する挿入損失量分配処理部とからなり、総損失量算出部は、各帰還利得の推定値に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和を算出して適応更新する更新モード、並びに総損失量を所定の初期値に固定する固定モードの2つの動作モードを有し、相手側通話端末との通話開始から第1及び第2のエコーキャンセラが充分に収束するまでの期間には固定モードで動作するとともに第1及び第2のエコーキャンセラが充分に収束した後の期間には更新モードで動作するものであって、更新モードで動作する総損失量算出部は、音響側及び回線側の各帰還利得の推定値と利得余裕値とから総損失量所望値を求め、総損失量所望値が更新前の総損失量よりも大きければ総損失量を所定の増加量だけ増加した値に更新し、総損失量所望値が更新前の総損失量よりも小さければ総損失量を所定の減少量だけ減少させた値に更新するとともに、総損失量所望値が更新前の総損失量と等しければ総損失量を更新せず、第1及び第2のエコーキャンセラはダブルトークを検出するダブルトーク検出部を備え、挿入損失量制御手段は、挿入損失量分配処理部が送話状態と推定しているとき、あるいは第1のエコーキャンセラのダブルトーク検出部がダブルトークを検出しているときには音響側帰還利得の推定値を更新せずにそれ以前の推定値を保持するとともに、挿入損失量分配処理部が受話状態と推定しているとき、あるいは第2のエコーキャンセラのダブルトーク検出部がダブルトークを検出しているときには回線側帰還利得の推定値を更新せずにそれ以前の推定値を保持してなり、音声スイッチに入力する送話信号又は受話信号の少なくとも何れか一方に対して遅延を伴う音声信号処理を行うとともに当該音声信号処理の有無が択一的に切換可能である音声信号処理手段と、音声信号処理手段が音声信号処理を行っているときに総損失量算出部が音響側及び回線側の各帰還利得の推定に用いる送話信号又は受話信号を音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させる第1の遅延手段とを備えたことを特徴とする。
【0019】
請求項1の発明によれば、送話信号又は受話信号の遅延原因となる音声信号処理が行われているときに、総損失量算出部が音響側及び回線側の各帰還利得の推定に用いる送話信号又は受話信号を第1の遅延手段が音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させるので、第1の遅延手段による遅延時間と送話信号又は受話信号の遅延時間とが相殺されることとなり、音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させることができる。
【0020】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、音声信号処理手段は、音声信号処理時間が異なる複数種類の音声信号処理のうちから択一的に選択された音声信号処理を実行してなり、第1の遅延手段は、音声信号処理手段で実行する音声信号処理の種類に応じて遅延時間を変更することを特徴とする。
【0021】
請求項2の発明によれば、信号処理の種類に応じた適切な遅延時間に変更することで音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差をより減少させることができる。
【0022】
請求項3の発明は、請求項1又は2の発明において、第1又は第2のエコーキャンセラと音声スイッチの間の伝送路上に設けられる前記音声信号処理手段と、音声信号処理手段が音声信号処理を行っているときにダブルトーク検出部から総損失量算出部へ出力されるダブルトークの検出結果を音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させる第2の遅延手段とを備えたことを特徴とする。
【0023】
請求項3の発明によれば、第2の遅延手段によってダブルトーク検出部から総損失量算出部へ出力されるダブルトークの検出結果を音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させるので、音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差をさらに減少させることができる。
【0024】
請求項4の発明は、請求項1〜3の何れか1項の発明において、音声信号処理手段における音声信号処理の有無が切り換えられるときに音声スイッチ並びに第1及び第2のエコーキャンセラにおける処理が初期化されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチにおける帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
図1は本実施形態の拡声通話装置(親機M)の要部を示すブロック図である。但し、本実施形態の基本構成は図2,図3に示した従来例とほぼ共通であり、また、第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bは同じ構成を有するので第1のエコーキャンセラ30Aのみを図示し、音声スイッチ10についても本実施形態の要旨に係る部分のみを図示して、従来例と共通する構成要素には同一の符号を付して図示並びに説明を省略する。
【0027】
本実施形態においては、第1のエコーキャンセラ30Aと送話音量調整用増幅器G5との間に送話信号に対して遅延を伴う音声信号処理を行う音声信号処理部50を設けるとともに、受話側減衰器12の出力点Routから総損失量算出部14のエコーパス遅延補償処理部16への受話信号の入力を遅延する第1の遅延部60と、第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aから総損失量算出部14の推定値算出部19へのダブルトーク検出フラグ(DTF)の入力(変化)を遅延する第2の遅延部61とを備えた点に特徴がある。
【0028】
音声信号処理部50は、音声の周波数(声色)を変換する音声周波数変換処理や、音声の速度を変換する話速変換処理などを行うものであって、図示しない操作入力受付手段において受け付ける操作入力に応じて当該信号処理の有無並びに実行する処理の種類(音声周波数偏缶処理、話速変換処理など)が択一的に切換可能である。例えば、音声周波数変換処理を行う場合であれば、女性や子供の比較的に高い声を男性のように比較的に低い声に変換することで押し売りなどへの応対が安心して行える。また、話速変換処理を行えば、聴覚障害者や高齢者等にとって音声聴取に好適なゆっくりとした速度で音声を鳴動させることが可能となる。但し、音声周波数変換処理並びに話速変換処理の何れの信号処理も従来周知の技術(例えば、話速変換処理においてはTDHS<Time Domain Harmonic Scaling>アルゴリズムなど)で実現できるものであるから詳細な説明は省略する。
【0029】
ここで、音声信号処理部50においては、一旦バッファに保存した音声信号に対して音声周波数変換処理や話速変換処理などの遅延を伴う音声信号処理を施すため、音声信号処理を施すときと施さないときとで回線エコーや音響エコーが音声スイッチ10に入力するタイミングに大きな遅延(例えば、数百ミリ秒〜数秒)が生じることになる。そして、このような大きな遅延が生じた場合、音声スイッチ10における通話状態の推定処理が不安定となって誤動作を起こす虞がある。
【0030】
そこで本実施形態では、受話側減衰器12の出力点Routから総損失量算出部14のエコーパス遅延補償処理部16への送話信号の入力を遅延する第1の遅延部60と、第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aから総損失量算出部14の推定値算出部19へのダブルトーク検出フラグ(DTF)の入力(変化)を遅延する第2の遅延部61とを設け、音声信号処理部50が何れかの音声信号処理を行っているときは第1及び第2の遅延部60,61が所定の遅延時間だけ信号の伝送を遅延させている。但し、第1及び第2の遅延部60,61で遅延させる遅延時間は、音声信号処理部50で実行する音声信号処理(周波数変換処理又は話速変換処理)によって生じる遅れ時間であって、2種類の音声信号処理における処理時間が異なる場合は各々の処理時間に対応した2種類の値が用意され、音声信号処理部50で実行される処理の種類に応じて択一的に切り換えて設定される。
【0031】
而して、音声信号処理部50が音声信号処理を行っている場合、回線エコーの音声スイッチ10への入力が遅延するが、その遅延時間に相当する時間だけエコーパス遅延補償処理部16に入力する受話信号を第1の遅延部60で遅延させるとともに第1のエコーキャンセラ30Aのダブルトーク検出処理部34Aが出力するダブルトーク検出フラグ(DTF)を第2の遅延部61で遅延させることにより、音声信号処理部50の音声信号処理による遅延が第1及び第2の遅延部60,61による遅延で相殺されるので、音声信号処理部50の音声信号処理による遅延の影響を抑えて推定値算出部19が音響側帰還利得αの推定値α’を算出することができ、その結果、音声スイッチ10における帰還利得の推定誤差を減少させてハウリングの発生を抑えるとともに双方向同時通話へスムーズに移行させることができる。但し、音声信号処理部50が音声信号処理を行わないときは、第1及び第2の遅延部60,61も信号を遅延させないようにして不要な遅延による音声スイッチ10の誤動作を防ぐことが望ましい。また、第1及び第2の遅延部60,61による遅延の有無並びに遅延時間を切り換える際には、音声スイッチ10と第1及び第2のエコーキャンセラ30A,30Bにおける処理を初期化することが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施形態を示す要部のブロック図である。
【図2】従来例を示すブロック図である。
【図3】別の従来例を示す要部のブロック図である。
【符号の説明】
【0033】
1 マイクロホン
2 スピーカ
10 音声スイッチ
14 総損失量算出部
16 エコーパス遅延補償処理部
19 推定値算出部
30A 第1のエコーキャンセラ
34A ダブルトーク検出処理部
50 音声信号処理部
60 第1の遅延部
61 第2の遅延部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
集音した音声を送話信号として出力するマイクロホンと、マイクロホンからの送話信号を増幅する送話側増幅手段と、相手側の通話端末からの受話信号に応じて鳴動するスピーカと、スピーカへ出力される受話信号を増幅する受話側増幅手段と、相手側の通話端末との間で送話信号並びに受話信号の送信処理、受信処理を行う伝送処理手段と、ハウリングやエコーを抑制して拡声通話を可能とする通話処理手段とを備えた拡声通話装置において、
通話処理手段は、マイクロホンとスピーカの音響結合によって生じる音響エコーを消去する第1のエコーキャンセラと、相手側の通話端末における音響結合又は伝送処理手段における信号の回り込みによって生じる回線エコーを消去する第2のエコーキャンセラと、第1及び第2のエコーキャンセラに挟まれた送話信号並びに受話信号の信号経路上に設けられる通話音量調整用増幅手段と、第1及び第2のエコーキャンセラの間に設けられ、音響エコー経路並びに回線エコー経路により形成される閉ループの一巡利得を低減してハウリングを抑制する音声スイッチとを有し、
音声スイッチは、送話側の信号経路に損失を挿入する送話側損失挿入手段と、受話側の信号経路に損失を挿入する受話側損失挿入手段と、送話側及び受話側の各損失挿入手段から挿入する損失量を制御する挿入損失量制御手段とを具備し、
挿入損失量制御手段は、受話側損失挿入手段の出力点から音響エコー経路を介して送話側損失挿入手段の入力点へ帰還する経路の音響側帰還利得を推定するとともに、送話側損失挿入手段の出力点から回線エコー経路を介して受話側損失挿入手段の入力点へ帰還する経路の回線側帰還利得を推定し、音響側及び回線側の各帰還利得の推定値に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和を算出する総損失量算出部と、送話信号及び受話信号を監視して通話状態を推定し、この推定結果と総損失量算出部の算出値に応じて送話側損失挿入手段及び受話側挿入損失手段の各挿入損失量の配分を決定する挿入損失量分配処理部とからなり、
総損失量算出部は、各帰還利得の推定値に基づいて閉ループに挿入すべき損失量の総和を算出して適応更新する更新モード、並びに総損失量を所定の初期値に固定する固定モードの2つの動作モードを有し、相手側通話端末との通話開始から第1及び第2のエコーキャンセラが充分に収束するまでの期間には固定モードで動作するとともに第1及び第2のエコーキャンセラが充分に収束した後の期間には更新モードで動作するものであって、
更新モードで動作する総損失量算出部は、音響側及び回線側の各帰還利得の推定値と利得余裕値とから総損失量所望値を求め、総損失量所望値が更新前の総損失量よりも大きければ総損失量を所定の増加量だけ増加した値に更新し、総損失量所望値が更新前の総損失量よりも小さければ総損失量を所定の減少量だけ減少させた値に更新するとともに、総損失量所望値が更新前の総損失量と等しければ総損失量を更新せず、
第1及び第2のエコーキャンセラはダブルトークを検出するダブルトーク検出部を備え、挿入損失量制御手段は、挿入損失量分配処理部が送話状態と推定しているとき、あるいは第1のエコーキャンセラのダブルトーク検出部がダブルトークを検出しているときには音響側帰還利得の推定値を更新せずにそれ以前の推定値を保持するとともに、挿入損失量分配処理部が受話状態と推定しているとき、あるいは第2のエコーキャンセラのダブルトーク検出部がダブルトークを検出しているときには回線側帰還利得の推定値を更新せずにそれ以前の推定値を保持してなり、
音声スイッチに入力する送話信号又は受話信号の少なくとも何れか一方に対して遅延を伴う音声信号処理を行うとともに当該音声信号処理の有無が択一的に切換可能である音声信号処理手段と、音声信号処理手段が音声信号処理を行っているときに総損失量算出部が音響側及び回線側の各帰還利得の推定に用いる送話信号又は受話信号を音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させる第1の遅延手段とを備えたことを特徴とする拡声通話装置。
【請求項2】
音声信号処理手段は、音声信号処理時間が異なる複数種類の音声信号処理のうちから択一的に選択された音声信号処理を実行してなり、第1の遅延手段は、音声信号処理手段で実行する音声信号処理の種類に応じて遅延時間を変更することを特徴とする請求項1記載の拡声通話装置。
【請求項3】
第1又は第2のエコーキャンセラと音声スイッチの間の伝送路上に設けられる前記音声信号処理手段と、音声信号処理手段が音声信号処理を行っているときにダブルトーク検出部から総損失量算出部へ出力されるダブルトークの検出結果を音声信号処理手段における音声信号処理時間に対応した所定時間だけ遅延させる第2の遅延手段とを備えたことを特徴とする請求項1又は2記載の拡声通話装置。
【請求項4】
音声信号処理手段における音声信号処理の有無が切り換えられるときに音声スイッチ並びに第1及び第2のエコーキャンセラにおける処理が初期化されることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の拡声通話装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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