説明

散乱イオン分析装置

【課題】分解能の向上、又は分解能が従来と同じであれば測定時間の短時間化を図ることができる散乱イオン分析装置を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、引出開口21が設けられた引出部材20と、散乱イオンの進行方向を偏向面Sに沿って偏向させる磁場形成手段30と、散乱イオンの位置を検出するイオン検出器40と、引出部材20と磁場形成手段30との中間位置に設けられ、偏向面Sにおいて、引出開口21の開口中心と試料Tにおけるイオンビームの照射位置とを結ぶ線Cに直交する方向に沿って引出開口21を通過した散乱イオンを発散又は集束させる磁気レンズ50とを備え、磁気レンズ50は、磁場形成手段30を通過した散乱イオンのうち試料Tの同じ深さで散乱した散乱イオンがイオン検出器40で集束するように、引出開口21を通過した散乱イオンを発散又は集束させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速された水素やヘリウム等のイオンを試料に照射し、試料中の成分元素によって弾性散乱したイオンのエネルギースペクトルを測定することによって試料の組成分析を行う試料分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体開発や結晶性薄膜等の分野では、デバイス材料その他の試料の表面層についての情報の取得が重要とされている。このような情報を非破壊的に分析する手段として、ラザフォード後方散乱(Rutherford Backscattering Spectroscopy:RBS)法を用いた分析装置が知られている。
【0003】
このRBS法とは、試料にイオン(水素イオンやヘリウムイオン等)を照射して当該試料を構成する原子の原子核で前記イオンを散乱させ、この散乱させた散乱イオンの数及びエネルギー(エネルギースペクトル)を計測し、その結果を解析することで、ターゲットの組成(元素の種類と量)や構造(深さ方向、分布と配列の状態)を知ることができる方法である。
【0004】
この方法において、試料に照射されたイオンは、試料表面から数百nm〜数μmの深さまで試料内部に入り込むことができる。そして、試料表面からΔxの深さで弾性散乱する散乱イオンは、試料へ入射する際と試料から出射する際に試料中の軌道電子との非弾性散乱によりエネルギーを失う。そのため、試料内部に入り込んだ散乱イオンのエネルギーは、試料表面の原子核で散乱したイオンに比べてΔEだけ低くなる。このΔEは、固体中ではΔxにほぼ比例するためこのΔEからイオンの衝突した原子核の試料表面からの深さΔxを知ることができる。このように、RBS法において、検出される散乱イオンのエネルギーは、試料の深さ方向の原子核の分布等を分析する上で重要となる。
【0005】
このようなRBS法を用いたRBS分析装置(又はRBS試料分析装置)では、高電圧によって加速されたイオンが試料の測定点に照射され、これにより当該試料から散乱したイオンを検出器で検出してエネルギースペクトルが測定される。
【0006】
この試料分析装置として、図7に示すような、試料Tで散乱させた散乱イオンのうちの一部を通過させるスリット121を有するスリット部材120と、このスリットを通過した散乱イオンの進行方向を当該散乱イオンの持つエネルギーに応じて偏向させる偏向手段130と、その偏向した散乱イオンが到達可能な位置に設けられるイオン検出器140とを備えた装置100が知られている(非特許文献1参照)。
【0007】
この装置100では、試料Tに照射されたイオンが当該試料の測定点で散乱し、この散乱したイオン(散乱イオン)のうちの一部がスリット121を通過する。そして、このスリット121を通過した散乱イオンが偏向手段130によって偏向されてイオン検出器140に到達してその位置を検出される。
【0008】
このとき、偏向手段130は一対の磁石130a,130aによって構成され、当該磁石130a,130a間には前記スリット121を通過した散乱イオンの進行方向に対して直交する方向に向けて偏向するように一様な磁場が形成されている。この磁場中を前記散乱イオンが通過する際に、当該散乱イオンには前記磁場と直交し且つその進行方向と直交する方向の力(偏向力)が働いて進行方向が曲げられる。この力を受けた散乱イオンの偏向量は、当該散乱イオンのエネルギーが高いほど小さくなる。従って、偏向手段130は、前記散乱イオンの軌道を当該散乱イオンのエネルギーに応じて分離することになる。
【0009】
イオン検出器140は、前記のような偏向力を受けた散乱イオンの到達位置を検出する。その検出結果から散乱イオンのエネルギースペクトルを得ることができ、このエネルギースペクトルに基づいて試料の組成分析が可能となる。
【非特許文献1】AIP Conf Proc(Am Inst Phys),No.475,Pt.1,Page500−503(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上記装置100においては、通常、試料Tにおける同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンがイオン検出器140の同じ位置に到達できるよう、偏向手段130が設計されている。詳細には、同じ深さの原子核により散乱された各散乱イオンは、エネルギーが同一であるが、散乱角度が多少異なっている。このような各散乱イオンが偏向手段130の形成する磁場内を通過した後イオン検出器140の同じ位置に集束するような軌道を通るよう、偏向手段130が設計されている。
【0011】
しかし、実際に上記装置100で試料Tの分析を行うと、前記同じ深さの原子核で散乱された各散乱イオンは、散乱角が異なるとイオン検出器140よりも上流側若しくは下流側で集束するような軌道を通る。
【0012】
また、前記各散乱イオンは、前記スリット部材120のスリット幅を広げるほど、よりイオン検出器140から離れた位置で集束するような軌道を通ることになる。即ち、試料Tに関し、より詳しい測定を行い又はより短時間での測定を行うために、スリット121を通過する散乱イオンを増やすためにスリット121の幅を広げると、スリット121を通過するイオンの散乱の範囲が大きくなるため前記集束位置がよりイオン検出器140から離れた位置となる。
【0013】
このように、同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンがイオン検出器140から離れた位置で集束するような軌道を通ると、図8に示されるように、当該イオン検出器140における前記散乱イオンの到達位置は幅を有することとなる。そのため、当該装置100の深さ分解能の低下、又は補正を行うためにより多くの散乱イオンを検出する必要があることから測定時間の長時間化といった問題が生じる。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題点に鑑み、分解能の向上、又は分解能が従来と同じであれば測定時間の短時間化を図ることができる散乱イオン分析装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そこで、上記課題を解消すべく、本発明に係る散乱イオン分析装置は、加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンの進行方向を磁場によって偏向し、この偏向された散乱イオンを検出することでエネルギースペクトルを測定する散乱イオン分析装置であって、前記イオンビームと前記偏向されて検出された散乱イオンの軌道とを含んだ平面である偏向面において、この偏向面に沿った方向に所定の幅を有し、前記試料から所定範囲内の散乱角で散乱する散乱イオンを通過させる引出開口が設けられた引出部材と、前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿った方向に偏向させる磁場を形成する磁場形成手段と、前記散乱イオンの位置を検出することが可能な検出可能領域を有し、前記磁場形成手段が形成する磁場により偏向された散乱イオンが前記検出可能領域に到達するように配置されるイオン検出器と、前記引出部材と前記磁場形成手段との中間位置に設けられ、前記偏向面において、前記引出開口の開口中心と前記試料におけるイオンビームの照射位置とを結ぶ線に直交する方向に沿って前記引出開口を通過した散乱イオンを発散又は集束させる磁気レンズとを備え、この磁気レンズは、前記磁場形成手段を通過した散乱イオンのうち前記試料の同じ深さで散乱した散乱イオンが前記検出可能領域で集束するように、前記引出開口を通過した散乱イオンを発散又は集束させることを特徴とする。
【0016】
かかる構成によれば、前記引出スリットを通過した散乱イオンのうち前記試料の同じ深さの原子核で散乱された散乱イオンは、前記検出可能領域で集束する軌道を通るように磁気レンズによって前記発散又は集束し、前記磁場形成手段が形成する磁場に導入される。即ち、前記試料の同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが前記検出可能領域の同一位置に到達するような軌道を通るようになる。その理由は、以下のとおりである。
【0017】
試料に照射されたイオンが前記試料を構成する原子核によって弾性散乱する際に、弾性散乱因子Kに比例したエネルギーを失うことが知られている。Kは、
【0018】
【数1】

で表される。ここで、Eは散乱イオンのエネルギー、Eは照射されるイオンのエネルギー、Mは照射されるイオンの質量、Mは試料を構成する原子核の質量、θは散乱角(イオンの照射方向と反射方向とがなす角)である。
【0019】
上記(1)式からも分かるように、θが大きくなるほどKは小さくなる。そのため、引出開口の前記偏向面における幅方向両端部を通過する各散乱イオンは、同じ深さの原子核で散乱した場合でも、散乱角の差Δθが生じるためにそのエネルギーにおいても差ΔEが生じる(図8参照)。
【0020】
このように前記引出開口の両端部を通過する散乱イオン間にエネルギー差ΔEが生じると、両散乱イオンは、前記磁場形成手段の形成する磁場を通過する際に受ける偏向力にも差が生じる。そのため、図8に示す装置のように、引出開口を通過した散乱イオンの偏向方向がイオンビームの照射方向下流側となるように磁場形成手段の磁場が形成されている場合、前記エネルギー差ΔEが生じた両散乱イオンは、イオン検出器の検出可能領域よりも上流側で集束するような軌道を通る。尚、前記偏向方向がイオンビームの照射方向上流側となるように磁場が形成されている場合、前記エネルギー差ΔEが生じた両散乱イオンは、イオン検出器の検出可能領域よりも下流側で集束するような軌道を通る。
【0021】
しかし、本発明においては、図1に示す装置のように、引出開口が設けられた引出部材と磁場形成手段との中間位置に前記磁気レンズが設けられると、前記散乱イオンが引出開口通過後に磁気レンズによって所定量だけ発散される。そのため、前記エネルギー差ΔEが生じた両散乱イオンが前記検出可能領域で集束するような軌道を通るようになる。このように、前記試料の同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが前記検出可能領域の同一位置に集束することで、より高精度なエネルギースペクトルを得ることができる。その結果、深さ分解能の向上、又は同一分解能であれば測定時間の短時間化を図ることができる。
【0022】
本発明の散乱イオン分析装置では、前記引出開口は、前記偏向面と直交若しくは略直交する方向に延びるスリット状開口であってもよい。
【0023】
かかる構成によれば、引出部材が散乱イオン分析装置へ設置される際に、前記偏向面と直交する方向においては厳密な位置調整を行う必要がないことから、当該装置の組み立て又は引出部材の交換が容易になる。
【0024】
また、前記磁場形成手段は、前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの下流側に向けて偏向する磁場を形成し、前記磁気レンズは、前記散乱イオンを発散させる構成であってもよく、前記磁場形成手段は、前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの上流側に向けて偏向する磁場を形成し、前記磁気レンズは、前記散乱イオンを集束させる構成であってもよい。
【0025】
これらの構成によっても、前記同様、前記試料の同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが前記検出可能領域の同一位置に集束するような軌道を通るようになる。
【0026】
また、前記磁場形成手段が前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの下流側に向けて偏向する磁場を形成する場合には、前記磁気レンズは、前記散乱イオンが発散するように磁極が配置された四重極レンズであってもよく、また、前記磁場形成手段が前記進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの上流側に向けて偏向する磁場を形成する場合には、前記磁気レンズは、前記散乱イオンが集束するように磁極が配置された四重極レンズであってもよい。
【0027】
かかる構成によれば、前記引出スリットを通過した散乱イオンを前記幅方向に発散又は集束させる磁気レンズを容易に得ることができる。さらに、四重極レンズは、励磁係数を変更することで、散乱イオンが通過する部分に形成される磁場強度を変更することができるため、前記同様、前記試料の同一深さで散乱された散乱イオンの前記検出可能領域における到達位置が集束するように容易に調整可能となる。
【0028】
また、前記磁気レンズは、前記引出開口を通過した散乱イオンを前記発散又は集束させる部分の磁場強度を変更できる構成であってもよい。
【0029】
かかる構成によれば、前記磁場強度を変更することで、当該磁気レンズを通過する散乱イオンの発散又は集束量を容易に調節することができる。そのため、前記試料の同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンの前記検出可能領域における到達位置が集束するように調整可能となる。
【0030】
また、前記引出開口は、前記偏向面に沿った引出開口の幅を変更できる構成であってもよい。
【0031】
かかる構成によれば、測定する試料や照射されるイオンの種類等によって適した前記引出開口の幅への変更が可能となる。さらに、同一の試料であっても前記引出開口の幅を変更することで、分解能や測定時間の変更が可能となる。
【発明の効果】
【0032】
以上より、本発明によれば、分解能の向上、又は分解能が従来と同じであれば測定時間の短時間化を図ることができる散乱イオン分析装置を提供することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の第1実施形態について図1を参照しつつ説明する。
【0034】
図1は、分析装置の原理を示す模式図である。本実施形態においては、試料Tで弾性散乱した散乱イオンの進行方向をz軸、紙面に直交する方向をy軸、散乱イオンの進行方向に対して直交し且つ紙面に沿った方向をx軸としている。
【0035】
本実施形態に係る試料分析装置(以下、単に「分析装置」とも称する。)10は、ラザフォード後方散乱法を用いた分析装置10である。即ち、分析装置10は、加速された水素やヘリウム等のイオンを試料Tに照射し、試料中の成分元素の原子核で弾性散乱したイオンのエネルギースペクトルを測定することによって試料Tの組成分析を行う。
【0036】
分析装置10は、加速部10Aと検出部10Bとで構成されている。加速部10Aは、イオン源11を備え、このイオン源11から出射されたイオンビームを加速し、この加速されたイオンビームを検出部10Bに供給する。
【0037】
検出部10Bは、試料チャンバ12と、引出部材20と、磁場形成手段30と、イオン検出器40と、磁気レンズ50と、が備えられている。試料チャンバ12は試料(ターゲット)Tを内部に保持するものであり、引出部材20は試料Tで散乱したイオン(散乱イオン)の一部を通過させるものであり、磁場形成手段30は引出部材20を通過した散乱イオンの進行方向を偏向させる磁場(偏向磁場)を形成するものであり、イオン検出器40は磁場形成手段30によって形成された偏向磁場で偏向された散乱イオンを検出するものであり、磁気レンズ50は試料の同じ深さで散乱した散乱イオンがイオン検出器40で集束するように引出部材Bを通過した散乱イオンを発散させるものである。この検出部10Bは、加速部10Aから供給されたイオンビームを試料Tで弾性散乱させ、この散乱イオンを検出することで試料Tの組成(元素の種類と量)や構造(深さ方向、分布と配列の状態)を分析する。
【0038】
具体的には、イオン源11は、原料ガスとして供給されるヘリウム(He)ガスをイオン化(He)してイオンビームを生成する。尚、原料ガスは、水素やアルゴン等であってもよい。
【0039】
引出部材20は、偏向面Sに沿った方向に所定の幅を有する引出開口21を有する板状体である。偏向面Sは、試料Tに照射されるイオンビームと、試料Tで散乱した散乱イオンのうち磁場形成手段30が形成する偏向磁場で偏向されてイオン検出器40で検出される散乱イオンの軌道と、を含む平面である。本実施形態においては、図1の紙面(xz軸方向)に沿った面である。
【0040】
引出開口21は、偏向面Sにおいて、試料Tから所定範囲内の散乱角θで散乱する散乱イオンを通過させる開口であり、本実施形態では、偏向面Sと直交する方向に延びるスリット状開口21である。即ち、引出部材20は、中央部に細幅のスリット状開口21が設けられた板状部材である。この引出部材20は、前記スリット状開口21の長手方向が偏向面Sと直交し、且つスリット状開口21の幅(短手)方向中央と試料Tのイオンビーム照射点とを結ぶ線Cが引出部材20の表面と直交するような姿勢で配置されている。
【0041】
また、引出部材20は、交換可能に分析装置10に取り付けられている。そのため、測定する試料Tや照射されるイオンの種類等によって適した引出開口21の幅(開口幅)への変更が可能となる。さらに、同一の試料Tやイオンであっても引出開口21の幅を変更することで、分解能や測定時間の変更が可能となる。
【0042】
このように引出部材20を交換可能とした場合、引出開口21を前記スリット状開口21とすることで、引出部材20が分析装置10へ設置される際に、偏向面Sと直交する方向においては厳密な位置調整を行う必要がないため、当該装置10の組み立て又は引出部材20の交換が容易になる。
【0043】
磁場形成手段30は、一対の偏向マグネット30a,30aで構成されている。この偏向マグネット30aには電磁石が用いられ、磁場形成面31が扇形となるように形成されている。この一対の偏向マグネット30a,30aは、磁場形成面31,31がそれぞれ偏向面Sに沿うように、且つこれら磁場形成面31,31が互いに平行となるように配置されている。より詳細には、偏向マグネット30aは、磁場形成面31の電磁石曲率半径が150mm、エッジ角(扇形の半径方向と散乱イオンの入射側端部又は出射側端部とのなす角)αが26.5°、電磁石回転角βが90°となるように形成されている。
【0044】
この偏向マグネット30a,30a間に形成される磁場は一様な磁場で、当該磁場に入射した散乱イオンの進行方向を偏向面Sに沿うと共に試料Tに照射されるイオンビームの下流側に向けて偏向する向きの偏向磁場を形成する。即ち、一対の偏向マグネット30a,30aは、図1において、入射した散乱イオンの進行方向を偏向面Sに沿って右側に曲げるような偏向磁場を形成している。
【0045】
イオン検出器40は、散乱イオンの到達位置を検出することが可能な検出部(検出可能領域)41を有する。この検出部41は、当該検出部41に到達した散乱イオンのx軸方向における到達位置の違いを検出することができる。即ち、検出部41は、x軸方向に沿って1次元的に散乱イオンの到達位置の違いを検出することができる。
【0046】
このようなイオン検出器40は、偏向マグネット30a,30aが形成する偏向磁場により偏向された散乱イオンが検出部41に到達するような位置に配置される。即ち、イオン検出器40は、検出部41が偏向マグネット30a,30aの出射側端部と対向するような位置となるように配置されている。
【0047】
磁気レンズ50は、磁場を形成し、この磁場を通過するイオン(荷電粒子)を発散させるレンズである。この、磁気レンズ50は、引出部材20と一対の偏向マグネット30a,30aとの中間位置に設けられ、偏向面Sにおいて、引出開口21の開口中心と試料Tにおけるイオンビームの照射位置とを結ぶ線Cに対して直交する方向、即ち、x軸方向に沿って引出開口21を通過した散乱イオンを発散させる。本実施形態では、磁気レンズ50として四重極レンズが用いられている。
【0048】
四重極レンズ50は、散乱イオンの進行方向に対して垂直なxy平面において、x軸方向に発散作用、y軸方向に集束作用を持たせた磁気レンズである。具体的には、図2に示すように、磁性体で形成された環状本体51の内側に、中心方向へ突出した磁極部52が4箇所設けられている。この磁極部52は、環状本体51の直径のうち、互いに直交する直径方向に沿って設けられている。これら各磁極部52には、それぞれコイル53が磁極部52を中心に巻きつけられており、このコイル53に電流を流すことで対向する磁極部52a,52a(又は52b,52b)同士が同一の極性で、隣り合う磁極部52a,52b同士が異なる極性となるように構成されている。
【0049】
このように構成された四重極レンズ50は、各磁極部52によって形成された磁場内を引出開口21を通過した散乱イオンが通過するように引出部材20と一対の偏向マグネット30a,30aとの中間位置に配置される。その際、四重極レンズ50は、対向する一方の磁極部51a,51aを結ぶ方向がx軸及びy軸のプラス方向に対してそれぞれ45°となるように配置される。このように配置されることで、四重極レンズ50を通過する散乱イオンは、偏向面S、より詳細にはx軸方向に沿って発散する。また、四重極レンズ50は、コイル53に流れる電流量、換言すると、励磁係数を変更することで、内部に形成される磁場強度を変更できる。このように磁場強度を変更することで、四重極レンズ50を通過する散乱イオンの発散量が容易に調節される。そのため、試料Tの同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンの検出部41における到達位置が集束するように調整可能となる。尚、本実施形態においては、励磁係数を変更できる磁気レンズ50が用いられているが、これに限定される必要はない。即ち、試料Tの同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが検出部41において集束するような軌道を通るように磁気レンズ50で発散するように設定されていれば、励磁係数を固定した磁気レンズ50が用いられてもよい。
【0050】
本実施形態に係る分析装置10は、以上の構成からなり、次に、この分析装置10の作用について説明する。
【0051】
加速部10Aにおいて、イオン源11から出射(照射)されたイオンビームが所定の速度まで加速され、検出部10Bの試料チャンバ12内に保持された試料Tに向けて照射される。照射されたイオンビームは、試料Tに衝突する。その際、当該イオンビームを構成する各イオンが試料Tを構成している原子の原子核と衝突して弾性散乱する。詳細には、照射されたイオンビームは、試料T表面から数百nm〜数μmまでの深さまで入り込むことができ、各深さ位置に存在する原子の原子核と衝突して弾性散乱する。この弾性散乱したイオンのうち、所定方向、即ち、引出部材20の引出開口21の方向へ向かって散乱した散乱イオンだけが引出開口21を通過する。
【0052】
このように通過した散乱イオンは、四重極レンズ50を通過し、偏向マグネット30a,30a間に形成された偏向磁場中を通過する。このとき、偏向磁場中を通過する散乱イオンには、前記偏向磁場と直交し且つ当該散乱イオンの進行方向と直交する方向の力(偏向力)が働いて進行方向が曲げられる。この力を受けた散乱イオンの偏向量は、当該散乱イオンのエネルギーが高いほど小さくなる。従って、一対の偏向マグネット30a,30aは、散乱イオンの軌道を当該散乱イオンのエネルギーに応じて分離することになる。
【0053】
イオン検出器40は、前記のような偏向力を受けた散乱イオンが検出部41へ到達した到達位置を検出する。この検出結果から散乱イオンのエネルギースペクトルを得ることができ、このエネルギースペクトルに基づいて試料Tの組成分析が可能となる。
【0054】
このとき、四重極レンズ50は、試料Tの同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが検出部41で集束するように、引出開口21を通過した散乱イオンを発散する。このときの発散方向は、偏向面Sにおいて、引出開口21の開口中心と試料Tにおけるイオンビームの照射位置とを結ぶ線Cに対して直交する方向である。
【0055】
より詳細には、引出開口21は、偏向面Sに沿って幅を有するため、試料T表面から同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンであっても、引出開口21の偏向面Sに沿った幅の一方側端部21aを通過する散乱イオンと、他方側端部21bを通過する散乱イオンとでは、散乱角の差Δθが生じている。この散乱角の差Δθは、一方側端部21aを通過する散乱イオンの散乱角θと他方側端部21bを通過する散乱イオンの散乱角θとの差である。この場合、同じ深さの原子核で散乱した場合でも、上記のように、散乱イオンのエネルギーが散乱角θに伴って変化するため、散乱角θと散乱角θとの散乱イオン間においてエネルギー差ΔEが生じる。
【0056】
このように引出開口21の両端部21a,21bを通過する散乱イオン間にエネルギー差ΔEが生じると、両散乱イオンは、偏向マグネット30a,30aの形成する偏向磁場を通過する際に受ける偏向力にも差が生じる。
【0057】
そのため、散乱イオンが引出開口21通過後に四重極レンズ50によってx軸方向に所定量だけ発散されることで、前記エネルギー差ΔEが生じた両散乱イオンが検出部41で集束するような軌道を通るようになる。このように、試料Tの同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが検出部41の同一位置に集束することで、より高精度なエネルギースペクトルを得ることができる。その結果、深さ分解能の向上、又は同一分解能であれば測定時間の短時間化を図ることができる。
【0058】
次に、本発明の第2実施形態について図3を参照しつつ説明するが、上記第1実施形態と同様の構成には同一符号を用いると共に詳細な説明を省略し、異なる構成ついてのみ詳細に説明する。
【0059】
第2実施形態に係る分析装置10bでは、一対の偏向マグネット30b,30bは、これら偏向マグネット30b,30b間に形成される偏向磁場が一様な磁場で、入射した散乱イオンの進行方向を偏向面Sに沿うと共に試料Tに照射されるイオンビームの上流側に向けて偏向する向きの偏向磁場を形成する。
【0060】
このように、散乱イオンの偏向方向が第1実施形態と逆方向となるように磁場が形成され、図3において散乱イオンが左方向に曲がる軌道を通る。そのため、この軌道にあわせて、扇形の磁場形成面31bの湾曲する向きも第1実施形態と反対になるように配置される。
【0061】
四重極レンズ50’は、本実施形態においては、当該四重極レンズ50’を通過する散乱イオンがx軸方向に沿って集束するような磁場を形成するように各磁極部52が配置されている。即ち、四重極レンズ50’は、第1実施形態における四重極レンズ50における磁場配置を環状本体51の中心軸を回転中心として90°回転させた配置となる様に各磁極のコイル53の励磁電流の正負を反転させている。
【0062】
本実施形態における偏向マグネット30b,30bが形成する偏向磁場の向きが第1実施形態とは逆方向となるため、散乱イオンの偏向方向も逆向きとなる。このように偏向される場合、前記引出開口21の一方側端部21aを通過する散乱イオンと、他方側端部21bを通過する散乱イオンとのエネルギー差によって、第1実施形態では、検出部41よりも上流側で集束するように偏向するが、本実施形態においては、検出部41よりも下流側で集束するように偏向される。そのため、四重極レンズ50’の磁極部52の配置をx方向に集束するように配置することで、前記エネルギー差ΔEが生じた両散乱イオンが検出部41で集束するような軌道を通るようになる。このように、試料Tの同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが検出部41の同一位置に集束することで、より高精度なエネルギースペクトルを得ることができる。その結果、深さ分解能の向上、又は同一分解能であれば測定時間の短時間化を図ることができる。
【実施例1】
【0063】
図1に示す分析装置10において、イオン種がヘリウム(He)、イオンビームのエネルギーが400keV、試料(ターゲット)Tがシリコン、引出開口21の中心を通る線Cとイオンビームの照射方向とのなす角(中心散乱角θ)が60°、引出開口21の見込み角(引出開口21の中心を通る線Cと、引出開口21の両端部21a又は21bを通過する散乱イオンの散乱角との差)が±0.2°、電磁石曲率が150mm、電磁石のエッジ角が26.5°、電磁石回転角が90°、四重極レンズの励磁係数が0.09に設定される。この場合のシミュレーションの結果を図4に示す。
【0064】
また、上記引出開口21の見込み角を±0.8°に変更し、他の値はそのままでシミュレーションを行った結果を図5に示す。
【0065】
さらに、図4における実施例の四重極レンズの励磁係数を0に変更し、他の値はそのまま、即ち、従来の磁気レンズを備えない分析装置でのシミュレーションを行った結果を図6に示す。
【0066】
図4に示すように、試料Tの最表面からの散乱イオンは、検出部41のx軸方向において0.1mm(およそ0.05mm)以下に集束している。また、エネルギーが10keVずつ下がるような深さの原子核で散乱した散乱イオンについても、検出部41において、x軸方向の到達位置が集束していることが分かる。尚、検出部41のy軸方向には発散しているが、エネルギー分析にy軸方向は関係しないため問題にならない。以下の見込み角が±0.8°の場合も同様である。
【0067】
また、図5に示すように、見込み角を±0.8°にしても、試料Tの最表面で散乱した散乱イオンは、検出部41のx軸方向において0.18mmに集束し、エネルギーが50keV異なった散乱イオンにおいても、0.8mmまで集束している。
【0068】
これらに対し、図6に示すように、磁気レンズを備えない分析装置においては、試料Tの最表面で散乱した散乱イオンは、検出部41のx軸方向において0.91mmの広がりをもつ。
【0069】
以上の結果より、四重極レンズ(磁気レンズ)50を用いることで、引出開口21の見込み角(開口幅)を4倍にしても、従来の分析装置程度のエネルギー分解能が得られることが分かる。また、同じ見込み角であれば、極めて良好な深さ方向のエネルギー分解能が得られることが分かる。
【0070】
尚、本発明の分析装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0071】
例えば、上記実施形態においては、磁気レンズは、xy方向において一方が発散作用で、他方が集束作用を有するものであるが、これに限定される必要はない。即ち、磁気レンズとして、いわゆる磁界レンズ(シリンドリカルレンズ)のようなxy方向の両方向において集束作用を有するようなものであってもよい。
【0072】
この磁界レンズとは、コイルに直流の電流を流して作られた磁力線を、透磁率の高い材料で出来た枠(磁路)に閉じ込め、枠の一部に切り欠きを設けることで、磁力線を空間に漏洩させ、回転対称な磁界を作ったものである。そして、この回転対称な磁界内にスリットを通過した散乱イオンを通過させることで、当該散乱イオンをxy方向において集束させることができる。
【0073】
また、上記実施形態において、磁気レンズ50は、1個しか用いられていないが、複数個用いられてもよい。この場合、各磁気レンズ50は、同じ深さの原子核で散乱した散乱イオンが検出部41で集束するようにそれぞれ磁極を配置する。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】第1実施形態に係る散乱イオン分析装置の原理を示す模式図である。
【図2】同実施形態に係る散乱イオン分析装置の四重極レンズの正面図を示す。
【図3】第2実施形態に係る散乱イオン分析装置の原理を示す模式図である。
【図4】第1実施形態に係る散乱イオン分析装置を用いたシミュレーションの結果を示す図である。
【図5】同実施形態に係る散乱イオン分析装置を用いた他の条件でのシミュレーションの結果を示す図である。
【図6】従来の散乱イオン分析装置を用いたシミュレーションの結果を示す図である。
【図7】従来の散乱イオン分析装置の原理を示す模式図である。
【図8】従来の散乱イオン分析装置で測定する際にイオン検出器で発散する散乱イオンの軌道を示す図である。
【符号の説明】
【0075】
10 散乱イオン分析装置(分析装置)
20 引出部材
21 引出開口(スリット状開口)
30 磁場形成手段
40 イオン検出器
50 磁気レンズ(四重極レンズ)
C 引出開口中心と試料における照射位置とを結ぶ線
S 偏向面
T 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速されたイオンビームが試料に照射されたときに当該試料から散乱する散乱イオンの進行方向を磁場によって偏向し、この偏向された散乱イオンを検出することでエネルギースペクトルを測定する散乱イオン分析装置であって、
前記イオンビームと前記偏向されて検出された散乱イオンの軌道とを含んだ平面である偏向面において、この偏向面に沿った方向に所定の幅を有し、前記試料から所定範囲内の散乱角で散乱する散乱イオンを通過させる引出開口が設けられた引出部材と、
前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿った方向に偏向させる磁場を形成する磁場形成手段と、
前記散乱イオンの位置を検出することが可能な検出可能領域を有し、前記磁場形成手段が形成する磁場により偏向された散乱イオンが前記検出可能領域に到達するように配置されるイオン検出器と、
前記引出部材と前記磁場形成手段との中間位置に設けられ、前記偏向面において、前記引出開口の開口中心と前記試料におけるイオンビームの照射位置とを結ぶ線に直交する方向に沿って前記引出開口を通過した散乱イオンを発散又は集束させる磁気レンズとを備え、
この磁気レンズは、前記磁場形成手段を通過した散乱イオンのうち前記試料の同じ深さで散乱した散乱イオンが前記検出可能領域で集束するように、前記引出開口を通過した散乱イオンを発散又は集束させることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の散乱イオン分析装置において、
前記引出開口は、前記偏向面と直交若しくは略直交する方向に延びるスリット状開口であることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の散乱イオン分析装置において、
前記磁場形成手段は、前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの下流側に向けて偏向する磁場を形成し、
前記磁気レンズは、前記散乱イオンを発散させることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項4】
請求項3記載の散乱イオン分析装置において、
前記磁気レンズは、前記散乱イオンが発散するように磁極が配置された四重極レンズであることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の散乱イオン分析装置において、
前記磁場形成手段は、前記引出開口を通過した散乱イオンの進行方向を前記偏向面に沿うと共に前記イオンビームの上流側に向けて偏向する磁場を形成し、
前記磁気レンズは、前記散乱イオンを集束させることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項6】
請求項5記載の散乱イオン分析装置において、
前記磁気レンズは、前記散乱イオンが集束するように磁極が配置された四重極レンズであることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項7】
請求項1〜3,5のいずれか一項に記載の散乱イオン分析装置において、
前記磁気レンズは、前記引出開口を通過した散乱イオンを前記発散又は集束させる部分の磁場強度を変更できることを特徴とする散乱イオン分析装置。
【請求項8】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の散乱イオン分析装置において、
前記引出開口は、前記偏向面に沿った引出開口の幅を変更できることを特徴とする散乱イオン分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−58434(P2009−58434A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−226906(P2007−226906)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】