説明

排水機能および集水機能付き矢板および壁体構造

【課題】矢板と排水部材を同時に施工する際に打設性に優れ、排水部材の最適な配置を設定し、かつ材料コスト、施工コストが抑制可能な排水機能および集水機能を付与した鋼矢板および該鋼矢板を連続して設置した壁体構造を提供する。
【解決手段】有効幅500mm以上の矢板1の長手方向に沿って排水部材3を設けた排水機能付き矢板において、排水部材3の部材開口率を5%以上、より好ましくは10%以上とし、かつ排水部材3の幅を170mm以上とする。また、この排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁Bを構築した場合に、排水部材3の矢板壁体投影面積に占める割合が15%以上、より好ましくは20%以上となるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震時に液状化の発生が懸念される地盤に施工される壁体や護岸等に用いられる排水機能付き矢板および該矢板を連続して設置してなる矢板壁に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軟弱な砂層地盤など地震時に液状化の発生が懸念される地盤上に構造物を構築する場合、もしくは既存の構造物に液状化対策を施す場合には、従来から各種工法が開発されている。
【0003】
例えば、地盤が液状化しないように地盤強度(密度)を増大させる締固め工法(サンドコンパクションパイル工法など)、薬液注入などによる地盤改良工法などが幅広く適用されている。
【0004】
しかし、同工法では周辺地盤をかなり広い領域にわたって対策する必要があるため用地確保が必要なことや、確実に効果を発揮するためには構造物直下地盤を改良することが肝要である。既設構造物への適用を考えた場合、一旦構造物を撤去し、地盤を改良した後に再び構造物を設置するか、構造物周辺地盤から構造物直下地盤の改良を施す必要がある。
【0005】
しかし、施工スペ−スの制限や、低騒音・低振動施工が求められるなど適用の制限を受けることが考えられる。さらに、対策工法や地盤の改良範囲によっては多大な工期、工費が必要となり非合理的となることも考えられる。
【0006】
一方、ドレ−ン工法など地震時に発生する過剰間隙水圧の発生を低減し液状化を抑制する工法、鋼材などを用いて構造的に地盤の変形を抑制する工法、さらにはこれらの技術要素を組み合わせて、より合理的かつ効果的な対策を可能にする工法も開発されている。一例としては、矢板や杭、H型鋼のような鋼材に排水材を取り付けた排水機能付き鋼矢板、鋼管矢板、鋼管杭、H型鋼を地中に連続して打設し壁体を構築する工法が挙げられる。
【0007】
この工法は、主として水路や共同溝、盛土といった線状構造物の両側に設置される場合や、建築物をはじめ各種施設を取り囲むように設置される場合が多い。
【0008】
これら構造物の周囲に壁体を構築することで、鋼材の強度・剛性に優れるといった特徴を活かして液状化した地盤の変形を抑制するとともに、鋼材表面もしくは近傍に設置された排水部材の効果により地震時に発生する過剰間隙水圧を低減し液状化が抑制され、構造物に生じる有害な変形や損傷が抑制されることが期待できる。
【0009】
矢板近傍の過剰間隙水圧の発生が抑制されると、矢板近傍の地盤強度が保持され鋼材自体の変形に抵抗する地盤からの反力が十分に期待でき、かつ鋼材に作用する地盤からの荷重が低減されるため、必要な鋼材の断面を低減することができコスト面での合理化も期待できる。
【0010】
また、このような排水・集水機能が付与された鋼矢板、鋼管矢板などの鋼材は、護岸や道路擁壁などの擁壁構造物の構築にも適用することが可能で、擁壁構造物背面の水を効果的に排水することで静水圧を低減し擁壁構造物の変形を抑制することが期待される。これにより、擁壁構造物に適用する鋼材の断面が低減され、材料コストの縮減が可能となり合理的となる。
【0011】
従来技術として、例えば、特許文献1には、振動を利用してケ−シングを砂質地盤にその砂質地盤を締固めつつ打ち込む工程と、地盤の所定圧力に対する耐圧性を有し、かつ周壁に透水用の孔を開設したパイプに透水性フィルターを被せてなるドレ−ンパイプをケ−シングに挿入する工程と、ケ−シングを砂質地盤から引き抜いて砂質地盤にドレ−ンパイプを残留させる工程とを有し、砂質地盤中の過剰間隙水圧をこのドレ−ンパイプを用いて低下させることを特徴とする砂質地盤の液状化対策工法が記載されている。
【0012】
また、特許文献2には、吸水性又は透水性を有する筒状のドレ−ン部材の先端部を矢板に固定すると共に、該矢板に前記ドレ−ン部材全体を覆う筒状のケ−シングを着脱可能に取り付けて前記矢板とケ−シングを同時に地盤中に打設し、前記ケ−シング内に注水してその上端開口部を閉塞し、前記矢板およびドレ−ン部材を地盤中に残した状態で前記ケ−シングを引き上げることを特徴とする地盤の液状化抑制工法が記載されている。
【0013】
また、本願の出願人による特許文献3には、矢板本体の長手方向に沿った所定区間に、多数の開口部と該開口部からの地盤の土砂の浸入を防ぐためのフィルターを備えた排水用部材を1条または複数条、少なくとも前記矢板本体の片面に設けたことを特徴とする排水機能付き鋼矢板が記載されている。
【0014】
また、非特許文献1には、通常時に矢板壁体本体に通水用の開口孔が形成されていることで、地下水の円滑な流れが阻害されることなく、従来、課題であった壁体背後における井戸枯れや水位低下の問題が解決されることが記載されており、本文献では壁投影面積あたり約1%程度の開口孔を設ければ、通常状態での透水量の約90%程度が確保できることが解析で評価されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特公平06−011990号公報
【特許文献2】特開平11−158862号公報
【特許文献3】特開平02−225712号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】“地下水環境の保全にすぐれた透水性鋼矢板工法“、鋼管杭協会鋼矢板技術委員会パンフレット、鋼管杭協会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
特許文献1に記載された発明は、地震時にドレ−ンパイプ周辺の過剰間隙水圧消散効果は期待できるものの、ドレ−ンパイプの剛性は期待できず、地盤の変形や流動によりドレ−ンパイプが大きく変形することでドレ−ンパイプの機能を損なう恐れがあることや、対策を施す対象構造物も損傷する可能性がある。
【0018】
それを解決するために、鋼矢板など高い剛性が期待できる壁体構造物との併用も考えられるが、その場合にはドレ−ンパイプと鋼矢板を別々に施工する必要があり、施工時間がかかることによる施工コストが増大し合理的ではない。
【0019】
また、特許文献2に記載された発明は、ドレ−ン材および部材全体を覆うケ−シングと矢板を同時に施工が可能ではあるものの、ケ−シング管を引き抜く必要があり施工時間が長くなり施工コストが増大する。
【0020】
また、十分な排水効果を得ようとすると、ドレ−ン材の体積を大きくする必要があり、
それを設置する端面保護部材やドレ−ン材を覆う保護部材も大きくなる。これにより、施工時に地盤からの抵抗が大きくなり、打設時間が長くなることにより建設コストが増大する。また、打設時に矢板とケ−シング管の隙間の土砂が詰まり締固まると打設困難となることが危惧される。
【0021】
さらに、打設後ケ−シング管を引き抜くために端面保護部材は着脱可能となっているが、打設時にケ−シング管内に万が一土砂が流入するとケ−シング管を引き抜く際に、ケ−シング管内に設置されたドレ−ン材が損傷し、十分な排水機能が確保されないことが危惧される。
【0022】
また、特許文献3に記載された発明は、排水用部材を取り付けた鋼矢板を打設するようにしているため施工時間の短縮が可能であり、施工時の地盤抵抗も特許文献2に記載された工法に比べて縮減が可能であり効果的、かつ経済的であるが、排水部材の最適な配置については明確になっていない。
【0023】
一般的に排水用部材を矢板に取り付ける場合、壁方向に排水部材が設置される間隔は、矢板の形状、寸法および排水部材の材料や寸法、構造および強度に依存する傾向がある。そのため、排水部材の設置間隔や長さは経済性も考慮して設定する必要がある。
【0024】
排水部材をかなり密に設置すれば、それだけ設置間隔による排水性の低下は低減されるが、その分排水部材コストは増加し経済性は劣る。反対に、排水部材をかなり疎に設置すれば、排水部材コストは縮減され経済性には優れるも、その分設置間隔は大きくなり排水性の低下が懸念される。
【0025】
また、排水部材の長さについては、必要以上に長ければ、その分施工時に地盤から受ける抵抗が増加し施工時間が長くなり施工コストが増加することや部材コストの増加にも繋がる。反対に、必要以上に短ければ、その分地震時に必要な排水量を排水できず、対策効果が低減されることが懸念される。
【0026】
また、非特許文献1では、矢板壁体本体に通水用の開口孔を壁投影面積あたり約1%程度設けることで、通常状態での透水量を約90%程度確保できることが解析で評価されているが、これは定常状態でのものである。
【0027】
地震時に発生する過剰間隙水圧の消散を期待する排水機能付き矢板は、地震時の動的問題を取り扱うため定常状態と同程度の開口率では十分な排水が可能であるとは言えず、地震動特性や透水係数、地盤の圧縮係数などの地盤条件も考慮した排水解析や実験等によって必要開口率を設定することが必要となる。
【0028】
以上のように、従来の技術では、矢板とドレ−ン材を同時に施工が可能で打設性にも優れ、材料コスト、施工コストが安価であり、かつ排水部材が矢板に対して最適に配置された合理的で経済的な工法とはいえない。
【0029】
そこで本発明は、このような課題の解決を図ったものであり、矢板と排水部材を同時に施工する際に打設性に優れ、排水部材の最適な配置を設定し、かつ材料コスト、施工コストが抑制可能な排水機能および集水機能を付与した鋼矢板および該鋼矢板を連続して設置した壁体構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
請求項1に係る排水機能付き矢板は、有効幅500mm以上の矢板の長手方向に沿って排水部材を設けた排水機能付き矢板において、前記排水部材の部材開口率が5%以上であ
り、かつ排水部材の幅が170mm以上であることを特徴とするものである。
【0031】
請求項2は、請求項1に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材の部材開口率が10%以上であることを特徴とするものである。
【0032】
請求項3に係る排水機能付き矢板は、請求項1または2に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、前記排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が15%以上となることを特徴とするものである。
【0033】
請求項4は、請求項3に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が20%以上となることを特徴とするものである。
【0034】
請求項5は、請求項1〜4に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、前記排水部材が設置されない壁方向長さが1.0m以下となることを特徴とするものである。
【0035】
請求項6は、請求項1〜5に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材の部材断面積が20cm2以上であり、かつ該排水部材の軸直角方向の厚みが10mm以上であることを特徴とするものである。
【0036】
請求項7に係る排水機能付き矢板は、請求項1〜6に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、矢板本体に壁投影面積比0.5%以上となる地下水の円滑な流れを確保するための開口孔が設けられていることを特徴とするものであり、排水機能付き矢板に透水機能を持たせたものである。
【0037】
請求項8は、請求項1〜7に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材を設置する位置が矢板ウェブ部であることを特徴とするものである。
【0038】
請求項9は、請求項1〜8に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材が、地震時に液状化の発生が懸念される層下端より上部のみに設置されることを特徴とするものである。
【0039】
請求項10は、請求項1〜9に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材がマット状の樹脂製網状構造体であり、かつ前記樹脂製網状構造体上に透水性を確保しつつ土砂の侵入を防止するフィルターが設けられていることを特徴とするものである。
【0040】
請求項11は、請求項10に係る排水機能付き矢板において、前記フィルター上に、さらにフィルター破損防止用に該フィルターの網目よりも大きな透水孔を有する防護板が設けられていることを特徴とするものである。
【0041】
請求項12は、請求項1〜11に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材と矢板が、排水部材の先端部および矢板長手方向に沿って離散的に固定されていることを特徴とするものである。
【0042】
請求項13に係る排水機能付き矢板壁体構造は、請求項1〜12に係る排水機能付き矢板を連続して設置し構築したことを特徴とするものである。
【0043】
請求項14は、請求項13に係る排水機能付き矢板壁体構造において、液状化性地盤上に設置される構造物に対する矢板締切りとして用いられ、少なくとも前記構造物の存在する矢板締切り内側に前記排水部材が位置するようにしたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0044】
本願発明は、有効幅500mm以上の矢板の長手方向に沿って排水部材を設けた排水機能付き矢板において、前記排水部材の部材開口率が5%以上であり、かつ排水部材の幅が170mm以上としたものであり、鋼矢板の大断面化による単位長さあたりの鋼材重量の縮減に伴う材料コストの低減、および施工延長あたりの打設枚数の縮減に伴う施工コストの低減による建設コストの縮減を図りつつ、発明を実施するための形態の項で詳述するように、合理的かつ強固な排水機能を有する壁体の構築が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】鋼矢板の断面形状例として、(a)は従来の有効幅400mmのU型鋼矢板、(b)は有効幅600mmのU型鋼矢板、(c)は有効幅900mmのハット型鋼矢板を接続した状態を示す断面図である。
【図2】鋼矢板にH型鋼を組み合わせた排水機能を有する壁体の例を示したものであり、(a)は断面図、(b)は斜視図である。
【図3】鋼管および鋼管矢板にH型鋼を組み合わせた排水機能を有する壁体の例を示したものであり、(a)は断面図、(b)は斜視図である。
【図4】係数Tlが排水効果に及ぼす影響として、排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruと矢板からの距離Xの関係を示したグラフである。
【図5】排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruと係数Tlの関係を示したグラフである。
【図6】(a)、(b)はそれぞれ排水材の設置間隔P=800mm、1200mmについての解析結果における開口率と排水機能付き矢板前面からの水圧低減距離の関係を示したグラフである。
【図7】排水部材の幅と排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruの関係を示したグラフである。
【図8】(a)、(b)はそれぞれ係数Tl=100、400とし、排水部材の設置間隔をP=800mm、1000mm、1200mm、排水部材の幅をW=250mmとし、開口率αをα=1〜100%に設定したときの解析結果における残留過剰間隙水圧Ruと開口率αとの関係を示したグラフである。
【図9】(a)、(b)は排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合を説明するための斜視図、(b)、(c)は排水効果の及ぶ距離(水圧低減距離)の概念図である。
【図10】排水解析により検討した排水部材の壁投影面積比率βと残留過剰間隙水圧Ru(水圧低減距離)の関係を示すグラフである。
【図11】排水部材の壁投影面積比βと排水部材の前面位置での過剰間隙水圧比Ruの関係を示すグラフである。
【図12】排水部材の幅をW=200mm、250mm、300mmとした場合の、排水部材の壁投影面積比率と排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruとの関係を示すグラフである。
【図13】排水部材が設置されない長さRと排水部材前面の過剰間隙水圧比Ruの関係を示したグラフである。
【図14】U型鋼矢板に200mm幅の排水部材を矢板に設置すると仮定した場合の矢板壁の状況を示す断面図である。
【図15】ハット型鋼矢板に200mm幅の排水部材を矢板に設置すると仮定した場合の矢板壁の状況を示す断面図である。
【図16】排水部材の設置間隔P=1200mm、壁方向に排水部材が設置されない長さR=1000mm、排水部材の幅W=200mm、開口率α=5%、係数Tl=100の条件での排水解析結果を示したグラフである。
【図17】(a)、(b)はそれぞれ矢板本体に開口孔を設けた矢板を連続して設置し矢板壁とする場合の実施形態を示す斜視図である。
【図18】開口率と流量比の関係を示すグラフである。
【図19】(a)、(b)は排水部材の設置位置に関する説明図としての水平断面図である。
【図20】排水部材としてのマット状の樹脂製網状構造体の例を示す断面図である。
【図21】(a)、(b)はそれぞれ透水孔を設けた防護板の例としてのパンチングメタルおよびエキスパンドメタルの図である。
【図22】防護板の形状および矢板への取り付け方法の例を示す斜視図である。
【図23】(a)〜(d)はそれぞれ防護板の形状および矢板への取り付け方法の他の例を示す断面図である。
【図24】(a)、(b)はそれぞれ止め部材による防護板の取り付け方法の他の例を示す断面図である。
【図25】(a)〜(d)はそれぞれ液状化性地盤上に設置される構造物に対する排水機能付き矢板壁の配置例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、本発明の具体的な実施の形態、原理および作用効果を、図面を参照しながら各請求項との関係で説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0047】
請求項1に係る排水機能付き矢板は、有効幅500mm以上の矢板の長手方向に沿って排水部材を設けた排水機能付き矢板において、排水部材の部材開口率が5%以上であり、かつ排水部材の幅が170mm以上であることを特徴とするものである。
【0048】
鋼矢板は、これまで有効幅400mmのU型鋼矢板が主に使用されてきた。図1に示すように、近年では鋼矢板1、2の大断面化が進み、単位長さあたりの鋼材重量の縮減に伴う材料コストの低減、および施工延長あたりの打設枚数の縮減に伴う施工コストの低減による建設コストの縮減が図られている。
【0049】
単位長さあたりの鋼材重量が縮減されても、大断面化を図っているため従来の鋼矢板と比べても壁体として同等の性能を発揮することができ、液状化した地盤が剛性を失い変形が生じたとしてもそれに抵抗し得る性能は保持される。
【0050】
そのため、排水機能付き矢板の材料に比較的広幅である有効幅500mm以上の鋼矢板を適用することで、合理的かつ強固な排水機能を有する壁体の構築が可能となり非常に効果的である。
【0051】
また、より強固な壁体が求められる場合は、図2、図3に示すように、鋼矢板にH型鋼4や鋼矢板、鋼管、その他鋼材をはじめ種々の部材を組み合わせることにより、排水機能を有する壁体としての断面性能を向上させることも可能である。
【0052】
また、有効幅500mm以上の鋼管タイプの矢板5(以下、鋼管矢板と称する)へ排水部材3を設置し、排水機能付き壁体を構築することも効果的である。鋼管矢板5は鋼管に継手が設置された断面を有し、非常に大きな断面性能が発揮される鋼材である。
【0053】
次に、排水部材の最適な配置についての検討結果を示す。
前述のように、通常状態であれば、矢板壁体本体に通水用の開口孔を壁投影面積あたり約1%程度設ければ、通常状態での透水量を約90%程度確保でき、地下水の円滑な流れが阻害されることなく、従来、課題であった壁体背後における井戸枯れや水位低下の問題が生じない。
【0054】
ところが、排水機能付き矢板は地震時に発生する過剰間隙水圧を消散させることが重要な機能であり、動的問題を取り扱うため定常状態の水の流れとは異なる。
【0055】
一般的に、地震の発生に伴い過剰間隙水圧が低減される領域は時々刻々と変化する。地盤が完全液状化に至った領域では水圧に変化が生じないために間隙水の流れが生じなくなり、過剰間隙水圧が低減される領域が急激に縮小し、最終的には排水機能付き矢板近傍の狭い範囲の地盤の体積圧縮によってのみ間隙水の流れが生じる状態となる。
【0056】
そのため、排水機能付き矢板前面の動水勾配が高くなるため、液状化対策に係る必要排水量を確保するには定常状態に比べて開口率を大きくする必要がある。必要開口率について、定常状態での透水解析に地震時における地盤内の過剰間隙水圧の発生・消散を組み込んだ2次元排水解析にて検討を行った。排水解析手法を以下に述べる。
【0057】
地盤内の過剰間隙水圧の発生・消散に関する基礎方程式は、シード(Seed)らがグラベルドレ−ンの評価に用いた過剰間隙水圧の蓄積と消散を同時に考慮した式(1)を適用した。過剰間隙水圧の発生項にはデ・アルバ(De Alba)らによる非排水条件での飽和砂の繰返し試験結果に基づく式(2)を仮定した。
【0058】
この式(1)および式(2)より地盤内の過剰間隙水圧の発生と消散に関する支配方程式が得られる。これを水平面内の2次元直交座標系で書き表し、さらに無次元化すると式(3)が得られる。これに、排水部材の設置位置では部材開口率を考慮した透過係数を考慮し、一方で、排水部材が設置されない位置では非排水境界を考慮して解析を行い、排水機能付き矢板の開口率に関する評価を行った。
【0059】
【数1】

【0060】
【数2】

【0061】
【数3】

【0062】
u :過剰間隙水圧
t :時間
s :地盤透水係数
v :地盤の体積圧縮係数
γW :水の単位体積重量
a :砂の性質と試験条件によって決まる係数
N :繰返し回数
l :非排水状態で液状化に至るまでの繰返し回数
eq:等価一定振幅せん断応力波の繰返し回数
d :地震動の継続時間
σvo’:初期有効上載圧 (=u/σvo’)
u :過剰間隙水圧比
0 :基準長さ
【0063】
開口率の評価にあたり、注目すべき点は過剰間隙水圧が低減される排水機能付き矢板前面からの距離である。これは、地盤の完全液状化を抑制可能な距離であり、構造物の損傷度に影響するものである。
【0064】
解析を行うにあたり、まずは地震動条件や地盤条件が地盤内の過剰間隙水圧の発生・消散に及ぼす影響を検討した。式(3)に示すように、地盤内の過剰間隙水圧の発生・消散は、地震動条件と地盤条件に依存する。
【0065】
これらのパラメ−タを1つの数値に置き換えたものを式(4)に示す。ここで設定したTl値を用いて解析・評価を行う。またTlを算出する際の基準長さloをここではlo=1cmとした。
【0066】
【数4】

【0067】
まず、地震動条件、地盤条件の影響を見るため、開口率が100%の完全排水境界条件(排水部材が矢板壁方向全長に設置され、かつ当該排水部材の部材開口率が100%のイメージ)として、以下の解析を行った。
【0068】
係数Tlが排水効果に及ぼす影響として、排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruと矢板からの距離Xの関係を図4に、排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruと係数Tlの関係を図5に示す。
【0069】
残留過剰間隙水圧比Ruは、Ru=1.0となる時点で地盤が完全液状化に至ることを表す数値であり、ここではRu=0.95に至る時点までを記載している。図4に示すように、Tlが大きい程、排水効果のおよぶ範囲は広く、排水機能付き矢板前面位置での残留過剰間隙水圧比は小さくなり、Tl=100近辺を境界として排水効果に差異が見られる。
【0070】
排水機能付き矢板は、施工条件などを勘案すると、一般的に構造物から約1〜2m程度離れた位置に設置されることが多い。共同溝の液状化対策に排水機能付き矢板を適用する場合、排水機能付き矢板と共同溝との間の地盤の液状化を抑制することが、共同溝の損傷の低減には重要である。
【0071】
l=100以下の条件でも排水機能付き矢板近傍の過剰間隙水圧の上昇は抑制されるため、構造物の対策としての効果は発揮されるが、Tl=約100以上が排水機能付き矢板にとってより適した条件であると考えられ、この条件下ではより効果的に構造物の対策を行うことが可能であると考えられる。
【0072】
次に、部材開口率が排水効果に及ぼす影響を検討した。地震動条件、地盤条件に関する前述の係数TlをTl=100、400とし、一例として排水材の幅W=250mm、排水材の設置間隔P=800mm、1200mm、開口率αを解析パラメ−タとした場合の解析結果を図6(a)、(b)に示す。なお、ここでは、開口率αを地盤部と排水材設置部の透水係数の比率に置き換えて解析を行った。
【0073】
図6(a)、(b)は、開口率と排水機能付き矢板前面からの水圧低減距離の関係を示している。開口率が大きい程、水圧低減距離が大きくなるが、Tl=100、400の両条件共に、開口率5%程度を境界として、それ以下の開口率では急激に水圧低減距離が短くなる傾向であった。また、Tl=400の条件下では、開口率を1%まで小さくしても、水圧低減距離は2.5m程度確保される。
【0074】
通常、排水機能付き矢板の設置位置が構造物から約1〜2m程度であることを考慮すると、前記解析条件では、開口率1%程度でも十分排水効果が期待でき、構造物の対策として機能すると考えられる。また、排水部材の設置間隔Pを変更しても各々同様の傾向が見られた。
【0075】
これらの解析結果より、地震動・地盤条件の厳しいTl=100の条件下において、開口率が水圧低減距離に及ぼす影響を勘案すると、排水機能付き矢板の排水部材開口率は5%以上とすることが望ましく、開口率が5%以上あれば、開口率100%時とさほど変わらない水圧低減距離が確保され、構造物の対策として十分機能すると考えられる。
【0076】
次に、排水部材の幅が排水効果に及ぼす影響を検討した。
【0077】
解析条件としては、排水部材の幅をW=50mm〜350mmまで設定し、係数Tl=100、排水部材の設置間隔P=800mm、開口率α=5%とした。解析結果を図7に示す。
【0078】
図7は、排水部材の幅と排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruの関係を示しており、排水部材の幅W=170mmを境界として、残留過剰間隙水圧比Ruの勾配が変化した。
【0079】
そのため、液状化対策の機能をより効果的に発揮させるには排水部材の幅をW=170mm以上とすることが望ましいと考えられ、一般的に市販されている排水部材サイズである幅W=200mm以上とすることにより、汎用性が高く、十分な排水効果が期待できる。
【0080】
一方、排水部材の幅は大きければ大きい程排水効果が期待できるが、大きすぎると排水部材コストが増加し非合理的となる。そのため、排水部材の幅はW=200〜350mm程度とすることが望ましい。
【0081】
請求項2は、請求項1に係る排水機能付き矢板において、排水部材の部材開口率が10%以上であることを特徴とするものである。
【0082】
前述の解析手法を用いて、開口率が排水効果に及ぼす影響として、排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧Ruと開口率αとの関係を検討した。
【0083】
解析条件としては、係数Tl=100、400とし、排水部材の設置間隔をP=800mm、1000mm、1200mm、排水部材の幅をW=250mmとし、開口率αをα=1〜100%に設定した。
【0084】
解析結果として、前記残留過剰間隙水圧Ruと開口率αとの関係を図8(a)、(b)に示す。
【0085】
排水部材前面および排水部材間の中央位置共に、開口率α=10%付近を境界に残留過剰間隙水圧比の勾配が変化した。これは、排水部材の設置間隔によらず同様の傾向が見られた。
【0086】
先の解析検討で、水圧低減距離に関しては開口率α=5%程度以上あれば排水効果がほとんど損なわれず、液状化対策の機能を効果的に発揮できることが確認された。
【0087】
液状化対策をより効果的に機能させるには、排水機能付き矢板の排水部材前面位置での残留過剰間隙水圧比RuをRu=0.5以下に抑えることが望ましく、これを満たすには、図8(a)に示す地震動・地盤条件が厳しいTl=100における開口率αと排水部材前面位置での残留過剰間隙比Ruの関係より、開口率α=約2.5%以上とすることが望ましいと考えられる。
【0088】
つまり、先の検討結果より設定した開口率α=5%以上あれば、効果的に液状化対策の機能を発揮させることが可能と考えられ、さらに高い対策効果を期待するには開口率α=10%以上あることが望ましく、これを満たせば排水部材前面位置での残留過剰間隙水圧比を大幅に低減することが可能となる。
【0089】
また、開口率α=10%以上あれば、開口率α=5%時よりも水圧低減距離が拡大し、より液状化対策の機能が効果的に発揮される。さらに、開口率α=20%以上あれば排水部材前面位置の残留過剰間隙水圧がほとんど無くなり、開口率α=100%の理想条件とほぼ同等となる。これに加えて、水圧低減距離も拡大するため、液状化対策の機能を非常に効果的に発揮させることが可能となる。
【0090】
請求項3に係る排水機能付き矢板は、請求項1または2に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が15%以上となることを特徴とするものである。
【0091】
ここで、壁投影面積に占める割合とは、図9に示すように、排水部材3が矢板1、2長手方向に設置されている範囲内において、排水部材3が壁方向に設置されている投影面積が単位面積当たりに占める割合を表している。
【0092】
排水解析により検討した排水部材3の壁投影面積比率βと残留過剰間隙水圧Ru(水圧低減距離)の関係を図10に示す。ここでは、排水部材前面の矢板から50cm離れた位置における残留過剰間隙水圧Ruでの評価とした。
【0093】
これは、前述のように、排水機能付き矢板は構造物から1m程度離れた位置に設置されることが多く、構造物と矢板間の地盤の液状化を抑制することが構造物の対策に効果的である。そこで、構造物と矢板間の地盤の平均的な過剰間隙水圧値での評価として、矢板から50cmの位置での過剰間隙水圧値を用いた。なお、ここでの解析は、係数Tl=100、ならびに壁投影面積比βの影響を明確にするため、排水部材の開口率αをα=100%とした。
【0094】
図10に示す解析結果から、壁投影面積比率β<15%では過剰間隙水圧比Ruの値がほとんど変化せず、β=15%を境界としてβ≧15%の範囲では、β値に応じた過剰間隙水圧比の低減が見られた。これより、壁投影面積比率βを15%以上とすることが、液
状化対策の機能の発揮には効果的であることが確認された。
【0095】
請求項4は、請求項3に係る排水機能付き矢板において、排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が20%以上となることを特徴とするものである。
【0096】
排水部材へ向かう地盤からの排水流量に着目すると、排水部材前面位置での動水勾配が低い程、必要排水流量は小さく、排水部材の通水断面積を小さくすることができる。そのためには、排水部材の前面位置での過剰間隙水圧比を出来る限り小さくすることが必要である。
【0097】
排水部材の壁投影面積比βと排水部材の前面位置での過剰間隙水圧比Ruの関係を図11に示す。ここでの解析は、係数Tl=100、ならびに排水部材の前面位置での過剰間隙水圧比を評価するため、排水部材の開口率αをα=5%とした。
【0098】
図11に示す解析結果から、壁投影面積比β≒20%を境界として、排水部材の前面位置における過剰間隙水圧比Ruの勾配が変化した。
【0099】
前述の解析結果より、排水部材の壁投影面積比β≧15%とすることで、液状化対策の機能が効果的に発揮され、構造物の対策に優位であることが確認されており、さらに壁投影面積比β≧20%とすることで、排水部材の前面位置での過剰間隙水圧比を効果的に低減し、排水部材の必要断面積を縮小し、部材コストの縮減や、施工時の地盤からの抵抗が低減されることによる施工コストの縮減が期待できる。
【0100】
請求項5は、請求項1〜4に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、排水部材が設置されない壁方向長さが1.0m以下となることを特徴とするものである。
【0101】
排水部材を矢板壁に設置する場合、排水部材が矢板壁面積に占める比率が同じであっても、幅の小さい排水部材を密な間隔で設置する場合と、幅の大きい排水部材を疎な間隔で設置する場合とでは排水効果に差異があると考えられる。
【0102】
排水解析の一例を図12に示す。これは、排水部材の幅をW=200mm、250mm、300mmとした場合の、排水部材の壁投影面積比率と排水機能付き矢板前面の残留過剰間隙水圧比Ruとの関係を示したものである。結果として、排水部材が同じ壁投影面積比率で設置されるなら、幅の小さい排水部材を密な間隔で設置した方が効果的であることが確認された。
【0103】
矢板を連続して設置し矢板壁とした場合、排水部材の効果的な設置方法として、1箇所に幅の大きな排水部材を設置し設置間隔を大きくするよりも、壁方向に幅が小さい排水部材を密に設置することが効果的であることが先の検討結果で解明された。
【0104】
一方で、排水部材の壁投影面積が同等となるように、幅の小さい排水部材を密な間隔で設置する場合、排水部材の幅が小さすぎるとそれだけ排水部材の数量が増加し、設置に係る加工コストが増加し非合理的となる。そのため、適度な幅の排水部材を、適度な間隔で矢板壁に設置することが効果的かつ合理的であると考えられ、それには、排水部材の設置間隔である、壁方向に排水部材を設置しない長さを制限することが重要である。
【0105】
そこで、係数Tl=100、排水部材の開口率α=5%、排水部材の幅をW≧170mmの範囲内かつ汎用性が高いサイズであるW=200mmとし、排水部材が設置されない長さRをパラメ−タとして排水解析を行った。解析結果として、排水部材が設置されない
長さRと排水部材前面の過剰間隙水圧比Ruの関係を図13に示す。
【0106】
図13に示すように、排水部材が設置されない長さR=1.0m(1000mm)を境界として、過剰間隙水圧比Ruの勾配が変化することが確認された。これより、排水部材を設置しない長さRを1.0m以下とすることで、液状化対策の機能を効果的に発揮できると考えられる。
【0107】
現在、一般的に用いられる有効幅500mm以上の矢板の有効幅は、500mm、600mm、900mmのサイズである。そこで、矢板の形状特性を勘案し、例えば部材幅が200mm以上の排水部材を、矢板のウェブ部に設置することを考えると、図14に示すように、壁方向に隣り合って設置される排水部材の設置間隔Pは、矢板有効幅Lを2倍した長さP=2Lとなる。さらに、排水部材の幅を考慮すると、壁方向に排水部材が設置されない長さRは矢板有効幅Lを2倍した値から排水部材幅Wを減じた値R=2L−Wとなる。
【0108】
矢板の形状は、U型やハット型などがあり、現在では有効幅500mm、600mmの矢板はU型、有効幅900mmの矢板はハット型が一般的である。ここで、排水部材の必要最小幅と設定した200mm幅の排水部材を矢板に設置すると仮定した場合の矢板壁の状況を図14、図15に示す。
【0109】
ここでは、各矢板1、2のウェブ部に排水部材3を設置すると仮定している。有効幅500mmのU型鋼矢板では、排水部材の設置間隔が1000mm、排水部材が設置されない長さが800mmとなり、有効幅L=600mmのU型鋼矢板では、排水部材の設置間隔Pが1200mm、排水部材が設置されない長さRが1000mmとなる。
【0110】
一方、有効幅L=900mmのハット型鋼矢板では、ハット型形状特性から排水部材は壁の片側のみに設置される構造となり、排水部材の設置間隔Pが900mm、排水部材が設置されない長さRは700mmとなる。矢板ウェブ部に排水部材を設置する条件では、排水部材の設置間隔Pは最も長くて1200mmとなり、これに、排水部材の最小幅W=200mmを考慮すると、壁方向に排水部材が設置されない間隔はR=1000mm(1.0m)以下となる。
【0111】
これらより、排水機能付き矢板の対象として、一般的に使用されている有効幅500mm以上の鋼矢板を適用することは非常に効果的であると考えられる。
【0112】
上記、排水部材の設置間隔P=1200mm、壁方向に排水部材が設置されない長さR=1000mm(1.0m)の妥当性を確認するため、排水部材の幅W=200mm、開口率α=5%、係数Tl=100の条件で排水解析を実施した。図16に示す解析結果より、排水部材前面位置での残留過剰間隙水圧比RuはRu=0.32≦0.5となり、設定した条件で十分な排水効果が得られることが確認できた。
【0113】
請求項6は、請求項1〜5に係る排水機能付き矢板において、排水部材の部材断面積が20cm2以上であり、かつ該排水部材の軸直角方向の厚みが10mm以上であることを特徴とするものである。
【0114】
排水部材の排水可能流量Q1は、一般的に式(5)で評価される。一方、地盤からの流入量Q2は式(6)で評価される。ここで、排水部材前面位置の動水勾配は式(7)で与えられる。
【0115】
排水部材の部材断面積は、この式(5)、式(6)、式(7)との関係より式(8)で示される範囲
が必要となり、種々検討した結果20cm2以上の排水部材断面積を有することが望ましい。
【0116】
一方、排水部材断面積が大きすぎると、打設時に排水部材へ地盤からの抵抗力が働き、施工が困難となり施工コストが増加することに加え、排水部材コストが増加することで非合理的となる。そのため、排水部材の部材断面積は、20cm2〜200cm2程度とすることが望ましい。
【0117】
【数5】

【0118】
【数6】

【0119】
【数7】

【0120】
1≦Q2を満たす必要があり、式を変形すると、
【0121】
【数8】

【0122】
1 :排水部材の可能排水量
2 :地盤から排水される水量
V :流速
t :排水部材の通水断面積
s :地盤からの排水面積
N :粗度係数
R :動水半径
i :動水勾配
【0123】
また、排水部材は地中に設置するため、地中部では深度に応じて水平方向の土圧が排水部材に作用することになり、排水部材はその土圧に耐え得る強度を有することが必要となる。
【0124】
排水部材に水平方向の土圧が作用すると、排水部材は圧縮され、その分排水部材の通水断面積は低下することになる。そのため、排水部材の軸直角方向の厚みは10mm以上有
することが望ましい。
【0125】
一方で、排水部材の軸直角方向の厚みが大きすぎると、打設時に排水部材へ地盤からの抵抗力が働き、施工が困難になることが懸念されることに加え、排水部材コストが増加し非合理的となる。そのため、排水部材の軸直角方向の厚みは10〜100mm程度とすることが望ましい。
【0126】
請求項7に係る排水機能付き矢板は、請求項1〜6に係る排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、矢板本体に壁投影面積比0.5%以上となる地下水の円滑な流れを確保するための開口孔が設けられていることを特徴とするものであり、排水機能付き矢板に透水機能を持たせたものである。
【0127】
図17(a)、(b)に示すように、矢板本体1、2に開口孔7、8を設けた矢板を連続して設置し矢板壁とすることで、地下水などの円滑な流れが確保され、壁体背後における井戸枯れや水位低下の問題が解決される。矢板に開口孔を設ける位置は矢板ウェブ部やフランジ部など限定はされず、また、孔の形状は円形や楕円形、四角形など限定されない。
【0128】
また、図17(b)に示すように、矢板2に排水部材3が設置されている投影範囲内に開口孔8を設けることで、通常時は地下水などの流れを阻害しないための透水孔、地震時には発生する過剰間隙水圧を消散させる排水孔としての機能が期待できる。これにより、排水部材3が設置されている反対側の地盤にも液状化対策の機能が発揮されることになり非常に効果的である。
【0129】
一方で、矢板に設ける開口孔7、8の壁投影面積比が大きくなりすぎると、地下水の流れを阻害しない面では有効であるが、開口孔7、8に応じた矢板断面性能の低下が懸念されることや、開口孔を設ける加工コストが増加し非合理的となる場合がある。
【0130】
また、図18に示すように、開口孔の面積比率が2.0%程度あれば通常状態の透水量の約95%が確保されるため、効果的かつ合理的な開口孔の壁投影面積比としては0.5〜2.0%程度が望ましい。
【0131】
請求項8は、請求項1〜7に係る排水機能付き矢板において、排水部材を設置する位置が矢板ウェブ部であることを特徴とするものである。
【0132】
矢板の形状特性から、ウェブ部は平坦で水平長さが他の部位に比べて長く、排水部材の設置が容易であり加工コストを抑制できる。また、水平方向に平坦であるため、図19(a)に示すように、排水部材3を設置した際に排水部材幅を十分活用することが可能である。
【0133】
仮に、フランジ部に排水部材3を設置する場合は、図19(b)に示すように、同じ幅の排水部材3を設置しても壁方向の投影面積は低減され、排水部材3が壁投影面積に占める割合が減じられる。
【0134】
そのため、壁方向の投影面積を増加させるには、より幅の大きい排水部材を設置することが必要となり、排水部材コストが増加することに加え、施工時に地盤からの抵抗力も大きくなり、施工が困難となることで施工コストも増大し非合理的である。
【0135】
排水部材3の設置箇所を矢板ウェブ部とすることで、効果的かつ合理的な排水機能付き矢板壁の構築が可能となる。
【0136】
請求項9は、請求項1〜8に係る排水機能付き矢板において、排水部材が、地震時に液状化の発生が懸念される層下端より上部のみに設置されることを特徴とするものである。
【0137】
これは、矢板長手方向の排水部材の設置位置を限定するものであり、設置位置を地震時に液状化の発生が懸念される層下端より上部のみとすることで、排水部材コストの低減や施工コストの低減が可能となり合理的である。
【0138】
請求項10は、請求項1〜9に係る排水機能付き矢板において、排水部材がマット状の樹脂製網状構造体であり、かつ樹脂製網状構造体上に透水性を確保しつつ土砂の侵入を防止するフィルターが設けられていることを特徴とするものである。
【0139】
排水部材は特に限定されないが、図20に示すようなマット状の樹脂製網状構造体3aを用いることで、矢板に設置しやすく加工コストの低減が図れることや、施工時の地盤からの抵抗を最小限に抑制でき、施工コストの低減が可能となる。
【0140】
さらに、樹脂製網状構造体3a上に透水性を確保しつつ土砂の侵入を防止するフィルター11が設けられることで、樹脂製網状構造体3aの目詰まりが防止でき十分な排水効果が発揮される。
【0141】
請求項11は、請求項10に係る排水機能付き矢板において、フィルター上に、さらにフィルター破損防止用に該フィルターの網目よりも大きな透水孔を有する防護板が設けられていることを特徴とするものである。
【0142】
前記フィルター上に図21(a)、(b)に示すような透水孔を設けた防護板(図21(a)はパンチングメタル12a、図21(b)はエキスパンドメタル12bの例である。)を設けることによって、打設時の排水部材およびフィルター材の破損を防止できる。
【0143】
防護板に設ける透水孔は、該フィルターの網目よりも大きなものであり、透水孔が大きい程、地震時に十分な排水量が確保されるため、透水孔の面積は防護板の面積の約10%以上であることが望ましい。
【0144】
一方で、透水孔が大きすぎると、透水孔を設ける加工コストが増大することや、打設時にフィルターが土砂と接触する面積が大きくなり破損すると、防護板を設ける意味をなさなくなり非合理的である。そのため、防護板に設ける透水孔の面積は、防護板の面積の約10%〜50%程度であることが望ましい。
【0145】
また、防護板に設ける透水孔は、少なくとも壁方向に対して法線方向の面に開いていればよい。また、防護板の形状や寸法、矢板への取り付け方法は限定されず、地盤へ排水機能付き矢板を設置後、防護板を引き抜いても良い。
【0146】
防護板12の形状および矢板への取り付け方法の例を図22〜図23に示す。
図23(a)にあるように、鉄板などの平板で形成される防護板12を矢板1のフランジ間に設置する方法や、図23(b)にあるように、排水部材3を覆う凹型の防護板12を矢板1のウェブ部に設置する方法や、図23(c)にあるように、排水部材3を囲むロ型の防護板12を矢板1のウェブ部に設置する方法がある。
【0147】
図23(b)、(c)にある凹型やロ型の防護板は、1枚の平板を曲げ加工することや、数枚の平板を組み合わせて作成することができる。また、図23(d)は、排水部材背面位置に透水孔としての開口孔8を設ける場合における防護板12の取り付け例を示したものである。
【0148】
また、防護板12は必ずしも矢板と全長に渡り固定されている必要はなく、図24(a)、(b)に示すように、矢板1、2に離散的もしくは全長に渡り設けられた止め部材13で固定されてもよい。さらに、ガイドレ−ルのような止め部材で固定すれば、防護板が容易に外れることもなく、設置も容易いため、施工コストの縮減が可能となる。
【0149】
止め部材13と排水部材は必ずしも固定されている必要はない。この止め部材13は、いかなる材料、形状でもよく、コスト的に有利なもので形成することができる。一例としては、平板や丸鋼などで止め部材を設けることが考えられる。
【0150】
請求項12は、請求項1〜11に係る排水機能付き矢板において、前記排水部材と矢板が、排水部材の先端部および矢板長手方向に沿って離散的に固定されていることを特徴とするものである。
【0151】
排水部材はその全長が矢板に固定されている必要はなく、設置範囲は限定されない。また、設置方法や設置に用いる部材は限定されない。
【0152】
排水部材の先端部を矢板に固定し防護することで、排水部材先端部からの土砂の侵入を防止でき、打設時に排水部材が損傷することを抑制できる。また、矢板長手方向に離散的に固定することで、施工が容易となり、施工コストが抑制される。また、全長を固定するよりも加工コストが低減される。
【0153】
請求項13に係る排水機能付き矢板壁体構造は、請求項1〜12に係る排水機能付き矢板を連続して設置し構築したことを特徴とするものである。
【0154】
請求項14は、請求項13に係る排水機能付き矢板壁体構造において、液状化性地盤上に設置される構造物に対する矢板締切りとして用いられ、少なくとも前記構造物の存在する矢板締切り内側に前記排水部材が位置するようにしたことを特徴とするものである。
【0155】
これは、図25(c)に示すように、矢板壁Bの構造物A側のみに排水部材Cを設置することで、排水部材コストの低減や施工コストの低減を図り、合理的に構造物の対策を行うものである。
【0156】
排水部材Cを構造物Aの反対側に設置しないことで、地震時には、その側の矢板近傍の過剰間隙水圧発生は低減されず液状化性地盤は液状化に至ることが懸念される。しかし、排水機能付き矢板で囲まれた構造物A側の地盤は、液状化に至ることが抑制され、十分な対策効果が期待できる。
【0157】
特に、共同溝などの対策では、矢板と共同溝との間の地盤の液状化対策が重要であり、図25(c)に示すように、少なくとも構造物A側(矢板締切り内側)に排水部材Cを設置しておけば、効果的かつ合理的に液状化対策の機能が発揮される。
【0158】
排水部材Cの設置位置は、特に限定されず、共同溝など縦断方向に長い構造物の液状化対策を実施する際には、ある区間は矢板壁Bの内・外両側に排水部材Cを設置し(図25(a)参照)、ある区間は矢板締切り内側のみに排水部材Cを設置し、ある区間は片側の矢板壁Bは内・外両側、片側の矢板壁Bは内側のみに排水部材Cを設置し(図25(b)参照)、ある区間は全く排水部材Cを設置しない(図25(d)参照)など、構造物Aに要求される性能に応じて合理的な配置を選択することが可能である。
【符号の説明】
【0159】
1…U形鋼矢板、2…ハット形鋼矢板、3…排水部材、3a…樹脂製立体網状構造体、4…H形鋼、5…鋼管矢板、6…鋼管、7…開口孔、8…開口孔、
11…フィルター、12…防護板、12a…パンチングメタル、12b…エキスパンドメタル、13…止め部材、
A…構造物、B…矢板壁、C…排水部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効幅500mm以上の矢板の長手方向に沿って排水部材を設けた排水機能付き矢板において、前記排水部材の部材開口率が5%以上であり、かつ排水部材の幅が170mm以上であることを特徴とする排水機能付き矢板。
【請求項2】
前記排水部材の部材開口率が10%以上であることを特徴とする請求項1記載の排水機能付き矢板。
【請求項3】
請求項1または2記載の排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、前記排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が15%以上となることを特徴とする排水機能付き矢板。
【請求項4】
前記排水部材の矢板壁体投影面積に占める割合が20%以上となることを特徴とする請求項3記載の排水機能付き矢板。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、前記排水部材が設置されない壁方向長さが1.0m以下となることを特徴とする排水機能付き矢板。
【請求項6】
前記排水部材の部材断面積が20cm2以上であり、かつ該排水部材の軸直角方向の厚みが10mm以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板を連続して設置し矢板壁を構築した場合に、矢板本体に壁投影面積比0.5%以上となる開口孔が設けられていることを特徴とする排水機能付き矢板。
【請求項8】
前記排水部材を設置する位置が矢板ウェブ部であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板。
【請求項9】
前記排水部材が、地震時に液状化の発生が懸念される層下端より上部のみに設置されることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板。
【請求項10】
前記排水部材がマット状の樹脂製網状構造体であり、かつ前記樹脂製網状構造体上に透水性を確保しつつ土砂の侵入を防止するフィルターが設けられていることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板。
【請求項11】
前記フィルター上に、さらにフィルター破損防止用に該フィルターの網目よりも大きな透水孔を有する防護板が設けられていることを特徴とする請求項10記載の排水機能付き矢板。
【請求項12】
前記排水部材と矢板が、排水部材の先端部および矢板長手方向に沿って離散的に固定されていることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の排水機能付き矢板を連続して設置し構築したことを特徴とする排水機能付き矢板壁体構造。
【請求項14】
液状化性地盤上に設置される構造物に対する矢板締切りとして用いられ、少なくとも前記構造物の存在する矢板締切り内側に前記排水部材が位置するようにしたことを特徴とす
る請求項13記載の排水機能付き矢板壁体構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−127273(P2011−127273A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−283765(P2009−283765)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】