説明

新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法および新規骨吸収抑制剤

【課題】破骨細胞前駆細胞が破骨細胞に成熟する前に、骨表面から破骨細胞前駆細胞を引き離して破骨細胞に成熟するのを阻止し、成熟破骨細胞による骨吸収を抑制しうる新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法および新規骨吸収抑制剤を提供することを課題とする。
【解決手段】破骨前駆細胞と候補物質を含む系において、候補物質とS1P受容体(例えばS1P)との相互作用による、破骨前駆細胞の走化性を測定することを特徴とする新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法による。新規骨吸収抑制剤としては、S1P作用薬であるSEW2871が挙げられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規メカニズムを有する骨吸収抑制剤のスクリーニング方法および該スクリーニング方法により得られた新規骨吸収抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴシン1リン酸(以下、「S1P」という。)は、血中に存在する脂質メディエーターの1種であり、その受容体としてスフィンゴシン1リン酸受容体1型(S1P)〜スフィンゴシン1リン酸受容体5型(S1P)の5種類のG蛋白質共役受容体が知られている。特にS1PとS1PはRacの活性を促進化し、S1Pに対する正の走化性(chemotaxis)を誘導するといわれており、逆にS1Pは走化性を抑制するといわれている。
【0003】
これまでS1Pは、免疫システムでのリンパ球などの移動に重要であることが示されてきた。例えば、Tリンパ球がリンパ節内で抗原提示を受けて全身循環に戻っていくときに、S1Pの発現が増強することで、血中に戻っていくことができるようになる機構が知られている(Nat Rev Immunol. 2005 Jul;5(7):560-70. Review)。
【0004】
骨組織は「骨芽細胞による骨新生」と「破骨細胞による骨吸収」のバランスによって恒常性が維持されている。中でも破骨細胞は、血球系の単球・マクロファージ由来の細胞であり、その前駆細胞が血中から骨表面に定着し、その場所で骨芽細胞からRANKL(receptor activator of NF kappa B ligand)という分化因子による刺激を受けることにより破骨能を持った成熟破骨細胞に分化し、骨吸収が行われる(Nat Rev Genet. 2003 Aug;4(8):638-49. Review)。関節リウマチや閉経後骨粗鬆症などの骨吸収性疾患では、この破骨細胞の活性が増強している。骨粗鬆症の治療薬としては、骨量の減少を防止しうる薬剤として、ビタミンD3、ビタミンK2、イプリフラボンなどが使用されており、骨減少を防止し、骨量増加が期待される薬剤として、女性ホルモンの1種であるエストロゲンやエストロゲン受容体に作用する薬剤(選択的エストロゲン受容体モデュレーター、通称SERM)などが使用されている。また、近年、最も効果が期待されている薬剤として破骨細胞を細胞死させて機能を抑えるビスフォスフォネート製剤が、これらの骨吸収性疾患の予防・治療薬として汎用されている。ビスフォスフォネート製剤は骨表面に接着し、これを破骨細胞が取り込むことによりアポトーシスが誘導されると考えられている。
【0005】
骨関節疾患の予防および改善薬として、スフィンゴシン骨格を有する化合物を有効成分とする薬剤が開示されている(特許文献1)。また、スフィンゴシン骨格を有する化合物を有効成分とする骨形成促進剤についても開示されている(特許文献2)。これらの文献は、スフィンゴシン骨格を有する化合物が骨芽細胞を活性化し、骨形成促進剤としての機能を有することが開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2001-158736号公開公報
【特許文献2】特開2004-231616号公開公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、破骨細胞前駆細胞(以下、単に「前駆細胞」という。)が破骨細胞に成熟する前に、骨表面から前駆細胞を引き離して破骨細胞に成熟するのを阻止し、成熟破骨細胞による骨吸収を抑制しうる新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法および新規骨吸収抑制剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、前駆細胞にS1Pが発現していることを初めて確認し、S1Pの血中S1Pへの走化性により前駆細胞が血中へ再還流しうることを見出した。これにより前駆細胞のS1Pを作動させて前駆細胞を血中へ還流させることで、前駆細胞から破骨細胞へ成熟するのを阻止し、破骨細胞による骨吸収を抑制しうることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.破骨細胞前駆細胞と候補物質を含む系において、スフィンゴシン1リン酸(S1P)受容体と候補物質との相互作用による、破骨細胞前駆細胞の走化性を測定することを特徴とする新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法。
2.少なくとも以下の工程を含む前項1に記載のスクリーニング方法:
1)破骨細胞前駆細胞に候補物質を添加する工程;
2)破骨細胞前駆細胞の走化性を測定する工程。
3.S1P受容体が、S1Pである前項1または2に記載のスクリーニング方法。
4.候補物質が、S1P受容体作用薬である前項1〜3のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
5.前項1〜4のいずれか1に記載の方法によりスクリーニングされた新規骨吸収抑制剤。
6.S1Pに作用する薬剤からなる新規骨吸収抑制剤。
7.S1Pに作用する薬剤が、5-(4-フェニル-5-トリフルオロメチルチオフェン-2-イル)-3-(3-トリフルオロメチルフェニル)-1,2,4-オキサジアゾールまたはその誘導体である、前項6に記載の新規骨吸収抑制剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明のスクリーニング方法により、前駆細胞から破骨細胞に成熟するのを抑制し、破骨細胞による骨吸収を抑制しうる新規メカニズムを有する薬剤をスクリーニングすることができる。スクリーニングにより選別された薬剤は、関節リウマチや閉経後骨粗鬆症などの骨吸収性疾患の治療および/または予防薬に適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
まずはじめに、前駆細胞から破骨細胞に成熟する場合の骨吸収メカニズムについて説明する。背景技術の欄でも示したように、骨組織は骨芽細胞による骨新生と破骨細胞による骨吸収のバランスによって恒常性が維持されている。
破骨細胞の膜表面には分化や機能調節をつかさどる膜表面分子が存在している。正の制御に関与するものとして、RANK(RANKLレセプター)とIL−1レセプター、およびインテグリンαβなどが挙げられる。
【0012】
血中の前駆細胞が骨組織内に侵入すると、前駆細胞の一部はRANKとRANKLの相互作用により骨表面に定着する。前駆細胞がRANKLにより刺激を受けて成熟破骨細胞に成熟し骨吸収機能を有するようになる。
【0013】
本発明者らは、前駆細胞と成熟破骨細胞中のS1P受容体に着目し、その有無を確認した。本発明者らは、前駆細胞にS1P受容体の1種であるS1Pが発現していることを初めて確認した。次に前駆細胞とS1Pの関係に着目し、前駆細胞に発現したS1Pと血中のS1Pが相互作用することにより、前駆細胞の一部は破骨細胞へ成熟することなく血中へ再還流されることを本発明者らは初めて見出した(図1参照)。
【0014】
具体的には、次の方法により確認した。まず、前駆細胞における各種S1P受容体の遺伝子の発現を逆転写PCR(以下RT−PCR)法を用いて調べた(図2A参照)。前駆細胞より抽出したメッセンジャーRNA(以下mRNA)を基にして逆転写酵素により相補的DNA(以下cDNA)を作製し、これを鋳型として各種遺伝子に特異的なプライマーを用いてPCR反応を行う。目的とする遺伝子が発現する場合、PCR反応産物を電気泳動するとバンドが検出されることになる。なお、図2Aに示すRTは逆転写反応を意味し、RT(+)は反応を行ったもの、RT(−)は反応を行わなかったもの意味する。RT(−)はmRNAを抽出する際に、ゲノムのDNAがコンタミネーションしていないことを確認するためのネガティブ・コントロールである。
【0015】
上記の手法により、前駆細胞においては、RANKLを加えない系(RANKL(−))では、S1PおよびS1PのmRNAが発現していることが確認された。一方、RANKLを添加した系(RANKL(+))では、S1Pの発現が著明に減弱しており、S1Pの発現が不変〜軽度亢進していることが確認された。この結果より、RANKL添加により、前駆細胞が成熟破骨細胞へと分化していく過程において、S1Pの発現が減少すると考察された。
【0016】
さらに研究を進め、前駆細胞にRANKL(+)およびRANKL(−)の各系で、各濃度のS1Pを加えて前駆細胞の走化性を調べた(図2B参照)。その結果、前駆細胞はRANKL(−)の系では、S1P濃度依存的に細胞の走化性が増強していることが確認されたが、RANKL(+)の系ではS1Pの濃度を変えても細胞の走化性の増強はほとんど認められなかった。さらに、前駆細胞に走化性に関連する因子Racが存在していることを確認した(図2C)。
【0017】
このことから、RANKL(−)の系では、血中のS1Pと前駆細胞に発現したS1Pの相互作用により前駆細胞の走化性が増強され、前駆細胞が血中に再還流され、骨組織から離脱することが考察された。一方、RANKL(+)の系では前駆細胞は成熟破骨細胞に分化しつつあり、S1Pの発現が認められないため、血中のS1PとS1Pとの相互作用が起こらず、細胞の走化性も認められず、その結果細胞は骨組織内に残り、骨吸収を促進するものと考えられた。
【0018】
上記S1PとS1P受容体の相互作用に着目した骨吸収メカニズムについては、今まで全く報告されていなかった。本発明者らは、かかるメカニズムに着目し、S1Pに対する正の走化性を有するS1P受容体に作用し、前駆細胞の走化性に影響を及ぼす物質を測定することによる新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法を完成した。より詳しくは、前駆細胞の走化性を向上しうる物質を測定することによるスクリーニング方法を完成した。
【0019】
本発明における新規骨吸収抑制剤のスクリーニングは、少なくとも以下の工程を含む方法により行うことができる。
1)破骨細胞前駆細胞にS1P受容体作用薬である候補物質を添加する工程;
2)破骨細胞前駆細胞の走化性を測定する工程。
【0020】
本発明において、S1Pとは式(I)で示されるスフィンゴシン1リン酸を意味する。
【化1】

【0021】
S1P受容体では、S1P〜S1Pの5種類のG蛋白質共役受容体が知られている。本発明のS1P受容体としては、S1Pに対する正の走化性を示すS1P受容体が挙げられ、より好ましくはS1Pが挙げられる。
【0022】
本発明のスクリーニング方法に使用する前駆細胞は、破骨細胞前駆細胞であればよく、特に制限されないが、スクリーニング系に使用するためには、株化され、入手可能な細胞であることが好ましい。このような細胞株としては、RAW264.7細胞、MOCP−5細胞、BM2細胞、HL−60細胞などが挙げられ、好ましくはRAW264.7細胞、MOCP−5細胞であり、最も好ましくはRAW264.7細胞である。
【0023】
本発明のスクリーニング方法で使用する走化性の測定は、自体公知の方法により行うことができる。具体的には、細胞走化性測定技術として公知のボイデンチェンバー法、ジグモンドチェンバー法やその変法を採用することができる。さらに、今後開発される新たな細胞走化性測定技術を採用することもできる。具体的には、多数の孔を有するメンブレンにより遮断された上室に細胞を加え、下段に走化性因子を加え、一定時間反応させると、走化性因子に対して遊走活性を示す細胞は、メンブレンの孔を通過して下室に落ちるか、あるいはメンブレンの裏側に接着する。その落下した細胞を直接計測するか、またはメンブレンに接着した細胞を固定・染色後に一定面積内の細胞を計測することにより、走化性の有無を判定することができる。チェンバーをマルチウェルとすることにより、多くの試料を処理することができる。例えば、Neuro Probe社製のケモタキシスチェンバーが市販されており、利用することができる。
【0024】
より具体的には、次の方法によりスクリーニングすることができる。
上述の前駆細胞を、細胞増殖に必要な培地を用いて2〜7日間培養容器内で培養する。得られた細胞を、常法に従って培養容器から単離し、細胞の維持に必要な培地に懸濁し、細胞浮遊液を調製する。細胞浮遊液中の細胞の濃度は、走化性の測定方法に従い、適宜決定することができる。
【0025】
例えば、Neuro Probe社製のケモタキシスチェンバーを用いる場合について説明するが、これらに制限されるものではない。ケモタキシスチェンバーの下段には適当な濃度に希釈したS1P受容体作用薬である候補物質を含む溶液を満たし、メンブレンをセットし、さらに上段に上記得られた細胞浮遊液を加えて、適当な時間培養する。培養時間は、細胞の種類、細胞数、候補物質の濃度等により適宜決定することができる。培養後、メンブレンをチェンバーから取り外し、その後メンブレンに付着している細胞を固定し、染色する。その後、上室に接していた面の細胞をふき取り風乾したのち、マイクロプレートリーダーを用いて吸光度を測定することにより、候補物質による細胞の走化性を測定し、評価することができる。
【0026】
スクリーニングの対象となる候補物質は、低分子化合物、天然物由来の化合物、ペプチドなど、公知の医薬品スクリーニングシステムで使用しているスクリーニングの対象となる候補物質などを広く利用することができる。本発明では、S1P受容体との相互作用による前駆細胞の走化性に影響を及ぼす物質、具体的にはS1Pとの相互作用による前駆細胞の走化性に影響を及ぼす物質をスクリーニングするため、S1Pの構造から新たに設計される物質も対象とすることができる。さらには、S1P受容体作用薬を候補物質として挙げることができる。S1P受容体作用薬として、S1Pに対する正の走化性を示すS1P受容体に作用し、活性化するものであればよく、天然および非天然の化合物も含まれる。S1P受容体作用薬のうち、特に好ましくはS1P作用薬が挙げられる。
【0027】
S1P作用薬として、例えば5-(4-フェニル-5-トリフルオロメチルチオフェン-2-イル)-3-(3-トリフルオロメチルフェニル)-1,2,4-オキサジアゾール(5-(4-Phenyl-5-trifluoromethylthiophen-2-yl)-3-(3-trifluoromethylphenyl)-1,2,4-oxadiazole, 以下「SEW2871」という。)およびその誘導体、2-アミノ-2-{2-[4-(3-ベンジルオキシフェニルチオ)-2-クロロフェニル]エチル}-1,3-プロパンジオール ヒドロクロリド(2-amino-2-{2-[4-(3-benzyloxyphenylthio)-2-chlorophenyl]ethyl}-1,3-propanediol hydrochloride, 以下「KRP−203」という。)およびその誘導体、並びに2-アミノ-2-[2-(4-オクチルフェニル)エチル]プロパン-1,3-ジオール ヒドロクロリド(2-amino-2-[2-(4-octylphenyl)ethyl]propane-1,3-diol hydrochloride, 以下「FTY720」という。) およびその誘導体を例示することができる。FTY720は、冬虫夏草の一種であるlasaria sinclairii菌が産生するミリオシン(myriocin)をリード化合物として、化学修飾により創製された化合物である。細胞傷害を引き起こすT細胞に直接作用することが特徴で、既存の薬剤もしくは既存の免疫抑制剤と併用することで、臓器移植の拒絶反応抑制や自己免疫疾患などの治療薬になると期待されている。KRP−203は、FTY720と同様に、拒絶反応を抑える免疫抑制剤として使用可能であることが報告されている(Shimizu et al., Circulation 2005、Takahashi et al., Transplant Proc 2005)。
【0028】
本発明は、上記新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法の他、該スクリーニング法によりスクリーニングされた物質である新規骨吸収抑制剤にも及ぶ。具体的には、上記スクリーニング方法により、前駆細胞が、S1P作用薬であるSEW2871に対し、S1Pと同様に正の走化性を示すことが確認されたため、SEW2871が新規骨吸収抑制剤として適用されることが考えられる。
【実施例】
【0029】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0030】
(実施例1)前駆細胞とS1Pとの作用について
1)S1Pの受容体発現の確認
前駆細胞および破骨細胞について、S1P〜S1PおよびインテグリンαのmRNAの発現を確認した。mRNAの発現確認のため、対照としてGAPDHについても調べた。
【0031】
前駆細胞の細胞株であるRAW264.7細胞を、培地としてαMEM(Minimal Essential Medium)に10%熱非働化ウシ胎児血清(以下、「FCS」)とペニシリン/ストレプトマイシンを加えたものを用いて、RANKLを添加しない系(RANKL(−))および終濃度50ng/mlのRANKLを添加した系(RANKL(+))で37℃、3日間培養した。この細胞をセルスクレーパーを用いて単離して集め、該細胞からフェノール・クロロホルム抽出によりRNAを抽出し、これを基にして逆転写酵素によりcDNAを作製した。これを鋳型として各種遺伝子(S1P〜S1P、インテグリンα、GAPDH)に特異的なプライマーを用いてPCR反応を行った。PCRに用いたプライマーの配列は下記の通りである。
【0032】
S1P(正方向プライマー):5'-GCTGCTTGATCATCCTAGAG-3'(配列番号1)
S1P(逆方向プライマー):5'-GAAAGGAGCGCGAGCTGTTG-3'(配列番号2)
S1P(正方向プライマー):5'-CCAAGGAGACGCTGGACATG-3'(配列番号3)
S1P(逆方向プライマー):5'-TGCCGTAGAGCTTGACCTTG-3'(配列番号4)
S1P(正方向プライマー):5'-GCAACTTGGCTCTCTGCGAC-3'(配列番号5)
S1P(逆方向プライマー):5'-GACGATGGTCACCAGAATGG-3'(配列番号6)
S1P(正方向プライマー):5'-GTGTATGGCTGCATCGGTCTGTG-3'(配列番号7)
S1P(逆方向プライマー):5'-GGATTAATGGCTGAGTTGAACACG-3'(配列番号8)
S1P(正方向プライマー):5'-GTGGCGCTCGCCGCGTCGGTG-3'(配列番号9)
S1P(逆方向プライマー):5'-GAAGGTGTAGATGATGGGATTCAG-3'(配列番号10)
インテグリンα(正方向プライマー):5'-ACAGAGTACTTCTCGGTGGT-3'(配列番号11)
インテグリンα(逆方向プライマー):5'-ACACATCTGCGTAATCATCC-3'(配列番号12)
GAPDH(正方向プライマー):5'-ACCACAGTCCATGCCATCAC-3'(配列番号13)
GAPDH(逆方向プライマー):5'-TCCACCACCCTGTTGCTGTA-3'(配列番号14)
【0033】
PCR反応を、95℃・45秒、55℃・30秒、72℃・1分で25サイクル行い、PCR産物を得た。得られたPCR産物を10×loading bufferと混合し、2%アガロースゲルにて100V・20分の電気泳動を行い、目的とする遺伝子の発現を確認した。
【0034】
その結果を図2Aに示した。前駆細胞においては、RANKL(−)の系では、S1PおよびS1PのmRNAが発現していることが確認された。一方、RANKL(+)の系では、S1Pの発現が著明に減弱しており、S1Pの発現が不変〜軽度亢進していることが確認された。また、S1P〜S1Pの発現は見られなかった。
【0035】
なお、前駆細胞および破骨細胞に発現し、RANKLにてその発現が亢進することが知られているインテグリンαについては、RAW264.7細胞においてもRANKL(+)の系で発現増強が見られた。これより、本実験系において前駆細胞はRANKLにより分化誘導シグナルを受けていることが確認された。また、GAPDHの結果より、RANKL(+)(−)の系で全mRNAレベルに変化がない(またはその抽出過程での変化もない)ことを確認した。図2Aにおいて、RTは逆転写反応を意味し、RT(+)は逆転写反応を行ったもの、RT(−)は反応を行わなかったもの意味する。RT(−)はmRNAを抽出する際に、ゲノムのDNAがコンタミネーションしていないことを確認するためのネガティブ・コントロールである。
【0036】
2)前駆細胞のS1Pに対する走化性の確認
上記1)と同様に、RANKL(−)および(+)の系で37℃、3日間培養したRAW264.7細胞をセルスクレーパーおよび0.025%トリプシン−EDTAを用いて単離した。96ウェル・ケモタキシスチェンバー(Neuro Probe社製)にフィブロネクチンでコートしたポリカーボン製メンブレンフィルターをセットし、下段にはS1Pの終濃度が0,10−8,10−7,10−6,10−5Mとなるように調製したS1P含有培地を加えた。上段には単離したRAW264.7細胞を、1ウェルあたり3×10個加え、COインキュベーターにて37℃、5時間培養した。その後、メンブレンフィルターを取り出してヘマトキシリン・エオジン染色を行い、プレートリーダーを用いて吸光度を測定し、走化性によりメンブレンフィルターへ移動した細胞の数を定量した。
【0037】
その結果を図2Bに示した。in vitroの実験系で、RANKL(−)、すなわち前駆細胞がS1Pに対する走化性を示すことが確認された
【0038】
3)前駆細胞内でのRacの活性化の確認
上記1)および2)と同様に、RANKL(−)の系で37℃、3日間培養したRAW264.7細胞を、S1Pの終濃度が0,10−7,10−6,10−5Mとなるように調製したS1P含有培地を用いてさらに3時間培養した。該RAW264.7細胞をセルスクレーパーを用いて単離し、遠心分離により細胞を沈殿させた。沈殿した細胞を蛋白質抽出用緩衝液(150 mM NaCl, 5 mM KCl, 25 mM Hepes-NaOH (pH 7.4), 1 mM PMSF, プロテアーゼ阻害剤カクテル)を用いて再懸濁し、これを超音波破砕器で処理し、高速微量遠心分離により不溶解物を除去したものをRac活性測定用の試料とした。
【0039】
上記により得た試料の1/100量を分離し、サンプル1(Rac(1/100))とした。残りの試料に、グルタチオン・セファロース(ビーズ)に固着させた「活性型(GTP結合型)Rac結合ドメイン蛋白質(大腸菌で発現・精製)」を添加し、プルダウン・アッセイ法(標準的プロトコールに従う)によりこれに結合する蛋白質を単離し、サンプル2(GTP−Rac)とした。
【0040】
サンプル1およびサンプル2について、15%アクリルアミドゲルにてSDS−PAGEを行った。電気泳動終了後、PVDF膜へトランスファーした後に、抗Rac抗体(Upstate Biotechnology社製)を用いてウェスタン・ブロッティングを行い、膜上でのRac蛋白質の同定を行った。この方法により、前駆細胞内での総Rac量(Rac(1/100))、及び活性型(GTP結合型)Rac量(GTP−Rac)のそれぞれを調べた。
【0041】
その結果を図2Cに示した。S1Pの添加により、細胞内での総Rac量(Rac(1/100))には変化がないのに対し、走化性に重要な活性型Rac(GTP−Rac)が増加していることが認められた。この結果は、S1Pによる刺激により前駆細胞内でRacの活性化が見られることを意味している。
【0042】
4)結果
前駆細胞にS1Pの受容体(S1PおよびS1P)が発現していることが確認された。また、RANKLの刺激により前駆細胞が成熟破骨細胞に分化すると、S1Pの発現が低下することが確認された(図2A)。in vitroの実験系で、前駆細胞が実際にS1Pに対する走化性を示すことが確認された(図2B)。さらに、走化性に重要なRacの活性化が前駆細胞内で起こっていることが確認された(図2C)。
【0043】
(実施例2)前駆細胞にSEW2871を加えたときのS1Pに対する走化性の確認
1)実験方法
実施例1−3)と同様に、RANKL(−)の系で3日間培養したRAW264.7細胞を、セルスクレーパーおよび0.025%トリプシン−EDTAを用いて単離した。96ウェル・ケモタキシスチェンバーにフィブロネクチンでコートしたポリカーボン製メンブレンフィルターをセットし、下段にSEW2871の終濃度が0,10−7,10−6,10−5,10−4Mとなるように調製したSEW2871含有培地を加え、上段には単離したRAW264.7細胞を1ウェルあたり3×10個加え、COインキュベーターにて、37℃、5時間培養した。その後、メンブレンフィルターを取り出し、ヘマトキシリン・エオジン染色し、プレートリーダーを用いて吸光度を測定し、走化性によりメンブレンフィルターへ移動した細胞の数を定量した。
【0044】
2)結果
前駆細胞がS1P作用薬であるSEW2871に対し、正の走化性を示すことが明らかになった(図3参照)。
【0045】
(実施例3)マウス骨組織でのS1Pの発現
マウスを4%パラホルムアルデヒド(0.1Mリン酸緩衝液で溶解)で還流固定した後に、大腿骨を摘出した。これを4℃で4%パラホルムアルデヒド溶液で後固定した後に、10%EDTA+7.5%ショ糖溶液で脱灰した。その後30%ショ糖溶液で脱水を行い、これを凍結薄切用コンパウンドで包埋・急速凍結し、凍結薄切機を用いて薄切した。これをスライドガラスに定着させたものを、リン酸緩衝液でよく洗浄した後に、抗S1P抗体、および前駆細胞・破骨細胞のマーカーであるCD9に対する抗体を用いて、標準的プロトコールにより免疫組織染色を行った。これを共焦点レーザー走査装置を備えた生物微分干渉(ノマルスキー)顕微鏡により観察した。
【0046】
その結果、in vivoにおけるマウス骨組織において、S1Pの発現が認められることが確認された(図4a参照(矢印))。これはCD9の発現と重なるため、S1P陽性細胞は、前駆細胞と考えられた。さらに、骨梁(図4a)に接している成熟破骨細胞にはS1Pの発現は認められなかった(図4a(*))。これはRANKL刺激により前駆細胞が成熟するとS1Pの発現が低下することを示し、RT−PCR法による増幅産物の分析結果(図2A)と一致した。
【0047】
(実施例4)S1Pの刺激によるマウス骨組織での前駆細胞の減少効果
マウスに、S1Pに対するpotent agonistであるSEW2871を添加した系(SEW2871(+))および添加しない系(SEW2871(−))での前駆細胞に及ぼす影響を調べた。SEW2871(−)の系は、リン酸緩衝液+10%ウシ血清アルブミン+10%DMSOのみのビヒクルをサンプルとし、SEW2871(+)の系は、ビヒクルに終濃度10μMのSEW2871を加えたものをサンプルとした。
【0048】
各々5匹のマウスについて、SEW2871(−)およびSEW2871(+)の各サンプル0.3mlを尾静脈より緩やかに静脈内投与した。3時間後に上記各マウスを4%パラホルムアルデヒド(0.1Mリン酸緩衝液で溶解)で還流固定した。以降は実施例3と同様に、凍結切片を作製し、抗S1P抗体を用いて染色した。SEW2871(−)のサンプルを投与した系に比べ、SEW2871(+)のサンプルを投与した系では、マウスの骨組織でのS1P陽性細胞、すなわち前駆細胞の数が有意に低下していることが確認された(図5)。これにより、S1P受容体作動薬であるSEW2871の投与により、前駆細胞の骨表面への導入が抑制されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上詳述したように、本発明のスクリーニング方法により、新規骨吸収抑制剤をスクリーニングすることができる。本発明のスクリーニング方法により得られた新規骨吸収抑制剤、例えばSEW2871は、前駆細胞のS1Pが増強されることで、走化性により前駆細胞が骨表面から血中に出て行き、前駆細胞を血中への再還流へと導き、前駆細胞の骨表面への導入を抑制し、前駆細胞から破骨細胞に成熟するのを抑制し、結果として骨表面で成熟する破骨細胞の数を抑えることができる。本発明のスクリーニング方法により得られた薬剤は、骨粗鬆症、慢性関節リウマチ、骨ページェット病、および変形性関節炎などの治療薬剤や骨折、腰痛およびリウマチなどの骨関節疾患の症状を予防および改善する薬剤として利用されうる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】破骨細胞による骨吸収メカニズムおよび前駆細胞の血中への再還流メカニズムを示す図である。
【図2】前駆細胞と破骨細胞について、S1P受容体の発現およびS1Pに対する走化性を調べた図である。(実施例1)
【図3】各濃度のSEW2871を含む系での前駆細胞のS1Pに対する走化性を示す図である。(実施例2)
【図4】マウス骨組織でのS1Pの発現およびCD9の発現を示す図である。(実施例3)
【図5】SEW2871(−)および(+)の系でのS1Pの刺激によるマウス骨組織での前駆細胞を示す図である。(実施例4)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
破骨細胞前駆細胞と候補物質を含む系において、スフィンゴシン1リン酸(S1P)受容体と候補物質との相互作用による、破骨細胞前駆細胞の走化性を測定することを特徴とする新規骨吸収抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
少なくとも以下の工程を含む請求項1に記載のスクリーニング方法:
1)破骨細胞前駆細胞に候補物質を添加する工程;
2)破骨細胞前駆細胞の走化性を測定する工程。
【請求項3】
S1P受容体が、S1Pである請求項1または2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
候補物質が、S1P受容体作用薬である請求項1〜3のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1に記載の方法によりスクリーニングされた新規骨吸収抑制剤。
【請求項6】
S1Pに作用する薬剤からなる新規骨吸収抑制剤。
【請求項7】
S1Pに作用する薬剤が、5-(4-フェニル-5-トリフルオロメチルチオフェン-2-イル)-3-(3-トリフルオロメチルフェニル)-1,2,4-オキサジアゾールまたはその誘導体である、請求項6に記載の新規骨吸収抑制剤。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−267665(P2007−267665A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−96720(P2006−96720)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】